リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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リンの九月七日

 戦いから2日後。リンはクラピカの眠るモーテルの一室にて、ベッドの隣で椅子に腰かけていた。

 レンタカーはレオリオがとっくに返却している。緊張から解き放たれ1つの試練を乗り越えたゴン達は、それぞれがクラピカの看病と並行して次の目的に向かって動き出していた。

 

 ある者は次の目的地を探し、雇い主を認めさせるための修行に、ある者は自分たちの生存と状況の報告に。またある者は命の危機を脱して、それまで放置していた事務手続きに。

 そんな中、リンは休みもせず、クラピカを見つめ続けている。壁を背もたれにだらりと座り、腕は固定しないまでも安静にしていたまま。能力で睡眠を不要としているのかと思いきや、そういうわけではなくメイメイはふよふよと暇そうに飛び回るばかりだ。

 

「リンさん、流石に少し休んだ方がいいわよ」

 

 カチャリと扉が控えめに開き、センリツが顔を覗かせた。軽く様子を見るだけに留めるのかと思いきや、センリツはするりと部屋の中に入り扉を閉める。ここまでは視線だけをちらりと横に向けていたリンだったが、流石に失礼だと身体ごと訪問客の方を向いた。

 

「ずっとさん付けしてくれるけど、リンでいいわよ。暇してるだけだから、大丈夫。皆が知らないだけでちゃんと寝てるわ」

「そう? 心音は寝不足って言ってるけど。腕だって、昨日ゴン君が食事の介助を申し出たのにそれを断ったのも聞こえていたわよ」

「……ずるいわねそれ」

 

 センリツに言われた通り、旅団のアジトで仮眠をとってから約2日間、リンは一睡もしていない。食事も手助けは必要ないと言い張り、誰も居ない時にこっそりとおにぎりを食べている。

 あくまでリンは平然と振舞っている。一般人ならばリンが寝不足なのはおろか、骨折しているのすらも見破れないだろう。にもかかわらずセンリツのチート能力であっさりと看破され、リンは少しばかりむくれた。

 リンも人の事は言えないが、文句を言うくらいはいいだろう。噛み殺しかけていたあくびを我慢するのを止め、大きく口を開く。センリツはそれを見て柔らかく微笑むと、リンの隣に椅子を置き腰かけた。

 これまではずっとゴン達3人も共に居たため、センリツと2人きりになるのは初めてだ。出会いのきっかけがきっかけなので、少しばかり気まずい空気が流れる。

 

「……今更だけど、クラピカに協力してくれてありがと。おかげで私も生きてる。仕事の同僚だったっけ? 予定外のミッションまで増やされて面倒だったでしょ」

 

 思い返せば、3日にクラピカに会いに行った際、バショウやヴェーゼの後ろに居た気がする。いくら同僚とはいえ、一銭にもならない戦いに命を懸けさせられてとんだ災難だっただろう。

 だがリンがそう言うと、センリツは表情を一切崩さず静かに首を振った。その動きだけでセンリツが嘘を言う気がないのだということがわかる。

 

「全然。素敵なものを見せてもらえたしね」

「素敵なもの?」

「彼らの純粋な信頼よ。あれ程の仲間はなかなか得られるものじゃないわ」

「……確かにね。ほんと、ゴンは良い友達を持ったわ」

 

 クラピカに対してゴン達が見せた信頼と仲間としての意識。それはクラピカにとっては救いそのものだっただろう。そしてクラピカが彼らに見せた信頼もまた、彼らにとって尊いものだった。

 クラピカのような立場に立った時、仲間の存在が心の支えになるのはリンもよくわかっている。当時のリンにとっては、メンチやノワールがそれだった。だがリンの言葉に、センリツはまた少し笑って小首を傾げる。

 

「もちろん、あなたもよ。ひねくれたことばかり言ってるのに、本当は凄く真っすぐなのね」

「え?」

 

 センリツのように臨時で助っ人参戦した立場の人間から見れば、リンはどう考えても予測不能な行動を取る危険人物だ。仲間に裏切り宣言したと思いきや実はそれこそが嘘で、挙句自分の望みの展開になるように陰で誘導していたのだから。

 そのため自分を彼らの枠からは外していたリンだったが、センリツからすればリンも言葉の枠内に入っていたらしい。褒められたような貶されたようなよくわからない言葉を聞きながらも、いったいセンリツには自分がどのように見えているんだと内心首を捻る。それすらも看破したらしく、センリツは答えを教えてくれた。

 

