「リン!『発』の作り方を教えてくれと何度言えばわかる!」
「いーやまだ教えない!具現化系はどうせすぐには作れないし、ていうか教えたらあんた
朝から切れ気味のクラピカに平然と言い返すリン。
図星を突かれて一瞬口籠るも、リンの嫌がらせに近い対策は明らかに問題を先送りするものでしかなく、煽りピカは鼻で笑った。
「いずれ教えなければいけないと思うが?」
「だとしても絶対!まだ教えませんー!」
リンはその煽りを真に受けてイー!と子どものように威嚇する。いかにも険悪かつ幼稚な空気だが、これは今日に始まった事ではない。
リンとクラピカが喧嘩をする頻度は日に日に増していた。基本的にはいつもの言い合いの範疇だが、『発』に関連する話になると喧嘩の過激さは増す。クラピカが当然と言わんばかりに毎度リンの地雷を踏み抜き、リンもその度に喧嘩を買うだから当然の流れではあるのだが。
「レオリオには教えたのだろう!?なぜ私には教えない!」
不満を全開にして怒鳴るクラピカが指差した先には、作ったばかりの『発』の練習をするレオリオの姿があった。周囲の植物からチカチカとオーラが集まるのが僅かに見えるため、能力の発動は上々である事がわかる。
「わかってる人にわざわざ言う必要はないと思いますけど?」
「わかっているのならさっさと教えろと言っているのはわからないのか?」
「ねえ私一応師匠なんだけど!!あんた言葉選びの機能バグってんじゃないの!?」
「ちょっと静かにしてくれよ気が散る…」
顔を突き合わせてやいのやいのと言葉の応酬をする二人に、流石のレオリオも呆れた眼を向けるのは仕方ない事だろう。歳は近いとはいえ、この場で最年長である自分を恨めしく思うレオリオである。
「クラピカは緋の眼になる訓練!さっさとやる!」
「とっくにできるようになったが?」
「うっそ早…」
「さあ教えろ」
「だが断る!」
そんな感じで修行をしながらも喧嘩ばかりという騒がしい日常を過ごしていたため、リンは約束の日が迫っている事をすっかりと忘れていた。
といっても約束、というのは修行の期日ではない。『助っ人』として修行の様子を見てもらう約束だ。具現化系の修行は少々特殊であるため、リンだけでは少し手に余ると判断した結果だ。
「もう!もうすぐ来客が来るのに…こんな馬鹿弟子見せるの恥ずかしいわ」
「安心しろ、私は相手に適した接し方をする」
「あんた今まで会う人会う人煽りにかかってるじゃないだから心配なのよ!」
リンやレオリオに始まり、ポックル、ヒソカ、ネテロとクラピカは息をするように人を煽る。煽りピカと言われるのも仕方がないだろう。リンもいちいちその喧嘩を買うので始末に負えないのであった。
再びシャーッ!!と威嚇をし合う二人。心が広いレオリオも疲労が見えている今日この頃。
「落ち着けよ二人とも。リン、来客って誰なんだ?」
「具現化系能力者の友達よ。近くに来る用事があるって言うから、ちょっと相談に乗ってもらおうと思って」
そう言いかけたリンが言葉を止めた。レオリオにメイメイを預けっぱなしであるため臨時的にポケットに入れている携帯がメッセージの受信を知らせたからだ。
おしゃれで身に着けているカラフルなネオンカラーのバンドを揺らしながら、スマホをポチポチとタップする。思った通り、メッセージの送り主は噂の人物であった。
「あ、言ってたらそろそろ来るみたい」
「は!?お前色々と急過ぎねぇ?」
レオリオが言うのも当然だ。客人がいきなり来るというのだから。
リンもリンでさっきまで忘れていたのをなかった事にして、「つーん」とそっぽを向く。やいやいと文句を言われていると、仲居に案内されてリン達の下へ長身の男が顔を出した。
レオリオやクラピカは初対面の人物に反射的にその顔を確認するが、リンは確認せずともわかる。綺麗に着こなしたスーツ、眼鏡越しでもわかる理知的な美青年。ノワール=エンゲローブだ。
「ノワール!久しぶり!!」
「元気だったか?」
さっきまでの不機嫌な表情はどこへやら。数年ぶりに再会した友人に、リンは笑顔で駆け寄った。
