「報告を始めろ」
リン達が旅団の拠点に戻ってから1時間後。緋の眼のコピー品の下へ捜索に向かっていた団員達も帰還した。
その表情を見れば結果が振るわないものだったのは明らかだが、集団である以上情報共有はしっかりと行わなければならない。クロロは組織のトップとして真面目に仕事をするタイプの人間だ。
命令に応じて、まずはリン達の動きをシャルナークが報告する。
「俺達の方ではウボォーを見つけることはできなかった。でもウボォーが丁度入れそうな位の穴を掘り返した跡があった。何らかの関連性がある可能性が高い」
「穴って何だよ」
「一度埋葬したような穴だよ。埋めたのかもわからなければ掘り返された目的もはっきりしないけど、それしか痕跡は見つけられなかった。こっちからは以上だね」
(見つけたの私だけどな)
フィンクスのツッコミにもシャルナークは冷静に返答する。団員達は顔を顰めたり首を傾げたりと様々なリアクションを見せるが、報告の場を乱さないようにと無意味な発言は避けているようだ。
それに倣って、リンも思うところはあるが口にするのは止めておく。空気を読むというやつだ。
「私達の方でも大した成果は得られませんでした。ノストラードファミリーが所有しているホテルの一室に緋の眼はありましたが、人は居らず逃げられた後でした」
「くそっ、結局全部空振りかよ…!」
緋の眼のレプリカとその持ち主の捜索に向かったチームも、代表してパクノダが答える。流石に苛立ったらしくノブナガが舌打ちをした。
場に殺気を交えた重苦しい空気が流れる。しかしクロロはそれを意に介さず、むしろチャンスだと言わんばかりに言葉を続けた。
「そうとも言えない。まだ活路はある」
「?」
「鎖野郎からの接触を待つんだ。獲物が来るのを、いつも通りの俺達らしく、な」
ここまでの行動は徒労に終わったが、これらはあくまで棚ぼた的チャンスであって本来期待していたルートは潰えていないというのがクロロの見解だ。あくまで知らないふりで他人面をしていたリンも、これには思わず旅団団長の顔を見た。
「リンを捕虜にした以上ガキ共…鎖野郎からの接触があるかと踏んでいたが、その気配がない」
「こいつが見捨てられたんじゃなくてか?」
「思ってても言わないでくれる?心にクるから」
フェイタンの指摘に耐え切れず口を挟むリン。絶縁覚悟で裏切りの演技をしたとはいえ、嫌われているとか見捨てられているという事実をはっきりさせるのは傷つくのだ。
フェイタンはそんなリンをちらりと一瞥すると、ざまあみろと言わんばかりに舌と中指を突き出した。漫画ならば『ンベッ』…とでも擬音語がついているだろう。
(このクソチビ…)
「掘り返された形跡…あれが俺達より先に到着した鎖野郎共によって行われたとしたら?」
もう全部どうでもいいからこいつの喧嘩買ってやろうかなと内心葛藤するリン。クロロはそれをちらりと横目で見つつも、無視して現状の可能性について話す。だがそれは推測にしては飛躍し過ぎたものであり、当然マチが口を挟んだ。
「ちょっとそれは極論過ぎない?」
「もちろんそうでない可能性もある。リンが見捨てられただけの可能性もな。その時はこいつを拷問して情報を吐かせればいい」
「…」
フェイタンだけではなくクロロにも追い打ちをかけられ、思わず閉口するリンである。埋められていたウボォーを掘り返したのが自分だというのは絶対に黙っていてやろうと心に誓った。
「だが、あれほど騒いでいたリンの弟が何もせずにそのまま逃げるとはどうにも考えづらい。何かしらのアクションを起こすと考えるのが自然だ」
「まぁ…あいつはやるだろーな。言い出したら聞かねータイプが引き下がったんだ。派手な作戦考えて出直してくるだろーぜ」
「ていうか、今更だけど鎖野郎はあの子達と仲間ってことでいいの?」
「十中八九そうだろうよ。リンが鎖野郎の事を口にした時も必死で止めてたしな」
「ふぅん」
顎鬚を捻じりながらぼやくノブナガに、シズクがぽやぽやと尋ねた。聞いたわりにはわかっても興味なさげにするシズクに、ノブナガが少し疲れたため息をつく。そもそも、腕相撲したことすらも忘れる程度の相手に興味を抱く道理がないのだ。
だが、そう言われると鎖野郎一味がなにもアクションを起こさないとは考えづらく、団員から反論は出てこなかった。
