「…つまり纏めると、隠れてG・Iを買うのとクラピカを心配して旅団を調べるために、私だけハブって金稼ぎ法を探してたってわけね?そんでたまたま目的が繋がって、報奨金が億貰える旅団に手を出そうとしたと」
レオリオの念で治療している間にゴンを問い詰めたリン。事情を把握すると可能な限り皮肉を込めて彼らをじろりと睨んだ。
ゴンとレオリオが「う…」と肩を落とし、事情がようやっと飲み込めてきたゼパイルは少しばかり同情を込めて男衆を見る。念によってゴンの手が治癒していくのを興味深く観察しているとも言うが、20%くらいはリンの叱責に小さくなっている彼らへのちゃんとした同情だ。
「悲しいなぁ~やっぱり男の友情に女は入れないのね…」
「いや、俺達はリンに心配かけないようにとだな…」
「がみがみ叱られるのがわかってたから言わなかったんじゃなくて?」
「…サーセン」
勿論リンを心配していたのもあるが、八割がたは図星のレオリオ。「嘘を付いたら追加でどつく」と眼で宣告され、未だに引っ込まない頭のこぶを庇いながらあっさりと負けを認める。
(…まあレオリオの気持ちもわからないではないけど)
G・Iの件だってリンに聞けば情報が得られると真っ先に思ったはずだ。わざわざそうしなかったあたり、ゴンが自分でハントしたいと言い出したのだと簡単に想像がつく。
そして旅団と関わるなと言っていたのに旅団と関わろうとしているのだから、リンが怒るのも想像がつくだろう。お金の件といい旅団の件といい、レオリオ達が言いたがらないのも仕方ないではある。
「ルーキーなのにこそこそ隠れながらちゃんとターゲットに近づけるんだから、嫌になるわ。油断も隙もないんだから」
G・Iは、入手難易度自体はそう高いものではない。ある程度情報を仕入れれば必要なのは金だけだからだ。だが色々と順調にステップを踏み過ぎていてルーキーのくせにと言いたくなるのは心理だろう。
そう言った辺りでリンはずっと黙り込んでいるキルアに眼を向けた。ゴンの手を治療するのと状況把握に気を取られていたが、キルアは部屋の隅で黙って座り込んでしまっている。そして、その足はゴンとは比較にならないほどに傷んでいた。リンは知る由もないが、それは捕まった際に逃げようとしてできた傷だ。
「キルア、あんたも怪我してる。両足」
「…うるせぇよ」
キルアは考えていた。ゴンがフェイタンに腕を折られそうになった時、自分はヒソカに凄まれて身動き一つ取れなかった。それは友達、仲間なのかと…。
ハンター試験の時を思い出す。自分の身を第一に考えていた自分と、仲間のことを気にかけ続けていたゴン。一次試験ではやめろというのも聞かずにヒソカの下へと走って行ってしまった。
あの時のキルアはゴンを追いかけはしなかった。でも今の自分は違うと、心のどこかでそう信じていた。だがどうだ。旅団に手も足も出ず殺されかけているゴンを眺めているしかできなかった自分は、何も変わっていないのではないか?