暫くはにこやかに挨拶をする二人をポカンと見ていたが、少し間を空けた後、まさか…とあわあわ指さしながらレオリオが叫ぶ。
「おいリン!そいつニュースで見た事あるぜ、ベイベースの元首相じゃねーか!」
「ノワール=エンゲローブ…革命軍の長でベイベースの初代首相…だな」
「言ってなかったっけ?」
「「言ってない!!」」
これにはレオリオは勿論、クラピカも同調した。ノワールは教科書にも載っているような有名人なので当然である。
華麗にスルーすることで再び言い忘れていたのをなかった事にするリン。今までのやり取りは白紙に戻し、早速ノワールに新たな弟子を紹介する。
「ノワール、この二人がメッセージで言ってた弟子で、クラピカとレオリオ。金髪がクラピカで、グラサンがレオリオね」
ハンター試験の潜入試験官になって、受験生と仲良くなったこと。その中に弟も含まれていること。ネテロの命令によりうち二人を弟子としたことなどは既に伝えている。
そしてノワールは聡明であるため、リンが弟子への説明を忘れていたことやそれを誤魔化そうとしている事を悟り苦笑いを浮かべた。
「で、こっちがノワール。ハンター試験の同期なの。年齢も考えるとゴンにとってのレオリオって感じの存在かしら」
リンの紹介の後にノワールが軽く頭を下げて自己紹介をする。元とはいえ一国の顔を務めるような人間に頭を下げられ、二人も慌てて頭を下げた。
「今回はどれくらい居られそう?」「一週間くらいだな」とやり取りするリンとノワールを、クラピカとレオリオは呆然として眺める。何かのドッキリではないだろうかと。
ノワール=エンゲローブがプロハンターでもあるのは割と有名な話だが、流石にリンと同期とまでは思わなかったからだ。見ている限りかなり親しそうに見えるので、絶対に嘘ではない。
「はあ…正直安心したぜ」
「ん、何が?」
ある程度落ち着いて状況を理解すると、思わず感慨深さの波が来たらしい。リンとノワールの姿を見て、腕を組みながらしみじみと呟くレオリオ。
「わかるぞレオリオ」とクラピカが少し口角を上げて同意した。だがリンは何のことを言われてるのかさっぱりわからない。
「俺ァ、てっきりリンが俺達以外にダチがいねぇんじゃねぇかと…」
「え、そんな風に思わせる要素あった?」
「数カ月、私達につきっきりで他の人間と関わる所を見た事がなかったからな…」
「やかましいわ。いっぱいいるわ」
どんなイメージを持たれているんだと憤慨するリン。会社も経営しているし、ハンター仲間や趣味仲間に師弟関係など、そこそこ友人は多い方だと自負している。全員根がオタク気質なので謎のバーベキューや旅行はしないが。
「ほーん、じゃあ直近で連絡取った相手は?」
「…ネットで知り合った趣味友のカーちん」
さっきトイレに行った際についでに返信をした相手の名前を渋々答えるリン。その内容は、さっき見たばかりのアニメの感想メッセージだった。リンのおすすめにハズレはないという絶賛付きだ。
ちなみにリンのアカウント名はなべのすけ。純粋な趣味繋がりの友人を作っていて、場合によっては会社への勧誘もしている。
「リン…私達が君の友人になっている。ゴンは弟だから数えられないが、ノワールさんと合わせて、取り敢えず4人だ」
「…何で最低人数で考えてるの?もっと居るわよ」
クラピカ的にはネットの知り合いは友人にカウントされないらしい。カウントしなくてもいっぱい居るとムキになって言い返すリン。
メンチとかナックルとか…と思い浮かぶ友人を片っ端から数えて指折りするが、クラピカは可哀そうなものを見る目で優しく語りかけた。
「…友情とは、相互の意思が嚙み合わないと成り立たないものなのだよ」
「オッケー表出なさいクラピカ」
「待て待て、リン落ち着け。まだ俺が来たばかりだ」
堪忍袋の緒が切れたリンがクラピカに掴みかかり、ノワールの最初の仕事は喧嘩の仲裁となったのだった。今日も今日とてノワールは良い人であるのが裏目に出る。
◇◇◇
「ノワール、少し相談したい事があるのだが」
数日後、クラピカはリンが居ない隙を狙ってノワールに相談を持ち掛けていた。勿論『発』の相談だ。そしてあわよくば『発』の作り方も教えてもらえないかと画策している。
