「あれ、リン居たの。また変な格好してるし」
割れた窓ガラスからするりと会場に侵入したカルトとイルミ。カルトは表情を一切変える様子がないが、イルミは驚いたように眉を上げた。リンが居るのも予想外だったが、更にニアの姿になっているのも予想外だったらしい。
「そっちこそ、パーティーを楽しみに来たってわけじゃないみたいね」
「カルトの仕事。ターゲットが念能力者でちょっと手こずりそうだったから、一応俺も手伝いで付いて来たんだよね」
「へぇ……。ちなみにそのターゲットっていうのは?」
視線をカルトに移しながらも、冷や汗が流れるのを止められない。聞いてはみたが、答えなんてとっくにわかり切っているからだ。
リンが自分に尋ねているのだとわかったカルトが小さな口を開く。さっきのイルミの発言で、目の前の男がかつてキルアを迎えに来ていたメンバーの一人だと理解したのだろう。
だが、それは温情をかける理由にはまったくならない。むしろカルトからすれば殺意を倍増させるものだった。
「ノストラードファミリーのクラピカ。邪魔するならお前も殺すよ?」
「悪いけど、殺させるわけにはいかないのよね。……喜んで邪魔するわ」
冷たい眼でそう言われる傍ら、リンは目の前の2人からは視線を外さず、隣に立っているクラピカに意識を向ける。
リンセンへの応援要請でもしていたのだろうか、クラピカもイルミたちから目を逸らしはしないものの、スマホで何かの操作をしていたらしい。毒が回り、口からは薄っすらと血が垂れている。
「クラピカ逃げて。依頼主はたぶんゼンジっておっさん。あいつを殺すか依頼の撤回をさせれば、この暗殺は破棄される。それまで足止めするから」
「ゲホッ……。ヨークシンの時と同じことをする気か? とっくにリンセンに連絡をした。奴の始末はあいつがつけてくれる」
「そ。じゃあ、タッグバトルね」
言葉少なだがクラピカの決意は十分に伝わった。そして絶対に逃げてはくれないだろうともわかったため、リンは早々にクラピカだけを脱出させる作戦を諦める。
イルミはリンにも遠慮する様子を見せず、クラピカに針を向けた。そしてもう一方の手にはスマホが握られている。カメラはしっかりとクラピカに向けられていた。
「何言ってんの。ターゲットはそっちのクラピカって奴だけだから、俺達からすれば2 vs 1 vs 1だ」
「知ったこっちゃないわね。てか、一応ハンター試験の同期でしょ? おまけに依頼だろうけど動画撮影までするなんて……。そんなんだから友達居ないのよ」
なぜ同期なのに名前うろ覚えなんだと呆れるリン。確かにゾルディック家に行った時もイルミは仕事で不在だったし、そこまで関わりがあったわけではない。しかし、仮にも弟の友人だ。
だが、そんなツッコミは入れたがイルミが何も感じていないのは簡単に分かった。そもそもが弟にさえ『友達はいらない』という教育を施していた兄なのだから。そして次にどんな言葉を吐くかも、即座に読み取れる。
「別にいいよ。必要ないからね」
その言葉を皮切りにイルミが接近するかと思われたが、予想に反して動いたのはカルトだった。今回の仕事はカルトのもの。イルミはあくまで自分が言った通り、サポートにまわるらしい。
(紙を操る? 操作系か!)
足元に転がっている男を襲ったのと同じ、紙吹雪がリンとクラピカを包み込む。
それはカルトの扇子の流れるような動きと連動して、小さな弾幕のようにリン達を襲った。避けようにも周囲一帯が紙で覆われており、どこへ行けばいいのかもわからない。防御策として2人は護りを固める。
しかしその一つ一つはまるで威力のないもの。元がただの紙だと思えばとてつもない威力ではあるが、リンはもちろん『堅』をしているクラピカもほぼダメージは0に等しい。
「油断しちゃ駄目よ。技を繰り出すほどに強力になる制約かもしれない」
「ああ、わかっている。……!」
ひらりひらりと紙吹雪が地面に落ちる中、クラピカの腕にひとかけらだけ紙が刺さっているのに気づく2人。それはスーツを貫通し、皮膚にまで及んでいた。
僅かながらも血が流れ、腕を伝って地面へと滴り落ちる。カルトはぽたりと落ちた真っ赤な血液を見ると、ニィ……と歪んだ笑みを浮かべた。ぞくりと悪寒が走る。
「右腕から……だね」
(まずい!)
