リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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リンの九月五日【3】

「お前、私たち嵌めたか!!」

 

 クロロが車内でゴンを見つめている頃、リンは地面にうつ伏せで押し倒されていた。その実行犯はフェイタン。

 ただでさえリンに対してヘイトが溜まっていたところに、団長が誘拐された。しかもウボォーも連れ去られ、残されたのは憤りと怒りのみ。素知らぬ顔をしているリンにそれらの感情が向けられるのは、至極自然な流れだった。

 

「連中、ハナから目的は団長だったんだね……」

「いえ、それにしては半端な行動が多かった。交渉決裂した際のプランBって所じゃないかしら」

「いででで……」

 

 マチとパクノダがそんな会話をしている間にもフェイタンは後ろ手にリンの腕を組ませ、ギシギシと無理な負荷をかける。

 だがそれを咎める人間はここには居ない。その程度は幻影旅団においては拷問にすらならないからだ。

 

「嵌めたって人聞き悪いわね……ぐっ……!」

「無駄口叩く必要ない。いたい何が目的よ」

 

 お門違いな文句を受け入れて堪るかと文句を言うリン。しかしそれが聞き入れられるわけもなく、爪を剥ぐ過程も飛ばしてフェイタンがリンの腕を折った。

 バキリと耳障りな音が響き、正常な人体では不可能な方向へと右腕が曲がる。

 

「おいフェイタン。その辺にしておけ」

「これだけじゃ生ぬるいね。四肢全損くらいやておかないと気が済まない」

「ぃでっ!!」

 

 フランクリンがやんわりと止めるもフェイタンは聞く耳を持たず、すぐさまもう片方の骨を折った。

 ぶらりと両腕を使い物にならなくされ、顔を地面に押し付けられながらも眼で睨みつけるリン。頬と顎に土を付けながらで格好はつかないが、文句を言う口だけは一切減る様子を見せない。

 

「加減してよ。痛くないってわけじゃないんだから」

 

 ゾルディック家で拷問訓練を受けた甲斐あって、多少の骨折程度ならオーラを纏っていなくても耐えられる。痛いから「痛い」と言っているだけであって、無言でいろと言われればそれができるくらいには。

 だが、耐えられるというだけで痛くないわけではない。この状況で悪態を吐かないだけ、自分は人間性があると言えるのではないかと自負するリンである。

 

「やめとけフェイ。今は団長を助けるのが先だ」

 

 好戦的な態度を依然変えないリン。しかしそれにピキついてたフェイタンが足の骨を折ろうとするのを、今度はノブナガが制した。口だけにとどめていたフランクリンと違って身体を押しのけられ、フェイタンのヘイトは若干ノブナガへも向く。

 

「……解せねえなァ」

 

 だがノブナガはフェイタンを意に介さず、ただそう言った。そしてリンの正面にしゃがみこみ、顎鬚を捻じりながらじっと観察する。まるで尋問でもするかのような口調だ。

 

「リンお前、何で抵抗しない?ここは外だし、一番厄介な団長も居なくなった。お前なら本気になれば逃げおおせるくらいはできるだろ。そうすりゃ鎖野郎が圧倒的に有利だ」

「ノブナガお前誰の味方なんだよ!」

 

 キレ気味なフィンクスのツッコミが入るのも無理はない。だが、それは事実でもあった。

 リンは終始一切の抵抗を見せない。捕虜になってから、骨を折られてもずっと。

 

 もしかしたらこのまま殺しても文句を言わずに死ぬのではないかとすら思わせる。いつも連れている念獣を出す気配もなければ念を使う気配もなく、それは最も手強いクロロが居なくなった今も変わらない。ノブナガが疑問に思うのも当然だろう。

 リンもわざわざ本心を言うつもりはなかった。しかしノブナガの真剣な表情を見て好戦的な態度を少しばかり和らげると、その眼を見ながらはっきりと返す。

 

「私は別に『鎖野郎』の仲間じゃないからね」

「はあ?現にあいつらは……」

「私は私よ。ノブナガが一番理解してくれてると思ってたけど」

 

 そうは言われたものの、ノブナガにはまったく理解できない。ゴンやキルアの前でのリンの言動を含めても、リンに命を投げ出せるくらいに守りたい存在が居ると辛うじてわかるだけだ。

 

