高速で走り続ける無限列車。煙で視界もおぼつかないし、何より息がしづらい。でも、そんな事には構っていられない。時折ガタゴトと揺れる列車の上を、落ちないように気をつけながら炭治郎と共に前方車両へと駆け抜ける。数車両前に進んだ頃、前方に人影が見えた。厭夢だ。
「あいつが…?」
そう言って刀の柄を握り攻撃態勢に入る炭治郎を片手で制し、厭夢には聴こえないよう小声で炭治郎に語り掛ける。
「炭治郎、よく聞いて。恐らくあの鬼は昨日の鬼と同じで、本体が別にある。たぶん私たちの予想通り、先頭車両に。それでも、あそこに立っている鬼は邪魔だ。だから力を温存しつつ、あいつを退けよう。私は左から行くから、炭治郎は右から。いい?」
私の言葉に炭治郎が小さく頷く。丁度その時、厭夢がこちらに気付いたようで振り返ってにこやかに手を振って来た。
「あれぇ、起きたの~。おはよう。まだ寝ててよかったのに~」
敵に対しての第一声としてはあまりにも気の抜けた口調でそう言われ、早くも私はイラっと来ている。そんな事は気にも留めず、厭夢は更に言葉を続ける。
「せっかくいい夢を見せてやっていたでしょう。お前の家族みんな惨殺する夢を見せる事もできたんだよ?」
恐らくこの言葉は炭治郎に語り掛けられているものだ。初めこそ何を言っているのか理解できないという風にキョトンとしていた炭治郎は、次第に怒りでわなわなと拳を振るわせ始めた。
なんなのこいつ。何が「見せてやっていた」だ。サイコパスかよ。
「どう?夢の中だけでも、もう帰れない世界に帰れた気分は」
次は私の方に向き直ってそう話しかけてきた。慈善活動をしてやったと言わんばかりの態度。いちいち神経を逆なでする奴だな。気の短い私は舌を出して敵意を全面的に押し出しながら、あのクオリティ最悪の模倣世界を批判してやった。
「ふざけんな。質が低すぎるんだよ。ビジュアルなんか全然違うし、私の友達の性格だって再現できてないじゃんかよ」
「びじゅある…?君は変わった言葉を使うね。どういう意味?」
「お前なんかに教えてやんない。勉強して出直してこいバァカ」
そう言って中指を立ててやれば馬鹿にされている事は伝わったらしく、ヘラヘラとしていた厭夢の表情がすうっと真顔に戻った。
「…酷い意地悪を言うんだね君は。俺、君みたいな子嫌いだよ」
「嫌われて結構。私もお前の事大っ嫌いだから。あれはお前如きが触れていい記憶じゃない」
そう言って刀を抜いて構えれば、炭治郎も同様に刀を抜きながら怒りに震える声で宣言した。
「人の心に土足で踏み入るな。俺は、お前を許さない」
水の呼吸 拾ノ型 生生流転(せいせいるてん)
闇の呼吸 漆ノ型 如法闇黒龍(にょほうあんこくりゅう)
漆ノ型はフェイントを織り交ぜながらの強力な連撃技だ。闇の呼吸の使い手がこの技を繰り出すとき、そこには黒龍が現れる。
炭治郎の言葉を合図にしたように、私たちは同時に走り出した。私たちの刀の動きと相まって水の龍と闇の龍、2匹の龍が左右から一斉に厭夢に襲い掛かる。殺意全開にして襲い掛かって来た私たちに対して、何が面白いのかくすりと笑った厭夢は片腕を眼前に差し出した。
血鬼術 強制昏倒催眠の囁き
「お眠りィィ…」
厭夢が手の甲を見せてきたと思えば、手の甲が裂けて口のようなものが話しかけてきた。その声が聴こえたと同時に目の前が真っ暗になった。
◇◇◇
「お前なんか、居なくなって清々するわ」
友達が吐き捨てるように私にそう言った。ビジュアルはアニメタッチのままだ。この時点で夢だとわかる。それに、私の友達はこんな事言うような奴なんかじゃない。
「あああああ!!!」
友達の罵倒を無視して刀で首を斬る。怖いけど、夢だから。大丈夫。早く現実に戻れ!!
夢から覚めた。正面には退けるべき相手である厭夢が立っている。一瞬意識が飛んでいたことで倒れかける身体を、何とか踏ん張って堪えた。刀を握り直し更に地を蹴る。隣で炭治郎がふらついた気配がした。同様に術を突破したらしい。意外そうな表情の厭夢は更に術を発動させた。
「眠れェェ!眠れェェェ!!」
厭夢の手が何度も叫ぶ。その度に私たちは術にかかる。
「お前の事なんか誰も覚えちゃいない」
夢の中のお父さんが言った。
「どうせなら、初めから生まれてこなければよかったのに」
夢の中のお母さんが言った。
「もっと早く消えてくれればよかったのに」
弟妹たちが口々にそう言った。
いい加減にしろ。ただでさえ短気な私だが、これによって怒りが限界を迎えるのを感じた。私の思い出に勝手に入り込んだばかりか、ありもしない夢を見せてくるというのか。彼らとの唯一の思い出たちを汚すな!!
