キルアを見送り、リンもようやく自室に戻る。ゴンの部屋の隣だが、ずっとクラピカにつきっきりだったので扉を開くのはほぼ初めてだ。
誰が見ているかもわからない。自然な動作で扉を開く。中に入り扉を閉め、そこが自分ひとりだけの空間になると、リンは扉にもたれてずるずると床に崩れ落ちた。
(やせ我慢してたけど、今回は結構堪えたわね……)
キルアには骨折が完治したように見せかけていたが、いくらリンでも数日で粉砕骨折が完治するわけがない。レオリオの能力をもってしてもせいぜいが通常骨折になった程度のものだ。
死を覚悟し、それでも目的のために頭をフル回転させて詭弁、口弁、熱弁と何でもやった。戦いこそなかったが、一歩間違えれば自分も周りも死ぬ環境下で先読みに先読みを重ねて精神的疲労は計り知れなかった数日間。そこに両腕の骨折、加えて能力も使わずに夜通しクラピカの看病。リンといえどもかなり辛いものがあった。
「メイメイ……チョコ全部食べたでしょ……」
「きゅい」
「せっかくキルアがくれたのに……。まあ、私も食べたしいいわ」
悪びれもしないメイメイにため息をつくと、ずるずると重い身体を引き摺ってベッドに倒れ込む。休まずに平然と折れた腕を使い続けていたせいで炎症を起こし、身体は熱で火照っている。
(武士は食わねど高楊枝……頑張った私)
無意味な努力と言うなかれ。ゴンやキルアの前でかっこいい姉であることは、ハンターとしての生き様や推しカプの同人誌と同じくらい大切なものだ。特に幻影旅団の捕虜になるという格好悪いところを見せてしまった以上、これ以上の情けない姿は断固として隠し通したいところ。
だがそんなやせ我慢も今はする必要がない。治癒のために『絶』をすると同時に、リンは自分の意識が奥底へと沈んでいくのを感じていた。
◇◇◇
「ん……」
数時間後、リンは部屋のベルが鳴り響く音で目を覚ました。窓の外はオレンジ色に染まっており、相当寝てしまった事が一瞬にしてうかがえる。
(……かなりスッキリしたわ。やっぱ睡眠って大事ね)
心なしか腕もかなり治癒している気がする。後でコンビニに行って追加の煮干しを買って来ようと決意した。
くぁ……とあくびをするともう少し二度寝したい気持ちが湧き出てくる。チャイムを無視して寝直そうかどうしようか。
「姉さん……居る?」
ベルを鳴らしたのはゴンだったらしい。誰だ二度寝しようとか考えた奴は。
愛する弟の声にすぐさま飛び起き、目にも止まらぬ速さで身だしなみを整えると何食わぬ顔で扉を開ける。扉の向こうには小さなお盆を両手で持った弟がこちらを見上げていた。
「お腹空いたでしょ? ご飯持って来たよ!」
「え? 嬉しいけど、何でまた急に?」
お盆の上には一人前サイズの鍋が乗っている。出汁の香りが食欲をそそるが、リンは別段給仕を頼んだ覚えはない。
昨日も適当におにぎりを買って食べたし、今日もそのつもりだった。むしろそれが必要なのはクラピカではないだろうか。
「キルアがさ、姉さんが体調悪そうだから身体に良いもの食わせてやれって」
「(なぜバレたし)……そんな事ないけど」
リンがそう言うと同時にクラピカの部屋からキルアが出てきた。纏っている香りからして、クラピカの部屋への給仕をしたらしい。
リンに気づくと『んべっ』と舌を出し、そのまま自室へ戻ってしまう。それがいたずらではなく確信をもっての発言だったと悟ったリンは、しかし純然たる事実なのでいかにも適当な言い訳で誤魔化す。
「……全然平気よ? 丁度今からコンビニ行こうと思ってたくらい」
「もう、いいから座って」
いい加減痺れを切らしたゴンが部屋へ強行する。ローテーブルにお盆を置くと陶器でできた蓋を開いた。中からは溶き卵の輝く雑炊が顔を出す。
