言葉を預かる力を失った少女
彼女は貴方の目的の生贄になるだろう
ノストラダムスの首は挿げ替わり
緋き骸はあるべき者の手に還る
白き愛し子から便りが来るだろう
貴方は貪欲な島に導かれる
向かうならば輝いた日に出ると良い
最も旅立ちに適した日だから
存在を消された街が貴方を呼ぶ
存在を消された子供達が貴方を呼ぶ
緋い人を連れてゆくと良いだろう
蜘蛛の欠片がそこには落ちているから
空と海を渡り貴方は故郷へ辿り着く
束の間の安らぎを得られるはずだ
貴方は狩人となり故郷への道を起動させる
まずは酒場を目指すと良い
多彩な仲間と出会えるから
小さな画面に映った文字を、指で拡大しては目で追う。そこには明らかに見覚えのない文字列が並んでいた。
以前ヨークシンで占われた時とは違い命の危険はなさそうだ。4週分きっちりと書かれた占いに、内心胸を撫でおろす。確かに、ここまで正確だと死の危険がある人間はのめり込んでしまうだろう。
「今は2月の2週目だから、2小節目までね」
そう言って下までスクロールしていた画像を元に戻し、改めて一番上から文章を読む。既に起こったことなだけあって、意味深な文章でもそれが何を指すのかは容易に察することができた。
言葉を預かる力を失った少女
彼女は貴方の目的の生贄になるだろう
ノストラダムスの首は挿げ替わり
緋き骸はあるべき者の手に還る
「言葉を預かる……預言、予言か。ネオンをリンが操作し、『首が挿げ替わる』は俺が若頭に就任した記述。そして緋の眼をネオンから取り返した。……当たっているな」
「予言者の家の統領って意味とノストラードって名前の類似性からノストラダムスね。よくできてるわ」
クラピカがソファーの背に腕をかけ、リンの背後から同様に画面をのぞき込む。見解はリンと同じようだ。
2小節目に移る。今日は水曜日、もしかしたらこれも既に起こっているかもしれない。
白き愛し子から便りが来るだろう
貴方は貪欲な島に導かれる
向かうならば輝いた日に出ると良い
最も旅立ちに適した日だから
「島……とは何だ?」
「たぶんG・Iね。Greed Island……文字通り貪欲な者の島だわ。白き愛し子……キルアかな?」
白っぽくてリンが可愛がっているといえばキルアだ。後はくじら島の動物たち何種類か。そういえば、キツネグマのシンも最近白髪が増えてきた。
「ウミヅルのヨーキチの可能性もあるけど、どう思う?」
「……キルアの可能性の方が高いだろうな」
やっぱりこいつ友達居ないんじゃないかと心配になるクラピカである。しかしそうは言ったものの、肝心の便りが届いていない。未来のことである以上、全て予測の域を出ない。
諦めて次の小節に移ろうかとリンがスマホに指を伸ばしかけた時、クラピカの携帯に着信が入った。一度席をはずそうと動きかけたクラピカだったが、着信欄の表示を見てその動きを止める。そしてリンに目配せをした。
(……キルアか)
そこに表示されていたのは『キルア=ゾルディック』の文字だった。ならば占いに関係するものの可能性が高いと、リンの隣に腰かけて通話ボタンをタップする。同時にスピーカーモードにすると、暫くしてキルアの声が聴こえてきた。
『もしもし? 今平気か?』
「問題ない。リンも居る」
『は? リン、クラピカについてったのかよ。ゴンがまた拗ねるぞ』
そういえば、クラピカについて行くことが決まったのはゴンとキルアを見送ってからだったと思い出したリン。
キルアはゴンを宥めなければいけない未来を想像して、深くため息をついた。電話の向こうでもそれが分かったため、フォローを入れておく。
「ゴンにはキルアがいるからね。クラピカ1人にしたらまた何するかわからないから見張り~」
「お前よりは節度のある行動を取っているつもりだが?」
「……」
ここで口喧嘩を始めても話が進まないので、リンは代わりに暴力に訴えることにした。電話の向こうで『ゲシッ』と何かを蹴り飛ばす音が聴こえ、全てを察したキルアである。
「……で、どうしたの? わざわざ島を出てまでクラピカに連絡したんでしょ?」
『ちょっとあっちで気になる噂を聞いてさ』