「私の家族はあんなふざけた事言わない!!」
「俺の家族を侮辱するなああぁあぁぁあ!!」
私たちの技が同時に厭夢の頸を斬り落とす。一瞬私が先に、その後から炭治郎の剣戟を喰らって、厭夢の頸は斜め十字に斬り落とされた。
厭夢の頸は頭上を通り抜けて確かに後方へ落下した。しかし、手ごたえがほとんどない。やっぱりもうこの鬼は列車と同化している。
「君たちって…なんかこう、存在自体が癪に触ってくる感じだよね」
「やっぱり、本体は別に居るというのか…」
「あれぇ?なんだ、驚かないのか。つまんないなぁ」
頸を斬っても死なない姿を見てなお冷静な私たちに、残念そうに厭夢は言った。これ以上こいつと話す事なんかない。聞くだけ不愉快だ。
先程走ってきた道を戻るようにして歩き憎しみを込めて厭夢の頭を上から串刺しにしてやれば、それは嘲るように笑いながら身体もろともただの肉塊と化して列車の中へ消えていった。
「**、鬼が列車と同化しているという事は、乗客も危ないんじゃないか?!」
「うん。だから、煉獄さんたちに加勢して貰わないと」
列車は8両編成だ。私たちだけで守るには無理がある。それに、先頭車両はもうすぐそこだ。ロープと切符が燃えたから、皆も目覚めている頃だろう。
「黒曜!!居る!?」
「ちゃんとついて来てるぞ」
私の呼びかけに対して黒曜が上空から舞い降りてきた。列車の速度についてくるのは大変だろうに、私の鎹烏は優秀で助かる。黒曜に続いて炭治郎の鎹烏やチュン太郎、伊之助と煉獄さんの鎹烏も高度を落としてこちらに近づいてきた。
「煉獄さんたちに伝言をお願いしたいの。[鬼が列車と同化している。私と炭治郎で列車の屋根から鬼の頸を探すから乗客が鬼に取り込まれないよう、車両を守ってほしい]と。できる?」
「俺を誰だと思っている」
「超有能な相棒だと思ってるよ」
私の言葉に対して満足げにしながら黒曜は他の烏を引き連れて車両内部へ侵入した。
◇◇◇
煙にむせながらも前方へ向かえば、車両内からはドォン!と落雷のような音や何かが爆発するような音がひっきりなしに聴こえてくる。厭夢の攻撃である可能性も否定はできないが、十中八九これは煉獄さんたちの発している音だ。
そうこうしているうちに伝言を頼んだばかりの黒曜たちがもう戻って来た。この速さで戻ってきたという事は、とっくに皆目覚めて状況を判断できているのだろう。
「炎柱たちに伝えたぞ。彼らからも伝言を預カっている。[うたた寝している間にこんな事態になっていようとは、柱として不甲斐なし!穴があったら入りたい!後方4両を俺が守り、前方4両を竈門妹、我妻少年、猪頭少年が守るから君たちは君たちの為すべき事をせよ!]とのことだ」
「4両を1人で守るなんて…」
「**!!俺たちも行こう!!」
流石柱だ。頼もしい事この上ない。希望の光が見えてきた事に少し安堵した私は、同様に少し表情の明るくなった炭治郎の言葉に頷き、目前に迫った先頭車両へ向かう。
側面から窓を割って侵入すれば、眼前には気持ち悪い肉の塊が広がっていた。うわ、と一瞬躊躇する。突如現れた私たちに乗務員はあっけにとられている。この肉塊を見ても驚いていない辺り、先程の少女たち同様にグルなのだろう。
肉塊は地面を守るようにうねうねと這っており、そこから無数に手が生えている。正直気持ちが悪い。それに、目を合わせてはいけないと直感が告げてくる。そうだ、映画の中でもこのシーンで目を合わせると血鬼術が発動していたような気がする。
「うわ!!…っくそ!」
呆然と見ていると、隣に居た炭治郎が肉塊から伸びてきた手に捕らわれた。全方向から襲ってくる肉塊に、型を使って斬り伏せても追いつかずに取り込まれそうになる。
「炭治郎!!」
闇の呼吸 漆ノ型 如法闇黒龍(にょほうあんこくりゅう)
私の放った連撃によって炭治郎を掴んでいた腕は全て切り刻まれた。衣服に残った肉塊を取り除きながら炭治郎が叫ぶ。
「助けてくれてありがとう!**、この真下が鬼の頸だ!ここから一番強い匂いがしている!」
「わかった!」
闇の呼吸 弐ノ型 月華爛然(げっからんぜん)
強力な3連撃を床に見舞えば、肉塊もろとも大きく割れて隙間から巨大な頸の骨が顔を出した。何となく進撃の巨●を思い出す。もしも私が鬼滅の刃ではなくあちらの世界に飛ばされていたとしても、同様の光景を見ることになったのだろうとふと思った。兵長に会いたいか煉獄さんに会いたいかと言われるとなかなかに甲乙がつけ難い。
水の呼吸 捌ノ型 滝壺(たきつぼ)
滝が勢いよく流れるが如き炭治郎の全力の型が頸の骨を攻撃する。しかし、一瞬間に合わずに攻撃は肉塊によって防がれてしまう。更に、再生速度が尋常じゃなく速い。見る間もなく私が作った傷も全て塞がれてしまった。
「**!呼吸を合わせて連撃だ!どちらかが肉を斬りすかさずどちらかが骨を断とう!」
「わかっ…!?炭治郎止まって!!」
「!?」
炭治郎の言葉に答えようとした瞬間、第六感が警笛を鳴らした。恐らく、血鬼術を使ってくる。反射的に目を閉じ、傍に居た炭治郎の両目も手で覆う。突然の私の奇行に動揺しているようで、炭治郎の顔は少し熱い。
「**!いったい何をしている!?」
「血鬼術が発動する!たぶん、目を合わせたらさっきみたいに眠らされてしまう!私がいいと言うまで目を開けないで!!」
「!!…わかった!!」
目を閉じた状態で目的の場所を狙い通りに斬れるかはわからない。でも、やるしかない。大丈夫、できる。自分を信じるんだ。
闇の呼吸 伍ノ型 淵源開闢・斬(えんげんかいびゃく・ざん)
闇の呼吸随一の大技で、足元の肉塊を力任せに両断すると、衝撃波と共に床もろとも細かな肉片も全て吹き飛んだ。邪魔なものがすべて消えた足元には、再び厭夢の頸の骨が姿を現す。
「炭治郎!!今だ!!」
「わかった!」
「…邪魔をするなぁああ!!」
肉塊を退けたことから血鬼術にかかる心配はないと判断して声をかけると同時に目を開けば、炭治郎が目を開き足元の頸の骨目掛けて攻撃を放とうとすると同時に、どこから取り出したのか乗務員がアイスピックを持って炭治郎に攻撃しようとするのが見えた。
うろ覚えだけど、鬼の一部だよね、あのアイスピック。私の立っている位置からでは乗務員の攻撃を止めようと下手に動けば炭治郎の呼吸を妨げることになってしまう。最小限の動きでできる事…身代わりになるしかない!
