全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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使い手

 無限列車編で煉獄さんの救済に成功してから半月が過ぎた。私たちは蝶屋敷で治療を行いつつ機能回復訓練を受けている。

 

 あの戦いの後、私たちは隠の人たちの手によって蝶屋敷へと運ばれた。最も重症だったのは煉獄さん。聞けば肋骨だけでなく足も複雑骨折をしていたらしい。更に乗客を庇ってあちこち負傷もしていたとかで、隊服の下は傷だらけの血塗れだった、となほちゃんが半べそで教えてくれた。

 

 よくそんな状態で猗窩座と戦えたな…。いや、むしろ猗窩座との戦闘中は負傷したのをバレないように隠していたのかもしれない。

 そんな煉獄さんは蝶屋敷で治療を受けた後、自分の屋敷へと運ばれていった。千寿郎くんが居るから蝶屋敷よりも落ち着いて休むことができるだろうという配慮の上決まったらしい。確かに一般隊士からすれば雲の上の存在ともいえるような上官が隣に寝ているのは落ち着かないかもな。

 

 千寿郎くんに文で聞いたところによると、笑顔で倒れこんだあの後から昏睡状態なんだとか。それを知って私たちはかなり慌てたが、私たちの様子を見に病室にやって来たアオイちゃんに事情を説明すると、事も無げに「心配ないですよ。しのぶ様含めて柱の方は重症を負うと睡眠によって急速治癒を行うんです」と言われた。実際次に届いた千寿郎くんからの文には、まだ眠っているものの傷や骨折は殆ど治ったと書かれていた。

 怖…人間辞めてるだろ柱。

 

「いや~それにしても、あの傷を半月でほとんど治すとか、凄いよね煉獄さん」

「お前が言うなって俺は思うけどな…」

「え?」

 

 ベッドに腰かけて、アオイちゃんが持ってきてくれた食事を頬張りつつ私がそうごちると、隣のベッドに同じく腰かけた善逸が呆れたような目でこちらを見ながらそう言ってきた。

 

「いやホントさ、あの傷が2週間で治るとかどういう事?刺されてたし折れてたよな?」

「あ~…私もわかんないや。とりあえず人外を見るようなその目をやめようか」

 

 私だって傷つくこともあるんだぞ?と言うが、善逸は無遠慮な表情で私を見るのをやめない。自分とは違う生き物と認識したらしい。失礼だな。私だって驚いているんだ。煉獄さん程重症ではなかったが、なんせ全治2か月と言われていたんだもの。

 

「それって全集中の常中のおかげだったりするんだろうか?**は本当に凄いな!」

「うおおお!!俺だって負けねぇぜ!?まずはお前より飯を食ってやる!!」

 

 炭治郎のキラキラとした尊敬の眼差しを浴びて少しこそばゆい。伊之助は私のおかわり用のおかずを取ろうとしていたため、先に箸で掠め取ってやった。かなり上手くはなってきたが、箸捌きではまだまだ私の足元にも及ばないようだな伊之助よ。

 炭治郎と伊之助は比較的軽傷だったため、数日前に完治して機能回復訓練に参加している。もう患者ではないので寝床も病室から宿泊棟に移されているし食事も食堂で食べる事になっているのだが、私たちを気遣ってわざわざご飯を一緒に食べてくれているのだ。優しい友達を持つ事が出来て、幸せここに極まっている。

 

 煉獄さんの次に重症だったのは、言うまでもないが私である。細長い凶器だったために傷はそこまで広くはなかったがお腹を刺されて肝臓が傷ついていたし、左腕も手首にヒビがはいってしまっていた。呼吸ですぐに止血をしたから大事には至らなかったが、特に肝臓の傷は一般人だったら出血多量で死んでいたかもしれない。呼吸が使えて本当に良かった。

 そんな私も、煉獄さん程ではないが戦いが終わった後猛烈に眠くなり、1週間トイレと水分補給以外はほとんど眠りこけた。その後は睡眠欲より食欲が勝るようになって炭治郎たちが唖然とする勢いで煉獄さんの如く食事を頬張り、そんな生活を1週間続けていたらお腹の傷と手首のヒビは完治してしまっていた。

 

 当然炭治郎たちにはめちゃめちゃ驚かれたが、一番驚いたのは私である。だって私は人間辞めてないもん。今まで刺された事も骨を折ったこともないから、自分がこんなに治癒能力が高いとも思ってなかったし。

 

