リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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保管庫にて【1】

「クリスマスパーティー?」

「そうだ」

 

 ヨークシンから3カ月が経ち、現在は12月の中旬。それはクラピカの口から唐突に飛び出した。クラピカの部屋で紅茶を飲んでいたリンだったが、思わずカップから口を離してその顔を見る。

 あまりにもミスマッチな組み合わせだと笑いそうになるが、クラピカの顔は真剣そのもの。下手糞な冗談、というわけでもないらしい。

 

 クラピカの手腕により、ノストラードファミリーはボスのライト=ノストラード抜きでもつつがなく回り始めていた。

 その一方、ライト=ノストラードの神経衰弱は日に日に悪化している。女遊びをする余裕もなくなり、毎日心の拠り所がなくなった恐怖に怯えるのみだ。公には体調不良だと説明しているが、裏社会ではネオンが能力を失ったという噂も広がり、誰もが薄々察していた。

 最近では多少の余裕も生まれ、本格的に緋の眼の捜索に乗り出し始めた。リンが今ここに居るのもそれが理由だ。

 

「緋の眼絡み?」

「そうだ。俺が緋の眼を探していると噂が立ち始めたらしい。持ち主の一人から直々に連絡が来た。同志として交流を深めたいと」

「あ~、まあ結構派手に動いてるからね。名前は?」

「アイズ=モルグ」

「うわ、経済界重鎮の爺さんじゃん」

 

 アイズ=モルグの名はリンも聞いたことがある。表世界に生きていながらもマフィアをはじめとする裏社会との黒い噂が絶えない有名人だ。強い権力を持っていれば、黒かろうが白かろうが生きていけるのが世の中というものである。

 ともかく、持ち主と接触する機会ができたのは純粋に喜ぶべきことだ。しかし呼び出された場所を考えると、どうにも疑問がのこる。

 

「にしても、それなら普通の会談でよくない? なんでクリスマス?」

 

 ローテーブルにカップを戻し、ソファーにだらしなくもたれかかるリン。対照的にクラピカは品良くソファーに腰かけ、ソーサー片手に紅茶を飲む手を休めない。素でこの態度なのかそれとも努めて平然としている風を装っているのか、淡々と説明をする。

 

「クリスマスパーティーの場で見せたいものがあるらしい。俺を驚かせたいと言われた」

(わざわざそこまで? もしや、クラピカにも興味を示している……?)

 

 ピクリとリンの耳が動く。妄想でしか考えたことがなかったが、もしかしたら現実になってしまうかもしれない。

 それすなわち、クラピカのハニートラップ交渉だ。

 

(リアルモブクラは流石に解釈不一致!)

 

 舞台は酒女ギャンブル上等な裏社会。この世の爛れた部分を煮詰めたような世界で、なぜハニートラップや性交渉が必要なケースがないと言えるのか。むしろクラピカなら、ない方がおかしい。

 それに思い返せば、アイズ=モルグは男色趣味の噂が立っていた覚えがある。会社サーバーのチャットアプリでオジ専腐女子の社員が騒いでいた。余談だがこのアプリ、社員全員がそっち趣味のため、社内サーバーだろうがそのような話題ばかりが流れている。

 

(絶対言いはしないけど、あんたハンターサイトでも『最近裏社会でも話題になってる美人だ。性別は恐らく男性だが、女性ではないかという噂もある』とか言われてたわよ! 絶対言いはしないけど!)

 

 先日興味本位で漁ったハンターサイトにおけるゴン達の情報。ただの興味の割には高額な情報料だったが、ある意味払った甲斐があったと思えるほどの衝撃ではあった。

 どう考えてもリンより不名誉な情報をハンターサイトに載せられているクラピカ。恐らくは性的な意味でも裏社会で話題になっているのだろう。たぶん前世でもこの展開は死ぬほど見た。

 こいつならば同胞の眼のためだと喜んでケツを差し出しかねない。そして事後、緋の眼を眺めながら儚げに微笑むのだ。

 

(ていうかパーティーって響き自体が同人誌でよくあるやつよ! 薬盛られてなんかエロくなるアレ! ナイトのパラディナイトが居ないのにこんなのモブクラ確定じゃない駄目!)

