基本はネオンの護衛、時折クラピカの護衛や緋の眼奪還に動く日々。現在2000年、2月に入ったばかりだ。
最近ではネオンの護衛よりも個人で動いている時間の方が長い。それは緋の眼を買い戻すための交渉だったり、時には力づくに近い手段を用いたりもしている。
クラピカが必ずその場に居るため、本当のことを言えばリンが居なくても問題はない。だが、緋の眼を入手するための交渉になると、リンは必ずその場に居るようにした。血が流れる場面があっても、自分が対応できるように、と。
その後いつもクラピカと言い合いにはなるが、リンは気にしていない。いつかクラピカが手を汚す時が来ても、それはクルタが理由ではあってほしくないとリンは思っている。
(無事に会えてたら、ゴンはそろそろビスケの修行も大詰めってとこかしら。G・Iって、連絡が取れないのが辛いところなのよね~)
「あ、リン!」
考え事をしながら廊下を歩いているところ、偶然にもネオンと会った。広い屋敷内で特定の人物と会うことは本当に少ない。リンが振り返ると、ネオンはぱあっと顔を明るくさせる。
「ネオン。今日は家庭教師、来ないの?」
「パパがそんな余裕はないって辞めさせちゃったんだよね~。ま、かったるかったから良いんだけど!」
父親の失墜を一切気にする様子はなく、ネオンはカラカラと笑った。
知り合ってから4カ月も経てば、この親子の関係だって嫌でもわかる。元々予想していた通り、互いに利用し合うだけの親子関係だったようだ。
(やっぱ理解できないけどね。……もしかして私がファザコンなだけ? いや、絶対そんなわけない!!)
必要以上にジンに食って掛っている自覚はあるが、断固としてファザコンとは認めたくないリン。認めるくらいなら死を選ぶだろう。
内心でブンブンと頭を振っているリンに、ネオンはポンと思いついたように軽く言った。まるでこれからお茶でもしないかと誘うかのように。
「そうだ、今から保管庫に行くの。リン、人体に興味あるって言ってたよね? 一緒に行かない?」
「……行きたい!」
またとない機会。ネオンの緋の眼所持数や関連する情報を把握する絶好のチャンスだ。これまでずっと行けなかったが、ようやくチャンスが巡ってきたと、リンはすぐさま飛びついた。
これまで、ネオンは意外にも多忙だった。今でこそライト=ノストラードの失墜により時間が空き始めたようだったが、マフィアの息女として英才教育を施され、毎日多様な家庭教師が入れ替わりで入ってくる。
誰よりもネオンが保管庫に行く時間が取れない中、交友を深めていたとはいえリンが簡単に入れる場所ではなかったのだ。
自室で緋の眼の所有者を整理する予定だったが、急遽取りやめる。ネオンの後に続き、薄暗い地下の階段を降りると、そこには鉄でできた不気味な扉があった。
ネオンは鼻歌を歌いながら自前の鍵を取り出してそこを開ける。「さあ、どうぞ!」と嬉しそうに手招きしてくれたのは、ネオンからのリンへの友好の表現なのだろう。そしてこの場所に招いてくれたのも。
(……地下で人体をコレクションする部屋。予想通りの空気が漂ってるわね)
ひんやりとした空間は薄暗く、どこか霊安室を思わせる匂いだ。生物の身体の一部だったものを並べているからかそれともネオンの趣味か、照明も薄暗く保たれている。それがかえって不気味さを引き立てていた。
一歩、足を踏み出す。それだけで異界に来たような錯覚を起こした。扉を境界線として、ここは死者たちの空間だ。ネオンはそんなこと、思ってもいないのかもしれないが。
機嫌よく自身のコレクションを眺めて回るネオンに続き、リンもゆっくりと歩みを進める。死者の一部をじっくりと観察しながら。
大女優セーラの毛髪DNA鑑定書付、一角獣の頭蓋骨、ミイラの右手……。他にもキリストの聖遺物や魔獣の脳といった珍品が、解説文入りのネームプレートと共に丁寧に並んでいる。
文字を書く癖からしてネオン自身ではなく、使用人に作らせたものなのだろう。本人の性格的にも、自ら動くタイプには思えない。
(キリストの聖遺物、ネオンが持ってたのね。……聖遺物って言えば聞こえは良いけど、これ要は男性器の皮よね? ていうかキリストが実在したのかも怪しいのに、本当にありがたいものなの?)