「はい、口開けて!」
キルア同様に運ぶだけで部屋から出て行くのかと思いきや、リンがソファーに座ると、自分も腰かけたゴン。しかも対面のソファーではなくリンの隣だ。そのままレンゲで雑炊を掬い、軽くふうふうと冷ますとずいっとリンの口元にそれを近づける。
過保護のお母さんのような振る舞いだ。ミトさんにちょっと似てきたなと思いつつもやっぱりゴンの意図が分からない。口を開くものの、食べるよりも気になることを解決する方を優先させる。
「いや、自分で食べれるわよ。レオリオのおかげで骨折も治ってるし」
「嘘ついちゃ駄目でしょ! ほら、熱も出てる!」
反対の手でぴとっと額の温度を計られては何も言えない。観念して雑炊を一口食べる。出汁と醤油がベースの優しい味わいだ。
「うま……」
「そう?よかった!」
リンがもそもそと咀嚼しながら呟くと、ゴンがぱっと花開くような笑顔になった。よっぽど嬉しかったらしい。
それを拝めるだけでリンのHPは全開になる……と言いたいところだが流石にそう上手くはいかない。
「……もしかして骨折治ってないの、前からバレてた? それかクラピカ看病のついでに雑炊パーティーでもしてたとか?」
粗方食べ終えて満足したところで、ずっと気になっていた事を追求する。妙にずれた姉の推理に、ゴンはがくりと肩を落とすと目を釣りあげた。
「姉さんずっと平気な顔してクラピカの看病してたけど、部屋に戻った途端に『絶』してたんでしょ? キルアがそれで気づいたんだって」
(しくった~!)
『絶』は体外にオーラを流出させるのを防いで内部で循環させるため、体力の回復にはうってつけだ。そこに気づいてしまえばリンの嘘を見抜くのは簡単だっただろう。
ゴンの話によれば、リンの伝言を伝えに行くついでにキルアがそれも伝えたらしい。油断していた。いくら体調を早く回復させたかったとはいえ、近くで急に『絶』をすれば気づかれないわけがない。
「レオリオもキルアと同じ理由で気づいたんだって。買い出ししてくれたのはレオリオで、雑炊は俺とキルアで作ったんだ! ……かなりセンリツさんに手伝ってもらったけど」
そう言いながら『ニへへ』と照れ笑いをするゴン。二次試験の際に面々の料理センスが壊滅的なことは知っていたが、なるほどセンリツの手助けがあったならこんな美味しい料理が出てくるのも頷ける。
「センリツさんも言ってたよ。寝てないのに寝てるって嘘ついてるし、体調が悪いのも隠してるって」
「はぁ~、詰めが甘かったわ。……ゴン、ありがとね」
そもそもセンリツに口止めをしていなかった時点で徹底が足りなかった。己の詰めの甘さを悔いながらもゴンに正直なお礼を言う。だが、ゴンはさっき見せたような笑顔を返してはくれない。
むしろ本題はこちらのようだ。両手の指と指を合わせたり離したりと、珍しく浮かない仕草を見せる。口を開きかけては閉じ、何かに逡巡しているのがわかった。
それが言いたい事があるのに言い淀んでいる時のゴンの癖だと知っているリンは、ゴンが気持ちを固めるのを黙って待つ。暫くするとゴンは顔を上げ、少し悲しそうにリンを見つめた。
「姉さん、……あの時は、ごめん」
「へ? 何が?」
今にも泣きそうな、しかし絶対に泣かないと決意した表情で顔を俯かせるゴン。だがリンは今度こそ心当たりがなく、場の空気にそぐわないおかしな声を上げた。
「ホテルで姉さんが出て行った時。……俺、姉さんに二択を強いた。姉さんにとってはクラピカもクロロも……俺達も旅団も同じくらい大切だったのに」
(……あの時の、か)
そこまで言われて、リンもようやく思い当たった。ゴンが指しているのは恐らくリンがゴン達に裏切り宣言をする直前の会話だ。
