カチガンに滞在して数か月が経った。
寄り道(滞在数か月)である。自由過ぎやしないか。
この国のほぼ全ての民族料理を制覇し、近辺の遺跡にも妙に詳しくなった頃、ゴンが1歳の誕生日を迎えた。歩くか歩かないかの微妙な動きをするようになり、赤子の成長は早いと思わざるを得ない今日この頃だ。
「父さん!ゴンが眠たそうにしてるでしょ!」
「嫌だ!俺はもう少し粘る!」
「父さん!!!お客さんもいるでしょー!!!」
「うるせぇ集中できねぇだろ!!」
今日も今日とて父さんは自分が興味のあるものに熱心だ。最近の父さんは大聖堂に興味を持っており、壁に描かれた絵を熱心に検分している。数人残っている他のお客さんの視線も気にせずに。
雇った民俗学者が帰った後もこんな事をしているのだから、完全に不審者だ。変態だ。そして私は駄目親父に振り回される可哀そうな娘だ。
ゴンは私の腕の中で眠そうにしている。だから早く帰ろうと言ったのに、父さんときたら一向に絵画から離れようとしない。今は念を使ってこの絵画を作った人の思念を読み取ろうとしている所、だと思う。わかんないけど、たぶん民俗学的な観点で重要な手掛かりになるんだと思う。たぶん。この発言に責任は取れないけど。
ああゴン?重くないですよ。プロテインの含まれた空気を吸って生活しているので、赤子なぞ天使のような軽さです。
「父さん!いい加減にして!!」
あまりにも腹が立ったため、思わず全力で練をしてしまった。
オーラは見えなくても、存在感は感じる事が出来る。突然雰囲気が変わった私に、周囲のお客さんがどよめいた。
「お、やるか?いい度胸じゃねぇか!」
「うるさい!表出ろ父さん!」
「お前俺に100敗以上してるくせによく言うなおい!」
「今日こそは勝つから!」
「びえええええええぇぇぇえええ!!」
楽しそうに父さんもオーラを練りだした。何が起こっているのかとざわざわする中、私たちのオーラに触発されたゴンが泣き叫び、場違いな声が響き渡る。
「…そろそろ行くか」
「…そだね」
リーサルウェポン、ゴン。でも、可愛い弟に怖い思いをさせて、申し訳ないと思う。
その数日後、私たちはG・Iに戻ってきていた。いや、既に発売されているから、ある意味初めてゲームに入ったとも言えるかもしれない。
「…こんな早く着くなら寄り道しなくて良かったじゃん」
「うるせぇ。道中は楽しむもんだろ」
「楽しかったけどさ~」
寄り道は数か月単位でするものじゃない。
父さんはマスター権限でいつでもG・Iに飛ぶ事ができるカードを所持していた。つまり、ゾルディック家から直接行く事も可能だったわけだ。本当の本当に寄り道だったという事になる。何だったんだこの数か月。
「あっジン!!それにリンちゃんとゴン君!!」
飛ばされる先はゲーム開始地点になっているらしく、エレナさんが驚いて声を上げた。当然だろう。急に開発者が現れるとは思ってなかっただろうから。しかも2児連れて。「大きくなったわね~!」と撫で繰り回された。
「ジン、何しに来たの?」
「こいつらに俺が作ったゲームを自慢しようと思ってな。あと、ちょっとした仕掛けのためだ」
「前言ってたやつね。名前はニッグで登録するのよね?リンちゃんとゴン君はそのままでいい?」
「ああ、それでいい」
この会話は、ゴンのための仕掛けのものだろうな。ゴンのバインダーに父さんの名前を登録しておくためのやつ。
我、原作の瞬間に立ち会ってるぜ…。うろうろと物珍し気に機械を見て回っているふりをしながらも、聞き耳を立てる事は忘れない。
「にしても、自慢って何…。ゴン君はまだ赤ちゃんだし、リンちゃんはテストプレイに散々付き合ってもらってるんだから最早開発メンバーも同然でしょ」
「こまけー事はいんだよ」
「ハイハイ」
エレナさんも苦労してるなぁ…。言葉にせずとも同情しながら、原作で見た通りの機械仕掛けな空間を心のカメラで撮影して回る。その間にも2人の会話は続いているらしい。