闇の呼吸 一閃
雷の呼吸を混ぜ込んだ超スピードで炭治郎と乗務員の間に割り込んだ。恐らく厭夢の身体の一部が使われているであろうアイスピックがわき腹に深く刺さる。十二鬼月の攻撃では流石の防御に優れた隊服でも防ぎきれないらしく、隊服は簡単に貫通してしまった。切っ先が尖っているからか、内臓まで刺さったであろう割には思ったよりも痛みを感じない。
アイスピックを引き抜き、呼吸を使って出血を止めると同時に乗務員にみねうちを叩き込む。
「**!!!」
「っ…いいから早く!!!」
「…くそっ!!」
ヒノカミ神楽 碧羅の天(へきらのてん)
炭治郎の強力な一撃が車両もろとも厭夢の骨を一刀両断した。
◇◇◇
「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
凄まじい断末魔と共に車両がガタガタと揺れる。まるで蛇が苦しみにのた打ち回っているようだ。立っていられなくて思わず先ほど割ったばかりの窓の傍に倒れこんだ。ガラスの破片が皮膚に食い込んで血が出る。
「**!!大丈夫か!!」
「私はいいから!それよりこのままじゃ横転する!!型を放って少しでも横転の衝撃を抑えて!!」
私の言葉に応じた炭治郎は、悔しそうにしながらも倒れこんでいる方向へ走り、先程の一撃で随分開放的になった壁面だった場所から地面に向けて剣技を叩き込んだ。
じわじわと感じる痛みを堪えて左腕に車掌さんを抱え、私も車両へのダメージを抑えるために片腕で型を放つ。さっきは何も感じないとか言ったけど、やっぱり気のせいだったらしい。止血したとはいえ、凶器が細かったから外傷は小さいとはいえ、内臓貫通しているんだ。当然だろう。
臓器刺されるのってこんな痛いのね…。この車掌マジで許さないからな。心優しい炭治郎と違って、私は許さずにねちねち覚えていてやるからな。
厭夢の肉のおかげもあり、派手に横転した割には比較的被害は少なく済んだ。私と炭治郎、車掌は衝撃で列車の外へと投げ出されたけど。立ち上がる気力も湧かずに私と炭治郎は上半身だけを起こして座り込んだ。車掌?放置だよ放置。後の事は私は知らん。
「お前ら!!大丈夫か!!」
「炭治郎!!**!!」
「むー!!」
伊之助を筆頭に善逸と禰豆子もこちらへ駆けてきた。あれ?伊之助はともかく、善逸と禰豆子って無限列車編ではあまり出てこなかった気がしたんだけどな…。私の気のせいだろうか?
「**!!腹から血が出てるじゃんか!何があったんだ!!」
「俺を庇って車掌に錐を刺されたんだ…。**、俺が不甲斐ないばかりに済まない…」
「私がしたくて勝手にしたんだから、気にしないで。呼吸で止血もしてるし。炭治郎に怪我がなくてよかった」
わたわたする善逸にしょんぼりする炭治郎。傍にかがみこんで心配そうに私を見る禰豆子の頭を撫でながら炭治郎にフォローを入れるも、あまり効果はなさそうだ。先程ヒノカミ神楽を使った際の気迫はどこへやら、消え入りそうなくらいにしょんぼりとしている。
「そこで気絶してるおっさんだよな?…コイツ死んでいいと思う」
「そういう事言うんじゃありません伊之助。まあ私もこいつを許す気はないけどね」
近くで気絶している車掌を見下ろしながら伊之助がぼそりと呟いた。軽く叱りながら彼の腕を引っ張ってしゃがみ込ませ、禰豆子を撫でている反対の手で彼を撫でると、いつものように嫌がらず、おとなしく撫でられてくれる。あら、珍しい。
「隠の人たちには、もう連絡行ってる?」
「いや、まだだと思う」
「じゃあ、今すぐに烏を飛ばして、乗客を誘導してもらって」
「わかった。隠の皆さんが来るまで俺たちも誘導に回るよ」
親切心から言ったであろう炭治郎の申し出を手で制した。不思議そうに見やる彼らに、真剣な面持ちで絶望への言葉を紡ぐ。
「私たちはここに居ないといけない。凄く嫌な予感がする。多分、さっきの鬼よりも段違いの強さを誇る鬼がこちらに向かっている。皆、気配を探ってみて?」
「「「…!?」」」
疲れていて車両の周囲まで気をやる余裕がなかった故に気付かなかったのだろう。匂いを、音を、殺気を感じてそれぞれが恐怖に顔を歪めた。3人も気づいたはずだ。今まで戦った鬼の比じゃない程の迫りくる鬼の強さに。
「全集中の常中ができるようだな!感心感心!」
「煉獄さん…」
声のする方に顔を向ければ、いつからそこに居たのか煉獄さんが私の傍らでニコニコとこちらを見ていた。
「腹部の出血も止める事が出来ているようだし、君は中々に精度の高い呼吸を使えるようだな!常中は柱への第一歩!柱になるまでは数千歩あるかもしれないが頑張るといい!」
「あ~…そうします…?」
褒められているのか馬鹿にされているのかイマイチ判断に迷う言葉に、少し気が抜けてしまう。いかんこんな事では。頭を軽く振って気を引き締め直した。
厭夢も倒せたし、第一関門はクリアだ。問題はこの後。遠くから高速で近づいてくる嫌な気配が恐ろしくて仕方がない。でも、ここからが正念場だ。
「煉獄さん…西方から鬼が近づいてきています。恐らくは上弦の鬼かと」
「!?それは真か!」
煉獄さんが驚くのと、ドォン!!という何かが近くに落ちてきたような音がするのはほぼ同時だった。土埃で煙る中、立ち上がって刀を構える私たちの前に、その鬼…猗窩座は不敵な笑みで現れた。