「蛇行の舞」
明らかに威力の低い広範囲攻撃でさえ、1カ所ではあるがオーラで護っているクラピカの肌を軽く裂いた。次に来るであろう一点集中型の攻撃に、リンは背筋が粟立つのを感じる。
瞬間、カルトの呟きと共に統一性を持った巨大な紙の蛇は、クラピカの腕目掛けて襲い掛かった。
鎖と大量の紙は相性が悪い。反射的にクラピカの前にガラスを具現化すると、それは二枚重ねで具現化したにもかかわらず、ひびが入り砕け散った。かろうじてクラピカに届くことは防げたが、相当の大技なのであろうことがそこからわかる。
だが、能力の性質からしてカルトはおそらく遠距離攻撃型だ。そもそも操作系は遠距離型の人間が多い。加えてカルトの身に着けている和服という衣服が、どれだけ動きづらいかをリンはよく知っていた。
「ごめんね……!」
「!!」
ならば接近戦に持ち込んで一撃で鎮めるまで。そう決意したリンは一瞬で距離を縮め、カルトに拳を放つ。
攻防力50で放たれたそれは、拳本来の威力もあって十分にカルトの意識を刈り取るものだった。
「っと……。やっぱリンの相手はカルトにはまだ早いか」
「兄さん……」
カルトの脳を揺らすように狙われたアッパーは、間に割り込んだイルミの手によって阻まれた。ギシ、ミシと拳から発せられるとは思えない音が辺りに響き、リンとイルミの間にトン単位の力が働いているのがわかる。
幸か不幸か、リンの身体が男になったことにより、筋力もイルミと並んだらしい。本気のリンの動きは見えなかったらしく、カルトは初めて僅かに動揺の表情を見せた。
(一人ずつ集中攻撃するのが
イルミから飛び退り距離を取るリン。唯一の救いは、イルミが【針人間】を使用するための
リンとイルミの力関係はほぼ拮抗状態、クラピカはカルトに敵わないまでも、ある程度近いだけの力量を備えていると予想できる。クラピカの能力が相手に知られていないのも大きいだろう。
「リン、隙を作ってくれ。そこを仕留める」
「わかってる。けどそれが結構難しいのよね」
だが、流石家族と言うべきか、イルミとカルトの連携は秀逸なものだ。一方でリンとクラピカは念能力の連携訓練を共に行ったことがない。
今もクラピカがカルトかイルミに
何よりクラピカは毒を受けている。このままいけばジリ貧の末、クラピカが殺されるのを阻止できないだろう。リンが一瞬そう考えていた隙を突いて、イルミがオーラを込めた針をクラピカの眉間に向けて投げつける。スマホをこちらに向けながら、器用なものだ。
「くっ……!!」
簡単にやられてたまるものかと、クラピカが能力を切り替え、
その隙にカルトが扇子で脚を切り裂こうと接近する。やはりゾルディックの人間、不得意ではあれど近距離戦でも一定水準以上の力量は備えているらしい。
「させるかっての!」
クラピカ目掛けて飛んでくる鉄扇を間に入ったリンが蹴り上げる。そのまま裏拳をカルトに当てようとしたが、そんなリンを目掛けてまたしてもイルミが針を飛ばした。本当にサポートに徹するつもりのようだ。
(カルトは獲物を嬲る趣味があるって前にミルキが言ってたわね。なら動画撮影込みのなぶり殺し依頼は、確かにカルト向きのものだわ)
サポートの手を止めさせるべく、イルミに接近戦を仕掛ける。拳、蹴り、頭突き、捨て身に近い攻撃を次々に繰り出すリンだが、矢継ぎ早に攻撃している甲斐あってイルミが針を刺す隙はない。
そしてその傍ら、カルトとクラピカの動きからも意識を逸らさない。必要であれば
「流石にこっちも本気で殺りにきてるんだから、そんな余裕ないだろ」
「ぐぇっ!」
一瞬リンがクラピカとカルトの戦いに意識を移した隙を狙って、イルミの拳が腹にめり込んだ。乙女らしくない声を上げ、壁際まで吹っ飛ぶ。リンの身体を中心に壁には大きなクレーターができた。
ゼノやシルバと違い、イルミは無関係の人間を殺すこともためらわない。リンがここで邪魔をするならば、あっさりと殺してしまうのだろう。事実、放たれる拳はどれも殺意に満ちている。
「ちょっと……もうちょい手加減してくれない?」
「ヤだよ。リン相手に手加減したら、こっちがやられる」
「サポートに徹するって言ってたくせに」
