リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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ノストラードファミリー編
ホテルにて


 ゼパイルはドリームオークションも終わりに近づき最後の盛り上がりを見せる街中をぷらぷらと歩き回っていた。酒を飲みつつ、目ぼしい商品があれば買い付けることを繰り返す。

 本来ならば借金取りから逃げ回るか、それとも目利きで手堅く稼ぐかと思案を巡らせているはずだったが、その必要はない。今のゼパイルには、借金どころか暫く遊んで暮らせるだけの金があるからだ。

 

 遡ること1日前の9月8日。レオリオの忠告も聞かずにヨークシンに居残っていたゼパイルは、ゴン達と蚤の市で待ち合わせをしていた。

 無事に壷の売却はできたものの、ゴンのライセンスを買い戻すには数百万足りず、漢ゼパイルはそれを隠して闇金で残額を借入れ、さも自分のマージン含めて高額で売却できたと嘘をついた。ゴンは大喜びでそれを受け取ると質屋に駆けて行ったが、キルア、レオリオに続きゼパイルも追いかけようとした所、リンに呼び止められたのだった。

 

「うぉ!? なんだこの大金」

「私からの報酬だと思ってくれたらいいわ。死のリスクもある中で、ゴン達のためにあれだけ動いてくれたんだから。……本当にありがとう」

 

 そう言いながら無理やり手に握らされたのは一千万の小切手。目利きの仕事でそれなりに稼げるようになったとはいえ、ポンポンと手に入れることのできる金額ではない。それを目の前の10代の少女がパッと出してくるのだから、ハンターとは恐ろしいものだと内心ゼパイルは震えた。

 

「いらねーって! さっきも言ったが、俺も十分な報酬を貰ってんだ」

「その割には目玉釘付けだけど」

 

 リンに指摘された通り、喉から手が出る程欲しい。かろうじて己の矜持を優先したものの、目は正直だ。

 

「本当に儲かったなら、あんなぴったりの金額を渡さずに利益も含めてもっと半端な額になるはずよ。……ゼパイルさんのポケットマネーで補填、下手したら借金もしたでしょ」

 

 ハンターというのはここまで観察眼に長けているのだろうか。ズバリ突かれてしまえば誤魔化しようがないというものだ。

 おまけに「愚弟のためにそこまでしてくれたんだから、私なりの気持ちよ。受け取ってくれると嬉しい」とまで言われてしまえば、ゼパイルはあえなく陥落して素直に小切手を受け取った。背に腹は代えられない。

 

「にしてもハンターって儲かるんだなぁ……俺もハンターになれば金持ちになれるか?」

「止めた方がいいわよ」

「ああいや、お前らの仕事を馬鹿にしてるわけじゃねえんだ」

 

 思わず口にしてしまった好奇心の言葉。即座に反応したリンに気を悪くさせたならすまないと謝る。だがリンの意図はまた別のところにあるようだった。

 

「馬鹿にした方がいいわ。ハンターなんて人でなしのなる仕事だから。ヤクザみたいなもんよ」

「えらくこき下ろすじゃねえか。あんたもハンターだろ? 仕事に誇りもあるだろうに」

「それ以上に勧められるものではないのよ。大抵は早死に、しかもかなりえっぐい死に方するし。実際今回も死にかけたし、生きてるのは本当にたまたま」

 

 ちらりと上着を脱いで腫れあがった腕を見せられる。明らかに骨折している青黒く腫れあがった両腕にギョッとすると同時に、なぜリンは平然と動かしていられるんだという疑問が浮かんだが、聞かないことにした。

 レオリオからヨークシンが危険ですぐ出るようにと指示はされていたものの、彼らがどんな戦いに身を投じているのかまでは聞かされていなかった。それを彼らの因縁だからだろうと思いつつ少し寂しくも感じていたゼパイルだったが、リンの言葉に意識を改める。

 ここまで簡単に『死』を口にするのは、はっきり言って異常だ。若者特有の万能感故に語る死ではなく、実際に経験してきた者特有の凄味がある。この年齢でそれだけの修羅場をくぐればこんな顔ができるのかと思う程に。

 

「才能がある前提で、それでも運次第で簡単に死ぬ世界なのよ。安易な気持ちで入ろうとすると後悔するわ」

 