「あと、ゴンがニッグにカードを使った時、アカンパニーでカイト、マグネティックフォースで俺に来るようにできるか?」
「まぁできるけど…」
「大勢で来られるのが恥ずかしいんでしょ」と図星を突かれてたちまち不機嫌になる父さん。
「ゴン君かわいそー」と続けざまに小声で言われたのは聞こえないふりをしたらしい。私もエレナさんに完全同意だ。
「リンちゃんの分は設定しなくていいの?」
「あー、それはわざわざしなくていい。こいつは俺を探すなら自分でやるだろうからな」
「な?」と聞かれ、反射的に頷く。父さんはそれを見て満足そうに笑った。
「わかった」
エレナさんが応じてキーボードを叩くと、電子音の後に何かが設定されたような音がした。どうやら設定は完了したらしい。
凄い、と思ってエレナさんの顔を見たが、彼女の表情は浮かない。何か言いたげに口を開いたり閉じたりしている。オーラもどこか虚ろな動きに見える。
言おうかどうか迷っているかのように数秒無言でキーボードを叩いた後、大きく息を吐きだし意を決したように父さんに顔を向けた。
「…その子たち、故郷へ預けるんでしょう?ゴン君もだけど、流石にリンちゃんが可哀そうよ。あっちへやったりこっちへやったり…」
「…俺は、父親になれる人間じゃないからな」
「2人も子ども作ってるくせにー」
娘として聞いていても、なかなか痛いウィークポイントだ。父さんが気まずそうに帽子を被りなおした。エレナさんに反して、父さんのオーラは揺らいでいないが。
ゴンを預けるという事は、くじら島だろう。私も一緒に預けられるのだろうか?
「父さん、またどっか行っちゃうの?」
「ああ、お前らには俺の故郷で暮らしてもらう。自然がいっぱいで綺麗な場所だ」
「ふぅん。いつ帰ってくるの?」
「…もう帰らねぇと思う。会いたいなら、お前が探しに来い」
「ちょっとジン!!」
ゴンをくじら島に預ける時点でわかっていたが、少し寂しさが滲んだ。やっぱり精神と肉体は繋がっている説が濃厚だ、と頭のどこかで場違いに冷静な判断を下している自分がいる。
流石に子どもにあんまりな返答だ、とエレナさんが父さんを窘める。父さんはそれを無視して、私の目線に合うようにしゃがみ込んだ。
「お前、今もハンターになりたいと思うか?」
「…うん。ハンターになって、父さんに勝てるようになる」
「そりゃあいい。やってみろ」
我ながら小さな拳を、ギュッと握り込んで真っすぐ父さんの目を見て言った。
「絶対やるよ。…そんで、ゴンの分も親父の事、殴るよ」
だってあんまりじゃないか。私はあちらこちらへ預けられ、自分は自分が好きな事をやってばっかりで。生まれて間もないゴンは、父さんの顔だって覚えていない。
前世の『私』は、ジン=フリークスが息子であるゴン=フリークスに対して彼なりの愛情を持っていた事を知っている。だからきっと、娘であるリン=フリークスに対しても彼なりの愛情を持っているのだろう。じゃなければ究極に自己中心的なこの人は、自分が作っているゲームに娘を関わらせない。
だけど、今世の『私』は、まだ幼い感情を整理しきれずにいる。寂しいと口には出さなかったものの、父が顔を見せるのを待ちわびながら、言われるがままに特訓した幼少期。
ゾルディック家でゴンの誕生を聞いた時も、嬉しい反面父親と共に過ごしているゴンに嫉妬した自分がいた。
カチガン国家での寄り道中、度々父さんは私に稽古をつけた。稽古という名のいじめ(もしくは嫌がらせ)に近いものだったけれど、能力も使わないただの流々舞だったけれど。あんまりにけちょんけちょんにされる(しかも馬鹿にしたように笑いながら)もんだから、負けん気で何回も挑んではぼこぼこにされる数か月だった。
だけど、それが楽しくて仕方なかった。…初めて父さんが一対一で遊んでくれたんだから。