 

 きっとそんな展開も前世の同人誌であったはずだ。もしかしたら原作でもあったのかもしれないと考えているリンは、刊行されていたのが少年誌であったのを忘れている。

 

「人体収集家も多く集まる愛好会の場らしい。年齢制限があるが故にネオンはいかない場所だが、俺も行けるようにモルグが主催者に取り計らってくれた。横の繋がりも把握し、モルグとも交渉できる。またとない機会だ」

 

 クラピカの話も耳に入っていない。リンの脳内ではクラピカを中心とした乱交パーティーが開かれている。もちろん全員男性だ。

 護らねば、友の貞操を。レオリオ不在の今、クラピカの貞操を護れるのは自分しか居ないと、リンはおかしな方向に決意を固めていた。

 

「私も行くわ! ここは裏社会なんだから、1人で行くのは危険すぎる」

「何があるかもわからない、女性には危険過ぎる場だ。俺が行けば十分だ」

「あ、私のこと女って知ってたんだ」

 

 クラピカらしくもないセリフにきょとんとするリン。

 そもそも同業者界隈……つまり念能力者界隈では、男女どころか年齢すらも外見で測れるものではないため、どこまでも相手を対等として扱うのが暗黙の了解だ。そのため、リンはひたすらに女性扱いされることに慣れていない。

 

 一方、リンの表情に失言であったと悟るクラピカ。途端に口にした言葉が気恥ずかしいものに感じられるクラピカもクラピカで、女性扱いだったりレディーファーストといったものに慣れていない野生育ちだ。

 それが時に謎の天然タラシ発言に繋がっていたりもするのだが、ここでは小学生男子のように憎まれ口を叩く方に発展した。

 

「生物学上の女性を名乗るだけならば、お前でも不可能ではないだろうな」

「はぁ?」

 

 ノストラードファミリー内部という手前多少は大人しくなったが、それでも2人の会話内容は大半が口喧嘩の応酬である。

 だがヨークシンでのやり取りを思えば、それは歳相応のやり取りができているという意味でもある。リンとしては喜ばしいことだ。恐らくクラピカもそうなのだろう。結果として減らず口は止まらない。

 

「なんで推定形? 100%可能ですけど」

「リンでも一応は女性だ」

「一応って何」

 

 流石にピキッとくるので、軽く小突いてやろうかとは思わなくもないが。

 

(落ち着け私……。大人になるのよ……)

 

 一呼吸入れてお菓子をメイメイから1つ奪い取り齧る。ちなみにだが、リンが持って来たお茶菓子は、メイメイが独占して抱え込んでいる。見慣れた光景なのでリンもクラピカもそれを咎めることはない。

 クラピカとて、裏社会における夜のパーティーの危険性は承知の上だ。そこに好きな女の子(バショウに言われただけなのであくまで仮)を行かせたくないのは納得の心理というものだろう。自身の心情を隠すかのように軽く咳払いをすると、クラピカはリンの要求を突っぱねるためにはっきりと言いきった。

 

「パーティーのあと、モルグと個人的に交渉に移る。女性にこのような仕事は任せられない。護衛はリンセンに頼む」

 

 リンセンは今や、クラピカの優秀な右腕だ。元々ボスの右腕として共に仕事をしていたのもあり、おまけにプロハンターで腕が立つとくればそりゃあここで頼るのはリンセンになる。リンもそこは理解できる。

 だが、これは緋の眼奪還ミッションだ。女というだけで作戦から排除されては気分が良くない。ここでまた、リンの負けず嫌いに火がつく。

 

「へぇ……じゃあ男ならいいわけね?」

 

 そう言うと、クッキーを頬張るメイメイのポケットにむんずと腕を突っ込みホルモンクッキーを取り出した。何をするのかと訝し気にリンを見るクラピカを睨みながら、ぼりぼりと1枚頬張る。

 

 瞬く間に体格に変化が起こる。服を破かないように男になる瞬間、素早くジャケットとインナーを脱いでおく。もちろんブーツも。目にも止まらぬ早着替えだ。

 突然ストリップを始めたリンの奇行に、クラピカは思わず目を逸らした。しかし現れたのは、細身ながらも男性らしい肉体。驚きのあまり立ち上がるクラピカに合わせてリンも立ち上がると、目線はリンの方が高くなっていた。

 

「それは……」

(……あ、髪か)

 