軽く血を吐きながら、再び応戦の構えを取るリン。軽口を叩いて時間稼ぎをするが、状況は芳しくない。今の攻撃でリンも骨を数本駄目にしてしまった。
視界の端に映った大量の紙吹雪を、クラピカ中心に
「クラピカ、まだ生きてる?」
「ああ……」
リンの声にも反応はしてくれるが、クラピカは殆どの能力の行使に、緋の眼も条件として必要となる。毒の影響もあって明らかに疲弊しているのが見て取れた。
(カルトはともかく、イルミはかなり厄介ね……)
ただでさえ相手取りたくない人間であるだけでなく、今のリンはニアの姿になっている。そのため普段よりも間合いが取りづらい。
大抵の相手ならばともかく、イルミ相手にそれは大きなハンデだった。はっきり言って、明らかに劣勢だ。
(私たちの勝利条件は、イルミとカルトを殺すか無力化してリンセンのゼンジ捕縛報告を待つこと。カルトを人質にすれば……難しいわね)
カルトを人質に取ったところで、むしろブラコンイルミの地雷を踏むだけだ。爆発したイルミからクラピカを庇いきれる自信ははっきり言ってない。こちらはクラピカを殺されたらゲームオーバーである以上、安全策を考えなければいけない。
(……いや、もう一つ手がある!)
このまま時間稼ぎをするかと考えていたところに思いついた策、リンは思い切ってそちらに舵を切った。
立て続けに飛んでくるカルトとイルミの攻撃を全て
「リン、何をする気だ?」
突如動きを変えたリンに、策があると悟ったのだろう。地面に降りたったクラピカが息を切らしながらもリンに眼を向ける。
「しゃーない、あんま使いたくないんだけど……!」
リンが能力を発動すると同時に、頭に乗っているメイメイから黒色のオーラが溢れ出した。それはメイメイを起点として、リンの周囲を包み込む。
僅か2秒程度の時間だったが、それを見ていたクラピカは反射的に、身体を溶かし変形させて蝶になる蛹を連想した。オーラの下でリンの身体が溶けたりしてはいないかと心配になるほどに。
しかし、それは杞憂だった。黒いオーラが霧散した先には、涼しい顔をしているリンが居たからだ。
「プリキュア、メタモルフォーゼ! ……なんちゃって。初めてだったけど上手くいったわね」
「リンが俺に……?」
一瞬我が目を疑ったクラピカだったが、目の前に居るのはどう見ても自分だ。先程までリンが立っていた場所には、見た目から声から全てがクラピカそのものの人物が立っていた。
おまけに最近発現した能力であるため完全な見切り発車。そのためあまり使いたくなかったが、上手くいったようだ。
「いや、やっぱデュアル・オーロラ・ウェーブ! の方がよかったかしら? それともプリキュア・マイエボリューション! か……次やる時までに考えとかなきゃ」
「……変身能力か。それで俺達の目を欺こうって魂胆? でも目の前で変身したんじゃ、どちらがどちらかなんてわかりきってるだろ」
真剣な表情でぶつぶつとしょうもないことを呟くリンを無視して、イルミが呆れ混じりに言った。
確かに変装能力ならば目の前でそれを発動させるのは愚策だ。しかし能力が発動するか自体がダメ元だったからここで使用したとは言えない。だが、正論を言われようとリンは全く怯む様子を見せなかった。
「そうね。でも、こうすればわからなくなる、でしょっ!」
そう叫ぶと、
リンの意図を察したクラピカが自身も同じようにテーブルを投げつける。敵の視界を奪い、死角からリンはクラピカを促し共に会場を出た。
「リン、俺達ならばここから地上に飛び降りても問題ないだろう。人の目もないし、逃げた方が得策ではないか?」
「それも考えたんだけど、イルミの能力で【針人間】……人に針を刺して操作する能力があるのよ。ローラー戦術やられたら隠れても見つかりかねないし」
「民衆を巻き込むのは気が進まないが……それでも一般人だろう。見つかる可能性は低そうだが?」
「潜在能力以上の能力を引き出されるのよ、【針人間】をやられた人は。ていうかそのせいで針刺されたら死んじゃうし、被害拡大するわ。……あ、そこに入って」
廊下を走った先にあった規模の小さなフロアに飛び込むと、リンはクラピカの顔のままでニヤリと不敵な笑みを浮かべた。自分では到底しないような表情を見せつけられてクラピカが微妙な表情になる。