何も言わずに猗窩座は即座に行動に移した。強者と戦うのが生きがいの猗窩座。柱である煉獄さんと相対するために私たちの存在は邪魔だと判断したのだろう。手始めに一番近くに居た伊之助を殺そうと思ったのか、私の傍らに立っていた伊之助に襲い掛かる。
「!?」
目にも止まらぬスピードで繰り出された猗窩座の拳に野生の勘で伊之助が防御するも、2振りの刀はその両方がポキリとあっけなく折れてしまった。
目で追う事が出来ていなかったらしい炭治郎と禰豆子が、一瞬後にその事に気付いて小刻みに震えだす。善逸は呆然と伊之助の刀を見つめている。全集中の常中を習得してから月日の経っている私でも目で追えるか追えないかのギリギリライン。当然身体も動かず、伊之助がもう少しで殺されるところだったという事実に両の手が意識に反して震えた。
小手調べ程度の攻撃でこの速さだなんて、煉獄さんに応戦すれば猗窩座を退けられるなどと考えていた私は甘かった。
…力量が、違いすぎる。
「ほう、受けたか。想像よりは弱くないと見た。しかし次の攻撃でお前は死ぬ。所詮は弱者の虫けらだ」
「なんだと…」
悔しそうに呟くも、実力の差を、挑めば一瞬で殺されることを肌で感じたのだろう。伊之助も折れた刀を握りながらその場から動くことができずにいる。
私たちが硬直し続ける中、…煉獄さんだけが動くことができた。
炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天(のぼりえんてん)
炎刀が油断していた猗窩座の右腕を斬り落とす。しかし飛び退った猗窩座はそれを瞬時に再生させた。
「お前は強いな。名を何と言う?」
「俺は炎柱煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座。話をしようじゃないか杏寿郎」
「君と俺が何の話をする?可愛い後輩を手に掛けようとした。初対面だが俺は既に君の事が嫌いだ」
煉獄さんにやたらと好意的な素振りを見せる猗窩座は、煉獄さんの蔑む表情もお構いなしに素晴らしい提案をしてやると言わんばかりの口調で続ける。
「お前も鬼にならないか?見ればわかるお前の強さ。闘気も練り上げられている。至高の領域に近いものだ。だがお前は至高の領域へは踏み入る事ができない」
そこまで言って一呼吸置くと、猗窩座は人には出せない色をした指で小さく煉獄さんを指し、すうっと真顔になった。
「人間だからだ。老いるからだ、死ぬからだ。鬼になろう杏寿郎。そうすれば100年でも200年でも鍛錬し続けられる。強くなれる」
「俺は鬼にはならない。老いる事も死ぬ事も、人間という儚い生き物の美しさだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。猪頭少年は弱くない、侮辱するな。君と俺とでは価値基準が違う。俺はいかなる理由があろうとも鬼にならない」
そうか、と小さく呟くと猗窩座の殺気が一段と高まった。意にそぐわない返答をした煉獄さんを殺す気なのだろう。
術式展開 破壊殺 羅針(らしん)
「鬼にならないなら殺す」
猗窩座の周囲地面に氷の結晶をかたどったような紋章が現れた。
この上なくシンプルな殺意、その言葉を残し猗窩座が地を蹴る。それを迎え撃つように煉獄さんも地を蹴った。
炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)
目で追えない程の超スピード。2つの技がぶつかり合った。上空から攻撃を仕掛けながらも猗窩座が叫ぶ。
「今まで殺してきた柱たちも俺の誘いには頷かなかった!なぜだろうな?同じく武の道を極めるものとして理解しかねる!選ばれた者しか鬼にはなれないというのに!」
破壊殺 空式(くうしき)
「素晴らしい才能を持つ者が醜く衰えてゆく!俺は辛い!耐えられない死んでくれ杏寿郎!若く強いままァ!!」
炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり(せいえんのうねり)
猗窩座が空中から虚空を拳で打つと、一瞬にも満たない速度で攻撃が煉獄さんに飛んで来た。煉獄さんは自身へ放たれた攻撃から、私たちに飛んで来た流れ弾に至るまでの全てを連撃によって相殺する。
完全に戦いは2人の独壇場だ。他者が間に入ることを許さぬ程の剣戟の嵐。私たちはしばらくそれを呆然と眺める事しかできなかった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。一瞬かもしれないし、数時間経っているのかもしれない。戦況は依然膠着状態。それでもわずかに、ごくごくわずかに煉獄さんが押されてきているのを感じる。このままでは彼が物語通りに敗れてしまうのも時間の問題だ。
そして私は気づいてしまった。
夜が明ける気配がない。
どういう事だ!?猗窩座は原作では朝日が昇ってきたために退却した。つまりは列車が横転した時点で夜明けが近かったという事だ。だがまだ日の出は遠い。もしかして、私という異分子が紛れ込んだために厭夢を倒すまでの時間がずれたのか?