「いや、お前間違いなく人間辞めてるからな?」

「音を聴くなっつーの。…ちなみに今の私はどんな音をしてたの?」

「認めないって感じの頑固な音」

「あ~…正解ですわぁ」

 

 ちなみにだが、善逸の耳は炭治郎より広範囲を把握できる分、あまり細やかな心情まではわからないらしい。

 じゃあなんで相手の心を読めるのかというと、ざっくりとした感情を元に話の流れから相手が何を考えているのか推理しているんだとか。

 

「だから洞察力というか、空気を読む力が優れているんだな」とそれを聞いた時、勝手に納得をした。炭治郎は雀と話せるレベルで細やかな感情がわかる癖に、ニブニブだもんね。ラブコメ主人公よろしく、ド天然鈍感くんっぷりを日々曝け出している。閑話休題。

 

「まぁ、**も善逸もほぼ完治したんだろ?明日から機能回復訓練じゃないか。一緒に頑張ろうな!」

 

 笑顔が眩しいよ炭治郎。なんか後光が差してる気がする。思わず「うっ」と顔を背ければ、全力で心配された。

 

「そうだね~。明日はしのぶさんも機能回復訓練に付き合ってくれるらしいし、頑張らないと」

「は!?しのぶさん!?」

 

 善逸が絶望の表情で私を見てきた。「うえぇやだよぉ…絶対しんどいもん…」と嘆く善逸の背中をポン、と伊之助が軽くたたく。まあ、サディスティックな方ですからね。気持ちはわかる。

 

「私との訓練を楽しみにしてくれているのは嬉しいですが、この知らせを聞いたら皆さんは外出申請をすると思いますよ」

「あ、しのぶさん」

 

 声のした方を見るとしのぶさんが立っていた。今日も今日とて麗しい彼女は、いくつかの文を片手にニコニコとこちらへ向かってくる。「私との訓練を」のところを特に強調して言われて、善逸が冷や汗をだらだらと流した。善逸の心中を知らない炭治郎は、無邪気にしのぶさんに問いかける。

 

「こんにちは、しのぶさん。知らせってなんですか?」

「煉獄さんの鎹烏が文を持ってきてくれたんです。あなた達の分もありますよ」

 

 そう言って私たちそれぞれに手渡された文を見ると、送り主は千寿郎くんだった。

 私と炭治郎は千寿郎くんと文通をしているのでまだわかるが、しのぶさんや善逸、伊之助にも文をくれるという事は、煉獄さんの事で何か知らせがあるのかもしれない。それにしても、1人1人に連絡をくれるなんて、律儀だなぁ…。

 開いて読み進めてみると、私含めて炭治郎たちの表情がぱぁっと明るくなった。煉獄さんが目覚めたらしい。炭治郎には正式に煉獄さんの継子になることを許可する旨の書かれた文も煉獄さんの署名付きで同封されていた。

 

「うわぁ!煉獄さん!よかったー!」

「ふふ、皆さんもう傷は完治しているようですし、数日の外出許可を出しますね。お見舞いにでも行ってあげてください。炭治郎くんは継子として顔合わせの必要もあるでしょう」

 

「機能回復訓練が終わっていないので、お見舞いが終わったらこちらに戻ってきてくださいね。じゃないと任務復帰ができないですよ」との忠告付きでしのぶさんが穏やかに微笑みかけてくれた。そうと決まれば善は急げだ。早速出発の用意をしないと。

 

「善逸くん。帰ってきたら、私とみっちり訓練しましょうね」

「ひっ…」

 

 ご愁傷様です。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「皆さん!来てくださりありがとうございます!それに、兄上を救って下さって…!皆さんのおかげで九死に一生を得たと兄上から伺いました!」

 

 歩く事数日、寝たきりだったのでいい運動になった…。私たちが煉獄邸に到着すると、千寿郎くんが出迎えてくれた。千寿郎くんの言葉で煉獄さんを死の運命から救う事が出来たと改めて実感した。本当に私ファインプレー。

 案内されて煉獄さんの自室に向かうと、そこには昏睡していた為以前より痩せてはいるものの、怪我人とは思えないくらいの勢いでご飯をかっこんでいる煉獄さんの姿があった。ぼそりと善逸が「**と同じじゃねえか…」と呟く。

 失礼だな。私は流石にあそこまで元気じゃなかった。所々包帯を巻いているが、ピンピンしているように見える。本当に無事で何よりだ。

 

