リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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リンの九月三日【前編】

「…居ない」

 

 九月三日、時刻は朝八時。モーニングを食べようとゴン達の部屋を訪ねたリンは、困惑していた。誰も部屋に居なかったからだ。

 先に朝食を食べているのかと思いレストランに向かうが、やっぱり三人の姿はない。電話をしても、三人ともご丁寧に携帯の電源はオフのようだ。

 

(昨日から様子おかしいとは思ってたけど…もしかして、ハブられた?)

 

 これには流石のリンもショックを隠せない。メイメイに慰められながら一人寂しくレストランで食事をとる事にする。

 それなりに美味しいビュッフェだったのだが、ショックはリンの味覚を鈍らせていた。一人で百面相をする気にもならず顔にこそ出さないが、食欲も何となく湧かず残りを全てメイメイに渡す。

 この光景を、リンを知っている人間が見たら皆一様に衝撃を受けていただろう。あのリンが食事を残した…と。特に食べ物絡みで何度か殺されかけたイルミなんか、口を開けて驚きかねない。

 

(ええい、仕方ない。なら私だって好きに動いちゃうから!)

 

 本当はゴン達も一緒にと思っていたが、それならばリンもリンでやりたい事をやるだけだ。食事を終えると部屋に戻り、ホテルのパソコンをハンターサイトに接続する。

 調べる内容はノストラードファミリーについて。もちろん悪党を趣味で捕まえて懸賞金を稼ぎ漫画文化を趣味で世界的に広めているリンには、ハンターサイトの情報料なんてはした金だ。

 

(元はヨルビアンの田舎に位置する小さな組織だったけど、ここ十数年で急激に地位を上げた…ねぇ)

 

 さっさと数億を入金し、ノストラードファミリーの情報に隅から隅まで目を通す。やはりというかまだ新人のクラピカの名前までは載っていないが、ボスを初めとして娘や主要な構成員やファミリーの経歴については事細かに記載されていた。

 

(確かネオンの能力が占い…だったっけ?あ、そう書いてあるわ…うえ、趣味は人体収集…キモ)

 

 検索しながら頬杖をつき考えていると、コツコツと窓を叩く音がした。開けるとそこには一羽の鳩が居る。

 鳩は「クルック」と軽く鳴き、ばさりとリンの肩に止まった。メイメイが片手を挙げて『よっ』とでも言うように挨拶をする。

 

「ん、見つかったのね。ありがと」

 

 メイメイは人語を理解するが、やはり動物がベースだからだろうか、動物の言葉も理解しているらしい。リンがそれに気づいたのはほんの数年前だが。

 今回はそれを利用してヨークシンに生息している鳩にクラピカの特徴を伝え、ヨークシン中を探させていた。報酬は勿論食事。鳩用最高級のものを与えると、鳩は満足げに鳴きリンを促して飛び始めた。リンも急いで部屋を飛び出し、真っ白な姿を追いかける。

 

 クラピカは目立つ容貌をしている上に、服装もマフィアのスーツもしくはクルタ族の民族衣装を着ている事が予想される。よって、鳩の証言でもかなり有力だとリンは考えていた。

 更に鳩を利用して捜索するのは人間より気づかれづらく、念で操作しているわけではないのもポイントが高い。特定の能力を持っていない限りは逆探知される可能性が低いからだ。

 

(これが駄目なら匂い嗅ぎまわったりとかしなきゃいけなかったし、よかった~)

 

 嗅ぎまわって探すにはクラピカは体臭が薄いし、絵面的にも猶更やりたくないリン。ストーカーの汚名を着せられる理由はゴンだけで十分だ。自然な動きでホテルを出ると、鳩を追いかけて歩く。

 

 リンはクラピカに会いたかった。クラピカの事を心配していたからだ。

 ヨークシンに滞在しているマフィアに属している以上、対旅団の鉄砲玉として使われる可能性が高い。そうじゃなくてもマフィアのネットワークを利用して個人で旅団を追いかけるのは目に見えていた。

