全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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吉原遊郭編
遊郭潜入大作戦


 無限列車編から5カ月の時間が過ぎようとしていた。私たちは毎日鍛錬をしながら、合間に入る鴉からの指令に従い、鬼を倒しに行く日々を送っている。

 

 基本的には複数人で任務に赴く事が多かったが、階級が上がったからか時には1人で任務に向かう事もあった。そんな時でも善逸は駄々を捏ねなくなったし、炭治郎と伊之助もより一層鍛錬に励んでいる。やっぱり柱という目標的存在ができたのが大きいのかもしれない。皆成長していると思う。

 

 かくいう私も“煉獄さんを救済する”という目標を達成できた事で物語を改変できるという確信を持ち、更に他の人たちの運命も変えるために、日々研鑽を積んでいる。

 私1人の存在はちっぽけなものだけど、小さな歯車が入り混じる事で運命は大きく変わる事もあるのだから。そして運命を変える為には私自身も強くならなければならない。出オチの当て馬退場だけはゴメンだ。身を挺しても推しを守る所存だが、私自身も皆と生き残ってこそ意味がある。

 炭治郎は煉獄さんの継子になった事で、私たちと別行動を取ることもしばしばあった。継子になったらもう殆ど会えないのかなんて心配もしていたけど、たまに私たちも煉獄邸にお邪魔して稽古をつけてもらっていたし、そんな事は全然なくて少し安心した。…1人じゃない事は幸せなことだと思う。

 

 そんなある日、私は伊之助と2人で任務を終え、蝶屋敷への帰り道を歩いていた。いや、走っていた、の方が正しい。以前より尚更猪突猛進になった伊之助が「早く帰って走り込みをするぞ!」と叫び走り出したために私もそれに付き合っているのだ。

「今まさに走り込んでるのに、まだ走る気なのか」と思わないでもないが、ここで彼のやる気の腰を折るのも良くないと思い、ともに猛ダッシュしているというわけである。

 

 そんなこんなで私たちは当初予想していたよりもかなり早く蝶屋敷に帰還することができた。しかし、それが良かったのか悪かったのか、近づくにつれて屋敷内で誰かが大騒ぎしているのが聴こえてきた。

 

「伊之助、なんか騒がしくない?」

「ああ、しかも強者の気配がする…行くぜ!猪突猛進!!」

 

「はいはい」と応じて伊之助に続き屋敷の門をくぐれば、そこには炭治郎やカナヲに蝶屋敷の女の子たち、そして宇髄さんが居た。頭突きをしようとした炭治郎の攻撃を、宇髄さんがアオイちゃんとなほちゃんを乱雑に抱えたままひらりと避けて屋根の上へと飛び乗ったところで、偶然にも屋根の上の宇髄さんと目が合う。私の存在を認めると宇髄さんの顔がぱっと明るくなった。

 

「おお、**か!久しぶりじゃねぇか!!相変わらず派手にアホな事してるか?」

「お久しぶりです宇髄さん。いや~、最近はわりかし地味だと思いますね。無難に鬼を狩りつつ日々鍛錬してますよ」

 

 私の返答を聞いた宇髄さんはちぇ、とつまらなそうに口を尖らせた。まぁこの人、[成人済みの大人や妻帯者は落ち着きを見せる]という定説を覆す代表者だからなあ…。

 

「なんだよ、つまんねぇな。煉獄と上弦に遭遇した時の話は派手で面白かったのによ」

「あ~やっぱりその辺の情報は筒抜けなんですね~…」

「煉獄とは仲が良いんでな!野郎に貰った簪を投げたあたりが特にツボだったわ!」

 

 相変わらず柱衆というのは、井戸端会議が趣味のおばちゃんのようにネットワークが機能しているらしい。個人情報保護という概念は存在していないのだろうか。

 というか、普通に声をかけられたから返事しちゃっていたけど…この状況、謎過ぎる。頭突きを避けられて派手にすっころんだ炭治郎たちは地面に寝そべったままポカンとした表情で私と宇髄さんを交互に見ているし、アオイちゃんとなほちゃんは米俵よろしく担ぎ上げられたままだ。伊之助も喧嘩を売るタイミングを逃してしまったらしく、刀に手をかけようか迷ったまま停止している。

 

「あの…宇髄さん、これってどういう状況ですか?」

「おおそうだ、丁度いいわお前も来い!女の隊士が必要なんだよ」

 

 いやいや、訳がわからない。もうちょっとわかりやすく説明してほしいものだ。とはいえ、宇髄さんが蝶屋敷に来たという事は、恐らく吉原遊郭編が始まるのだろう。

 宇髄さんの言葉に思考停止状態になっていたらしい炭治郎がハッと気づいて叫んだ。炭治郎に同調してすみちゃんたちも口々に叫ぶ。

 

