「何だと!?」
リンの言葉に全員が神経をぴりつかせる。
当然だ。死んだと思っていた仲間が生きているかもしれないと、至極軽いノリでそう言われたのだから。ある者は殺気立ち、ある者はリンに掴みかかった。
「てめー…嘘じゃねぇだろうな…」
もしも笑えない冗談だったら斬る。リンの胸倉を持ち上げたノブナガの眼と声音は明らかにそう言っていた。
実際冗談ではないため、それに臆することもなくリンもあっけらかんと答える。
「そんなつまらない嘘つかないわよ。確実とは言えないけれど」
「…根拠は?」
冷静にリンの言葉の意味を把握したクロロが、端的に説明を要求してくる。説明しやすいようにノブナガがリンの胸倉を乱暴に解放し、リンもスタッと宙に浮いていた足を地につけた。日頃から鍛えた体幹の強さだ。
(まあ…あとはゴン達が上手くやるのを願うのみね)
本来はウボォーの件もまた、隠しておきたかった情報だ。ゴンとキルアを人質交換する際に条件として提示していたものの、可能ならばそのまま忘れていてほしかった。だが当然、そう上手くはいかない。
「あんたらの言う『鎖野郎』に念を教えたのは私なのよ。本人は蜘蛛を殺す念を作ろうとしていたけど、それを私の念で操作した。だから、本人は気づいてないけど、彼の念では旅団を殺せないようになってる」
クラピカが鎖を具現化した日の夜、リンは
これによって寿命を削る制約はもちろん、クラピカの性格上相手を殺す能力も対象になるはずだというのがリンの読みだった。実際、そのようになったと思われる。
だが、
対象の深層意識に干渉する能力であるため、対象の決意が固すぎる場合には能力の効きが悪くなったのだ。リンの命令自体は有効だが、それを本人の意思で決定していると自覚するかどうかには差が出るのだと、クラピカを通じて初めて判明した。
例えば、ミシャクーロは全ての記憶を失くして心から自分を大切にして生きる誠実な人間となった。それは対象が酷くその状況を変えたいと思っていて、リンの命令こそが望む道だったからだ。
だが、クラピカは?自らの命を犠牲にして、その精神を削ってでも打倒旅団を固く決意している場合は、どうなるのだろうか?
それはリンも読めなかったが、その後の言動を見る限り、答えは『命令は遂行されるものの本人の意識は変わらない』であった。『念獣と術者共に両手を対象に触れる』、『対象1人につき1度しか使えない』の制約では、そこまでの効力が限界だったのだ。
結果、クラピカの能力は本人が認識しているものとは変質することになる。クラピカは自身の能力を『命を代償にするものであり対象の命を奪えるもの』と認識しているが、実際は少し異なるということだ。
代替の制約と誓約が使用されているらしい点、そしてクラピカ自身の決意の強さが念を強化している点から、リン以外は本人も周囲も気づかず今に至る。
「ただ、『念で殺している』のが条件よ。だから殴り殺しとかしてたら死んじゃってる。可能性ってのはそういうこと。そしてウボォーさんがどうなったかは私も知らない」
リンの話を、団員全員が固唾を呑んで聞いていた。死んだと思っていた仲間が、旧友が実は生きているかもしれない。そんな話に興味を示さない人間は居ないだろう。
だが、あくまで団員は冷静だった。ノブナガが少し暴走したが、そのノブナガもリンの説明を聞いてからはふるふると震えながら黙り込んでいる。誰もが、団長の次の指示を待っていた。
「シャル、…いや、今は機械に触れない方がいいな。パク、シズク、ウボォーの行先を調べろ。どんなやり方をしてもいい」
「最後にウボォーに会ったのは俺だから、一緒にやるよ。触りはしないから」
リンの説明を聞いた即座にクロロが指示を出し、シャルナーク含めて数人が別室に向かう。