「荒野にウボォーを探しに行った際に奴らが行動を起こしてくる可能性も考えていたが、それは外れたからな。そろそろ…おっと」
ポケットが振動したらしく、話していたクロロが唐突に言葉を止めた。スマホを取り出して確認すると楽しそうにニヤリと笑う。
「噂をすればだ」
その言葉にリンが後ろからスマホの画面をのぞき込む。そこには『リン=フリークス』の文字があった。リンはクロロに電話をかけていないし、そもそもスマホを忘れてきた。ならばリンのスマホを所持しているのは、恐らくゴン達だろう。
絶対に切られないとわかっているかのように、クロロは余裕顔で3コール待った後、優雅に電話を取ってスマホを耳に当てた。
「鎖野郎か?」
クロロの問いかけに対して、スマホからは男か女かわかりづらい中性的な声が淡々と聴こえてくる。
『リンは生きているか?』
「質問してるのは俺なのだがな」
『そうだ。これでいいか。リンはどうした』
「捕虜らしくないふてぶてしさで後ろに陣取っているよ」
『会話をさせろ。こちらで確認する』
くつくつと呆れたように笑うと、クロロは振り返ってリンにスマホを投げ渡した。放物線を描いて手元に吸い込まれた真っ黒なスマホを受け取ると、リンは変わらずに『リン=フリークス』と表示され続ける画面を耳に当てる。
「…もしもし」
『携帯を心臓に当てろ』
(絶対零度の冷たさじゃん)
「大丈夫か?」でもなく「無事か?」でもなく第一声は謎の命令だ。裏切り宣言をしたとはいえ、その冷徹さに泣きそうになるリンである。
文句を言う気力もないので黙って心臓にスマホを当てる。会話内容が聞き取れない距離にいる団員達は、当然怪訝な眼でリンを見る。
胸に当てて数秒後、スマホから『大丈夫、操られてはいないみたい』『そうか、わかった』という声が小さく聴こえた。大方、音で状況を把握できる能力者がクラピカの協力者としているのだろう。
(私を散々馬鹿にしてたくせしてクラピカも大概友達居ないし、ノストラードファミリーで知り合った仲間かしら)
そのやりとりを聞いて、もう良いだろうとスマホを耳に当て直す。スマホからは再びクラピカの無感情な声が響いてきた。
『私の能力は暴露したのか?』
「話してもないし読み取らせてもいない」
『そうか…。お前は無事か?』
「…まあ、それなりに元気にしておりマス」
3往復目にしてようやくの安否確認である。当然だが、やっぱり悲しくなるのは仕方ないだろう。リンの返事を聞くと、クラピカは電話口で僅かに安堵したような息をついた。
(クロロはああ言ってたけど、正直連絡が来るとは思ってなかったわ)
最後に別れた時の状況を思えば、むしろクラピカがリンの安否を心配する方が違和感があるくらいだ。裏切りの宣言をしたうえにキルアとレオリオをぶん殴って出てきたのだから。というか、ついてこさせないためにアレをやったのだから。
『…聞きたい事は山ほどあるが、今はいい。旅団のリーダーに代わってくれ』
そして再び固い声音で淡々と指示をしてくる。特に逆らう理由もないので、「クロロ」と呼んでスマホを投げた。
「旅団のリーダーに代われってさ」
リンの表情から何を察したのか、クロロは面白そうに口元だけで小さく笑った。再び放物線を描いたスマホを片手で受け取り、足を組んで座り直す。
「ご紹介に与った、幻影旅団のリーダーだ」
『御託はいい。本題に入る。…お前たちの仲間を人質に取っている』
「ほぉ。やはりか」
『5時間後の深夜2時、ハンロ跡地の中央部で待つ。記憶を読み取らせる能力者1人にリンを連れさせてそこまで来い。リンの記憶を読み取らせたら人質を殺す。害を為しても殺す。全員で来ても殺す。以上だ』
言いたい事を言うと、クラピカは電話をぶつりと切った。ツー、ツーと切断されたことを教える音が聴こえ、クロロは黙って後頭部を掻きながらスマホをコートへと仕舞い込む。そしてぐるりと団員達を見回した。
「ウボォーが生きている。鎖野郎の人質になっているようだ」
「マジかよ…!」
その言葉に、誰もが態度には出さないまでも歓喜した。
蜘蛛の足に徹すると誓ったとはいえ、大切な仲間であり昔馴染みだ。各々が、自身の命は何とも思っておらず常に死を隣に置いて生きているものの、仲間の死はまた別。可能なら避けたいものであり、仲間には生きていてほしいと願っている。