数か月だったけど、一緒に過ごせて嬉しかったと感じている。この先それらがなくなるのが寂しくて、腹だたしくて、弟が可哀そうで、でももっと言うなら自分で自分が可哀そうで。それらの気持ちを言葉に上手くまとめられなくて…。
だから、私はそう答えた。ハンターになって父さんを、ジンをぶん殴ると。心に決めてやった。
「やれるもんならやってみやがれ」
父さんは子どもの様に無邪気に笑いながら、そう言った。
「オラ、リン行くぞ」
「じゃあね、ジン、リンちゃん、ゴン君」
手を振ってくれるエレナさんに手を振り返しながら、ふと思い出した。
「…メイドパンダは?」
「は?」
「ああ、リンちゃんの面倒を見ていた個体ね。テストサンプルだったからカードは今もあると思うけど…」
私の言いたい事を察してくれたエレナさんがカタカタとキーボードに何か打ち込むと、『テストサンプル』とハンター文字で書かれたバインダーが出現した。それを取り出し「ゲイン」と唱えると、幼い頃から変わらない愛らしいパンダが現れた。
「ありがとエレナさん!ねえ!この子連れていきたい!」
ああ、わかってます、わかってますとも。転生成人が何ほざいてるんだって。自分が一番よくわかってますとも。
でも、このパンダはずっと私の傍に寄り添ってくれていた母親代わり的な存在。もうG・Iに帰ってこられないのなら、パンダも連れていきたいと7歳の『私』の精神が言っているんだ。
まあ、当然の如く父さんには却下された。
「んなもん連れてけるわけねーだろ」
んなもんとは何だ。んなもんとは。
私にとっては育児放棄クソ親父に代わって乳児期から育ててくれたパンダだぞ。
自分で言っておきながら無茶を言っている自覚はある。通常、カードを島から持ち出すのは不可能であるようにプログラミングされているから。ていうか、そんなの普通にできたら世界のバランスが崩れる。
「いやだ!!連れてく!!」
「無理だっつってんだろ!」
「嫌だったら嫌だ!絶対連れて行くんだもん…!」
ここまで我が儘を言ったのは我ながら初めてかもしれない。それくらいには譲れなかった。
『発』
「おい、リン…!」
珍しく焦った父さんの声が聴こえる。メイドパンダを一緒に連れていく。そのためだけに私は『発』を作り出していた。
「ありゃ~驚きねこれは…」
目を開けた時には『メイドパンダ』の姿はなかった。代わりに目の前にいたのは全長30センチほどの『小さなパンダ』。見た所、アイテムではなく通常の念獣と化しているようだ。
「よくもまぁ変な能力を作ったもんだな…」
「ジンに言われたくないと思うわよ」
「うるせ」
父さんには呆れ顔された。あの父さんが呆れ顔をするのはなかなかレアだ。まあ、仕方ないと思う。
私も無意識で能力を作ったため、この念獣パンダがどんな能力を持っているかわからない。それどころか、制約と誓約すらわからない。でもまあ、可愛いからいいと思う。
直感的にできた能力であるところを考えると、特質系の気質が大きく関わっているんじゃないかと予想しているけど。
「ゲームシステムを一部乗っ取って自分の物にしたってのか…こいつがテストサンプルでよかった」
確かに父さんの言う通りだ。もう発売されてるゲームだし、そんな事が普通にできたとしたらゲームバランスが崩れる。まぁ、たぶんそんな事もうできないし、やる気も無いけど。ゲームのハッキング良くない。ゲームはみんなで遊ぶもの。
「メイドパンダだから、名前はメイメイね!」
「キュウ!」
後ろに羽の生えた小さなパンダ念獣ことメイメイは、ひと声鳴くとピカチュウよろしく私の肩に乗っかった。
念能力の名前とかは追々考えればいっか。
◇◇◇
飛行船と船を乗り継ぎ3日。行く先にどう見ても『くじら島』であろうシルエットをした島が見えてきた。くじらだ。シンプルにくじらだ。
原作スタートの地、ゴンの育った地、ジンの育った地。聖地だ。