激しい戦闘をしたにもかかわらず目撃情報が少ない点から、彼らが向かったのは人目の少ない荒野の可能性が高い。更にヨークシン中の監視カメラをハッキングすれば、どこへ向かったのか方角くらいは絞れるはずだ。
喜べば期待が裏切られた時辛くなる。かといって期待してしまうのも仕方ないわけで。微妙な空気にフロア内は包まれた。
(…私も暫くは様子見かしら。今派手に動くのはデメリットが大きい)
今はまだ逃げるべきではないだろう。そう判断して大きく伸びをしたリンの傍で、クロロがコルトピに指示する。
「コルトピ、まだビルは出せるって言ってたよな」
「うん。余裕」
「あのガキ共がまた戻ってくるかもしれない。念のためビルを更に増やせ」
「了解」
ゴン達を歯牙にもかけないとはいえ、面倒ごとは避けたいのだろう。クロロの指示はゴン達との接触をさけるものであったため、それを聞いてリンも内心胸を撫でおろした。
しかしそれはそれとして、他人の能力を観察するのが趣味のリン。今の会話で興味を惹かれないわけがなく、好奇心故に初対面にもかかわらず思わずコルトピに声をかける。コミハンで磨かれたコミュ力が火を噴く時が来た。
「コルトピ…の能力ってコピー?」
「…まあ、そうだよ」
「旅団の偽死体もコルトピが?」
「まあね」
まさかリンに話しかけられるとは思っていなかったらしく少し引き気味ではあるが、真面目に答えてくれるコルトピ。具現化系は基本的に律義な人間が多い。
(本物そっくりだったわよね確か。画面越しとはいえ、全然コピーだって気づかなかった)
ネットで見た旅団の死体の精巧さを思い出し、あれを実現できるだけの念能力に思わず「へえ…」と声をあげる。敵であり要注意人物ではあるが、心からの感嘆を顔に声に出されてコルトピもそう悪い気はしない。
「…ってことは、生物のコピーでもいけちゃうわけか」
「流石に動きはしないけど、簡単だよ」
恐らく、本人をコピーした上で死体らしく見せられるように破壊したのだろう。生きていない以外は対象とまったく同じものとして動かしたりできるのかもしれない。
外見だけならともかく、血液や肉体構造まで完全にコピーできるのは凄い、とリンは再び声を上げる。そしてその時脳裏に光明が差した。
(…本人同士をホモるように誘導しなくても、もしかしてコピーを使えば押し倒してるシーンとか疑似的に作れるのでは!?)
気づいてしまった悪用手段。むしろビルをコピーできる時点で気づくべきだったと己を恥じるリンである。
従って反射的に立ち上がり、次の瞬間にはこれ以上ないくらいに美しく、コルトピに頭を下げていた。
「コルトピさん…いや、師匠と呼ばせてください」
そのあまりの俊敏さに、コルトピとクロロ含め近くにいた団員が僅かに肩を揺らす。行動の読めない虫の動きに恐怖を感じるのと同じで、何をするかわからないリンの動きに彼らが身構えてしまうのも仕方ないだろう。
「え、何怖…」
「頼みたいんだけど、コピーを作ってほしいの。手始めにクロロとヒソカ…」
「コルトピ、無視しろ。こいつはもういいから行ってこい」
悪寒と共に自分のコピーが碌なことに使われないであろうことを悟ったクロロがそう言う。救いの神が現れたと言わんばかりにコルトピはそそくさと能力を使いに外へ出てしまった。
「ちょっと邪魔しないでよ」
「うちの団員を勝手に顎で使うな」
確かに正論。あまりにも正論。あくまで今のリンは捕虜である。
「ちっ」と内心舌打ちしていると、パクノダ達情報処理班が別室から戻ってきた。異様な雰囲気に首を傾げながらも、淡々と成果を報告する。
「監視カメラを確認しました。ウボォーと金髪の男…?が映っている映像がありました」
(わかるわよ。ぱっと見わからないわよね)
パクノダが先導して説明し、その間にシズクが2人を見つけた場所の位置情報をスマホで団員に転送する。