 

(…ここか)

 

 案内された建物は、大通りから外れた所にある比較的大きなホテルだった。一見普通の小奇麗なホテルに見えるが、そのホテルがノストラードファミリーのダミーホテルであるという情報は既にハンターサイトで確認している。

 

「ノストラードファミリーさん?」

 

 ホテルに入ると鳩が示した部屋に合致する部屋番号のベルを押し、軽く声をかけて暫く待つ。

 だが返事はない。代わりに警戒した空気がびりびりとドア越しに伝わってくる。ダミーホテルで名前も伏せて宿泊しているのに、名指しで人が訪ねてきたのだから当然だろう。

 

「そこのお前!手を上げ名前を!名のりだせ!」

 

 中からはドスのきいた男の声が聴こえてきた。マフィア雇われの人間たちが滞在するホテルなのだから、その程度は予想の範疇だ。正直に名乗ろうと口を開きかけた時、扉が薄く開いて中の女性と目が合った。

 

(あ、ヴェーゼ)

「バショウ、たぶん大丈夫。この子、一昨日私達を助けてくれた人だわ」

 

 声を聞いてもしやと思ったのだろう。向こうもリンが先日助けてくれた女性だと気づいたらしく、扉越しにやり取りが聴こえる。暫くすると扉が開き、髭面の男が姿を現した。

 

「…悪かった。誤解だしかし、用件は?」

(いちいち五七五狙ってるわね…)

 

 どうやら襲撃者であるという誤解は取り敢えず解けたらしい。そしてバショウの言葉に謎に感心してしまったリンだ。

 名前といい五七五を狙っているところといい、恐らく出身はジャポン。リン的には仲良くなりたいところだが、バショウがオタク文化を広めたリンと仲良くなりたいと言うだろうかと聞かれれば、自信はない。

 だが、今回は原作に出てきたであろう人間と仲良くなりに来たのではない。少し声のトーンを落とし、しかしはっきりと向こう側に聴こえるように言った。

 

「リン=フリークス。友人のクラピカに用があって来た」

 

 その言葉は中のクラピカにも聴こえたようだ。よく見知った金髪の青年が奥から顔を出し、黙って部屋を出る。その表情はリンを見ても何も変化がない。

 ついて来いと無言で示され従うと、クラピカは数室離れて別室の扉を開けた。部屋の雰囲気からしてどうやらクラピカ個人が宿泊している寝室らしい。

 

「…ここは私の職場なのだが」

 

 扉を閉めたクラピカはそう言って静かにリンを睨んだ。しかしその目に攻撃性がないので、リンはさして気にしない。

 

(相変わらずわかりづらいツンデレね)

 

 口でこそ咎めているが、精孔を開いてオーラを視れば心のどこかでリンの顔を見て安心しているのがわかる。よっぽど鋭い人間か腕の立つ念能力者でないと気づかないレベルだし、恐らく本人すら気づいていない位に僅かな機微だ。

 

「仕事の邪魔をする気はないわ。少し心配で顔を見に来ただけ」

「来ている時点で仕事の邪魔だが」

 

 正論の鋭い切り返しを華麗にスルーするリン。座る場所がないのでベッドにどっかりと腰を下ろす。

 少しだけ横たわった形跡はあるがベッドはあまりにも使用感がなく、傍らには僅かな荷物こそ置かれているが荷ほどきも全くされていない。恐らくクラピカは碌に休んでいないのだろう。目元の隈を見ても簡単に想像がつく。

 

「どうやってこの場所を知った」

「安心して。情報が漏れてるわけじゃないから。勿論言いふらす気もない」

「ならいいのだが」

 

 だがクラピカは、そんな自分をリンに知られたくないのだろう。平然と足を組むリンの姿を見て、クラピカもため息を一つ付きあくまで普段通りの動作で隣に腰かけた。

 

