リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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新年連続投稿一日目


【一方その頃・前編】ゴン、念を覚える

「ここが天空闘技場!」

 

 時は遡りリン達と別れてから数日後のゴンとキルア。二人は天空闘技場の塔を見上げて歓声を上げていた。

 天空闘技場はパドキア共和国の中でも有名な観光スポットだ。塔の周辺にはお土産物のストラップやクッキーなどが所狭しと並べられた店がずらりと並んでいる。特に天空闘技場直営の店では、人気闘士のブロマイドや戦闘記録なども並んでいた。

 

「でもここって武闘家が集まるんだよね?俺、対人は姉さんと戦闘ごっこしてた経験しかないんだけど、大丈夫かな」

「まあプロハンターとなら、ごっこ遊びでも結構な戦闘経験になってそうな気がするけどな」

 

 受付を済ませると早速試合が組まれる。相手はいかにも百戦錬磨といった雰囲気の大男だ。ヒソカの様なゾクゾク感はないものの、戦闘経験の薄さにゴンが不安そうに眉尻を下げた。

 キルアの言う通り、リンとの戦闘ごっこは一般人レベルなら十分過ぎるくらいに通用する程度までゴンの能力を引き上げている。しかし当のゴンは比較する相手が居なかったためいまいち自覚がない。ハンター試験でヒソカやハンゾーにボコボコにやられたのも尾を引いている。

 

「そういえばゴン、試しの門をクリアしたんだろ?なら思いっきり押し出してみろよ。扉開けるような感じで。大抵の奴ならそれで場外になるはずだぜ」

「そうなの?わかった」

 

 結果、キルアの言った通りゴンは一発で筋骨隆々の相手を場外に落とした。あっさりと倒してしまった驚きにゴンが自分の右手を呆然と眺める中、歓声が場内を包み込む。

 

「一戦目は勝っても負けてもジュース一杯分。でもこっからはどんどん稼げるぜ」

 

 別の試合で同様に楽々相手を倒したらしいキルアと合流する。受け取った賞金を使って自動販売機でジュースを買って飲みながら、キルアがそう言った。ともあれ出だしは順調だ。

 りんごジュースを飲みながら、無意識に音のしている方に眼を向けるゴン。壁に備え付けられた薄型テレビから実況生中継の様子が流れている。どうやらすぐそばの闘技場で試合を行っているらしい。

 

「俺達以外にも子どもが来てるんだね」

「どっかの武術家の弟子かな。あの格好だと」

 

 司会のアナウンサーが『ズシ選手クリティカルヒット!』と叫んでいるため、あの少年の名前はズシと言うのだろう。

 自分達より一回り小さそうな少年が勝利するのを見守りながら二人が会話をしていると、暫くして噂のズシが控室に入ってきた。中継画面はいつの間にか『勝者・ズシ』のテロップが流れており、どうやらゴン達と同じ階層に上がって来たらしい。

 

「お…押忍!試合、見てました!お二人とも凄いっす!」

 

 目が合った二人に胸の前で腕をクロスさせた不思議なポーズで一礼をするズシ。ゴンとキルアは思わず顔を見合わせた。だが素直に称賛されると悪い気はせず、何となく照れ笑いをする。

 その時、次の試合のアナウンスが入り、キルアとズシが対戦相手として呼ばれる。そしてゴンも別の選手との試合を組まれた。どうやら三人の圧勝具合から、早くも次の試合が組まれたようだ。

 

「お、俺達が試合だな」

「む、胸をお借りしますっす!」

「おう、よろしく」

 

 手練れらしいとはいえ相手は一般人。暗殺一家の英才教育を受けたキルアは余裕綽々の態度だ。ゴンに向けて軽く手を振ると呼ばれた会場へと向かって行った。

 

 数十分後、先ほど同様に軽くひと押しで試合を済ませたゴンは、控えフロアに戻っていた。

 

「キルア~…はまだか…」

 

 きょろきょろと見回してもキルアの姿はなく、もしかしたらまだ戦っているのかもしれないとテレビ中継を確認する。

 