「お前!2人だけじゃ飽き足らずに**まで連れて行く気か!アオイさんたちを放せこの人さらいめ!」

「そーよそーよ!」

「一体どういうつもりだ!」

「変態!!変態!!」

「早く放せこのハゲー!!」

「誰に口利いてんだコラ!!つーか誰だハゲっつったの!!!」

 

 笑いをギリギリで堪えた私を褒めてほしい。唇を噛みしめて若干変な表情になっているのを感じながらも慌てて炭治郎を止める。

 

「炭治郎ストップ!!不敬だよ、あの人上官だよ!炭治郎も会った事あるじゃん柱合裁判の時に。音柱の宇髄天元さん!」

「はは、柱!?この人さらいが!?」

 

 心底信じられないといった表情の炭治郎。どうしようか、と悩む様にしばし逡巡した後、宇髄さんの方に向き直ってはっきりと叫んだ。

 

「俺はお前を柱とは認めない!!むん!!」

「むんじゃねーよお前が認めないからなんなんだよ!?脳みそ爆発してんのか!!」

「すいませんすいません!!許してください彼ちょっとアホの子なんです!!というかなんで女の隊士が必要なんですか!!」

 

 鬼殺隊といえども所詮は社会の歯車だ。上司に逆らってはいけない。元の世界で社畜をしていた頃の本能で、私も咄嗟に叫んでしまう。ああ、そう言えば元の世界で部長のヅラをひっぺがえしちゃった山口くん、元気にしてるかな…。教育係だった私も一緒に謝ったんだよな…あの時は死ぬかと思ったわ。

 

「潜入捜査の任務に要るからだよ!さっきも言ったじゃねぇか!!」

 

 いやわかんねぇよさっきの説明だけじゃ。教育係向かないタイプか。

 宇髄さんのキレ気味の説明に対して「なほちゃんは隊員じゃないですぅ!」と、きよちゃんが半べそで叫んだ。それを聞いた宇髄さんが「じゃあいらね」となほちゃんを屋根の上からポイする。うっそだろお前。

 

「わーん落とされましたぁ!」

「なんてことをするんだこの人でなし!」

 

 なほちゃんを受け止めた炭治郎がギャグマンガばりに目を見開きながら叫んだ。流石に同意だわドン引きだわ。なほちゃんも炭治郎にしがみついたまま信じられないといった風に大泣きしている。

 

「**も任務が入ってねぇなら今すぐ用意をしてくれ。とりあえずコイツは連れて「ちょ、ちょっと待ってください!行きます!私も行きますからアオイちゃんを連れて行くのはやめてください!!」

 

 炭治郎の叫び声も意に介さず、そのままアオイちゃんを連れて行こうとする宇髄さんを慌てて止めた。どちらにせよ吉原遊郭編には参加する気満々だったし。ただアオイちゃんを連れて行くわけにはいかない。

 

「おい!!勝手に俺の子分を連れて行こうとするんじゃねぇよ!」

「そそそそ、そうだ!!何がなんやら全くわけわからんが、**だけを連れて行かせるわけにはいかない!!」

「**を連れて行くんなら俺たちも行く!!」

 

 私の言葉に反応した伊之助と、丁度任務から帰って来たらしい善逸が私を庇うように前に立って宇髄さんに殺気を飛ばした。炭治郎もなほちゃんを地面に降ろして私の隣に立って叫ぶ。え、もしかして私の事庇ってくれてる?アオイちゃんに対しても3人とも同じ反応をしたんだろうが、こうして前に立たれると惚れてしまいそうになる。とっくに惚れてるけどね。今日も推しが尊い…。

 下っ端隊士の威嚇なんて屁でもないだろうが、宇髄さんが値踏みをするように炭治郎たちをじぃっと見つめた。膠着状態のまま数秒過ぎる。暫くした後、宇髄さんは妙に悟った様な?不貞腐れた様な?よくわからない表情で言った。

 

「…あっそォ。じゃあ一緒に来ていただこうかね」

 

 やけにあっさりと引き下がったな。それでよかったんだろうか。というか、あの表情、どういう心境?

 そのまま「ただしお前ら絶対に俺に逆らうんじゃねぇぞ」と、悪い顔をしながら宇髄さんがアオイちゃんの尻をパンと叩く。え、なんで今ナチュラルにセクハラしたの?

