リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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未来視にて【後編】

 流星街を後にし、進路をくじら島へと向ける。

 ジョイステーションはゴンとキルアが帰省時に購入したらしいし、あとは自室にあるG・Iのソフトを入れて起動するのみ。ジンからミトへ預けられていたという箱を丸ごと自室に置いているので、紛失の可能性もない。

 

「ここから船に乗るの……っと、くじら島行きは流石にないだろうけど、いるか島行きはないかな~」

 

 くじら島は辺境の島だ。そのため、近場の大陸から船に乗って渡る必要がある。従って、ドーレ港に到着した2人は、船を探して案内板を眺めていた。クラピカは感慨深く周囲を見回す。

 

「しかし、懐かしいな……」

「どうかした?」

「ハンター試験の時にここまで船で来たんだ」

 

 だが、どういうわけか案内板にはくじら島やいるか島行きの案内は示されていない。カウンターに事情を尋ねに足を向けることにする。クラピカは窓辺から見える景色を眺めながら、そう呟いた。

 

「そういえばここ、ザバンの最寄りね。……できれば船に乗るところからゴンと一緒に居たかったわ」

 

 列の最後尾に立ち、リンもそう答える。カウンターには人がかなり並んでおり、込み合っているようだ。

 潜入試験官になって、後悔はしていない。試験官だったからこそ、あそこまでゴン達の行動を見守れたのだから。

 だが、欲を言えばやはり初めからストーキング……もとい応援をしたかったと思うリン。人とは欲深いものだ。

 

「それでは仕事にならないだろう……」

「まあね。でも、潜入試験官の仕事がなくても試験は見に行くつもりだったのよ。名付けて『ゴンのハンター試験を見守り隊』!」

 

 奔放な姉に、弟の見えざる気苦労を感じるクラピカだ。尤も、似たり寄ったりな姉弟ではあるのだが。

 長蛇の列に並ばされている割には、リンはずっとテンションが高い。くじら島に帰郷できるからだろうか? それともゴン達に会えるから? どちらの可能性も高いと言えるだろう。

 

「随分機嫌が良いな」

「あ……やっぱわかる?G・Iには数年ぶりに会う育て親もいるから、正直会えるのが楽しみでさ。それに、ミトさんにも会うのは2年ぶりくらいかな」

 

 リンの言葉に納得するクラピカ。今回の旅は、リンにとっては2つの故郷への里帰りになるのだ。

 

「故郷か。言っていたな」

「故郷がゲームってなかなか言えない響きよね。暫定私だけ!」

「……そうだな」

 

 故郷が複数あるということは、幼少期にたらい回しされたということだ。それが良いのか悪いのか。だが、少なくとも故郷がないよりは良いだろう。クラピカはふいにリンが羨ましくなった。

 

 しかし、物事はそう順風満帆には運ばない。カウンターで尋ねると、ようやく案内板にいるか島の名前がない理由が分かった。

 船の破損により、急遽欠便が出たらしい。簡単に言えば、乗る船がなくなったから案内もない。列に並んでいた客も大半が欠便問い合わせだったと気づき、どうしようかと考える。

 

「ん~、数日待たなきゃか。楽しみにしてただけに残念だわ」

 

 港を離れてスマホをつつくリン。開いたのは有名宿泊サイト。船に乗れない以上、今日は宿を取るしかないだろう。次の乗船可能日はいつになるだろうか。

 そんなリンを眺めながらも、黙って考え込んでいたクラピカ。ふと、何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「……いや、もしかしたら行けるかもしれない」

「え、マジ?」

「一本杉の麓に、キリコという魔獣が住んでいるんだ。人を連れて一晩飛び続けるだけの持久力を持っているのだから、もしかしたら運んでもらえるかもしれない」

「確かに、頼んでみる価値はあるかも。クラピカ、魔獣の知り合いが居たのね」

 

 不思議に思っていたところに「ハンター試験の会場まで連れて行ってもらったナビゲーターだ」と付け加えられると、リンは俄然テンションが上がった。

 

(全然記憶ないけど、これってもしかして私、聖地巡礼しているのでは!?)