『キルア選手クリティカルヒットポイント!』

 

 キルアはまだズシと試合をしているようだった。てっきり試合を終えていると思っていたゴンはベンチに座って食い入るように画面を見る。

 

 試合は明らかにキルアが優勢だ。だが、先程の試合では一撃の手刀で決めていたのを考えると、この試合は違和感がある。キルアの表情もどこか険しい。

 

『おおっと、ズシ選手まだまだ立ち上がるー!!』

 

 実況者の口ぶりからして、このような戦況はずっと続いているらしい。ゴン達が思っていたよりも、ズシは遥かに打たれ強いようだった。

 

(?あれは…)

 

 ふうふうと息切れをしていたズシが不思議な構えを取る。ゴン達に挨拶した時のような、何かの構えらしきポーズだ。

 瞬間、映像の中のキルアが何か不気味な気配を感じたかのように後方へ跳び退った。映像では状況はよくわからないが、ズシが何かをしたらしい。

 

『ズシ!!!!!』

 

 何が起きたのかとゴンが身を乗り出した時、眼鏡をかけた男性が観客席から叫ぶ声が、音割れをしてテレビモニターをも揺らした。

 不意の大声にゴンも思わず肩を跳ねさせる。集音機からはキィィィ…ンと男性が叫んだ後も反響音が小さく鳴り響いていた。

 画面越しでこれだけの声が聴こえたのだ、会場全体に響き渡っていただろう。びくりと身を震わせたズシはそのままキルアに殴りつけられ、場外負けとなったのだった。

 

「あ…!キルア、お疲れ」

「…ああ」

 

 暫く待っていると、キルアが顔を僅かに俯かせながら戻ってきた。直ぐに駆け寄り声をかけるも、機嫌が良いわけではないのは一目瞭然だ。

 

「ズシって子、強かったね」

 

 キルアが勝ったとはいえ、その表情は浮かない。不思議に思いつつもフォローを入れるが、キルアは何か考え込んでいるかのように反応が薄い。

 共にベンチに座ってもそれは変わらず、ゴンが黙って見守っているとキルアはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あいつの強さ…ていうかタフさは明らかにおかしい」

「おかしい?」

「あんまりしつこいからさ、俺、ちょっと本気で殴っちまったんだよ。それでも平然と立ち上がってた。それに最後の方、何かやべぇ気配を感じた」

「そうなの?」

「ああ。明らかに常人じゃねえよ。…あ」

 

 キルアが言葉を止めた。視線の先には会場で叫んでいた眼鏡の男の姿があった。先程の大声の人物ということもあり、フロアで待機している選手たちは誰もが遠巻きに男を見ている。

 ここは選手控えエリアだが、そこに居るということは誰かを待っている可能性が高い。そしてその相手は十中八九ズシだ。

 

「さっきの叫んでた人だね。…あ、それにあの子も」

 

 ゴンがそう小声で耳打ちしている間にフロアへと入ってきたのは、キルアと時間を置いて会場から出てきたズシ。真っ先に眼鏡の男性の下へ駆け寄ると、胸の前で腕をクロスして一礼をした。

 会話までは聴こえないが、何か叱責されている様子だった。雰囲気からして恐らく師匠なのだろう。好奇心から二人がその様子を眺めていると、男性の方と目が合う。

 

「あいつ、めっちゃお前の事見てるな…」

「うん…見過ぎたかな…」

 

 初めは何を思ったか黙ってゴン達を見つめていた男性だったが、少年にひと声かけるとゴン達の下へと近づいてきた。

 レオリオほどではないが、近くに立つとかなりの長身だ。そしてシャツが片方はみ出ている。中継で見た怒りに震える表情とは打って変わって、男はゴンを穏やかな瞳で見下ろした。

 

「君…もしかしてゴン=フリークス君ではありませんか?」

「そうですけど…」

 

 思わずその眼を見つめ返しながら答えると、眼鏡の男性…ウイングはパッと顔を明るくさせた。探し物が、失くしたと気づく前に偶然見つかった時の様な表情だ。

 

