リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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リンの九月四日【3】

「ここに残る?何でまた」

 

 少し時間は巻き戻り、リン達が公園で再会していた頃。幻影旅団は全員が仮拠点に集合して団長の指示を仰いでいた。

 てっきり用も済んだしトンズラかますのかと思いきや、予想外の指示が出されて全員が頭に疑問符を浮かべている。ヒソカのみが、自分の理想通りに動いてくれそうなことに内心ほくそ笑んでいた。

 

「本来は1度ホームに帰るつもりだった。お宝は全部手に入り、ウボォーの弔いも済んだからな。報復のため、ホームに戻ってじっくり鎖野郎の近辺を洗い出そうと考えていた」

 

 近辺。それは本人の情報だけでなく親交のある人間から家族親兄弟恋人、子どもに至るまで全て、だ。蜘蛛のメンバーを殺した罪はそれだけ重い。

 マチの呟きにクロロはそう返すと、コートからノートの切れ端を取り出した。盗む前に書いてもらった占いだ。その直後に派手なドンパチをやらかしたため所々破けたり焦げていたりはするが、内容自体は暗記しているため問題ない。

 

大切な暦が眠りについて

待ち惚けた月達は盛大に弔うだろう

喪服の楽団が奏でる旋律は

霜月の耳に届くことはない

 

外から舞い降りた遊猟の蝶が

蜘蛛の手足を奪い去る

頭の役を演じなさい

狩人は蝶を捨てきれない

 

幕間劇に興じよう

月を呼び覚ます星を探して

向かうなら東がいい

きっと待ち人に会えるから

 

 盗んだばかりの念能力を説明し、自分に記された1カ月の予言を読み上げる。なんのこっちゃと不思議そうに首を傾げる者もいれば、それが不穏なものだと察して眉を顰める者もいる。団員達はそれぞれの反応を見せつつも、黙って団長の説明がなされるのを待っていた。

 

「『外から舞い降りた蝶』とある。これは鎖野郎を比喩する表現とは考えにくい。そいつの手によって、蜘蛛半壊に繋がる。それならば、本来行うつもりだった行動の逆を取ろうと…」

 

 そう言いかけた時、クロロの携帯が着信を知らせた。別段隠す必要もないのでその場で通話を開始し、暫く耳に当てて会話をする。

 クロロにかけられる電話なんて、大抵は情報屋や知り合いからの仕事絡みの連絡だ。そのため誰もがもう少し長電話になるかと思っていたが、予想に反して通話は1分足らずで終わった。少し機嫌良く笑うクロロに、代表してシャルナークが声をかける。

 

「何か大事な電話だった?」

「いや…リンからだ。俺達が死んでないか気になったらしい」

「へえ?」

 

 それは公園からかけてきたリンのものだった。リンのことを団員の中では比較的知っている(というかメル友)シャルナークは、面白い話を聞いたと楽し気に笑う。

 

「アハハ、情報早いねあの子。ヨークシンに居るみたいだけどクロロはもう会った?」

「いや…。お前らは会ったのか?」

「俺は1回だが、多い奴は2回。陰獣が出てくる前のオークションと、昨日ガキどもの迎えに」

「ガキ?」

「お、そうだ団長!あいつらを団員に推薦するぜ!」

「ちょっと話がどんどん逸れてるじゃない!」

 

 フィンクスが口を挟みクロロが不思議そうにオウム返しすると、今度はそこにノブナガが割り込んだ。どんどん話題が本筋から離れていく中でマチが苛立ってそれを叱り飛ばし、1人だけ状況が分からず話に入れないクロロは「?」と何も言えないでいる。

 それを察したパクノダがクロロに説明をし始めると、団員達は口喧嘩をやめて口々に起こったことを報告し始めたのだった。

 

「弟か…ふ、少し話を聞いたことはあるが、面白そうな奴らだな。だがそいつらは蜘蛛には入らないだろう」

「まあまあ、説得するからよ!」

 