「噂?」
話を元に戻し、リンは軽い咳払いの後に本題を促した。キルアの言葉に脛をさすりながらクラピカが反応する。
『緋い眼になる少年がプレイヤーを殺してるって。クルタ族って、クラピカ以外は本当に全滅したんだよな?』
「……ああ、そのはずだ」
「世界には多様な民族が居るけど、真っ赤な眼になるのはクルタだけ。……念能力者の島だし、何かキナ臭いわね」
「同胞の骸が死後も弄ばれている可能性があるのなら、捨て置けない」
死者が生き返ることは念の力でも不可能だが、死体を利用することは念能力があれば容易い。そしてそれがレアな骸であるほど強い能力を発揮することは想像に難くない。死してなお辱められる仲間達を想い、クラピカは目の奥が熱くなるのを感じた。
だが、逆に言えばG・Iに向かえば緋の眼の情報を得られるということでもある。幸か不幸か情報を探していたリンには渡りに船だ。これもまた、占いの通りになるのだろう。
「私が行って調査するわ。ありがとキルア」
『あと、クラピカ除念って知ってるか? かけた念を解除する能力があるらしいんだよ』
「リンから聞いている。……というより、聞かずとも思い当たるが?」
『……あ、そ。まあとにかく、気を付けろよ。クロロの奴、絶対に除念を狙うだろうし。つかあの時、団員に堂々と除念準備しろって話してたし』
「ああ。助かった、礼を言う」
ナチュラルに煽った直後に素直に礼を述べるクラピカのアンバランス感に、思わず毒気を抜かれるキルア。
あっちもあっちで色々苦労しているんだろうなと、リンとクラピカ互いの心境に思いを馳せる12歳である。半回りも年上の癖にガキ臭いと電話を切った後にため息をついていたのだが、リンとクラピカがそれを知ることはない。
一方、目の前で予言の通りの出来事が起こるのを目の当たりにしたリン達は、思わず顔を見合わせていた。100%当たる占いだというのはわかっていたし既に経験もしていたが、改めてその通りになると驚きを隠せない。
(ていうか、ヨークシンでは未来が変わったから当たるところを実際に見てなかったのよね)
「輝く日……G・Iに向けて金曜日にここを離れるのが勧められているのだな。……依存してしまったノストラードの気持ちも分からなくはない」
クラピカも同じ気持ちだったようだ。リンのスマホに視線を向けつつも、占いに目を通している気配は感じられない。ポーズだけとっておき、感慨にふけっているのがよく分かった。
こうなると、占いの通りに動くのは自然だ。予言がなくともリンの動きはほぼ同じだっただろう。ただ、一点だけ紙面の助言通りに動こうと決めているところがあった。
「私だけで行っても良いけど、可能ならクラピカにも来てもらった方が良いわね。ちょっと寄り道することになりそうだけど」
「……なぜだ?」
「これ」
そう言うと軽く画面をスクロールして、とんとんと指で叩く。3小節目の内容はリンにとっては至極わかりやすいものであった。
存在を消された街が貴方を呼ぶ
存在を消された子供達が貴方を呼ぶ
緋い人を連れてゆくと良いだろう
蜘蛛の欠片がそこには落ちているから
「1人で行くとすれば、私はたぶんこの場所に寄り道してた。毎年行ってるのに、ここ1年行けてなかったからね」
「存在を消された街……流星街、蜘蛛の出身地か」
リンは会社を興してから、年に1度は流星街へ足を運んでいる。目的はほぼ趣味に近しいものであったし毎回1人で行っていたが、今回はそこにクラピカを連れて行くといいと出ているのだ。それがどのような影響を及ぼすのかはわからないが、悪いようにはならないだろう。
「で、そこにクラピカを連れて行った方が良いって出てる。緋い人と言えばクラピカでしょ~」
一方でクラピカは眉間に皺を寄せた。当然だろう、仇の出身地に好き好んで行きたがる人間は居ない。それが『良い』と100%当たる占いに勧められたものであったとしても。
「否定はしないが……蜘蛛の欠片?」
「そこはよくわからないけど、『連れてゆくと良い』のなら、行った方が良いってことよ」