「…ヴェーゼとシャッチモーノを助けてくれたのだな。礼を言う」

「別に…たまたまよ」

 

 クラピカとリンとの間には人ひとり分のスペース。物理的にも心境的にも数カ月前にはなかった距離を置かれ、かなり本気でショックを受けるリン。だが今日は真剣な話をしに来たのだと、表情に出さず頭を軽く振る。

 

「…クラピカ、蜘蛛を殺したわね」

 

 そう言ってリンはクラピカの顔を覗き込んだ。

 ぱちりと一瞬合った瞳。隈だけではなく、瞳も暗く淀んでいる。鉄色のオーラに滲んだ返り血の色は更に濃くなっており、一目瞭然だった。言い当てられた事にさして驚いた様子もなく、しかし目を伏せて淡々と答えるクラピカ。

 

「オーラの色か」

「そんなの視なくても、目を見ればわかるわ。…もう復讐はやめておいた方がいい」

 

 その返答を、リンは肯定と取った。腰かけていたベッドから立ち上がり、クラピカの正面まで歩きしゃがみこむ。正面から顔を覗き込まれたクラピカは、これ以上心境を悟られないようにと静かにその端整な顔を背けた。

 

「ファミリーの殺し屋チームに参加する事になった。どうしようもない事だ」

「殺し屋チームに入ってなくたってやるくせに」

 

 その答え方にイラつき、少し語気を荒げる。誇りを大切にするクラピカは、嫌だと感じたのならば誰からの命令であろうと反発するだろう。それなのにチームへの参加を言い訳に逃げられたのが腹だたしい。

 

「察しが良いな。その通りだ」

 

 そんな嫌味のきいたリンの言葉を、クラピカは軽く受け流した。それは暗に「そこまでわかっているなら愚問だろう」とも言っている。そのことはリンもわかっていたが、敢えて気づいていないふりをして直接的な言葉にした。

 

「…本当に、殺す気?」

「そのつもりだ。私はそのためなら、命でも投げ出す」

 

 返答に直接的な言葉は使われなかった。

 クラピカは『殺す』という言葉を使うのを嫌う。代わりに『自分の命は惜しくない』といった言葉を使うのだ。

 そんな心優しい人間が非情に徹しきれるとはリンには到底思えなかった。四次試験で、数日前に仲良くなっただけの人間からプレートを奪うのすら躊躇っていたあのクラピカができるとは思いたくもない。

 

「やめなさいって言ったわよね!私言ったわよね!!」

 

 見下ろすように立ち上がり、顔をむにょんと引っ張る。柔らかい肌が伸び、整った顔は妙に間抜けになった。

 修行を付けていた際、こうすれば大抵クラピカは怒ってオーラの色も元に戻っていた。年相応の口喧嘩と小突き合いが代償だったが。そしていつもレオリオに仲裁される、そんな流れだった。

 しかし、オーラの色は戻らない。ぱしりと手を払われ、それはもう後戻りができないことを示していた。

 

「…」

「…帰ってくれ。頼む」

 

 どうすれば元のクラピカに戻ってくれるか、リンにはわからなかった。自分が同じ立場なら絶対に聞き入れない自信があるからだ。

 よくあるBL小説だったらクラピカを抱き締めて受け入れてやるのだろうが、リンには当然それができない。ゴンの様な純真さも、キルアの様な冷静さも、レオリオの様な包容力も、リンは持ち合わせていない。

 

(だからレオリオたちを連れてきたかったのよ…)

 

 部屋を無言で後にしながら、リンは心の中で悪態をついた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「おーリン!帰ったか!」

 

 少しぼんやりして辺りをぶらついた後ホテルに戻ったリンを出迎えたのは、酔っぱらったレオリオの軽い声だった。

 ハブにしてたくせによく言う…と文句の一つでも言おうと思っていたが、あまりにも上機嫌な様子のレオリオにその毒気も抜かれてしまう。そして何よりも気になったのは、レオリオと共に酒を飲んでいる男の姿だった。