 それにしても、前を大きく開いた着流し姿に包帯をチラ見せさせる男前って…いいよね。乳首が見えそうで見えないところも非常にポイントが高い。

 

「竈門!明暗!我妻!嘴平!それに、箱の中には竈門妹も居るのだな!よく来てくれた!そして感謝を述べたい!君たちのおかげで俺は生き長らえる事が出来た!」

 

 ひとしきりもぐもぐして飲み込んだ後、昏睡状態から目覚めたばかりとは思えない声量で煉獄さんが声をかけてくれた。少年少女と呼ばなくなったのは彼なりに認めてくれたという事だろうか。なんだか嬉しい。禰豆子も煉獄さんに名前を呼ばれ、嬉しそうに箱の中から戸を引っ掻いて答えた。

 

「煉獄さん…!煉獄さんが生きていてくれて、本当に良かったです!」

 

 私たちを代表して、炭治郎が心底嬉しそうに挨拶をする。皆気持ちは一緒だ。本当に良かったと思う。

 

「くだらん戯れをこの屋敷でするな!酒が不味くなる!」

 

 近況を話していると、どかどかと足音が聴こえて少し老けた煉獄さんのような風貌の男…槇寿郎さんが苛立った様子で入って来た。

 昼間から飲んでいたのだろうか、片手には麦焼酎を持っておりなんだか酒臭い。無精ひげも生えているし、かなり自堕落な生活をしている事が伺える。

 

「何が生き延びる事ができた、だ!たいした才能もないのに剣士などなるからだ。だからこのように瀕死の大怪我を負って帰ってくる!!まったくもって愚かな息子だ!!」

 

 それが命からがら帰って来た息子の目の前で言う言葉だというのだろうか。煉獄さんも千寿郎くんも何も言い返さないで俯いている。我慢できずに私が口を開きかけた時、信じられないものを見たような顔をした炭治郎が、うっすらとこめかみに青筋を立てながら「ちょっと!」と割って入った。

 

「あまりにも酷い言い方だ…。そんな風に言うのは辞めてください!」

「うるさい、うちの敷居を跨ぐんじゃ…!?」

 

 そう言いかけた槇寿郎さんは目を大きく見開き、刹那炭治郎の胸倉を掴んで畳に叩き付けた。明らかに一般人の動きではない。腐っても元柱と言ったところだろうか。槇寿郎さんの取り落とした酒がこぼれ、縁側をしとどに濡らす。

 

「お前!『日の呼吸』の使い手だな!そうだろう!!」

「やめてください父上!命の恩人になんてことをするんですか!!」

「父上!落ち着いてください!!」

 

 千寿郎くんが叫ぶも、「うるさい!!」と怒鳴り返されてびくりと肩を震わせる。煉獄さんが病み上がりの身体を無理やり動かして、槇寿郎さんを炭治郎から引き離した。ゲホゲホと咳込みながら炭治郎が槇寿郎さんを睨みつける。

 

「離せ杏寿郎!」

「ぐっ…」

 

 ばしりと槇寿郎さんに殴られ、受け身を取り切れなかった煉獄さんが布団に倒れこむ。衝撃で切ってしまったらしく、唇から血が滲んでいる。

 

 私の欠点は短気なところだ。自覚はある。とっさに善逸や伊之助にげんこつかましたりするし。だから、この時私が無意識に槇寿郎さんの頬を引っ叩いたのもある意味必然だったと思う。気づいたら身体が動いていた。

 パァン!!と気持ちの良いまでに皮膚と皮膚がぶつかる音が鳴り響き、尻餅をつくほどではないにせよ、槇寿郎さんの平均以上の体躯が大きく傾いた。その場に居た全ての人があっけにとられ、身動きを取れないでいる。

 時間が止まったかのようにも思える部屋の中、唯一私だけがそのまま大声を発した。

 

「ふざっけんな!それが命懸けで戦って民衆を守り、自身も生きて帰って来た息子に言う言葉か!!」

 

 小娘に引っ叩かれた事を遅れて理解したらしい槇寿郎さんがわなわなと震える。当然だが御立腹の様子だ。だが知ったこっちゃない。私だって、凄く怒っている。

 

「何も知らないガキが偉そうに何を言う!!」

「九死に一生を得た息子を蔑ろにするだけの事情なんて知るもんか!!杏寿郎さんを見て、千寿郎くんを見て、何も思わないの!?あんたがいつまでも日の呼吸に劣等感を抱いてうっじうじうじうじと拗ねているばかりに!!見ててこっちが辛いわ!」

