リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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リンの九月四日【2】

 ゴン達が散らかしたものを片付け終えると、一行は宿泊しているホテルへと場所を変えた。周囲を気にせず静かに話せる場所が欲しかったからだ。休日の公園は人目があまりにもあり過ぎる。

 その間にもリンの頭はイルミに言われた言葉、そしてその直後にクロロにかけた電話での言葉がぐるぐると渦巻いていた。

 

「クロロ?」

『何か用か?』

「…死んだって聞いてたけど」

『ああ…情報が早いな。ふ、まあ死にかけはした』

「死体をマフィアが持って行ったって聞いてる。あれはどういうこと?」

『聞かなくてもわかるだろ』

「確認のために聞いてるに決まってるでしょ」

『…念だよ。うちのメンバーの。これで良いか?』

「オーケー。…まあ、生きててくれて良かったわ」

『何だ、珍しいなそんな事を言うなんて』

「別に。じゃ」

 

 生還を喜んでいるにしてはあっさりと通話を切り、それ以降リンはスマホを手のひらで転がしつつ、上の空でずっと状況を把握しようと考えている。そのため歩いている時もホテルに戻ってからも、ゴン達のやりとりに気のない返事をするばかりだ。

 人気のないロビーでソファに座り、ゴン達はクラピカの身に起こったことを聞いていた。同じくソファに腰かけてはいるものの、リンはその会話を全く聞く余裕がない。旅団の目的とどうすればクラピカが彼らの死が偽装だと知らずにいられるか、その2点のみに全神経を回す。

 

(結局、旅団は死んでいない。マフィアは死んだと思い込んでるみたいだけど、あれは結局フェイクだったってこと)

 

 幻影旅団という組織は、リンの解釈では基本的にこそこそ隠れることを嫌う。フェイクの死体を見せてまで死んだように見せかけるメリットが、リンにはさっぱりわからない。

 そして昨日、旅団が死んだと錯覚したマフィアは通常通りオークションを開いていたらしかった。それはクラピカが緋の眼を持っていたことから明らかだ。

 

(…なら昨日クラピカが持っていた競売で売りに出された品物も、恐らくフェイク!いったい何のためにそんな事をしたの?)

「…ん…」

(旅団なら簡単にトンズラすることができる、当然皆殺しも。それをわざわざ裏社会の人間を泳がせて競売までした…まるで撒き餌みたい)

「姉さん…?」

(例えばだけど…誰かの尻尾を掴みたかった?まさか…)

「姉さん!」

 

 クロロ達の目的に気づいた時、ゴンに耳元で呼ばれてようやくリンはハッとした。

 声の主はゴン。クラピカを挟んで同じソファに座っている弟がリンの方を見つめていた。顔を上げてみれば、深刻な表情をしているリンに全員の視線が浴びせられる。

 

「どうしたの?さっきからぼーっとして」

「顔色悪いぜ?色々あり過ぎて疲れたか?」

 

 リンがどんなに強くて頑丈だと知っていても、レオリオはあくまでリンを生身の人間として扱う。それは医者志望の人間としてだが、仲間の不調を放っておけない彼自身の性質でもある。だが今のリンにとってはその察しの良さはありがたくない。

 

「ああ…ちょっとエモい気持ちになってた。久しぶりに全員が揃ったところを見られたなって」

「何言ってんだよ。お前もその一員だろ?」

「は?レオリオ最高。大好き」

 

 頬を掻き顔だけはにっこり笑いながら、その場を取り繕った。クラピカの話に耳を傾けるふりをし、推測と実際の状況を繋ぎ合わせる。シミュレーションはどんどん絶望的な方向へと舵を切り始めた。

 

(クラピカに知られればまた旅団を追う。それにウボォーさんを傷つけたクラピカを、旅団は絶対に許さない。…いや、このままクラピカが旅団は死んだと思い込んでいれば全て解決か?)