クラピカとて頭ごなしに駄目と言われただけでハイそうですかと言える性格ではない。復讐は自分の悲願、そして同胞の願いでもある。リンから教えてもらえないのならば他の人間から教わるだけだ。
「そうだな…捕縛した相手を『絶』にするとかはどうだ?俺も似た能力を持っている」
「なるほど…確かにそれならばかなりの無力化が見込める。動きを封じようかと思っていたがそちらの方が良いな」
風呂に入ったリンはなかなか戻ってこないのを、クラピカは経験から知っている。そして窓辺で着流しを着こなしながら団扇で仰ぐノワールは、なぜクラピカがこのタイミングで自分に話しかけてきたのかを正確に理解していた。
「動きを封じるだけでは使える『発』が多すぎるからな。だが『絶』にするのであれば必然的に『発』も使えなくなる。だが、制約がかなり難しいぞ?俺の場合はチーム戦の前提でカバーしている」
ノワールは長い脚の片方に重心をかけ、腕を組んだ。
何処か自分と似ている雰囲気を醸し出すノワールは、全てを察した上であくまで中立に立っているのであろう事がクラピカにも伝わった。的確なアドバイスはくれるものの、一線を越えないよう慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
『発』の練習をしているレオリオがクラピカの目的を知っている上で黙認しているのもわかっている。クラピカは無言でそれに感謝した。
「私はあくまで個人で戦える前提で能力を作りたい。強力な能力にするため、命を代償にしようかと思うのだが」
しかし今の発言はレオリオ的には『一線』を越えていたらしい。見て見ぬふりをやめてクラピカに口出しをする。
「おいクラピカ、それはやめろって言っただろ。それに今の話を聞かれたらリンともまた喧嘩になるぞ」
「意見が対立するのは個々人により性格が異なるのだから仕方ないだろう。むしろなぜあちらの意見を聞かねばならない?」
平然と師匠であり友人でもある人間に逆らう事を明言すると、「お前…そういうトコだぞ」と呆れ顔で返された。
今の流れである程度のリンとクラピカのやり取りを察したらしい。それはリンがキレるのも無理ないと、ノワールは難しい表情をした。
「…命を代償にするのは俺も勧められないな。少し聞いていた話だと、復讐のためだろう?戦いが長期化した場合に道半ばで寿命死する可能性を考慮すると、得策とは言えないんじゃないか?」
「おうノワール!それだよそれ!な?クラピカ!」
「…そう言われると、返す言葉がないな」
ノワールが味方になったのを良い事に、レオリオがずいずいとクラピカに迫る。思わずそれにはのけぞってしまったが、確かに合理的に考えるならノワールの言う通りだ。
そうならないように短期決戦を狙うと言い返せれば良いのだが、相手が複数人である以上、リーダーだけを潰すにしても時間がかかる可能性は十分にある。
だが、自分はどうしても一人で戦える力が欲しい。しかし今更リンの言う通りにするのも癪だとクラピカがむくれていると、ノワールは柔らかく笑ってクラピカを見つめた。
リンも言っていたが、リンとノワールはゴンにとってのレオリオくらいの年齢差だ。つまりクラピカにとってもそこそこ年が離れているわけで。
年齢差が能力差と比例するわけではないが、どうにもノワールに見つめられると、子どもが大人に全てを見透かされている時の様な落ち着かなさを覚える。
「クラピカは、俺とリンの友人に似ている気がするよ。何だか初めて会った気がしない」
「友人…か?」
これにはクラピカもレオリオも少し目を丸くした。ノワールは明らかに理知的なタイプだ。同じ具現化系能力者であるのも相まって、リンの友人の中でもクラピカに似ているのだろうと思っていた。だが更にクラピカに似ている友人が居るというのだろうか。
(リンの交友関係は意外とキャラが偏っているのか?)とレオリオは内心首を傾げる。勿論口には出さないが。
「リンから聞いたことはなかったのか?」