 おかげで数分後には、クロロは状況をすべて把握していた。

 つまり、尾行してきたために捕らえた子ども2人が偶然リンの弟達で、ノブナガがその2人を気に入っていて、鎖野郎に関連する記憶は出てこなかったがマチはまだ怪しんでいるという話だ。ゴンの姿を見てみたいと思ったクロロだったが、ここではあくまで団長なので口には出さない。

 

「マチがそいつらを気になるのは…勘か?」

「う…そうだけど」

「マチの勘は当たるからな…鎖野郎と関係があるのかもしれない。…いや、それならリンも関わっている可能性があるのか?」

 

 リンの弟達が鎖野郎と関連しているのなら、あれだけヨークシンに来るなと騒いでいたリンが鎖野郎に関連していないと考えない方がおかしい。根拠が勘とはいえ、マチが言うのならその可能性はかなり高いだろうとクロロは考える。

 

(だがリンがわざわざ俺達と戦争になる相手と交流を持つだろうか?いや、人とはそういった非合理的な選択を時には行うものだ…なくはないか。第三者として俺達が鎖野郎と衝突しないように動いていた可能性もある)

 

 リンは幻影旅団の力量を十分に把握している。わざわざ旅団と関係が悪化する相手と関わるのは非合理的だ。少なくともクロロには何度も殺されかけているのだから、実力差もとっくにわかっているだろう。

 リンは自分と似ているとクロロは感じている。物言いこそかなり違うが、根本的にはリンも合理主義だ。その上で考えられる可能性は、相手に同情してできるだけ関わらないようにさせたか。

 

「そういえば団長、リンがお土産にプリン持って来てくれてたんだけど、食べる?」

「…食べる」

 

 もう少し考えたいとも思ったが、プリンの存在を思い出したシャルナークが冷蔵庫を開いて団員達に配り始めたため、クロロも大人しく受け取ることにしたのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「姉さんが裏切りなんてするわけない!」

「実際あの光景見てたろ?どう考えても裏切ってんじゃねえか!」

「きっと何かの間違いなんだ!そうに決まってる!」

 

 リンが去った後のホテルにて、ゴン達は周りの眼も気にせずに口論をしていた。

 あっけなくダウンさせられたキルアが、心を開きかけていたのに信頼を裏切られて誰よりも怒りを剥き出しにしている。対して、意地でも姉が裏切るだなんて信じないと根拠もないまま叫ぶゴン。

 

「おいおい、一気に色々起こり過ぎだぜ!」

 

 もちろんクラピカもレオリオも動揺しているし憤りは覚えているのだが、年下2人が人目も憚らずに言い合いをするので感情を剝き出しにはできないでいた。代わりにレオリオが頭を抱え、クラピカは顎に片手を添えて考え込む。

 

「…やはり旅団と関りがあったか」

「クラピカ、知ってたのか?」

「いや、薄々そうじゃないかと感じていただけだ。旅団について詳し過ぎるとは試験の頃から思っていた。シングルハンターならばそれくらい情報があっても不思議ではないのかと思っていたが…」

 

 平静を装っているが、クラピカの眼は未だ緋色に染まり続けている。疑っていたとはいえ、リンを仲間だと思っていたのも信用して大切な情報を話したのも事実。それはクラピカなりのリンへの誠意でもあった。

 それを見事に裏切られた。だがそれはリンの言う通り、『仲間を見る目』が自分に足りなかっただけのことだ。信頼を仇で返された痛みには見ないふりをして、冷静に状況を判断する。

 

「リンの意図はそのまま飲み込むしかない。私達が旅団に対抗するには不利だと判断し、奴らに付いた…それだけだ」

「だから姉さんは裏切ったりなんかしない!」

「ゴンてめー現実見やがれ!」

「おめーら落ち着けって!」

 

 本気で殴り合いでも始めるのではないかと思う程の剣幕で怒鳴り合うゴンとキルア。慌ててレオリオが首根っこを掴んで引き離すと、互いに睨み合いながらも一旦は停戦させることに成功したようだった。

 

「リンが寝返ったのは、恐らくヒソカからのメールが来たタイミングだ。つまり、死体はフェイクだと…旅団が生きていると知ったから。…待てよ、ならば昨日あった競売は?」

 

 あの幻影旅団が死体だけ偽物を残して、宝に手を付けずむざむざと逃げるとは思えない。ならば、競売品も…緋の目も、偽物なのでは?