 

 害を為す人間に容赦しないのが、幻影旅団だ。クラピカはもう目を付けられているし、鎖野郎だとばれてしまえば命はない。

 しかし、まだうまくいく可能性はある。不本意だがこのままクラピカを騙し続ければ…。

 

「どうやって旅団の尻尾を掴んだの?」

「ヒソカと契約を交わしていたんだ。旅団の情報を得る代わりに奴らの頭を引き離すと」

 

 ゴンの質問に返すその言葉に、思わずクラピカの方をバッと向くリン。首筋を嫌な汗が流れる。

 

「なあ、どうしたんだよ本当に。お前なんか変だぜ?」

(クラピカとヒソカが同盟を組んでいた!?完全に想定外よ。ヒソカが旅団のフェイク死体を教えないわけがない!)

 

 キルアの声も耳に入らない。旅団が9月にヨークシンに現れると聞いた時点で予想はしていたが、昨日旅団に会った時のヒソカの振る舞いとゴン達の証言で分かったようにヒソカも蜘蛛の一員だ。そしてヒソカのようなバトルジャンキーがわざわざ旅団に入っている理由はクロロしか考えられない。

 

(やっぱり、ヒソカは本気でクロロを狩りにきてる!そしてギブアンドテイクが叶うクラピカにも的確な情報を流す…)

「…!!」

 

 クラピカの携帯が振動し、メッセージの受信を告げる。考え込むリンをよそにクラピカはスマホを確認すると突如立ち上がった。その表情は険しく、少し瞳が赤くなっている。

 

「クラピカ!」

「おい、どこに行くんだよ。今更俺達はのけ者か?」

 

 何処かへ行こうとするクラピカを引き留めて、キルアが問い詰める。痛いところを突かれたクラピカは苦虫を嚙み潰したような表情を見せると、観念したように言った。

 

「ヒソカが…『死体はフェイク』と」

「「「「!!」」」」

 

 それはリンだけでなく、当然ゴン達にも衝撃的なニュースだった。そして立て続けにクラピカの携帯が着信音を鳴らす。

 それはセンリツからの連絡。マフィアンコミュニティが幻影旅団の賞金を白紙に戻したというものだ。かなり焦っているらしい声が近くに居るリン達にも聴きとれた。

 

(…そりゃそうよ。旅団は流星街の出身、むしろ蜜月関係にあるマフィアの十老頭様が今までそんな事も知らなかったなんて、馬鹿馬鹿しいわ)

 

 もっとも、その十老頭もイルミに始末されたようだったが。腰を浮かせていたりクラピカを引き留めたりしているゴンたちとは対照的に、ソファに座ったままのリンは額を両手にもたれさせ掛け、顔を俯かせた。

 旅団が生きている、そしてマフィアが旅団の捜索を打ち切った。それを知ったクラピカがここからどう動くかなんて簡単にわかる。マフィアを放り出して単独行動し、最低でも頭のクロロ、可能ならば旅団全員を殺しに動き始めるだろう。

 

「クラピカ…ヒソカのメッセ、見なかったことにして。お願いだから…仲間の眼を集めることだけに集中してほしい」

 

 手に持っていたものを置いて立ち上がると、リンもクラピカに歩み寄り、そして静かに言った。

 今までの喧嘩腰でも命令でもなく、心からの提案、頼み、むしろそれは懇願ともとれるものだ。だが、今更クラピカがそれを大人しく聞くわけもない。

 

「悪いが、もう遅い。わかっているのだろう?」

「わかってる上で言ってるのよ。それもわかってるんでしょ?」

「そうだ。その上で聞けない。奴らを野放しにするわけにはいかない」

 

 またしても言い合いになるかとレオリオが構えるが、そのようなことにはならなかった。クラピカは黙っているし、リンはヘアバンドに手の平を押し付けて眉間に皺を寄せるばかりだ。