 それが念能力だとわかったのだろう。だが、リンが思っていたような反応ではない。

 不思議に思い、ふと今の自分は黒髪だと気づいた。髪もセットしていないし、これでは確信が持てないのも仕方ない。

 

「こうすればわかりやすいですか?」

 

 そう言うとオーラを具現化させて髪に纏わせる。真っ黒の長髪は赤髪に染まった。ついでに髪型もある程度セットする。

 こうすればあっというまにクラピカも見覚えのある姿だ。せっかくだからと、ニアの頃の口調でふんぞり返る。

 

「ニアだな。念だったのだろうとは思っていたが……」

「これなら女性じゃないですよね?」

「……念で変化しただけで、女性に変わりはないだろ」

 

 なおも頑なな男子小学生クラピカ。こうなればただの駄々というものである。リン……いや、ニアのこめかみにぴきりとシワがよる。

 

「……一緒に風呂に入ったこともありますよね。改めて、生えてるか確認しておきます?」

「うわ、馬鹿やめろ!」

 

 キレ気味にベルトに手をかけると、クラピカは慌ててその手を止めた。そしてその手を押さえながらも、リンの言い分を聞き入れずに突っぱねる。

 

「駄目と言ったら駄目だ」

「なぜです! ちゃんとした理由を教えてもらえますかねぇ~!?」

「うっ……近づきすぎだ!」

 

 結局子どもっぽい言い合いになってしまう。仲裁役のレオリオも居ないので、際限がない。

 ずいずいと顔を近づけるリンに、少しばかりのけ反りながらも意見は一切覆さないクラピカ。ぎゃいぎゃいと騒いでいると、いつの間にか扉が開いていた。

 

「えっ、クラピカと……どこのお兄さん?」

「あ、ネオン」

 

 扉の向こうでは桃色の髪の少女が、顔を真っ赤にしながら立っていた。

 声の主はネオン。自室と部屋が近いのもあり、大声に気づいて気になったようだ。ニアの姿になっているため、リンだと気づかなかったらしい。

 

「いやその……、ごめんなさい邪魔しちゃったみたいで……」

 

 それにしても妙に動揺している。両手で頬を包み込み、照れた乙女のような顔でリンとクラピカを見つめるネオンだ。ここでようやく違和感の正体に気づいた2人。

 

(あ、これヤバいやつかも)

 

 扉を開けたら、上裸の男性がベルトを緩めながらクラピカに詰め寄っていたのだ。人によってはそういう関係だと思っても仕方ない。いや、リンがネオンの立場なら絶対にそう思う。

 

「ネオン誤解よ誤解! 私リンだから!」

「でもどう見ても」

「念の力で男になってるだけ! ちょっといつもの喧嘩になってただけなのよ! クラピカは(たぶん)ちゃんと女性が好きだから安心して!」

「そっそうなんだ! よかったぁ~」

 

 リンだとしてもそれはそれで、普段のネオンなら騒いだのだろう。しかしネオンは現状を理解するのに必死らしく、そこまでは追及されなかった。更に運の良いことに、()の部分にはネオンだけでなくクラピカも気づいていない。

 リン魂の叫びに、ほっとしたようにおかしなテンションで笑うネオン。微妙な空気が流れる。

 

「じゃ、じゃあリンに用があっただけだから! ごめん! お邪魔しましたぁ~」

 

 照れた素振りのまま、ネオンはパタパタと部屋を出て行ってしまった。クラピカに対しても誤解を植え付けてしまったかもしれない。リンに用があったのに速攻で回れ右しているところからも相当な動揺が窺える。

 言うまでもないが、(男の人同士があんな顔を近づけてるところ初めて見た……キスするかと思った……)とネオンは内心思っていた。鼓動は高鳴り、思わずぎゅっと胸を押さえているが、二人には知る由もない。

 

(……新しい扉を開かせちゃったかもしれないわね)

 

 流石に悪いことをしたなと反省するリン。ただでさえ人体収集趣味を持っているのに、このうえBL趣味まで持ってしまっては始末に負えない。

 

「一応聞いておくけど、男色趣味ではないわよね?」

「……愚問だ」

 

 念のためクラピカも扉を開いていないか、確認しておく。クラピカは疲れた顔でリンの質問を否定したのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 しかし怪我の功名というか、あのあと話は有耶無耶になった。おかげでリンはニアの姿ならという条件付きで、クラピカの護衛に収まっている。