これでも世界の文化には明るい。文化を知る過程で必然的に各地方の歴史も多少は学んだため、それが歴史的に非常に大きな価値を持つことは理解している。
だがかつては人々の争いをも生んだこれが、本当にそんな価値のあるものなのか。リンにはいまいち理解できない。やっぱり自分は現代文化、それもサブカルが一番好きだと、関係ないところで己の嗜好を見つめ直すことになった。二人は更に奥へと進んでいく。
そしてクラピカが必死に探している緋の眼は、その中でもひと際大切にされているであろう所に飾られていた。
(オークションで落札した時も思ったけど、目玉だけじゃやっぱ実感は湧かないわね)
眼球をそのままシンプルにホルマリンで漬け込んだだけの一品。これが世界中のコレクターにとっては喉から手が出るほど欲しいらしい。
あの時の眼はリンがデザインした祭壇に丁寧に飾られ、鍵はクラピカだけが所持している。本来はこの眼も、あの場所に置かれるべきはずだ。展示品としてなどではなく死者を祀る祭壇に。
(これが全部クラピカの同胞か……)
肉体であれば多少の感慨はあるだろうが、それでも死体は死体。ましてや原型なく目玉のみ取り外されて観賞用に加工されている。生きている姿に勝るものはないと思っているリンにとって、世界七大美色の名を冠するそれはただの目玉にしか思えなかった。
館に置かれていた緋の眼は4対。つまりはクラピカの友人か家族かはたまた親族か4人分だ。だが当然、目玉だけでは人物像は浮かんでこない。何かしらインスピレーションが湧くのではとひたすら無言で見つめていたリンに、ネオンは嬉しそうに後ろから声をかけた。
「緋の眼が気になるの? リンってば通ね~」
「……緋の眼だけが特別なの」
嘘はついていない。友人が取り戻したいと渇望している同胞の一部だ。ならば、リンにとっても特別なものだ。
これが存在するから、クラピカの仲間は殺された。これのせいで、旅団とクラピカは敵対した。緋の眼というものが存在しなければ、クラピカの悲劇もリンの苦悩も、そしてもしかしたら流星街での事件も、なかったかもしれないのだ。
ネオンは「へえ」と呟きリンの隣に並んだ。ホルマリンのケースをつつくと、目玉は生きているかのようにふわりと水中で浮き上がる。
(これは……簡単には譲らないわね)
金を積まれようと、情を見せようと、ネオンはクラピカどころかリンにもこれらの品を譲る事はないだろう。緋の眼を見つめるネオンの姿に、リンはそう悟った。
リンとネオン、一見そこまで似ていない二人だが、目的を前に手段を選ばない怖いもの知らずだという点でよく似ている。ネオンの場合は箱入りで育てられ、脅威に触れたことがないのも大きい。
だが、それはリンも、そしてクラピカも同じだ。譲ってくれないからと言って、ハイそうですかと引き下がれる程度の望みなら、ここまで動いていない。
(……これはやっぱ、殺すことになるわね)
クラピカがこのまま順調にファミリーの実権を握ったのならば、それらをネオンの許可なしに取り上げることも不可能ではないだろう。元々クラピカはそのつもりだったはずだ。
だが、末端の一品ならともかく、ここまで気に入っている品を奪われてネオンが黙っているわけがない。そしてボスが腑抜けた状態で内部構造が緩んでいる今のファミリー内でネオンが声を上げた場合、組員の何割かはネオンにつくだろう。クラピカとしても、内部抗争は今後ファミリーを牽引するうえでも避けたいはずだ。
ならば、それを防ぐには? 簡単な話だ。
暗殺すればいい。ひっそりと、存在を消してしまえばいい。そしてリンがこれを伝えなくても、クラピカは遅かれ早かれ……いや、もう気づいているはずだ。ライト=ノストラードを、ネオンを近い将来殺さなければいけないという可能性に。
そうしなければ真の意味でファミリーを掌握することはできないのだから。そしてその時が徐々に近づいてきているのも、リンはわかっていた。