 

 ハンター試験で通った道のりということは、きっと原作でも出てきたはずだ。聖地の場所こそ全く覚えていないが、そういえば幼少期に聖地巡礼を夢見ていた。思わず胸が熱くなる。

 

「行こ、今すぐ! 思い立ったが吉日! それ以外は凶日!」

「……わかったから落ち着け」

 

 子どものようにはしゃぐリンに、ため息をつくクラピカ。一本杉に向けて歩き始める。

 

 キリコの下に向かうのには、本来は森を突っ切って進むのが最も近道だ。しかし、ハンター試験の際には森に数多くの魔獣が生息していると言われていた。

 それならば、かつてハンター試験の際に通った道をそのまま行くのが最も安全だろう。そう考えたクラピカは、できるだけ森を迂回して、道中の小さな町を目指す。かつて老婆と子どもたちから試験を受けた、不思議なあの町だ。

 

 リンもクラピカについて歩く。しかし、きょろきょろと落ち着かない素振りで周囲を見回すその姿は、まるで都会に来たおのぼりさんだ。何がそんなにリンの興味を惹くのかと不思議に思うクラピカだが、ずっと機嫌が良いリンのことなので、深くは考えない。

 

「へえ、こんな所に町……? 集落? ちょっと変わった場所ね」

「ゴンが以前話していた二択クイズを受けた場所だ。今もここに住んでいるか定かではないが……人の気配がするから恐らく問題ないだろう」

 

 クラピカがそう言うと、どこからともなく子ども達が現れる。白いローブに不気味なお面をかぶり、一人ひとりの顔はわからない。これもまた、ハンター試験の頃と同じだ。

 

(絶対に知ってるはず! 知ってるはずなのに~!)

 

 いっそ聖地巡礼のためだけにクロロに頼んでハンター試験編の記憶を呼び起こしてもらえば良かったと後悔するリンである。パクノダの能力を無駄に乱用することをA級盗賊の頭が許すかどうかは別だが、それは可能性としては一切加味していない。

 路地裏の奥から、子ども達を纏めているらしい老婆が姿を現す。老婆はクラピカの姿を認めると、少し驚いたように目を見開いた。

 

「おや、あの時の猫目のボウヤかい。1年ぶりだね」

「ああ。おかげであの時の全員がハンターになれた」

 

 クラピカも心持ち柔らかい表情で言葉を返す。その言葉を聞くと、老婆は嬉しそうに目を細めた。

 

「そうかい、そりゃあ良かった。去年は豊作だったと聞いていたが、これは嬉しいことだ」

「この人は?」

「二択クイズの試験を出した試験官だ」

「へぇ……」

 

 つまり、ほぼ間違いなく原作にも登場した人物だ。場違いなので言葉にはしないが、この場に立ち会えたことが嬉しくて仕方ない。

 今ここに自分ひとりで周囲に誰も居なければ、喜びのあまりのたうち回っていただろう。例えるなら、性癖に刺さりまくる推しカプの新刊を読んだ時のように。

 

「一本杉へ向かう道を開けて欲しいのだが」

「いいよ、あんたなら特別だ」

 

 老婆はそう言って子どもたちに目配せをし、子ども達は建物の一部を二人がかりでずらした。その向こうには真っ暗な通路が見える。

「礼を言う」と老婆に頭を下げ、クラピカは迷わずに通路に入った。リンも一礼をしてクラピカの後を追う。

 

「へえ、ここを通ってきたのね」

「一本杉までは少し時間がかかる。走るぞ」

「オッケー」

 

 直通の道と言えど、かつて通った時はかなり時間がかかった覚えがある。レオリオがうだうだと文句を言っていたせいで、よく覚えているのだ。

 時刻はもう夜遅い。同じ轍を踏みたくないクラピカは、リンを促して走り始める。その甲斐あって、数十分後には一本杉に辿り着いていた。

 