(…とか考えてそ~)
腕組みをしながらじと~とその様子を観察するリン。そう長い付き合いではないが、キルアの生い立ちと受けてきた教育、そしてシルバとの約束から、キルアの思考回路は何となく想像がつく。大方、命を張れなければ友達でいる資格がないとでも思っているのだろう。
「あんたのした事は、間違ってないわ」
「何が分かんだよ」
「オーラの色視りゃわかるわよ。ゴンを見殺しにするところだったって自分を責めてるんじゃないの?」
「…」
図星で何も言えず、言う気力も湧かず黙り込む。キルアはリンがオーラを色付きで視られるのを知らない。そのため何を言っているんだとも言いたくなるが、それが言えない位にはイルミの呪いで苦しんでいた。
最終試験のあの時のようにキルアを静かに見つめるリン。その肩に手を当て、治療が終わったゴンがひょこりとリンの後ろから顔を出す。
「キルアは何も悪くないよ!それに姉さんのおかげで二人とも助かったじゃん!」
「…あんたまだ反省してないでしょ」
リンの的確なツッコミを「へへ…」と笑って誤魔化し、ゴンはちらりとキルアの様子を窺った。
相変わらず顔を伏せたままで表情が読めない。ようやく口を開いたかと思えば、聴こえるか聴こえないかの小さな声でぼそりと呟く。
「…ゴンが助かるなら、俺の命なんてどうでもいいさ」
それは紛れもないキルアの本心だった。それを理解したリンは思わず眉間に皺を寄せる。
何か言ってやろうと口を開きかけたが、それよりもゴンの行動の方が圧倒的に速かった。リンにもたれ掛かっていた身体を起こし、思い切りキルアに頭突きをする。
「~~~!!」
「簡単に死ぬとかどうでもいいとか言うな!」
念能力の修行で無駄に威力が上がった頭突きを不意に喰らい、当然ながらキルアは声も出せずに頭を抱えた。そのまま黙っているキルアではなく、顔を限りなく近づけてゴンを睨みつける。
「死ぬとは言ってねーだろ!」
「いーや言ってるね!実質言ったも同然だし!」
「お前だって言ってたじゃねえか!」
「俺は良いの!でもキルアは駄目!!」
「はぁ!?!?」
ダブルスタンダードを平気で押し通すゴンに、キルアが青筋を立てながらぴきぴきする。呆れ半分ながらもようやくいつもの調子に戻ってくれたとリンは微笑まし気に眺め、レオリオは「まあまあお前ら…リンとクラピカといい、お前らとつるんでると仲裁ばっかで俺疲れる…」と窘めに入った。
それでもゴンのペースに巻き込まれたキルアが少し気を持ち直したのは確かで。説教タイムを終わらせてさっさと気になっていた事を聞きたいと、大きなため息の直後リンに眼を向ける。
「リン、G・Iの事は考えなくてもいいって、どういう事だ?」
「ああ、私G・I持ってるし」
「…は?」
「昔親父がくれたのよ。くじら島の家にあるわ」
「はああああああ!?」
けろりと答えたリン。いきなりの叫び声にキルアの足を治療し始めていたレオリオがびくりと肩を振るわせる。リンが父親のゲームを持っている可能性なんて十分あるはずなのに、何をそんなに驚くんだとリンは目を丸くしてメイメイと顔を見合わせた。
「はぁ~あんだけG・Iの事調べてたのに、隣の部屋にあったってか。笑えねぇ~」
ゴンがリンに聞こうとしなかったとはいえ、とんだ徒労だ。
脱力して壁にもたれ掛かるキルアと、頭に巨大な石をぶつけられたようなショックで思わず手元の枕を抱き締めるゴン。わかりやすいいじけムードに、キルアはやべ…また始まったと再びため息をついた。
「ジン、俺にはくれなかったのに…」
「私にも本当は渡すつもりなかったみたいよ?ビデオレターでそんな感じだったし」
「ジン…俺にはカセットテープだったのにぃ…」
「…気にしないの。どーせ初めて息子に顔見られるのが恥ずかしかったとか、しょーもない理由だろうから」
ジンがゴンを突き放したようなメッセージばかり残したというのは以前聞いている。だが思ったよりも放任して焚きつける手段を選んだようで、ゴンの落ち込みっぷりに思わずフォローを入れるリンだ。実際リンが言った理由も正解だと思われるので特に問題はない。
(ったく…結局こういうフォローはこっちに全任せなんだからあのクソ)
とうとうただの『クソ』呼ばわりされるジンである。
「お前らの親父って…意外とおこちゃまなのな…」