「ダチが少ねぇってのは流石に冗談だけど、クラピカに似てるダチが居るのは聞いたことねぇな」
「リンと同い年の男の子だ」
『だった』と言わないように、敢えて断定的にした状態で言葉尻を切ったノワール。その意図に気づくでもなく、レオリオがゾルディック家で聞いた話を思い返した。
「あー、そういえばゴン…ああ、あいつの弟だよ…が言ってたな。『姉さんには同い年の友達が一人だけいるらしい』って」
「同い年の友達がいる…か。…そうだな」
その言葉にノワールは「あいつらしい」とぼそりと呟いた。その意味を聞こうとしたレオリオだったが、リンが戻ってきたためにその話は終了するしかなくなったのだった。
そしてその晩、クラピカが就寝し、レオリオが勉強を始めた頃の話。リンとノワールは二人でベランダの椅子に腰かけ、ここ数年の積もる話をしていた。
定期的にメッセージのやり取りをしているとはいえ、直接会って話すのには何物も勝らない。ジンと会った時の話やハンター試験の潜入試験官になった時の話、そして今に至るまで…最後にノワールと会ってから起こったニュースは沢山ある。文面では説明できない詳細やリンの思いまで、話したい事も山ほどあった。
リンの話をノワールは楽しそうに聞いた。友人の話であることは勿論、それが間接的にクラピカやレオリオの人物像を知ることにも繋がるからだ。ハンター試験の潜入試験官をしてから旅館に滞在して念能力の修行を始めるまでの経緯を一通り聞くと、ノワールは素直な感想を漏らした。
「リン、本当に大きくなったんだな」
「何よ、照れること言うわね」
「本心だよ。あの時のリンはまだ12歳だった。今はもう、俺が試験を受けた歳にまでなっている。シングルの称号を取って、目標を達成して、今は弟子まで育ててるじゃないか」
思わず赤面して顔を背けるリン。(ノワールはこういう事を面と向かって言うから嫌なんだ)と心の中で悪態をつくが、当然悪い気はしていない。
「…まあ、これだけ時間が経てばね」
腰かけていた椅子の肘掛けに頬杖をつき、仕方ないという顔をフリだけしてみせる。そんなリンの心情を理解しているノワールは静かに微笑む。
「6年はリンが思っている程長い時間じゃないさ。俺も称号を得てから何人か弟子を育てたが、リンの様な速度で成長はできなかった」
ノワールはメンチに続いて、シングルの称号を手にしていた。功績は一国の立て直しとそれを先進国にまで押し上げた
ノワールにとって、新たな国を興すことは目的ではなく手段だったからだ。家族や友人が平和に暮らせる環境を作るのが本来の目的であった。リンはそんなノワールを心から尊敬している。
「そんなもんかしら」
「そんなもんだ。少し兄の様な気持ちになる」
リンもノワールの事を兄の様に思っている。それ以上に大事な仲間で友達でもあるが。同時にもう一人の兄貴分である旅団の頭を思い出し、少し心に曇りがかかった。
「ノワールやメンチが居たから、ここまでやってこれたのよ。これからも多分そう」
「その『これから』には、クラピカやレオリオも含まれるんじゃないか?」
「?…まあ、そうだけど。彼らは同期じゃないけど、大事な友人よ」
ノワールの意図が分からず、ジュースを飲みながら首を傾げるリン。ノワールはそんな妹分の仕草を見ると目を細めて笑った。
子どもの頃から心身ともに成長して別人のようになったが、こんな時の表情は変わっていない。
「…似ているよな」
「何が?」
「クラピカ。ルカスによく似ている」
「そう?金髪だけじゃない?」
クラピカもルカスも理知的なタイプだが、性格はそこまで似ていない。己の人生に疑問を抱いていたルカスは、どちらかといえばキルアに似ているだろう…とかつての友人を思い浮かべるリン。
「いや、リンと口喧嘩をしている姿、本当によく似ていた」
「んー、確かに煽りスキルが高いのは似てるかしら」
「そうじゃあない。仲が良いのに憎まれ口ばかり叩いて喧嘩する…周りから見れば微笑ましいものだよ」
確かに、もしルカスが死なずに成長していたらその関係性はクラピカに似ていたかもしれない。
リンとも口喧嘩をしながら時には背中を預け合ったりなんかして、もしかしたら旅も一緒にしていたかもしれない。