このままでは煉獄さんの救済どころか全滅は免れない。時間を稼がないといけない。何か、何か手はないか!?
ばっと炭治郎たちに目をやった。彼らは全員2人のスピードに圧倒されて動けないでいる。特に死を肌で感じてしまった伊之助は力量の差を悟ってしまったが故に身動きが取れないようだ。でも、幸いなことに私以外の全員は目立った負傷もない。全員で攪乱すれば煉獄さんが攻撃するだけの隙を作ることは出来るかもしれない。
「炭治郎、善逸、伊之助、禰豆子!皆まだ動ける!?2人の動きにはついていけそう!?」
「まだなんとか動くことは出来るが、駄目だ!あの2人の動きにはついていけない、入ったところで足手まといにしかならない!!」
そう言った炭治郎が悔しさに顔を歪めた。同様に両手の拳を握りしめる禰豆子とプルプル震える伊之助。そんな彼らを叱咤するように叫んだ。
「このままじゃ煉獄さんが負けちゃう!私にはわかるんだ。今は互角に見えるけど徐々に押され始めてる!私たちも何かしないと!!」
「俺たちに何ができるってんだよ!?あの2人の間合いに入ったら死ぬぜ!?」
「攪乱して動きを止めた後に一斉にかかろう。上手くいけば、煉獄さんが猗窩座を斬る隙を与える事が出来るかもしれない。」
いつもとは逆の立場だ。引き止める伊之助を諭すように私が答えると、炭治郎が決心したように拳を強く握りこみ、まっすぐにこちらを見つめてきた。
「**、わかった。やろう」
「…くそ!やりゃあいいんだろうが!!俺刀折れてるけどやってやるよ!!お前ら俺の子分なんだから死ぬんじゃねぇぞ!?」
やけくそ気味な伊之助に対してにやりと笑って返してやった。「だが」と言葉を置いて炭治郎が更に言葉を続ける。
「**はどうやって攪乱するつもりをしているんだ?伊之助の言う通り、俺たちが普通に斬りかかったところで足手まといになるのはわかり切っているぞ」
それに対して、私は緊張しながらも自分のアイデアを一息に説明した。じっとりと掌が汗ばんでいるのを感じる。
「2手に別れて攻撃しよう。私はなんとかあの動きについていけるかもしれない。…正直力量が違い過ぎるのもわかっているし、かなり賭けだけど、一瞬だけなら気を逸らせると思う。そこに炭治郎たちが斬りかかる。不意打ちの2段構え。完全に弱者だと思っていた私たちが何回かに別れて急に動き出すんだ。これだけでもかなりびっくりはすると思うよ」
「初めは**だけで行くというのか!?危険すぎる!」
「確かに1人だけで行くと対処される可能性が高い。下手したら即死だ。でも、」
ここで一旦言葉を区切って、ずっと黙って聞いていた善逸の顔を見た。びくりと肩を揺らして冷や汗を垂らしている。
「善逸、あの2人の動き、ついて行けるんじゃない?」
「むっ無理だよぉ!俺には敵いっこない!」
ずっと口を噤んでいた善逸にそう言えばどうやらビンゴだったらしく、動揺してはいるものの私の質問に対する否定の言葉は返って来なかった。
猗窩座の超スピードを見た時の反応から、何となくそんな気がしたのだ。でも、これは事実だと思う。私たちの中で唯一、善逸だけが彼らの動きについていけている。
雷の呼吸はどの呼吸よりもスピードに特化した呼吸だ。鼓屋敷で見た善逸の壱ノ型と、あの2人の技を繰り出す速度は目視した感じではほぼ同等のものだった。
スピードの速い技を使えるという事は、動体視力も相応に高いという事。どの程度まで見えているかはわからないが、恐らく善逸は2人の攻防を目で追う事が出来ている。つまり、彼らのように戦う事は不可能でも、霹靂一閃を繰り出すその一瞬だけなら善逸は彼らのスピードに追い付くことができる。
「善逸、これが賭けなのはわかってる。下手したら私も善逸も死んじゃうかもしれない。でも、断言するけど煉獄さんはこのままだと死ぬ。動けるのに恐怖で身を竦ませていたら、そうなった時に私たちは絶対に後悔する」
「…」
そう、これは賭けだ。煉獄さんを守るためとはいえ、それで主人公である彼らを死なせてしまえば、大きな影響なんてものじゃ済まない事になる。なんとしても、私の命を懸けてでも彼らを守らなければならない。
「…やめろよ」
「え?」
「**、さっきと音が変わった。さっきまでと同じ覚悟の音がしてるけど、なんていうか質が違う。俺の勘違いじゃなかったらお前、俺たちに危険が迫ったら自分が身代わりになってでも俺たちを助けよう…とか思ったんじゃないか?」
「…ご名答」
先程とは打って変わって、善逸が低い声で私を詰問する。どこか怒っているようだ。
あまりにも大当たり過ぎて、気まずさから少しおどけて肯定すると、それを聞いた善逸の声が更に低くなった。ぅゎ、超絶イケボ…。予想外の反応過ぎて思わず関係ない事を考えてしまう。
「ふざけんなよ。さっきも炭治郎を庇って刺されたって言ってたけど、自分の命を軽く見過ぎだ。そりゃまあ、俺は弱いし頼りないかもしれないけど…それでもお前を守りたいと思うんだ。不意打ち、やるよ。すげぇ怖いけど、死にたくないけど、**の言う通り後悔したくない」
「…善逸、ごめん。私が傲慢過ぎたね。仲間に対して失礼だった。…行こう」
善逸と目配せして左右に分かれて走り出した。私たちが相談している間にも攻防を繰り広げていた煉獄さんと猗窩座は、大技を放とうとしているようだ。
「大技勝負と行こうか杏寿郎!全力を出せ!!」