 世間一般で煌びやかに語られるハンターの全てを、リンは簡単に否定した。あれだけ楽しそうにハンターを語っていたゴンとは全くの対照的な態度だ。

 

「……でも、本当にありがと。これからもゴン達と仲良くしてあげて」

 

 そう言って頭を下げると、リンはそのままゴン達を追いかけて質屋に向かったのだった。ゼパイルも彼らを追いかけ、その後はリンも金銭のやり取りなどなかったかのような顔をしていたが。

 

 1人酒を煽り、たばこに火をつける。煙をくゆらせながら秋晴れの空を見上げた。

 安直にハンターになれば稼げるのではないかとも考えていたが、あの時のリンの瞳が常人から一線を画したものだということもゼパイルは気づいていた。

 目利きを長年続けているからこその直感。弟が目利きの効かない五分の品ならば、姉はその上に表世界では知られない裏の品というところだろうか。

 

「ま、俺は俺らしく……だな」

 

 あれはまともな神経の人間には耐えられない世界を潜り抜けてきた人間の目だ。それがハンターに必要な経験なのならば、恐らく自分はその道中で簡単に命を落とす。これもまた、目利きとしての直感だ。そしてリンはそれをあの会話だけで理解させようとしてくれたのだろうとも察した。

 本来面白半分で首を突っ込んだ連中に、予想以上に楽しませてもらった。それに打算で言うならば、あれだけの力を持つ人間とコネクションを持てたのも嬉しい。

 何より、ゴンやキルア、レオリオと同じで、ゼパイルはリンの事も気に入ってしまった。ゴン達とは違い、若い女性に頭を下げられたのも大きな要因だが。当然だ、悪い気がするわけない。

 

 アドバイス通り、無謀な真似は止めてこれからもそれなりに楽しくやっていこう。そう決めたゼパイルは空になった瓶をゴミ箱に投げ入れ、また歩き出したのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「いや、不要だが」

「そこは感謝して受け入れるとこだろ!」

 

 リンの申し出を即答で断るクラピカに、思わずレオリオがツッコミを入れたのは仕方ないだろう。

 自分を心配する女の子が共についてきてくれるなんてどんなギャルゲーだよ、と内心思っているレオリオである。ギャルゲーにしてはあまりにも血生臭いし色気のないヒロインだが、いくら何でもその断り方はない。

 一方で、クラピカはいつも通りの表情を一切変えない。リンが何を言っているのか心底わからないという雰囲気だ。あまりにもばっさりとしたその態度は、かえってリンの闘争心に火をつけた。

 

「悪いけど確定事項よ。今決めた。……センリツもお願い!」

「センリツを困らせるようなことを言うな」

「あら、私はリンに来てもらった方がいいんじゃないかと思うわよ? ボスと年齢も近いし」

 

 度重なるオークション中のトラブルに、マフィア重鎮の参加する裏オークションに限り電脳開催となった。十老頭が全員死んだのだから当然の対処だろう。

 そしてオークションの臨場感を楽しみに来ていたネオンがそれで納得できるわけなく、連日連夜の大暴れとショッピングによる爆買いが繰り広げられている。センリツがクラピカにここまで付き添っていたのは心配していたのももちろんだが、疲れ果て怒りを堪えるバショウの二の舞になりたくなかったのも大きい。

 

「……確かにリンならば適しているかもしれないが」

 

 情報収集にあたる人間は多ければ多いほどいい。プロとしての人脈も広く、またネオンと年齢の近い同性でもあるリンならば横の繋がりも調べやすいだろう。そして実績と実力からライト=ノストラードの信頼を得られれば、またクラピカの株が上がる。

 それにネオンの世話役も兼任していたダルツォルネが死んだ以上、ネオンの相手をさせられるのは高確率で年齢の近いクラピカだ。はっきり言って御免被りたい。そんな打算は毛ほども表に出さないが。

 

「断ったって、あの手この手で入り込むわよ? 私が諦め悪いの、わかったでしょ?」

「……」

 

 一方で、リンも引く気は一切ない。クラピカが許してくれないならばセンリツに口利きしてもらい潜入するのみ。そうでなくてもヴェーゼやシャッチモーノに恩も売っている。クロロのように外部からネオンに接触することだって難しくはないだろう。

 