「…クラピカは、あの時のルカスと同じオーラの色をしてるわ」
一瞬何の話か分からずにいたが、数秒考えてリンの特性を思い出したノワール。芋づる式にかつてルカスを覆っていたオーラの話も思い出した。
鉄色と血の色。赤ではなく、血の色だ。オーラを色付きで見えないノワールはリンの言葉を信じるしかないが、わざわざリンがそんな表現をするだけのものを感じたのだろうという理解をしていた。
「覚悟と自己犠牲の色、か」
「絶対に繰り返さない」
そう言ってこぶしを握り締めるリンのオーラは、今どの様な色をしているのだろう。ノワールは決意を固めるリンを見てそう思ったが、口には出せないでいた。
◇◇◇
「くさりくさりくさりくさりくさりくさりくさりくさり」
ノワールの助言により、とうとう鎖を具現化させる修行が始まった。
内容は至って簡単、ひたすら鎖を使って遊ぶだけだ。『発』の作り方…つまり念能力のルール設定方法を教えてもらえると思っていたクラピカは不満そうにしていたが、数日鎖を弄り続けるとそんな事も忘れて完全にノイローゼになっていた。
(…具現化系だけ『発』の難易度高くない?何か大事な物失ってるでしょコレ)
具現化系の修行法は実際に見た事がなかったためノワールに助言を求めていたが、大正解だった。話には聞いていたが精神的な摩耗が激しい。
助言を求めてノワールの顔を見ると無言で首を横に振ったため、リンも止めに入る。
「クラピカ、ちょっと基礎修行に戻りなさい」
「…凄いな、最近の鎖は喋るのか」
「こんなイイ女捕まえて誰が鎖だ」
いつもなら肩パンをかますところだが、目の下に濃い隈をくっつけて鎖を触り続けるクラピカを殴る気にはなれずため息をつくだけに留める。
「…なあ、クラピカの奴、大丈夫か?」
「残念ながらこれが具現化系の『発』には必須なんだ。念が具現化するまで十数日…かな」
ノワールの死刑宣告に、レオリオが心底憐れむ眼差しで薬物依存患者の様になっているクラピカを見た。
系統別修行・放出系の修行をするレオリオ!
一方鎖を口に含んで遊ぶクラピカ!
『発』の修行をするレオリオ!
一方鎖の写生をするクラピカ!
リンと組手の修行をするレオリオ!
一方鎖で一人、縄跳びをするクラピカ!
更に数日が経過して、ノワールが仕事で帰った後も修行は続いていた。
就寝時すら鎖を抱いて眠っているクラピカは何が見えているのか虚空を見つめながら米を口に運ぶ。修行とは関係ないが、箸捌きが上手くなったクラピカである。
表情は完全にやばい人のそれ。鎖を首にマフラーの様に巻き付けて食事をする悲壮感漂う姿に、いつの間にか主治医と化したレオリオが定期問診をする。
「おいクラピカ…相当参ってんじゃねぇか、大丈夫か?」
「まだ…大丈夫だ。鎖の夢を見る程度だ」
「だいぶ末期じゃねえか」
師匠として責任者として、罪悪感から見ていられないので微妙に目を逸らしながら食事をしていたリンだったが、その言葉に鮭を食べる手を止めた。すかさず食事時だけ『発』を解除して起きているメイメイが横取りして食べてしまう。
「じゃあ、そろそろ頃合いね」
「?」
「クラピカ、もう鎖は触らないで良いわ。ここからはレオリオと同じ修行よ」
少し前まではずっと具現化道具を持ち続けるのが一般的とされていたが、最近では夢を見始めた頃に道具を手放すのが良いとされているらしい。ノワールから聞いた情報を思い出しながら、リンはクラピカの鎖をひょいと取り上げた。ついでに少し休むように命じる。
「いいのか?」
「むしろ触っちゃ駄目。ここからは実際に具現化する過程に入るから」
ビスケから素人の修行法を聞いているし、念の修行に関してはリン自身も様々なものを試してはブラッシュアップしてきた。
だが物質の具現化だけは経験が無いためどうしても自信がない部分が否めない。ノワールを頼ってよかったと心から思ったリン。
それから更に数日後。鎖を取り上げてもクラピカはやっぱり鎖の幻覚を見るらしい。それが正しいルートではあるものの、同じ経験がしたい人間は居ないだろう。メイメイも念獣ではあるが自ら具現化したわけではないため、特質系で良かったと心の底から思うリン。