(……キルアを暗殺ロボットに仕立て上げようとしたイルミの言い分もわかるわ)
いくら情に流されないようにしていようが、何度も言葉を交わした人間を平気で殺せるほど冷徹にはなれない。初めて出会った同い年の同性であることも相まって、リンは少しネオンに気持ちが傾いているところがあった。
余計な感情は目的の遂行の邪魔になる。本当に大事なものが見えなくなる。それはヨークシンで嫌というほど味わっていたが、人間の感情操作はロボットのように簡単にいかない。
「リンには特別に見せてあげる! 私のお気に入り!」
リンの心境には気づかず、ネオンはそう言うと赤い高級そうなカーテンを捲ってリンを手招きした。そこは特に暗く設計されているようで、見えはするものの正確な色彩まではリンも分からない。
部屋に入りネオンが手探りでスイッチを入れる。展示用のライトが点灯し、暗闇の中に見せたい展示物だけが明るく存在を主張した。その正体に、思わずリンもその眼を奪われる。
「これはねー……」
「キユリノ族の毛髪、頭部付きね」
「そう! さっすがぁ!」
ネオンの説明を待たずにリンが即答すると、ネオンはぱちりと手を合わせて嬉しそうに飛び跳ねた。しかしリンも平常心ではいられない。それがかつて見た、頭と離れた胴体の対だったのだから。
ジンを見つけるよりも少し前、カイトやチードルと共にキユリノ族の住む山で仕事をした。あれは16歳だったと思うから、3年ほど前か。当時任されたのは生存確認と遺跡の点検、死亡していた場合は疫害を防ぐための清掃の人員配備だ。
結局キユリノ族は全て殺され、頭部を持ち去られた状態で捨て置かれていた。恐らく、真っ白の頭髪がコレクターの間でも幻の品とされていたためだ。
しかしハンター協会の加護の元で隠れて暮らしている少数民族を誰が襲撃したのかは、結局分からずじまいだったと聞く。
(やっぱり裏マーケットで流れていたのね。でも、この数……)
そこにあるのは30体の頭部。短髪長髪、顔の作りと差はあれど、全てが色素の抜けきった髪色をしている。銀髪のキルアやカイトとはまた異なる色合いだった。
いくら大金持ちのコレクターとはいえ、マニアが喉から手が出るほど欲しがっている品をここまで揃えられるとは思えない。嫌な予感がしたリンに、ネオンはあっさりと答えを教えた。
「実はね、これパパに頼んでとってきて貰ったんだぁ! 綺麗よね!」
「とってきて……獲ってきて、か」
「幻って噂されてたのにこんなにあるんだよ!いくつかはお友達にあげちゃったけど~、もうこれ以上は手放すつもりないの!」
「……凄く素敵だわ」
無邪気に語るネオンに、リンは一言そう呟いた。その眼は暗く淀んでいたが、暗い室内でネオンが気づくことはなかった。
◇◇◇
「クラピカ、ライト=ノストラードを完全に堕とす方法が見つかった」
その日の夜、リンはクラピカの部屋に入るなりそう言った。
同時に緋の眼所有者リストを手渡す。それを受け取ると、クラピカはリンとは眼を合わせずにそのまま書類へ視線を落とした。話を聞くよりもそちらの方が、優先度が高いと判断したらしい。
「そんなものが無くても、あいつはもう俺に頼るしかないだろう」
「事実上、ね。でもそれだけでは手の届かない場所もある。ならば表舞台から退場してもらうに越したことはないわ。……手を汚さずに済むなら特に良い」
リンが暗にノストラードの殺害を仄めかすと、クラピカは顔を上げた。リンと同じく、冷たい瞳だ。そしてやっぱりまたしても隈ができている。過労と精神疲労の証拠だ。
「……言ってみろ」
「あいつ、ハンター協会極秘指定の保護種族に手を出してた。十分にハントの対象になる」
簡単にキユリノ族の件について説明を入れる。なぜキユリノ族の住処まで知っていたのかはわからないが、重要なのはライト=ノストラードを失墜させられるということだ。
リンの話を聞くと、クラピカはその場でPCを起動して過去の記録を探る。キユリノ族の希少性についてはクラピカも詳しく知らなかったために見逃していたようだ。協会の限られた人間しか知らない情報なのだから、当然だろう。