 

 知らないふりをしていた日の呼吸について、うっかり口が滑ってしまった事にはこの時の私は気づけなかった。ついでにややこしいからと煉獄さんを下の名前で呼んだことで煉獄さんが赤面した事にも。

 元柱に対して引っ叩いて怒鳴りつけるなんて、不敬なんてレベルではない、と心のどこかで思いつつも頭に血の上った私はもう止まらない、止まれない。怒りが身体を突き動かしたらしい槇寿郎さんは、私の隊服の胸倉をつかみ上げて怒鳴りつけた。

 

「お前にはわからんだろう!己が命を懸け誇りとしてきた呼吸がただの劣化物であったと知った時の絶望は!!」

「知るか!つーか、そんな事どうだっていい!!私はあなたが自分の息子を蔑ろにしている事に対して怒ってるの!!」

「どうでもいいだと…?」

「すぐそばで笑っていた人間が次の瞬間も笑っていてくれる保証なんかない事、知ってるでしょう!それは呼吸に対する誇りなんかより絶対にずっとずっと大事なはず!!なのに、どうして今居る大切な存在に目を向けようとしないの…?」

 

 私がそう叫ぶと、槇寿郎さんはぴたりと動きを止めた。紛れもない本心だ。煉獄さんは本来なら生きて帰ってくることは出来ない人間だった。こうして会う事が出来ているだけでも奇跡だというのに。

 もう会えない家族をふと思い出し、意図せずに目頭が熱くなった。駄目だ、やっぱり精神が身体に引っ張られている。人前で泣くだなんてみっともない。

 そんな私を見て槇寿郎さんは俯き、思案するように一点を見つめる。誰かを思い出しているのか、怒り狂って吊り上がっていた目元はいつの間にか寂し気に下がっていた。

 

「…父上、日の呼吸とはなんですか?」

 

 煉獄さんが起き上がって静かに尋ねた。それを聞いて槇寿郎さんもハッとしたように顔を上げる。

 

「…日の呼吸は、始まりの呼吸。一番初めに生まれた最強の御技だ。全ての呼吸は日の呼吸の猿真似をして劣化した産物に過ぎない。炎の呼吸も水の呼吸も、全てがだ」

「そんな、うちは代々炭焼きの家系です。ヒノカミ神楽が始まりの呼吸…?そんな事あるわけない」

「知るかそんなもん。少なくとも貴様のつけているその耳飾りは日の呼吸の使い手のものだ」

 

「そして」と一呼吸置き、槇寿郎さんはすっと炭治郎を、正確には炭治郎の額の痣を指さした。

 

「日の呼吸の選ばれた使い手は、貴様の様に生まれつき赤い痣が額にある。つまり貴様は一握りの才能ある者。才能のある者はごく一部、後は有象無象。何の価値もない塵芥だ。俺もそうだ」

「父上は塵芥などではない!父上は俺たちの尊敬する炎の呼吸の使い手です。炎の呼吸を、自らを蔑むのはやめて頂きたい!」

 

 煉獄さんの言葉にぐっと押し黙ると、槇寿郎さんはぽつりと呟いて部屋を出て行ってしまった。

 

「…杏寿郎、すまなかった」

 

 千寿郎くんが縁側に零れた酒を片付けるためにパタパタと部屋を出ていくと、煉獄さんがこちらに向き直って声をかけた。

 

「竈門、父を許してくれ。母が病死して以来、あのように酒に溺れて塞ぎ込むようになった。今まで知らなかったが、父にとっては日の呼吸の件で打ちのめされた事も塞ぎ込む原因だったのだろう。…明暗、俺たちのために怒ってくれて、父を殴ってくれてありがとう。今まで俺たちではどうにもできなかったんだ」

「いいえ、…私こそ、無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」

 

 大して悪い事をしたと思っていなかったけど、そう言って頭を下げられるとなんだか罪悪感が湧いてきた。その気持ちを示すため、今の自分にできるぎりぎりまで頭を下げる。所謂土下座だ。隣で炭治郎が俯きながら悔し気に言葉を紡いだ。

 

「…俺は才能ある者なんかじゃない。この傷は昔火鉢を倒した弟を庇ってできたものです。本当に力のある人間なら、煉獄さんが命を危険に晒す事などなかった。猗窩座を逃がす事も無かった」

「気にするな。それを言うなら柱である俺の力量が足りなかっただけだ。一瞬で強くなる方法なんてない。今の自分ができる精一杯の方法で前に進んで行こう。…君は俺の継子なんだから、一緒に頑張ろう」