 

「…そちらの方は?」

「おう、ゼパイルって言うモンだ。目利きの名人!」

 

 同じく酔っぱらった様子のゼパイルは、レオリオに紹介されるまでもなく自ら名乗り出た。焼酎の水割りらしき液体をからからと揺らし、まるでキャバ嬢でも呼ぶかのように手招きする。

 少しイラつきつつも歩み寄り、しかしレオリオ達のように地べたに座る気になれないのでベッドに腰かけた。自分は名乗ったのにリンには名乗ってもらえず、ゼパイルは仲介人に聞くことにした。

 

「レオリオ、このねーちゃん誰だ?」

「ああ、リンって言って俺たちの仲間でゴンの姉ちゃんだ」

 

「ああ!どうりでそっくりだ!」と改めてリンの顔を見るゼパイル。だが、二人は居るのにゴンとキルアが見当たらない。

 

「…で、そのゼパイルさんがなんでレオリオと一緒に酒盛りしてんの?」

「こいつらに協力してやる事にしたのさ。金が要るってんでな」

「金…?」

 

 不穏な響きが取れた。そんな切羽詰まって金銭が必要だなんて、リンは聞いていない。

 このまま話させるために黙って聞いていると、酒で口が軽くなっているレオリオもどんどんと口を滑らせる。それは酔っ払いらしくまったく要領を得ないざっくりとしたものだが。

 

「ああ、ゴンのために金が要るんだが、幻影旅団を探すためにはまた金が必要でな~。そんで協力してもらってんのよ」

「幻影旅団???」

「あっしまった…」

「詳しく聞かせてもらおうか…?」

 

 リンの殺気に、ようやくというか一気に酔いが醒めたレオリオ。そこからリンの尋問に全て吐いてしまったのは想像に難くない。

 仁王立ちになるリンになぜか巻き添えになったゼパイルも揃って正座をし、事の経緯からゴンとキルアが蜘蛛のメンバーを尾行中だというところまで洗いざらい白状する。

 

(揃いも揃って…もうどいつもこいつも!!)

 

 八つ当たり半分、制裁半分の拳骨を二人に喰らわせたところでリンはホテルを飛びだし、メイメイに指示してスマホを受け取った。

 戻ってきたばかりのホテルをこんな早くに出ることになるとは思わなかった。クラピカといいゴン達といい、目を離すと碌な行動をしないと大きく舌打ちを打つ。

 

(何で半年程度のルーキーでA級に喧嘩売ろうとできるの?ゴンやキルアなんてまだ子どもなのに論外!)

 

 ちなみにリンはゴンと同じ歳の頃、クロロに殺気を飛ばしたり蹴りをかましていたが、本人はその事を忘れている。

 タプタプときつめの力で連絡先を開き、真っ先にクロロに電話を掛ける。しかし取り込み中らしく、応答はない。リンが知っている旅団の連絡先はクロロとシャルナークの二人だけだ。

 

(シャルナークにかけてもいいけど…団長命令じゃないと意見が割れた時が面倒だし、最悪ゴン達に危害が及ぶかもしれない。…それならもう直接探した方が早いわね)

 

 蜘蛛を知るリンからすれば、二人が見つかることなく彼らを尾行するのは不可能だと断言できる。いくらゴンがヒソカも尾行できるほど気配を断つ技術に長けているとはいえ、キルアがゾルディック家で隠密術を叩きこまれているとはいえ、彼らの経験値はそれらも上回るからだ。こればかりはターゲットが悪いとしか言いようがない。

 大きく深呼吸して気持ちを押し付けると、オーラを絞り出し可能な限り遠くまで届くように『波』を行う。感知するのは念能力者が沢山居る所。即ち、リンのオーラに敏感に反応する強力なオーラが多数みられるところだ。