猗窩座が心底楽しそうに叫ぶ。この戦闘狂サイ●人め。鬼になった背景といい、敵キャラとしてはかなり好きだけど、今は煉獄さんを殺そうとするただの脅威だ。
更に私は感じ取ってしまう。この一撃は煉獄さんに致命傷を与える事になる。なんとしてもこの一撃を止めさせなければならない。
これでもかという程大地を強く蹴り、助走をつけて乱式を繰り出そうとする猗窩座のわき腹に攻め込む。反対側から善逸が居合の構えを取るのが見えた。
炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)
破壊殺 乱式(らんしき)
闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼(あんせんしょうき)
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)
乱式を放つ猗窩座の頸を善逸の霹靂一閃が一刀両断…できなかった。善逸の刀も伊之助同様に折れたのだ。
どんだけ硬い頸してるんだよコイツ。しかしわずかに気が逸れた猗窩座の右腕を、影の様に忍び寄った私の刀が斬り落とした。突然の乱入者たちの登場に、猗窩座も煉獄さんも一瞬動きが止まる。
「!?…邪魔するんじゃねえ雑魚が!!」
猗窩座の残った左腕が乱式の照準を私に合わせて狙い打とうとする。やばい、これ当たったら私が原作の煉獄さんコースだ。鳩尾から腕がコンニチハのやつだ。
「**!!」
猗窩座の背中側を通れば私とぶつかり、前を通れば乱式でハチの巣になると判断した善逸は頸を狙う際に猗窩座の頭上に飛び上がっていた。恐るべき反射神経で、空中を舞っている折れた自分の刀身を掴み、猗窩座の左目に刺した。
「…っがぁ!!去ね!!」
「ぐっ…」
「善逸!!」
猗窩座が虫を追い払うかのように善逸をはじいた。即座に私も飛び上がり、雷の呼吸を混ぜ込んで善逸を受け止めて着地した。目を潰されたショックでそこまで力が入らなかったらしく、幸いにも致命傷には至っていないようだが、どうやら今ので肋骨が数本折れたらしい。口から血を吐いた善逸はヒューヒューと呼吸がおかしくなっている。常中ができなくなっているようだ。
邪魔な私たちを排除しようとする猗窩座が攻撃を仕掛けようとするも、それは炭治郎たちの攻撃によって阻まれた。
水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱(すいりゅうしぶき・らん)
獣の呼吸 捌ノ牙 爆裂猛進(ばくれつもうしん)
煉獄さんの脇をすり抜け、猪突猛進を体現したかのような伊之助が一気に猗窩座へと距離を詰めて折れた刀を突き刺そうと狙う。更に伊之助の陰に隠れていた炭治郎が無秩序な水流に身を任せているかのような動きで猗窩座の頸を狙う。
しかしまるで初めから気づいていたかのようにそれらの攻撃は避けられてしまった。
破壊殺 脚式 飛遊星千輪(ひゆうせいせんりん)
怒り狂った猗窩座の脚式が私たち4人に襲い掛かる。気を失ってしまった善逸と避けられた際に折れた刀もすっぽ抜けてしまった伊之助を後ろに下がらせて炭治郎と私の刀で威力を殺す。
しかし強力な上弦の連撃は全てをガードするには重すぎた。打ち上げられるような蹴り技によって、私と炭治郎の身体は善逸と伊之助もろとも宙を舞う。何が起こったかも理解できないままに、受け身を取り切れず地面へとしたたかに打ち付けられた。
「うぐぅ…ゲホッ…」
嫌な声が喉から出てくる。それは止めたくても吐く息と共にこぼれてきた。左から落ちたせいだろう、左腕が動かなくなってしまった。多分折れてるなこれ。炭治郎たちも同様に苦し気なうめき声をあげる。
しかしそれは猗窩座も同様だった。
炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)
私たちへの攻撃で一瞬と言えど完全に意識を煉獄さんから逸らしていた猗窩座は、煉獄さんの炎の呼吸屈指の大技を喰らった。それも、幻影ではない本物の炎を纏った刀によって。すんでのところで避けられたために頸を両断する事はできなかったものの、深い傷が背中に刻まれる。
「鬼にしか効かない炎か!素晴らしい血鬼術だ竈門妹よ。…俺は君を鬼殺隊員として認める!!」
「むー!」
どうやら禰豆子が爆血を煉獄さんの刀に使ったらしい。それは確かにダメージを与えたようで、初めて猗窩座はふらふらとその場でよろめいた。
「…不快だな」
猗窩座が吐き捨てるように呟いた。善逸の突き刺した刀身を引き抜き、私たちの攻撃によって負傷した目も腕も、煉獄さんの与えたダメージも再生させてしまう。
「…不快だ。実に不快だ。弱者が群れて攻撃を成す。弱き者は1人では攻撃すらままならない。複数で来たところでこのざまだ。俺が薙ぎ払っただけであっさりと致命傷を負う。」
「特にお前」と、そう言って私を睨みつけてくる。死ぬほど腕も内臓も痛いけど、残った右腕で刀を構えて応戦の構えをとった。
「俺は女を痛ぶる趣味はない。女は特別弱いからだ。…それなのに、お前はそいつらを先導して真っ先に飛び込んできた」
「…ずいぶん男尊女卑が激しいね。その考え方、時代遅れなんじゃない?」
狛治くん?と思わず言いたくなるのをなんとか堪えた。しかしそれでも十分な挑発にはなったらしく、猗窩座は私の元へ静かに歩み寄ってきた。