 そんな考えが頭をよぎった瞬間、クラピカは携帯を取り出していた。同僚の番号を選び、コールする。目当ての人物は数コールと待たずに電話に出てくれた。

 

「スクワラか!?今すぐ競売品を『凝』で見てくれ!」

『お…おい、何で念が纏わりついてんだよ!』

「やはり…!それは旅団が用意した偽物だ!奴らがそれを目印に来る可能性が高い、今すぐに全てを置いてそこから離れろ!」

『マジかよ!言われなくても即出て行くぜ!』

 

 初めから全て幻影旅団の手のひらの上だった。通話を切り、歯噛みする。スマホを内ポケットに仕舞い視線を落とすと、ふと机の上に置きっぱなしにされた物体が視界に入った。

 機種は違うが、クラピカがさっきまで使っていたものと同じ、携帯だ。オレンジ色のカバーにはパンダのイラストがワンポイントで描かれている。目立つ見た目をしているが、意識しないと視界に入らないものだと妙に関係のないことを考えてしまうクラピカ。

 

「これ、リンのスマホじゃね?」

 

 クラピカの視線の先にあるものに気づいたレオリオがそれを覗き込む。少し落ち着いたゴンが手に取り、くるくると回転させて確かめると断言した。

 

「間違いないよ。カバーが姉さんのやつと一緒だもん」

「あんだけデカい口叩いといて、忘れモンしてったのかよあいつ…」

 

 リンの間抜け具合にやや冷静さを取り戻すキルア。だが今の状況下でその忘れ物は、自分達にとって間違いなく有利に運ぶものだろう。かつての友であろうと、試験に合格させてくれた恩人であろうと、敵に回ってしまった以上は容赦できない。クラピカもまた、決意を固めなければならない時がきていた。

 

「…ゴン、ロックを解除して中を見ることは出来ないか?リンが敵に回ってしまった以上、少しでも情報が欲しい」

「…うん」

「お前、暗証番号わかんのか?」

 

 もしもゴンがリンの携帯を開くことが出来なければ、最悪ミルキの手を借りなければいけない。そう思ったキルアが確認するが、ゴンは何の迷いもなく暗証番号を打ち込んだ。0801と入力されたそれは、あっさりとロックを解除する。

 

「リンの誕生日か?あれ、でもあいつの誕生日ってニューイヤーだったよな」

「何の数字かはわかんない。でも姉さん、昔からこの番号なんだ」

 

 メモは白紙、メッセージもいくつか雑談はあったが、基本的な会話は電話で行っていたらしく、重要そうなメッセージも削除した跡がいくつか点在している。ボイスやメッセージを復元することもできるだろうが、リンもプロハンターだ。恐らく本当に重要な会話はQを使用していただろう。

 連絡先も当てになりそうなものはない。メンチやノワールといった見知った名前はちらほら見られるが、他はどれも知らない名前ばかりだった。

 基本は全てフルネームで登録されているが、唯一『クソ親父』と『クソジジイ』で登録されているホームコードがレオリオの目に留まる。ジジイはわからないが、親父が誰を指すのかは簡単に想像がつく。

 

「おい、『クソ親父』ってこれお前らの親父さんのホームコードじゃねえか?凄腕のハンターなら事情を話して何とか…」

「…それができるなら、姉さんはとっくにやってるよ。どこにいるかもわからないし、状況は一刻を争う」

 