「やっぱ変態だー!!」「このハゲいやらしいよー!!」と皆に叫ばれ、アオイちゃんが無事返還されるまでにはまた少し時間がかかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 険悪な空気ではあるが話も纏まったという事で、会話もそこそこに私たちは改めて蝶屋敷を出発することになった。屋根から降り立った宇髄さんが私たちの前に仁王立ちする。

 それにしても、改めて見ると…宇髄さん、でかっ!!この時代の平均身長って160cmくらいだっけ?うろ覚えだけど。でも、成長期の炭治郎たちでさえ160半ばはあるし、そこはあまり時代背景とは関係ないのかな?平均よりはやや高身長の私でも全く鬼殺隊内で浮いてないし。

 

 大正浪漫の雰囲気重視な世界観って事は理解していたけど(炭治郎のボクサーパンツ然り)、時折元の世界の歴史背景との食い違いに戸惑ったりする。その食い違いの大抵は、私の暮らしていた環境に近いものだからありがたいんだけどね。身長の件もそうだしお風呂文化とかさ。

 修行していた当時はわからなかったけど、やっぱり大正時代と言えどこの世界では風呂は毎日入るものらしい。ありがたい事だ。鍛錬後に風呂に入れないのは辛いしね。

 話が逸れたけど、ただ1つ確実に言えるのは、明らかに宇髄さんはこの世界でも高身長の部類だという事だ。イケメンな上に高身長とか勝ち組過ぎる。原作で見ていたよりもムッキムキの身体は圧が凄いし、なんかフェロモンも半端ない。いざ眼前に立たれると少し照れてしまい、なんとなく視線を逸らしてしまった。

 

「…少し音を抑えろよ**」

「無理。美形を見たらどう足掻いても照れるでしょ…」

 

 なぜか機嫌の悪い善逸に小声でそう言われ、同じく小声で返す。宇髄さんも耳良いって設定だった気がするし、あまり小声で話す意味はないんだろうけど。

 いや、悪いとは思ってるよ。善逸が怒っても無理はない。上司を見て性的に興奮している同期って確かに目も当てられないだろうし、いらんもん見せつけんじゃねぇって感じでイラっとするだろうよ。でも、オタクとはそういう生き物なんだ。ほんとごめん。宇髄さんがドエロいのが悪い。鬼滅二次創作で男も女も喰いまくってる宇髄さんだぞ?本人を目の当たりにして興奮しないわけがないんだ。

 

 そして心の中だけだけど、もっと失礼なことを言わせてほしい。炭治郎や伊之助も勿論だけど、善逸お前も十分エロいから。一緒に鍛錬をする時に、私がどれだけ自分を犯罪者にしないように堪えたと思ってるの?同じ空気を吸ってるだけでも重罪な気がしてくるからね、マジで。

 案の定私たちの会話が聴こえたらしい宇髄さんが、私たちを見てニヤリと笑った。そりゃあ、男前認定されて喜ばない男は居ないだろう。それにしては妙に腹立つ顔でこっちを見てくるけども。

 

「で?どこ行くんだオッサン」

「日本一色と欲に塗れたド派手な場所、鬼の住む遊郭だよ」

 

 不機嫌な善逸をよそに、伊之助が宇髄さんに尋ねた。オッサン呼びするなんて不敬も不敬だが、宇髄さんはそこはあまり気にしなかったらしい。実際全然オッサンじゃないんだけどさ。それにしても、やっぱり吉原遊郭編だったな。いよいよ上弦の鬼との戦闘だ。なんとしても生き残らないと。

 私は中身の年齢が2●歳なので原作知識関係なく知っていたが、思春期男子の炭治郎たちはそもそも遊郭が何をする場所なのか知っているのかな?と、ちらり横目で彼らを盗み見た。善逸はその言葉でピンときたらしく、何となく察したような表情をしている。流石、文字通り耳年増だなぁ。炭治郎と伊之助はイマイチ理解していないようで、ぽけーっとしている。まあ、予想通りではある。

 

「遊郭…なんですか?それ。善逸知ってるか?」

 

 おーっとここで炭治郎のキラーパスぅ!さあ女好きと言われながらも実はウブな善逸くん、どう答えるかな?