「おこちゃますぎて、いい年して今も遺跡追っかけまわしてる育児放棄野郎よ」
レオリオの冷静な感想に指で自分の額をぐりぐりするリン。友人に紹介したくない親父ナンバーワンだが、ここまでしっかり認識されると一周回って紹介してしまいたい気すらしてくる。どうか一緒に笑い飛ばしてくれと願いを込めて。
「だからゴン、私のG・Iやらせてあげるからそれでいいでしょ?」
「やだ!俺自身の力でハントしないと意味ないもん!ジンもそう言ってた!」
ゴンもゴンで頑固なので、言い出したら聞かない。どう頑張ってもリンのG・Iをプレイさせるのは不可能だと内心大きくため息をつく。この頑固さはいったい誰に似たんだと。
(てかジンて。ゴンって親父の事呼び捨てだったっけ?…別にいいけど)
リンとしてはあんなおっさんを丁寧に『父さん』と呼ぶ必要性を感じないので本当に別にいいが、弟が不良に見えて少し複雑な心境だ。何とか頭を捻り、ゴンが納得してヨークシンを出てくれるような言葉を考える。
「…んじゃあ、G・Iを持ってる伝手を教えたげる。そいつに交渉するのはあんたらの技量、アポ取るのも含めて自分で何とかする、でどう?かなりの著名人だし難しいだろうけど、旅団捕まえるなりで数百億稼ごうとするより現実的でしょ」
「…わかった」
駄々を捏ねるゴンに、妥協案を提示するリン。尤も哀れなのは相変わらず要所要所でこき使われている上に出汁にされたバッテラ氏(若返り済み)なのだが、ここではまだ関係ない。
少しでもリンに頼るのはゴンの中の何かが許さないようだが、それでも数百億を数日で用意するよりは現実的だ。リンから紹介するわけでもないので難易度もそう変わらないだろう。ゴンが渋々頷くのを確認し、リンは「よし」と軽く手を打った。
「…で、他にはない?隠してる事」
「んぁっ!な、ナイヨ…?」
わかりやすく動揺して「アハアハ」と半笑いするゴンを見て、リンは察した。弟の隠し事で見抜けなかった事はない。というよりこんなレベルの低い嘘は誰でも見抜ける。
「ゴン…まだ何か隠してるでしょ」
じろりとリンに睨まれ、単純一途のゴンがぎくり効果音が付きそうな程に肩を揺らす。リンは勿論、キルアとレオリオにはゴンのオーラがぶれぶれになっているのがよくわかった。
「じ…実は…幻影旅団を探すためにハンターライセンスを担保にお金借りた…」
「ドアホ!!!!!」
大きくごちんと音がし、キルアとレオリオは思わず目を瞑る。恐る恐る目を開いた二人の前には、怒り心頭のリンと大きなたんこぶをくっつけてひたすらに謝るゴンの姿があった。
「ごめんなさい!許して姉さんんん…」
「あんた何のためにプロになったの!親父探すためでしょ!主旨忘れてんならライセンス姉ちゃんが預かるよ!!」
「そんなぁ!!」
「あ~まぁ、そらそうなるわな…」
ライセンスを何だと思ってるんだと鬼の形相でブチ切れるリン。当然で正論だとキルアとレオリオも何も言わない。下手にフォローして巻き添えを喰らいたくないからだ。
ひとしきりガミガミと説教したリンはぜえぜえと息を切らす。久しぶりに血圧が上がった。当然の如く、ゴンの顔には『完敗』と書かれている。
(もうやだ、馬鹿ばっか…)
クラピカに会えないのならもうゴン達にはヨークシンから出てほしいのが本心だ。下手に旅団と接触してほしくないし、殺し合いに発展するなんて最悪のシチュエーションは絶対に避けたい。
「取り敢えず明日、ライセンスは買い戻すわよ。G・Iの件も片付いた。クラピカは仕事で会えそうにない。旅団とも接触しちゃったし、もうヨークシンから出た方が良い。ゼパイルさんもここに居たら巻き添えで死にかねないし、とっとと…」
「嫌だ!!」
さっきまで叱られてしゅんとなっていたのはどこへやら、ゴンはこればかりは譲らないという眼でキッとリンを見据えた。父親譲りの意思が強い瞳に、思わずリンも動きを止める。
「クラピカが蜘蛛と戦ってるんだ。俺達が見つけられるくらいなんだから、きっとクラピカはもう探し出してる!」
ゴンの言葉は正解だ。クラピカはとっくに旅団と接触し、内一名を倒している。ウボォーというリンもよく知った男を。思わず言葉を詰まらせたリンに、追撃を加えるようにキルアが畳みかけた。