「やっぱり!そろそろ到着する頃だと聞いてましたから…本当にそっくりですね」

「…お前、変な奴にばっか好かれるよな」

「キルア、失礼だよ」

「…」

 

 初対面で『変な奴』呼ばわりされたウイングは内心ショックを受ける。日頃の鍛錬で心身ともに鍛えているものの、彼の心は割とデリケートなのだ。ゴンがキルアを小声で窘めたのも、微妙に傷を抉っている。

 だがキルアほどではないものの知らない相手に名指しで声をかけられて怪しんでいるのはゴンも同じで、おずおずと不思議そうにウイングを見上げた。

 

「その…俺、あなたの事知らないんですけど…」

「師範代!自己紹介してないっす!」

 

 後ろからズシにそう言われ、ウイングはうっかりしていたと頭を掻いた。

 ビスケに散々『日常生活のぼんやりを直せ』と叱られていたが、その成果は未だに発揮されないでいる。単純一途なウイングの興味は、基本的に鍛錬以外の事柄には向けられない。

 

「…失礼、ウイングと申します。心源流の師範代を務めさせていただいています。こちらは弟子のズシ」

 

 咳払いして姿勢を正したウイングの言葉に、ズシも構えをとって「押忍!」と一礼する。

 少年がかっこいい振る舞いに憧れるのは万国共通。先程もされた見慣れないポーズに、思わずゴンとキルアも真似して「押忍!」と叫んだ。

 

「ゴン君、キルア君。君達にはとある用があって声をかけたんです。リンちゃんの依頼でね」

「姉さんの?」

 

 リンの名前を出され、ゴンが興味を示す。あまりにもチョロいその姿にキルアが思わず呆れ顔でチョップを入れた。

 割かし強めに入れられた一撃に、ゴンが頭を押さえて呻く。幸い控室の闘士たちはこれまでのやり取りの間に各々部屋を出て行ったらしく、ゴンの叫びに視線が飛んでくる事はなかった。

 

「いでっ!」

「お前、リンの名前聞くたびに無条件で反応するのやめろよな。怪しいのに変わりはないだろ」

「う…」

「はは、確かにそれは賢明ですね。じゃあこれを見せれば信じてもらえるかな」

 

 そう言うとウイングはごそごそとポケットを探る。何かを見せてくれるようで、二人もじっとその様子を見守る。

 あれこれ考えなしに仕舞い込むタイプなのか、どこに仕舞ったかわからなくなってあちこちのポケットを探るその姿を呆れ顔で見るキルア。紙くずが出てきたりどこかの鍵が出てきたりもしたが、ようやく目的のものを見つけたらしい。

 

「携帯?」

「ええ。ちょっと待ってくださいね…」

 

 そう言って今度は写真フォルダをスクロールする。またしても関係ない写真が大量に溢れているようでしばらく時間がかかる。

 彼は整理整頓が得意な性格ではないようだと、ゴンとキルアは確信した。

 

「結構おっちょこちょいな人なのかな」

「…だな」

「あった…これです」

 

 こそこそ話すゴン達には気づかないウイングがそう言って見せたのは、どこかの道場で撮影された写真だ。ウイングと一緒にゴン位の年齢のリンが並んで写っているその画面には、ゴンだけでなくキルアも思わず覗き込んだ。

 

「小さい頃の姉さんだ!」

「うわ、女版ゴンじゃん。ゴンと違って何かスレた顔してるけど」

 

 キルアの言う通り、画面の中のリンはゴンにそっくりだった。ポニーテールヘアでスカーフをカチューシャのように巻いているとか、睫毛が少し長いとかの違いはあるが、目元なんかは全く同じもの。純真そのものなゴンに比べると少し生意気そうな表情をしているその瞳は、まっすぐにカメラへと向けられている。

 そんなリンは『心源流』という言語らしき刺繍が胸に入った道着を着ていた。共通語であるハンター文字と英語しか知らないゴン達には知る由もないが、それはジャポン言語で書かれたものだ。

 