 リンセンには運転手を頼むのみに留め、スーツを纏い二人揃って会場へと入る。招待されたパーティーは、高層ビルで行われるかなり大規模なものだった。マフィア主催のパーティーらしく、参加者は皆どこかカタギではない雰囲気を纏わせている。

 

「モルグ氏はどこにいらっしゃるのでしょうか」

「既に来ているようだ」

 

 今回のリンのミッションはクラピカの護衛。更に、言いはしないものの、リン的裏ミッションはクラピカの貞操の護衛だ。

 モルグはパーティーの催し物で見せたいものがあるからとクラピカを呼んだに過ぎないのだが、既にリンはモルグがクラピカを狙っていると解釈している。今すぐ血祭りにあげたいところだが、下手なことをしてクラピカの立場が危うくなっても困るのだ。

 

 そんなリンの思考は露知らず、クラピカはニアに扮したリンを率いて受付を済ませ、会場に入る。パーティードレスに身を包んだ男女が品良く会話をする中、ずかずかとクラピカに近づいてくる男の姿があった。

 

「よう……クラピカさんよ」

「ゼンジか」

 

 スキンヘッドのガタイが良い男だ。パーティー参加者の中ではあからさまにマフィアといった雰囲気を出しており、少し浮いている。

 向けてくる眼は、明らかにクラピカに対して敵意を孕んでいるものだった。背後に控えるリンには興味もないらしく、一切視線は合わない。

 

(三下臭い雰囲気だしてるけど、ボディーガードが後ろに控えてる。マフィアの知り合いか何かかしら?)

「ノストラードに代わって、随分よく動いているらしいじゃねえか。ゴマすりは上手くなったのかよ、え?」

 

 ライト=ノストラードはこれまで、ネオンの占いをリッツファミリーの上層部に売り渡すことによって権力を得てきた。

 それができなくなった今、クラピカは合法的な賭博と護衛の仕事を中心として組を回し始めている。そうでなくともクラピカにゴマすりはできないだろうが。

 好意的に見ている相手にすら煽りにかかるクラピカだ。好ましくない相手に喧嘩を売らないわけがなく、それはマフィアでも例外ではない。

 

「貴様に話すことなどない。失せろ」

「はぁ?」

「……(さっそくやったわね)」

 

 クラピカの気持ちも分からなくはない。基本的に煽り癖はあるものの、クラピカがあからさまに喧嘩を売るのは本当に嫌な人間にだけだ。

 しかしそれはそれとして、上下関係のはっきりしている裏社会でここまであからさまに喧嘩を売っても良いものだろうか?(やっぱ私が知らないところでも喧嘩売ってるのな)と少し心配になるリンである。

 

「そうはいかねえ。テメェにやられたこの顔が……潰れた肝が疼いてよぉ……十老頭直下の組頭であるこの俺に……」

(やっぱりこいつも、そこそこ権力あったのね。誰にでも喧嘩を売るクラピカじゃあるまいし、じゃないとこんなにでかい顔できないか)

 

 内心納得するリン。尤も、幻影旅団が派手に暴れたせいで裏社会の均衡は大きく崩れているのだが。

 

 クラピカがファミリーを掌握できるようになったのは、右腕であるリンセンの助力が大きい。ドライに金銭を目的としているリンセンは、クラピカがファミリーを乗っ取ろうとしているのを理解していながらも協力している数少ないメンバーの一人だ。

 だが、それだけではクラピカがここまで権力を得るのは難しかった。当然だろう、そう簡単に上層部へのゴマすりから合法の経営へと方針を変えられるわけがない。それも一介の組員が。

 

 それを可能にした最も大きな要因は、十老頭が殺害されたこと。これによって直下のファミリーは混乱状態に陥り、次々と内部崩壊が相次いでいる。ゼンジの言う『十老頭直下組頭』は最早意味を成すものではない。

 

「まだ失った権力に縋りついているのか? 無能ほど過去の栄光にしがみつくというが、本当らしいな」

「……楽しみにしてるぜ。お前の泣きっ面を拝めるのを」

 

 煽りに煽るクラピカに、ゼンジが殴り掛かってくるのではないかと一瞬リンは身構えた。しかしゼンジは何もせず、捨て台詞のようなものを吐いて会場の奥へと引っ込んでしまう。リンは思わずクラピカに小声で耳打ちした。