 

「え、俺!?いやホラ、アレだよわかんない?あそこ…えっわかんない!?」

 

 やっぱりそうなるか。決定的な表現をできずに善逸はしどろもどろだ。耳まで真っ赤っかになってるし。

 

「風俗だよ。男と女が●●●●したり●●●して●●●●●●したりするの」

 

 いつまでもはっきりした説明をしない善逸を見てやきもきした私が手短に核心的な説明をする。さっさと話を進めたいのだ。というか、とっくに成人済みな上に二次創作界隈に生息していた私が、この程度で照れる方が難しいというものである。

 それを聞いた炭治郎と善逸はボッと音が出そうなくらいに真っ赤になった。野生児伊之助は「なんだ、交尾する場所か」とあっけらかんとしている。私が言うのもなんだけど、恥じらった方がいいよ?我ながらブーメランだけど。宇髄さんは「派手に品がねぇなお前」とゲラゲラ笑っている。

 

「おっ女の子がそんな事言っちゃ駄目だ!!」

「わかったわかった」

 

 オカンの説教を軽く流しながら宇髄さんに今回の任務詳細を尋ねる。ゲラらしい宇髄さんは、ひとしきり笑った後改めてこちらに向き直った。

 

「よし、任務の説明をする前にまずは俺の部下としての心得から教えてやろう」

 

「耳の穴かっぽじってよく聞け」と前置きして宇髄さんが呼吸を整える。隣で炭治郎が本当に耳の穴をかっぽじっている。いや、比喩だから。

 宇髄さんはカッと目を見開き、力強く叫んだ。

 

「いいか?俺は神だ!お前らは塵だ!まず最初はそれをしっかりと頭に叩き込め!ねじ込め!俺が犬になれと言ったら犬になり、猿になれと言ったら猿になれ!!そしてもう一度言う!俺は神だ!!」

「「…」」

 

 決まった…と言わんばかり意味不明なにポージング付きでそう言われ、正直どんな表情をすればいいのかわからない。この人成人済みだよな?

 私の右横に居る善逸も同じようで、ドン引きしているのが伝わってくる。良かった、私の感性がおかしいんじゃなかった。いくら厨二病拗らせてても無理があるわ~自分で神って言うとかないわ~~~。

 バビッと左横の炭治郎が挙手をした。異議を唱えるのか質問があるのか、どちらにせよこのタイミングで炭治郎が言い出す事には嫌な予感しかしない。第六感とか原作知識とか関係なしに、もう長い付き合いでわかってしまうのだ。

 

「具体的には何を司る神ですか?」

 

 ハイ来た。鼓屋敷の時しかり無限列車に乗った時しかり、君の感性が恐ろしくずれてるのは知ってるのよ。

 

「いい質問だ。お前は見込みがある」

 

 どう考えても見込みなしのアホの質問だろ。宇髄さんは更にドヤ顔で続ける。

 

「派手を司る神…祭りの神だ」

 

 アホの質問にアホが返しとる。それに対して炭治郎が「なるほど!」と納得した。レベルが同じだから会話が成り立っており余計にたちが悪い。それにしても祭りの神て。なぜか脳裏を日曜夜8時から出演しているお祭り男がよぎった。

 

「俺は山の王だ。よろしくな祭りの神」

 

 忘れていた。同じレベルのアホがもう1人居た。それでも神ではなく王で留めている辺りまだ謙虚な気がしてくる。そんな私も大概毒されているな…。アホ同士、さぞ気が合うのだろうと思いきや

 

「何言ってんだお前…気持ち悪い奴だな」

 

 ドン引きして伊之助を見る宇髄さん。あ、そこは駄目なんだね?

 同族嫌悪というやつだろうか。宇髄さん、その言葉ブーメランだよ?上官だし流石に言えないけどさぁ…。社会人の辛いところである。

 なんかもう、考えるだけ無駄な気がしてきた。目の前で伊之助がぷんすこと宇髄さんに対してキレ散らかしているけど、アホ同士の喧嘩を止める気にもならずぼーっと眺める。頭突きをしようとした伊之助を片手で軽く止め、宇髄さんがこちらに向き直った。

 

「花街までの道のりの途中に藤の家があるから、そこで準備を整える。ついて来い」

 

 そう言うと私たちの返事も待たずにくるりと背を向け、瞬きの間に消えてしまった。

 

「えっ!?消えた!」

「いや違う!前!前!」

「はや!もうあの距離胡麻粒みたいになっとる!」

 

 炭治郎の驚き声に私が前を指差せばそこにはものすごい速さで走っていく宇髄さんの後姿。アホだけどやっぱ柱なんだ…じゃなくて!!待って待って!走るなら走るって言って!

 

「これが祭りの神の力…!」

「いや、あの人は柱の宇髄天元さんだよ」

「言ってる場合か!」

「追わないと追わないと!!」

 

 伊之助も炭治郎もマイペースすぎる。慌ててる私と善逸がアホみたいじゃないか。あれ、そもそもアホの定義ってなんだっけ…。

 炭治郎と伊之助を急かしながら慌てて私たちも後を追うことになった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 街中の商家の1軒が藤の花の家紋を暖簾として店先に掲げていた。肩で息をしながら呼吸を整えている間にも、先に到着していた宇髄さんが藤の家の人たちに対して偉そうにあれとこれと、と指図をしていく。ちょっとその態度はいただけませんねぇ。向こうは厚意で協力してくれているのに。上官だから何も言えないけどぉ!!