 

 そう言われて炭治郎が泣きそうな顔になった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「今日はここに泊まっていくと良い、特に竈門は今後滞在する事も多くなるのだから、屋敷に慣れておいた方が良いだろう」と言われ、私たちは煉獄邸にお世話になる事になった。槇寿郎さんに会ったら気まずいなぁ…とか思ったけど、屋敷はバカ広いし槇寿郎さんは自室に籠っているらしいしで、意外と会う事はなさそうだ。年の近い私たちが滞在するという事で千寿郎くんは嬉しそうにしてくれている。控えめに言って可愛い。

 

「千寿郎くんも鬼殺隊に入るの?」

 

 千寿郎くんと少し遅めの昼食を頂きながら、炭治郎がいつかの私がしたのとまったく同じ質問を投げかけた。千寿郎くんが眉尻を更に下げ、私に返したのと同様の答えを返す。

 炭治郎が継子になった事で少しコンプレックスも感じたのかもしれない。「本当なら僕が継子となり、柱の控えとして実績を積まないといけないんですけどね」と自嘲気味に笑う千寿郎くんは、以前より元気がない気がする。

 

「僕には才能が無いようですし、剣士になる夢も諦めた方が良いのかもしれません」

「それは違うと思うよ」

 

 一足先に食事を終え、お茶をすすりながらながら私が口を挟んだ。完治したからか食欲も元通りになり、平均程度の量で満腹だ。喜ばしい事である。あのペースで食べ続ける事になっていたら、任務や鍛錬でも消費しきれないカロリーによって太る事は避けられなかっただろうから。

 私の言葉に卵焼きを頬張っていた伊之助も含めて、全員の目がこちらを向いた。

 

「この間師範に文で聞いてみたんだけど、使っている呼吸に適性がないと日輪刀の色は変化しないらしいんだ。だから、千寿郎くんも別の呼吸を習得したら日輪刀の色が変化するかもしれない。最終選別に合格するくらい実力はあるんだからさ、やってみる価値はあるんじゃない?」

 

 那田蜘蛛山で初めて炭治郎達以外の隊士やその亡骸に出会って以降、私はずっと考えていることがあった。刀の色が変化していない隊士が多過ぎるのだ。

 伊之助や玄弥のような例外も居るが、鬼殺隊士は基本的に全員が例外なく育手の元で修業し、それぞれの呼吸を習得した後に最終選別に赴く。その時点で呼吸そのものへの適性はあるはずなのだ。というか、前も言った気がするけど呼吸は身体能力向上を図るための技術。めちゃめちゃな努力が必要だが呼吸そのものへの適性を持っている人間はそこまで稀ではない。異世界人が使えるような技術なんだから。

 

 つまり、刀の色が変化していない隊士について考えられる可能性は、呼吸そのものではなく使っている呼吸への適性がないというものである。特に、水の呼吸は呼吸自体の適性があるならば大抵は使えるようになる基本的な呼吸である。その為隊士の半数は水の呼吸の使い手だ。ただし師範によると、使えるようになることと自分の身体に合っていることは別問題らしい。

 炭治郎が良い例だと思う。彼にとって水の呼吸は合っていなかった。それでも、有り余る才能と努力によって見る者に水が映るまでにはなっていたが。彼の場合は適性の高いヒノカミ神楽、つまり日の呼吸を継承していた事によって刀の色が変化していたが、それが無ければ他の隊士同様に色は変化しなかっただろう。

 私含めて炭治郎や柱達の刀が色変わりしているのは、そしてその呼吸を駆使して強さを誇る事が出来ているのは、なんてことはない、ただ運が良かっただけのことだ。後は才能と血の滲む努力。

 

 だって、考えてもみてほしい。育手の数の少なさを。育手になるのは基本的に鬼殺隊士のうち、呼吸を伝授するだけの習熟度を持っており、かつ前線を退いた人間である。ただでさえ死亡率が高いのに、柱のような熟練した隊士でさえ管理職と兼任して前線に回される環境下だ。呼吸の習熟度が高く、かつ前線を退く程度で済む怪我か年齢による衰えから引退して、後続の育成へ回ることのできる人間がどれほど居るといるのだろうか。大抵は、それまでに死んでしまうか自分では力量不足で生き残れないと判断して非戦闘員に回る。

