リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

72 / 138
新年連続投稿三日目


ヨークシン編
リンの九月一日


 九月一日。半年以上前にゴン達と交わした約束を果たすため、リンはヨークシンシティに来ていた。

 大好きな弟たちと約束をしたというだけでもテンションが上がっていたが、残念ながらそれだけではない。今回のリンのオタ活にはかなり憂鬱な要素も混じっている。

 

(クラピカ…やっぱ蜘蛛狙ってるわよね…)

 

 数ヶ月前に修行を付けた時のクラピカを思い出す。オーラの色は日に日に返り血混じりの鉄のような色になっていき、ついに平常時で戻ることはなかった。

 リンやレオリオのことにだけ意識が向いている間は青に戻っていたが、普段を過ごしている時のオーラは死を顧みないそれのままだ。

 

 先日メッセージを送った際には『ノストラードに就職した、当日は仕事中だから会えないかもしれない』とかなり冷たい返事が来ただけだった。それ以降リンがメッセージを送っても既読無視で、ハートブレイクするとともに殊更クラピカの切羽詰まっているであろう心境が気になるところ。

 クラピカの気持ちはわかっている。しかし幻影旅団もまた、リンにとっては親しくなった以上喜んで死んで欲しい相手でもない。特にクロロは似た者同士な面もあるため少し、というかかなり情が入っている。

 

(…まあ、何もないならそれに越したことはないわね。取り敢えずゴン達に会いたい…てとこだけど、せっかくだからその前にやっておきたいことがある!)

 

 現在の時刻は午後4時。携帯を購入したばかりらしいゴンから来ていたメールには『夜に合流する』と返信しておき、リンはオークション会場に足を向けた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

(地下競売って一回行ってみたかったのよねぇ~!)

 

 ドレスをレンタルして時刻は4時間後の午後8時。

 身に着けているのはざっくりと胸元の開いたロングワンピース。広めのスリットがチャームポイントだ。少し寂しい首元をパールのネックレスで補い、高いピンヒールをカツカツと鳴らし歩く。長い髪は美容院でセットした優雅なシニヨンで、いつもはヘアバンドを添えてアップにしている前髪はセンター分けで下ろしている。

 パッと見た姿は別人のようにあか抜けており、まるでどこかの貴族令嬢のそれだ。動物は入場禁止なのでメイメイは具現化を解除している。

 道行く男達がある者は物珍し気に、ある者は思わず見とれてしまっていたが、リンはそれらに一切興味を示さない。本人視点ではこれはオタ活兼仕事の一環だからだ。

 

(ふーん…やっぱ強面ばっかりね)

 

 マフィアンコミュニティが主催している地下オークション。リンはそこに潜入していた。

 もしも旅団がオークションの品物を本当に全て盗むのだとしたら、この会場のどこかに潜んでいる可能性が高い。そしてマフィアに就職したクラピカも。何とかこの二つが顔を合わせないようにするのが今回のリンの目標だ。

 ついでに言うと、旅団が現れないならばそれはそれでオークションを楽しもうと思っている。どんな物が出品されるのか、どんな人間が参加しているのかが、ハンターとして純粋に興味の対象だからだ。野次馬根性とも言う。

 

(ていうか、ボディーガードらしき人間ばかりじゃない。マフィアンコミュニティー主催のオークションならファミリーのボス自ら顔を出すと思ってたけど…)

 

 入っていく人間を見るに三人一組が前提だったので、ぼっちのリンは無断侵入を試みた。うっかりばれようものならハチの巣コースも避けられないのだが、そこは腐ってもシングルハンター。そのスキルを最大限に活かし、さも招待されているかのように席に座る。

 

「落札するのは…この三つだよな」

「まったく、良い趣味してるわね」

「おい、迂闊な事をここで口にするんじゃない」

 

 幸いクラピカも旅団員も姿は見当たらず、辺りはリンも含めフォーマルな黒服のスーツ姿ばかり、当然男ばかりだ。その中に自分と同じ女性の声が聴こえたのを、リンは聴き逃さなかった。

 ちらりと後ろの席を見ると、女一人と男二人の三人組がひそひそと話している。話している内容といい雰囲気といい、マフィアのボスというよりはその護衛のようだ。オーラの力強さからして全員念能力者らしく、同業者かとアタリをつける。

 

(あれ、ヴェーゼじゃない?あ、あと…ルパン、ちがう、シャ…シャッチモーノ!もう一人は誰だっけ?)