 通路を抜けた先にあったのは、木々に囲まれた薄暗い池。あちこちで魔獣の鳴き声が轟き、警戒心を刺激する。受験生だったならば、この先どのような展開が待ち受けているのかと思わずにはいられなかっただろう。

 

「おお、試験中にここに出てきたら、かなり緊張するわね」

「そうだな。おまけに、ナビゲーター夫妻が魔獣に襲われたところに遭遇した。……実際はキリコ達が人に化けて演技をしていたわけだが」

「受験生を試すため、か。かなり大掛かりね」

 

 リンの相槌に軽く頷くと、クラピカは迷わずに一本杉の麓に立っている山小屋に歩いて行く。軽くドアをノックすると、中からは人に化けた状態のキリコが顔を覗かせた。

 

「おや、クラピカ殿じゃないですか」

「夜分遅くにすまない。久しいな、キリコ」

 

 ただの登山客である可能性を考慮していたのだろう。来客がクラピカだとわかると、キリコは変身を解いて元の姿を現した。

 身長は2 mを軽く超え、尖った耳が頭部から飛び出す。元の姿に戻ったキリコは家の中に向けて「クラピカ殿だよー!」と声をかけた。すると部屋のあちこちから似たり寄ったりな姿が3匹、姿を見せる。

 

「本当だ、懐かしいねぇ」

「ゴン達は、今日は居ないのかい?」

「まったく寝ていたのに……」

 

 そう言いながらも苛立っている空気はなく、リン達は4匹のキリコに迎え入れられた。座れというようにカーペットを叩かれ、2人とも腰を下ろす。

 

「隣の御仁は? ゴンと近い匂いがしますね」

「ゴンの姉でリンという。我々の仲間だ」

 

 初めに扉を開けた一匹が、そう言ってリンに眼を向ける。クラピカが紹介すると、キリコたちは一斉に鼻をひくつかせた。どうやらリンの匂いを嗅いでいるらしい。

 

「そうですか、そっくりなわけだ」

「あなた達と同じね。そちらはお姉さん?」

 

 軽く頭を下げ、リンも尋ねてきたキリコに挨拶をする。当然のように言われた言葉に、キリコ達だけでなくクラピカもぎょっとしてリンを見た。

 

「……わかるのか?」

「え? わかるっていうか、ご夫婦っぽい2匹と、若くてそっくりな2匹が居たらそう思うでしょ。あれ、違った?」

 

 何かおかしなことを言ったか不思議そうにするリンに、キリコ達は思わず笑いの渦に包まれる。

(……わからん)とクラピカは思ったが、ゴン同様に言っても伝わらないであろうことを察したので、黙っておくことにした。言うだけ無意味というやつだ。

 

(リンからすれば)姉らしきキリコがお茶を持ってきて、2人に渡す。そしてお盆を片手に弟と言われたキリコの頭をくしゃりと撫でた。

 

「おっしゃる通り、私が姉でこちらは弟です。リンさんと一緒ですね」

「仲の良い姉弟なのね。見ていて伝わってくるわ」

「姉は外面が良いんですよ」

「あっコラ!」

 

 口喧嘩のやり取りがリンとゴンにそっくりで、思わずクラピカも笑ってしまう。やいのやいのと軽い喧嘩になる(やや姉の蹂躙に近い)2匹の首根っこを母親キリコが掴み上げると、姉弟は猫のようにぷらんと大人しくなった。

 

「あんた達、お客さんの前で喧嘩しないの! 父ちゃんも言ってやって!」

「まあまあ。……で、今日はどうしたんですか?」

「くじら島に向かいたいんだが、船が出ていなくてな。早急に向かう必要があるため力を借りにきた」

「そうかい。かなりスピードを出すことになるだろうけど、それでいいなら任せときな。移動中には土産話を聞かせておくれよ?」

 

