「で……教えてよ。本来はどんな結末だったのか」
クロロがパクノダの能力を使ってリンの記憶を読み取った後の話だ。リンは仮眠を取る体勢だった身体を起こして、ベッドの上に偉そうな胡坐をかいていた。
落ち着きを取り戻したクロロはリンを無視し、思い出したように再び
「……何それ」
「
白い骨を模したような念魚が具現化されたのを見て、思わず疑問をそのまま口にするリン。
対してクロロの返答はシンプルな脅迫だ。別段動く気もなかったが改めて脅され、少し不愉快な気分になる。
「ちゃんと見張りするじゃん」
「ここからの会話次第では本気で逃げられかねないからな」
先を読まずに不測の事態にただ備えるだけという対策をするあたり、まだ頭の中を整理できていないのだろう。リンはそう思い、目の前の兄貴分を許すことにした。自分はなんて優しいんだろうと自画自賛することで自己肯定感を保つ。
クロロもクロロで、考えやすい姿勢になりたかったのか足をベッドから降ろし、座り直した。今の自分にはできない自由な体勢になるクロロを睨みながらも、場所が空いた分リンも心持ち広々と片足を伸ばす。
「場所と流れは違うが、あっちでもお前の弟たちが俺達に捕まる。クラピカは俺を人質にとってパクノダに人質交換を申し出た。そして俺とパクノダに念の使用禁止と仲間との接触禁止の掟を課した鎖を刺して解放する」
「クラピカはその後旅団を狙ってないの?」
「特に接触はしていなかった……単に行方が分からなくなったからかもしれないが。その後パクノダは鎖のルールを破って全てを旅団に伝え、死んだ。……とまあ、俺が視たのはここまでだ」
「……なるほど」
適当な相槌と共に聞いた話はかなりヘビーなものだった。
なるほど、これではクロロがリンに感謝したのも無理はない。同時にパクノダがリンの記憶を読み取った場合に命を落としたであろう理由も何となく理解した。
(この世界の外の記憶で発狂するのかと思ってたけど、死の記憶を読み取ることによって脳が損傷を受けるってことだったのね)
事実、クロロは酷く動揺したものの落ち着きを取り戻し、変わらずに生きている。更に言えば、リンも転生者ではあるが、記憶を取り戻した当初から自分の死は記憶していない。
前例がないため推測の域を出ないが、自分のことのように記憶を読み取れる能力において、自身の死を読み取るということは脳に実際に生命を終えたと錯覚させるのだろう。
しかし、クロロの情報はリンに新たな発想を生み出した。
(……おかげで勝ち筋が見えた)
それはクロロが人質に取られる可能性。つまりゴン達がリンの想像していたよりも遥かに幻影旅団に対抗する手立てを持っていた可能性だ。即座に簡易的な作戦を組み上げる。これならいける、というより最早これしか手段はない。
従って次の瞬間、リンはクロロの顔をはっきり見るとぴしっと指さして命令していた。
「よし、クロロ。クラピカにとっ捕まってきて」
「……はい?」
リンと2人しか居ない場といえど、ここが旅団アジトである以上完全に団長の仮面を剥がすわけにはいかない。
動揺こそしていたものの、とっくに仮面は戻りつつあったはずなのに。リンの突拍子もない提案に、考える人ポーズをしていたクロロは一瞬思わず素で聞き直していた。
「人質交渉の場には全員で行く。これはいくら団長でも、もう覆せないでしょ。それらしい理由がないし」
「まあ、否定はしないな」
「クラピカも馬鹿じゃない。最悪のケースを想定して、ゴン達を近くに呼んでる可能性が高い。ていうかゴンが何もせずにクラピカを見送るわけがない」
リンは元々、クラピカが自分を助けようとするとは思っていなかった。敵対する演技を見せつけたうえであれだけの暴言を吐いて出てきたのだから当然だろう。
それはリンの強さを知っているクラピカにこれ以上旅団への敵対をさせないための牽制であり、万が一の際にリンを助けるための行動をさせないためでもあった。
レオリオやキルアにも攻撃しておいたし、ゴンは騒ぎ立てるだろうが彼らが上手く抑えてくれるだろうと。そこまで考えてのことだ。
「その場に登場人物全員が揃うわけか」