「気に入らないよ、お前。強くはないけど他の奴ら程弱いわけでもない。中途半端な弱者がいきがっている。虫唾が走る」
「知ってるよ、お前の価値観で見た私が弱い事なんか。それでも強くなるために鍛錬を積んでる。守りたい人を守るために日々戦ってる。私の価値観で見た私は強い。炭治郎だって、善逸だって伊之助だって禰豆子だって、煉獄さんと同じくらい強い。馬鹿にするな」
「そうか、ならさっさと死ね」
炎の呼吸 肆ノ型 昇り炎天(のぼりえんてん)
私目掛けて放たれた一撃は煉獄さんの技によって腕もろとも真っ二つになった。それもすぐに再生すると、猗窩座は煉獄さんに再び標的を定めた。
「この子たちに手を出すな、この子たちを侮辱するな」
「俺には理解できないよ杏寿郎。なぜそこまで弱い者を守ろうとする」
「先程も言ったがこの子たちは弱くない。それに柱ならば後輩の盾となるのは当然だ。俺は俺の責務を全うするのみ!!」
はっきりとそう断言した煉獄さん。それを合図にするように、辺りが明るくなった。徐々に、徐々にだが空が白み始めている。夜明けが少しずつ近づいてきたのだ。
焦りを見せた猗窩座が今までと比べ物にならないくらいに闘気を練るのを感じる。とどめを差すつもりだ。呼応するように煉獄さんも闘気を練り上げている。気迫、精神力、そして一部の隙も無い構え。柱の実力をまざまざと見せつけられる。どれだけの鍛錬を積めばこの領域までたどり着けるのだろうか。
でも、
この一撃で煉獄さんは死ぬ。
わかってしまった。わかりたくなかった。第六感という奴は厄介だ。気づいても現状を変える事が出来ないなら辛いだけだ。目の前で煉獄さんが死ぬのを見ろと言うのか。
私たちは全員がもう動ける状態じゃない。炭治郎はヒノカミ神楽の反動とさっきの猗窩座の攻撃で動けないし、骨を折った善逸は痛みと猗窩座の攻撃を受けた際のショックで気を失ってしまった。伊之助はまだ動けるものの刀も手元にない。禰豆子も車両での戦いや煉獄さんの刀に血鬼術を使ったことで戦えるだけの力が残っていない。そして私とてこの様だ。
不意打ちも時間稼ぎも決定打とならなかった今、それこそ片腕の隊士が剣を握ったところで上弦と柱の全力に割って入る事など…。
いや、できるかもしれない。刀以外の武器なら。
炎の呼吸 玖ノ型 煉獄
破壊殺 滅式(めっしき)
至高の領域の2人が渾身の大技を放ちあう。そこに割り込みを入れるなんて、少年漫画でこれをやったら野暮なんてもんじゃない。でもそんなもん知った事か。
「当たれええぇぇえぇえ!!!」
私は懐から取り出したそれをとっさに猗窩座に向かって投げつけた。
全集中の常中で基礎能力が上がっているとはいえ、善逸やカナヲのように動体視力に優れているわけではない。だから高速で移動する猗窩座を狙って投げるなんて不可能に近い。その為第六感で猗窩座に当たりそうな位置へと投げつけたのだ。もはや賭けに近い。それでも、自分を信じるんだ。
ドォオオォォン…。
2つの大技がぶつかり合う衝撃で辺りに砂埃が舞った。それも次第に収まり、徐々に視界が明るくなる。頼む。お願いだから。祈るように赤と黄色の後姿を探す。
「がっ…」
口から血を噴出したのは、猗窩座だった。私の投げつけたそれにが胸に刺さったことによって、一瞬動きが止まったらしい。それでも猗窩座の左腕によって止められた煉獄さんの刀は頸の皮一枚を残して完全に断つことができなかった。しかし、少なくとも煉獄さんの鳩尾に猗窩座の腕は刺さっていない。
「あああああああああ!!!」
煉獄さんが渾身の力で頸を斬り落とそうとする。しかし、突如身体に起きた異変と昇りくる日の出、煉獄さんに頸を斬られかかっているという事実に焦った猗窩座は、煉獄さんの刀を折る事でそれを回避し、頸に刺さった刀もろとも後ろに飛び退った。
「…女…てめぇ、何しやがった…」
「女の武器。あんたには教えてやんない」
「…本当に虫唾が走る奴だ。名前は何と言う」
「…明暗**」
「覚えたぞ。**、お前は次に会った時には脳髄をぶちまけてやる。女とて容赦はせん」
そう言い残すと「ベン」という音と共に猗窩座は消えてしまった。同時に朝日が完全に顔を出した。
「勝った…のか?」
「正確には勝ったわけではないが、犠牲を出すことなく上弦の鬼を撤退させることに成功したな!」
伊之助の呟きに煉獄さんが返す。私たちは皆気が抜けてその場にへたり込んでしまった。気が抜けたら、折れた骨と内臓の損傷の痛みがより一層増した気がする。もう歩ける気がしない。
鬼は太陽に弱い、か。日の出をこんなにありがたく感じる日が来るなんてね。
…太陽?
「…っていうか!炭治郎!朝日昇ってる!!禰豆子がやばいって!!」
「そっそうだ!!伊之助!済まないが禰豆子の日陰になっていてくれ!俺は箱を探してくる!!」
そういえば禰豆子も鬼だった、と気づいた私が慌てて言うと、伊之助は列車の陰に避難している禰豆子の元へ、炭治郎は箱を探しに自分たちの居た車両へと向かっていった。善逸は目が覚めたものの痛みで動けないでいる。
「…明暗少女、本当に助かった。君が居なければ恐らく俺は命を落としていた。我妻少年も、あの不意打ちは見事だった。本当にありがとう。…ところで明暗少女、君が最後に猗窩座に投げつけたのは何だったんだ?」
「あ~…簪です」
「は?」
私の答えにはてなマークいっぱいの煉獄さん。簪と聞いて私が何を投げたのかを察した善逸が「うわぁ」と呟く。やめて、そんな目で見ないで?