 肝っ玉母さんといったところだろうか。母親キリコがどんと胸を叩き、鶴の一声でリン達はくじら島に送迎されることになったのだった。

 

 それから一夜明け。

 

「じゃ、俺はこれで」

「くじら島観光しなくていいの? 案内するわよ」

「いいよ。急いでるみたいだしな」

 

 くじら島の中でも人目につかない森の中の丘に降り立ったリン達。送迎してくれたキリコを見送ると、クラピカはぐるりとくじら島を見回した。丘と言っても低めの山のような場所で、くじら島の全貌がよく見える。

 

「ここがリンとゴンの故郷か」

「そ。めちゃくちゃ田舎でしょ?」

「いや、いい場所だ。2人が自然の中で生活し慣れている理由がわかったよ」

 

 暫く都会やゴミだらけの街中で活動していたため、純粋な田舎の空気が殊更身に染みる。クラピカは無意識に深呼吸をして、木々の発した酸素を肺に取り入れていた。

 少し離れた場所では船が停泊し、朝の光に照らされながら人々が活気ある生活を営んでいる。ゴンから漁師の町ということは聞いていたが、確かにそのようだ。

 

 一方でリンは、こんな時も電子機器を使用している。昨日とは真逆で今度はリンが先導して歩いているが、森の中を歩きながらもスマホで何かのメッセージを入力しているようだった。

 歩きスマホは危ないだろうと咎めたくなるところだが、よくよく見ると『円』を展開して前方の木々を避けている。無駄に高等技術を駆使するリンに、クラピカはため息交じりに尋ねた。

 

「何をしているんだ?」

「ゲームの世界に入ったら暫くスマホ使えないからね。今のうちに友達にメッセ」

 

 ちなみにミトへの連絡は先ほど済まされたばかりだ。寝起き間もないところに、娘が2年ぶりに(しかも初めて友人を連れて)帰って来ると知らされたミトの心境は、想像に難くない。

 

(あ、イルミから支払いの催促来てる。……無視っとこ)

 

 クラピカの視線に『こいつ本当に友達居たのか』という空気を感じ取ったリンは、スマホをポケットに入れてクラピカを軽く睨みつけた。

 

「ちゃんと友達い・ま・す・か・ら!」

「何だ、まだ気にしていたのか」

「……(こいつぜってーいつか泣かす)」

 

 いつもの如く煽りを入れられて、ピキピキとするリンである。

 

 シンやコンが仲間を連れて、こっそりとリン達の様子を窺っている。それに気づいたリンは、スマホをメイメイのポケットにしまうと大きく手を振った。

 森の動物たちもまた、大きく手を振り返してくれる。童話のような世界観に、見ていたクラピカもうっかり気が緩んでしまいそうだ。

 

「あの子達もリアルの友達だし、メンチともノワールとも会ったでしょ。ちゃんと友達居るわよ。今連絡してるのはネッ友のカーちんだけど」

 

 あくまで冗談だし、今回に至っては何も言っていない。それに、リンが本当に友達が居ないとも思っているわけではないクラピカは、リンの言い分は聞き流すことにした。こういった性格が誤解の温床になるのだが、本人は気づいていない。

 それよりも、リンの言うネットの友人とは、確か修行していた頃にも聞いた覚えのある名前だ。リンの口ぶりからしてかなり親しいようだが、それはネットでの関係性を軽視しているクラピカにはちょっとした驚きだった。

 

「以前話していた人間だな。オンラインで築ける交友関係は浅いものだと思っていたが」

「ま、否定はしないけどね。この子は特別かな」

 

 かつてカイトと出会った場所を通り抜け、実家へ向かって歩みを進める。実際に会って会話をすることが最も親密になりやすいという点にはリンも同意だ。

 だが、仮にも在宅上等のオンライン企業を設立しているので、それだけが全てだとも思っていない。それに、ユーザーネーム『カーちん』には特別親しい感情を抱いていた。

 