 それが悩んでいる時のリンの癖だと、ゴンは知っていた。だが、ゴンとしてもリンの言葉をそのまま受け入れる気にはなれなかった。つまり、旅団を見過ごせはしない。

 

「…俺、クラピカを手伝うよ!仲間が戦うのを見ているだけは嫌なんだ」

 

 ゴンがクラピカの手を握って真剣な表情で言う。てっきりその手を振り払うかと思った面々だったが、クラピカは静かにゴンの瞳を見据えた。

 言ってしまえば、ゴン達はもう賞金を稼ごうとする必要はない。あとはリンの教えた人間にアポイントメントを取ってどうにかG・Iに入ればいいだけだ。…そうじゃなくてもゴンのとる行動は変わらないのだろうが。

 

「おい待てよゴン。念を覚えたばっかの俺らがクラピカの役に立てるのか?足手まといになるだけじゃねーのかよ」

 

 旅団の恐ろしさを知ったキルアが、あからさまにではないもののゴンの決断に反対した。復讐すると決意しているクラピカはともかく、友人であるゴンを危険に巻き込みたくないというキルアの判断は、冷徹でもあり優しさでもある。

 

「でもさ、同じ期間しか修行してないクラピカが旅団を倒したんでしょ?昨日キルアも言ってたじゃん」

「あっ…」

 

 セメタリービルが爆発する寸前に話していた内容を思い出し、自ら墓穴を掘っていたと眉を顰めたキルア。確かに、「クラピカが鎖野郎で旅団を殺したんだろ」とリンに言及していたのは自分だ。

 クラピカの身に起こった話は、丁度念能力で旅団の一人を捕縛したというところで止まっていた。どうやってA級盗賊の捕縛を可能にしたのかそれ自体はまだ話していない。

 ここまで話してしまっては途中で退席するのは不可能だと観念したのだろう。ため息をつくとクラピカはくるりとゴン達の方に向き直った。そして話の続きを兼ねて、指の鎖を見せながらその理由を端的に話す。

 

「旅団の捕縛には私の能力が役に立った。【束縛する中指の鎖】(チェーンジェイル)、捕縛した対象を『絶』にする。『緋の眼の時しか使えない』のを制約に、そして破った場合には命を失うのを誓約にした」

「命を…」

 

 それはクラピカにとっての心臓部とも言えるような情報だ。ここまで具体的に能力について説明されたのは、リンとレオリオも初めてだった。

 

(卒業試験の時にはその制約に気づかなかった…カラコンでもしてたのかしら。それも含めて能力のテストに使われてたってわけね)

「そして推察通り、旅団の一人と対峙して倒した。決定打になったのはルールを強いる掟の鎖、【律する小指の鎖】(ジャッジメントチェーン)だ。対象に念の鎖を刺し、ルールを伝える。これを守らなかった場合には対象は死に至る」

「…馬鹿!なんでそんな大事な話をしたんだよ!」

 

 軽率すぎるクラピカの発言に、キルアはやり場のない怒り半分で叫んだ。

 正直キルアはゴンほどクラピカに友情を感じていない。そんな軽薄な関係性の相手になぜここまで重要なことを話してしまったんだと責め立てる。

 情報は念の戦闘においては要。そして旅団には記憶を読み取る能力者がいる。そうでなくても拷問されれば情報を吐く人間もいるだろう。それはリンとしても同意見で、師匠としては見過ごせない軽薄さでもある。

 

「触れた相手の記憶を読み取る能力者がいる!俺達がもう一度触れられれば、クラピカのことがバレちまう!」

「キルアの言う通りね…能力を軽率に人に話すなって言ったはずよ。特にクラピカの場合はリスクが大きすぎる」

「…これは私なりの誠意だ。私はお前達から能力が漏れたとしても、何一つ後悔しない。…私は、良い仲間を持った」

「「…」」

 