 

(かかった)

 

 十数キロ先、南東の廃墟らしきビルが密集しているところに、念に反応してオーラを増幅させる人間が多数。電車を使う程の距離ではあるが思ったより離れていなかったため、ホッと胸を撫でおろす。

 反応のあった位置を正確に記憶し、人目のつかないところに入ると壁を蹴って屋根伝いにリンは走り出した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 蜘蛛の誰もが気づいていた。広範囲の円のようなオーラが、ごく一瞬ではあるが自分達を完全に包囲した事に。

 しかし彼らは動じない。追われる自覚がないからだ。それが彼らの蜘蛛たる所以であり、それは絶対的な実力への自信に起因する。

 

「動くと、斬る♠」

 

 自分の目論見が甘かった。薄く皮膚が切れて流れる血が首筋を伝うのを感じながら、キルアは強く後悔していた。

 絶対にバレずに尾行できるという自信、仮にバレたとしても逃げおおせることができる自信。生まれ持った才能に併せて死と隣り合わせの訓練を積んできた少年が見て潜り抜けて自信をつけてきた世界は、実際よりも酷く狭かったのだ。即ち、自分より圧倒的に上の存在が多数いるという自覚が少なかった。

 

―ンなもん死亡確定演出だからに決まってるでしょ―

 

 リンが言った言葉はクラピカのみに向けられたものではなく自分達にも向けられていたのだと、この時キルアはようやく気付いた。この場に居る全員が遥か格上の存在。今こうして背後に立つヒソカも、もしキルアが動けば本当に容赦なく首を切り裂くだろう。A級盗賊の力を完全に見誤っていた、敗因はそれに尽きる。

 そして、目の前で腕を折られそうになっているゴン。助けたいのに、身体が動かない。目の前で友達が殺されそうになっているのに、動きたくても動けない。

 いや、嘘だ。きっと自分は動きたいと思っていない。違う!そんな事ない!友達を守りたい…。自分にはできない。今は何もするな。ゴンが殺されても?

 いつかイルミと対峙した時のように脳内を様々な感情が渦巻く。脚を震わせながら立ち竦んでいるキルアとは対照的に、反抗心を全く隠さないゴンはノブナガの顔を正面から睨みつけていた。

 

「…お前強化系だろ」

「だったらなんだ」

 

 ゴンの言葉に激高するかと思いきや、ノブナガは至極楽しそうに笑った。そこから、あろうことかそのまま蜘蛛に勧誘する始末だ。

 

「お前達の仲間になんか、死んでもならない!」

「まあそう言うなよ。俺が団長に口利きしてやっからよ」

 

 ノブナガは機嫌が良いが、それ以外は全員が一触即発の空気だ。もしゴンやキルアが実力行使に出ようとでもすれば、一瞬で返り討ちにできるだろう。どうすればいいか、パニックになったキルアは完全に思考ができない状態でいた。

 

「すいませーん!げんえーりょだんさんはいますかぁー?すいませーん!!」

 

 次に誰が何をする?そんな緊張感はビルに響き渡ったどこか間抜けな声が霧散させてしまった。明らかに場違いな口調に、全員の身体の力が僅かに一瞬脱力する。

 

「うっせぇな誰だコラ!」

 

 いいところだというのにと邪魔が入ったノブナガは腹立ちまぎれに立ち上がった。怒鳴り返しながら誰が来たのかとビルの下を見下ろす。声の主は内部に侵入しており、姿は見えない。

 

「新聞の勧誘でーす」

「ああ!?」

「落ち着けノブナガ。こんな所に新聞屋が来るわけない」

 

 マチの言葉によく考えればそれもそうだと思い直すノブナガ。そしてどこか聞き覚えのある声だと思っていると声の主…リンが扉からひょっこりと顔を出した。

 