 家にあげてもらい、藤の家の人たちが宇髄さんの指示したものを用意する間に作戦会議が始まった。

 

「遊郭に潜入したら、まず俺の嫁を探せ。俺も鬼の情報を探るから」

「承知しました」

 

 そういえば、宇髄さんのお嫁さんって3人居るんだったけか。元の世界では見たことの無い一夫多妻のハーレム男だったな確か。自分の事を神と称するアホなのに…。

 原作読んでたからほんとは思いやり深くてめちゃめちゃいい男だって知ってはいるけど、今のところこの人との関わりの中ではアオイちゃんにセクハラする厨二拗らせ気味のアホな人という印象しかない。それにしても、遊郭に潜入とか大丈夫かな奥さんたち。

 

「とんでもねぇ話だ!!」

 

 そう思いながら返事すると、一瞬の間の後に善逸が急に大声でキレた。キインと耳鳴りがする。え、今の話に怒る要素あった?私と炭治郎はぽかんとして善逸を見つめる。伊之助は気にせずに藤の家の人たちが用意してくれた煎餅をぼりぼりと食べている。

 

「ふざけないでいただきたい!自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」

「はあ?何勘違いしてやがる!」

「いいや言わせてもらおう!アンタみたいに奇妙奇天烈な奴はモテないでしょうとも!だがしかし鬼殺隊員である俺たちをアンタ嫁が欲しいからって!!」

 

 あ、そういう事ね。遊郭で宇髄さんの嫁候補を探せと言われたと思ったのね。もしそうだったらそれは確かにイラっとするわ。

 私と炭治郎がどうどう、と両脇から抑えるのもきかずに善逸がまくしたてる。

 

「待って待って善逸。宇髄さんは嫁候補を探せって言ってるんじゃなくて、遊郭に潜入している宇髄さんの奥さんを探せって言ってんのよ」

「はぁ!?何言ってんの**!こんな変人に嫁が居る訳ないでしょ!」

「んだとコラこのクソガキ!そいつの言う通りだよ!!俺の嫁が遊郭に潜入してたけど定期連絡が途絶えたから俺も行くんだっての!!」

 

 誤解を解こうと私が説明しても一向に聞く耳を持たない。次々に不敬な言葉をまくしたてる善逸に宇髄さんが切れ気味にそう説明すれば、善逸は一瞬静止した後にさらりと言った。

 

「そういう妄想をしてらっしゃるんでしょ?」

「ぶちのめすぞてめぇ!!」

 

 もう誰かなんとかしてほしい、この空気。

「これが鴉経由で届いた手紙だ!!」と善逸に封筒の束を投げつける。おびただしいまでの量にようやっと善逸も信じたらしい。やっと話の流れを元に戻せそうだ。

 

「宇髄さんの奥さんって、確か3人いらっしゃいますよね?私たちは4人ですけど、潜入の振り分けはどうしますか?」

「ん?よく知ってるな。まあ、嫁はそれぞれ別の店に潜入しているんだが、特にきな臭ぇ店が一軒あるからそこに2人入ってもらいたい」

「さ、3人…!?なんで嫁3人もいんだよざっけんなよ!!」

 

 私の質問で初めて嫁が複数人居る事を知った善逸がまたしても騒ぎ立てる。

 堪忍袋の緒が切れた宇髄さんが鳩尾に一発叩き込めば、そのまま善逸は白目を剥いて撃沈した。私も炭治郎も、菓子を食べ終えて猪頭をかぶり直している伊之助ですらフォローの余地なく目を逸らす。いたたまれなくなった炭治郎が宇髄さん宛の手紙に再度目を通し、何かに気付いたように口を開いた。

 

「あの…手紙で来るときは極力目立たぬようにと何度も念押ししてあるんですが、具体的にはどうするんですか?」

「そりゃまあ変装よ。不本意だが地味にな。俺の嫁は3人とも優秀なくのいちだ。俺が客として花街に潜入した時鬼の尻尾は掴めなくてなぁ…。だから客よりももっと内側に入って貰ったわけだ」

 

 忍者が地味を不本意とか言うな。この性格を知っているからこそ、奥さんたちも念入りに目立つなと書いてるんだろうなぁ…。

 数年前だからあんまりしっかりとはストーリーを覚えてないんだけど、遊郭編のスタートってどんな感じだったっけ…。目立たないように客よりも内側に…。潜入と言う以上、そしてさっき女の隊士を探していた以上は遊女としての潜入になるだろうな。…4人中3人男なんですけど?