「そうか……捕縛すれば恐らくは死刑になるな。罪が重すぎる」
「ここまで組を掌握してるんだから、ボスがムショ入りになれば若頭は必然的にクラピカになる」
クラピカは静かに頷いた。このままいけば、早ければ明日にもライト=ノストラードは逮捕手配ができるだろう。今すぐにしないのは、それが自分達にも与える影響が大きいからだ。作戦はできるだけ練っておかなければならない。
ライト=ノストラードの方はこれで片が付く。だが、問題はまだ残っている。それはクラピカも分かっていたようで、重々しく口を開いた。
「問題は娘の方だが」
「こっちは直接関与してないから難しいわね。父親が捕縛されようが何も思わないだろうけど、緋の眼はかなり大事にしてる。友好的な譲渡はたぶん無理」
「……ならやはり、こちらは消すしかないか」
「そうね」
リンもクラピカも、努めて冷静に受け答えを交わした。
リン程ではないにせよ、クラピカも気分の良いものではないらしい。同胞の形見をコレクションする下衆であろうと、簡単に殺して何も感じないような性格ではない。
「ただ、生かしたまま言うことをきかせる手段はある。少なくとも緋の眼の譲渡は確実」
「問題はないか?」
それは、さまざまな意味を孕んだ言葉だった。リンもそれを分かった上で返す。
「余裕よ。初めからわかってたじゃない」
「初めからわかっていた選択をギリギリまで延ばし、最終的にやけくそになって殴り込みに行った奴の言葉ではないな」
「あの時はどっかの誰かが思いとどまれば、それで解決だったんですけどね! 半年説得しても無理でしたけど!」
わざとか天然か、クラピカが放ったヨークシンを思い出させる煽りに思わず乗っかるリン。少し場の空気が柔らかくなる。だが、クラピカの言葉はなかなかにリンの痛い所を突いた。
(ネオンに情をかけて手を下せないのではないか……とか、心配してるんでしょうね。ま、前科があるから仕方ないか)
リンは旅団と交流がありながら、打倒旅団を掲げているクラピカと仲良くなり、ハンター試験に合格させた。
弟が既に仲良くなっていたからリンにクラピカを避けるという選択は無いに等しかったが、それでも試験に合格させたのはリン自身の意思だ。そして結果、両者を生存させるためにかなり苦労する羽目になった。
かなり状況は異なるが、今も当てはまるものはある。4カ月を共に過ごし、少なくともネオンはリンにとって、『どうでもよくはない』人間に入っている。不意に襲われでもしていれば迷わず助けに入るくらいには。
キユリノ族の一件と言い、反吐が出る所はある。しかし、何も考えずに殺せるかと言われればそんなわけはない。
クロロとクラピカ、ネオンとクラピカ。どちらを取るかと選択する立場は似ているかもしれない。
クラピカがネオンに情を移していないかと心配するのも当然だ。だが次にクラピカが言った言葉は、予想とは異なるものだった。
「余裕ではないだろう。酷い顔をしているぞ」
クラピカはリンが絆されているかではなく、リンの精神状態を心配していたらしい。まさか心配されているとは思わず、少し変な声が出る。
「は?」
「お前は俺がウボォーを殺した時(実際は生きていたが)、俺に『酷い顔だ』と言った。それとまったく同じ顔だ」
「私が人を殺すのは慣れてるって知ってるでしょ。殺さず済むんだから悩むことなんてないわよ」
「確かに三次試験のジョネスのようなケースでは何も感じていないらしかった。だが、それは思い入れのない初対面の相手だったからだろう」
「……」
「でなければ、ヨークシンであれだけの行動はとらない」
それはリンの本質を突く言葉であり、またしても指摘されると辛いところだ。シルバやゼノ、イルミと異なり、リンは知り合いでも無機質に殺しにかかれるというわけではない。クラピカはそういったリンの性質をよく見抜いていた。