…そしてこれから私が弟と暮らしていく地。父さんが育った地だ。
今まで暮らしてきたどこよりも、空気が美味しい。港は活気のある町でありながら、少し森の奥へ歩けば潮風と木々のざわめきがBGMの穏やかな表情も見せてくれるだろう。
原作のゴンがあんなにのびのびとした子になるわけだ。もう既に結構気に入った。
「おい、ジン?ジンか⁉」
「帰ってきたのかよ!早くミトちゃんとばあちゃんに知らせなきゃな!」
「ミトちゃん怒るぜェ~?」
父さんに連れられて、家までの道のりを歩く。町中を歩いていると、色んな所からそんな声が聴こえてきた。中には「おいそのガキどもお前の子か?」とか「若いのに2人も作ったのか!がはは!」とかも聴こえてくる。…まあ確かに父さん若いから驚きだよな。
それにしても、住人全員知り合いタイプか。コミュ障にはそこはちょっと辛いかも。噂筒抜けになるのもヤダ。
町を抜け、小道を少し歩いた先には広めの一軒家が立っていた。確か、食堂?居酒屋?みたいなのもやってたよねゴンの家って。
庭では腰の曲がったおばあちゃんがのんびりと洗濯物を干しているところだった。ワンピースに腰かけエプロンの、RPGとかでよく見る服を着ている。
私たちが来たのに気づくと、おばあちゃんは少し目を凝らして父さんである事を確認し、駆け寄ってきた。その顔には喜びよりも驚愕の色が大きい。無論、オーラの色も。
「ジン!どうしたんだい急に!今まで連絡もせず!」
「…俺のガキどもだ。こいつらを預かってほしい」
…。
んんん、マイファザー、帰郷は10年ぶりでは?第一声に言うのがそれはいかがかと思いますよ?
「生活費はちゃんと渡す。すまないが頼む」
「まっておくれ、ともかく中に…」
おばあちゃんがそう言って父さんの腕に抱かれたゴンを預かろうとした時、おばあちゃんの背後から人影が飛び出してきた。
「ふざけないで!!!!!!」
島中に聴こえるんじゃないかというくらいの大声でミトさんが叫んだ。
え、ミトさん?ミトさんだよね?若い!20歳いかないくらいかな。淡い桃色のシャツにロングスカートを履いて一見年頃の可愛い女の子だけど、目が怒りで驚くほど吊り上がっている。言うまでも無いけど、オーラからも怒気がびしびし伝わってくる。
…というか、少しオーラ噴き出してない?ミトさんって念使いじゃないよね?
「ずーっと連絡も寄こさないで!ようやく帰ってきたと思ったら今度はこんなに小さな子どもを放り出して!ふざけないで!!」
まったくもってごもっともな意見だと思う。
それにしても、プロハンターで国家レベルの権力を持っていて、『あの』ジンって他のプロハンターから言われるような人間である我が父を、一般人の身でありながらここまで正々堂々と罵倒できる人はミトさん位だと思う。心の中で思わず拍手を送った。
そんで、そんな天上天下唯我独尊な父さんが口答え一切せずに黙っていたから、父さんなりにミトさんに対して罪悪感を持っているんだとも思った。…ミジンコ程度のものだろうけど。
…父さん、そんな小さな声で謝ったって、ミトさんには聴こえないよ。
それからの時間はある意味あっという間に過ぎた。
ミトさんは文字通り私とゴンを奪い取って、父さんを箒で叩き出した。リアルに箒使って追い出す人、初めて見た。
そして、裁判で私とゴンの養育権を父さんから奪い取った。少し月日はかかったが(その間に私は8歳になっていた)、血縁者である事もあり親権は問題なくミトさんに移ったようだった。
一国の大統領よりも強い権限を持ってるくせに、父さんはそれに対して何も行動を起こさなかった。
裁判の期間中も、どんな人間よりも優れた身体能力を持っているくせに、こっそり私たちの顔を見に来るなんて事もしてくれなかった。
「ゴン~アホな親父を持って、私たち苦労するね」
メイメイを抱きながら、すやすや眠っているゴンに思わずそうごちる。
眠っているゴンには聴こえていない。