「立場的にリアルで友達作りにくいんだってさ。たぶん結構いいとこ育ちなんだと思う」

「なるほど、身分を偽れる電脳上ならば忖度ない友人関係が築けるというわけか」

「……まあそうだけど、言い方な」

 

 真顔で中々に辛辣なことを言ってのけるクラピカ。思わずリンもツッコミを入れたが、本人の悪気の無さ具合と真剣さに苦笑いも隠せない。

 

「かなり物言いがストレートだけど、良い子よ?双子の妹がいるらしくてすっごい可愛がってるみたい。弟妹溺愛の会、会員ナンバー5に任命した」

「他にも会員がいるのか?」

「1号兼会長はもち、私。2号がミルキで3号がイルミね。4号はイモコってハンター。どれも本人の承諾は取ってないけど」

「……随分と濃いメンツだな」

 

 会話をしている間に森を抜ける。すぐ先には、木造建築の大きな建物が見えた。リンとゴンの育った家だ。

 

「そうかしら? キルアも下がいるから任命しようか迷ってんだけどさ~やっぱ私的にはキルアはゴンと同じ枠なのよね」

 

 外には誰も居なかったため、店用の扉を開く。てっきりミトが店の準備をしているかと思ったが、中には誰も居ない。居住区の方に居るようだ。開店前なので客もおらず、中は静まり返っている。

 

「ただいまぁー!」

 

 ミトや祖母に聴こえるように大声を張り上げ、返事も待たずにさっさと居住区へ向かう。

 流石にリンのように大声を上げることが憚られたクラピカは、黙ってリンの後ろに続くことにした。廊下へ向かう道すがら、バイクを背にしゃがみこんで写っている青年の写真が目に留まる。

 意志の強そうなオレンジ色の瞳を持つ青年だ。リンとゴンの父親の若い頃の姿であるのは、想像に難くない。顔はもちろん、雰囲気もそれだけ似通っているものがあった。

 

「この人がリンとゴンの父親か?」

「そー。10年以上前の、それもクソほど盛った写真だけどね」

「2人によく似ている。特にゴンはきっと、あれくらい精悍な青年になるのだろうな」

「まさか! ゴンはあんなちんちくりんよりもっとイケメンになるわよ」

 

 振り返ったリンの表情があまりにも気迫あるものだったため、思わず黙って頷いてしまったクラピカである。

 ぎいぎいと音のする古い階段を上がり、玄関で靴を脱ぐ。リビングの扉を開けた先には、大量の料理を準備するミトの姿があった。

 

「ミトさんただいま!」

「リン! 連絡が遅いわよ、いつもいつもー!」

 

 文句を言いつつも、2年ぶりに帰って来た娘を優しく抱きしめたミト。そして後ろに控えているクラピカに気づき、それが男性であることに目を丸くする。友人を連れてくると言っていたが、てっきり女性だと思っていたのだ。

 

「そちらの方はもしかして恋人?」

「まさか! 私とゴンの友達よ。ハンター仲間」

 

 慌てて手を振ったリン。内心(よくクラピカが男とわかったわね……)と驚いているが、ここでそれを口にしてクラピカとドンパチをかますわけにもいかないので、黙っておく。

 ゴンとキルアのコンビとは違い、第三者が居る前だとこの2人は比較的おとなしい。もちろんレオリオやセンリツはその第三者に含まれないのだが。

 

「……ああ! ゴンが送ってくれた葉書に写っていた人ね。それに修行してるって、リンの手紙にもあったかしら?」

 

 偶然だが、今のクラピカの服装は、ゴンがミトに送った葉書に写っていた集合写真での姿と同じものだ。特徴的な民族衣装のため、ミトはそれをすぐに思い出した。

 ミトが挨拶をして頭を下げると、クラピカも丁寧に自己紹介をして頭を下げる。ところで、自分の親と友人とのやり取りというのは、なぜこうも聞いていてこそばゆいのだろうか。少しムズムズとするリンだ。

 