「団長…もちろん助けるんだよな?」
ノブナガが懇願するようにクロロの顔を見た。そう命令してくれれば、自分達はどうとでも動く。クロロの手足となり、言われた通りの動きを喜んでする。ただ命令してくれればいいだけだ。
だが、クロロの言葉はノブナガの望みとは正反対のものだった。
「パクノダ1人にリンを連れてハンロ跡地に来させるよう指示してきた。能力の漏洩を危惧するためだろう。パクだけで行かせたら、殺されるか能力を封じられる可能性が高いな」
「なら…」
「全員で行く」
「…っ!おい!ウボォーは見殺しにするってのかよ!」
わかってはいるものの、耐え切れずにノブナガが立ち上がり叫んだ。
今にも暴れ出しかねないノブナガに、抑えつけなければいけないのではないかと団員達も立ち上がりかける。だがクロロは、落ち着き払いその態度を崩さない。
「最後まで聞けノブナガ。こいつの弟達の言動で薄々察してはいたが、鎖野郎の提案ではっきりした。あいつらはウボォーを殺せない」
(…ウボォーさんを殺せないのは、そうね)
後方で彼らの様子を見ていたリンは、心の中でのみ同意した。
ゴンやレオリオには殺しはできないだろう。クラピカは精神的に摩耗している上に、恐らく仲間の前では手を汚せない。キルアなら可能かもしれないが、クラピカ同様に仲間の前で殺しをするのは厭うようになっていると思われる。
何より、わざわざ旅団の前でウボォーを殺すメリットが彼らにはない。
「…理由は?」
「リンが大切だからだ。あいつらは仲間意識が極端に強い」
(…え?)
そう考えていたリンだったが、予想外なクロロの言葉に思わずぴくりと反応してしまった。幸いにもそれを目に留めた人間は居なかったが、リンの反応は紛れもない動揺そのものだ。
リンのこれまでの行動は、全て自分の中で考え、自分で行動を完結させるものだった。
それはリン自身に守られる意識が薄いところに起因する。特質系特有の個人主義的思考と読み取ることもできるだろう。
「単独行動を好む傾向からして鎖野郎だけは別かとも思っていたが、むしろ逆だ。奴の単独行動理由は恐らく、仲間を危険に曝したくないから」
「…」
幼少期から常に生死の境目を縫うような生活をしてきたリンは、庇護される経験が圧倒的に少ない。ゾルディック家で生活していた経験も大いに影響しているだろう。
そのため、自分の身は自分で守るものという意識が根本に染みついている。加えてルカスのトラウマから、仲間の身も自分が守るものと考えている節があった。
メンチやノワールとは背中を預け合える関係だが、それは信頼関係以上にメンチ達が自分で身を守れるだけの強さがあるからこそ成り立っている。流星街での仕事も含めて今まで連携をしてきた仲間は、偶然にもリンと対等もしくはそれ以上に強かった。
「ならばこちらが提案を反故にしたところで、奴らはウボォーを殺せない。そうなればこちらが容赦なくリンを殺すことがはっきりしているからだ」
「なるほどな」
だがゴン達は、リンにとってはか弱いルーキーだ。当然幻影旅団に対抗できる力を持てるわけもなく、どんなに良くて奇跡が起ころうとも相打ち、悪くて足蹴に殺されるのは簡単に想像がつく。
そんなゴン達を守るためにリンが動いたのは、リンの優先順位と思想からすれば自然な流れだ。だからこそ、予想外な展開にリンは動揺を隠せない。
(ゴンが駄々をこねるのは予想していたけど、1度引かせればキルア達が何とでも宥めると思ってた…。あんだけ必死に演技して出てきたのに…)
ウボォーの情報をゴンに渡したのは、ゴンを宥めてその場から立ち退かせるため。そしてあわよくばクラピカと旅団との停戦協定を結ばせるためだ。少なくとも人質交換なんて蜘蛛相手に通用するかわからない手段を使わせるためではない。思わず頭が痛くなる。
「ハンロまではどれくらいかかる?」
「えーと…ここから車で1時間くらいです」
「よし、3時間ほど仮眠しておけ。俺も一旦寝る」
地図を開いて確認したシズクの言葉に、クロロは即座に判断して全体指示を出した。
「うーっす」と緩い返事が返ってくる中、埃を軽く払いながらクロロは立ち上がりリンの方に眼を向ける。自分の世界に入り込んでいた思考を中断して、リンもクロロに顔を向けた。
「いくぞ」
「は?」