 そんな数少ない育手に出会い弟子入りするだけでも難しいのに、更に自分がその呼吸に適性を持っている確率なんて何億分の1だろうか。そう考えると、改めて自分は本当に運が良かったと思う。

 

 そして、原作を読んでいた時から千寿郎に対しても思っている事があった。千寿郎は日輪刀を持っている。

 いくら名家の煉獄家とはいえ、鬼狩りが誰も触れた事のないようなまっさらの日輪刀を与えられるとは思えない。つまり、自分の刀を持っている…担当鍛冶師がついている。それは呼吸が使えて最終選別にも残ったという事だ。これはこの世界で本人に尋ねてみる事で確定した。

 それにもかかわらず、どれだけ刀を振っても日輪刀の色が変化しないという。千寿郎は才能がないと言って終わらせていたが、もしかしたら千寿郎は炎の呼吸に適性がないだけなのではないだろうか?呼吸は持って生まれた資質の他に性格も適性に関わってくる。炎の呼吸に熟達している杏寿郎と千寿郎ではあまりに性格が違い過ぎるのだ。

 

 この事を、蝶屋敷で入院している間に師範に文を送って聞いてみた。ざっくり言うと師範からの答えとしては、「呼吸への適性は家系と性格に左右される。適性がなくてもその呼吸を使うこと自体は可能だが、その呼吸を使って日輪刀の色を変化させるだけの剣術を身に着ける事は難しい」とのことだった。つまり裏を返せば、自分に合っている呼吸を身に付ければ日輪刀の色を変化させることは出来るのではないか、という訳である。

 だから、実は千寿郎くんが私たちに文を送って来なかったとしても、何なら万が一煉獄さんを助けられなかったとしても、炭治郎たちを連れて煉獄邸へ来るつもりはしていた。もしかしたら、私達の呼吸のどれかに千寿郎は適合するかもしれないから。

 できるならば全ての呼吸を試して貰いたいところだが、流石にそれは無理があるので仕方ない。というか、なんとなく雷の呼吸に適性がある予感がする。勘と…あとは髪の色?性格だって、どことなく善逸と重なる面もあるし。

 

 少し長くなってしまったが大方そんな感じの説明をすれば、千寿郎くんたちは熱心に聞いてくれた。そして、千寿郎くんの日輪刀が色変わりする可能性があるのなら、という事で炭治郎たちも喜んで協力してくれる運びになった。他の呼吸を学ぶ事は自身の技術向上にも良い影響が出るのではないかと言えば、伊之助も興味津々である。

 そんなわけで食後少し休憩した後に、屋外にて呼吸簡易伝達の会が開かれる事になった。全員で日輪刀を構え、炎、闇、水、獣、雷と順番に全員で試していく。煉獄さんに頼めば快く稽古用の藁人形や竹を使わせてくれた。

 

「それでは炎の呼吸の伝授を始めます」

「「「よろしくお願いいたします」」」

「あ?…ヨロシクオネガイイタシマス」

 

 千寿郎くんの改まった挨拶に、私たちもそう返した。姿勢を正し一礼。こういうのは形から入るのが重要だったりするのだ。伊之助も訳がわからないといった感じだが、それに習う。

 千寿郎くんの教え方は、的を射ておりとても分かりやすかった。縁側で煉獄さんが見ていて少し張り切っていたのもあるかもしれない。時折煉獄さんも補足説明やアドバイスをしてくれ、1時間もすれば私たちはある程度の要領を掴み、刀に炎のエフェクトを纏わせることができるようになった。基本の呼吸だからだろうか、雷の呼吸の時も思ったが、闇の呼吸に近い部分もあり比較的飲み込みやすいものであったことも短時間で習得する事ができた理由の1つだと思う。

 

「**凄いな!!」

「え!それどうやってんの!?」

 

 声を上げたのは炭治郎と善逸。試しに炎の呼吸と闇の呼吸を混ぜてみたのだ。そうすると、轟々と燃える赤い炎のエフェクトが真っ黒に変化した。炎の先端は薄っすらと青く色づいており、厨二心をくすぐられる。そのまま竹に向かって刀を振るうと、いつもよりも楽な力で一刀両断できた。やはり炎の呼吸は威力の高い呼吸のようだ。

 

「んっふふ~。炎の呼吸と闇の呼吸を混ぜてみたんだ」

 

 ドヤ顔でそう答えると、炭治郎と善逸が「かっこいい!」と興奮したように叫んだ。やっぱりどんな時代でもどんな世界でも、男の子は厨二くさいものが大好きなんだな。

 