 

 よくよく見れば彼らはリンも知っている人物。もっとも、『紙面上で』知っていた人物だが。

 しかしあまり登場シーンが多くなかったのか記憶は殆どはっきりしておらず、おおまかな念能力どころかどういったポジションで出ていたかも思い出せない。だがここに居る以上、何かしらかの裏組織の人間なのだろう。

 

(…顔すらうろ覚えだし、流石にもうそこまでテンションは上がらないわね)

 

 そんな事を考えている間に、檀上が明るくなり、オークションは始まる気配を見せる。ざわざわと周囲がざわめき、期待と興奮で会場がいっぱいになった。

 

「皆さんお集まりいただきありがとうございます…」

(あれフェイタン?実際に会うのは初めてね!あ、フランクリンもいる!)

 

 オークション主催者が知り合いであることに、先程とは打って変わってテンションが上がるリン。だが一瞬遅れて、なぜ幻影旅団が主催者側の檀上(こんなところ)にいるのだという疑問に思い当たった。

 

「それじゃあ堅苦しい挨拶は抜きにして…」

 

 フェイタンもフランクリンも、きわめてフォーマルな主催者側の衣装に身を包んでいる。オーラも偽装されており、一般人はもちろん念能力者でもその違和感に気づかない。

 参加者たちは早くオークションを開始してほしいとうずうずしており、席から離れる気は一切なさそうだ。不測の事態が今ここで起こったとしても、逃げられないだろう。

 

(そうそう人前で派手な事をしない連中がこのタイミングで出てきたって事は…なんか嫌な予感しかしないんだけど…)

「さっさとくたばるがいいね!」

 

 瞬間、フェイタンが悪どい笑みを浮かべそう叫ぶ。同時に解放感溢れる叫びと共に、フランクリンの手によって大量の念弾が放出された。【俺の両手は機関銃】(ダブルマシンガン)だ。

 

「マジかぁ~!!」

 

 思わずそう叫んだリン。瞬時にメイメイを具現化、【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を発動して目の前に出現させる。『絶』のリスクを負うため反射はさせず、念弾を受け止めるだけに留めた。

 

(一発一発がめちゃくちゃ重たい…これは間違いなくただの念弾ではなく『発』!ていうかフランクリン、まさか『発』のためにセルフで指切り落としたの!?)

 

 ギリギリ受け止めたとはいえ、具現化したガラスにはひびが入っている。それどころかガラスを通じてリンの両手に痺れを感じさせるほどの弾だ。バシバシと銃弾は雨あられのように際限なくぶつかってくる。

 内心悪態を吐きながらも更に一回り大きいガラスを三枚追加で具現化し、何とか衝撃を防ぐ。当然、殆どの客はフランクリンの一撃で息絶えてしまった。

 一気に周囲に広がる血の匂いに嫌でも危険を感じ、同時に思わずむせ返りそうになる。謎めいた暗闇のオークションは瞬時にして墓場に変化していた。

 

(お宝盗むとは聞いてたけど、流石にこれはちょ~っと予想外!)

 

 先日、確かにクロロはヨークシンで仕事をすると言っていた。しかし誰が主催者側に回って皆殺しをかますと思うだろうか。それもマフィアンコミュニティー主催のオークションで。

 一般オークションでやるよりはマシだが、色々と常識から逸脱し過ぎている。おかげでリンも死にかねない状況なのだから、文句の一つくらい言いたいものだ。

 

(こっからどうするか…)

 

 突然の攻撃から数秒、そろそろフランクリンたちも生存者がいるのに気づく頃だろう。

【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)もそろそろ限界だと姿勢を屈めながら考えている時、背後で怒鳴り声が聴こえた。

 

「お前ら逃げろ!」

 

 生存者の気配に振り返ると、リンの陰に隠れて一命をとりとめたらしいヴェーゼ達三名が扉を開けて転がり出るところだった。その全員が悟ったのだろう、フランクリンの念弾を受け止めて生き残ることはできないと。

 面識はあると言えども彼らは盗賊だ。クロロが『この場に居る全員を殺せ』と命じていたなら、彼らは確実に殺される。そして恐らく、リンも殺される対象に入るだろう。

 つまりここでリンが取れる行動は一つ。逃亡のみだ。

 

(これは私も逃げるしかないわね!)