具体的にどのような事柄が起こるかわからない以上、リンも深くは考えていない。だがこの行動によって何か大きく変化が起こる、そんな気がしていた。
しかし今は最後まで占いを噛み砕いてしまおうと、画面を一番下までスクロールさせる。読んでいるだけでどこか心躍る文章が最後に並んでいた。
空と海を渡り貴方は故郷へ辿り着く
束の間の安らぎを得られるはずだ
貴方は狩人となり故郷への道を起動させる
まずは酒場を目指すと良い
多彩な仲間と出会えるから
「他と比べると少し内容は薄いけど、G・Iを起動させるためにくじら島に行くなら殆ど移動になるからね」
「故郷への道を起動……というのは?」
「移動手段がゲームを介するからね。それと、G・Iは私の故郷なのよ。ゾルディック家に預けられるまでは開発途中のG・Iに住んでた」
(そういえば言ったことがなかったっけ……?)と、念のため詳しく説明しておく。もしかしたらゴンにも言っていなかったかもしれない。実際はゴンとキルアはミルキから聞いているので知っているのだが、弟に隠し事をしていたような妙な罪悪感に駆られるリンである。
「ゲームの世界が故郷、か……」
「面白いでしょ。今じゃ呪われた島だなんて好き放題言われてるけど。……でも、仲間を募集するシステムなんてないんだけどな。酒場……」
ゴンとキルアがG・Iという呪われたゲームを求めているのはクラピカも聞いていた。だが、それがリンの故郷だったとは。そして自身の故郷が酷い場所として扱われていることに、故郷を失ったクラピカは少なからず同情した。
「お願い、クラピカも来てよ。せっかくだからさ」
しかし次の目的地は決まったと言えるだろう。そしてリンと共に自分も緋の眼を探しに行くべきだ。占いとしても、クラピカ個人の感情としても。そういえば、直近の仕事を済ませてからここを発つならば、きっとそれは金曜日になる。
「……できるだけ早く仕事を終わらせる。留守はリンセンに任せれば良いだろう」
◇◇◇
2月の3週目。占いの通り、リンとクラピカは流星街に来ていた。
いつも通りの服装をしているリンと同様、クラピカもスーツ姿は止めている。流星街でスーツを着ている人間が嫌厭されるのを、リンは知っていたからだ。
したがって、クラピカはかつてハンター試験の時に身に着けていたような民族衣装を着こみ、肩からは最低限のものが入ったカバンを下げていた。動きやすい服装にしろという指示を出した結果だが、思わぬ誤算にリンは終始機嫌が良い。いつも以上に口調も軽く、饒舌になる。
「あんまり離れない方がいいわよ。ここの人達、よそ者に厳しいから」
「その割には住民たちが時折会釈してくるが」
流星街の中でも大通りとされる、建物が立ち並ぶ通りを歩く。慣れた様子で歩くリンとは対照的に、クラピカは周囲を見回しながら言った。さながら、かつて初めてここに来た時のクロロとリンのようだ。
「ここまで友好度を上げるのに5年かかったわ。子ども達が良い噂を流してくれるみたいで、乳母衆からはそれなりに良く思われてるみたいなの」
リン達に会釈をしてくれるのは、大抵が年配の女性だ。仕事の休憩であろう男性たちはちらりと見ては苛立たし気に無視するのみ。しかしそれでもリンのことは多少知っているのか、排斥するような動きは見られない。
リンの目的地である教会は、大通りを過ぎて少し歩いた先にある。ゴミだらけの流星街だが、教会の周辺だけは神父たちの手によって綺麗に整えられており、季節の花が色とりどりに咲いていた。最近では協会に通う子どもの数もかなり増えたようだ。
「ここよ。目的地」
「……こんな所にも教会があるのか」
クラピカの感想は、幻影旅団を嫌って出た言葉ではない。純粋に、存在すら消された街でも宗教が機能しているのが驚きだったようだ。
教会の扉の傍では、1人の青年が暇そうにたばこをくゆらせていた。リンが大きく手を振ると、青年もリンに気づいて少し驚いたように片手を挙げる。
『おーリン。久しぶりだな』
短髪の活発そうな男だ。背が高く、クラピカを軽く見下ろせる。神父らしき服装をしているが、その振る舞いは完全に不良である。
『ナイン久しぶり!遅くなっちゃった分、今回もいっぱい持ってきたわよ』