 ゴンの言い分は的を射ているが、実際ジンに助けられたらリンは羞恥と悔しさのあまり自害するだろう。ゴンの判断は正しいと言えなくもない。

 

 何か手掛かりはないかと焦るゴンの手が、写真フォルダに伸びた。忘れないようにしておきたいものを時折写真に残している場面を何度か見たことがあったからだ。写真でも重要な情報になりかねないためロックをしているのではと危惧したが、幸いにもゴンが画面をタップするとフォルダは簡単に開いた。

 

 初めに目についたのは、リンが居ない間にキルアが撮ったゴンとのツーショットだった。数日前、ゴンを宥めるため兼リンへのいたずらとして撮影した写真だ。

 そのすぐ上には内カメラで撮ったズシやウイングと並ぶリンの写真、そしてリンが気まぐれに撮影したらしいクラピカやレオリオとの修行風景などがある。そして下にはさっきの公園での早食い競争の写真があった。

 撮影した写真をそのまま放置しているだけなのか、大事に残しているのかはこの時点ではゴン達にはわからなかった。しかしそれが後者であると、遡れば遡るほどに認めざるを得なくなっていく。

 

「これ、ハンター試験の写真じゃね?明らかに隠し撮りだがよ」

「姉さんが撮ったわけでもなさそうだよね…」

 

 隠し撮りされたらしいハンター試験の光景。変装していたリンも写っているため、誰かが撮影したものを貰ったと想像がつく。どういうわけか時折ニアに扮するリンだけがカメラ目線でピースをしているものもあった。リン自身はこの隠し撮りに気づいていたらしい。

 そういえばギタラクルに扮したイルミがやたらとカメラを持っていたと、キルアが思い出した。試験の時にはずっと喧嘩腰だったが、キルアが思っていたよりもリンとイルミは仲が良いのかもしれない。

 

 更に遡る。

 

 リンが何処か似ている男性と共に写っている写真があった。男の年齢は30代前後だろうか。無精ひげを生やしているものの、童顔も相まって年齢が分かりづらい。

 仏頂面の男性の頬を無理やり引っ張っており、遠慮のない関係であることが窺える。そして2人ともあちこちボロボロで、特に男の方は頬を大きく腫らしている。

 リンの腕も腫れておかしな方向に曲がっているが、どこかやり切った表情だった。状況はよくわからないが、少なくとも写真の中のリンと男は独特の距離感ではあるものの、どこか楽し気に写っていた。

 

「これ…もしかしてジン?」

 

 ゴンはそれを見て、古い写真でしか知らなかった自分の父親の現在の姿なのだと悟った。写真の中のリンとジンは、一般的な姿でこそないが確かに親子だった。

 

 更に遡る。

 

「この男、ノワールだろ。日付は3年前か…?」

 

 誰かの墓の前でリンと2人の男女が共に写っている。女性の方は2次試験の試験官だと全員が思い当たった。更にレオリオが気づく。男性の方は先日出会ったベイベースの初代首相、ノワールであると。

 3人はスカーフがかけられた十字架の墓を中心にしゃがみこみ、何処か悲し気に、しかし吹っ切れたような表情で笑っていた。それはリンがずっと身に着けていたスカーフだとゴンは知っている。いつしか身につけなくなっていたが、写真の場所に置いてきたのだろうか。

 

 更に遡る。

 

 今のゴンやキルアとそう年の変わらないリンが、ボロボロの姿で複数人の男と共に写っていた。男の1人が内カメで撮ったらしく、リンは両手でピースをしている。

 隠し撮りだったのか、他の男たちはカメラを見ていなかったり目線だけこちらに向いていたりと様々だ。その中の1人が、先日自分が殺した男であるとクラピカが気づく。

 

「あいつ…あの男とも面識があったのか!」

「…まるで友達みたいだね」

 

 ゴンの一言に全員が黙りこむ。口にはしないでも見た瞬間、少なからず同じ感想を抱いていたからだ。

 