「『大切な仲間だ』……なんでしょ? その大切な仲間が手を貸すって言ってるんだけど」

「直後にお前が裏切り宣言していたがな」

「演技だったって言ったでしょ!!」

 

 9月4日にクラピカが言っていた熱い友情発言を持ち出せば、3倍返しになって返ってきた。互いに掘り返すと恥ずかしいところを突かれ、顔には出さないものの地味にダメージが大きい。

 

「……ファミリーには入れない。あくまで私個人の協力者という立場が限界だ」

「オッケー。その方が動きやすいし、むしろ助かる」

 

 結果、クラピカが妥協する形で収まったのだった。同時にリンの行く先も決まった。ノストラードファミリーだ。

 そして空港に向かうレオリオを見送り、リンはクラピカとセンリツに連れられてノストラードファミリーが滞在するダミーホテルに向かう。

 

 あれからまた拠点を変えたらしく、リンが9月3日に訪れたのとは異なるホテルに案内される。ネオンの部屋の隣を護衛の控室にしているらしく、クラピカが開けた扉の先にはバショウをはじめとする護衛のハンターたちが数人くつろいでいた。

 

「おうクラピカ……体調は大丈夫か?」

 

 のけぞるようにソファーに座っていたバショウがクラピカに気づいて声をかけた。顔にはありありと疲労が見て取れる。

 

「ああ。もう回復した。迷惑をかけた」

「そりゃあいい、ボスのお守りはもう勘弁……っと。後ろのねえちゃんは、前にホテルに来てたよな?」

「今後ファミリーは苦境に立たされるだろうからな。私が個人的に雇った」

「ほう?」

 

 センリツに続いて部屋に入ったリンに眼を止めると、首を伸ばしてその姿を確認する。爪の手入れをしていたヴェーゼも、犬と触れ合ってストレスを解消していたスクワラも同じようにクラピカからリンへと視線を移した。シャッチモーノの姿が見えないが、当番制でネオンの部屋に居るのかもしれない。

 

「私の念の師匠でもある。腕に覚えもあるし、信頼できる人間だ」

(こいつ……本当こういうところあるわよね)

 

 顔を合わせれば馬鹿だの阿呆だのと憎まれ口を叩くのに。しかもついさっきまでリンの同行をあれだけ渋っていたくせに、いざ紹介するとこれだ。しかも嘘をついているオーラの色を出していないのが、性質が悪い。

 こちらがクラピカの本心だとわかっているリンは、思わずジト目でクラピカを見てしまう。しかし紹介されたなら挨拶をするべきだ。

 前に進み出ると、改めて新たな仲間達の顔を見まわした。そういえば形式ばった自己紹介をするのは、ハンター試験でニアの変装を解いた時以来だ。

 

「改めまして、リン=フリークス、異文化(カルチャー)ハンター。直接の雇い主はクラピカになるけど、連携が取れるように皆さんともぜひ仲良くしたい。よろしく」

「お、名前に聞き覚えがあったが、ジャポン文化流布の立役者じゃねえか」

 

 渋い顔をされることも多少は覚悟していたが、リンを知っていたバショウの反応は思ったよりも好感触なものだった。ネイルオイルを片付けながらヴェーゼがバショウの顔に眼を向ける。

 

「知ってんの?」

「俺の祖国じゃそこそこの有名人だ。外国人観光客が増えて経済水準も上がったからな」

「広めてんのはサブカルばっかだけどね……」

「それをきっかけに純文化にも興味を持つ奴が増えてるからな。いずれにしても偉業だ」

 

 一番危惧していたバショウが好印象を持っているようで内心胸を撫でおろすリンだ。意外と心の広い男なのかもしれない。

 

「いやでも……いくらクラピカが臨時のリーダーとはいえ、外部の人間を引き入れて良いのか?」

「現場の判断は私が担っている。問題はないだろう」

「つーかボスの相手してくれるなら誰でも良いわ。年も近そうだし、適任じゃねーか?」

 

 眉間に皺を寄せてスクワラが言った言葉は正論だ。斡旋所を通さずに勝手に外部の人間を招き入れ、危険なことに違いはない。

 だが本音ではネオンの相手をしてくれるのではと期待していたようで、クラピカの理論武装とバショウの感情論両方で丸め込まれるとあっさりと陥落した。

 護衛メンバーに反対がないのならば次はボスだ。ライト=ノストラードを落とすための前哨戦として、クラピカと共にネオンの部屋に入る。ネオンは今日買ったばかりの戦利品である化粧品の数々を試しながら、しかし不機嫌を隠さずにいた。