 

「もしかして、炭治郎たちも女として潜入ですか…?」

「「えっ」」

 

 私の言葉に炭治郎と伊之助がハモッた。宇髄さんがため息をつきつつ額に手を当てる。

 

「そうなる。…はぁ、だから女の隊士を探してたんだよ」

「承服いたしかねます」

 

 それを聞いた炭治郎が、キリっとした顔で手の平を宇髄さんに向け、きっぱりと首を横に振った。そう、彼はNoと言える日本人なのである。だがこれは上官からの命令だ。

 

「承服も何も、俺は初めから女の隊士を連れて行こうとしていたわ。無理やりついてきたのはお前らだろう」

「ぐっ…確かにそうですが、宇髄さんは女装する役目を部下である俺たちに押し付けようとしているのではないですか」

「アホか。俺が女装なんざ無理があるだろうが」

 

 こればっかりは完全に宇髄さんに分がある。潜入のための女性隊士を探していたのに無理についてきたのは炭治郎たちだし(庇ってもらえてうれしかったけど)、身長2m近くあるガチムチの宇髄さんが女装するのはどう考えてもきつい。いろんな意味で。

 ところが何をはき違えたのか炭治郎はこう返した。

 

「その頭のやつ取ったら髪がないから変装できないのですか?」

 

 当然、善逸同様に炭治郎は華麗に宙を舞った。

 

「禿げてねぇわボケが」

 

 宇髄さんのその言葉も恐らく彼には届いていない。善逸の上にどさりと倒れこみ伸びてしまった。

 

「…とにかく、お前たちには変装して遊女として内部に潜入してもらう。ときと屋の須磨、荻元屋のまきを、京極屋の雛鶴。潜入したらそれぞれこの3人を探せ。特に京極屋はあまりいい噂を聞かねぇ。俺はここが怪しいんじゃねぇかと睨んでいる。だから京極屋には2人で潜入してもらう」

「嫁もう死んでんじゃねぇの?」

 

 耳をほじほじ、呑気にそう言った伊之助が宙を舞ったのは言うまでもない。いや、流石にお前が悪い。フォローできない。

 

「ご入用の物をお持ちしました」

 

 藤の家の人たちが襖を開いて私たちに声をかけてきた。私の隣には伸びた男が3人ひし餅状態。視線を感じるが気まずすぎて顔を向けられなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 藤の家の人たちが用意してくれたのは女ものの着物と化粧道具だった。こちらの世界に来てから化粧なんてほとんどしたことがない。しなくても美少女ルックスだし。アニメ仕様万歳。

 でもまあ、少しでも身売りする際に買い取って貰いやすくするためには、見目を良くするのが1番だろう、とそれなりに慣れた手つきで自身に化粧を施した。うん、簡単に済ませただけのメイクだけど、久しぶりの割には上出来だ。鏡を覗き込めばいつもより更にグレードアップした自分の顔が満足度に笑っている。

 用意してもらった桃色の着物を身に着け、刀と隊服などの荷物は宇髄さんの使いであるというムキムキのネズミに預けた。忍獣と呼ばれているらしい。1匹で刀1本を軽々と持ち上げていたが、烏が喋り鬼がうろつき半四次元ポケットが一般隊士に支給される世界線だ。もう何も驚かない。

 

「ほう、元から別嬪だとは思っていたが、こうして化粧をすると相当な器量だな。お前、普段からそうして女らしくしておいた方がいいんじゃねぇか?」

「またまた御冗談を。鬼殺隊士が着飾って淑やかに振る舞っていても殺されるのがオチでしょう。そういう宇髄さんこそ、かなりの色男ですね」

「だろ?そんな事知ってるさ」

 

 宇髄さんが私の事を面白そうにじろじろと眺めてくる。お世辞かもしれんが、こうして褒めて貰えるのは嬉しいものだ。

 それにしても…本当にこの人顔が良いな。鬼滅の刃って顔面偏差値パネェ世界線だけど、この人は特別色男だと思う。吉原で目立つ事を避けるため、着流しを身に纏って派手なメイクも髪飾りも全て外した宇髄さんは、誰がどう見ても男前だ。私の言葉に宇髄さんはニシシと笑う。

 …関係ないけど、マジで私の顔面上方修正されてて良かった。顔面戦闘力勝ち組集団の中に元の世界での顔面で混じるのは色んな意味でしんどかったわ。私もしんどいけど読む人もしんどいと思うんだよね。…ん?読む人って誰だ?閑話休題。