『お、マジか。怪獣8号の新刊ある?』
『ばっちり』
2人が交わす言葉は、流星街の言語だ。何を言っているのかが全く分からず、クラピカは思わずその会話に耳を澄ませる。やはり、聞いたことのない言語だと思った。
リンがナインと呼んだ青年は、青い髪をガシガシと搔きながら煙草を地面に捨て、靴で火を消した。そしてクラピカを一瞥し、こいつは誰だとリンに話を振る。
『珍しいな。ツレと来るなんて』
『クラピカよ。友達であり私の一番弟子!』
ここぞとばかりにドヤ顔を披露すると、ナインは呆れたように笑った。そしてクラピカにも握手を求める。言語は共通語に変化していた。
「ナインだ。お前も災難だな、こんなとこまで連れてこられて。ま、ゆっくりしてくれ」
「共通語も話せるのか」
「ん? それなりの歳になった奴は皆話せるぞ。ガキ共は厳しいが」
クラピカには何から何まで驚きの連続だ。流星街は蜘蛛の出身地であり、忘れられた町、マフィアと蜜月関係にある町。クラピカが知っているのはその程度の知識だけだった。
ここまでごみで溢れかえっていることも、苦しいながらも人々が活気に溢れた生活をしていることも、教会があることも、彼らに独自の言語があることも知らなかった。
そして、リンが彼らと仲が良いことも、毎年この場所に来ていることも。何のために来ているのかはまだ聞いていなかったが、彼らとリンの仲の良さを思えば、悪い理由ではないようだ。
『フリークスさんが来たぞー!』
ナインがそこら中に聴こえる大声で叫ぶと、どこから湧いてきたのかと思えるくらいにあちこちから子どもが集まってきた。
ある者は教会の中から、ある者は花壇や花畑の向こうにあるゴミの山から、またある者は辛うじて道と言えるくらいにゴミを避けられた通りからバイクを乗り回しやってくる。クラピカがその様子を観察している一方で、リンはナインの言葉に思わず噴き出した。
「フリークスさんて。随分丁寧な物腰になったのね」
「一応あいつらよりは年上だからな。お手本ってやつだ」
「飯泥棒がえらっそーにぃ」
「忘れろよしつけーなー」
クラピカの表情で疑問に思っていることを察したリンは、ナインと出会った時のいきさつを話した。もちろんニヤニヤと揶揄う顔もセットで。
「こいつね、私が初めて1人でここに来た時、昼ご飯パクッてったの。あの時はブチ切れたな~」
「14かそこらのガキが、猛スピードで突進してくるんだぜ?あれは恐怖体験だわ」
「でもそんなコソ泥が、今や神父様の右腕だもんね」
子ども達は親し気な様子でナインに挨拶したり抱き着いたりとひとしきり絡むと、リンにも笑顔で声をかける。
ナインは見たところ、レオリオより少し年上程度だろうか。20歳過ぎに見えるが、それはもしかしたらこの教会では貴重な年齢層なのかもしれない。特に根拠はないが、子どもたちの様子からクラピカは何となくそう思った。
『リンお姉ちゃんだー!』
『早く漫画寄こせ!』
『それより飯だ飯!』
『感謝しなさい!ほら並んで!』
リンは流星街の言語で話しながらもメイメイのポケットに手を突っ込み、道中で大量に購入していた小さなおやつの袋を取り出す。そしてナインと共に配り始めた。
「クラピカ、これ配るの手伝って」
呆気にとられてクラピカがポカンと見つめていると、リンはクラピカにもお菓子の山を渡す。
慣れていないためぎこちない動きだが、クラピカが一つ一つ手渡しすると、子ども達は酷く喜んだ。そして次には、手渡してくれた見知らぬ青年に興味が湧く。
『隣の女の人誰?』
『クラピカっていうのよ。私の友達、可愛いでしょ?』
髪をふたつ結びにした少女が、純粋な瞳でクラピカを見上げて言った。クラピカには言葉が分からないため、代わりにリンが紹介する。
リンに「クラピカに興味を持ってるみたいよ。挨拶してあげて」といわれ、クラピカも少し柔らかく微笑んで見せた。その表情を見ていた少女たちは嬉しそうに頬を紅潮させる。
『すっごく可愛い! お人形さんみたい!』
『でも胸はちっちぇーな』
『一定の層に受けるのよ、そういうのは』