「お前は、殺し屋であるイルミとは根本的に違う。少なからず共に過ごしたネオンを、何も感じずに手をかけられるとは思えない」
人殺しという観点に置いて、リンはゾルディック家の人間と比較すると明らかに半端だ。偽善者だろうが可能な限り人を殺したくないと言うのは、これを自覚しているところが大きい。
つまり、必要ならば殺すができるだけやりたくないということだ。特に知り合いは。
「それに、センリツが来ているのにも気づいていない」
「え、嘘?」
思わずリンが振り返ると、小さく扉が開いて申し訳なさそうなセンリツが顔を覗かせた。クラピカが入るように促すと、部屋に身体を滑り込ませて再び音がしないくらい小さく閉める。
「ごめんなさいね。辛そうな音が聴こえてつい」
「事情を知らない人がセンリツみたいな能力持ってなくて、本当よかったわ……」
バショウ達は今もファミリーに残り続けている。一定の金銭を得るかファミリーの立場が危うくなればわからないが、少なくとも今はその兆しは見られない。
センリツもその一人だ。目ぼしい情報があればクラピカからセンリツへ提供しているらしく、当分はここに残ってくれるだろう。そのため、ここでの会話は事情を知っているセンリツにも、聞けるなら聞いてもらった方が良いかもしれない。
「さっきも言ったけど、殺さず懐柔する手はある。私の
センリツもソファーに座ったところで、リンはそう切り出した。個人的には色んな理由で使いたくないものだが。
だが、ネオンを消さなければいけない可能性は十分に理解した上でノストラードファミリーに潜り込んでいる。情が湧いたからできないなどと言うつもりは全くない。それに、殺さないで済むならばそれに越したことはない。
「俺に使用した能力か」
「よくわかったわね」
「そこまで言われたら誰でもわかると思うが?」
「……(ここで煽る必要ある?)」
ところどころ脱線するのは、むしろ場の空気を和ませるのに良い。別の意味で険悪にはなるが、それでも重苦しいものよりはずっと良いだろう。最悪の場合はセンリツに仲裁を丸投げする気のリンとクラピカである。
クラピカも自身が使用されたであろう経験から、リンの能力を大まかには把握している。そしてその欠点も。口元に手を添え、考え込む。
「しかし、その能力だと不安が残るな」
「そう。クラピカの時は、蜘蛛への復讐の念が強すぎて深層心理までは変えられなかった。そんな風に不測の事態が起こる可能性もある。1人につき1回しか使えない能力だから、実験しようがないのよね。おまけに使ったら戻せない」
「俺の能力も制約と誓約が未だに不明だしな」
「……謝らないわよ」
不器用ながらも優しい言葉をかけていたかと思えばこれだ。チクチクと責められるが、この点に関しては謝らないと決めているので意地でも口を噤むリン。
だがクラピカも酷く責めたいというわけではないらしく、次の瞬間には意識を切り替えていた。
「それでいこう。駄目ならその時は……殺せばいい」
クラピカは確実に裏社会に染まり始めている。だが、最後の一線をできるだけ越えないようにしているのはリンも分かった。
それならば実行は早ければ早いほど良い。
その後、リンはネオンの眠る寝室に忍び込んでいた。万が一の時を考えて、クラピカも同行している。
(……確かに、ちょっと隈できてるわね。寝たつもりだったけど無意識で色々考えてたみたい)
ふと、スマホの真っ暗な画面に顔を映して改めて確認する。暗闇の中でも目の下に隈があるのが分かる。背後からクラピカが『早くしろ』の視線を送って来たので、スマホをポケットに仕舞った。
「あなたは表社会で生きるごく普通の人間。クラピカの指示の下で暮らしている」
眠るネオンの背に両手を押し付け、念を発動する。暫くはぼんやりと輝くそのオーラを見つめていたクラピカだったが、輝きが薄れるとともにリンがネオンの下を離れ、作戦が終了したことを察した。
扉を薄く開き、二人揃って廊下へと出る。周囲に人が居ないのを確認し、クラピカは小声で確認をした。