 それはノブナガが旅団を結成した10年以上前から、ずっとクロロの刀として生きてきたことに起因する。

 優先すべきは個人ではなく蜘蛛。それを忠実に守ってきたノブナガはもちろん、旅団員にとって、仲間を大切にする割に変に個人主義なリンの言葉は理解不能だった。

 

(ま……わかったら蜘蛛やってないか)

 

 そしてリンとしても『鎖野郎』の仲間であるつもりはない。リンはクラピカの仲間だ。

 だが、クラピカの報復などに力を貸すつもりもなければ、むしろ邪魔するつもりですらいる。あくまでその意図はクラピカのためとはいえ、その時点でクラピカの完全な味方とは言いにくいだろう。ノブナガに言った言葉はそういう意味であった。

 

「はぁ……しかし足取りを失っちゃ、鎖野郎からの連絡待ちだね」

「団長のスマホに連絡すれば、今でも出てくれたりしないかな」

 

 ウボォーがクラピカに連れ去られた時のように団長に針をさせたらよかったが、マチも完全に意識を取られてしまっていた。

 ガシガシと頭を掻くマチにシズクがそう言って指を口元に添える。そんな会話を聞いてフィンクスが苛立ったように貧乏揺すりをしてみせた。

 

「あいつらの言いなりになってちゃ埒が明かねーよ。もう強行突破しねーか?そうすりゃ解決だ」

「復讐野郎の念だぞ。下手かましたらウボォー諸共団長が死んじまう。確かあの鎖が初めにウボォーを拘束した時、あいつ『絶』にされてたろ」

「シャル、こいつを操作して上手いこと団長を助けられないか?」

 

 完全に意見が割れるフィンクスとノブナガ。それを無視してボノレノフがリンを指さし、シャルナークに提案する。

 確かにリンを操作して送り込み、その場で暴れさせればクロロが脱出するだけの隙は十二分に生まれるだろう。ウボォーを連れて帰還することも可能かもしれない。

 そう思い安堵しかける団員たち。だが、蜘蛛の参謀でもあるシャルナークは首を横に振った。

 

「やめておいた方がいいかな。団長命令で能力使わないことになってるし。それに占いに出てた『機械整備は勧めない』って今の状況を指してるんじゃないかな」

「たかが占いだぞ?」

「念能力だよ。100%当たる占いの」

 

 ウボォーすらも倒した恨みの念が団長を拘束している。この状況下で更に悪手を打つのは避けたい。司令塔が居なくなった今、団員の統率力は著しく低下していた。

 

「……ふふっ……くは……っ」

 

 いかに状況を有利に持ち込むか、いかにクロロを取り戻すかと考えあぐねる団員達に、思わずリンは笑いが込み上げてしまう。

 芋虫のように地面に横たわりながらも身体をくの字に折って声を出さないように笑うリンに、全員の視線が向けられる。

 

「何が可笑しいんだよテメー」

 

 馬鹿にされているのかと思ったフィンクスが、額に青筋を立てながらヤンキー座りでリンに凄んだ。それに臆するでもなく、リンは軽く深呼吸して笑いの波が落ち着くのを待つ。

 

「いや……ふふっ、やっぱクロロって愛されてるよなぁって」

「あ?」

「だって今の会話、極悪非道の盗賊になんて到底見えないわよ。仲間思いの素敵な友達グループって感じ。もう賞金首の看板降ろしちゃえば?」

 

 煽りめいた口調、しかしそれは団員達の図星をついていた。真実をはっきりと口にされて言い返すことができず、唯一フェイタンだけが口の代わりに手で報復しようとする。

 

「お前……やぱり脚も折とくか」

「素直な気持ちよ。ところで、その仲良しグループからあからさまにハブられてるピエロの姿が見えないけど、別行動させてんの?」

 

 足を折り曲げにかかったフェイタンを無視して、リンは話を逸らした。逸らしたというより、事実そのままを口にした。

 その結果、団員達はようやくヒソカの不在に気が付いたのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 バックミラーに映り込んだ死神のようなピエロの姿。それはゴン達が自分の存在に気づいたと理解すると嬉しそうに口元を曲げ、大きく跳び上がった。

 次の瞬間、車の天井に何かが落ちたような音がした。驚くクラピカ達に、ヒソカは窓越しに顔を見せる。逆さまに現れた顔はにんまりと口角が上がっていた。

 

「お仕事御苦労様クラピカ♣」

「ヒソカ、どうしてここに……!」

「持つべきものは友達……デショ?イルミにクロロの動向を探るよう頼んでたんだよね♣」

 