「ノブナガ久しぶり!流星街では会わなかったから、エジプーシャ以来?」

「お…もしかしてリンか?随分でかくなったな」

「!?」

 

 ヒソカの拘束は解けないままだが、キルアはそのやり取りに思わず息を呑んだ。同時にリンが来た事で無意識に安心感を覚え、少しずつ冷静に頭が回転を始める。一方でヒソカは僅かに眉間に皺を寄せた。団員達に悟られないよう、本当にごく僅かだが。

 

 ゴンに対しては機嫌が良かったとはいえ、怒鳴り散らしていたノブナガがあっさりとリンに対して態度を軟化させた。まさかリンは裏切り者か…?とキルアの頭の中で不穏な考えが巡る。

 

(そもそも、なぜリンはあんなに幻影旅団について詳しかった?いくらプロハンター歴が長いとはいえ、力量や内情について知り過ぎている)

 

 ハンター試験でニアの姿をしていた頃に蜘蛛のタトゥーについて話していた記憶、当然のように旅団が強いと言い切っていた昨日のリンの記憶がキルアの脳内をよぎる。

 当のリンはゴンとキルアを裏切った素振りなど微塵も見せず、むしろこちらを見て安心したように微笑んだ。そして、A級盗賊集団相手にまるで近所の友達に頼みごとをするかのようにぱちりと手を合わせる。

 

「急で悪いんだけどさ、この子ら返してくれない?」

「何だ?知り合いか?」

 

 一方で、リンは気が気じゃなかった。入ってみればキルアはヒソカに殺されかけておりゴンはフェイタンに骨を折られかけていたのだから。一瞬ブチ切れそうになったが、ここでそんな事をしてしまえばゴンもキルアも危険に晒す。

 ウボォーに関連する下手な突っ込みを避けるため、フィンクスやシャルナークといった他の顔見知りには軽く手を振るだけに留めた。敢えて平静を装い、ゴンの元に歩く。紙袋を揺らしながらやってきた姉に、ゴンは驚きのあまり固まるだけだ。

 

(手の甲真っ赤じゃない。血も滲んでる)

 

 ゴンの手を取り、簡単に状態を見る。腕相撲でもしていたのだろうか?何度も殴打され血が出ているが、骨は折れていなさそうだ。レオリオに診せればすぐ適切な処置をしてもらえるだろう。

 

(ていうか何でヒソカがここに居るの?…あー、クロロのケツ狙いか。クロロもよくそんな奴を団員に入れるわね。実は満更でもないんじゃないの?)

 

 当然ヒソカは「しらんぷり♠」だ。だが他の団員と違い、リンには眼もくれない。目が合ってしまえば眼球が潰れるのかと思う程に頑なにリンの方は見ようとせず、キルアの銀髪の猫毛を見つめている。

 

「うちの弟たち。可愛いでしょ?」

「ああ、どうりで生意気な奴らだと思った」

 

 気持ち的にはその喧嘩買ってやろうかと思わないでもないリンだが、今はゴンとキルアの救出が最優先だ。あくまで軽いノリで、簡潔に自分たちが旅団に害がないという事を説明する。

 

「やかましーわ。…この子ら今お金欲しがってるんだけどさ、幻影旅団の報奨金に釣られちゃったみたいなのよね。ちゃんと言い聞かせておくから、勘弁してくれない?」

 

 勿論、クラピカと知り合いである事は言わない。クロロも不在だがウボォーが居ない状況は、旅団の空気がぴりついているのと間違いなく関係がある。

 

(旅団はウボォーさんが死んだものと見なしてるってわけね。ゴンとキルアをわざわざ拘束してるのも、クラピカと関係あるかを探りたかったからって線が濃い)

 

 だが、ゴン達が報奨金に釣られた事もリンがそれを迎えに来た事も本当だ。ノブナガはリンの説明を聞き、あっさりと納得した。

 