「……上手く行ったか」
「ま、たぶんね」
眠り続けるネオンに変化はない。少し不安だが、自分でさえも能力に影響を及ぼしたのだから、きっと上手くいっているはずだとクラピカは思った。それよりはリンの様子の方が気になる。
「あまり気分がよくなさそうだが」
「気分は悪くないわ。悪いのは機嫌」
「殺さず済んだのに、か?」
「人の心なんて操るもんじゃないって、最近ようやっと気づいたのよ。……一晩寝たら直るから」
人の心を無理やり思い通りにできるなんて、思い上がりだ。リンはヨークシンで思い知った。それが能力を使いたくなかった別な理由の一つだ。
この力を使い、クラピカの復讐心を無理やりに押し込めた。それがリンにとっての最善策だったとはいえ、半年説得しても聞かなかったクラピカの悲願を押しつぶしたのだ。
その時に思った。正確には、
そしてゴン達もまた、リンの想定通りには動いてくれなかった。あれだけ罵倒して何とかリンを助けに来ないように誘導していたのに。
人の心とは、その人のものだ。操作できるなんて思ってはいけない。そして操作できるものでもない。
「少なくとも……その能力があったからネオンを殺さずに済んだ。それに、その能力を使ったから俺は今も生きている」
クラピカは下手な自覚はあったものの、リンにフォローの言葉を入れた。リンがここに居るのは、全て自分のためであると理解しているからだ。金銭で雇っているとはいえ、それだけで割り切れるものではない。
「……ありがと」
クラピカの気持ちを汲んで、リンもただ一言そう言った。互いに自身の部屋へ戻り、明日に備える。ライト=ノストラードの摘発はすぐにでも動くという結論が出ていたからだ。
◇◇◇
その後、ライト=ノストラードがクラピカによって摘発された。表向きはライト=ノストラード代理としてクラピカが若頭に就任し、ファミリーの実権は全て正式にクラピカに移っている。
だが、元々殆どクラピカが動かしていたようなものだ。変わったのは表向きの立場と、クラピカが日常からマフィアとしてスーツを着用することになったくらい。……あとはノストラード親子の我儘に振り回されなくなったことくらいだろうか。
しかし、ここで誤算が生じた。ネオンの記憶から人体収集趣味が消えただけではなく、それに関連する横の繋がりも消えていたのだ。ほとんどの情報は引き出していたものの、次の緋の眼はどこから情報を得るべきか。
そんなわけでネオンの一件から1週間、リンはずっと頭を悩ませていた。
「まだ俺達が接触していない緋の眼の持ち主も沢山居る。そこまで焦ることはないだろう」
クラピカの部屋で、2人は会話をしながら飲み物を飲む。リンは紅茶、クラピカは最近ブラックコーヒーが増えてきた。
ノストラードの実権がクラピカに移った以上、無駄に広い豪邸は売り払ってもう少し小さな事務所を構える予定らしい。そのため、ここで頭を悩ませるのも長くてあと1カ月だろう。
「ん~、わかってるけどさ。流石にちょっと申し訳ないのよね。雇われてるし」
ネオンから情報を引き出すのが不可能なら、横の繋がり以外のルートからも緋の眼を捜索した方が良いかもしれない。成果を出さなければ無理やりついてきた意味がないというものだ。
ついでに言うと、ネオンは人体収集趣味がなくなった代わりにBL趣味が芽生えてしまっていた。どこでどうなったか全くの謎だが、少なからず自分とクラピカにも責任の一端がある気がするので、あまり深く考えないようにしているリンである。ネオンは可能な限りふしだらな趣味を隠したいらしく、幸いにしてクラピカはネオンの趣味を知らない。
「ネオンの占いがあれば、こういう時は便利だったのかもしれないな」
「そうね。ノストラードの気持ちも分からなくもない」
その週ごとにやってはいけないことだけではなく、時にはやるべきことも助言されている占い。これほどまでに便利な物はないだろう。
(なんで盗んでんのよクロロ~。……ん? クロロ?)