「……って、ミトさん! お湯吹きこぼれてる!」

「あ、ほんとだ!」

 

 キッチンカウンター越しに悲鳴を上げている鍋に気づき、思わず叫んだリン。ミトも慌ててばたばたとキッチンに戻る。鍋から覗いているブロッコリーやほうれん草は、昼食の一部になるのだろう。

 リンはクラピカを促し、自身もダイニングチェアに腰かける。鍋の無事を確認したミトは、半身でリンに振り返った。

 

「2人ともお腹空いたでしょ? ここにはどれくらい居られるの?」

「ごめん、このまま出なきゃいけないの。ちょっとゲームの世界に行く必要があって、ソフトを取りに来たのよ。でもご飯は食べたいな」

「そうなの、残念……」

 

「なら腕に寄りをかけないと!」と再び気合いを入れて料理を始めるミト。手際よく作業を進めていく中、数秒してからようやくリンの言葉の違和感に気づいた。

 

「え、ゲーム? ゲームの世界って言った?」

「うん。親父が作った、『ゲーム世界に入るゲーム』っていうのかな……。今ゴンとキルアもやってるわよ」

 

 キルアもここに滞在していたと聞いたため、2人の名前を出すリン。

 ミトがジンの名前を聞いて眉をひそめてしまうのは完全に無意識だ。おまけにミト自身もゲームをした事がないため、ゲームと聞いて浮かぶのは悪いイメージばかり。

 

「それ……戻って来られるのよね?」

「数カ月は無理かも」

 

 机の籠に盛られていたクッキーを1枚つまみつつ、なんてことのないように言う。今度は聞き逃さなかったミトは、ギョッとしてカウンター越しに身体を乗り出した。ミトのオーバーなリアクションに、リンも少し驚いてのけ反ってしまう。

 

「目に悪くない!? ご飯は、トイレやお風呂は?」

「だ、大丈夫……向こうでも現実と同じように生活できるから。肉体ごと飛ばされるの」

「……あいつ本当、教育に悪いことしかしないわね」

(……ゴン達が既に半年近くプレイしてるのは、黙っておいた方が良さそうね)

 

 仮にも客人も居る前だというのに、悪人のような表情で「ちっ」と舌打ちをするミト。まさしくリンとゴンを足して2で割ったかのような開けっぴろげ具合だ。一部始終を見ていたクラピカは、彼女が2人の母親であると改めて認識した。

 

 祖母も加えて、4人で会話を楽しみながらも食事を楽しむ。そしてそれも終わり、いよいよG・Iの起動だ。

 リンが出発前にトイレに行ってくると言って席を立ち、クラピカは食後のお茶を飲みながら、友人の家で一人取り残された絶妙な気まずさを味わっていた。

 

 ミトはクラピカのことも既に、キルアのような第二の息子枠として気さくに接している。

 だが、クラピカはそういうわけにはいかない。祖母と3人でお茶を飲みながら、何か話すべきかと珍しく苦心するクラピカだ。ミトが少し遠慮がちに問いかけたのは、そんな時だった。

 

「ねえクラピカ。リン、無茶したりしてない?」

「無茶……ですか?」

 

 想定外の質問を投げかけられ、思わずティーカップをソーサーに戻してミトを見る。祖母はそれすらも温かい眼差しで見守っている。

 流石に、数カ月前に死ぬか生きるかを賭けた大喧嘩をしたことは黙っておくべきだろう。だが、ハンターという職業でまったく無茶をしていないと言うこともできない。

 必然、偽証を嫌うクラピカは思わず無言になる。ミトは何も言わずに察した。

 

「そう。あの子、そういうの何も言わないから」

「心配させたくないのでしょう。……家族だから」

「こっちは家族だからこそ、何でも言ってほしいんだけどね」

 

 ミトの何気ない言葉は、クラピカにはもう二度とかけられることのない家族からの愛情が籠っていた。「そうですね……」と相槌を打ちながらも、心の柔らかい場所が少しばかり痛む。