面白いのでクラピカが女性であると誤解されていることについては黙っておくリンである。ナインもそれに気づいたらしく、ひっそりと笑いを堪えた。
暫くするとお菓子も配り終え、余った分は後日別の子どもに配るように言い添えた後、ナインに預ける。子どもたちが再び四方八方へ散っていく中、リン達はナインに案内されて協会の中へ入っていた。
やはり金銭に余裕がある教会ではないらしく、ところどころが崩れていたりひびが入っている。だが、隣の部屋からは沢山の書籍がちらりと見えた。
そういえばリンは翻訳会社を営んでいたと思い出し、その関連の用件かと予想を立てるクラピカだ。
「今回も暫く教会か?」
「ごめん、ちょっと忙しくてそのままとんぼ返り」
「そっか。あいつら寂しがるだろーな」
「もうすぐアニメも渡せるだろうからそれで許して」
本がたくさんあるのが見えた部屋の隣室でお茶を振舞われ、ナインと3人で会話を楽しむ。
今度はクラピカも分かるように共通語だ。だが、リンがアニメの話を口にすると、ナインは驚いたような表情を見せた。
「あン? あのアニメ送ってきたの、リンじゃなかったのか?」
「え?」
「カタヅケンジャーのアニメだよ。教会宛てに届いた。てっきりお前かと思ってた」
クラピカは知る由もなかったが、それを聞いただけでリンは誰が送って来たのかピンときた。そして、どうせならば自分にも完成品を見せてくれればよかったのにと思わずむくれる。
「翻訳したのは私だけど、たぶんあいつらが直接送ったのね。……私にも見せてくれたらいいのに」
「何ならお前も観ていくか? ここの上映室で流してるぜ」
「ううん、やめとくわ。急いでるし、墓参りしたらそのまま出る。行こクラピカ」
墓参りという予想だにしなかった言葉に、クラピカは紅茶を飲む手を止めた。この場所に、リンが参る相手が居ると思っていなかったからだ。
「墓参り?」
「そ。ここに来たら毎回お参りしてるのよ」
「……いや、ここまで足を伸ばすほどの相手なのだろう。俺はここで待っているからゆっくりしてくるといい」
クラピカにとって墓とは、1人で赴き、かつての仲間と心で語り合う場所だ。
リンにとってどうかはともかく、ここまで来て会おうと思う墓の主ならば、1人にしてやった方が良いのではないかとクラピカは思った。もしかしたら、リンやメンチ、ノワールのかつての友達である可能性もある。
だが、クラピカの気遣いを知ってか知らずか、リンはあっけらかんとしたものだった。ならば丁度良いと、メイメイの
「そう? んじゃ、これをナインと一緒に棚に入れておいて」
「……」
そう言うとメイメイを連れて、さっさと教会を出て行く。待っていると言ったのは自分とはいえ、離れるなと言われた地域であっさりと見知らぬ相手と2人切りにされ、クラピカは少し呆れた。
大きな段ボールの中身は、大量の漫画と書籍だった。子ども向けの絵本から話題の漫画の最新刊、そして自己啓発本や資格取得の本、何処かの大学の赤本まである。小さな本屋が開けそうな位には多種多様なラインナップだ。
だが、やはり子ども人気を考えてなのか、絵本や漫画は同じ巻が数冊入っていたりもする。子ども達の間で取り合いになるのを防ぐためだろう。
「あいつ、人使い荒いな。弟子とはいえ率先してパシってんじゃねーか」
「奴にデリカシーや遠慮を期待はしていない」
「そりゃ殊勝だな」
いくら筋力があるとはいえ、大量の本を全て本棚に納めるのは楽な作業ではない。気を遣ったナインにクラピカがいつも通りの調子で答えると、ナインはケラケラと面白そうに笑った。その一言でリンとクラピカの普段の関係性が伺えたのだろう。
一冊一冊、元ある本の最新刊はあるべき場所に、そうでないものは類似する棚に納めていく。時刻はもうすぐ昼の2時だ。ふと子どもたちの声にクラピカが廊下へと眼を向けると、沢山の子どもたちが一斉にバタバタと何処かへ走って行くところだった。
「あの子どもたちはどこへ向かっているんだ?」
「シアタールームだよ。毎週アニメの上映会やってる。リンさまさまだな」
「……ボランティアにも手を広げているのは知っていたが、ここまでやっているのだな」