「リンちゃんはうちの師範の弟子でね。先日彼女に君たちの弟子入りを申し込まれたんですよ。本当はうちの師範が務めたがっていたんですが、生憎今手が離せないので僕が基礎を教えることになりました」

「…何か知らねーとこで色々勝手に決められてるみたいだけどさ、俺達に何を教えてくれるってんだよ」

 

 リンの知り合いである事は理解したが、だからといってやはり全てを信用する気にはならないキルア。人によってはムッとしそうな生意気な口調でウイングに突っかかる。

 だがウイングはそれを意に介さず微笑みながら言った。

 

「裏ハンター試験に必要な能力…念です」

「ねん?」

「知りたければついてきてください。詳しい話をするにはここは人が多すぎます」

 

 ゴンもキルアも、肩書きは立派なハンターだ。だがその試験に裏試験もあると言われたのでは興味を示さずにはいられない。

 ゴンが隣のキルアに瞳をキラキラさせながら提案…というよりほぼ強制の口調で言った。

 

「キルア、俺行きたい!」

「…ま、裏試験っていうんじゃついていかねぇ訳にはいかないよな」

 

 キルアとしても興味を惹かれるため、行かない選択肢はない。ゴンの手前仕方ないといった風を装ってウイングの後に続く。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 闘技場を出て暫く歩いた先、案内されたのは闘士の多くが宿泊するという、ウイング達が滞在しているというホテルだった。

 

「ネンとは、生体エネルギー…オーラを自在に操る技術の総称です。」

 

 ウイングが『燃』と書かれたホワイトボードをゴン達に示す。怪しい宗教の勧誘の様な一言に、ゴンは首を傾げキルアは眉を顰めてポケットに手を突っ込んだ。

 

「ゴン君、リンちゃんが常人とは違うと思った事はありませんか?」

「姉さんはいつも凄いけど…常人って?」

 

 そもそもやや俗世間から浮いた生活をしてきた経緯から、常人が何かを理解していないゴン。自分自身が常識から色々と逸脱しているのも原因の一つだ。

 

「例えば、何か見えないものを操ってる感じがするとか」

「あ…、かめはめ波は撃つよ。何も見えないのに海が避けていくんだ」

「3次試験で壁も壊してたしな」

「それはオーラ…生体エネルギーの放出技術ですね。でもかめはめ波か…リンちゃん相変わらずだな」

 

 二人の言葉を聞いて、ウイングは共に修行していた頃のリンがオーラを漫画の技に見立てて遊んでいたのを思い出した。

 そしてただの念を放出する技術が壁を破壊する規模まで成長している事実に冷たい汗を流す。放出系の系統別修行においては、オーラの放出で身体を浮かせるのだって何年もかかると言われる技術だ。

 

「じゃあ姉さんもネン使い?」

「そうです。一時期共に修行していましたけど、かなりの実力者ですよ」

 

 ウイングがそう言うと、ゴンは今にも「お願いします!」と叫びそうな位にうずうずとした表情を見せる。そんなゴンを片手で制し、キルアがずいと前へ進み出た。

 

「…うちの兄貴、そういう時のリンと同じ妙な気配をさせるんだ。もしかしたらそれも…」

「念、でしょうね」

「俺達もそれを身に着ける事ができるのか?」

「それをするのが私の役目ですからね」

 

 キルアはかなり悩んでいる。生来の気質からして、いくらそれらしい証拠があっても初対面の相手を簡単に信用できないのだ。

 それは今まで確かにキルアの命を守って来たし時にゴンのブレーキ役にもなるが、今回に限ってはキルアの判断を鈍らせる足枷となっていた。

 

 キルアは腕組みをして目を閉じ、暫くするとパッと目を開いて携帯の電源を入れた。携帯を持っていないゴンはその様子を見守る。

 

「キルア、何するの?」

「いや、変にこの人を怪しむよりかリンに直接聞いた方が早いわって気づいた」

「あ…確かに」

 

 気づかなかった、とゴンが照れ笑いをする。ウイングを信用しているとはいえ、事前にゴン達に伝えていなかったリンにも問題はあるだろう。キルアの電話は暫くするとリンに繋がった。