 

 この状況は明らかに不利だ。先に逃げ出したヴェーゼ達に続き、念弾の隙間を掻い潜ってリンも扉の隙間から会場を飛び出す。高級感あるカーペットは、リンと先に逃げた三人の足跡で赤黒く染まった。それらは全て会場で流れた血だ。

 オークションは地下会場で開催されていた。つまり逃げるためには、地上に出ないといけない。階段へ向かって一目散に走る最中、傍らに大男が横たわっているのが見えた。既に息絶えているようで、頭から血を流しておりオーラは見えない。

 

(!?さっきの男!こっちにも伏兵か!)

 

 曲がり角を曲がると、階段とともに逃げる二人とそれを追いかける女性の姿が視界に入った。ラフな服装からして、明らかにオークション参加者ではなく噂の伏兵だ。

 

(あれは…シズク!)

 

 恐らくさっきの男は、シズクの持っている掃除機で殴打されたのだろう。彼らとシズクの距離は徐々に縮まっていく。同時にリンと彼らとの距離も。安全に逃げおおせるためには、シズクの動きを止めるのは必須だろう。

 

(…くそっ!やるしかない!)

 

【王国の涙】(トライフォース)を発動させ、瞬発力を増幅させる。

 この能力は、2倍増幅でも数十分使用し続ければ全オーラを消費してしまうくらいには燃費が悪い能力だ。そのため使用したのはごく一瞬だが、それでも原作キルアの【神速】(カンムル)に匹敵するだけのスピードを出したリンがシズクの前に躍り出るには十分な時間だった。

 

『雷』

 

 両手のオーラを電気に変化させる。シズクの念能力は明らかに掃除機がモチーフであり、ならば電気が比較的有効なのではないかと直感的に感じたからだ。そうでなくても、完全に電気耐性のある人間はそう多くない。

 

「一応謝っておくわ!」

「…っ!!」

 

 実際はシズクの念能力は機械ではなく生き物なのだが、リンの電気に変化したオーラは触れただけで電気耐性の無かったシズクごと動きを一瞬止める。その隙にリンはくるりと背を向け、前方の二人へ向かって走り出した。

 

「あんた、いったい…!?」

「いいから早く逃げて!!」

 

 ヴェーゼとシャッチモーノが思わず振り返ってリンを見た。目が合ったリンは怒鳴りながら彼らを追い抜こうとしたが、ふと彼らの動きを思い返して眉間に皺を寄せる。

 

(動きが遅過ぎる。恐らく私が追い越した後、逃げ切れずに殺される!!)

 

 念能力者のようだったが、そのレベルは旅団には到底敵わないものだ。そう思ったと同時に、リンは二人を小脇に抱え、【王国の涙】(トライフォース)を再び使用して猛スピードで走り出した。

 

「『絶』を!」

「わ、わかった!」

 

 背後に数名のオーラを感じる。振り向くまでもなく、どう考えても旅団だろう。

 二人を両手に抱えながらも指先を背後に向けて、複数の念弾を放つ。攻撃ではなく、あくまで目眩ましのためだ。

 

「うわっ!」

「止まるね!!」

「止まるわけないでしょーがっ!」

 

 シズクとフェイタンの動揺の声を背中に聞き流しながら、踊り場でターンして一気に階段を駆け抜ける。ようやく地上だ。

 

「メイメイ!!」

「きゅ!」

 

 能力を切り替えて【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を発動し、上り切った階段を切断した。この程度彼らには何の意味もないが、気休めだ。

 ガラガラと音が響き渡り、階下は瓦礫で埋もれる。この隙にリンもメイメイの具現化を解除し、『絶』をして完全に気配を断つ。

 

 地上に上がったリン達、一方でシズクとフェイタンは未だ地下。ここまでくれば大きく引き離しただろうと少し気が緩みかけた時、地面が隆起した。

 

(っ!?)