 Lucidaと書かれた旗の下で何かの本を売っている写真、列車の中で本を読む男を隠し撮りしている写真、火を噴く鳥をピースサインと共に撮影している写真、何処かの居酒屋でミルキやメンチ、知らない女性と仲良く笑っている写真、飛行船で幼いリンがノワール達と笑いあう写真…。

 

 そこにはゴン達の知らない、一人のハンターとしてのリンの姿が写っていた。

 

 そして一番上まで遡ると、幼少期のゴンの写真と幼少期のキルアの写真が大量に入っていた。

 それらの写真の間にはスクリーンショットや一時保存用に撮影したような関係のない写真は一切存在せず、リンが定期的にデータ整理を行っていたのは明白だ。それはリンがゴン達を大切に思っている証拠に他ならなかった。

 

「姉さんはきっと、旅団も俺達も、両方大事だったんだね…」

 

 ぽつりとゴンが、そう溢した。知らない人間の写真も大量に入っていたが、それと同じくらいゴン達の写真も入っていた。そして、頻度こそ少ないが旅団らしき写真も。

 ゴンは、自分がリンの立場だとしたらどのような行動をしたかと想像する。そして気づいた。かつて自分が姉に問いかけた究極の2択、それこそまさにリンにとっての今の状況だったのだと。そして姉は言っていた。「可能なら両方助けたい」と。

 

「…俺、姉さんに酷いことをしちゃったんだな」

 

 どちらか片方に味方してくれだなんて、自分の言葉に姉はどう思っただろう。

 そう思うと居てもたってもいられなくて、何かを変えたくて。ゴンは静かに立ち上がった。

 

「俺は姉さんを追いかけるよ。行く当てはわかってる」

「どこに行くんだ?」

「蜘蛛の本拠地。俺が姉さんなら、そうする」

「…確かにリンなら場所分かってるけど…」

「絶対に行くよ」

 

 今までとは打って変わって、ゴンは静かにそう言った。こういう時のゴンは絶対に意思を曲げないと知っているキルアが、やけくそ気味に叫ぶ。

 

「…ああそうかよ!なら俺も行く!腹パンの仕返しもしてぇしな!」

「クラピカとレオリオは待機していて。俺達だけで姉さんを説得してくる」

「…いや、私も行く。そもそもリンは自身の事を何も話さなかった。我々が知らなければいけないことが沢山あるだろう」

 

 リンが何を考えているのか知りたい。敵対するにしてもまだ集まっていないピースが沢山あると知ったクラピカも腰を浮かせる。同様にレオリオも大きく頷いた。

 しかしそれをゴンより先にキルアが制する。どいつもこいつも行き当たりばったりな行動ばかりとると呆れながら。

 

「駄目だ。クラピカが来たんじゃ、そもそもの目的から外れる。本末転倒じゃ意味ねーだろ?」

「それは…」

「レオリオもクラピカと待機していてくれ。リンを説得できるとすればゴンだ。そんで次点で俺。…だろ?あいつ姉バカだからさ」

 

 リンがゴンはもちろん、キルアも弟として猫可愛がりしているのはクラピカとレオリオも承知だ。そう言われてしまえばゴン達を納得させるだけの理由も思いつかない。

 

「…クラピカ、俺達は俺達にできる事をやろう。こうなったらゼパイルにも声をかけて退避させないとな」

「…そうだ、同僚に味方となってくれそうな能力者がいる。声をかけておく」

 

 それぞれの役割を見出した男たちは、大きく頷き別行動に移るのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「ゴン、リンの姿は見えるか?」

「ううん、匂いもない。…雨だからわかりにくいけど」

 

 曇り空で光の差さない暗闇に馴染む合羽を身に着け、ゴンとキルアは昨日来たばかりのアジトに来ていた。リンが来るのを期待してビルの屋上から監視を続けているが、一向に姿は現れない。