確かに言われてみればそうかもしれないが、あの時リンは選択を避ける手立てはないかと必死でそこまで意識していなかった。加えてゴンがリンを頼ろうとするのはリンにとっては当然のことだ。
むしろその後のゴンのおかげで、今キルア達と普通に接することができていると言っても過言ではない。リンからすれば感謝すれど……という話だが、ゴンにとっては違うらしい。
「俺は姉さんが俺達に味方してくれるもんだって、当たり前に思ってた。甘えてたんだ」
「元々最悪の時はこうしようって決めてたわ。私は私だし、全部自分で選択したことよ」
「あは、ジンと同じこと言うんだね」
「……今の撤回するわ」
リンが吐き気を催しながらそう言うと、ゴンは少しだけ微笑んだ。しかし謝罪の場で笑うのは憚られたようで、本当にほんの少しだけだった。そしてまたすぐに泣きそうな表情を見せる。
「でも、試験でおばあさんにクイズを出された時、俺……どちらを選ぶか決められなかった。なのに姉さんには当然のようにどちらかを……俺最低だ……」
ゴンは優しい子だ。想像ですらあんなに迷い、決め切れず、現実に起こったらと思うと悲しい気持ちになった。そんな思いを姉にさせてしまった事が辛くて仕方ないのだろう。
リンからすれば両方選ぶことができたのだから結果オーライだと思っているのだが、それはただの結果論。今の問題はリンとゴンの心境だ。それを解決したくて、リンは優しい声音でゴンに語り掛けた。
「ゴン、親父から教えてもらった『仲間に謝る時のルール』、教えてあげようか」
「……うん」
「何に謝ってるかをはっきりさせる。で、次からはどうするか宣言して、それを絶対守るの」
それは10年以上も前、ゾルディック家に預けられる前のことだった。
確かその時の自分は拠点近くの丘に登り、原っぱでぼんやりと景色を見ていたはずだ。
『おー、リン。どうしたんだそんなぶすくれて』
『……レイザーとけんかした』
『あン?』
普段は育児どころか会いにも来ない癖に、父親はこんな時ばかりタイミング良く現れた。隣に腰かけ、興味なさそうな表情を見せながらもリンの言い分をきちんと聞いてくれていた。
『レイザーがくみてであからさまにてをぬいてるから、むかついた』
『そりゃあ、おめーが弱っちいからだろ』
『うー……』
『で、ボロカス言って逃げてここで不貞腐れてんのか』
『うん……』
なのにずけずけとした物言いには一切の遠慮がなかった。もう少し娘に優しくしろよと当時は思った気がするが、今ならわかる。あれはリンを一人の人間として認めていたからこその態度だったのだろう。
『仲直りの方法、教えてやろうか』
『うん……』
それはリンの記憶の中にある、唯一と言っても良いほどにジンと交わした普通の親子らしい会話の思い出だ。だからこそリンは自信をもってゴンにそれを教えることができる。
気づかない間にリンの表情は柔らかくなっていたらしい。ゴンはリンの顔を見て暫く考えると、大きく頷き再び顔を上げた。もうそこに暗い色は見られない。
「俺、これからはもっと強くなるよ。もう背中を追いかけるだけはしない。姉さんが独りで頑張ったりしないように、隣で頼ってもらえるように、強くなる」
「……私もゴン達の力を侮り過ぎてたわ。まだ寄っかかることは出来ないけど、これからはちゃんと言葉にする」
ゴンが反省して前を向くように、リンもゴンへの認識を改めていた。庇護の対象である弟から、まだまだ危なっかしいが一人のハンターへと。
それはキルアやレオリオ、クラピカにおいても同様だ。彼らは凄まじい勢いで成長する。念も覚え、既に一人前のハンターなのだ。