 スピード違反上等の車に走って追いついたという人外染みた相手への恐怖がゴン達を包む。そして初めて間近で聞く気狂いピエロの心音に、センリツは無言ながらも恐れ慄いた。

 しかしそんなことは気にも留めずに、ヒソカは獲物に視線を移して『ニィ……』と嗤う。この場で唯一、クロロだけが表情を変えることなくそこに座っていた。

 

「彼は僕の獲物だ♠こっちに渡してくれると嬉しいんだけどなァ♥」

 

 ここで言う獲物とは、もちろんクロロのこと。彼らを引き合わせるのは、確かにヒソカとクラピカの間で交わされた契約だった。

 

(だが、渡せば自分達はどうなる?リンはどうなる?)

 

 もしヒソカが破れてしまえば、クロロは鎖を打ち込めずに逃亡してしまう。そして彼らが勝っても負けても、自分達は旅団のリーダーという重要なカードを失うことになる。

 記憶を読み取る能力者の力を封じることもできなければリンを奪還することもできなかったこの状況で、クロロは唯一使える大切な切り札だ。能力で仮死状態になっているウボォーよりも、言葉を話せる旅団の頭ならばまだ交渉の余地があるかもしれない。

 

「断る!我々にとっては重要な交渉材料だ」

「困ったなあ……♦じゃあ、力尽くで奪うしかない……よね♠」

 

 意を決して叫んだクラピカに、ヒソカはさして残念そうでもなくそう言った。

 数年狙い続けた極上の獲物が目の前にある以上、最早クラピカ達を倒す程度は食前酒に過ぎないのだ。いくら大切にしたい青い果実とはいえ、長年待ち望んだ熟れた果実の方を優先するのは道理だろう。

 戦闘になるか。クロロを除く全員が覚悟を決めて構えかけた時、異変は起こった。

 

 それは車内からでは死角となり確認できないものだった。突然頭上からヒソカの頭部目掛けて針が投げられたのだ。

 従って、ゴン達にはヒソカが唐突に車から飛び退いたように見えた。間一髪で回避された針は車が通り過ぎた直後のアスファルトに深く突き刺さる。

 

「うおぉ!今度は何だ!」

 

 一拍置いて、目の前を歩く人影に驚きレオリオが急ブレーキを踏んだ。車は大きくカーブを切ったものの、横転することなくぴたりと横向きに止まる。

 何が起こったのかとゴンが扉を開ける。息を合わせるように、キルアが車内から飛び出した。ヒソカに不測の事態が起きたのは味方が何処かから現れたからか、いやそんなうまい話はないと自問自答しながら。

 

 そこに居たのは長髪の男だった。歩きにくそうな靴を履いている割には足音一つさせず、静かにゴン達に近づく。両手に針を幾本も持つその男は、仕方ないと言いたげに独り言を呟いた。

 

「大っぴらに姿見せないとヒソカ、車から離れてくれなさそうだったしね。俺一応暗殺者なんだけどな」

「あれ、イルミじゃないか♥」

 

 それはイルミ=ゾルディックだった。

 かつてキルアに酷い事を言った挙句自宅に連れ帰った暗殺一家の長兄が現れたのは吉か凶か。イルミに対し未だにヘイトを向けているゴンは次に何が起こるかと身構え、弟であるキルアは横っ面を急に殴られたような表情になった。

 

「や、キル」

「イル兄……なんでこんなとこに……」

 

 ヒソカを完全に無視してひらひらと手を振るイルミ。だがいつものことらしく、ヒソカは気分を害した様子もない。しかし邪魔だてをされ、殺意をその眼に宿す。

 

「君から戦闘(デート)のお誘いなんて、珍しい事もあるものだ♥でも僕……今忙しいんだけど☠」

 

 そもそも、ヒソカがここまで車を追いかけてこられたのはイルミのおかげだ。予め依頼して、リンが捕虜になったあたりからクロロの動向を探らせていた。全てがイレギュラーとなった今、何があってもターゲットを見失わないように……と。

 対してイルミは心外だとでも言うように顔を歪めた。両手を構えていつでも針を刺せる体勢になり、ヒソカと同様かそれ以上の殺気を漲らせる。

 

「俺だって好きでやらないよこんな面倒なこと。でも一応、昔馴染みからの依頼だからさ」

 

「金も言い値で払ってくれるらしいし」と付け加え、ぺろりと舌を出す。

 それで全てを察したキルアは、ゴンを車に押し込めて自分も車に乗り込み、レオリオに向けて叫んだ。

 