 予想外にも心からの柔らかな表情でそう言ったクラピカに、キルアだけではなくリンも何も言い返せなかった。

 クラピカは態度にこそ出さなくても、心の奥底でゴン達に恩義を感じていた。ハンター試験を通して出会った大切な仲間。一人で悲願を達成しようとする自分にこうも肩入れし、心から心配してくれる。挙句には命知らずにも協力してくれると言った。

 

(…何でこのタイミングで、こんな殊勝な態度とるのよ)

 

 だが、それはリンにとっては重荷だ。リンには、その信頼に応えられる自信がない。大切な仲間からかけられる期待が、今のリンにはどうしようもなく辛かった。

 

「…ま、良い仲間としての働きはさせてくれよ。俺らにとってもお前は大事な仲間なんだぜ?クラピカ」

 

 レオリオがクラピカの肩を組む。その先で、ゴンが疑問は解決していないと首を傾げた。

 

「クラピカの念が凄いのはわかったけど、旅団も念能力者だよね?俺達と念を覚えたのが同じくらいの時期なのに、どうして旅団に勝てるくらい強くなれたの?」

 

 ゴンの疑問はクラピカの能力の核心部だ。そして基本的な知識と技術しか備えていないゴンにとっては、至極真っ当な疑問でもあった。制約と誓約の強力さ、恐ろしさを、ゴンとキルアはまだ本当の意味で理解していない。

 

「…制約と誓約次第で、念の力は飛躍的に向上する。私はそれを重くすることで強力な力を手にした。簡単に言えば命を懸けることで旅団に対抗できている」

「なら!俺たちでもできるってことだよね!」「駄目よ!!!」

 

 ルールさえ厳しくすれば旅団とも戦える、そう解釈したゴンが嬉しそうに言ったのと、ゴンの言葉を予想したリンの叫びは、ほぼ同時だったため重なって聴こえた。

 生まれてから今までで見たことがなかったくらいに激しい剣幕のリンを見て、ショックよりも驚きが勝ったゴンが目を丸くする。リンはそれにもかまわず捲し立てた。

 

「旅団を捕縛できるほどの能力が軽い誓約なわけないでしょ!!命を何だと思ってるの!?…枷はそんな気軽に作るものじゃないのよ」

 

 自身の怒鳴り声でそこに居た少人数の客たちが全員こちらに眼を向けた。それに気づき、ゴンを睨みながらも声のボリュームを下げる。リンの怒気に当てられ、場の空気がぴりついている。

 

「姉さん…?」

 

 ゴンにとって、今のリンの表情は初めて見るものだ。リンはゴンをずっと甘やかし、そして意思を尊重してやってきた。やってはいけないことをした時は叱りもしたが、その時には冷静かつ合理的に理由を説明して諫め、ゴンもそれは納得できるものだった。

 だが、今のリンはこれまでとは違う。そしてその態度も…。頭ごなしに怒鳴られる事なんて今までなかった。それにこのような状況なら、ゴンの中のリンはゴンの意思を尊重する。今までもずっとそうだった。

 何よりクラピカの復讐を止めようとする、旅団を野放しにする理由がゴンにはわからない。気に入らないものを見過ごせない性格のリンならば率先して止めると思っていたのに…と。

 

(…こうなるから、旅団の話はしたくなかったのよ)

 

 ゴンの目を見れば、弟がそう思っているのはリンには痛いほどに伝わった。だが旅団が悪になった内部事情を話す気も無ければ、親しい人が死んだリン自身のトラウマを話す気もない。従って、気まずさから自然と目を逸らしてしまう。

 

「…そもそも、ゴン達が仮にクラピカと同じ制約を設定しても、同等の力はまず得られないわ」

「何でだよ。今の話なら俺達でもできるはずだろ?」

「覚悟と恨みが足りないからよ。心が弱いと、力は強くならないのにルールだけが足を引っ張る…だからこそ重い制約と誓約をかけるのは邪道なの」

 