「その時点で交渉決裂。となると、起こるのは本命で私の奪還と逃亡、次点で総力戦。クラピカはゴン達を死なせたくないだろうから、逃亡でほぼ確定ね。でも、本命が選ばれたところでクラピカは蜘蛛を狙い続ける。これを何とかしたいわけだけど……」
だが、どういうわけかクラピカはリンを救出する方向で動いている。これもまたリンの誤算だ。
なぜそのような行動に至ったのかはわからないが、おかげで目的が達成できる可能性が出てきた。リンにとって、今や自分の命すらも目的を達成させるための餌でしかなかった。
「原作でパクノダが念の鎖を刺されたのは、たぶん記憶の情報を漏らさせないためでしょ?でも今、クロロが能力持ってるわけじゃん?あんたが捕まって鎖を刺されれば、パクノダは死ぬ必要がないわよね」
「鎖野郎がどう判断するかはわからんがな」
「そこはあんたが交渉で何とかして」
「……」
いつの間にかリンはクロロと対等に作戦を練っていた。元々捕虜らしくない振る舞いをしていたが、ここに来て共謀者となっている。クロロ自身もそれを拒否するつもりはない。
しかしクロロは、リンの太々しさはもちろんだが、相手を自然と引き込むそのオーラが成長と共に強力になっているのを確かに感じた。
自分達にもメリットがあるとはいえ、それを別にしてもつい言葉に耳を傾けてしまう。そして気づけばリンが思う通りの展開を共に考えてしまっている。決して口にはしないが。
「死後の念が鎖を刺された団長に来るのを恐れて、蜘蛛はクラピカから手を引く。そしたら敵対する意味もないし私達は解放される(たぶん)。クラピカも原作でそれ以上旅団に接触してなかったなら、これ以上旅団に襲い掛からない。ハイ平和」
言葉にしない(たぶん)はもちろん、クロロがそのままクラピカに殺される可能性だ。
その時は報復でリンも殺されるだろうが、死に物狂いで逃げる予定である(クロロはそれでも団員が優しくリンを解放するとか思っていそうだが)。従って、拘束されるクロロのみが不利だろう。
「……俺だけが損してねーか?」
しゃあしゃあと筋書きを並べるリンに、クロロは少し唇を尖らせて不服申し立てをする。
どう考えてもこの展開になって損するのは、鎖を刺される自分だけだ。本当にリンの言う通りになるのなら確かにそれが蜘蛛にとっては最も合理的だが、文句を言うくらいは許されるだろう。
そしてクロロは当然、妹分の省略した言葉にも気づいている。流石に自分の扱いが雑過ぎやしないかと思うのも仕方ない。
「クロロにとっても悪い話ではないと思うけど。ヒソカもガチでクロロのケツ狙いに来てるみたいだし、戦えないってわかったら手を引くんじゃない?」
「それはまあ、ありがたいかな」
リンには話していないが、記憶の中でヒソカはばっちりクロロとタイマンしようとしていたため、間違ってはいない。否定する理由もないので曖昧に頷いておく。ヒソカが除念の手立ても探さずにそのまま諦めるとは思えないが、確かに魅力的な提案な気がしなくもない。
ならばその作戦で行こうかと言いかけるが、それだけで話は終わらないらしくリンは駄目押しでクロロに笑いかけた。
「というより、蜘蛛が全員生還する手段はこれしかない筈よ。クラピカ達に害をなそうものなら私は大暴れする。恥も外聞もなく死ぬまで殺しまわる」
「自分の命を取引に使うってのか?」
「元々旅団潰しに来てたんだから今更」
盗賊なんて汚い職業だ。相手の命を奪うのに抵抗も無ければ、自身の命を懸けることにも戦闘の結果命を落とすことにも何の抵抗もない。
だがそれはあくまでクロロ自身の価値観だ。リンはかつて、「死んだ時にそれを許容することはできても、死への抵抗はある」と言っていた。記憶力の良いクロロはそれも覚えている。
これは大きな違いだ。いざという最後の瞬間まで生きることを諦めないと公言しているのだから。それなのに、一方で自身の命を平然と取引材料に使う。
「華のティーンが死ぬまで血みどろフィーバーなんて、みっともないわよ?妹みたいに可愛い子をそんな風にしたくないでしょ」
リンの笑みが初めて狂気を含んだものに見えた。恐怖という概念の無いクロロだが、本来の言葉の意味とはやや異なるにせよ、この時確かに僅かな恐怖を感じる。