そして男かどうかで自信なさげな言い方をするパクノダに、思わず頷くリン。自分とてニアの姿で共に風呂に入るまでは半信半疑だった。
「ナイスだ。よく見つけてくれた」
「辛うじて2つだけ、2人を映したカメラが見つかったんだ。数日前にウボォーが捕まった荒野地帯の方へ向けて移動したみたい。方角はわかるけど、具体的にどの辺りで戦ったかまではわからなかった」
シャルナークの言葉を聞きながら全員がスマホの位置情報を確認する。リンもさりげなくクロロのスマホを覗き込むと、マップの上に赤い2点が記されているものだった。
そして当然言いはしないが、その2点を直線で結んだ先にはノストラードファミリーのダミーホテルの1つがある。クロロ達は反対側の荒野にばかり気を取られているが、恐らくクラピカはホテルでウボォーを待ち構え、そこから荒野へ向かったのだろう。
「やはり、タイマンのために人気のない場所へ移動した可能性が高いな」
「手掛かりがこれ以上ないなら、現場に行くのが良さそうですね」
シズクの一言にクロロは手を顎に添えて考え込む。
荒野といえど広い。どのような状態になっているか、生きているかもわからないウボォーを探すのは骨が折れるだろう。暫く考えた末、ふと流星街での出来事を思い出したクロロは顔を上げ、リンに眼を向けた。確か、リンは位置探知に優れていたと。
「リン、お前『円』得意だったよな。ついて来い」
「捕虜なのにぃ?」
正直今はここでゴロゴロしていたい。可能ならば安全に脱走する隙を窺いたい。というか居ないってわかっている場所にわざわざ行きたくない。そんなわけで文句を言うリンに、クロロは淡々と言い放つ。
「むしろ正しい使い方だろう」
「…確かに」
まさしく正論、そう言われてしまえばぐうの音も出ない。
「俺とノブナガ、マチ、シャルナークでウボォーを探す。フェイタン、ヒソカ、フランクリンはアジトで待機だ。残りのメンバー総員で昨日コピーした緋の眼の場所を捜索しろ。鎖野郎が居たら集団で戦え」
こうしてリンは仕方なく旅団に同行して、数日前行った場所に向かうことになったのであった。
◇◇◇
「ゴン!キルア!大丈夫か!」
リンが旅団に連れられて車に乗り込んだ頃、ゴンとキルアはセンリツを伴なってホテルへ戻りクラピカ達と合流を果たしていた。
ソファーで項垂れていたクラピカは、ゴン達の姿が見えるや否や立ち上がり、レオリオに至っては駆け寄って2人を強く抱きしめた。
センリツから連絡を受けていたものの、2人が生還してくれたことにレオリオは喜びを隠し切れない。クラピカもその身体に傷がないのを確認すると、ホッとして表情を緩める。
だが、当の本人は当然心中穏やかではない。特にゴンは今にも泣きだしそうに顔を歪め、それが見えないように俯いていた。
「…俺たち『は』大丈夫」
「どういうことだ…?」
疑問を口にするクラピカを見て、キルアはセンリツに目を向ける。
センリツはクラピカに2人が捕まったと連絡をした後、注意深く内部の様子を探っていた。そのためビルの中でどのような会話がなされたかも知っているが、それはクラピカ達には話していなかったらしい。
ビルを出て暫くしたところで初めて合流した新たな仲間は、これは本人の口から言う方が良い内容だと判断したようだ。しかしゴンが冷静に話せるように見えないため、キルアは自ら何が起こったか説明しようと素っ気なく口を開いた。
「旅団のアジトに行った時に俺たちまた捕まって…それを、リンに助けられた」
「リンに?何があったんだよ」
「どうも俺達の方が先にアジトについていたらしい。あとから来たリンが、俺達と条件は同じだからって人質の交換を申し出たんだ。で、俺達は解放された」
リンがもしかしたらクラピカの情報を漏らしているかもしれない可能性については伏せておく。今はクラピカとレオリオのリンへの信頼を回復させるのが最優先事項だし、ここまでのリンの動きが見えない以上、迂闊な誤解は避けたいからだ。それに、リンの行動からしてその可能性は低い。