 おまけに念は一度作ってしまえばもう削除できない一生ものだ。重い制約をつけて後悔する能力者はかなり多いし、無意識だったため仕方ないがリンもその一人。それで能力が飛躍的に上がるならまだしも、ゴンのような気軽さで念が向上する公算は低い。

 

「…姉さん、それでも俺はやるよ。やっぱりクラピカを放っては置けない。それに、旅団も止めたいって思ったんだ。姉さんだってそうでしょ?」

「ばっ!リンは…」

 

 旅団と顔見知りであるリンに選択を迫るなとレオリオが口を塞ごうとする。

 ゴンに悪気があるわけではない。ただ、発想がないだけだ。旅団に味方するということはゴンやクラピカ、キルア達も敵に回すということ。姉が自分の味方になってくれないわけがないという無自覚の傲りが、無条件に仲間を信頼する気質であるのに加えてお姉ちゃんっ子であるゴンにはあった。そして旅団を止めたいという意思を自分と同様に持ってくれているという傲りが。

 

「クラピカ、俺に念の鎖を刺してよ。そうすれば万が一があっても俺からクラピカの情報が漏れる事はない」

「…命懸けだぞ」

「旅団を止めたい。その気持ちは変わってないよ」

 

 ゴンの意思を感じたクラピカは「こっちへ」と言い、ゴンと2人になるためさっきのテーブルに戻る。能力を行使するのだろう。リン達も空気を呼んで、会話が聴こえない程度にテーブルから距離を取った。

 嵌め殺しの大きなガラス窓から外の景色を眺めつつ、ゴン達がこちらに戻ってくるまでの時間を潰す3人。ほんの数時間前まではあれだけ晴天だったのにもかかわらず、いつの間にか外は雨が降り注いでいた。

 

「…あんな熱いこと言われて、無視はできねぇわ」

「ま…ここまできたら一蓮托生か」

 

 恐らくここから始まるのは殺すか殺されるかの戦いだ。ポケットに手を突っ込みながらレオリオが、そしてキルアが仕方ないという風を装いつつもそう返した。苦楽を共にした友であり大切な仲間が死地へ向かおうとするのを前に、2人とも黙って手を振れる性分ではない。

 だがリンはそのやり取りが耳に入らない位には思考をフル回転させていた。そして1つの結論を出す。

 

(詰んだ、わね。最高のエンドはもう無理だわ)

 

 可能ならクラピカにも旅団にも生き延びてほしかった。そのために色々と裏で動いていたが、相手も同等の策略家たちでありリンも完璧な人間ではない以上、不測の事態はいくらでも生じる。

 クラピカとヒソカが手を組んでいた事。旅団が宝を持ってヨークシンを出なかった事。ゴン達が旅団と接触してしまった事。クラピカの特徴が既に旅団に知られている事…。

 原作の記憶を持たないリンには、どれもが想定外の出来事だった。そして全ての不測の事態が複雑に絡み合い、リンにとっての最悪の事態を招いてしまった。即ち全面戦争。もうこれを回避する手段は、どう考えても思いつかない。

 ならばリンも、自分にとっての優先順位に従い、それ以下のものを切り捨てるしかない。選ばなければいけない2択、とうとうタイムリミットが来てしまった。

 

「リン!」

「ああ…ごめん。今行く」

 

 リンが考え込んでいる間に、いつの間にかレオリオとキルアはゴン達の下へと行っていた。そしてどうやら自分達もゴンと同じ行動を取ると伝えたらしい。リンが四人の下へ戻ると、ゴンが駆け寄ってきてリンを見上げた。

 

「姉さん!姉さんも協力してくれるなら心強いよねクラピカ!きっと旅団も止められるよ!」

 

 もう覚悟は決めている。ざあざあと雨脚が強くなる窓の外に眼を向けながら、リンは心の中でだけ謝罪した。

 

「私はパスよ」

「えっ…」

 