「大事な人を守りたい、信頼を裏切りたくない……そんな旋律」

「……私はいつだって、私のためにしか動いてないわよ」

「またそんな事言っちゃって。……あなたに向けるクラピカ達の心音も同じ音だったわ。良いハンターは良い仲間に恵まれる。あなたも素敵なハンターなのね」

「良い仲間かぁ」

 

 センリツの言葉に一切の悪気はない。だが、それだけに少しばかりリンの良心が傷んだ。

 表面的にはリンはクラピカを護ったように見えるだろう。旅団を護り、クラピカをゴン達を守り、そればかりかクラピカの精神まで心配する。

 だが、実際は違う。むしろ逆だ。リンの決意が先に来て、結果クラピカ達を助けた、それだけに過ぎない。

 

 リンが本当に守ったのは、かつての自分が二度と犯すまいと決めた間違いと後悔だ。

 

「そんなんじゃないわ。昔、自分のやらかしのせいで死んだも同然な友達がいてさ。クラピカ相手に同じやらかしをしたくなかっただけ。ただのエゴよ」

 

 あの時、どんな手を使ってでも友を護ればよかったと何度も思った。試験なんかよりも、他の受験者なんかよりも、どうしようもないフェア精神なんかよりも。

 それは今までメンチ達以外の誰にも言わなかった本音だ。なぜだろう、センリツが相手だと自然に言葉が零れてくる。しかし口にして気持ちの良いものではない。リンが苦々しくそう吐き出すとセンリツは笑みを消し、しかし落ち着いた口調で言った。

 

「きっかけがどうであろうと、あなたはクラピカを助けたのよ。でも……仲間ね。私も同じ、自分たちの責任で友達を亡くしたの。だから気持ちはわかるわ」

 

 重い過去を語るには手持無沙汰だったのだろう。センリツは立ち上がるとクラピカの額に乗ったタオルを水に浸し、絞って病人の首を伝う汗を拭った。リンは何も言わず、じっとその動作を見つめ続ける。

 

「魔王が作ったって言われている曲、知ってる?」

「……ベゲロセで300年ほど前に作曲されたってやつよね? 都市伝説だと思ってた」

 

 魔王が作曲した、4つのパートから成り立つ呪われた曲。聴いた者は死に至るといういかにもオカルトな曰くつきの代物だが、生憎リンは専門外だ。その譜面が実在するかどうかも知らなかったが、この話の流れだと本当に存在するのだろう。

 

「酒の席の悪ふざけでね、友人が演奏したの。彼は死に、曲を聴いた私はこうなった。……代わりにこうしてあなたの心に寄り添う能力を得られたけどね」

 

 そう言うとタオルをクラピカの額に戻し、衣服に覆われた自身の腕を捲って見せる。そこには不気味な紋様と共に酷く焼け爛れた腕があった。

 火傷でできる模様にしてはあまりにも気味が悪く、かといって炎以外の手段でこれができたとはとても思えない。

 

(念能力かしら。でも残留オーラの類は視られない。聴いただけでこんな状態になるなんて……)

 

 リンがそれを見ても嫌悪感を露わにせず、また感じてもいないのを少しばかり不思議に思ったのだろう。センリツは僅かに肩の力を緩め、そのまま腕を服の中に仕舞い込む。元の椅子に戻ると、再び腰を掛けた。

 

「私の目標は譜面を全てこの世から消すこと。そう心に決めて数年は奔走していたわ。その甲斐あって1つは見つかったけど、心は擦り減り続ける」

 

 マフィアの雇われハンターに志願したのもそれが目的だったのだろう。表に出てこないような物品なら、裏社会で探せばいいだけだ。

 だがリンはあえて口を出さず、センリツが続きを話すのを待っていた。話の核心はそこではないと思ったからだ。

 

「ある時ぷっつりと糸が切れちゃったの。もうすべてやめたくなった。でも、そのとき支えてくれたのは信頼できる仲間だったわ」

「仲間……ね」

「1人で頑張る必要なんてなかったんだって気づいた。独りで気を張っていたのでは疲れちゃうのよ」

 

 リンはここでようやく相槌を打った。自然と視線は傍らで眠る金髪の友人に向く。

 未だに信じがたい事だが、センリツによると彼も自分を信頼しているらしい。自身の宿敵と通じていた事を暴露され、土壇場であれだけの暴言を吐かれたにもかかわらず。

 いくらリンの演技であったとはいえ、通常、一度壊れた信頼は二度とともとには戻らない。リンも十二分に覚悟していたが、目の前の男は存外に懐が深いようだ。

 