リンにそこまでの奉仕精神があるとは、正直思っていなかった。このような地域、しかも教会への寄付となると、利益になりはしないだろう。そもそも流星街の言語なんて覚える所からして苦労したはずだ。
知り合って1年が経つが、リンのことは知らない面の方が多い。あの人となりも、リンという人間のほんの一部しか見えていないのだろう。友人の優しい一面を見られて穏やかな気持ちになっていたクラピカだったが、直後に何気ない口調で爆弾が落とされた。
「皆すげー喜んでるよ。俺も感慨深いわ。クロロ達の演技がまた見られたんだから」
「クロロ……だと!?」
びくりと肩を震わせ、途端に攻撃的な態度になったクラピカ。ナインは急にどうしたと眼を丸くする。
「なんだ、知ってんのか? まあリンと知り合いだしな」
「俺の仇だ……なぜあいつの名が出てくる!」
「……ここがあいつらの故郷だからだよ。俺もあいつらとは幼馴染だ」
それは知っている。幻影旅団の故郷が流星街だということは。
だが、ナインも奴らの知り合いだったのかと、一瞬にしてクラピカは警戒度を引き上げた。
言われてみればナインは旅団メンバーとも年齢が近い。なくはない話だ。リンに言われた通り、『発』を旅団限定の能力にしなくて良かった。団員ではないが仲間だという、このようなケースもあるのだから。
だが、ナインはクラピカの態度を見ても、クラピカへの態度を変える様子はない。外へ出るよう誘導してクラピカがそれについてくると、気持ちを落ち着かせるためか煙草に火をつける。紫煙が空をくゆり、ナインは大きくため息をついた。
「何があったか知らんが……クロロ達は流星街を最優先に動いてるんだ」
「理由はどうでもいい。その結果、俺の仲間が犠牲になった」
「でも、その積み重ねで俺達に平穏が訪れた」
「……?」
いくら旅団が仲間を大切にするような人間であろうと、自分の故郷を、家族を、同胞を奪ったのは事実だ。憎しみを全開にしてそう言うと、ナインは悲しそうな眼をした。
悪事によって訪れる平穏などがあるというのだろうか。自分にはこの先平穏など訪れることはないのに。そう思いつつも、ナインの言葉の続きが気になってしょうがない。これを無視してはこの先後悔する、そんな気がしたからだ。
「流星街の人間は戸籍を持たない。人間じゃない、何をしても許される存在だった。だが、あいつらが公に出てから、子どもが誘拐される事件は格段に減った」
「……」
「リンが墓参りしてる先、知ってるか?」
「いや……」
「サラサっていう、俺達と同じくらいの年頃だった女の子の墓だよ。クロロ達と仲が良かった」
戸籍を持たない人間が一定の下衆に迫害されるのは想像に難くない。しかしそれを当事者の口から言われると、本当にあったこととして生々しく映った。
同時にナインの口調から、サラサという少女がかなり昔に亡くなったことも想像がつく。リンは会ったこともないであろう人間の墓に行っているのか。……毎年欠かさずに。いくら旅団と交流があっても、意味が分からない。
「なぜそこにリンが?」
「初めてここに来た時、クロロが連れてったらしーぜ。あいつが何考えてたかは俺もよくわかんね」
淡々と話しているうちに、ナインの吸うたばこはかなり短くなっていた。それを再び地面に落として踏みつけ、2本目に手を伸ばす。かなりのヘビースモーカーらしい。……いや、このような話は手慰みがないとやってられないのかもしれない。
「毎日ゴミ漁りして、おもしれーもん探すしかなかったよ。そこにクロロ達は最高のエンタメを提供してくれた。カタヅケンジャーってアニメのビデオを、舞台形式で直に吹き替えするんだ。共通語も碌に知らねー俺達にとって、あいつらはヒーローだったよ」
何となく、リンが翻訳したというアニメを吹き替えたのはクロロ達なのだろうと察しがついた。
リンが直々に依頼したのだろうが、いったいこの過去をどこまで知っていたのだろう。ヨークシンでも、その前も、リンはそれを知ったうえでクラピカには一切話さなかった。
「ある時そのメンバーだったサラサが消えた。アニメの上映会は中止になって、俺達も総出でサラサを探したけど、見つかったのは無惨に弄ばれた死体だった」