 

『キルア?そっちからかけてくれるなんて思ってなかったわ』

「ちょっと確かめたい事があってさ。ウイングって奴知ってる?」

『あ、ウイングさんに会えたのね。念の修行を頼んだからちゃんと言う事聞くのよ?』

「あっそ。わかんねーけどわかった」

 

 そう言ってぶちりと通話を切るキルア。ゴンが自分も少し話したかったとそわそわしているが、キルアは色々と面倒だとそれを無視することにしたらしい。

 一方で電話の向こうでブチ切りされたリンが悲しんでいるが、キルアは当然それも気にしない。ちなみに、時期的にはリンがレオリオとクラピカの修行を始めたばかりの頃だ。

 

「まあ…だいたいの事情は把握したわ。でも、リンが教えた方が手っ取り早かったと思うんだけど」

「姉さん仕事だって言ってたしね。そういえば仕事って何するんだろ」

「リンちゃんは今、君達の友達二人に念を教えてるみたいですよ」

 

 ウイングの何気ない言葉は、大きな石が頭に降ってきたかのような衝撃をゴンに与えた。

 ガーンと効果音でも付きそうな悲壮感漂う表情にウイングは苦笑いし、思わずズシがオロオロと狼狽える。そして「そんなにショックを受けることか?」とキルアがため息をつく。

 

「姉さん…俺達には教えてくれなかった…」

「お前、結構シスコンだよな…」

「でもぉ!四人いっぺんに教えてくれても良かったのに!」

 

 そうすればクラピカやレオリオとももっと一緒に居られた。勿論リンとも。

 キルアと二人で旅するのも勿論楽しいが、ちょっと仲間外れにされたような気持ちになって不貞腐れるゴンである。パタパタと両足で軽い地団駄を踏み、気持ちを何とか発散させる。

 

「仕方ありませんよ。リンちゃんは弟子を取るのは初めてらしいですし…今受け持っているお二人もゴン君とキルア君に匹敵する才能を持っているらしいですから」

「俺達よりクラピカとレオリオの方が、時間がないからな。そっちに集中したかったんじゃねぇの?」

「まあそうだけどさ~」

 

 それでもなお、足のつま先を床に押し付けていじいじといじけるゴン。いい加減イラっと来たキルアがその背中を軽く蹴り飛ばした。

「何すんだよ!」「てめーがしつけーからだろ!」と初対面の人の前で取っ組み合いになる二人。だが、ウイングは寛大なので怒らない。

 

「うちの師範がどうしてもゴン君たちを指導したいとごねたのもあると思います。あの人、才能の原石を見るのが大好きですから」

 

 ついでに幼い無垢な少年を見るのも大好きです、と言いかけたが慌てて口を噤んだウイング。

 経験上、その軽率な発言が簡単に自分の未来を悲惨なものに変えてしまう事を知っているからだ。怒った師範は怖い、とお口のチャックを閉める。

 

「ウイングさん、あんたの言う事信じるよ。その『燃』ってやつ教えてくんない?」

 

 教えを乞うにはあまりにも生意気な態度だが、ウイングはやっぱり寛大なので気にしない。対照的にゴンは「お願いします!」と勢い良く頭を下げた。

 

「勿論、喜んで」

 

 かくして、ゴンとキルアの修行…もとい『燃』の修行は始まったのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「ウイングさん…本当に俺達、こんなんで姉さんみたいになれるの?」

「毎日座ってるだけだもんなぁ。もう1ヶ月だぜ?」

「そうですね…そろそろ良いでしょう」

 

 クラピカとレオリオがビスケ(+ジンの教育)仕込みのスパルタ稽古にへたり込んでいる頃、ゴンとキルアはまだ念を目覚めさせられずにいた。

 それも当然で、ウイングが現在ゴン達に教えているのは『念』ではなく『燃』だ。これではオーラが見えるようになるわけもない。

 