 

「ボス、新たなボディーガードを連れてきました」

「何よ。今度は何のご機嫌取り?」

「ボスと年齢も近いですし、話し相手には丁度良いかと」

 

 クラピカに紹介されて前に進み出る。リンが自分と同年代の同性だとわかると、むすっとした顔は花が咲いた様にパッと明るくなった。

 

「へえ、気が利くじゃない! ヴェーゼはともかく、オッサンばっかじゃ買い物し甲斐もなかったのよねぇ……私ネオン。あなたは?」

「(子どもっぽいタイプかしら? 敬語よりも親し気に接した方が仲良くなれそう)リン。ボディーガード兼話し相手ってところね。よろしく」

「歳近いんじゃないかな? いくつ?」

「え、えと……18歳」

 

 驚くほどにころりと機嫌を直したネオン。ずいと顔を近づけて至近距離で質問攻めにされ、流石のリンも少しのけぞった。ネオンはリンの年齢が分かると、更に機嫌よくぱちんと両手を合わせる。

 

「わー、やっぱり同い年だ! ファミリーの人??」

「ううん、クラピカ個人に雇われてるの」

「えー! 恋人とか?」

「ま、まさか! 全然、仲間よただの……」

「なんだぁつまんなぁーい! エリザとスクワラが付き合ってるって判明したし、他にもファミリー内でカップル成立してほしいのにぃ」

 

 会って10秒で玩具扱いだ。だがこの発言には、色恋に敏感な年頃の女の子であるのに加えて、権力者特有の人間を駒扱いする性質も見て取れる。

 生まれてからずっとそうして生きてきたからだろう。そこに邪気は一切感じない。オーラを視てみるも、その色はまるで子供のような精神状態だった。

 

(確かに、これなら無邪気に人体収集をしてるでしょうね)

 

 クラピカが考えていたであろうように、珍しい趣味を持つ人間は次にそのコレクションの価値を共有する人間を求める。ネオンの性格を考えると、かなり横の繋がりに期待できそうだ。

 

 一方でクラピカは、リンとネオンの様子を冷静に観察していた。予想以上にネオンはリンを気に入ったらしい。

 これまで学校に通わず、同年代の同性と関わらずに生きてきたからこそ物珍しいのだろう。ただでさえ女性のボディーガードは少ないのに加えて、10代の人間はほぼ0に等しい。世話係だって大抵は成人済みの女だ。

 

(やはり同性の方が話しやすいのか……リンにネオンと近づいてもらうのは確かに妙案かもしれない)

 

 強いて言うならリンが珍しく人見知りを発揮しているのが心配だが。ちなみにここでクラピカは勘違いしているのだが、リンは舐められないために努めて変な遠慮をしないようにしているだけで、元来人見知りである。

 というか、あんなにリンが物怖じするところは初めて見たと驚くクラピカである。イルミ然り、リンのようなタイプは相手のペースに乗せられると逆に弱いと思っていたが、正解だったらしい。

 

「新しいボディーガードってことはこれからも家に居るの?」

「あー、それは難しいかも……。さっき言ったみたいにクラピカ個人に雇われてるからさ。私もノストラードの家で護衛に就きたいんだけど、ネオンのお父さんを通さないと駄目じゃん?」

「えー、何よつまんない! うちのボディーガードおじさんばっかだしさ! リンも家に来てよ!」

 

 気に入って貰えたらしいのを良いことに、上手くネオンを誘導する。実際は拒否されようともゴリゴリにノストラード邸までついて行くつもりだが。

 そしてその策は上手く行ったらしく、素直かつ我儘な性格のネオンはわかりやすく不満そうな顔を見せた。思惑通りに獲物が動き、リンは内心にやりと笑みを浮かべる。

 そんな態度はおくびにも出さずにクラピカと目配せをすると、クラピカが前に進み出た。

 

「そういうことでしたら私からも相談してみますが、ボスからも口添えいただけるとより話が円滑に進むかと」

「うんわかった。じゃ、後で電話しとくね」

「ありがとうございます、では……。リン、ちょっと来い」

(ネオンと私で、相手にするときに出す声が明らかに違うんだが?)