「クラピカ、隙ができるまでは見てると良いわ。この能力の面白いところは、こっからなんだから」
「随分余裕だな……」
「余裕じゃないわよ。ハッタリが大事なの」
だが、少し楽しんでいるのも否定はできない。新たな能力を戦闘で使えるのに、場違いにも興奮している自分がいる。
リンの異常性は、狩人『らしさ』だけでなく、念能力への執着心にも見られる。むしろそれだけがリンを世界屈指の実力者に押し上げたと言っても良い。
体術で勝てない相手が居ても、オーラ総量では勝る。筋力で負ける相手が居ても、オーラの使用技術では勝る。念能力が戦闘の全てを決める世界で、オーラに対して向けられるあくなき好奇心と向上心。これこそがネテロに世界有数の能力者だと言わしめた根源だ。
「逃げて仕切り直しってわけ? 仕事だし早く終わらせたいんだけど」
少し気だるそうにしながらも、カルトを先頭にしてイルミはリン達を追い詰める。そこにはどちらがどちらか全くわからない2人の“クラピカ”の姿があった。
リンが連れ歩いているメイメイは変わらず具現化されて片方の肩に乗っかっているものの、こんな状況だ。それをミスリードに使っている可能性も十分に考えられる。だが、イルミもカルトも動じない。
(見かけだけで変装したって、それを見破る手段はいくらでもあるんだよな)
例えば、両方に針を投げればいい。避けられても、その時の動き方には経験の差が生じるはずだ。外見だけの変身であるならばそれで見分けがつくだろう。
そう考えたイルミは、すぐさま行動に移した。急所目掛けて飛んだ針は、続くカルトの攻撃を決めるための隙を作る役割を果たす。
ガキン、と再び鎖と針がぶつかり合う音が響きわたった。先程との違いは、“どちらの”クラピカも一切の動きを見せなかったということだ。
いや、動きがなさすぎる。特に、向かって左側のクラピカは微動だにしない。よくよく目を凝らせば、少し前までは右手にしか付けられていなかった鎖が、今では両手につけられていた。
向かって左側のクラピカ……リンの左手には、新しい鎖が具現化されていた。それは、イルミたちは知る由もないが、本物のクラピカも持ちえない『第6の鎖』だ。
右手の各指に備え付けられた鎖と違って左手5本指全てを支配するその鎖は、同時に右手5本の鎖をも巨大化した『ただの鎖』として操作する。
計10本の鎖は巨大な蛇のように自由自在に動き始めた。足場が全て巨大な鎖で覆われ、イルミは壁に貼り付いて回避する。そしてカルトは近づく鎖を紙吹雪で薙ぎ払った。大量の鎖のせいで接近戦も満足に行えないだろう。
リンが
そしてリンが作成したばかりのクラピカに派生する能力
(これを狙って小部屋に移動したけど、上手くいったわね! 後は……)
敵の念能力にどう対処するかとイルミが思案する中、カルトが紙吹雪を再び散らした。それは前置きもなく【蛇行の舞】となり、鎖の蛇とぶつかり合う。紙と鉄が正面から衝突した。
力関係が拮抗していれば、散り散りになって攻撃できる紙の方が有利だっただろう。だが、カルトが戦っているのはクラピカではなくリンだ。その実力差はあまりにも大きい。
「……くっ!」
少しでも気を抜けば10本指の1本の鎖だけが相手なのにもかかわらず押し負けてしまう。そう判断したカルトは、全ての武器をその一点に集中させる選択をした。
一方で能力を使いながらも肉弾戦を狙い接近するが、残り9本の鎖がそれを許さない。うぞうぞと動き回る鎖がカルトの足を器用にからめとり、和服姿のカルトは大きく転んだ。
だが、それだけならばこれまでと同様にイルミが助太刀に入っていただろう。事実、イルミはそうしようとした。しかし気づけば自分の身体は動かなくなっていた。それどころかオーラすらも出せない。
(これは……強制的な『絶』状態?あっちの指から出ている鎖は全て具現化されているのに、なぜ)
そうイルミが思った時、『隠』によって隠されていた鎖が顕現化される。それはリンの使用している鎖とまったく同じでありながらも、性質の異なるものだった。
(部屋を覆いつくす大量の巨大鎖は、この1本を隠すためのブラフでもあったのか)