 

「えらく睨まれてたけど、あいつに喧嘩でも売った?」

「……こちらに戻ってからは会っていない」

「つまりそれまでに会ってるし何かしてるんでしょ。クラピカも大概喧嘩っ早いわよね」

 

 図星を指されて少しむくれるクラピカである。ニアの姿になっているリンが物理的に上から物を言ってくるのも少しばかり気に入らない。

 

「聴こえたらどうする。女言葉を止めて敬語を使え」

「Yes、ボス」

 

 この程度のやり取りはいつもの事だ。言っても聞かないのはリンも知っているため、お説教はこの辺にしておくことにする。

 

 そんなやり取りをしている間にも次第に人の数も増え、主催者の挨拶がされる。主催者の名はイシス=バイオル。裏社会ではそこそこ有名なようだが、賞金首狩りも止めて久しいリンは知らない名前だった。

 乾杯の音頭が取られ、参加者は一斉にワイングラスを掲げた。先日酒を飲んで多少慣れたからか、クラピカは特に臆することもなくグラスを空ける。あの歓迎会にも一定の効果はあったようだ、とボディーガードとして隣に立ちながら謎に感心してしまうリンである。

 

「やあ、クラピカ君来てくれて嬉しいよ」

 

 乾杯が終わったところに声をかけられ、リンとクラピカが振り返る。

 そこにはクラピカをここに呼んだ張本人であるアイズ=モルグの姿があった。60歳を超える老人のはずだが、その姿と立ち振る舞いは40代と言われても違和感がない。

 身長はクラピカ以上、ニア以下。いかにもやり手の実業家といった佇まいをしており、一見裏組織と関わりがあるようには見えない。

 

「ノストラードファミリーでの手腕は聞いているよ。若頭就任もあるんじゃないかって噂もね」

「恐縮です。モルグさん」

(やめてクラピカ、その変なおべっかがモブクラフラグを高めるのよ……!)

 

 流石のクラピカも少し愛想を良くして、モルグと握手を交わす。背後でリンがひやひやとしているが、2人は気づいていない。モルグはニアの姿をしているリンにも、柔らかい笑顔を向けた。

 

「君はクラピカ君のボディーガードかい? ノストラードファミリーは美男子揃いなんだね」

「……お会いできて光栄です」

 

 オーラは眼の精孔を絞っていてもわかるくらいの、どぎつい欲の色だ。『モルグは毎晩ホモ祭りをしているらしいクソ行きてえ私を壁に飾ってください』と書き込んでいた社員の文章が思い出される。ちなみに好みは20前後の中性的美青年らしい。

 

(視線がキモい……。久しぶりにホモに狙われるノンケの恐怖を感じたわ)

 

 スーツ姿も相まって蔵馬のコスプレをしているとは思われなかったらしいが、いっそ変態コスプレ野郎と思われた方がよかったかもしれない。かつてハンター試験でヒソカに股間を凝視された時の記憶が蘇る。許されるならば今すぐ中指を突き立てたい。

 だが、そうも言っていられないので、クラピカ同様に笑みを貼り付けて握手を交わした。やはり老人とは思えない手だ。念能力者でもないのにこの若々しさ。経済界重鎮ともなれば、肌艶まで違うのだろうか。

 

「あちらに美味しい料理があったんだ。是非食べてみると良い」

 

 モルグはさりげない仕草でクラピカの腰に手を回す。所謂エスコートというやつだろうか。しかしその指は、地味~にクラピカの尻に触れていた。

 

(……観自在菩薩行深般若波羅蜜多時)

 

 こんなところで殺気を出すわけにもいかないので、脳内で般若心経を唱える。

 愛する弟を3時間殴られ続けてもリンを耐え抜かせた般若心経先生の力は偉大だ。今のところモルグはリンの殺意に気づいていない。

 

(汚い手でクラピカの尻触るんじゃないわよ。まあでも気持ちはわかるわ最近クラピカ薄幸美人のオーラ出てきてるし好きな人には堪らないのよねいやでも正規カプはレオクラだから次点でクロロなら許すけど少なくともお前は論外だわ死ね)

 

 少しクラピカが不名誉なリンの思考に悪寒を感じたくらいのものだ。

 