今まで仲間に頼っているようで頼ってこなかった。メンチやノワールは頼り合う仲間というよりは共闘する仲間だったから。でもこれからは寄りかかることを覚えても良いかもしれない。
取り敢えず物理的に寄っかかってみる。リンの長い髪が触れてゴンは少しくすぐったそうに笑った。
「あ、そうだ……ごめん、俺達姉さんの写真見ちゃった。スマホから何かわからないかって思って」
暫く弟の膝枕を堪能していたリンだったが、ゴンがふと思い出したように謝った。同時にポケットからリンのスマホを取り出す。忘れていたのか渡すタイミングを計りかねていたのか、充電がとっくに切れてしまったスマホは2日ぶりにリンの手元へと返ってきた。
「あー、全然いいわよ。むしろ写真を見たから私が両方大事ってわかったんでしょ? そのおかげでこの結果になったんだからね」
腕が折れているリンに気を遣ってメイメイに渡そうとしたゴンだったが、強い姉感を出したいリンは平然とそれを受け取った。メイメイから充電器を貰って繋ぐと、ポイっと乱雑にベッドに投げる。
「あー! 姉さん骨折してるのに腕使っちゃ駄目でしょ。ていうか腕固定しなきゃ」
「だって平気だしぃ~」
やせ我慢に努力を惜しまないリンである。だがその胸中は穏やかではない。
(あっっっぶな!! 最近ふと思い立ってBL画像を全部隠しフォルダに入れたんだった!! あっちは数十桁のパスワードが必要だし私の顔認証も要るから見られる心配はないけど、見られたら詰んでた!!)
生命的な意味ではなく社会的な意味で、だが。ちなみにセキュリティはミルキに頼んだ最新鋭のものを搭載しているのでハッキングの心配もない。このために数百万をかけたリンである。
占いにあった『パンドラの箱』の意味を理解するとともに、弟達にバレなくて良かったと心底胸を撫でおろしたリンなのであった。
◇◇◇
9月9日。長かったようでたった10日間、所謂ヨークシン編も幕を下ろす時が来た。空港近くの駅まで共に来たリン達だったが、ここからは各々が異なる場所へと旅立つ。
ゴンとキルアはG・Iをプレイするために電車に乗ってバッテラの住むヨークシン郊外へ。レオリオはアイジエンの故郷へ。そしてクラピカとセンリツはノストラードファミリーの待機しているダミーホテルへと。
「姉さん、ハイこれ煮干し。ちゃんと食べてね……本当にギプスはつけなくても良いの? レオリオにもう一度回復をお願いした方がいいんじゃない?」
また暫く会えなくなる姉に、弟は甲斐甲斐しく世話を焼く。キルアが「オカンかよ」と突っ込むが、「だって心配だもん!」と言い返し止める気配はない。
今回のリンの行動のせいで、やや過保護になってしまったようだ。自分も似たような事をするタイプだし実際にゴンも(旅団を尾行したりライセンスを質に入れたりクロロに地雷発言連発したり)それなりにやらかしているのだが、そこは自分事を棚に上げるフリークス姉弟である。
「本当に大丈夫よ、ありがと。……ライセンスはちゃんと持ってる?」
「うん! えーと……あれ?」
「そっちのポケットに入れてただろ」
服のポケットを探っても見つからなかったらしく、ポケットを裏返しながらゴンが慌てて探す。リンもひやりとしたが、隣でキルアが呆れ顔で指摘するとあっさりと発見された。リュックの内ポケットに入れていたらしい。
「もう、ゼパイルさんのおかげで返ってきたのに、早速なくしたかと思ったわよ」
「へへ……」
「……キルア、この馬鹿お願いね」
相変わらずこの手のミスには顔だけで申し訳なさを流そうとするゴンだ。これまでのキルアの苦労が察せられるとリンは思わずキルアに同情した。
これくらいは慣れているのだろう。キルアは呆れてはいるものの叱りはしない。あまりキルアに負担をかけるのも憚られるが、キルアがついていてくれるならばある程度は安心だ。