「たぶん記憶もまだ読み取られてはいない。あいつ、触られたら全力で抵抗するって感じだったし」
「…そうか」
行動理由については何となく察しがついてきたものの、リンがここまでどのように動いてきたか、キルアには未だにはっきりわからない。
「あいつは何を考えてるんだ…?」
「…」
再びゴン達をソファーまで促すと、どっかりと座り込んでストレートに感情を表現するレオリオ。一方で、クラピカは黙り込んで状況把握に努めるばかりだ。
クラピカにとってはここにきて起こった数々の想定外。それらはリンを中心に動いており、当のリンが何を目的としているのか、キルア以上にクラピカには全く予想がつかなかった。
その時、ずっと下を向いていたゴンが顔を上げた。涙にぬれているのではないかと心配していたキルアだったが、その瞳にははっきりとした決意の色が見て取れる。ゴンの腹は決まっていた。
「クラピカ信じて、姉さんは俺達の味方だよ。絶対にクラピカを裏切ったりしない」
「だが…」
「なぁクラピカ。俺、たぶん分かったぜ…リンのやった行動の意味」
なおも引ききれないクラピカ。このままでも押し切れそうだったが、キルアは敢えてゴンに助け舟を出した。それは、恐らくは弟のように可愛がってくれたリンを疑ったことに対して、罪滅ぼしをしたかったからだ。
未だにリンの動きは見えない。だが、意図は見えた。そしてこの場でリンの意図を(おそらく)読めているのは自分しか居ない自信が、キルアにはあった。珍しく前に進み出たキルアに、クラピカの眼は自然とそちらへ向けられる。
「リンはさ、クラピカに手を汚してほしくないんだ。少なくとも、復讐みたいな感情任せでは」
「それはどういう意味だ」
「俺も散々人を殺してきたからさ、その気持ちわかるんだよ。例えばさ、ゴンが誰かを殺されたからって勢い任せに人を殺したらすげーやだし」
リンがどのような経緯で人を殺すようになったかあのような倫理観を身につけるに至ったか、キルアは知らない。だが、リンは自分と同じように考えているという確信があった。
復讐を目的としてゾルディック家に依頼する人間は、これまで何人もいた。その中の大半は、依頼が完遂されたとわかるとそう遠くないうちに自殺や病気でこの世を去った。それがなぜかはキルアには理解できないが、漠然と復讐はするもんじゃないんだなとだけ認識していた。
復讐を生きる目的にするクラピカには、蜘蛛を殺した後何が残るのだろう。所詮は他人だと、これまでのキルアは気にしていなかったが、リンはどうやら違ったらしい。そして、今のキルアも。
「昔っから口酸っぱく言われてきたんだよね。感情で人を殺すなって。それってうちの場合、命を危険に晒したりそもそも商売にならないからってのもあるだろうけど、正しい判断ができなくなるからだと思う」
「私が、蜘蛛を殺さないため…だと?」
一方で、クラピカがキルアの言葉に動揺するのも仕方のないことだった。「蜘蛛に手を出すな」とはこれまで散々言われたが、それはリンが旅団と交友関係があったからだと理解していたからだ。即ち、自分達よりも蜘蛛を優先したからだと。
それが180度ひっくり返ってしまった。それどころかクラピカの目的を潰すためだけにあんな大立ち回りをしたというのだから、正気の沙汰とは思えない。
頭では理解しても心が納得しきれない。そんなクラピカを見かねたレオリオは、静かな口調でキルアに賛同した。
「おめー、修行してた時やハンター試験の時よりも酷い顔してるぞ。あんま寝れてねぇみてーだしよぉ…蜘蛛を倒すことで少なからず精神的にキてたんだろ?」
「そんなことは…」
「キルアの説明なら腑に落ちる。リンが復讐にいちいちくってかかってたのもな」