 私に倣って、2人もそれぞれ水の呼吸と雷の呼吸を炎の呼吸に混ぜ込んでみる。水と炎は相性が悪いのかイマイチ上手く混ざらなかったが、ヒノカミ神楽と混ぜると炎はより一層激しく燃え上がった。善逸が試すと、纏うエフェクトは雷と炎、両方が爆ぜるようになり、宇髄さんが好みそうな派手っぷりになった。

 しかしそのまま霹靂一閃を試してみるも、明らかにいつもよりスピードが落ちていた。炎の呼吸がスピードを殺しているのか、あるいは善逸に炎の呼吸が合っていないのかはわからないが、この2つは混ぜない方がいいかもしれないという結論になった。

 

「おい、なんで俺だけ出来ねぇんだよ」

 

 伊之助が1人そう言って不貞腐れる。なぜか伊之助だけ炎の呼吸が使えないのだ。適性がないという事だろうか?とりあえず、時間も限られているのでぶーたれる伊之助を放置して次に進む事になった。

 

「それでは闇の呼吸の伝授を始めます」

「「「よろしくお願いいたします」」」

「おい、俺まだ炎の呼吸出来てない!」

 

 時間が押しているので、お次は私の指南する闇の呼吸だ。千寿郎くんを真似して、改まった口調で言ってみた。うん、なかなか悪くないじゃないか。そうして教える事小一時間。何が驚いたって、炭治郎以外闇の呼吸を使えなかった。落ち込む千寿郎くん、やさぐれる善逸、不貞腐れる伊之助。これには私も焦った。私の教え方そんなに下手糞だっただろうか…?

 

「闇の呼吸は他の呼吸と異なり、使える人間は稀有であると聞く!だから落ち込むことはないだろう!竈門に適性があったのは…もしかしたら、日の呼吸は始まりの呼吸であるが故、この呼吸の適性者は全ての呼吸をある程度は扱えるのかもしれないな」

 

 私たちの鍛錬風景を眺めていた煉獄さんがそう言った。なんだよ全て使えるって。チートじゃん。妬みの視線を浴びる炭治郎が、わかりやすく話を逸らした。

 

「そ…それじゃあ、次に移ろうか!」

 

 その後、伊之助によって八つ当たりのヘッドロックを決められていたが、ここでは割愛する。

 

「水の呼吸はな、こう、ぶわあーって息を吸って吐くんだ」

「いやわかんねぇよ」

「教え方下手くそか」

 

 例の改まった挨拶の後に、炭治郎による水の呼吸の伝授が始まった。擬音語丸出しの説明に善逸と私がすかさずツッコむ。というか、息を吸って吐くって、大抵の呼吸はそうだから。

 四苦八苦しながらも何とか要領を掴む事は出来た。うっっっっすらとだが水が刀にまとわりつく。うーん…炭治郎はもっとがっつりザパーンって感じなんだけどな。

 力量もそうだけどやっぱり相性がものを言うようだ。だって、この呼吸凄くやりにくい。なんというか身体に合ってない感が凄いんだよ。

 善逸と千寿郎くんも同様に、水を刀に纏わせて太刀を振るう事ができるようになった。彼らは少なくとも私よりは水の呼吸に適性を持っているらしい。炭治郎よりは薄いがザパーンといったエフェクトが涼し気だ。しかし千寿郎くんの刀の色は変化しない。そしてやっぱり伊之助は全くエフェクトが出てこなかった。

 

「おいなんで俺だけ出来ねえんだよ!!!!」

 

 ここまでで1つも呼吸を習得できずに苛立つ伊之助を宥めつつ、次へ移る。

 

 伊之助の呼吸を教えてほしいと言えば、簡単に宥める事が出来た。しかし苦戦したのはそこから先。私たちの誰も獣の呼吸を使えないのだ。炭治郎でさえ。善逸が、訳がわからないといった感じで呟く。

 

「え…どうなってるのこの呼吸…。しっちゃかめっちゃかで訳わかんないんだけど…」

「伊之助の我流だったよね確か…。もしかしたら、伊之助にしか使えない呼吸なのかも」

 

 改めて考えると天才だよな伊之助。我流で呼吸を完成させるなんて、野生児半端ねぇ。生まれる時代が違えば継國縁壱をもしのいでいたかもしれない、とふと思う。

 

「風の呼吸に近い気がするな。不死川なら何か助言をできるやもしれんが…これは…」

 