「リンは本当に一緒に行かねーの?」
「ゴンもできるだけ自分の力で親父探したいんでしょ? タイミングがあれば行くわ」
「今後はどうするんだ?」
「なーんも考えてない」
それぞれがそれぞれの今後の動向を把握していたが、唯一リンだけが今後の行先を一切口にしていない。はじめは自分達とG・Iに来てくれるのだと思っていたが、リンの様子を見ているとそうでもないようだ。
だが、何も考えていないのは嘘だとキルアは思った。向こう見ずな行動を取るのはゴンで慣れているキルア。リンも同じ傾向があると薄々感じてはいたが、その本質は似ているようで全く異なるものだということをヨークシンでの戦いで理解したからだ。
「……気にしてるんだろ、クラピカのこと」
「そりゃあ気になるわよ。一人で突っ走って野垂れ死ぬタイプの典型じゃん」
「ちげぇねえな」
その場その場の感情で動くゴンとは違い、リンは先々まで考えた上で動く。ノブナガの指摘はそのまま正しかったわけだ。まさしく考えずに馬鹿をするゴンと考えたうえで馬鹿をするリンである。
そしてそのリンがあの事件の後で何も考えていないとは、キルアにはどうにも思えなかった。
(自分の気持ちに素直に……ね……)
「ほぉ? そんな事言って、内心は決まってるって顔だが?」
そんなリンの肩を、トイレから戻って来たばかりのレオリオががしりと抱いた。「手ェ洗ったんでしょうね?」と疑いの眼を向けるリンをレオリオはからから笑ってスルーする。洗っていないようだ。
「……レオリオ、そういうとこあるわよね」
二重の意味を込めて、リンはジトッとレオリオを見る。友人を揶揄ったレオリオはしてやったりと笑いながら気さくにリンの頭をぽんぽんと叩いた。
他者の心情変化に敏感なのも、それに寄り添うことができるのもまたハンターの資質だ。状況把握や先読みを常に必要とされるこの分野において、レオリオはリンも驚くほどの才能を持つ。
(決まってる。とっくに決まってるわよ)
リンは内心そう呟きながら、少し離れた場所に佇むクラピカの姿を見る。
わいわいと名残惜し気に話すリン達を見つめながら、しかしそれには混じろうとせずにクラピカは一人その様子を眺めていた。少し離れたところではセンリツがノストラードファミリーに連絡を取っている。
同胞の仇よりも護りたかった仲間、もう失いたくないと思った仲間達の姿。彼らの存在はクラピカにとって救いだ。もう二度と死なせないとその眼に焼き付け、内心強く決意をする。
だが、リンは。クラピカはリンの心情が未だに理解できないでいた。
相手の立場を慮ろうとするとき、人は無意識に自分に当てはめて考えるものだ。クラピカにとってリンの立場とは、ゴン達試験で出会った友人とそれより以前から親しくしていたクルタの友人を天秤にかけるようなもの。クラピカにはパイロを裏切れと言われて首を縦に振ることはできない。
なぜリンはあそこまで躊躇なく旅団を裏切る方を、自分達を選んだのだろうか。
―リン、ずっとここから離れようとしなかったのよ―
思い出すのは2日ぶりに目を覚ましたベッドでのセンリツの言葉。偶然そこに居たと言いながらリンがぷらぷらと部屋を出て行ったあと、扉を見つめながら言ったものだった。
―寝なくてもいい能力も持ってるみたいだけど、念は一切使わなかった。あなたに責任を感じてるみたいね―
―あれだけの我儘を通しておいて責任か―
―単なる我儘じゃないわ。クラピカ達への愛情のほかに、大きな恐怖と後悔、色んな感情が渦巻いていた。一方で決心はずっと揺らがない、そんな音。……きっとあなたを誰かと重ねていたんでしょうね―