 もしかしたらとっくに旅団と合流しているのかもしれないが、それを確かめようものなら昨日の二の舞は確実だ。何より、明らかにビルの配置が昨日と違っていて、迂闊にビルの内部には入れなかった。

 最後の頼みの綱であるゴンの嗅覚でもリンの行方を辿ることはできない。天候のタイミングの悪さにキルアが軽く舌打ちをするのとポケットの携帯が振動するのは、奇しくも同じタイミングだった。

 

「誰?」

『クラピカの知り合い、センリツっていうの』

 

 着信した番号はキルアにも覚えがないものだった。クラピカの仲間か、あるいは想定外の人物かと警戒しながら通話モードにすると、聴こえてきたのは女の声。「クラピカが言っていた仲間か」と呟くとゴンに目配せして、相手の声が聴こえるように息をひそめる。

 

『反対側のビルに居るの、見える?』

「ゴン、どうだ?」

「うーん…あ、居た。かなり離れているけど、ビルの屋上に居るよ」

『電話口を押さえて、すっごく小声で何か命令してみて』

「…右手挙げて」

 

 ゴンでなければ見えないほど離れた場所だが、確かに小さな人影がこちらを見ている。キルアがぼそりと指示を出すと、その通りに右手を挙げる姿がゴンには見えた。思わず「おおっ」とゴンが声を上げる。

 

「この距離で聴こえてるの?凄いや」

「…すげー地獄耳だね」

『ふふ、ありがと。何かあったらこちらで援護するから、好きなように動いて』

「リンがどこにいるか、わかる?」

『一度心音を聴かないとどの音が誰かは判別できないけど…12の心音が集まっている場所が一カ所、そして数キロ離れた所に一つ心音があるわ。こっちはかなりゆっくり歩いてるみたい』

「12…そっちはたぶん旅団だな。一つ心音がある方がリンの可能性、か」

『キルア君達の居る場所から2時の方向よ。ビルを縫って歩いてるから確実とは言い切れないけど、12の心音が集まってる場所へ向かってる』

「ほぼ確定だな」

『通話はこのままにしておいて。私はここからあなた達の周囲を警戒しておくから』

「サンキュ」

 

 携帯をポケットに戻す。ゴンは既にビルとビルの間を飛び移ろうとしていた。確かに、旅団の目につかずリンの下へ一直線に向かうならばその方が早い。互いの位置関係から考えると、地上を通るならばかなり迂回しないといけないからだ。高層ビルの屋上を飛び移る分には、旅団といえど地上から感知するのは難しい。

 それは間違っていない判断だった。運が悪いとするならば、リンがゴンとキルアに念能力の指導をしなかったこと、そしてコルトピが生成物に『円』の役割を付与していたこと。

 常日頃より『凝』を怠らないよう教えられていれば避けられたミスだった。しかしそれだけの用心深さと技術を持っている人間はそうそうおらず、どちらにせよ結果は変わらなかったと言える。

 いくつかのビルを飛び越えてゴンの踏み出した先は、コルトピの『円』が発現しているビルだ。『円』が感知する範囲に該当する屋上を確実に踏んだゴンとキルアの存在は、旅団に的確に感知される。

 

『逃げて!2人の下へ一気に動き出した!』

 

 センリツが警告するも、距離は高さ数十メートルのみ。ゴン達が逃げおおせられるわけもなく、あっという間に数名の団員に囲まれる。

 

「あ、昨日の男の子」

「何だ、またお前達か」

 

 シズクがぽそっと呟き、フィンクスが呆れ顔で2人を見る。ボノレノフがゴンを、マチがキルアを拘束し、残る2人が見張りで来ているらしい。

 

「くそ!!」

「はいはい暴れんなって…ったく性懲りもねーな」

「マチ、こいつら縛っとけ」

「はいよ」

 

 昨日と違うのはゴン達が捕まったのが旅団の仮拠点近くである事、そしてクロロがそこに居る事だ。従って、ゴンとキルアが幻影旅団団長と初の対面をするのはそう時間のかかるものではなかった。