 これは飛行船で電話した際にリンが出した要望でもあり、ウイングから二人へのテストでもあった。

 いくら師匠の推薦とはいえ、妹弟子に頼まれたとはいえ、よく知りもしない人間に簡単に念を教えるわけにはいかない。『燃』を教えつつゴンとキルアの人となりや天空闘技場での戦いぶりを観察するのが、ウイングが二人を見極めるために用意したこの1ヶ月間だ。

 

 だが、それも今日まで。ここからは本当の念を教えることになる。

 天空闘技場の階層も順調に上がっており、200階の念能力者クラスに上がるのも時間の問題。タイミングとしては丁度良いところだろう。

 

「実は、今までお二人に教えていたのは本当の『ネン』ではありません。所謂フェイク…こちらも重要なのですけどね」

「はぁ!?俺達を騙してたのかよ!」

「姉さんに頼まれたって言ってたのに?」

 

 当然、ウイングの告白に、ゴンとキルアは不満をあからさまに表情に出した。特にキルアは思いっきりウイングを睨みつけている。二カ月も無駄にさせられたのだから仕方ないだろう。

 

「これはリンちゃんからの頼みでもありますよ。お二人はまだ若い。簡単に大きな力を手にして危険な目に遭うということもありますからね。先に精神を鍛えてやってくれ…と」

 

 キルアはまだ不満気だ。ゾルディック家の跡取りとして必要以上に過保護に育てられてきた彼は、『子どもだから』と言われる事をかなり嫌う。

 

「…ガキ扱いしやがって」

「いえ、リンちゃんの言う通りですよ。リンちゃんは元から念を使えたらしいですが、それ故に失敗経験もあるみたいでしたからね」

 

 リンが去った後にビスケが軽くぼやいていたのをウイングは思い出す。具体的な内容は知らないし知ろうとも思わないが、あまり気分の良い話ではないのだろう。

 

 

 

 

『あの子も随分成長したわね~一時はどうなるかと思ったけど』

『何かあったんですか?』

『よくある話よ。未熟者が念を使えるのは危ういって話だわさ。誰が悪いってわけでもないんだけどね~』

 

 

 

 

 あの時のビスケの心情はウイングにはわからないが、その言葉だけで何があったのかは何となく理解した。

 聞けばリンは物心ついた時から念を使え、念能力者が当たり前にいる環境で育ったという。それがどれだけ危ないものかは十分すぎる程に想像がつく。

 

「念は覚えているだけで優位に立てるものです。若い人や念を覚えたての人程油断を生みやすい、じっくり向き合っていくべきものなんですよ」

「…姉さんも失敗するんだ」

 

 ウイングが真剣な表情でそう言うと、ゴンは驚いた様に一人呟いたのだった。

 

 そこからは試合を控え、完全に念を起こすための修行に切り替わった。瞑想自体は行ってきたものの、オーラを知覚しようとするかどうかというこの意識の差は大きい。加えてゴンとキルアは見えずともオーラの存在を何度も目の当たりにしている。

 結果としてゴンとキルアが、2週間もかからずに『纏』を習得しウイングを驚かせたのは必然でもあった。

 

「リンちゃんの言う通り…恐ろしい逸材ですね」

 

 更に数週間過ぎて基本の四大行を完璧にマスターしたところで、ウイングは呆然としていた。未だかつてないほどの逸材を前に喜びも驚きも通り越してただただ二人のオーラを眺めるしかない。

 

「なあ!これで俺達もかめはめ波撃てるのか?」

「オーラの放出は系統別修行ですから、もう少し先ですね。それにリンちゃんがやっていたのはそうとう高難度でしょうから、すぐにとはいきませんよ」

「ちぇー!…でもいつかできるのか!」

 

 思春期に入りかけのキルアは厨二病にも足を踏み入れつつある。歳相応に少年らしい顔を見せるキルアに、内心少しホッとするウイング。

 コホンと咳払いし、ホワイトボードを裏返した。六系統のシンプルな図がそこには描かれている。リンがクラピカとレオリオに見せていたものとは異なり、図だけが描かれたシンプルなものだ。終えたばかりの水見式ではゴンが強化系、キルアは変化系を示した。

 

「お二人とも、凄いっす…」

 