「レオリオ車出せ!兄貴がヒソカを足止めしている隙に!!」

 

 

 

 

―数時間前、クロロの自室―

 

『クロロ?』

『イルミか?ヒソカの事で少し頼まれてほしいんだが』

『あー、どうしよ。ヒソカって一応うちのお得意さんなんだよね。付き合いもクロロより長いし』

『クロロ、ちょっと代わって……やっほー、私からの依頼ならどうよイルミ』

『あれ、リン?クロロと一緒に居るの?』

『色々あって今捕虜なの。……まあそれはどうでもいいんだけど。古参を大事にするってんなら、私が最優先されるんじゃない?』

『……ま、確かにリンが付き合いは一番長いね。でも有料だよ』

『あんたのぼったくり商売なんて今更よ。言い値で払うから絶対引き受けて』

『ん。まいどあり』

 

 

 

 

 車が猛スピードでその場から離れる中、イルミは指通りの良い長い髪をかき上げてぼやいた。

 

「まったく……どいつもこいつも本当、人使いが荒いよ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 先ほどよりも更にアクセルを深く踏み込むレオリオ。一歩間違えれば大破させるようなスピードで車を走らせている。壊れそうな程にエンジンが悲鳴をあげるが、その甲斐あってヒソカたちとの距離はぐんぐんと離れていた。

 

「キルア、あれどういうこと!?イルミが味方してくれるなんて……」

 

 数分経ち、車がハンロを抜けて交通が機能している高速道路に入った頃。ゴンは大きなため息とともに、首を伸ばして膝に乗っているキルアに言った。まだ心臓はバクバクと鳴り響いており、次の瞬間にはヒソカが迫ってきているのではという想像を捨てきれない。

 一方でキルアは、油断せずに後ろの窓から目を離さない。しかしゴンの言葉も聴こえているので、一言「味方じゃねーよ」とだけ返した。更に車を走らせてそれでもヒソカが追ってこないのを確認すると、ようやく少しばかり肩の力を抜く。

 

「兄貴は誰かの依頼でヒソカを攻撃したみたいだし、それなら確実に足止めしてくれる。ならこの隙に逃げるしかねーって思っただけだ」

「じゃあ一体誰がそんな依頼を……?」

 

 首を傾げるゴンの言葉を聞きながらも同じく窓の外を警戒していたクラピカは、クロロを横目で睨みつけた。その眼には相変わらず憎しみの色が浮かんでいるが、ごく僅かに驚愕の色も混じっている。

 

「ヒソカは明らかに貴様を狙っていた。……この展開を読んでいたのか」

 

 ここまで来ればもう大丈夫だろうとヨークシン市内のネオンに照らされたコンビニの一角でレオリオが車を停める。

 エンジンも切り静まり返った車内で、誰もがクロロに視線を投げていた。クラピカの言葉からして、クロロがイルミの依頼人なのだろうと思い込んでいる。

 

「リンからの依頼だ」

 

 そんな面々に、クロロは事も無げにそう言った。実際はクロロ自身の意思も含まれているが、そう言うよりもリンの名前を出した方が驚くだろうと考えたから。そしてそれが交渉を有利に繋げると予測していたからだ。

 

「金を積んだとはいえ、相当な付き合いの長さなんだな。俺よりもヒソカよりも、あいつはリンの依頼を最優先した。それもあんな面倒な内容で」

「姉さんから……依頼って?」

「俺を誘拐したら、ヒソカが恐らく追ってくる。それを足止めしてくれとな」

 

 同時に、依頼をした時のことを思い出して少し笑いを堪える。

 あれだけカモだ金ヅルだとリンの事をボロカスに言っていたわりに、あの暗殺者の友人は幼馴染であるリンに一定の信頼を寄せているらしい。それが古くからの太客であるという信頼であろうとも。それが何だかちぐはぐで、おかしかった。

 

「は……?」

「お前それって……」

 

 その傍ら、キルアが驚きの余り少し調子の外れた声を上げた。それを受け継ぐ形でレオリオが続きを促す。誰もがクロロの言葉の違和感の理由に気づいていたが、反面はっきりと言葉にしてもらわないと理解できなかった。

 