 クラピカがモルグに案内されるのに続いて、リンも後ろを歩く。モルグのボディーガードも後に続くが、あくまで仕事に徹しているらしく無表情だった。

 

(お、寿司あるじゃん)

 

 流石は上流階級のパーティーで出される料理と言うべきか、様々な国の高級料理が惜しげもなく並べられている。ジャポン料理が並んでいて、少し機嫌を直すリンである。

 流石に箸はないが、代わりに手を拭くためのナプキンが用意されていた。素手で食べるのを想定しているらしい。本来ならばボディーガードは食事できないが、モルグに熱心に促され、リンも仕方なく1貫だけ口にした。

 

『お集まりいただき、ありがとうございます……』

 

 もぐもぐとエンガワを頬張っていると、再びバイオルが壇上に姿を現した。真っ赤なドレスを纏ったバイオルは、同様に真っ赤な唇の端を軽く吊り上げる。ここからが本番だとでも言うように。

 そういえば、ここは人体収集家のパーティーだ。ただ美味しい料理が出されるだけのわけはない。バイオルが合図をすると、白い布をかけられた展示台が静々と何台も運ばれてくる。

 

『本日お集まりいただきました皆様は、共通の趣味を持ついわば同志。そんな皆様の持ち寄った珍品名品を、ここに展示させていただきました。数々の名品たちに思いを馳せながら、存分にお楽しみください』

 

 運んできた男達によって、白い布が取り払われる。そこには数々の人体の一部が、さも美しい芸術品のように並べられていた。

 誰かの頭部、何処かの有名人の右腕、滅びた民族の臍の緒などなど。そしてその中央部に、ひと際目立つ真っ赤な目玉も飾られていた。小さなポットの中でふわりと浮かぶそれは、激情した時のクラピカが見せるものとまったく同じだ。

 

(あれが……緋の眼)

 

 反射的にクラピカに視線を移す。カラーコンタクトによって瞳の色はわからないが、少しだけ精孔を開いてオーラを確認すると、それは冷静な表情からは想像もつかないほどに怒りの色で真っ赤に染まっていた。

 

『それでは簡単にではありますが、紹介をさせていただきます。まずは……』

「クラピカ堪えて、むしろチャンス。あれの持ち主を特定すれば……」

 

 バイオルが一つ一つ展示品の持ち主とエピソードを語る中、リンは小声でクラピカを諫めた。スーツから少し見える拳はギリ、と握りしめられる。

 だが、これはチャンスだ。この場で持ち主を特定すれば、接触することもできる。モルグだけでなく、別の緋の眼の所有者を割り出すことができる。

 

 リンがそう考えているとき、突如クラピカの身体がバランスを崩した。よろけて座り込みそうになるところを何とかリンが支える。パーティー参加者はコレクションに眼を奪われており、幸いにもクラピカの状態には気づかない。

 

「クラピカっ」

「まさか、毒か……?」

 

 クラピカは額に脂汗を滲ませ、眉を顰めている。致死性の毒ではないものの、あまり状況は芳しくないようだ。

 だが、毒の種類が分からない以上、対処法も殆どない。そして同時に疑問も浮上する。

 

(どういうこと? 出された料理はビュッフェ形式、ワインもクラピカが呼び止めてウエイターから受け取ったもの! 毒を盛る隙なんて無かった!)

『続いてこちらの緋の眼。持ち主は、アイズ=モルグ氏でございます』

 

 バイオルの声に、リンは思わず顔を上げた。その視線の先にはクラピカがふらついているのを見ていながらも一切の動揺が見られないモルグの姿があった。それどころか、少し不満そうにリンの方を見る。

 

「ボディーガード君はまだ平気なのか。しかしクラピカ君、流石だよ。少し多めに盛ったはずなのだが……」

「見せたかったものとは、まさかあれか……!」

 

 クラピカがモルグを強く睨みつける。しかしそれを意に介さず、モルグはむしろ嬉しそうだ。アイズ=モルグの名に招待客の視線がモルグへと向けられるが、やり取りを聞いていない以上、ただモルグが微笑んでいるようにしか見えないだろう。

 

「生きている姿も美しいが、やはり緋の眼を拝みたいものだ。……君のはどのような色なんだろうね」

 

 それだけでモルグの真の目的を悟るのには十分だった。本当の狙い、それはクラピカの緋の眼だ。

 

 元々の評判もあって、てっきりモルグの想定していない方向に誤解していたリンだったが、モルグはクラピカを同志だと銘打っておびき出していた。

 

(毒で倒れたところを介抱するという名目で連れ出すつもりだったのね……!)