 だが、家族を大切に思っているからこそ、ミトの抱える辛さも分かる気がした。リンもまだ戻ってこず、ミトは思わず「ゴンは、正直覚悟してたの」と漏らす。

 

「幼い頃は何としてもハンターにさせるもんかって育ててたけど、成長するにつれてジン……あの子たちの父親と同じ眼をするようになっていったから。逆にリンはうちに来た時、既にそこそこ大きかったからね。ハンターになるって自分でも言ってたし、初めからここを離れちゃうって諦めてた」

 

 他者を介して知る友人の幼少期。それは、クラピカの予想通りのものだった。ゴンが自由奔放で少しばかり危なっかしいところがあることはよく知っている。

 試験の道中、パドキアへの旅路、そしてヨークシンと、ゴンには何度も驚かされてきた。船から海に飛び込む形で船員を助け危うく自分も死にかけたとか、その場の勢いでA級盗賊に喧嘩を売り死にかけたとかは言わない方が良いだろう。

 そして奔放で危なっかしい性格はリンも同様だ。だが、リンはゴンと同じだと見せかけて、その実決定的に違うところがある。

 

「でも、ハンターになってからも時折帰ってきてくれるの。こうして離れてる時も、定期的に手紙を送ってくれる……あの子達の父親と違ってね。良い意味で予想外で、家族として大事にしてくれてるんだなーって嬉しかったの」

 

 リンはおちゃらけた自由人に見せかけて、実は意外と他者を気にしている。それもまた、これまでの旅の中でよく見てきた。そしてミトが続けて言う一面も、クラピカはよく知っていた。

 

「だけど、そんな風に家族思いな一方で、本当に辛いことや不安なことは何も話さないの。それが何と言うか……心配になる時があるのよね」

「そういうところは、リンの方がジンに似ているさね。ゴンは落ち着いたら話してくれるもの」

「やっぱりおばあちゃんもそう思う?」

 

 リンは最も辛かったことほど、人に話さない。死んだ少年との間に起きたことも、結局ここまで一度も教えてもらえることはなかった。

 センリツは、リンがクラピカを誰かと重ねていたと言っていた。そしてそれは、恐らく夢に出てきたあの少年だ。

 友人のために簡単に命を懸けてしまう程の後悔が、過去にあった。だが、リンはクラピカに何も話さない。だからこそ、クラピカは何も聞けない。

 

「ゴンが遠くに行っちゃうんだろうなって感じなら、リンは……ある日ふっと消えちゃいそうな感じがするの。ある時急に、跡形もなく……おかしな話よね」

「……リンは今、俺が無茶なことをしないように見張ってるんだそうです。放っておくとすぐ馬鹿なことをするから、と」

「あら、そうなの? クラピカはそんなタイプには見えなかったけど」

 

 きっと、『類は友を呼ぶ』というやつなのだろう。ゴンに引き寄せられるようにして集まった自分達は、どこか向こう見ずなところが目立つ輩ばかりだ。

 それはきっと、リンも同じ。いや、むしろリンがゴンを染めた『類』なのかもしれない。

 

「俺はあいつにその言葉をそのまま返したい。馬鹿な真似をしないように見ておきますから、安心してください」

 

 そう言って互いに微笑むと、パタパタと足音がしてリンが戻って来た。妙に連帯感の生まれた3人を見て、きょとんとしてしまうリンだ。

 

「……なんか、仲良くなった?」

「なんでもないさ。それより、そろそろ出発しよう」

 

 ミトにだけわかるように目配せすると、話題を本題へと戻す。そう言われるとそれ以上追及する必要もない。

 

 席を立ったついでに、G・Iに向けて動きやすい服装に着替えたリン。袖のない白のタートルネックにオレンジのカーゴパンツを身につけ、いつものブーツとは違いゴツゴツとしたスニーカーを履いている。

 リンもリンで気合い十分というやつだ。そんなリンを見て、ミトも本当に娘達がゲームに入るのだと実感する。

 