 

『周』を纏った大量のナイフが地下から飛んでくる。何メートルにもなるであろう地下を貫通させるだけの念の威力に、思わず背筋が凍った。

 フェイタンが足音や気配を感知した場所にあてずっぽうで『周』をしたナイフを飛ばしたのだろうと即座に判断したが、それにしても攻撃が正確すぎてアクロバティックに回避せざるを得ない。シャッチモーノを右腕に抱え直し、片手で二人を運びながらもう片方の手でナイフを掴み躱したりバク転をしたりと死に物狂いで回避する。

 ホテルの床は何かの爆発があったかのようにあちこち割れてしまっていた。このままでは地下と繋がった大きな吹き抜けになってしまうだろう。

 

(場所が分かってないくせに、何でこんなに正確なのよ!)

 

『絶』で感覚が鋭敏になっているため粗方の攻撃を避ける事が出来たが、一度だけミスをして攻撃が少し首筋を掠った。

(血管いっぱい通ってるとこ!!)と冷や汗を流すリン。真剣な場面にもかかわらずやや思考がギャグテイストになるのは、精一杯のフラグ回避のためだ。

 

(一刻も早く建物を出ないと!)

 

 右手に力を籠め、壁に向けて殴りつける。日頃遊び半分に修行していた甲斐あって、『絶』状態であってもそれは容易に壁を破壊した。

 建物を飛び出し、一直線に走るリン。数百メートル離れた所で裏路地を何度も曲がり、視線が感じられなくなった辺りでようやく巻いたと確信する。ゆっくりとヴェーゼとシャッチモーノを下ろし大きく息をつく。

 

「あ~~~~…流石に死ぬかと思った…」

 

 思わずガニ股になってしまっているが、リンは気にしない。命がなくなるかどうかのひりついた空気から逃れてきたのだから、この程度の恥なんて大したことはないと考えている。

 

「あ、あんたは…?」

 

 地面に降ろされたヴェーゼがおずおずと尋ねた。こちらもまた死を覚悟していたところから助けられた事で動揺しているが、リンとは違って女性としての恥じらいを捨てていない。シャッチモーノはバクバクと治まらない心臓の鼓動を何とか抑えつけようと胸に手を当てながら立ち上がった。

 

「通りすがりの者…です?」

 

 オタ活中の者ですと言うわけにもいかないので、謎に疑問形でそう言うことになってしまった。言ってしまってから普通に名乗ればよかったと思ったリンだが、そもそも不法侵入をしていたのでやっぱり名乗れない。

 

「そう…私はヴェーゼ。ノストラードファミリーの者よ」

「…同じく、シャッチモーノだ」

(あ、ノストラードだったんだ。ていうかファミリー所属なの明かしてくれるのね)

 

 仮にもアングラの人間なのに、良いのだろうかと思うリンである。ここで連絡先を聞いておけばクラピカとコンタクトを取りやすいかとも一瞬考えるが、流石にこの状況でそこまで尋ねるのは怪し過ぎると思い直した。

 

「あんた、何者だ?あいつらの動きは素人じゃなかったが、それはあんたもそうだ。まさか二人担いで逃げおおせるなんて…」

「ちょっと訳ありでね。ハンターとだけ言っておくわ」

 

『絶』の間は具現化を解除していたメイメイを再び具現化させつつそう言う。シャッチモーノはそれ以上追及せず、そのまま礼だけ丁寧に述べられて別れる運びになったのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 一方で、蜘蛛は困惑していた。競売に参加した人間誰一人残さず殺すつもりだったのが、客を逃がしてしまったからだ。それも三人も。

 作業を終えてメンバー全員が合流し、おおよその状況報告を行う。リン達が逃げた以外は他メンバーの仕事は全てつつがなく終了しており、話のメインは逃げた何者かへと向いていた。お宝が無かったのもかなり問題だが、それはメンバーで話し合うよりも先に団長に報告した方が良いだろう。

 

「あいつら何者ね」

「二人担いでたあの女の子、かなりの使い手だよね。仲間ではなさそうだったけど」

 