 

「よし、じゃああいつらの準備もできている事だし、行くか。炭子、善子、猪子!行くぞ!」

「「「はーい」」」

 

 偽名のネーミングセンス皆無かよ、と思う間もなく宇髄さんに呼ばれて出てきたのは炭治郎たち…ではなく厚塗り化粧の不細工な3人娘。

 

「ちょっと待てやぁ!!!」

「どうした**?」

「どうしたじゃないですよ宇髄さん!なんでこれでイケると思ったんですか!?馬鹿なんですか!?」

「まあ、不細工だが二束三文くらいにはなるだろうと思って」

「判断ガバガバか!!」

 

 ずっと我慢してたのにとうとう不敬なツッコミをやらかしてしまった。でも許してほしい。3人の化粧の仕方はひどい事この上ない。

 実際に見るまで原作の事など完全に忘れていたが、そういえば酷い化粧だった気がする。記憶力なさすぎだって?うるさい、3年も4年も前の何気ない会話とか細部まで覚えてる方が珍しいでしょ?それと同じで私の原作知識なんて鬼のざっくりとした能力とか、どのキャラがどの辺りの話で死ぬかくらいのものだ。それだって物語の改変をした事によって最早意味をなしていない可能性が高い。

 恐らく自分たちで化粧したのだろう。むしろ知らない誰かのセンスを乏したくないからそうであってくれ。

 3人揃っておしろいで肌が真っ白なうえに、眉墨にチークに口紅をこれでもかというくらいに塗りたくっている。どこからどう見ても可愛い女の子とは言い難い。むしろ化け物の領域に踏み込んでいる気すらする。あと、なんで伊之助は舌を出してるの?わざと?ねぇわざとだよね??

 

「…一応聞くけど、これは誰かに頼んでやってもらったの?」

「いや、自分たちでやった!こういうのは初めてなんだが、どうだ?」

「知ってた」

 

 自信満々に答える炭治郎に、私はがっくりとうなだれた。そうだよね…女の子だって初めは誰もが皆通る道だ。ましてや男の子だったら猶更化粧の勝手なんかわからないよね…。初めから私がやってあげればよかった。

 

「…とりあえず、皆化粧落としてきて。私がやってあげるから」

 

 化粧を落とした3人に再度私自ら化粧を施してやれば、かなり良くなった。少なくともさっきよりは見違えるほど。伊之助は元々美形だから私以上に薄化粧だがとても良く映えているし、炭治郎と善逸も整った顔立ちをしているからほとんど手は加えずに済んだ。炭治郎の額の傷はしっかり隠したけどね。少年漫画の主人公たちが不細工な訳ないのだ。…まあ、それでも2人は男顔だから別嬪とは言い難いけど。ガチの女装メイクをするだけの技術なんざ、私にはない。

 

「よし、これでとりあえずは何とかなるかな。皆顔が整ってて助かったよ」

「**、これじゃ化粧をしたと言えないのではないか?もっと頬紅を塗った方がいいんじゃないか?」

 

 そう言って炭治郎がせっかく私が施した化粧を、上からチークを塗りたくって台無しにしていく。念の為に言っておくと、本人は完全に善意の元行動している。あー、わかるよ。メイク初心者の時って化粧した感じがしなくてやり過ぎたりするよね…。更に善逸と伊之助にも塗りたくっていく。何度も言うが、本人に悪意は一切ない。

 

「…うん、それでいいと思うよ」

 

 面倒になって私は全てを放棄した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 吉原遊郭。男と女の見栄と欲、愛憎渦巻く夜の街だ。ドラマでしか見たことないけれど、実際に見ると圧巻である。東京府に芸者町ができてからは縮小されていってるみたいだけど、そんなの信じられないくらいにデカい。そして華やかだ。思わずきょろきょろと見回してしまう。完全におのぼりさんだ。

 手始めに「荻本屋」へ向かう事になった。

 

「いやぁ、こりゃまた不細工な子たちだねぇ…」

「いやでもお待ち。後ろの2人はとんでもない上玉だよ。片方はえらい頬紅が塗りたくられてるけど…。この子たちなら京極屋の蕨姫やときと屋の鯉夏よりも売れるわよ!」

 

 荻本屋の遣手(こういう名前の管理役のような役職があるらしい)さん2人が口々に言う。ここでいう「不細工な子たち」とは前に立っている炭治郎と善逸、「とんでもない上玉」とは後ろに立っている私と伊之助の事のようだ。

 