「兄さんを、離せ!」
「悪いけど無理!」
イルミの身体が鎖で拘束されているとその場の全員が認識した時、リンの指が操る鎖が、カルトを容赦なく捕らえた。
リンはそのまま能力を解除して鎖の具現化を止め、自分自身の手で直接カルトを拘束する。ギシりと男の力で押さえつけられ、カルトは身動きができなくなった。動揺するカルト、一方でイルミは淡々と考える。
(あの動きからして、やっぱり大量の鎖を操っていたのはリンか。となると、俺を拘束しているのはクラピカ。……これくらいなら関節を外せば抜け出せるかな)
それはウボォーにはできず、クラピカも把握しきれていなかった鎖の能力の抜け穴。拘束された状態から脱却する手段は、何も引きちぎるだけではない。
イルミのように特殊な訓練を受けていれば、相手がそれを認識するよりも早く拘束から逃れることもできる。マチが使用していたような何重にも巻かれた細い糸ならばともかく、クラピカの乱雑に巻き付けられただけの鎖ならば十分に脱出可能だった。
(ハイハイ、どーせ関節外そうとか考えてるでしょ?そうはさせないから)
しかしそれを実行に移すよりも早く、リンの鎖がイルミに飛んだ。
それは
「……能力をわざわざ解除したのはこのためか」
「そゆこと。左手の鎖を解除しないと右手の鎖を使えないのよ。即席で作ってみたけど、少し面倒な制約にしちゃったわ」
素早い操作は不可能でも、人が歩く程度の速さでなら十分予備動作なしで動かせる。従って、両手でカルトを押さえつけたままイルミの捕縛も難なく成功したリン。
しかしイルミに巻きつけられた鎖が亀甲縛りになっているのを見て、クラピカが思わず『うへえ』という表情を見せた。仮にも幼馴染の異性相手にこのような行いをして良いのかと。そうでなくとももう少しマシな縛り方があっただろうと。
「リン……お前に恥はないのか」
「え、クラピカこういうのがやりたかったんじゃないの? 師匠としてついでにお手本見せたつもりだったんだけど」
「やりたくない!」
きょとんとした自分の表情で言われ、思わず大声でツッコミを入れる。確かに散々「緊縛趣味?」だの「特殊性癖?」だの言われてはいたが、こんなことをしたいと思われていたとは心外だ、と。
2人が言い合いをしている間にもイルミとカルトは脱出しようと身体をゆするが、拘束が解ける気配はない。カルトにマウントポジションを取りながら、リンはコホンと場を仕切り直した。
「さて……ここからとれる手段は3つあるのよね」
「1つ目はリンセンからの報告を待ち、暗殺依頼を破棄させる。2つ目は目の前の暗殺者を殺す、だな。だが、2つ目はリンとしても避けたいだろう。第2の刺客も現れかねないし、キルアも悲しむ。……3つ目は?」
ファミリーの人間らしい振る舞いが身についてきたとはいえ、未だ実際にその手で殺人を行ったことはない。暴行はあったがあくまで正当防衛の範囲だ。
それに友人の身内を殺すのは気が引ける。可能ならば1か3を選択したいと、クラピカの顔に書かれている。
「ヨークシンでクロロが使ったのと同じ手段よ。自分の暗殺を依頼してきた相手の暗殺を依頼する。万が一ゼンジが依頼人じゃなかった場合にも有効ね。あと、イルミに依頼をすればイルミはここから離脱するから、殺されるリスクも下がる」
そういえば、クロロがどのようにしてゾルディック家含む暗殺部隊から逃れたかはクラピカは知らないのだった、と、話しながらふと気づいたリン。
その辺のいきさつも説明しておくべきかと考えるが、丁度その時クラピカの携帯に着信が入ったらしかった。
「……いや、その必要はないようだ。丁度リンセンから連絡が来た」
リンセンから来たのは、メッセージや写真の添付ではなく電話だった。クラピカが応答を選択すると、小さな画面いっぱいにゼンジの姿が映る。ビデオ通話のようだ。
『おい、ゾルディック家への暗殺依頼は撤回する! 撤回する! な、これでいいだろ? なあっt……』
鼻を潰されあちこち顔を腫れあがらせたゼンジが必死に暗殺依頼の撤回を叫ぶと、画面の向こうでリンセンが物理的に黙らせるのが見えた。静かになったゼンジが見えなくなった代わりに、リンセンの顔が映る。