「なあリン、俺達にも念を教えてくれないか?俺達は基礎しか教えてもらえてない。一刻も早く旅団と戦えるように…クラピカが、旅団を殺ったんだろ?」
(キルア…ちょっと旅団と会っただけなのに、そこまで気が付いていたのね)
ずばり言い当てられ思わず黙り込んでしまう。それを無言の肯定と捉え、ゴンとレオリオも「そうなの(か)!?」とリンとキルアに詰め寄った。
(これは…下手に隠せば余計にややこしくなるかしら…)
どこまでなら言っても問題ないだろうか。ビスケがウイングに命じたのだから当然だがゴンとキルアは本当に基礎しか教えてもらっていないらしく、オーラの練度はレオリオとは比べ物にならない。
だがそんな彼らでも旅団と戦えるようになるのが制約と誓約なわけで、下手に教えても『発』をその場の思い付きで作りかねない。リンは面倒な判断をしないといけない立場にあった。
地面が揺れる程の大爆発が起こったのは、その時だ。
◇◇◇
大切な暦が眠りについて
待ち惚けた月達は盛大に弔うだろう
喪服の楽団が奏でる旋律は
霜月の耳に届くことはない
外から舞い降りた遊猟の蝶が
蜘蛛の手足を奪い去る
頭の役を演じなさい
狩人は蝶を捨てきれない
幕間劇に興じよう
月を呼び覚ます星を探して
向かうなら東がいい
きっと待ち人に会えるから
クロロはこれを読み終え、一筋の涙を流した。霜月の眠り、それは恐らくウボォーギンの死を意味する。この占いが100%当たるというのならば、あの人はもう帰ってくる事はない。僅かに残っていた期待を打ち砕かれ、あの時のようなどうしようもない絶望がクロロの心に渦巻いていた。
涙を拭い、気持ちを落ち着かせると同席していた少女を促して席を立つ。箱入りで育てられ怖いものを知らない少女は、あっさりと自分についてくる。
(遊猟の蝶…か)
占いに凝る趣味はないが、盗むためには実際に占われるのが一番手っ取り早かった。意図せずして手に入れた自分の未来予言が明るいものではないのは気になるが、それと同じくらいに気になるものがある。
蜘蛛の崩壊を示唆する文言。遊猟…狩人…そう聞いて真っ先に浮かぶのは、妹のように感じているあの少女だ。もう少女という外見ではなくなってしまったが、初めて出会った時の姿を昨日のように思い出せる。
純粋で無垢で、なのに決意一つで汚い世界に足を踏み入れてしまって危ういバランスを必死で保っていたあの頃の自分とそっくりな後ろ姿だ。
クロロ自身がそうであるように少女もいつしか自分で芯の保ち方を覚えたようだったが、出来上がった精神はクロロと同じようでどこか違う。そういえばヨークシンに来るなと珍しく指図をしてきていた。あいつは今どうしているだろうか。
いや、今はまだそこまで考える時ではない。首を軽く振り、会話をしながら共に歩く少女の首を軽く叩く。それだけでも少女が意識を落とすのには十分な威力があった。少女を介抱するふりをして条件を満たし、能力を盗む。そして旅団全員に向けて命令を出した。
―セメタリービルで暴れているから全員で来い。派手に殺れ―
◇◇◇
爆発が起きたのはかなり遠くだったが、それでもリン達の居る所まで轟音が響き渡った。離れているにもかかわらず地面は僅かに揺れ、相当な規模だったことはそれだけで容易に想像がつく。
反射的にリンとゴンが窓から顔を出し、レオリオとキルアがSNSを開いて爆発の場所を調べ始めた。
「姉さんあれだよ!ちょっと明るい!」
「あれだけの爆発だもの…火事も起きてるみたいね」
丁度方角が合っていたらしく、窓を開けた先には夜の割には明るくなった場所が遠目に見えた。煙と炎が何十メートルも上へと立ち上っている。そして何処か焦げ臭い空気も流れてくる気すらした。下を向くとざわざわと市民が慌てていたり野次馬根性でスマホを向けているのがわかった。
「セメタリービルってとこだってよ」
「随分派手な爆発だよ。マフィアの抗争かって騒がれてるが…そんなわけねーよな?」
レオリオとキルアが言うにはマフィアが管理するビルであるらしく、更にそこでは裏オークションが開かれる予定だったらしい。大方リンが逃げてきたオークションの続きを行う算段だったのだろう。
マフィアと聞いて、ゴンが即座にクラピカに連絡を取った。電話をしている間にリンは考えを巡らせる。
(キルアが言う通り、かなりの可能性で旅団が暴れてる…一体何がしたいっていうの!?)