 二人の上達具合に少しズシが落ち込む。ゆっくりと進めていくようにウイングから指示を受けているとはいえ、200階目前で敢えてうろうろしているゴンとキルアに対しズシはまだ100階にも行けていない。

 

「じゃあ、俺達も200階に行って良いよな?念能力者限定ってトコ!」

「そうですね…選手登録だけして、今日は戻ってきてください。映像を見て念能力者の戦いを覚えてから試合をするのが良いでしょう」

「そんなに慎重にならないといけないの?」

「甘く見てはいけません。簡単に凄絶な死に方をさせることができるのが、念能力なんですよ」

 

 そう言われてウイング達の滞在するホテルを出たが、ゴンとキルアは少し不服だった。

 それもそのはず、待ち望んでいた異能を手にした少年が、まだ試合するのを待てと言われて素直に頷くわけがない。

 

「ウイングさんはああ言うけどさ、そろそろ強い奴と戦いてぇよな~」

「うん。でも教えは守らなきゃね」

 

 そんな話をしながら200階へのエレベーターに乗り込む。チンという音が響いて扉が開くが、二人がのんびりと歩いていられるのはそこまでだった。

 明らかに禍々しいオーラ。それが目の前の通路からこちらへ向けて延びてきている。誰が何のためにオーラを向けているのかわからないが、明らかにそれは自分達へ向けられていた。

 

「何だよコレ!」

「念を覚えてなかったら、ひとたまりもなかったね…」

 

 少し躊躇しながらもゆっくりと前へ歩を進める。極寒の中にいるような寒気が二人を襲う。オーラという防備を備えていなければ、間違いなくダメージを受けていただろう。

 誰が自分たちにこのようなオーラを向けているのか。その答えは曲がり角の向こうから姿を現した。

 

「ヒソカ!!」

「何でこんな所に…!」

「闘いが好きなボクがここに居るのは、不思議じゃないだろう?」

 

 ゴン達の前に現れたのは狂気の奇術師・ヒソカだ。ヒソカは手を前に差し伸べると、二人へ向けるオーラをさらに強めた。

 

「くく…今の君達にはここはまだ…」

 

 そう言いかけたヒソカは目を丸くした。よくよく見ればゴンとキルアの纏うオーラは念能力者のそれであり、知らない間にやたらと成長していたからだ。

 驚かせつつ非念能力者の二人を念能力者専用フロアから追い出そうと画策していたのにと少し牙を削がれた気分になる。

 

「あれ、君達もう念を覚えたんだ♣」

「まあな」

「なぁんだ。驚かせようと思ったのにつまんないの♦」

 

 不貞腐れるヒソカ。二人は恐る恐るだが、そんなヒソカの前を通り過ぎる。

 そのときゴンがハッと気づいてヒソカに目を向けた。本来の目的が打倒ヒソカだったとはいえ、(そこは流しておけよ)とキルアが冷や汗を流す。

 

「そうだヒソカ!ここに居るって事はヒソカも200階の闘士なんだよね?」

「そうだよ♥」

「俺と戦ってよ。借り…返すからさ」

「♥」

 

 真っすぐにヒソカを射貫くゴンの純粋な瞳。穢れを知らない、ただ自分と戦うためだけに向けられた好戦的な瞳だ。そうして見つめられるだけでヒソカは興奮しそうになる。

 だがその顔に思い出したくないあの顔の面影もある。新たに見つけた素敵な玩具だと思ったらとんでもないトラウマを呼び起こしてくれた、あの顔だ。おかげでヒソカの息子はズキュゥゥゥン…!とまではいかなかった。

 

「ところで…君達、ここへは二人だけで来てるんだよね?」

「そうだけど」

「なら良い♥」

 

 それを聞くと、殊更にっこりと笑うヒソカ。嘘をよくつくキルアは、それが本心からの笑顔だと悟った。それで満足したらしく、ヒソカはくねくねと去って行く。

 

「何だよあいつ」

「変なの」

 

 言葉の意図を知るのはリンだけだが、リンがそれを彼らに教えることは絶対にないと言えるだろう。

 

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