『これでいいか、クラピカ』
「すまない、礼を言う。……そいつは後でパーティー主催者に突き出すから、一旦車で待機しておいてくれ」
『了解』
リンセンからは画面越しにクラピカが2人いるのが見えただろうが、彼は空気が読めるのでその辺のツッコミはなかった。
帰ったらちゃんと事情を説明しようと、脳内のやることリストに新しく追記するクラピカである。その会話を聞いていたであろうイルミとカルトに向けて、リンはサクッと言ってのけた。
「だそうだけど、タダ働きするタイプでもないでしょ。殺そうとするのやめてよ」
「うん、だからこれ解いてよ」
同じくサクッと返すイルミにため息をつき、リンは能力を解除して亀甲縛りを解き、同時にカルトの拘束を解いて立ち上がった。
クラピカも
「まったく、殺そうとするなんて酷いなあ。俺はリンを殺したくなんてないのに」
「思いっきり殺すって動きだったけどね。それにイルミが私を殺さないのって、友達だからじゃなくてミルキにできるだけ殺すなって頼まれてるから、とかでしょ?」
「はは、バレた?」
口元はニコニコと笑っているが、目は全く笑っていない。イルミに殺されかけるなんて慣れているリンは、(我ながらコレ、怒るべきよね?)と思いつつも何も言い返す気になれない。代わりにイルミを無視して腰をかがめ、カルトと眼を合わせた。
「カルト、ごめん。痛かったわよね」
少し柔らかめに微笑んでみたが、失敗したようだ。
カルトは思い切りリン(外見クラピカ)を睨みつけ、イルミのところまで走り寄る。イルミの服の裾を軽く握ると、再びリンを容赦なく睨みつけた。
今度はその睨みの先には本物のクラピカも居る。倫理観は置いておくとして、カルトからすればクラピカはターゲットだし、リンは仕事の邪魔をした女だから当然だろう。そうでなくてもキルアの件で二人とも嫌われている。
「あらら、完全に嫌われちゃったか」
「リン……そろそろその能力は解除してくれないか。俺の姿で女言葉を使われるのは、流石に少し思うところがある」
「そう? よく似合ってると思うけど」
「……喧嘩ならばこの場を離れてから買おう」
ぶかぶかになったスラックスのベルトをリンが締め直している傍ら、カルトはイルミに眼を向けた。
「兄さん、探しに行ってきてもいい?」
「ああ、うん。行っておいで」
カルトはそれを聞くとトテトテと小走りに部屋を出て行った。ここには最早人なんていないのに、何を探しているのだろうか。
ちなみに、可愛らしい擬音語で表現してはいるがゾルディックらしく足音は一切しなかったので、この音はリンの脳内補完によるものだ。可能であれば、リンはアルカもカルトも妹として可愛がりたい。
「カルト、どこ行ったの?」
「パーティー会場。展示品を見に行ったんだ」
「……カルトも人体収集趣味なわけか」
「いや? 探し物があるだけ。リンがフロアを移動してくれて助かったよ。あっちは壊したくなかったからね」
暗殺教育やゾルディックの稼業、そしてそれに付随する殺し合いさえなければ、リンとイルミはただの幼馴染だ。これまでの殺気はどこへやらという口調で話す2人。会話内容は不穏なものだが。
「クラピカを殺すの以外にも、目的があったの?」
「まあ、どっちかというとカルトの個人的な用事かな。一応俺にも関係はあるけど」
「へえ。聞いても良い系統の内容?」
(あんな殺し合いの後にここまで気さくに話せるのか)とクラピカは内心思ったが、口にはしないでおく。ハンター試験でのやり取りだけでもこの2人の関係が一般常識から逸脱しているのは明白だ。
「話しても困りはしないね、情報提供者は多いほど捜しやすいし。……あいつは兄貴の身体を探してるんだよ」
「兄貴の身体? 身体……アルカは家に居るし、他の兄弟もそれぞれ元気よね」
「その名前はあまり出さないでよね。……俺の兄貴、ゾルディックの長兄だよ」
アルカの名前にイルミが少し不快そうにしたが、それもごく一瞬だ。しかし、イルミの言葉を聞くと今度はリンとクラピカが眉を顰める番だった。こちらは不快感ではなく、驚きだ。
(イルミの兄貴……明らかに一切の聞き覚えがない。こんな情報、原作にもあったのかしら……?)