「あなたも同じはずよ。そして傍には大切な人たちがいる。たまには背中を預けるのをお勧めするわ」

「……暫くは背を預ける相手も居ないわよ。気ままな一人旅になるだろうし」

 

 それもまた本心だ。レオリオは受験のために帰郷、クラピカは仕事に戻る。ゴンとキルアはG・Iのプレイだろうが、こちらは昨日ようやく手が空いたと連絡してきたビスケに任せるつもりだ。

 例外はあれどハンターは基本的に単独行動が多いし、リンもその一人だ。次のハントは何にしようか、だがどちらにせよ暫くは動く気になれないというのが本音。内省でもしつつ一人旅をする予定だった。

 

「あら、本当にそう?」

 

 だがセンリツの見解は違うらしい。いたずらっ子のように含み笑いをし、少しもったいぶって話す。リンが思っていたよりも、センリツはリンに緊張感や気まずさの類を持っていないらしい。

 

「あなたが本当に自分に素直に行動するのなら、このまま別れはしないと思うんだけど」

 

 リンに共感して自分の話をしたのかと思っていたが、センリツが本当に言いたかったのはそこらしい。

 だが、肝心なところは上手く言葉の陰に隠されてしまっている。これは深堀しても教えてくれないのだろう。

 

「センリツもかなりお人好しなのね。オーラの色がそう言ってる」

「オーラの色?」

「生まれつきオーラの色が視える体質なの。もしかして放出系だったり?」

「そうだけど、そこまでわかるものなの?」

「流石に無理。でも私の周りの放出系って、包容力強めの奴が多いのよ。だから何となく」

「ふふ、褒めてくれてるのね」

 

 リンの言葉に、センリツは嬉しそうに微笑んだ。ストレートに喜びを示され、少しばかり照れ臭くなり頬を掻く。そしてまた、口を開く。

 

「申し訳ないけど、その話を聞いた後なら私も話しやすいわ」

 

 返報性の原理というわけではないが、ここまで話してもらって自分はだんまりを決め込むのも気が引ける。それに、リンは初めて自分の失敗を自分から告白する気分になっていた。

 

「同い年の男の子だった。生きてたら、ゴンとキルアみたいな相棒関係になれたと思う。一緒に旅をして、見たことない景色を一緒に見て……もう絶対に来ない未来ね」

 

 リンが話し始めた時、ごくごく僅かに、常人なら気づかない程度に人の気配が扉の向こうからした。少し前から人が居るのに気づいていたセンリツが話すのを止めるようにジェスチャーで示すが、軽く手を左右に振る。そして人差し指を立てて黙っておくように頼むと続けた。

 

「非念能力者ばかりの中で私は唯一念が使えた。その気になればさっさと仲間以外倒せたはずなのに、変なフェア精神を優先して念を使わなかった。そしたら、私を庇って友達が死んだ。……それだけのことなんだけどさ」

 

 それだけだなんて強がりだ。何度も後悔し、何度も自分を憎んだ。そして八つ当たりの先としてネテロを、ミシャクーロを憎んだ。自分だけを憎むには感情の行き場が足りなかったからだ。

 

「私と違って、その友達にはとっくに覚悟があったの。いざという時は自分を犠牲にしても仲間を護ろうって、そんなオーラの色だった」

 

 あの時のルカスのような色を出す人間を、リンはそれ以降見たことがなかった。クラピカを除いて。

 クラピカが出すオーラを視た時、ずっとルカスのオーラに対して立てていた推測が正しいのだとリンは悟った。鉄は外部に向ける覚悟の色。そして血は内部の恐怖を押し殺し、自分自身を犠牲にする色だ。

 あの時のルカスが抱いていた覚悟がどれほどに強いものだったのかを改めて理解した。理解すると、居た堪れなかった。

 

「目の前で友達をもう、死なせたくないのよ。特に……あの時のルカスみたいな、自己犠牲のオーラを見せている奴は」

 

 センリツもまた、黙ってリンの話を聞いていた。目の前の人物が真剣に自分の話を聞いてくれていたという事実が、ほんの少しリンの心を軽くする。その時、横たわっている身体が僅かに身じろぎした。

 

 クラピカがぼんやりと目を覚ます。眼だけで周囲を確認し、リンとセンリツが座っているのに気が付いた。

 

「おはよ」

 

 それを見たリンは、いかにも偶然クラピカの目覚めに当たりましたという口調で挨拶をする。特に理由はない。強いて言うならつきっきりで見守っていたと知られたくないくらいというくらいのものだ。