 逃げていくところをリアルタイムで見ていたシズクとフェイタンが呟いた。

 もともとそんなに苛立ちを表に出す性格でもないが、ファミリーの人間など眼中に入れてもいなかったため、獲物に逃げられたという怒りよりも自分たちの攻撃を受けて生き残ったという驚きが勝っているシズクである。フェイタンは苛立っているが。

 

「リン=フリークス、プロのハンターだ」

 

 冷静に判断したフランクリンが、そんな殺気立っているフェイタンを静かに収める。それを聞いたシャルナークは「へえ」とニコニコ微笑み、ウボォーは「何だよあいつが居たってのか!」と豪快に笑った。

 

「え、何?皆あの子と知り合いなの?」

 

 逃げ去るリンの姿を見たのはフランクリン、シズク、フェイタンだけだ。だがウボォーやシャルナークも知っているような反応をしたため、結成当初からの馴染みなのかと中途入団したシズクがこてんと首を傾げる。同時に手にデメちゃんを持ったままだったと思い出し、パッと具現化を解除した。掃除はもうしばらく先だ。

 

「私知らないね。誰よその女」

「フェイタン、それだと嫉妬深い彼女みたいな言い方だね」

「殺されたいか」

 

 明らかに(笑)がついていそうなシャルナークの揶揄いに、マジギレ寸前のフェイタンが掴みかかろうとする。ウボォーがその首根っこを掴み、フランクリンはやれやれと肩をすくめた。

 

「団長との個人的な知り合いだ。俺達とも一度仕事をした事があるが、あの頃より腕を上げたらしいな」

 

 その言葉にフェイタンは一旦鉾を収めた。フランクリンはフェイタンがリンを殺そうとするのを止めようともしなかったが、団長と知り合いならば別段逃がしても問題がなかったのだろう…と判断したらしい。

 一方で、唯一フランクリンの言葉にマチだけがわなわなと震えていた。恐怖ではない、驚きからだ。勿論、マチもリンに会ったことはない。だがリンの存在はこの場の誰よりもよく知っていた。

 

(もしや…オタクの神、リン=フリークス!?)

 

 ミルキィ☆ホワイト先生はじめ、リン達が出す同人誌の熱狂的ファンであるマチである。

 リン自身は同人誌を手ずから執筆することはほとんどないが、オタク文化を広めたことからファンの間で密かに『神』と呼ばれている。界隈はマナーの良いオタクが多いので、BL趣味がバレたくないリンに配慮してそのように呼ばれ始めたのだとかそうでないとか。

 一人動揺と興奮に悶えているが、A級賞金首である凄腕の念能力者であるため一切顔に出さない。しかし内心では握手したかったと思っているマチである。そして可能であれば互いの趣味について語り合いたかった…と。

 

(いや、まさかこんなところに…だけどリン=フリークスならこの状況でも逃げられるだろう。なんたってオタクの神なんだから!ああ、推しについて語りたかった!)

 

 内心ではこんなことを叫んでいるが、あくまでマチは顔には出さない。オタクの神がA級盗賊から逃げられる技量を持っているかは甚だ疑問だが、誰も気づいていないのでマチの思考にツッコむ者も当然いない。

 

「どうせあいつらを逃がしたってデメリットは無い。ほっとけ」

 

 フランクリンがそう言ったところで話は纏まった。競売品も見つからなかったため、今夜は手ぶらで退散だ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

(はぁ、えらい目に遭った)

 

 旅団一味が気球に乗って逃げている頃、リンは往来の通りをぶらついていた。その顔は想定外のアクシデントに疲れ果てている。ついさっき死にかけたのだから当然だろう。

 しかも負傷した首筋を確認したら思ったよりも出血していてそれがドレスを汚していたことに気づき、更に萎えた。未だどくどくと血が流れ続けているらしく、筋肉に力を入れて止血する。夜だからわかりにくいが、よく見れば裾もかなり薄汚れて所々破けていた。

 

(これレンタルしたやつなのに!結構高かったのに!)