「予想通りだろう。リンは、お前たちが俺を誘拐すると読んでいた……いや、そう誘導したという方が正しいか」

「なら、あの時リンが鎖を避けたのはやはり……!」

「リンの誘導だ。プランAでパクノダに鎖を打ち込みウボォーとリンの人質交換。Bはリンを奪還して逃亡。そしてそれらを失敗させればプランCで恐らくリーダーの俺を狙うとな」

 

 リンを奪還して離脱しようとした時に鎖を避けられたように見えたのは、間違いではなかった。

 だが、それがわかっても気持ちが楽になることはない。むしろはっきりと自分たちの作戦を事前に予測されていたことに身震いすらした。

 

「そしてその読みは成功した。……俺達は獲物か、もしくは役者に過ぎない。これはあいつの描いた狩り(シナリオ)なんだよ」

 

 クロロはそう言うと自嘲的に笑った。

 これまで蜘蛛というシンボルを作りあちこちに犯罪のネットワークを巣のように張り巡らせ、数十年単位で先読みをしてきた。戦闘においてもクロロの最も得意とするスタイルは、必要な能力(ピース)を集めて確実に勝てる状況を作り、敵をそこに落とし込むものだ。

 

(あれが狩人(ハンター)……か)

 

 そんな幻影旅団の頭をも、リンは一介の役者(獲物)として使う。その豪胆さと先を読む力、そしてある種の狂気は、クロロすらも凌駕するものだった。

 

「違うよ」

 

 誰も口を開かない車内には、外部の車のエンジン音が場違いなほどに響き渡る。

 楽し気に店内から出てきたカップルの方に眼を向けながらもそれを認識しているのかいないのか、どこか遠くを見ているような、しかし力強い口調で、ゴンはそう断言した。

 

「姉さんが求めたものは、こんな結果じゃなかった」

「そうだな。だがあいつはまだ諦めていない」

「リンの望みは双方の生存……違うか?」

「それだけでも図々しいが、あいつは更に望んでいる。そこにいる、クラピカさんが傷つかないようにとな」

 

 キルアが言うと、クロロは動かない身体を軽く傾け、顎だけでクラピカをしゃくって見せた。1拍間を置き、なぜクラピカの名前をこの男が知っているのだと動揺が広がる。

 

「!?なぜ私の名を知っている!まさかリンが……!」

「あいつは細心の注意を払っていたよ。俺が一枚上手だっただけだ」

 

 クロロがクラピカの情報を握っていると理解したクラピカが、即座にクロロの首に手を回した。

 ギリギリと気道が狭められ、クロロの呼吸が堰き止められる。息を止めているのか状況の割には涼しい顔をしているクロロだが、数分後には確実に息の根が止まるだろう。

 

「クラピカ!」

「知られてしまった以上、殺すしかない!他の団員には伝えたのか!」

 

 運転席から焦ったレオリオがクラピカを咎めた。ゴンとキルアが2人がかりで引き離し、何とか殺意の込められた手はクロロの喉元から離れる。

 クロロは咳き込むことなく、しかし流石に多少は影響があったらしく1度だけ咳払いをすると、クラピカを見て馬鹿にするように嗤った。

 

「いや?……それにお前は俺を殺せないはずだ」

「何を……!」

「団長である俺を殺しても、蜘蛛は止まらない。誰かが後を継ぐだけだ。だが人質が居なくなれば、あいつらは確実にリンを殺す」

「……!」

「そもそも今までリンが人質として無傷で置かれていたのは、俺がウボォーを奪還するためにリンを殺すなと指示していたからだ。お前達と俺達は初めから対等ではない。……わかるよな?」

 

 それは話の流れでクロロが放ったハッタリだった。

 仮にもリンは昔から旅団とも交流のある人間だ。リン自身が何かをしたわけではない以上、情報を吐かせるための拷問はしても、遠くない未来で団員達はリンを解放するだろう。少なくともクロロはそう考えている。

 蜘蛛は獲物を狩るのに人質という手段は使わないし、特にフランクリンやノブナガはリンに親しみを感じている。団員と対等以上に渡り合える強さもある以上、多少揉めはしてもリンならばそこで死ぬことはない。

 だが、クロロは敢えてここで嘘をついた。それは一見クラピカに向けて。実際は、助手席で恐怖に震えているセンリツにも向けて。

 

「……」

 