それはリンへの恐怖ではなく、ハンターという生き物への恐怖だ。
「……俺も大概だがお前、とち狂ってるよ」
「ハンターなんだから頭おかしくて当然。……やっぱ何か起きてからの方が先読みも交渉もやりやすいわね。事件が起こる前に解決するのが真の名探偵らしいけど、私は探偵じゃないからな~」
目的のために他のすべてを投げ出す。目の前の
「我ながら殊勝に2択を選ぶなんて、らしくなかったわ。どちらか選べなんて冗談じゃない、私は両方が欲しい。どっち選んでも後悔するなら、足掻けるだけ足掻いてから後悔してやる」
リンが思い出したのは、かつてゴンに聞かれた2択。あの時から無意識にどちらかを選ばないといけないと考えていたが、必ずしもそうする必要なんてなかったのだ。
そしてその表情は蜘蛛の頭領ですらも畏怖を感じさせるものだった。
クロロが恐怖を感じない理由は、自身の生命を重要視していないから。恐怖とは自らの命が危険に晒される対象に抱くものだ。
もちろん狩人に対しても生命の危機は感じないが、しかし常軌を逸したその執着心には理解をしてはいけないと感じさせる何かがあった。
そんなクロロの心境を知ってか知らずか、リンは思いついたように付け加える。
「あ、それと誘拐されたらクラピカとツーショット撮ってくれない?」
「……嫌だ」
「クロクラツーショットのまたとないチャンスなのよ!撮らないと血みどろフィーバーするから」
「そんな理由で暴れるのかよ」
「物事への価値観は人それぞれ違うのよ。緊縛する受けと緊縛されながらも余裕顔の攻めってのもオツよね!」
ウキウキと言ってのけた目の前の少女に少しでも畏怖の念を抱いた自分が恥ずかしくなるクロロは、無言でため息をついた。せめてクラピカ相手に自分が下側じゃなかっただけ、まだマシだと思いながら。
◇◇◇
「……スマホを貸せ」
一方、クロロの高説が終わった後の車内ではクラピカが苛立ちながらもクロロに指示を出していた。
クラピカ自身が一番わかっている。今の自分たちの最優先事項は、リンの奪還とクラピカの能力が知られるのを防ぐこと。それならばクロロの言う通り、記憶の能力と実際の記憶を所持しているクロロに鎖を打ち込んでリンと人質交換に応じるのが最も適切だ。そうでなくとも旅団の頭に能力を発動させるのは復讐をしたと言える。
だが、どこに復讐相手の提案に乗って喜んでいられる人間が居るだろうか。それだけの合理的思考で生きているのならば、そもそも復讐なんてしていない。
「クラピカ……」
「腹立たしいが、こいつの言う通りにするのが最も我々の利になる。リンの安全も確保され、私の念能力も漏れる事はない。鎖を刺すことで復讐も果たせる」
半分は自分に言い聞かせるようにそう口にした。しかし握られた拳は固く閉じられたまま、開かない。
人間とは面白いものだ。クロロはそんなクラピカの葛藤を興味深く、面白そうに眺めながらもアドバイスを入れた。
「俺の携帯じゃなくても、リンのものから連絡を取れるはずだ。シャルナーク=リュウセイのホームコードから連絡しろ」
言われた通り、ゴンがポケットからリンのスマホを取り出した。例の暗証番号を入力して登録されたホームコード一覧を開く。クロロの言った通り、そこにはシャルナーク=リュウセイと記された人物名が記録されていた。
「皮肉なものだな。必死に探したであろう復讐相手の手掛かりがこんな身近にあったのだから」
「もう一度殺されかけたいか?」
緋い眼のクラピカが横目で睨みながらクロロの拘束を強める。凄まれても顔色一つ変えないクロロ。
クラピカの怒りを少しでも早く鎮めなければと、ゴンは慌ててシャルナークのホームコードを選択してコールをかけた。全員の視線がオレンジ色をした小さな機体に集まる。
「はい、クラピカ」
「待て。俺が話した方が早いだろう」
「……スピーカーモードにしてやってくれ」
またしてもクロロが口を挟む。ピキリと来かけたクラピカだったが、これも団長自ら指示した方がスムーズに事が進むだろう。
イライラとしながらも極力ゴンに当たらないようにと平静を装ってクラピカは言った。またしても、わたわたしながらゴンがスピーカーマークをタップする。ただでさえゴンは機械音痴なのだ。