「クラピカ。少なくともそのリンって人がゴン君とキルア君の味方なのは間違いないわ。彼らを心から心配する音をさせていたから…」
揺らぐクラピカに、ずっと彼らの様子を観察していたセンリツは自身の手を撫でながら穏やかに言った。あくまで第三者視点で、忖度もない一言だ。ゴンが最後に、もう1度言った。
「クラピカ…信じて。姉さんは何も変わっちゃいない」
もう、クラピカにリンを否定する材料は残っていない。実際はどうなのかわからないが、それも含めてリンとは話す必要があるだろう。
しかし問題はここからだ。キルアが天井を見つめながら足をぶらつかせ、努めて何でもない風を装いながら言った。
「ま、でも…ここからどうするんだってのはある。こうしてる間にリンが殺されねぇ保証もねーし」
「何で旅団がリンを殺すんだよ?ダチなんだろ?」
レオリオの能天気な質問にがっくりと肩を落とすキルア。こいつの脳内では、今頃リンが旅団と楽しくパーティーでもしているというのだろうか。それならばそうであってほしいが、ンなわけないだろうと叫びたくなる。
「馬鹿。俺達を身体張って助けて、人を殺してほしくねーって思ってるようなリンが、俺達にあんな啖呵切って出て行ったんだぞ?それでフツーに旅団と仲良くするわけねーだろ」
「つまり…」
「旅団相手に単独で殴り込みかける気だったんじゃねーかって、俺は思ってる。クラピカや俺達に旅団を殺させるくらいなら、自分が先に殺してやろうって」
「なんじゃそりゃ…正気じゃねーな」
正直なところ、キルアもレオリオの意見に同感だ。どう考えても勝ち目がない。いくらリンが強いと言えど、それがキルアの想定よりも遥かに上の強さといえど、12人相手に生きて帰れるわけがない。
恐らくそれはリンも理解しているだろう。だからこそ余計に正気の沙汰とは思えなかった。
だがリンの中の優先順位を考えると、恐らく1番上に来るのは、ゴン達4人の生存かつクラピカが人殺しをしないこと。
それを達成するためならば、もうこの状況では確かにそれしか手段がない。アタオカではあるが合理的でもある。
「ま、すぐに殺されはしねーだろうけど、拷問にかけられてる可能性はある。リンはうちに居た時期もあるし耐性はついてるだろうから、ある程度猶予はあるけど」
「だけどよー、やっぱ納得できねえよ」
「とち狂ってるのは否定しねーけどな」
ここまで考えたところで心の平穏を保つためにキルアはポケットに入れていた飴を取り出し、口の中に放り込んだ。ころころと甘さを味わいながらびしりとレオリオを指さす。
「ていうかクラピカはもう旅団に目を付けられてたし、クラピカが殺されないようにするには相手を殺すしかねーだろ?そうじゃなくても戦う気満々だったし」
「た、確かに…?」
よくわからないながらも洗脳されそうになるレオリオである。そんな2人のやり取りを聞きながら、ゴンはぽつりと言った。
「俺達が姉さんに2択を迫ったんだよ」
全員の視線がゴンに向けられた。それは全員が頭のどこかで気づいていながらも、目を背けていた事実だからだ。唯一冷静に場を見ることができる立場にいるセンリツは、それぞれの心音が奏でる悲痛な音に思わず目を伏せた。
仇への復讐と仲間との友情で揺らぐ音、自らの甘えを後悔する音、心を許した相手を信頼したい一方で不安が拭えない音、ただただ仲間の安全を心配する音…。様々な音が飛び交うテーブルで、ゴンは感情を堪えるように呟く。
「姉さん、ゼブロさんのところで俺が2択クイズの話をした時、「可能ならどっちも選びたい」って言ってた。きっとあの時から…ううん、クラピカと仲良くなった時点で姉さんはずっと悩んでたと思う」
リンは潜入試験官としてゴン達に近づいた時から、出会ったその時からクラピカが旅団を討とうとしているのを知っていた。