ちょいちょいと手招きされるので、仕方なしに瓦礫から飛び降りてクロロの下まで行く。しかし今の流れで呼ばれる理由がまったくもって分からず、捕虜らしくないふてぶてしい顔を堂々と旅団のリーダーへと向けた。
「全員休む間、見張りが要るだろう」
「マチの糸で猿回し状態なんだけど」
今だって十分見張られているのになぜ団長から直に見張られなければいけないんだと、不満を全開にして睨む。クロロはそれを横目で見ると淡々と言った。
「お前、その気になれば糸を切れるだろ。俺が直々に見張る」
「はぁ…?」
その言葉に、リンは思わずドン引きした。
これでも華の18歳である自覚がある。そんな自分に、目の前の男は『2人っきりで見張るから俺の隣に居ろ、俺は寝る』と言っているのだ。
エジプーシャでも隣で休んでいたことはあったが、これはそれとは訳が違う。年齢的にも状況的にも、なんというかいかがわしい。
「そんなこと言って…ティーンエイジャーと共寝しようだなんて!こんの変態!スケベ!おっさん!エロおやj…ぎぇ!」
ここぞとばかりに騒ぐリンの頭に、クロロの拳が振り落とされた。痛みに思わず頭を抱えるリンの首根っこを掴み、ずりずりと引き摺り歩いていく。
団員達は黙ってその様子を見送ったが、その姿が見えなくなるとそれぞれが声にならない笑いをかみ殺した。
「団長があんな苛ついた顔で人どつくの、初めて見たな」
「遠慮の要らねー仲ってやつか」
ボノレノフがぼそりと呟き、フランクリンが楽し気に肩を震わせ静かに笑う。ある者は幼少期の感情を明け透けに見せていたクロロを思い出し、ある者は初めて見るその姿に目を丸くした。
「むしろ兄妹みたいな?感じですかね」
シズクがこてんと首を傾げたが、この場に兄弟を持つ人間は居ない。当然誰も答えることはできず、各々仮眠を取りに自室へと戻るのであった。
◇◇◇
「姉さんがリーダーらしき人をクロロって呼んでたから、もしかしてって思ったけど…本当に旅団のホームコードだったね」
「けど、問題はここからだ。この誘いに乗ってくれるかどうか…」
クラピカが電話を切り、リンのスマホをゴンに預ける。鮮やかなオレンジ色のケースに包まれたそれは、ゴンのリュックへと大切に仕舞われた。
キルアの心配そうな声にかぶせるように、クラピカは努めて冷静を装った。それは不安そうなゴン達を安心させるためであり、自分自身を安心させるためでもある。
「仲間を人質に取ったのだ。一定の交渉には応じるだろう」
「それが前提としておかしーんだよ。こうして俺達が交渉を持ちかけてる時点で、俺達はリンが大事だって言ってるようなもんじゃん。相手が冷徹なら、それを逆手にとって交渉を有利に進めるぜ。俺なら全員で行く」
「それ、は」
キルアの正論ど真ん中な指摘に、クラピカは表情を歪めた。心のどこかでは気づいていたのだろう。
「そうじゃなくても血も涙もない連中なら、ハナから誘いには応じねー。もしも来るとしたら、それはあいつらが俺達と同じくらいに仲間を大事にしてるってことだよな」
「…」
いつもなら即座に言い返す口からは何の言葉も出て来ることなく、ただ黙って目を伏せるのみだ。
復讐者が仲間思いだなんて、考えたこともなかった。利害関係で動いているだけの血も涙もない集団だったならばどれほどよかっただろうか。絵にかいたような極悪非道の集団だったならば、どれほどよかっただろうか。
「俺、クラピカの気持ちを完全には理解できないけど、凄く辛かっただろうなっていうのはわかるよ。復讐したくなるくらいに辛かったんだって。…でも、復讐するのも辛いんだね」
ゴンの言葉にクラピカは今度こそ黙り込んだ。真正面からぶつけられる言葉だからこそ効くものがある。忖度のないゴンが言うからこそ、心に感じるものがある。
「やっぱりクラピカに復讐なんてしてほしくないや。これ以上辛い思いをしないでほしい。姉さんを助けたらもう旅団には関わらずに仲間の眼を集めるのに専念してほしい」
「…今は、リンを救うのが先決だろう」
それが決断を先送りにするための言い訳も兼ねているとその場の全員が分かっていた。だが、それを指摘するような野暮な真似をする人間は誰も居なかった。
旅団に兄弟がいる人間は居ないと描写しましたが、個人的にはヒソカのお兄ちゃんオリ主の話が大好きです。
リンにジールと絡んでほしいと密かに思う今日この頃…。