『おい団長!大丈夫かよ!』
小さな機械から発せられているとは思えないほどに馬鹿でかい声が車内に響き渡った。声の主はフィンクスだとわかったのはクロロだけだが、それはクラピカ達にとってはどうでもいい事だ。
「ああ問題ない。快く歓迎してもらえているよ」
「歓迎してたっけ?」
「お前は黙ってろ」
クロロの皮肉にゴンが小声でキルアに尋ねる。今は天然かましている場合ではないとキルアは軽い肘鉄を入れつつ小声で返した。
クロロは少し笑いを堪えるが、今そこを揶揄っていては話が進まないので電話口のフィンクス相手に話しかける。
「話し合いで
『らしくねーな』
「蜘蛛崩壊の危機に比べれば安いものだ」
『ま、それもそーか』
流石は幻影旅団の長。クラピカが言うよりも明らかにテンポ良く受け答えが進んでいる。クラピカはそれに苛立ちを覚える一方で、リンとクロロへの驚きを感じている自分にも気づいていた。
(これがリンとクロロの狙った結末なのだとしたら、そこに行きつくまでにいくつの筋書きが考え出され、そして消え去って行ったのだろうか)
クラピカは自分の知性に自信を持っている。戦略的思考も得意分野だ。実際、それでルーキーの身でありながら旅団の一人を倒したのだから。
だからこそわかる。自らの願望を形にするのは、こんな簡単なやり取りでなされる程度のものではない。そこに至るまでに数々のフローチャートを想定し、幾度も脳内で試行錯誤を繰り返したはずだ。
いとも簡単に交渉を済ませて思い通りに人間を動かしてしまったクロロに……いや、敵対していたはずのクロロをも動かして
「あと俺の分の除念も用意しておいてくれ。ルールを破らなければ通常通りに動けるが」
「あー、まあそうなるか」
敵の目の前で平然と除念の準備も頼むクロロ。会話は聞いているものの、しかしクラピカは内心それどころではないくらいに考え込んでいた。
なぜクロロは動いた?確かに合理的ではあるが、喧嘩を売られて簡単に引くようなら世界中で名を馳せる盗賊にはなっていないだろう。リンはもちろん、クラピカはクロロの思考も理解できなかった。
「これで用件は済んだ。あとはお前が纏めろ」
クラピカの心情を知ってか知らずか、クロロは左に顔を向けてそう言った。それを聞いていたゴンが手を伸ばしてクラピカにスマホを差し出す。考え込んでいたわりには、通話時間はそこまで経っていないらしい。
リンのスマホを受け取ると、高圧的な口調で宣言した。少しでも自身の動揺を悟られないようにと。
「お前らの団長には掟の鎖を刺して解放する。もう一人の仲間は新・ヨーク病院に置いておくから好きなようにしろ」
受話器の向こうからでさえフィンクスがピキリと来たのが、その場に居た全員にわかった。同時にみしりと嫌な音も聴こえてきたが、幸い通話は続いている。小さな声で『壊すなよ!』と文句を言う声が聴こえたが、もちろん声の主はシャルナークだ。
フィンクスはすぐには答えず、向こうで何やらやり取りが行われているらしい。雑にマイクに指を当てて会話を隠しているようだったが、雑音が消えるとようやくフィンクスの声が聴こえた。
『解放したぜ……次に会う時は団長らの念を解除してお前を殺す時だな』
殺意全開の声だ。だが団長命令に対して『解放した』と宣言した以上、それは嘘ではないだろう。
フィンクスを無視して通話を切ると、スマホをゴンに渡した。そして鎖を打ち込むためクロロを引っ張り出し車から出る。ゴン達もそれを見届けるため、そして不測の事態が起きた時に動けるようにするため、共に車から飛び出した。
「……」
「どうした?鎖を打つんじゃないのか」
動かずに黙り込むクラピカを見て、不思議そうに眉を顰めるクロロ。
当然だろう。ここまで来ればクラピカがクロロに念を発動させない理由はどこにもない。クロロもまた、クラピカの感情が理解できないでいる。
クラピカは納得がいかなかった。旅団という悪を滅ぼすため、自らも悪に徹しようと思っていたのに、その相手がリン達含めて全員生存の道を選ぶ。そんな情のある人間だったのならば、なぜ自分の家族は、友は、殺されなければいけなかったのだろうか。