 

 そして毒を盛り、身体の自由を奪う。緋の眼を見せて激昂させたことで興奮状態を引き出せれば尚良い。

 ボディーガードのリンも倒れていれば、人目のないところに連れ出して処分もできる。そうすれば晴れて緋の眼が手に入るという寸法だ。

 

 クラピカはモルグ個人に呼び出されたわけではなくパーティーに出向いただけなので、うまく隠せばクラピカの身に何かがあってもモルグ個人に報復が向くことはない。

 緋の眼を手に入れるために一般人がそこまでするのかと、リンは寒気を感じた。

 

(言動からして毒を盛ったのも恐らくこいつ! 最も考えられるのは、握手をした時に毒を盛られた可能性……!)

 

 思えばわざわざ寿司の方に誘導したのもおかしい。恐らくは素手で食べさせたかったからだ。リンにも毒は盛られていたのだろうが、リンに毒耐性があるのは想定外だったようだ。

 

(迂闊だったわね。鮮魚の匂いに紛れて、味も臭いも微量の毒に気づかなかった……)

 

 だがこの様子だと、いずれが失敗しても次のプランが考えられている。ここまでの執念を傾ける程、クラピカの緋の眼は彼にとって価値があるらしい。

 

 これ以上モルグの傍に居ては危ないと、リンはクラピカに肩を貸しながら距離を取る。モルグは追いかけてくる様子はない。

 壁に背を預けさせ、ウエイターに水を頼む。本当は今すぐにでも脱出したいが、人目のある場所の方が逆に攻撃はされづらいだろう。そして、毒の経路やモルグの目的以外にもわからないことは山ほどある。

 

「どういうこと? クラピカの出身は限られた人間しか知らないはずよ」

「ゼンジ……恐らくあいつだ。俺が緋の眼になるところを見られていた。ヨークシンで緋の眼を落札して……リンと会った後……」

 

 クラピカがマフィアの間で自身の出自を語るとは思えない。リンがそう言うと、クラピカは息を切らしながら苦々しげに答えた。やはり毒は回っているようだが、意識ははっきりしているようだ。

 

 クラピカが指しているのは9月3日、リンがクラピカと夜に会った時のことだろう。

 確かにあの時、クラピカは真っ赤な瞳を露わにしていた。それを見られていたとしたら、誰に知られていてもおかしくはない。

 

(そういえばあの時、カラコンしてなかったわね)

「あいつが言いふらしていたとしたら、俺の眼が緋の眼であると知っている人間が居てもおかしくない」

 

 クラピカは現在カラーコンタクトで緋の眼がわからないように偽装している。モルグが残念そうにしていたのも、わざわざ追いかけてこなかったのも、恐らくはそれが理由だ。今クラピカが緋の眼になっているとわかっていたとしたら、即座に連れ出していただろうから。

 

「できるだけ水を飲んで吐きに行った方が良いけど……。今この場から離れるのはやめておいた方が良いかも」

 

 可能ならばすぐにでも眼を手に入れたかったのだろうが、緋の眼は興奮状態で死ぬという条件がないとその色のまま残らない。この場でそれを引き起こせる可能性は100%ではない。

 ならば、次に考えられるのは誘拐だ。クラピカと数少ないボディーガードを無力化してしまえば、あとは人を雇って誘拐するのみ。その先に待っているのは拷問の上での死。

 

「ああ……奴の狙いは恐らく俺の緋の眼。ならばこの毒は致死性のものではなく、身体の自由を奪うものの可能性が高い。下手に隙を見せれば誘拐されて緋の眼になるまで拷問かそれとも……」

「近しい人間ぶっ殺し……クルタ族虐殺の時と同じ手を使われかねない、か」

「その場合手始めに殺されるのはお前だろうな」

「……やっぱり?」

「俺が信頼できる人間しかそばに置かないのはすでに知られている。……ともかく、すぐにリンセンを呼ぼう。状況は芳しくない」

 