友人が友人を殺そうとしている現実を、リンはどのように感じていたのだろうか。そもそもリンはなぜ旅団の非道な行いを見過ごしていたのだろうか。
「姉さんはクラピカが旅団を倒すためにハンターになりたいってわかっていて、合格させたんだ。旅団だけが大事なら、そんなことはしない。両方大事だったんだよ」
リンが何を思っていたか、ゴンにはわからない。わからないからこそ、知りたかった。もう1度会って、辛い思いをさせてごめんと謝って、リンがどのように考えてきたのかを知りたかった。
沈黙が5人の中を流れる。それを破ったのは、冷静に口を開いたクラピカの言葉だった。
「最も良いのは、旅団の頭を誘拐して人質交換を要求する事だろう」
その言葉は、クラピカがリンを仲間として救出する方向へと舵を切ろうとしている事を意味していた。ゴンはぱっと明るい表情を見せ、そのまま希望を掴むかのように両手を握りしめる。
「策はあるんだ」
相手は12人のA級犯罪者が厳戒態勢の状態。一方でゴン達4人は、クラピカが旅団に適した念を持っているとはいえ、念を覚えて半年のルーキーだ。センリツの補助も期待できるが、戦力差はあまりにも大きい。
加えてリンを人質に取られており、状況は絶望的。そんな中で策があると言われ、3人の目が一斉にゴンに向けられる。そこまで期待されるとは思っておらず、ゴンが少し冷や汗を垂らした。
「策って何だよ」
「策っていうか…何があるかもわかんないんだけどさ」
「はぁ!?」
少し自信なさげに両手の指を合わせながら言うゴンに、キルアが苛立ちのあまり叫んだ。
状況が状況だけに仕方ないのだが、急に大声を出されてぴぇっと反射的に肩を震わせるゴンである。フォローの意味も込めてレオリオが続きを促すと、気を取り直して全員の顔を1人1人見据えた。
「姉さん、人質交換を申し出た時に、俺達に暗号を寄こしたんだ」
「暗号…ハンター同士の符丁か?」
3人に比べると同業の先人たちとも交流が深いクラピカがそう尋ねた。ゴンは首を振り、少し笑いながら説明を続ける。
「ちょっと違う。それも昔教えてもらったんだけど、俺難しくて上手く覚えられなくて。それで、簡単な俺達だけの符丁を姉さんと作ってたんだ」
それは、とある帰省時にリンがハンター世界のいろはを教えていた際の話だ。
初めに○○:○○と時刻を言った後に話す内容は、時刻に当てはまる文字を拾えという業界内の符丁。リンはそう教えたのだが、元々考えるのが苦手なのに加えてまだ幼いゴンには、それを使いこなす事ができなかった。
そんなわけで落ち込むゴンに、リンは2人だけの簡単な符丁を考えてゴンに教えた。その後、ゴンは暫くの間ミトや祖母の前で無意味に符丁を使ってリンと会話するのを楽しんでいたわけだが、ここではそれは関係ない。
初めに片方が『○○前』と言う、それが合図だ。数字は日数でも時間でも構わない。
次に文章を区切りながら話す。区切った言葉ごとに○○に入る数字の当てはまる文字を拾い、それらを繋ぎ合わせれば、伝えたい言葉が完成する。それがリンとゴンだけの秘密の符丁の概要だった。それらを踏まえ、更に本題に入る。
「あの時姉さんは『シンヨーク』って言ってた。だからこの辺で、そういう名前の場所があるんじゃないかな?そこに何か大事なものが隠されているんじゃないか…ってそう思ってさ」
「…もし本当なら、状況をひっくり返せるかもしれない」
何が隠されているのか、まさしくパンドラの箱だ。それはもしかしたら逆転の鍵でもあるかもしれないし、むしろ自分達を窮地に陥らせるものかもしれない。だが、わかっていても手を伸ばすしかない。
スマホで検索をかけていたレオリオが身を乗り出し、ゴンに言った。
「見つかったぜ。『シンヨーク』って文字が入る場所はこのヨークシンでただ1カ所、新・ヨーク病院だけだ」