 

「……どれくらい時間が経った」

「現在9月7日の午前7時。2周くらい回って健康的な時間の目覚めね」

 

 少し皮肉の効いたリンの言葉を無視しているのかいないのか、そしてリンが看病していたのを見透かしているのかいないのか。クラピカの次の言葉は相変わらずに唐突なものだった。

 

「ずっとそこに居たのか」

「いや?たまたま様子を見に来てただけ。2日もここに居るとか、暇人でもしないわよ」

 

 しかしそこは手慣れたもの。バレようがバレまいが、しゃあしゃあと嘘をつくリンである。リンの強がりを見抜いたかは定かではないが、クラピカは「そうか」とだけ言ってそれきり黙り込んだ。

 

「じゃ、私はお暇するわ。仕事の伝達もあるでしょうし」

 

 そう言うとリンは立ち上がり、ひらひらと手を振りながら扉を開ける。カチャリと廊下に出て扉を閉めると、風の流れが変化している一カ所に眼を向けた。

 

「キルア、盗み聞きは趣味悪いわよ」

 

 視線の先の扉が小さく開き、気まずそうな表情のキルアが頭だけを少しばかり見せる。リンが手招きすると仕方なしに全身を見せた。廊下に出て音を立てずに扉を閉めると不服そうにリンを見上げる。

 

「……気づいてたのかよ」

「私もセンリツも、結構前から」

 

 リンがしれっとそう言うと、尾行や隠密術に自信のあるキルアはぐっと悔しそうな表情を見せた。旅団といいリン達といい、簡単に隠密を見破られてキルアの元・暗殺者としてのプライドはかなり傷ついている。もちろん相手が悪いだけなのだが。

 だがそれも一瞬だけだ。直ぐに表情を戻すと、怪訝そうにリンの表情を窺った。自分達と違い、進んで過去を話そうとしなかったリンの昔話。それを偶然聞いてしまった上に内容が想像以上に重かったのだから当然だろう。

 

「いーのか? たぶんゴンにもしてねーだろ、その話」

「キルアになら聞かれてもいいわ。……ああ、でもゴン達にはまだ秘密にしててよ? みっともない話だし」

 

 今まで誰にも言わなかったのに、なぜキルアがリンの会話を聴くのを良しとしたのか、実を言うとリンにもよくわからない。

 キルアの葛藤を知っているからか、リンに寄せてくれていた信頼を裏切るような真似をして悪いと思っているからか。ただ一つ言えるのは、これがゴンやレオリオならば聞かせる気にはなれなかったであろうということだけだ。

 キルアは暫く黙っていたが、そのままポケットから小さな箱を取り出すとずいとリンに押し出した。

 

「ん」

「ん?」

 

 何かの空き箱かと思いきや、よくよく見ればそれはキルアの好物であろうチョコの入った菓子箱だった。箱自体がロボットの身体であるように描かれた中央には『チョコロボくん』と書かれており、中からはチョコが沢山入っていそうな音が聴こえる。そういえばイルミから渡された写真にもよく写り込んでいたものだ。

 

「やる」

「チョコじゃん。あんたこれ好きなんじゃないの?」

「碌に食ってねーだろ。お前も倒れたら面倒見んのたりーし」

 

 そう言うとリンの手に無理やり押し付けた。厚意を無下にするのも悪いので、黙って箱を受け取る。1粒箱から出して口に放り込むと、キルアは心なしかホッとした表情を見せた。どうやら彼なりにリンを心配していたようだ。

 しかしそんな自分を悟られたくないからか、ぷいとすぐにそっぽを向いてしまう。頭の後ろで手を組むと壁にもたれ掛かり、呆れ顔で言った。

 

「レオリオから聞いたぜ。寝なくてもいい能力を持ってるって。……使わねーのかよ」

「今はいいかな。時間もあるし気分じゃないし」

「わけわかんねー」

 

 キルアに倣ってリンも壁にもたれ掛かる。その動きは骨折していると思わせないほどに自然なものだ。貰ったばかりのチョコもメイメイに頼らず、両手でぼりぼりと食べている。

 キルアはそんなリンを見て、(本当にこいつ怪我治ったのか。マジかよ)という眼を向ける。昨日レオリオのおかげで骨折は完治したと宣言したリンだがキルアは信じていなかった。だがどう見ても自然に腕を動かしている。表情も一切変化がない。

 信じられないが、しかしそこは人外染みた回復力を持つゴンの姉だ。レオリオの補助もあったなら数時間で骨折を治してもおかしくはない……のかもしれない。

 