 クラピカの指示に従い、すぐさまリンセンに連絡をする。車を回してもらえるまではこのまま留まっていた方が良いだろう。

 いつの間にか名品の解説は終わりを告げ、パーティー客は自由に動き始めていた。その多くは展示品を見に行くが、モルグは怪しい笑みを浮かべながらリン達の下へと歩いてくる。そしてリンの方を見ると少し驚いた表情を見せた。

 

「ボディーガード君、まだ毒が回らないのかい? もしかして訓練か何かしていたのかな?」

「毒には一定の耐性を持っています。クラピカの眼が狙いだったんですね」

「……まあ、良いだろう。君も共に来ると良い。いや、それ以外は選べない」

 

 モルグの発する欲の色をしたオーラは、クラピカの眼に対して向けられているものだったのだ。最後のクルタ族を自身のコレクションにしたいと。

 彼のような特殊な趣味を持っていれば、クラピカは何重の意味でも貴重な存在だっただろう。大切な友人を殺してコレクションにしようとしている目の前の男に、生理的な嫌悪感が込み上げる。

 

(大声を上げて周囲の目を向ける? いや、モルグの知名度と信頼度が高すぎる。むしろこっちが不利になるわね)

 

 モルグのボディーガードがリンに一歩近づく。パーティー客は部屋の端に居るリン達には気づかない。だがクラピカを抱えて強行突破するか、それとも彼らを倒すか、いずれにしても動けば騒ぎになるだろう。

 

(いっそ、多少強引にでも意識を刈り取って逃げるか。いや、最悪そこの窓を割って逃げる手もある。ここ64階だけど……。……!?)

 

 突如感じた悪寒。本能的にクラピカの腕を引っ張る。クラピカの身体は大きく揺れ、リンに抱き留められた。

 直後、クラピカの肩があった場所を紙吹雪が通り過ぎ、それはボディーガードとモルグの心臓を貫通した。

 貫通した紙吹雪はそれだけの威力があったのが嘘のように地面にはらはらと落ちる。そして血を拭きだしながら倒れる男達を中心に、ざわめきが起こった。

 

 一瞬何の催し物かという動揺。次に嫌でも鼻につく血の臭いからそれが本物の死体だと気づき、恐怖に。

 冷静さを失った参加者たちは、悲鳴を上げながら出口へと一目散に逃げてゆく。突如襲った攻撃と、それによって出来上がった彼らの死体。助かりはしたが、なぜ彼らが死ぬ必要があった?

 

(この状況を仕組んだのはモルグだったはず! なのになぜ彼が殺されるの!?)

 

 リン達を中心にバリアでも張られたかのように、誰も近づいては来ない。だがその時、参加者たちが逃げていく中、リン達に唯一視線を寄こした男がいた。

 それはゼンジ。嬉しくて仕方ないといった笑みを浮かべ、しかし何も言わずに客に紛れて逃げていく。それだけで悟るには十分だ。

 

(迂闊だった……! モルグ以外にもクラピカを狙っている奴が居るなんて!)

 

 つまり、2つの勢力がクラピカの命を狙っていたということだ。1つは緋の眼を狙っているモルグ。しかし彼は先程の攻撃が当たり、死んでしまった。

 もう1つは、ゼンジ。こちらは恐らくクラピカを殺せれば何でもいいと考えている。緋の眼も目的にあるかもしれないが、あくまでこちらは憂さ晴らしがメインだ。

 

「運が良かった……。リン、紛れて俺達も逃げるぞ!」

「いや、……もうそれは難しいかしら」

 

 だが、ゼンジの雰囲気からして、彼は直接クラピカに手を下そうとしたわけではない。彼自身がクラピカに敵わないことを十分に理解していたのだろう。

 そして、代わりに殺してくれる人間を雇った。できるだけ悲惨な死を迎えさせるようにととオーダーまでして。初めにクラピカの心臓を狙わなかったのが良い証拠だ。そして彼らはもう、ここに来ている。

 

「……メイメイ、出てきて」

 

 正直なところ、モルグの連れているボディーガードくらいならば能力を使わずとも十分に倒す自信があった。たとえ、相手が念能力者であろうとも。

 だが、この相手にはそんな余裕はない。それどころかクラピカを護りきる自信すらもない。冷や汗を流すリンの前に、暗殺者……イルミとカルトは、ふわりと窓から降り立ったのだった。

 

 

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