 雨のせいで時刻のわりには薄暗い中、捕虜としてクロロの前に立たされるゴンとキルア。クロロが興味深げにその姿を眺める一方で、ノブナガが場違いなほどに嬉しそうにゲラゲラと笑う。ヒソカはやっぱり「知らんぷり♦」だ。

 

「何だお前ら、また捕まったのかよ!」

「うっせ…」

「まあそう睨むなって!団長こいつらだよ、例のガキ!」

 

 キルアがノブナガを睨む一方で、1段高い場所に腰かける団長の姿をゴンは見上げた。座っているのは廃ビルに残された廃材であるはずなのに、妙に気品あるオーラを漂わせている。そしてそれ以上に、強者の風格も。

 

「お兄さんが蜘蛛のリーダー?」

 

 警戒心よりも先に興味の言葉が口を突いて出たゴンに、(こいつの明け透けな性格ってこういう時良いよな)とキルアが思ったのも無理はないだろう。一言目から思ってもいなかった事を言われ、クロロが僅かに目を見開く。

 

「そうだが…そうか、お前がリンの弟か」

「知ってたの?」

「写真付きで自慢されたことがある…隣のお前はイルミの弟か?」

「は!?何で知ってんだよ」

「写真付きで自慢されたことがある。こっちはイルミに」

「…」

 

 場違いとわかりつつも思わず顔を見合わせるゴンとキルア。蜘蛛のリーダーに顔が知られていたなんて…とか、イルミもクロロと知り合いだったのか…とか、自分達の兄姉は何をしているんだ…とか、色んな感情が浮かぶ。

 

「で、何をしに来た。俺達の褒賞金はとっくに撤回されているはずだが」

「え…、マジ?知らなかった」

「リンなら知っているはずだが」

 

 あっさりと論破され、思わず黙り込む。たった1往復のやり取りでキルアの性格とついた嘘を見抜かれ、そして目的の探りを入れるまでされた。心理戦に長けている自信があったキルアにとってこれほどの屈辱はない。

 

「俺達、姉さんを探してたんだ。ちょっと…喧嘩しちゃって」

「そうか。生憎だがここには居ない」

「団長、こいつらどうするんだい?」

「そうだな…思いがけず鎖野郎と繋がりがあるかもしれない人物が来てくれたからな…だがパクが調べた後…いや、もう一度調べればあるいは…?」

 

 マチに言われ、判断のため熟考するクロロ。独り言を言いながら考えこむ姿に逃げ出す隙はないかとキルアが神経を尖らせるが、当然そんなものはない。考え込んでいてもゴン達が動けばクロロは即座に反応するし、そうでなくても団員達がすぐさま捕獲する。

 

「ねえ、何で人を殺せるの?」

 

 ぶつぶつと考え続けるクロロに、どうしても聞きたかったという迷いない口調でゴンがそう尋ねた。明らかな地雷であろう言葉に、キルアが総毛立つ。

 その言葉に思わず表情の抜け落ちたクロロは、ひたとゴンを見つめ返した。殺気を孕んでいるわけでもなければ怒り狂うわけでもない。ただ、無機質な瞳がそこにあった。次にどんな言葉が来るか、それどころかどんな反応がくるかもわからず、ゴンはクロロから目を逸らせない。

 

「…そういうところはリンそっくりだな。ただの怖いもの知らずか?」

 

 かと思えば「ふ」と笑い、再び考え込む。ゴンの何気ないその一言はクロロにとっては人格の核心であり、失ってしまった自分でもあったからだ。

 

「何でだろうな…関係ないからじゃないか?だがしかし…いや、やはりと言うべきか…」

「…何、してるわけ?」

 

 張り詰めた空気の中、そこに居る誰のものでもない固い声が響き渡る。反射的に全員の眼が、入り口の人物に向けられた。

 

「ねえ、何してるわけ?」

 

 珍しく動揺したリンの姿が、そこにはあった。

 

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