「はぁ~しょうがねぇな。お前に免じて返してやるよ」

「悪いわね。あ、これ詫びの印にプリン、全員分」

「あの時の事まだ根に持ってんのかよ!」

「まあ、盗もうとするくらいの好物なら買ってやろうかってね!」

 

 手土産を渡したリンにノブナガが大ウケする。そこまで考えてはいなかったが、リンも思わずクロロと初めて会った時の事を思い出して噴き出した。

 当時のネタが分かるのはリンとノブナガだけであるため、二人して爆笑しているが周りの空気は冷たい。メイメイがプリンを奪おうと手を伸ばしている程度のものだ。だがゴンとキルアも解放されてこれで一安心…。そう思った時、横槍が入った。マチだ。

 

「ちょっと待ちなよ、鎖野郎と関わりがないかはまだわからないじゃないか」

 

 マチもマチで憧れの人間が目の前にいる事にテンションを上げていたが、そこはあくまでプロだ。優先すべきは蜘蛛、と、心を律して意見する。ゴンとキルアに対して疑いの目を向けているのも本当だから。

 

「そんな事言ったって、もうパクが調べてシロと出たんだろ?だったらシロじゃねぇか」

「それは、そうなんだけど…」

(…少し読めてきたわね)

 

 フィンクスにそう言われれば何も言い返せない。不服そうにしながらも言い返せずに口籠るマチ。そしてそれらのやり取りを聞きながらリンは旅団の状況を分析していた。

 

・旅団はウボォーを殺した(かもしれない)人間を探している

・恐らくその人間が、『鎖野郎』と呼ばれている

・鎖野郎はたぶんクラピカ(つーか鎖じゃらつかせる念能力者はそんなゴロゴロいない)

・パクノダは人間の記憶を探れる可能性がある

・ゴンとキルアは鎖野郎=クラピカと知らない

・マチは根拠のない(もしくは言えないような)理由で二人を怪しんでいる

 

 幻影旅団の面々やサラサ関連のエピソードはぼんやりと覚えているものの、能力に関しては全く記憶がないリン。能力を把握しているのはこの世界で実際に見たフィンクスやノブナガ程度のものだ。それも当然、ざっくりとしか知らない。

 従ってパクノダの能力発動条件はわからないが、可能な限り目を合わせず速やかにこの場を離れる必要があるだろうと判断した。

 

(速攻で逃げないと!!)

「…よくわかんないけどもう行って良いの?」

 

 焦りを隠し、何食わぬ顔で二人の弟を手招きする。さりげなく後ろ手に二人を庇う体勢をとり、しれっとノブナガに確認を取った。

 

「ああ、よく躾けとけよ」

 

 それを別れの挨拶と取り、くるりと振り返ってゴンとキルア両名を睨みつける。

 

「二人とも!なんで旅団なんかに手を出したの!知ってるでしょ?A級賞金首でベテランハンターも手を出せない!Aの意味知ってる??一番上!!あんたら自分のハンターとしての立場知ってる?一番下!!」

 

 ついでに本当に二人がお金目当てでしかなかったと印象付けるため、声を荒げてデモンストレーションを行った。勿論本心でもあったが。

 メイメイと揃って腰に手を当て叱る姿に「おっ姉弟喧嘩か?」と囃し立てる旅団面々。無視してリンは二人の襟首を掴み引きずり歩く。ゴンはそれを振り払い叫んだ。

 

「だって俺たち、G・Iの落札をしなきゃいけないんだ!」

「G・I?」

「…あっ」

 

 言っちゃ駄目なんだったとゴンが慌てて手で口を塞ぐが、時すでに遅し。だがリンは動じずに淡々と返す。

 

「…G・Iの事は考えなくていいわ。取り敢えず、帰るわよ」

 

 そう言われ、ゴンは何も言わずに従い歩き始めた。キルアも二人に従い歩く。旅団は当然、追ってはこなかった。

 

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