「キルア、殴った腹。跡になってない?」

「あの程度なんともねーよ」

「ふーん……」

 

 チョコをごくりと飲み込むと箱をメイメイに預ける。すかさずメイメイが盗み食いを始めるが、念獣に食事の制限はないのでモーマンタイだ。

 キルアよりも低い姿勢までしゃがみこむと、バッとキルアの服を捲り上げる。リンの予想外の動きに、思春期の少年は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「!? かっ、勝手に捲んじゃねーよ!」

「痣できる強さで殴ったのに嘘つくからでしょー?」

 

 すぐに振り払われたものの、キルアの腹に青黒い痣ができているのがはっきりと見えた。しれっと言われ、しかし効いたと認めるのは悔しくて無言を貫くキルア。リンもリンでその怪我を作ったのは自分のため、それ以上は何も言えない。

 微妙な沈黙が流れる。リンが口を開きかけた時、キルアが出てきた部屋のもう1つ隣、つまりクラピカの部屋より2つ離れた部屋から爆発音が響いた。なんの前触れもなかったその音にキルアもリンもびくりと肩を震わせる。

 

「うわ、何だ?」

「たぶんゴンがショートした音ね。考えすぎるとああなる」

 

 部屋の主はゴン。恐らく『発』の考案中だからだろう。扉の向こうからはぷすぷすと煙が漏れている。このモーテルには火災報知器がないため、警報が鳴り響く事はないのが不幸中の幸いだ。

『発』の原型くらい作っておかないと今の2人ではG・Iを生き残れないと考えたリンの言いつけにより、ゴンとキルアは絶賛修行中だ。能力のヒントすら貰えず「自分で考えなさい」とリンに突き放されたゴンは、文字通り1人で考え込んでいるらしい。

 

「あとでゴンにそれとなくウイングさんに相談するよう言ってくれない? 程よいアドバイスくれるだろうし」

「自分で言えばいーじゃん。つーか何でそんな突き放してるんだ?」

「最近ちょっと弟離れしなくちゃな~って思ってね……。頼り癖や甘え癖がついても良くないから」

 

 遠回りすぎるリンの心遣いにキルアが「めんどくせ」と言葉の刃を突き刺した。しかし自分で考える力が必要なのは確かなので、キルアもそれ以上は文句を言わない。リンの気持ちも分からないでもないのもある。

 リンもリンで複雑な心境だ。ウイングに以前言われたように、甘やかしすぎた自負もある。そう思って厳しい言い方をしてみたものの、このままではショートのし過ぎで弟の頭がパーになってしまいかねない。

 

 だが、ゴンのショートのおかげで気まずさが消えたリンとキルアである。ふわふわの猫毛を軽く撫で、リンにしては珍しく殊勝に謝った。

 

「ごめん。演技とはいえ痛い思いをさせた。もうあんな真似はしないから」

 

 イルミやミルキがここに居たら珍しいものを見たと言わんばかりにガン見するであろうほどには真剣なリンの謝罪だったが、キルアは絆されなかった。

 

「あんなってどんな」

 

 言質を取らないと気が済まないと、ジト目でリンの目を覗き込む。リンも言及されると痛いのでやや目を逸らして言葉もぼかす。

 

「……敵のふりして殴るとか」

「つまり単独で敵陣に突っ込みはするってことだな」

「……」

 

 リンが申し訳ないと思っているのはあくまでキルアに痛い思いをさせたことであり、先日クラピカにも言ったように今回の行い自体は謝罪する気がない。また同じことをするのが自分でわかっているからだ。

 一方でキルアはそれも見抜いている。しかしリンの意固地さも理解しているので、仕方ないと言わんばかりに大きくため息をついた。

 半年ゴンと旅したせいですっかり頑固者の相手に慣れてしまったキルア。これが出発前にミルキの言っていた『お守りに苦労する』というやつかと身に染みて感じている。

 

「ま、(リンの裏話も聞いたし)今は見逃してやるよ」

 

 試験から共にしてきた仲間の中で唯一自分だけが教えてもらえた秘密だと思うと、少しは大目に見てやろうと思うキルアだ。それに、少しばかり実弟のゴンに優越感を覚えないでもない。サービスだ。リンの言う通り、ゴンへのアドバイスもしておいてやろう。

 

「ありがと。じゃ、キルアも修行頑張りな。私は漫画の新刊読んでるから」

「へーへー」

 

 リンがそう言うと、キルアは仕方ないと言わんばかりに自室へ戻って行ったのだった。

 

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