それでも普通の修行ができる分、クラピカの顔色は幾分かマシだ。今日も今日とてレオリオと『纏』をしながら問診のやり取りをする。
「クラピカ調子はどうだ?」
「もう5日目か…毎晩鎖の夢を見る」
「やべえじゃんそれ」
思わず本音が零れ出るレオリオ。だが仕方ない、これも必要な過程だ。
「まあでも修行としては成功ルートよ」
(人の健全な精神としてはアウトな気がするけど)という言葉を飲み込んでクラピカの頑張りを褒め称えるリン。レオリオもうんうんと頷く。できる事がない分少しでも心の支えになりたいのだろう。
「だが最近、鎖が見える気もするんだ。もう持ってないのにな…感触も重みも、リアルに感じる。おかしな話だよな」
「フフフ…」と虚ろな目で笑うクラピカ。いよいよやばいのではと二人が思ったのは当然だろう。しかしその言葉に、リンがふと気づいた。
「…ちょっと待って」
そう言うと目の精孔を全開にし、加えて他の箇所のオーラも目に集め『凝』をする。
普段は見えない微細な虫のオーラまでもが色づいて見える中、クラピカの周囲にもオーラが視えた。そしてクラピカ個人のオーラとは別に、同じ色のオーラが鎖の形をして身体中に纏わりついている。
「どうしたんだリン?」
「もうすぐ…というかほぼ出来上がっているわね。クラピカの身体に鎖になりかけのオーラが巻き付いてる」
「マジか!もう鎖が具現化できてるのか?」
「まだよ。でも、頑張ればできるかな」
興奮のあまり急かすレオリオを窘め、クラピカを見る。もうすぐ完成すると言われたクラピカは意識を集中させるかのようにじっと手の甲を見つめていた。
ちゃり。
一瞬音が聴こえた気がした。レオリオにも聴こえたようで、同様にクラピカを見つめる。もう一度あの音が聴こえるのではないかとその場の全員が黙り込み、耳を澄ませていた。
ちゃり…ちゃり。
ぼんやりとクラピカの手に鎖が乗っているように見える。クラピカが手を前に上げ、指先に視線を移した。指から鎖が垂れ下がり、ぶらぶらと揺れているような気がした。
ちゃり…。
重みのある鎖が、いつの間にかクラピカの手に垂れ下がっていた。身体中に纏わりつき、旅団を捕縛する鎖だと言っていたのに捕らわれているのはクラピカのように見える。
「やったじゃねえかクラピカ!」
「本当、大変だっただろうけど凄いわ」
レオリオが歓声を上げた。リンもクラピカの頑張りを称賛する。だが一方で、心の奥底に薄暗い感情が淀んでいる自分にも気づいていた。
クラピカは、とうとう鎖を具現化してみせた。もう言い訳はできない。
そもそも『発』の作り方なんて、師匠に聞かなくてもクラピカなら絶対に一人でできるようになる。自らの心に念じるだけの簡単なものなのだから。
今までは具現化の必要があるから時間稼ぎをできただけだ。制約も誓約も既に説明はしているし、むしろ今までよく後回しにできたとも言える。とうとう、『発』を教えなければいけない時が来た。
夜も更けた頃、リンは静かに襖を開きクラピカを見つめていた。
「…クラピカ。本当の本当に、復讐を止める気はないのね?」
眠って反応のない背に語り掛ける。当然だが、返事が返ってくることはない。血が流れそうな程に拳を強く握りしめても、クラピカが気づく事はない。
「私がどれだけ言っても止めようとはしない。なら、私も実力行使しかないの。私はクラピカも旅団も、両方大事。選ばないといけないけど、可能なら選びたくない」
どちらを取るかなんて、選びたくない。だが旅団と出会ったあの時からこうなる事はわかり切っていた。クラピカ達と出会い、ゴンがクラピカと仲良くなって…リン自身も彼のことを知る中で葛藤する時間は沢山あった。もう十分に悩んだ。もう、考える時間は十分過ぎる程に貰った。メイメイがリンの背を不安そうに見上げる。
何も起きないのが一番いい。だが、最悪の場合どうするかなんてもう決まっている。覚悟なんてとっくに決まっている。
「だから、私は私のやりたいように動くわ。許さなくていいから」
リンの影が大きく伸びた。