ゴン達4人が見守る中、納得のいかない自分を抑えきれず、クラピカは力の限り叫んだ。
「貴様はそれでいいのか!私は貴様の仲間を倒し、壊滅させようとしているんだぞ!」
「これが俺達にとっても一番良い手段なんだよ。リンを暴れさせると、お前にやられる前に今すぐ旅団が壊滅するらしいからな」
クラピカの魂の叫びに、あくまでクロロは淡々と合理的な回答を述べる。しかしふと思い立ち、本来なら口にするつもりのなかった追加の理由も付け加えた。
「だが……何だろうな。自分でも意外だが、多少なりともリンの気持ちを理解して、情が湧いてしまったのかもしれない」
大切な者を喪ったあの日から、クロロは優先させられるものは1つだけであり、他のすべては諦めるべきだと無意識に思っていた。自分は当然だが、特に仲間への情は命取りになると。
だが、リンの考えはクロロとは違った。
リンには、大切なものが沢山ある。それらはハンターの矜持というてっぺんに君臨する絶対的存在の下、全てが最大級に大切な物として並べられていた。
優先順位に従ったと言って飄々と旅団を殺しに来たあの時でさえ心中穏やかではなかったのを、読み取った記憶から知った。知ってしまえば、その好意を無下にするのは流石のクロロとて心が痛むらしい。
要は『予想以上に自分を慕っていた妹分を、泣かせたくない』と思ったわけだ。同時にまだそんな心の機敏が残っていたのかと、自分で自分に驚いてもいた。
「まぁ、望むもの全部を叶えたいと言い張るあいつの強情さに根負けしただけだ。大した問題じゃない」
ゴンが何か言おうと1歩足を進みかけたが、レオリオが片手で制した。
レオリオはわかっていたのだろう、クラピカの葛藤に。顔を俯かせ数秒黙り込んでいたクラピカだったが、決心したように顔をあげると、右手をクロロに向けて翳し宣言した。
「窃盗、強盗、殺人、その他あらゆる犯罪行為、そして幻影旅団として活動するためのあらゆる行為を全て禁止する。これを破った場合、お前は死に至る!」
「仮死状態だけどな」
脇で見ているキルアがぼそりとゴンに言った。恐らくリンの念だろうと予想はしているものの、クラピカの念の詳細が分からないこの状況で能力を行使して良いのかには疑問が残る。
だが、今できることはこれしかない。そして自分達はそれを見ていることしかできない。もっと強くならないといけないとキルアは痛感していた。
「何だ、意外と軽いな。念の禁止はしなくてもいいのか?」
鎖を打ち込まれると同時に拘束を解放されたクロロ。自分の身に何か変化がないかと興味深げに身体を眺めながらも気になった事は容赦なく尋ねる。
フィンクスを無視したのは用がなかったからだが、今クロロを無視したのはまた別な理由だったのだろう。少し苦々し気に舌打ちを打つと、自分に視線は寄こさないでいるクロロを睨みつける。
「リンは本当に解放されたんだろうな」
「嘘だと思うなら俺を解放せず待っていればいい。じきに合流するだろう」
クロロがそう言った時、周辺の足場を一瞬だけオーラが包み込んだ。当然、念能力者である全員がその異質なオーラに気づき、ゴンとキルア、そしてセンリツも、反射的にオーラを身体に強く纏わせる。
ずっと共に修行していたレオリオとクラピカは、そのオーラがリンの気配を纏っていると気づいた。あまりに完璧とも言えるタイミングに、クロロはこれすらも狙っていたのかと一瞬思ったほどだ。
だが本当にただの偶然であり、クロロは顔を上げてオーラを感じた方角へ無意識に顔を向けた。
「今のはリンのオーラだな」
「何でわかるの?」
「『円』ではないが一瞬だけ通過する近しいオーラ。あの技を使うのはあいつだけだ」
「えん?」
「お前たちの場所を調べたかったんだろう。少し待てば来るはずだ」
よくわからないが、そう言えば1度目に旅団に捕まった時、似たようなオーラが周辺を包み込んだ覚えがある。その暫く後に姉が来たところからしても、クロロの言うことは正しいのだろう。ゴンはあまり深くものを考えるタイプではない。従って、案外簡単に納得した。