『パス』という言葉だけなら深い意味は感じないが、リンの言葉ははっきりとゴンを拒絶する響きを孕んでいた。その冷たさを感じたのはゴンだけではなく、一瞬場が静まり返る。

 今までリンは何だかんだ言ってもゴンの意思を尊重してきた。幼少期は勿論、ハンターになってからもずっとだ。そんなリンがゴンを突き放すのは初めてで、ゴンは伸ばしかけた手をびくりと止めた。

 

「…私、蜘蛛と昔馴染みでさ。知り合ったのはクルタ族虐殺の後だけど」

「…疑ってはいたが、やはりか!」

「クラピカ落ち着け!お前の宿敵だとわかってたから言い出せなかったんだよ。なっリン?」

 

 リンの言葉にクラピカが腰を浮かせかける。レオリオが制すると落ち着いて座り直しリンに事情を聞こうとその眼を見据えた。リンは目を伏せることなく、はっきりと緋色に染まりかけているその眼を見返す。

 

「単なる顔見知り程度の仲じゃないわ。何度も一緒に仕事をしてるし、メンバーや念能力も把握する程度には付き合いがある」

「あまりにも内情に詳し過ぎるとは思っていた。…騙していたのか」

「言ってなかっただけよ。むしろ「旅団に手を出すな」ってかなり優しい忠告を繰り返してたはずなんだけど」

 

 クラピカとはしょっちゅう言い合いをしているが、本気の喧嘩はした事がなかった。リンに非難を込めた鋭い眼で睨みつけられ、一瞬怯むクラピカ。

 完全な敵意をその眼に感じたのも、動揺した原因だ。自身も憎しみと非難を込めてリンを責めたはずなのに、何も言えない。

 リンは決意している。もう決めてしまっている。何を言われようと覆す事はない。妙に落ち着いたその口調が、全員にそう理解させていた。

 

「どっちにつくかずっと悩んでたのよ。でもここまで全面戦争になるなら、勝ち目のない方に付きたくはないからね」

「おいちょっと待てよ!」

 

 不安そうに見上げるメイメイの頭を撫でながらその場を去るために歩き出す。引き留めようとしたキルアがそんな自分に驚きながらもリンの腕を掴むが、決めてしまった以上リンはたとえ弟分だろうともう容赦しなかった。

 

「ぐぁ…はっ…」

 

 鳩尾への軽い掌底。それだけでキルアは腹を抱えて蹲った。上手く息を吸えず、涎を口の端から垂らしながらもリンを睨みつける。

 

「落ち着けってリン!事情を聞かせてくれよ!」

 

 リンを止めようとしたレオリオにも、一発。一歩もリンが動かない一方で、レオリオは壁際まで吹っ飛んだ。ホテルの設備を壊す事はなかったが、大きな音が響き今度こそ宿泊客達はリン達の様子を遠巻きに見つめていた。

 

「ぐ…」

 

 リン直々に応用技まで修行を付けただけあり、レオリオの復帰はキルアに比べると早いものだった。だからこそ強めに殴ったのにと内心舌打ちする。

 軽く手をはたいて埃を払い、じろりと友人だった、弟だった四人の姿を見回すと蔑むように笑った。

 

「私にも敵わないじゃない。この程度も避けられないくせに、旅団を潰すなんて馬鹿みたいね」

「姉さん…」

「…仲間を見る目は養った方がいいわよ。じゃ」

 

 後ろ手に軽く手を振り、そのまま振り返らずにホテルを出る。メイメイが心配そうにリンを見つめるが、傘を出す気にはなれなかった。これから全面戦争がはじまるというのに、身なりに気を遣う気になんかなれなかったからだ。

 





個人的な気分転換も兼ねて、急遽連続投稿にしました。
いつもと異なる動きをする際はXで告知するので、確認お願いします。
かなり文章にも気を配ったんで、楽しんでください!
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