 

 こいつもおべっか使えるんだとかそもそも人に敬語使えるんだとか色々驚きはあるが、一番ツッコミたいところは自分との扱いの差だ。下僕を相手にするかのような低い声で言われ一瞬イラっとするが、よく考えればこちらがクラピカの素であったと思い直す。

「後でまた来るわ」とネオンに手を振り、部屋を出た。周囲に聴こえない程度の声でクラピカがリンに囁く。

 

「想像以上に上手くいったな。正直驚いている」

「私も。あそこまでチョロいとはね。でも……」

「ボスの相手はリンで確定だな」

「そうそれ。今まで会ったことないタイプだわ……」

 

 あの様子では今後ネオンの相手を担当するのはリンで確定だろう。それも含めて上手くいったと言えば聞こえは良いのだが、接していて疲れるタイプであろうことは十分に察した。できるだけ早めに緋の眼の情報を掴みたいところだ。

 

 ともかく、これでリンのノストラードファミリー入りの算段は整ったのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 そして翌日。

 ネオン、その護衛達と共にリンはノストラードファミリーの専用飛行船に乗り込んでいた。民間の飛行船よりも小型ではあるが、内装まで心配りが行きわたっている。ライト=ノストラードが娘の安全のために造らせた特別仕様らしい。

 リンはクラピカ達ボディーガードと同じ立場ではあるものの、ネオンに呼ばれ隣のソファーに腰かけていた。流石にどうなのかと同僚の面々を窺ったリンだったが、我が儘娘の相手をしてくれるならば是非にと、バショウをはじめとしてむしろ生贄に差し出された形である。リンとしてもネオンの奔放っぷりには慣れてきたのでそこまで苦ではないのだが。

 

「うーんやっぱり出ないなぁ」

「何が?」

「私ね、占いが得意だったんだけどさぁ。最近出なくなっちゃったのよね」

 

 くるくるとウサギの頭がアクセントについたペンを回しながらネオンが呟く。メイメイと共に空の景色を眺めていたリンは、ネオンの返答を聞くと思わず微妙な表情を浮かべた。

 

(クロロに盗まれたからか……)

 

 能力の性質上も含め、性格的にも念の収集癖があるクロロだ。普通に考えて、今後ネオンの念が返却されることはないだろう。

 それはネオンの占いでここまでのし上がってきたノストラードファミリーとしては致命的なはずだ。ファミリーはこのままいけば、今後大きく傾く。

 だが、逆に言えばクラピカにとってチャンスでもある。恩を売り、実権を握り、内部を掌握する。それは裏社会を起点に緋の眼を集めるならば必須条件だ。立場がなければ緋の眼を集めるような権力者とは会うチャンスすらも訪れない。

 

「リンの事も占ってあげたかったんだけどなぁ~残念」

(占ってもらったことはあるのよねぇ……)

 

 リンを占ったのは盗んだクロロである上に、占いの結果は2週目で死亡という散々たるものだったが。だが、9月の2週目でもリンは変わらずに生きている。あの占いから未来は大きく変化したのだろう。

 今思えば占いさまさまだ。あの占いがあったからこそ、クロロはリンを生かした。だからこそ今、リンもクラピカも生きている。

 

「占いってペンを使うの?」

「うん。【天使の自動書記】(ラブリーゴーストライター)っていって、勝手に1カ月の予言が書かれるの。だから私は何が書かれるかわかんないんだよね」

 

『占い』という能力の内容を知っているからこそそれが念だと知っているが、あえて知らぬふりをして質問する。情報を知られることが致命的な事態を引き起こす可能性を孕んでいるという自覚がないからか、会って間もないリンにもネオンはあっさりと教えてくれた。

 

「(念能力者にしては体外に出てくるオーラが少なすぎる。『纏』で操作している可能性もあるけど、ネオンの性格上それはなさそうね。となると、自然発生型の念能力者か)それ、念じゃない?」

「あー、ダルツォルネさん……前のボディーガードのリーダーの人にそれ言われた。私みたいに修行なしで使える人は珍しいって」

「そうね、私も初めて会った。……修行で念を自在に使えるようにすれば、今の能力と近いものを新しく作れるんじゃないの?」

「ええ~、修行って大変なんでしょ? 面倒じゃん」

 