ネオンの占いが盗まれていなければクラピカはここまでファミリーを掌握できなかったのだが、都合の悪いところだけクロロを責めるリン。しかしそこでふと、思い当たった。
「そうだ、それ良いじゃん!」
がばっとソファーから身を起こす。リンと会話をしながらも並行してPCを使った仕事を進めていたクラピカが、リンの大声にびくりと肩を揺らした。慣れているらしく、メイメイは起きる気配を見せない。絶賛昼寝中だ。
「ちょっとデリカシーない真似するけど、目的のためだから許して」
思い立ったら即行動、眠っているメイメイのポケットからスマホを引っ張り出し、慣れた手つきで画面をタップする。PCには慣れているもののスマホ中毒者ではないクラピカは、リンのその手際に少し唖然とした。
電話をかけるらしく耳元にスマホを当てるリンを、クラピカは黙って見つめる。今から何をしようとしているのか、クラピカには全く想像がつかない。目的の相手には、数回のコール音の後に繋がったようだった。
「もしもしクロロ?」
『……なんだ』
向こうからは寝起きらしい機嫌の悪そうな声が聴こえてくる。昼寝をしていたらしい。リンの言葉に電話の相手が誰かを察するクラピカ。
通話中のため声は出さないが、自然と眉間に皺は寄る。仲間が、しかも気になる相手(バショウに指摘されただけなのであくまで仮だが)が宿敵に電話をしているのは、見ていて気持ちの良いものではない。
「占いやってくれない? ネオンから盗んだやつ。制約違反じゃないしできるでしょ」
『お前、占い趣味なんてあったのか?』
「女の占いって、男の風俗みたいなもんらしいわよ。ちょっとノリで興味が出ただけ」
『ハァ……ちょっと待て』
しゃあしゃあとテキトーなことを言うリン。クロロの呆れたため息はクラピカのところまでよく聴こえた。
電話の向こうでがさがさと音が聴こえる。恐らく記入するための紙を探しているのだろう。『やってくれるのかよ』と思わず言いたくなるクラピカである。
『名前。生年月日と血液型』
「リン=フリークス。1981年1月1日のB型」
リンがそう答えると、電話の向こうからサラサラとペンを走らせる音が聴こえてくる。
ネオンの能力を知っているクラピカは、今クロロが意識がないのも把握しており、それをいいことにリンに純粋な感想を述べた。念のため小声ではあるが。
「知ってはいたが、本当に仲が良いのだな」
「嫌いじゃないわ。クルタのことは許されないけど……あいつ悪者ぶってるとこあるから」
サラサの件を知っているリンとしては、それをクラピカに言うことはなくてもクロロの決意と覚悟は理解しているし好ましいものだと思っている。
その覚悟が第二のクロロであるクラピカを生み出してしまったのは皮肉だが。しかし流星街がクルタにやられたことを返しただけに過ぎないと言われれば、それ以上は何も言えないリンだ。電話の向こうから再びクロロの声が聴こえてくる。
『できたぞ。画像を送る』
「サンキュー。じゃ、除念がんば~」
用件が済むとあっさり電話をぶつ切りしたリン。相手は宿敵なので同情の余地はないが、それにしてもリンの扱いの雑さには思うところがあるクラピカである。あとはクロロから占いの結果が送られてくるのを待つだけだ。
余談だが、リンには除念師の心当たりはある。以前バッテラの許嫁のために紹介してもらった、協会お抱えの除念師だ。