オークションの宝を狙っているならまだわかる。だが、それならばヨークシン中に響き渡るような騒ぎを起こす必要はない筈だ。誰かに見せつけるかのような派手なドンパチは、リンには何を目的としているのか見当がつかない。
リンが考えている間にもゴンはクラピカと会話していた。スピーカーモードにしているため会話は聴こえていたが、その返答は素っ気ないもので。クラピカはゴン達が心配するのを頑なに拒絶してその場から離れろと命じる。
「お前が俺達を仲間とも対等とも思ってねーなら!俺達だって好きにやらせてもらうぜ!」
挙句ヨークシンから早く立ち去れと言われ、会話を聞いていたキルアが携帯を奪い取りそう叫んだ。無言の後に再び拒絶された上で通話を切られたキルアが、イライラしながらゴンに携帯を返す。
ゴンは不安そうに携帯を見つめた。ゴンではないが、リンも気持ちは同じだった。
(最悪の事態…ではないけど、かなりヤバいのは間違いない)
今ヨークシンで裏社会相手にそんな喧嘩の売り方をするのは十中八九幻影旅団しか居ない。そんな状況で殺し屋部隊に配属されたクラピカが彼らを探さないわけもなく、もし鉢合わせてしまえばほぼ確実にクラピカは死ぬ。ウボォーを倒した実績があるため一対一ならばまだしも、複数人相手でクラピカが敵う道理はない。
「ちょっと様子を見に行ってくるわ。クラピカを見つけたら引き摺ってでも帰ってくるから」
「俺達も行く!」
ヘアバンドを被り直して覚悟を決めたリンに、ゴンもついて行こうと立ち上がる。そう言われるのは想定内だったが不可能であるのもわかっているため、リンは慌てない。
「どうやって?タクシー使ってたら間に合わないわよ」
混乱する市内でタクシーを使うのは絶望的だ。かといってこのような人混みの中でゴン達が走っても到着に2時間はかかる距離であり、行ったところでどうにもならない。
「じゃあ、リンはどうやって行くんだよ」
「走って行く」
「…は?」
「走る方がよっぽど早いのよ。とにかく向こうに付いたら連絡するから」
だがリンは違う。リンが本気で向かえば人混みの中でも数十分で到着するし、まだクラピカを探す手立てがある。何より仮に旅団に遭遇しても生還できる公算が高い。
リンに噛みついたキルアもここまではっきりと言いきられてしまえば言い返す言葉が見つからなかった。
「じゃ、行ってくる」
「姉さん!」
「何、駄目よ。背負って走ったらスピード落ちるし」
「じゃなくて!…気を付けて」
クラピカも心配だが、そんな場所にリン一人で行かせるのもまた心配なゴン。勿論リンの強さは知っているがそれとこれとは別で、眉尻を下げてリンを見上げた。
(自分は平気でこういう事する癖に、人がやってたら心配するんだからまったく)
一瞬ふっと顔を緩めてゴンの頭を軽く撫でるとホテルの窓を開き、リンは夜の街に高く舞い上がったのだった。
驚異的な速さでビルとビルを飛び移りながら移動し、何とかセメタリービル付近まで辿り着く。あちこちに死人や壊れた車が転がっており戦乱の後を感じさせるが、リンが到着した頃にはすっかり静かになってしまっていた。
(こんなに早く静かになるなんて…!旅団がマフィアどもを完全に鎮圧した?それとも目的を達成してトンズラ?)