 能力の性質からしても(あと性格診断的にも)恐らく特質系だろう。系統が同じだと知られると、クラピカに我が儘娘という枠で同類扱いされそうで少し嫌なリンである。同い年で特質系の同性、思った以上に共通点が多い。

 

(ていうか私がこれまでに会った同い年の奴って、ルカスを除くとハンゾーとネオンくらいじゃない? クセ強っ)

 

 仕事柄、ネオンのことを言えない程度には同年代と関わる機会が少ないリン。これまでの人生で関わった人間をピックアップしてみるが、趣味仲間を含めても大抵は年上ばかりだった。

 唯一の同い年の個性の強さに辟易するが、リン含めて没個性では生きられない世界に生きている人間ばかりなので、そもそも年代問わず関わる人間は全員クセが強い。

 

 メンチたちは言わずもがな、ゴンやキルアだって、色々と頭のねじが外れている。特に弟はいつか思い付きでえげつないことをやらかすのではないかと心配しているリンである。

 クラピカだって、理知的に見せかけているくせしてすぐに感情に流されて無謀なことを始めるし、常識人かつまともな精神を持っているのはレオリオくらいかもしれない。こうして考えると、レオリオの逸材具合がよくわかる。貴重な人材だ。

 

(仕事中は本当つまらなそうな顔してるわね~)

 

 ちらりと斜向かいに立っているクラピカを盗み見る。ハンター試験や修行中には時折無邪気な笑みも見せていたが、仕事モードに入ってからは鉄面皮もいいところのすまし顔だ。これでよくセンリツと仲良くなれたものだと感心する。

 

「……なんだ」

「別に? シケたツラしてんな~って思っただけ」

 

 本気で隠そうとしていなかったからか、クラピカはリンの視線に気づいたようだった。絶対零度な視線で射貫かれ、リンもいつもの憎まれ口を叩く。クラピカの額にぴきりと筋が浮かんだ。

 普段ならば舌戦なり肉弾戦なりでその喧嘩を買いに行くクラピカだが、流石にボスの手前我慢したらしい。ぐっと口を噤みリンから視線を外す。聞かなかったことにされたようだ。

 

(……これは使える)

 

 クラピカに対してはどうにも子どもっぽいテンションになってしまうリン。暫くは腹が立つことを言われたら、報復にネオンを利用しようと心に誓った。

 

 さて、行先が地続きのヨルビアン大陸である以上、ノストラードファミリー本邸に到着するまでそれほどの時間はかからない。

 飛行船は、半日も飛べば目的地近くの飛行場へと到着した。そこからお抱え運転手による運転で、本邸まで運ばれる。クラピカ達は三度目、リンは初めての訪問だ。

 

(バッテラほどではないけど……建てられてまだ日も浅い、かなりの豪邸ね。一気にのし上がってきたって話は本当ってわけか)

 

 バッテラが規格外なだけであって、ノストラード邸もアニメに出てくるような大金持ちの洋館といった雰囲気を出している。敷地面積もかなりのものだろう。

 

 家の住人であるネオンや元々の古参であるシャッチモーノとスクワラを先頭に、ずらずらと大きな屋敷へ入っていく。

 シャッチモーノの手で、各々に割り当てられた部屋に案内された。使用人の住居だけでも数百坪の面積があり、全員が個室を与る。

 使用人や護衛の面々はここからネオンの荷物の荷ほどき、自分たちの荷物を降ろす作業に入るのだろうが、クラピカには護衛隊リーダー代理として仔細報告をする仕事がある。リンも紹介を受けるためにそれにつき従うこととなった。

 

「えらく犬が多いわね」

 

 屋敷の外には沢山のセントバーナードやシェパードのような番犬らしい犬種から、マルチーズやブルドッグといった室内飼いされるような犬種が様々に解き放たれている。飛行船にも犬は沢山乗り込んでいたが、ネオンの態度からして彼女の飼い犬ではなさそうだった。そして屋敷に居る犬たちの数は、飛行船の比ではない。

 ボスの部屋に向かって歩きつつ、廊下にはめ込まれた窓からそれらを眺める。リンがそう言うと、丁度スクワラが外に出て犬たちを呼んだ。どうやら小型犬は屋敷内を担当する番犬らしく、いくらかの犬がスクワラに続いて屋敷に入っていく。