だが紹介する気は皆無。クロロに対しても心配どころか『さっさと足洗えボケ』くらいにしか思っていない。クロロの決意と覚悟を好ましくは思っていても、それとこれとは話が別なのだ。
「しかし、ネオンの能力は奴が所持していたのか」
「そうみたい。私もヨークシンで一度見たから知ってるってだけだけどね」
「他者の念を盗む能力……盗賊らしい」
「でもその盗賊が占いの能力を盗んでいたおかげで、私たちは生きてるのよ」
蔑むように吐き捨てたクラピカに、そういえば話していなかったかと思い返すリン。
あの占いを知っているのは、考えてみれば旅団と自分だけだ。リンの言葉にクラピカは不思議そうに眉を顰める。
「……?」
「捕虜になってる時に占いさせられたんだけど、蜘蛛を半分くらい殺して私も死ぬって出てたの。他の団員の占い内容からしてクラピカ達も多分死んでた」
「曲解ではなくてか?」
「たぶん合ってる。あの時、占いがなかったらクロロは絶対に私を殺してたわ。でも私はエスケープかましてた自信がある。……ただ、クラピカ達、私のことを助けようとしてくれてたでしょ?」
下手に助けに来ないようにとあれだけの啖呵を切っていたが、まったくの無駄だった。スマホを忘れたせいでゴン達がリンの過去を知ったからか、それともそんなものがなくても結果は変わらなかったのか。
いずれにしても人の心を操作しようなんて、やっぱりやるものじゃないと思うリンだ。
「そうだな」
「占いの感じだと、たぶん行き違いでクラピカ達と蜘蛛が全面戦争、そこに体勢建て直した私がキレて乱入して共倒れ……って感じだった」
あっさりと知らされた残酷な未来の一端。改めて自分たちがここに居るのが奇跡なのだと、クラピカは静かに冷や汗を流した。もう少しで自分だけでなく、仲間達まで死なせていたのだから。
結果として、占いを知ったクロロはリンを殺さなかった。それだけであれだけの変化が起こったのだ。リンがスマホを忘れていったのといい、些細なことで未来は変わるのだとクラピカは身をもって思い知った。ネオンの力が重宝されるわけだ。
「まあでも、たぶんそれで13人いる蜘蛛は最高でも4人程度まで減ってた。そっちの方が望んでる結末だった?」
「……いや」
「冗談よ、言い過ぎた。……お、画像が送られて来たわね」
ポコンとメッセージを受信する音がして、クロロから画像が送られてくる。
(そういえばクラピカも占ってもらった方がよかったかしら? でもクロロに個人情報は渡したくないだろうし、いっか)
内心浮かんだ考えを即座に消し去りメッセージの画像を開く。ホテルの備品だろうか。雑に破いたらしいメモの中に、細かい文字がびっしりと書かれていた。
言葉を預かる力を失った少女
彼女は貴方の目的の生贄になるだろう
ノストラダムスの首は挿げ替わり
緋き骸はあるべき者の手に還る
白き愛し子から便りが来るだろう
貴方は貪欲な島に導かれる
向かうならば輝いた日に出ると良い
最も旅立ちに適した日だから
存在を消された街が貴方を呼ぶ
存在を消された子供達が貴方を呼ぶ
緋い人を連れてゆくと良いだろう
蜘蛛の欠片がそこには落ちているから
空と海を渡り貴方は故郷へ辿り着く
束の間の安らぎを得られるはずだ
貴方は狩人となり故郷への道を起動させる
まずは酒場を目指すと良い
多彩な仲間と出会えるから