少し離れた所で野次馬が侵入するのを防いでいる警察の眼を掻い潜り、敷地内へと入る。やはり静まり返っているが、建物の中に人の気配は感じる。旅団が鎮圧したなら人が生き残っている筈もないし、トンズラしただけなら周辺をもっとマフィアが警戒しているだろう。
いったい何が起きているのか、まったくわからなかった。
「クラピカ!!」
「…」
その時出入口から姿を現したクラピカを見つけ、リンは思わず叫んだ。駆け寄って一通り確認するが、外傷を受けている様子はない。それどころか泥汚れなども見当たらず、戦闘をしていない様子だった。
何より目を伏せ、リンと一切視線が合わない。明らかにクラピカの精神状態は数時間前に比べて悪化している。
「ねえ!何が起こったの!?旅団とかち合ったりしなかったでしょうね!」
最悪クラピカが操作されている可能性も考え、正面に回ってクラピカの顔を覗き込む。恐らく操作はされていないと確信したが、代わりにその瞳は真っ赤に燃え上がっていた。クラピカは暫く無言だったが、リンがどかないのを悟ると表情の読めない眼をリンに向けて淡々と言った。
「…旅団は死んだ。他の暗殺部隊の人間に殺された」
「…」
今度はリンが黙り込む番だった。
旅団が死んだ。覚悟していたのに、それはリンの心臓に強烈な電気を流したかのようなショックを与えた。
わざわざ『死んだ』と表現するのだから、きっと頭のクロロも死んでいる。クラピカは集団の長が死ねば壊滅したと判断するだろうから、そんなクラピカが『旅団が死んだ』と表現する以上、団長含めて過半数以上が死んだと考えるのが妥当だろう。
思わず息を呑んだリン。同時にクラピカの手元にも視線が向いた。小さな小箱だが、ホルマリンの臭いが僅かに漏れ出ている。まるで何か生き物だったものを運んでいるように見える。そして、クラピカのオーラは眼と同様に真っ赤に染まっている。
「…それって緋の眼じゃ」
「今は一人にしてくれ。頼む」
数時間前よりも端的に、しかしはっきりと拒絶を受ける。
クラピカは憔悴していた。リンだから突き放しただけに留めただけで、もしもどうでもいい人間なら殴っていたかもしれない。それくらいには何かに八つ当たりしたくて仕方なかった。
宿敵が別の人間によって殺されてしまった。それどころか、マフィアの令嬢のために同胞の瞳を購入し運び届けなければならない。怒りのやり場が見つからず、全てがどうでもよくなっていた。クラピカの様子からそれらを察したリンは、何も言えなかった。
「…」
黙り込むリンを振り返りもせず、立ち去るクラピカ。リンもそれ以上声をかけることはなかった。
そしてクラピカが憔悴するのと同じくらいに、リンも動揺を隠せなかった。
旅団か、クラピカか、親しい誰かが死ぬ可能性がある。ヨークシンに来る時点である程度の事態は予測していたが、それでも既知の仲である人間の死に心穏やかでいられるわけがない。それはルカス以来の、友人の死なのだから。
(私はまた、何もできなかった…何もしなかった…)
暗殺部隊に殺されるとは思えないが、そこは何が起こるかわからない念能力だ。そして信頼する仲間であるクラピカが断言している以上、その情報は確実。だがそれ以上に追い打ちをかけられたくなくて、クロロやシャルナークの番号に繋いで生死を確かめる気にもなれなかった。
リンはそのまま黙ってホテルに戻った。ゴン達から状況を尋ねられたがそれらには一言も答えず、自室に戻り布団をひっかぶって無理やり眠りについたのだった。