「キルアからは、ゾルディックの長男はイルミだと聞いていたが」
「キルは知らないからね。世間的にも長男は俺ということになっている。でも実際は、その上にもう1人居る。……いや、
思案するリンの代わりに、クラピカが口を挟んだ。別段クラピカに悪感情を持っているわけでもないイルミは、あっさりとその問いに答える。続いて告げられたその名は、やはりリンにも聞き覚えの無いものだった。
「トルイ=ゾルディック、ゾルディックの跡取りでありながら僅か5歳で死んだらしい。生きてたらキルも凌ぐ才能だったって。俺も生まれてなかったからよくは知らないけど」
実の兄の話をしているというのに、イルミは感傷を一切感じさせない。淡々と歴史の暗唱をするかのように語られるその話は、前世の記憶はおろかゾルディック家に滞在していた時でさえも聞いた覚えのない情報だった。
「その遺体が人体収集家の間で売買されたと最近噂になってね。カルトは優しい子だから、家族の身体を取り戻したいんだよ。ま、ここにあるとは思ってないけど」
「……兄さん、ここにもなかったよ」
「そういうわけだから、何か情報があったらよろしくね。盲目で銀髪の子どもだから」
もう少し詳しく聞こうとリンが身を乗り出しかけたが、それよりも会場からカルトが戻ってくる方が早かった。報告を聞くとイルミはあっさりと別れを告げ、カルトと共に窓から飛び降りる。
クラピカが身を乗り出して確認するが、あるのは夜の闇と街灯り、そして喧騒のみだった。
じきに逃げてきた客からの知らせを受けてマフィアの下っ端達が押しかけてくるだろうが、その前に車に乗り込み脱出する手はずだ。
「本当に大丈夫? 肩貸すわよ」
「問題ない。これくらいなら自分で歩ける」
「顔青いけど」
「同じ事を何度も言わせるな」
リンセンに車を回してくれるよう頼み、クラピカはリンとホールに向けて歩き出した。緋の眼を解除したクラピカは一瞬よろめいたが、頑なにリンの助けを借りず一人で歩いている。
「緋の眼、持って帰らなくていいの?」
「俺の出自が知られている以上、下手に盗みをしても簡単に割れるだろう。マフィアにはまだ目を付けられたくない」
「ゼンジに恨まれるくらい喧嘩売り散らかしてるくせにー」
後日こいつが主犯だったとゼンジを突き出して全て自白させれば、それで終わりだ。彼の処遇は知ったところじゃないが、殺されたところでクラピカを狙う人間が減るだけのこと。
モルグが死んだ以上、緋の眼は誰かの手に渡るだろう。恐らく金銭で。ならば、簡単に手に入れられるはずだ。
今日の出来事はそう悪いことばかりでもなかったと、クラピカは思った。……毒耐性の訓練はしないといけないかもしれないが。
だが、この話題ではそれ以上会話が生まれなかった。途端にしんとした空間に、二人が歩く音だけが響く。
必死だったために意識していなかったが、今回の戦闘は初めてのリンとの共闘だった。ヨークシンではひたすらにクラピカを戦いの場から遠ざけようとしていたリンが、共闘を認めたのだ。
そのことに気づいたクラピカは少しばかり心のどこかが高揚するのを感じる。それが弟子としての感覚から来るものか、それとも一人の男としての感覚から来るものかはわからないが。
そこまで思考が及んだ途端に何とも言えない空気が途端に気恥ずかしくなり、クラピカは無理やりに話題をひねくり出した。
「まさか、イルミの上に更に兄が居たとはな……」
無理に出したとは言ったが、それはクラピカの本心でもある。1人でも脅威なゾルディック家の人間がまだいたなんて、自分も暗殺依頼されるリスクがあるとわかった今ではあまり考えたくない。だが、リンの反応は予想とは異なるものだった。
「……正直、いくら子どもでもそんな簡単に死ぬとは思えないんだけど」
「まあ、ゾルディックの人間だからな」
確かにゾルディック家の子どもならば、それも長男だったならば、強く育つように厳しく訓練されただろう。例えば、そう、キルアのように。
そう思えば確かに死ぬとは考えづらく、クラピカは相槌を打つ。しかしリンは軽く首を横に振った。
「いや、違くてさ。ゾルディックの人間は簡単には死なないように、因果が決められてるのよ」
「因果……?」