 煉獄さんでさえ難しい顔をして首を捻っている。柱でさえこのような反応ではどうしようもない。悔しいけど、諦めて次に移ることになった。

 

「ぐははは!!子分たちには俺の呼吸は難しすぎたようだな!」

 

 ちょっと腹立つけど、本当の事だから言い返せない。

 

 最後は善逸による雷の呼吸の伝授だ。すっかり定着した例の挨拶と共に、善逸の指導が始まった。雷の呼吸は既に使えるようになってはいるが見よう見まねで習得したため、改めて指導を受けながら訓練するのはかなり有意義だった。心なしか精度も上がった気がする。でも何より嬉しいのは、

 

「みっ見てください!僕の日輪刀が色変わりしました!!」

 

 千寿郎くんに雷の呼吸への適性があった事である。うん、やっぱり予想通りだ!千寿郎くんの刀は黄色く色づき、薄っすらと赤い炎のような模様が浮かび上がった。感激のあまり泣きそうになっている千寿郎くんを皆で胴上げした。なんというか、ノリで。煉獄さんも喜びの余りそれに加わったところ、少し傷が開いた。

 ともかく当初の目的は達成できたわけである。伊之助はやっぱり雷の呼吸を使えなくて拗ねていたけど。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「それでは、俺たちは行きます。機能回復訓練を終えて煉獄さんが全快された頃に、今度は継子として来ますね。ありがとうございました」

「ああ!こちらこそ千寿郎の事と言い、世話になってばかりだな!礼を言う!!」

「皆さん、本当に、本当にありがとうございました!」

 

 次の日、蝶屋敷に戻るため私たちは煉獄さんと千寿郎くんに見送られて出発するところだ。炭治郎の挨拶に、煉獄さんと千寿郎くんが深々と頭を下げる。

 雷の呼吸に適性を持っていた千寿郎くんは、善逸の紹介で元鳴柱である善逸のお師匠さんの元へ弟子入りする事になった。弟弟子ができたという事で、善逸は満更でもなさそうだ。千寿郎くんも念願叶って生き生きとしている。

 

「少しいいか」

「槇寿郎さん…」

 

「それでは出発します」と言いかけた時、槇寿郎さんがこちらへやって来た。槇寿郎さんへのヘイトを溜めまくっている炭治郎が隣で少し身構えるのを感じた。そして他人事のように言ったが、私は彼よりももっとヘイトを溜めているため更に身構える。

 

「竈門君…君には悪い事をした。本当にすまなかった。初対面があのような形になってしまい、恥ずかしく思う」

「…いえ、気にしないでください!でも、煉獄さんは愚かじゃないって、訂正してくださいね!」

 

 本心からの謝罪である事を匂いで悟ったらしい炭治郎が、警戒を解いてにっこりと笑いそう返した。毒気を抜かれるようなその笑顔に、槇寿郎さんも、ふ。と笑い「訂正するよ」と返す。そしてそのまま私に向き直り言葉を続けた。

 

「それから、杏寿郎から“明暗”と呼ばれていたな。…君が、千代子の妹弟子という娘か」

 

 千代子さんの事を知っているのかと尋ねれば、「同期で共に柱であった」と答えが返ってきた。闇の呼吸や明暗家、師範や千代子さんの事は原作には一切なかったが、なるほどそういう繋がりもあったのか。世間とは狭いものである。

 

「**ちゃん、君にも心から謝罪したい。そしてありがとう、目を覚まさせてくれて。瑠火に、…亡くなった妻に叱られたような気持ちになったよ」

 

 そう言って炭治郎に謝罪した時と負けず劣らず深く頭を下げられた。慌てて頭を上げるようお願いしてようやく頭を上げてくれた。

 

「杏寿郎から列車での顛末も聞いた。竈門君たちも勿論だが、君が居なければ杏寿郎は生きて帰って来れなかっただろう。…本当に感謝する。元柱である俺を殴った豪胆さと言い、敬服に値する。何ならうちに嫁に来てほしいくらいだ」

「父上!!!」

 

 いや~、お世辞でも少し照れますねぇ。でもそれ以上に煉獄さんが大慌てしており、思わず笑ってしまった。一瞬背後から殺気を感じたのは気のせいだろうか?

 

「私には勿体ないお言葉です。槇寿郎さんが立ち直ってくださって、本当に良かった」

 

 では、と言って再び頭を下げ、私たちは蝶屋敷への帰路についた。機能回復訓練で善逸がしのぶさんに泣かされたのはまた別の話である。

 

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