 センリツはクロロがついた嘘について、初めて何も指摘をしなかった。その理由は2つある。

 1つは心音から読み取ったクロロの本心が酷く恐ろしいものであったから。

 拉致されてからヒソカが現れて今に至るまで、心音に一切の乱れがない。クラピカに首を絞められても、だ。それがセンリツにとって、違和感の決定打となった。

 常に死を受け入れているその音は今まで聴いたどの音とも異なっており、センリツには恐怖の対象でしかない。ガタガタと思わず身体が震えてしまう。

 

 そしてもう1つは、これを指摘してしまえばクラピカがどう判断するか予想がつかなかったから。

 クラピカは今、人質としての価値がクロロにあり、仲間の前という状況だからこそクロロへの攻撃を耐えている。

 ここにクロロが嘘をついたとなれば、クラピカは激情に身を任せて本当にクロロを殺しかねない。クラピカもまた、それだけ不安定な心音をセンリツに聴かせていた。

 クロロはクラピカを挑発した上で敢えて緊迫した状況を作り出し、センリツの選択肢を削いだのだ。自らの命を危険に晒してまで。

 

「わからないよ!」

 

 ピンと張り詰めた車内にゴンの怒鳴り声が響き渡った。

 怒りを滲ませているような、それでいてどこか悲し気な顔をして拳を握りしめている。泣きこそしないが、その瞳にはクロロへの侮蔑と同情の色があった。

 

「お前らだって仲間を、友達を大切にしてるんだろ?それなのに何で仲間に人を殺させられるの!?何で姉さんを殺せるの!?」

「……本当にリンと同じことを言うんだな」

 

 ゴンの言葉にクロロが僅かに驚いた表情を見せる。いつしか流星街でリンから言われた言葉。そしてリンの記憶から読み取ったクラピカやゴン達への想いが蘇る。

 姉弟だから似ているのか、それとも彼らの思想が一般的なのか。いずれにしても人間とは面白いものだと内心クロロは思った。

 

「……記憶を読み取る能力は今、俺が持っている。お前たちができる事は、速やかに俺にルールを強いる鎖を刺してリンと俺、ウボォーを交換してくれるよう懇願することだけだ。それでもあいつらが応じるとは限らないがな」

 

 人質でありながら脅迫染みた発言を平然とする。そして、クラピカたちが助けようとしていたリンと自分が共犯だと、あっさり言い放った。

 宿敵にこのような屈辱を与えられて、クラピカが黙っていられるはずもない。しかしクロロの言ったとおりにするのが最善手なのも疑いようのない事実で。

 

「……くそっ!!」

 

 結果、クラピカの拳はクロロの顔面を強かに打ち付けた。車内が揺れ、暴力的な音が車内に響く。同時に血の臭いも僅かに漂った。

 レオリオが大声で止めるも、今度こそクラピカは止めない。ワックスで撫でつけた髪も落ち顔を腫らしながらも、クロロは平然としている。

 

「……リンって、何なんだ?」

 

 少し落ち着いたクラピカが息を切らしながらもクロロから離れた時、キルアがぽつりと漏らした。そこにある恐怖の矛先は、宿敵を力任せに殴りつけるクラピカでも、それを見て平然と微笑んでいるクロロでもなく、リンだ。

 

「お前の言った通りにして一番得をするのは、リンだ。蜘蛛も俺達も全員生き残って、クラピカは人を殺さない。……何で俺達と交換で人質になったとこから、そんな構想が描けるんだよ」

「ハンターだよ」

 

 キルアの言葉に、クロロは迷うことなくそう返した。全員がライセンスを所持しているプロハンターの空間で、資格ばかりのプロハンターである盗賊の頭はそう言って目を閉じる。

 

「俺が知る限り、あいつは最もハンターを体現した存在だ。常に自分が求めるものを得るための最善手を探している。手に入れるためなら他のものは全て投げ出すイカレ野郎だ」

 

 これが自分達の追い求めたハンターという存在なのか?ライセンスを手にしたばかりのルーキーにはわからない。

 唯一センリツはハンターの『らしさ』を理解していたが、それでもリンの『らしさ』はあまりにも常軌を逸していて、やはりうすら寒いものを感じた。

 

 まるでハンターになるために生まれてきたような、『そう』なるために生きてきたような思考回路。それは明らかに同業者の間でも頭一つ抜きんでた執着心だろう。

 そんな一同の思考を知ってか知らずか、思い出したようにクロロは言った。

 

「ああ……それと、リンのスマホで俺とクラピカの写真を撮っておいてくれないか?」

「は?なんで」

「理由は言えない」

 

 唐突に場違いな事を言われ、再び車内には微妙な空気が流れたのであった。

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