それきりセンリツはリンについて何も言うことはなかった。妙に知った風なセンリツの口調、もしかしたら自分が眠っている間に何か話していたのかもしれない。……半年以上共に居た自分でさえ何も知らないというのに。
「誰かと……か」
アナウンスが響き、ゴンとキルアが電車に乗るためにリン達の下を離れる。クラピカにも大きく手を振るゴンに、クラピカは小さく手を振り返した。
「クラピカー!もう無茶しちゃ駄目だよー!」
「お前声でけえっての!」
「キルアだって大きいじゃん!」
そんな口喧嘩をしながらホームに降りていく2人に、思わず笑みが込み上げる。見送ったレオリオとリンがクラピカの下へ歩いてきた。そういえばレオリオは帰郷するが、リンはどこへ行くのだろうか。
「クラピカ、数日ぶりの外だけど大丈夫?」
「問題ない。……心配かけたな」
「別に? 私がかけさせた心配を思えば屁でもないわね」
「それもそうか」
「ちょっとは否定してほしいかな~?」
ゴン達を巻き込んでの大ごとになったが、引き起こしたのはリンでもきっかけを作ったのは自分だ。ほんの少しの申し訳なさを感じつつ、いつもの憎まれ口の後に少しばかり殊勝な態度を取る。
「……幻影旅団の足取りも途絶えた。ここからは本格的に仲間の眼を探すことに専念するつもりだ」
リンはそれを聞くとパッと嬉しそうな顔を見せた。元々似ている姉弟だが、この表情が最もゴンと似ている。ゴンと違い本当の気持ちはなかなか語らないリンだが、それだけ自分に復讐を止めてほしかったのだとクラピカは遅ればせながらはっきりと理解した。
「良かったな、リン。もうクラピカは自分を犠牲にしねぇってよ」
「ほんと、やぁっ……とわかってくれたわ」
そのまま思った事を言ってからハッと気づき、少しばかり顔を赤くしてレオリオを睨むリン。痛くない程度に軽く肘鉄をレオリオの腹に入れる。
大げさに痛がるレオリオを無視して、うっかり言った本心をなかった事にしつつ師匠面をしてクラピカにふんぞり返る。
「少しはレオリオを見倣った方がいいわよ。医者になりたいって思ったきっかけは友達のためでも、医者になりたいのはレオリオ自身の意思でしょ?」
「おうよ!」
「そこには自己犠牲精神なんて何もないの。どーせ、試験に合格したら酒かっくらって女連れ込んでズッコンバッコンよ」
「おう!! ……え?」
勢い良く答えた後にリンがかなり失礼なことを言っていると気づき、微妙に間抜けな声を出すレオリオである。
「レオリオについては否定しないが……それが私と何の関係がある?」
「いや、否定してくれない?」
「否定できる要素がないからね~」
ゴンとキルアが去り年齢が近い3人だけが残ったからか、互いに遠慮のない言葉が投げかけられる。修行していた頃を思い出させるような軽口の応酬がまたできることに、クラピカは内心少し安堵を覚えたのだった。
コホンと軽く咳ばらいをすると、リンはクラピカの目を見た。何か言いたい事があるらしいとクラピカも黙ってリンが口を開くのを待つ。
「クラピカ、また独りで病みかねないしさー。緋の眼なんて珍品、間違いなく裏ルートじゃないと見つからないし。そのためにファミリーに入ったんだろうし」
「言いたいことがあるならもう少し伝わりやすい言葉選びをする努力をしたらどうだ?」
「つまり何が言いたいかというと……えーと、その……」
「また1人で仕事に戻るクラピカが、心配なのよね?」
微笑みながら戻ってきたセンリツが出した助け船。普段ならば「なわけないわよ」とでも言って繕うのだろうが、余裕のないリンは恥じらいもなくそれに飛び乗り叫んだのだった。
「そ、そう! 見てらんないから私が一緒に行ってあげる!!」