一方で、『円』すらも知らない子どもたちが旅団の尾行をしていたという事実にクロロは内心苦笑した。あまりにも命知らず、しかしそれを達成できてしまう才覚と技量にリンの血縁者だと納得せざるを得ない。
「……どこへでも行け」
それをリンが解放された証拠だと理解したクラピカは、吐き捨てるようにクロロにそう言った。
少し口の端を持ち上げると、クロロはゴン達に背を向ける。コツコツと固い靴が地面にぶつかる音が響き、それはやがて聴こえなくなった。
◇◇◇
リンが解放される少し前、クラピカとの交渉の最中のことだ。
「……納得いかねぇな」
雑にマイクに指を押し当てて向こうに会話が聞き取れないようにすると、フィンクスはそう文句を言った。
それを見ていたシャルナークは(マイク機能をオフにすればいいのに)と思ったが、今は関係ないので口に出さないでおく。下手にちょっかいをかけて団長が危険に晒されてはたまらない。
「あんだけやられて黙って見過ごすしかねぇのかよ」
フェイタンやボノレノフも同意だ。こんな舐めたような真似をされたままで良いのだろうか。
「だが、全員が生きてる。占いでは今週で蜘蛛はほぼ壊滅だったのに、全員だ」
「それに、ウボォーが仮死状態だし、団長はたぶん念の使用も禁止されるよね。鎖野郎を殺したら、きっと死後の念が団長たちに向かうよ」
フランクリンとシャルナークがフォローに回るが、団員内で意見が割れてしまってはいる。尤も、団長命令なのでそれに背くことは許されないが。
いつものクロロなら『全員で殴り込みをかけに来い』とでも言うだろう。だがそれをしないということは何か考えがあるのだろうと全員が理解していた。
フィンクスたちが文句を言っているのは、敵陣が喜ぶ結末を迎えるのが気に入らないというただの子どもっぽい駄々だ。本人たちもそれはよくわかっている。
「……これが一番良い選択か」
「じゃあ、リンは解放する方向でいい?」
ノブナガが呟き、シャルナークが纏める。不服そうな表情を見せる者はいれど、この場で反対意見を口にする人間は現れなった。
フィンクスが指をどけて答えを告げる。同時にマチがリンを縛っていた糸をほどいた。
フェイタンに地面と仲良くさせられるよりは随分と楽なものだったがそれでも負荷がかかっていたのは変わりなく、軽く手足を回す。やはり折れている骨が痛む。
「おらリン、もう行け」
「送ってくれてもいいと思うんだけど?」
「1人で帰れ。お前ならボロボロでもそれくらいできるだろ」
「ま、できるけど」
べきべきと折れた腕を元の位置に戻しながらのやり取りだ。かなり痛いがそれを顔に出すのは悔しいので、ポーカーフェイスを貫く。もちろん折ってくれたフェイタンに非難の眼を向けるのも忘れない。
「……結局全部、あんたの思い通りになったんじゃないのかい?」
その場を去ろうとするリンを、マチが後ろから呼び止めた。腕組みをして不愛想に睨んではいるものの、その瞳は真っすぐにリンへと向けられている。
「どういうことだよ、マチ」
「糸を通じてこいつの筋力、潜在オーラは伝わってきてた。団長の言う通りその気になればどれだけ拘束しても糸を引きちぎっただろうし、簡単に暴れられたんだ」
それはマチだからこそ正確に理解できたリンの強さだ。
長年の付き合いがあるクロロだって、実際に拳を合わせたことのあるヒソカだって、そこまで正しくは測れない。勘の鋭さに加えて微細な動きまで読み取れる糸を操るマチだからこそ、理解することができた真実の一端だ。
「こいつはここまでされていながら、私達を攻撃する意思が今までずっとなかった。初めの威嚇が嘘なんじゃってくらいに」
「それって私達も鎖野郎も、両方を生存させようとしていたってこと?」
「さあ?推測の域を出ないけど」
シズクが核心を突き、マチは自信なさげな言葉を選びながらもどこか確信した口調でそう言った。
わざわざここまで図々しく我を押し通して、今更良い人きどりをするつもりはない。リンはくるりと振り返ると、いたずらっ子のように笑った。
「秘密を着飾って、女は美しくなるのよ」
「なんだそりゃ。似合わねー」
フィンクスが正直にそう言う。マチはちゃんとコナンのセリフを思い出したが、オタクだと団員にバレたくないため敢えて口にしなかったのだった。