「ゲームの中に入るのを見送りって変な感じね~。テレビに飛び込むの?」

「ハンターの技術を使うんだけど……瞬間移動みたいな。仰天して腰抜かしたりしないでね?」

「大丈夫大丈夫!」

 

 逆貞子のような入り方を想像していそうなミトに簡単な説明をしたが、わかっているのかは怪しいところだ。あまり突っ込んだ説明もできないため、この話はこの辺にしておく。

 リンの部屋にゴンの部屋にあったジョイステーションを持ち込み、テレビに繋ぐ。そしてライセンスを使ってかつてジンから渡されたという箱を開け、ソフトを取り出した。セッティングをしながらも、見守っているミトには聞こえないようにクラピカに小声で話す。

 

「……気を引き締めておいてね。もし死んじゃったらゲームの前に死体が現れて、ミトさんと婆ちゃんが仰天しちゃうから」

「死のリスクも承知の上だが……確かに彼女達に死体を見せたくはないな」

 

 この数時間でミトのことを少し理解し、その人間性に好感を持ったクラピカは本心からそう言った。リンもそれに大きく頷く。

 

「ね。で、あと、気を引き締めつつも楽しむのよ」

「……死地に向かうのにか?」

 

 しかし同時にやたらと気楽な言葉も一緒に並べ立てて見せたリンに、少しおかしな表情を見せる。ミトに聞かれて困るのはここだけだったらしく、リンは声を通常のトーンに戻した。

 

「ゲームを開封する時のワクワク感的な? そういうのも持っておいてほしいって感じかな? ヒソカと対峙する時のゴンを思い浮かべると良いわ」

 

 そう言われて思い浮かべたのは、ハンター試験の一次試験でヒソカ相手に喧嘩を売り、間近でじろじろと見られた時のゴンだ。あの後、『波』で二次試験会場を探知したリンと走りながらも、ゴンは「ヒソカと対峙してワクワクした」と正直に告白した。

 その感性は正直クラピカには理解できないものだったが、リンはクラピカに、このゲームに対してのそれを求めているらしい。

 

「やはり少し場違いな気もするが」

「場違いなワクワク感を持つくらいで丁度良い! なんせハンター専用ハンティングゲームよ!」

「楽観視し過ぎではないか? 俺達は遊びに向かうわけではないのだぞ」

 

 G・Iには緋の眼の手掛かりがある。そして、不穏な気配も。

 これからの旅路が楽しいだけのものとは到底思えずそう言ったクラピカ。だが、リンは笑ってはっきりと言い切った。

 

「大丈夫よ。クラピカは私が鍛えたんだから」

 

「んじゃ、お先に!」と言って、リンはさりげなく一番乗りをゲットした。そしてミトに手を振り、ゲームの前で『練』をする。一瞬にして姿が消えたリンに、ミトは思わず声を上げた。

 

「消えちゃったわね……」

「俺も実際に見たのは初めてです。本当にゲームの世界へ入ったのか……」

 

 暫くするとテレビ画面には『Now Playing』と表示される。それはリンがゲームの世界へ入ったという証明なのだろう。

 

「クラピカも、リンが言ってた通り楽しんで。でも、気を付けてね」

「……はい」

 

 ミトと挨拶を交わし、クラピカもゲームの前に座った。ここで『練』をするだけで本当にゲームの世界に入れるというのだから、驚きだ。

 

 G・Iに入るのは、緋の眼の手掛かりを探すため。だが、ミトやリンの言う通り、少しは楽しんでも良いのかもしれない。

 なんせ、ゲームというのは楽しむためのものだ。リンがクラピカを連れてゲームに入るのには、この意図もあったのではないだろうか。

 

(……そういえば、暫く心から笑っていなかった気がする)

 

 少しは師匠の助言を受け入れておくか。そう思ったクラピカは人知れず口元に笑みを浮かべ、リンに続きゲームを起動させた。

 

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