 

 恐らく弁償だろう。そして大したことないとはいえ、落ち着くと傷口も痛みを感じてきたので殊更に萎えているリンである。もう攻撃されたくもないので人通りの多い大通りを歩きたいと思うのは、自然な事だろう。

 

(そういえばもう夜なのにゴンに連絡入れてない…ゴンの声聞きたい…弟成分が足りない…)

 

 そう思いながら歩いていると、数十メートル先に妙な人だかりができているのが目についた。何をしているのか、えらい盛り上がりようだと近づいてみる。その中央には見知った顔たちが並んでいた。

 

(会いたかったよマイスイートリトルブラザー!!)

 

 精神と肉体は繋がっているというのがリンの子どもの頃からの自説だ。この瞬間、リンは身体の痛みが一気に消え去るのを感じた。

 弟のためなら瘦せ我慢なんか屁でもないと思うリン。少し、いやかなり見栄を張っている自覚はあるが、リンはさも偶然(実際に偶然だが)通りがかったといった風に三人に話しかける。

 

「ゴン、キルア、レオリオ、久しぶりじゃない」

「姉さん!」

 

 リンが声をかけると、三者三様に顔を輝かせる。昔のように抱き着きこそしないものの、ゴンが嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。リンが(うちの弟天使!)と思ったのは言うまでもない。

 ゴン達は何かの店をしていたらしい。何をしていたのか気になるが、ここはヨークシンで今はドリームオークションの期間だ。浮かれた空気に流されて素人が出店や見世物をすることはそう珍しくない。クラピカも居ないなら暇つぶしがてら…と余興でもしていたのだろうなどと予想する。

 

「あれ?姉さん、何か血生臭いよ?それに凄く汚れてるし」

 

 ひくひくとゴンが鼻を動かし、リンはぎくりとした。

 そりゃそうだ。撃たれたマフィアの返り血を浴びて自分も僅かながら(一般人には重傷レベルだが)ぱっくりと首筋が切れているのだから。夜とはいえ灯りの多いヨークシンであり、ゴンでなくても多少鼻が利くならわかる。

 

「おいなんだよその服!血塗れじゃねぇか!」

「ちょっとね…面白半分にマフィアンコミュニティーのオークションを見に行ったら、銃撃に巻き込まれて死にかけた」

 

 近くに来てようやくわかったらしい異変に、レオリオが顔を曇らせる。旅団の事や地下オークションでの騒動は伏せておき、傷口を診察されながらカラカラと冗談めかして言うとわかりやすく呆れ顔で言われた。

 

「馬鹿だろお前」

「ゔ…」

 

 そう言いながらもレオリオが凄く心配してくれているのは伝わるので、心の傷口にクリーンヒットしたが笑って返す。リンのリアクションに気づいたらしいが、レオリオはそれを完全に無視して鞄から赤チンを取り出し、ポンポンと傷口を消毒した。

 

「染みるんだけど~」

「それくらい我慢しろっての…ほい、消毒完了。じゃあ行くぜ、【俺に元気を分けてくれ】(エネルギーボール)

 

【俺に元気を分けてくれ】(エネルギーボール)はレオリオが独自に生み出した『発』だ。放出・強化系の複合技で、周囲の植物のオーラを少しずつ貰い対象の治癒能力を高める。

 当然自然が多い方が効果は高まるので、貧困国でよりその役割を発揮することだろう。そしてリンは知っている。レオリオがサイヤ人編の終盤を熱心に読んでいたのを。

 ここは大都会のためそこまでの効果は期待できないが、それでもリンの切り傷は簡単に塞がった。リン自身の治癒力も作用しているが、元通りになった傷口に触れてレオリオの修行の成果を感じ、思わず笑みが零れる。

 

「ありがとレオリオ」

「いいってことよ…それよりキルア、お前何だか無口だな」

「ほんと。キルア、姉さんに会えるの楽しみにしてたのに」

「は!?別に楽しみになんかしてねーよ!」

 

 無言だったかと思いきや急に挙動不審な態度を見せるキルアの姿に、ゴンは不思議そうに首を傾げる。「言ってたのに」と顔に書かれているように見えるくらいだ。

 しかし当人が頑なに目を合わせないので、諦めてリンのドレスに目を向ける。

 

「そういえば、そのドレス綺麗だね。凄く似合ってるよ!もっと綺麗だっただろうから汚れちゃう前に見れなかったのが勿体ないや」

(ゴン!そんな口説き文句どこで覚えてくるの!)