クロロ達は、かつての自分とまったく同じ経験をしていた。理不尽に仲間を奪われ、無力に嘆いた経験だ。
だが、だからこそクラピカは理解できなかった。なぜ、同じような人間を生み出すのか。ぎりぎりと拳を握りしめるクラピカを見つめながら、ナインは黙って煙草をくゆらせると再び口を開く。
「あいつらもそれきりさ。当時のメンバーは全員姿を消した。そんで数年後には、天下の盗賊として名を馳せていた。同時に流星街が派手な報復を始めて、俺達の安全はある程度保証されるようになった」
いや、リンが話さなかった理由はわかっている。それを知ったところで、クラピカが復讐を止める選択をできないのが分かっていたからだ。無意味に葛藤を生み出すだけだとわかっていたからだ。
そして、恐らくナインもクラピカの心境を察しているであろうことが分かった。リンと違うのは、はっきりと彼らの過去を語った点だ。
―蜘蛛の欠片―
占いにあった一節が何を指しているのか、クラピカはようやく気が付いた。だが、これが自分にどのような『良い』をもたらすのかは想像もつかない。
「あいつらのやったことを許せとは言わねーよ。でも、憎むならこれも知ったうえで憎んでくれ。俺はお前の境遇を聞いても、あいつらに感謝してる」
人間のある一面のみで全てを推し量ることはできない。どんなに悪事を働いている人間でもそれに至るだけの悲しい動機があるかもしれないし、一見良い人間に見えても裏で何をしているかわかったものではない。
ナインが言うのはつまり、全てを理解した上で判断しろということだ。それは正論ではあるが、クラピカにはすぐに受け入れられるものではなさそうだった。そのため、クラピカはその言葉にそれ以上は答えられなかった。
「サラサ、久しぶり。これだけ何度も会いに来てるんだから、そろそろ私達、友達って言えるかしら」
流星街はずれの墓地。かつてクロロに連れられて来た時のように、古ぼけた十字架は変わらずそこにあった。リンはその前にしゃがみこむと、地面に軽く指先を当てる。
「いや、どっちかって言うとアイドルと一方的なおっかけ?それはちょっと問題かも……」
当然、リンの言葉に返事が来ることはない。だが、そこに薄く残るサラサのオーラがある。それだけでリンは十分だった。
サラサの意思の強さか、念能力によるエンバーミングを受けた影響か、はたまた神の思し召しか。サラサの墓には僅かにオーラが遺っている。所謂残留思念と呼ばれる代物だ。
それはオーラを微細に視覚化できるリンがようやく視えるほどに僅かなものだが、死後10年以上経過した今も遺り続けている。
触れた指先から、サラサのオーラが伝わってくる。同時に、サラサの記憶がリンの脳裏によみがえった。
元々原作の記憶を持っていたからだろうか。そこに触れると、サラサの持っていた記憶が、リンの中でパズルのピースのように断片的に蘇る。
幼いクロロ達と遊んだ記憶、教会でアニメの吹き替えを行い、チームとして結束した記憶、そして今際の際の記憶。
痛い、怖い、帰りたい。そんな感情の中で最後にサラサが見たのは、赤い瞳だった。
(本当、皮肉な話だわ。殺して殺されてそれを繰り返して……クルタも流星街も)
リンは目を閉じてサラサの記憶を感じ取る。暫くすると立ち上がり、改めて墓を見つめた。
「ありがと、サラサ。これで私はまだ、
記憶に裏付けされた知識はもっているため、仮にサラサの墓に来なくてもリンは変わらずにクロロ達と接することができる。そのために過去数年間、何度もハンター協会本部に足を運んでいたのだから。
流星街の歴史や一般の閲覧が禁止されている書類まで、ハンター協会の資料室には様々な資料がある。その中にはクルタ族や流星街の歴史もあった。
だが、サラサの記憶を持っていたから、リンはクロロにUSBを渡すことができた。それは
どんな理由があろうとも幻影旅団は社会的には絶対的悪。だが、サラサのためにも、リンはクロロ達に何かしたかった。
くるりと背を向け、教会へと戻る。ここにもまた、『蜘蛛の欠片』が落ちていた。