「簪と言っても、ただの簪じゃありません。しのぶさんに教えていただいた方法で藤の花から高濃度抽出をした毒に長期間浸したものです。貰い物だったので不義理ではありますが、手持ちで投げられそうなものがあれしか思いつかなくて…」
ごめんね村田さん。好意を無下にしたいわけではないんだけれど、空気抵抗の少なくて投げやすそうなものが他になかったんだよ。くないとか持ってれば別だったんだけど。
「村田さんかわいそ…」
「なによ善逸。私が村田さんに簪貰った時は村田さんに怒ってたのに」
「べっ別に怒ってねぇよ!」
「よもや、先程の竈門少年たちとの連携といい、君たちは本当に仲が良いのだな。少々妬けてしま…ぅ」
快活に笑っていた煉獄さんが笑顔のまま静止したかと思うとそのまま倒れてしまった。え!?どゆこと!?死んだ??死んじゃったの!?私が見えてなかっただけで実は鳩尾コンニチハしてた???
「れれれ煉獄さん!?」
「大丈夫だよ。煉獄さん気絶してるだけだから。…って言っても、あちこち骨折やら出血してて相当無理してたみたいだけど」
「えっそうなの!?」
「折れてる音がしてたし、列車の中でも乗客を庇って負傷してたから。珍しい、気づいてなかったのか」
パニックに陥る私に対して「猗窩座の接近には気づいていたのに」と善逸は驚いた様子だ。気付くも何も、自分の怪我と煉獄さんが死なないかって不安でそこまで気が回らなかった。何はともあれ、命に別条がないのなら本当に良かった。私は煉獄さんの救済に成功したんだ。
◇◇◇
禰豆子を箱の中に戻した炭治郎たちがこちらへ戻って来たため、私たちは揃って隠の人たちの避難誘導を待つことになった。
疲れたね、とお互いが生き残れたことを喜び合っていると、後ろから「ねぇ」と声がした。振り向いてみれば、私の夢に入り込んできた少女がこちらを向いて立っていた。後ろにはおさげの女の子や青年も居る。自分のした事への罪悪感で少し気まずそうだ。
「ねぇ、あんた…あんたは元の世界に帰れないの、寂しくないの?」
「え…」
「元の場所には会いたい人たちが居るんじゃないの?」
そう言われて思わず口ごもってしまった。どう答えればいいのかわからなかったのだ。帰る家は恐らく残っている。待っていてくれる家族も友達も残ってる。帰りたいと、思う。でももうその手段が残されていない事も、私は知っている。だからこそ、この世界で生きると決めたけれど、寂しくないと断言できるほど私は強くはない。
「駄目だ!!」
「伊之助?」
突然の隣からの叫び声に驚いて肩を大げさに揺らしてしまう。伊之助を見ると、彼は何かに焦るようにがしりと私の右腕をつかんで叫んだ。
「お前は俺の子分だろうが!俺の許可なく変なとこへ行こうとするんじゃねぇ!!」
「そ…そうだよ。**には俺たちが居るだろ?**だって、俺にそう言ったじゃないか」
左から善逸がいつもの気弱な表情で懇願するようにそう言う。さりげなく羽織の裾を掴まれており、両側から捕まえられた私は身動きができなくなってしまった。
「よせ2人とも!」
炭治郎の静止を聴くこともなく、善逸と伊之助は私から離れる気配がない。頭を撫でて宥めようとするにも腕を掴まれているのだからできない。そもそも彼らには異世界の事は話していない。この少女が何を言っているのかもわからないだろうに、何をそんなに焦っているのだろう?
困惑している私の疑問をくみ取ったかのように、炭治郎が眉尻を下げて謝罪の言葉を口にした。相当申し訳なく思ったのか、頭を下げるのも忘れない。Oh…Japanese DOGEZA…。
「すまない**。俺たち、**が異世界から来た事を知ってたんだ。詳しい事情は分からないが、もしも元の世界に帰りたいと願うのなら、俺たちはそれに協力する。…寂しいが、それで君が喜んでくれるのなら」
それを聞いて納得した。…ああ、なんだ。皆、知ってたのか。知ったうえで変わらずに接してくれていたんだな。知ったうえで、私の事を気味悪がらずに傍に居てくれていたんだ。そのうえ、元の世界へ帰るかもしれないと勘違いして引き止めようとしてくれているんだな。
3人の優しさに心が温かくなるのを感じた。拒絶されるのが怖くてずっと言えなかったけど、今なら自信を持って少女に言う事が出来ると思った。
「元の世界で会いたい人、沢山いるよ。帰りたいとも思う。…でも、この世界でもずっと一緒に居たいと思える大切な人たちが沢山できたんだ。だから、少し寂しいけど辛くはないよ。それに、夢の中でも言ったけど、まだまだこの世界でやりたい事いっぱいあるからさ」
にへ、と笑いかけると、その言葉を聞いた少女は「そう」とだけ呟くと一礼して去っていった。青年たちもぺこりと一礼して去っていく。あっけにとられている善逸と伊之助の隙をついて拘束を解き、炭治郎もろとも力の限り3人を抱きしめた。刺された傷やら折れた腕が痛むから大した力は出なかったけど、それでも3人には私の気持ちが通じたらしく、抱きしめ返してくれた。
「皆、大好きだ。これからもよろしくね」
朝日が眩しい。煉獄さんを救う事ができ、炭治郎たちからこんな嬉しい言葉を貰えた。今日は良い日だ。