 

 そんな言い回しを誰に教わったのかは小一時間問い詰めたいところだが、恐らくこれは天然モノだ。流れるような口説きに無言でゴンの頭をなでこなでこするリンである。当然悪い気はしていない。

 だが、当のキルアはリンの方を一向に見てくれない。正確に言うとさっきからずっと見てはいるのだが、チラ見程度ですぐに逸らしてしまう。そんなキルアの行動が理解できたレオリオは、揶揄うようにキルアの肩を抱いた。

 

「見れねえよなキルア。リン、かなり色っぽいもんな」

 

 どうやら少し見ないうちにこの少年は思春期を迎えたらしい。(年頃の男の子ってやつですな)と内心微笑むリン。完全に面白い玩具を見つけた時の笑みだが、それがジンの笑みとそっくりである事を本人はまだ知らない。

 

「そーなの?青少年よ」

「はぁ!?見てねぇし!!」

「ふーん…胸元が開いた服そんなに好きなんだ」

「好きなわけねーよ!お前の風船みたいな胸なんか興味もねぇっつうの!」

 

 風船と言われたのはショックだが、これも照れ隠しだとキルアの頭もなでこなでこするリン。当然パシッとあっけなく振り払われたのは言うまでもない。

 

 何をしていたのかわからないがその間にゴンとレオリオも片づけを終えたらしく、一同はホテルへと戻ることになった。丁度ゴン達の部屋の隣が空室になっていたので、リンもその部屋へチェックインする。

 

 軽くシャワーを浴びて部屋着に着替え、リンはすぐさまゴン達の部屋に入った。全く同じ間取りだが数日前から宿泊しているだけあって、リンの部屋よりも生活感がある。リュックや鞄は大きく開かれ、あちこち中身が溢れていた。

 

「早速来たわよ!」

「うわっ、こんな時間に男部屋に来んじゃねーよ」

 

 テキトーなノックをしてから間髪入れずにドアを開いたため、キルアが即座にテレビの電源を切ってリンを睨んだ。ドレスを着ていた時とは違ってキルアの反応は自然かつ素っ気ないものに戻っており、(やっぱ胸見てたんじゃねーか)と思うリンである。

 

「入られて困るようなことでもしてるわけ?」

「はぁ?してねぇし」

「有料チャンネル観てたくせにー」

「ばっか!言うなっての!」

 

 呆れ顔のゴンのチクリによって恥を晒すことになったキルア。軽く小突かれてゴンもやり返し、ちょっとしたじゃれ合いにしてはかなり激しい取っ組み合いの喧嘩になる。

 

(この半年で随分仲良くなったみたいね)

 

 歳相応の少年らしい笑顔を見せるゴンとキルアに、リンまで嬉しくなる。ゴンは勿論だが、キルアが心の底から楽しそうにしているのに安堵した。

 ハンター試験の頃と比べて、キルアの雰囲気は随分と柔和なものに変化していた。十中八九家を離れたこととゴンと過ごしたことが良い影響を及ぼしているのだろう。

 

「ほらほらそこまで。もう遅い時間なんだから喧しくしない」

「…けっ」

 

 一方でキルアとしては、リンへの接し方に少し迷っていた。

 ゴンからしょっちゅうリンの話を聞き、ニアの正体がわかるまでは自分もゴンのように姉が欲しかったと思っていたキルアだ。天空闘技場やくじら島でもリンの話は何度も聞いており、自身も親近感を覚えるとともに、リンからぶつけられる明け透けな好意にどう反応すればいいのか戸惑ってもいる。

 だがこの再会を機に、何か変わるかもしれないという期待も僅かに持っていた。

 

「う~…。あ、姉さん聞いてよ!俺ヒソカを殴れたんだ!」

「本当!?天空闘技場の話、詳しく聞かせてよ」

「うん。まずは飛行船に乗ってさ…」

 

 いたいけな少年の友情から恋愛に発展する瞬間…期待ができる。そんな気持ちは奥に仕舞い込み、ゴンの話を聞くリン。久しぶりに会ったとは思えないほど、時間は和やかに過ぎていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。