 

「スクワラの飼い犬たちだ。犬を操作する能力者だからな」

「へえ……クラピカはヨークシンの護衛から入ったんでしょ?まだ日も経ってないのに、えらく詳しいわね」

 

 コミュ障のクラピカに相手の念を聞くほどのコミュニケーションが取れたのか、いや、リーダー代理だったなら各々の念能力を把握するために聞き出すくらいはできるか……? と失礼なことを考えるリン。自分も人のことは言えないのだが、そこは気にしないことにする。

 

「ああ、まぁな……」

 

 しかし妙に気まずそうなクラピカの返答に、更に謎は深まることとなった。

 どんなエピソードがあればここまで微妙な返答になるのだろうか。少し興味は湧くが、今は聞かないでおくことにする。

 

「ボス、クラピカです」

 

 ノックの後に、必要以上の音は立てず静かに扉を開く。クラピカも当主に直接会うのは初めてだと聞いている。まずはクラピカが自己紹介するのかと思い、リンは部屋の端で佇みライト=ノストラードの様子を窺う。

 

「これからの指示を願います」

「俺は……来月からどうすればいいんだ?」

「……ボス」

「……ああ、ダルツォルネが居なくなってしまったからな……今後の護衛団リーダーはお前に任せる。あの状況下でネオンを連れて帰ってきた功績は大きい」

「承知しました。つきましては私個人でハンターを雇おうと思うのですが。娘さんも非常に気に入っており、腕の立つ人間です。万が一の際に娘さんを確実に守れます」

「電話で聞いたよ。任せる……」

 

 ノストラード氏の様子からして、リンが挨拶をする必要はないだろう。声だけで分かる意気消沈した姿に、今までどれだけ娘の占いに依存していたのかが窺える。

 確かに未来を予知する力は、上手く使いこなせば世界だって掌握できるだろう。何が起こるかわからない状況を楽しむのが好きなリンには理解できない考え方だが。それを失った今、ライト=ノストラードは常人以下の精神力の傀儡も同然だ。

 未来が分かる力に頼る気持ちはわかるが、あまりにも頼り過ぎた。部屋の隙間からちらりと見えたノストラードファミリーボスの恐怖を堪える姿にはもう猛き者の面影はない。

 クラピカと視線のみで意思疎通をすると部屋を出た。そのままクラピカを先に、連れ立って歩く。向かう先は護衛の控室だろう。

 

「驕れるものも久しからず、ただ春の夜の夢の如し」

「ヘイケ・モノガタリだな」

「知ってるの?」

 

 リンがぼそりと呟くと、予想外にもクラピカからの反応があった。寿司は知らないのにこれは知っているのかと、歩きながらもクラピカの方に大きく身体を向ける。

 

「文献で読んだことがある……ジャポンの古文だったか?」

「そうよ。前から思ってたけど、クラピカの知識ってかなり偏ってるわよね」

「世界の歴史やマナーはクルタの文献があったからそれで学んだ。ハンターに必要な宝物知識などは外の世界に出てから学んだ」

 

 クルタ族が滅亡したのはおおよそ5年前。そこからハンター試験を受ける準備期間の間に学んだのだろう。体術訓練と併せて1人で図書館にでもこもっていたのかもしれない。

 

「クラピカ、異文化(カルチャー)ハンターに向いてるんじゃない?」

「私は賞金首(ブラックリスト)ハンターだ」

「頭固いわよ。好きなことやってりゃいいんだから」

 

 無表情で言うクラピカを、リンは意にも介さず笑い飛ばす。修行の時から旅団を倒さねばと無意識のうちに凝り固まっていた心が、何処かほぐれていくのをクラピカは感じる。しかし、これもまた重要なことだと気を引き締めるとリンに向かった。

 

「私はこれから、ノストラードファミリーを掌握する。リンにはネオンを通じて、緋の眼の情報を集めてもらいたい」

「りょーかい」

「お前の気持ちはわかっている。……だが、私はこの先、必要とあらばどんな手を使ってでも緋の眼を集める。この手を汚す未来は変わらない」

 

 だがクラピカがそう言うと、リンは笑って返したのだった。

 

「必要ないわね。いつかは手を汚す時が来たとしても、それは今じゃないわ。悲願のためなんて理由で手は汚させない、私が全部やる」

 

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