予想外の言葉に、クラピカはその言葉をオウム返しした。詳しく聞こうとしたが、その前にリンセンの車が到着する。リンセンの前でこれ以上は話せないと、リンが車に乗り込む前に簡単に言いたいことをまとめた。
「かなりプライベートな領域だから詳しくは言わないけど、わかりやすく言えば死ににくいように念が設定されてる。キルアにとっては、それも呪いなのかもね」
さっぱりわからないが、何代にも亘って繫栄している暗殺一家だ。全員が念能力者ならばそういった念具……いや、呪具を所持している可能性も十分にある。
そう考えながらも、クラピカは汚れたスーツを叩き無言で車に乗り込んだのだった。
それから数日後、アイズ=モルグの死が世界的に報道された。そして同時に、インターネットを介した裏オークションで、モルグのコレクションも一斉に放出される。
今度は本当に自分のためだけに緋の眼を落札したクラピカ。それが届いたのは年が明けて、リンが19歳になってから少し経った頃のことだった。
(……これが緋の眼、クラピカの同胞か)
間近で見るのは初めてだと、厳重な梱包がなされた箱を解いた中の眼を眺めるリン。
世界七大美色とされる、この世でも有数の美しい眼。だが、それ以上にクラピカの故郷の仲間の眼だ。
「初めて、仲間が還って来たわね」
「ああ。……もう誰かもわからないが」
仲間が還ってきたことにもっと喜ぶのかと思っていたが、クラピカは終始冷静なものだった。精孔を開かずとも視えるくらいに悲し気なオーラを纏い、静かに同胞の瞳を見つめる。
「お墓とか作って埋めるの?」
「いや、全て集めてから考える。取り敢えずは祭壇を作ってそこに祀る」
「そう。……オシャレなの作ってあげなきゃね。
「……頼む」
努めて明るく振舞ったリンに、クラピカは儚げに微笑む。
覇気のないその声に、リンは不安を覚えた。ゾルディックの殺し屋も返り討ちにして、緋の眼を得ようとしたモルグは事故とはいえ死んだ。そしてクラピカを殺そうとしたゼンジも、裏で処分された。
いくら緋の眼を持つクルタの生き残りだとわかっても、そんなクラピカにこの先安易に手を出すマフィアは居ないだろう。ついでに言えば、あの後リンがミルキに依頼をしたため、今後クラピカの暗殺依頼がゾルディック家で引き受けられる事もない。
こうなれば最早緋の眼をコンタクトで隠す必要もなく、堂々と仲間の眼を探せる。
そうすると、情報もどんどん集まるだろう。きっとこの先トントン拍子に同胞の眼は戻ってくる。
だが、クラピカはその度にこうして生きる目的を失ってしまうのではないだろうか。全てを集めた時、クラピカはどうなるのか、リンはそれが心配で仕方ない。
桃色悪魔(コピー能力)
鶯キャンディーから派生した能力
対象の姿かたちをそのままコピーする
念能力や先天的特性を持っている場合はそれもコピー対象になる
ただし、能力の行使には対象の能力の概要を把握している必要がある
思考や身体能力は元々の身体に依存する
制約:連続6時間以上共に過ごした経験がある相手しか対象にできない(判定は半径10メートル以内に居たかどうかで行われる)
発動する際、対象が視界に入っていないといけない
【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)の能力であるため、変身中は【私の家族】(メイメイ)を解除できない
能力発動中はほかの【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)の能力を使用できない
変身した身体で新たな念を生み出した場合、変身を解除すると作成した能力も消える
本作ではゾルディック兄弟のマジキチ度はこんな感じです。
イルミ(人として大切な感情欠けてる。感性鬼ズレブラコン)
>カルト(末っ子の甘えたを発揮した結果、キキョウの思想がインプットされた。ただし年齢的に更生の余地あり)
>ミルキ(割り切って暗殺するしネジは欠けているが、基本的に俗世趣味)
>キルア(ゴンのおかげでオンオフの差がえぐいタイプの暗殺者になった。ほぼ真人間)
>アルカ(ただのロリ。強いて言うなら人が死んでも特に何も思わない)