「そんなら、そっちの三つ編みの子を貰おうかね」

「ああ、すまん荻本屋さん。こいつは別の働き口が決まっちまってるんだ。他の3人から選んでくれるとありがたいんだが」

 

 私が指名されたが、それに口を挟んだのは宇髄さんだ。道中の打ち合わせの際にも言われたが、やたらと私を高く評価しているらしい宇髄さんは私ならより花魁に接近できると踏んで私を京極屋に売ろうとしているのだ。なんで花魁に接近できると踏んでいるのかはわからないが、花魁が怪しいと思っているらしい事はわかったのでとりあえずは命令に従う事にした。

 

「あら、じゃあ後ろのもう1人の子を貰うよ」

 

 猪子、あっさりと就職決定である。

 

 次に向かったのはときと屋。やっぱりここでも先程と同様のやり取りがなされたためその部分はカットするものである。

 

「うーん…ならちょっとうちでは…ねぇ…。先日も新しい子入ったばかりだし悪いけど…」

 

 申し訳なさそうにそう言うのは楼主さん。先程は遣手の人が出迎えてくれたが、ここでは楼主夫妻が出迎えてくれたのだ。初老のおじさんは渋い表情で「お断りムード」全開だ。そうはさせるか、と宇髄さんが持ち前の魅力を最大限に発揮して夫妻(主に奥さん)を見つめれば、奥さんはポッと赤くなり簡単に落ちた。楼主さんがじとりと奥さんを見ている。

 

「まあ1人くらいなら」

「じゃあ1人頼むわ、悪ぃな奥さん」

「いいええ、じゃあ黒髪の子を貰おうかね。素直そうだし」

「ありがとうございます!一生懸命働きます!」

 

 炭子も就職決定した。

 

「…善子、お前派手に売れ残ってるじゃねぇかよ」

「俺、アナタとは口利かないんで…」

「んだよ、女装させたからキレてんのか?何でも言うこと聞くって言っただろうが」

 

 ハァ~っと恨み交じりに善逸…善子がため息をつきながらそう返す。礼儀も何もあったものではない。そして宇髄さんは間違えている。彼は善逸が、自分が伸びている間に勝手に女装確定していた事に対してキレていると思っているらしいが、実際にこいつが今キレているのは宇髄さんの顔面に嫉妬しているからだ。巻き込まれたくないから言わないけど。

 暫く歩いて京極屋に到着し、店の人を呼び出した。ここでは私たち2人ともを雇ってもらわないといけないから宇髄さんも先程より売り込みに熱を入れる。

 遣手のお姉さんは私の事を値踏みするように見てくる。何となく目を逸らしたら負けな気がして、正面からまっすぐに見つめた。

 

「あら、かなりの別嬪さんだね。…頭の回転も速そうだし、気も強そうだ。前例のない事だけど、この子なら振袖新造として仕込む価値があるかもしれないねぇ…」

「振袖新造?」

「7歳くらいのガキの頃から仕込まれてその中でも特に見込みがある女がなる、所謂花魁見習いだよ。やるじゃねぇか」

「え、花魁見習いってそんな簡単になれるもんなんですか」

「もちろん普通なら不可能だ。だからすげぇっつってんだよ」

 

 言葉の意味がわからずにこそっと宇髄さんに聞くと、少し興奮した様子で答えてくれた。この様子を見るに、よっぽど特例なのだろう。

 

 後から聞いたところによると、通常10代を超えた女性が遊女になる際は、留袖新造という立場で客を取りながら見習い遊女として学んでいくらしい。そして、振袖新造になれるのは幼い頃から遊郭で過ごしている禿と呼ばれる少女たちの中でも、特に器量が良く芸の仕込み甲斐があると判断された女の子だけなのだとか。そして振袖新造になった場合は花魁の下で芸事や吉原のしきたりについて学びながら、時には花魁の身辺の用事をこなしたり客の話し相手を務めたりもするらしい。

 つまり、花魁に近づける上に少なくとも今すぐに客を取るという事はないわけだ。一応結婚のできる年齢だし、潜入するからには客も取らないといけないのかなんて考えていたから、これにはかなりほっとした。生娘ってわけでもないけど売春の趣味なんてないし、吉原って性病が蔓延しているイメージだったからね。

 

「そんじゃ、この子を貰おうかね」

「あ、いや、ついでにこいつも貰ってくれると助かるんですけどね」

「ええ?流石にその子はちょっとねぇ…」

「便所掃除でも何でもいいんで貰って下さいよぉ。いっそタダでもいいんでこんなのは」

 

 そう言って善子の頭をベシベシと叩く宇髄さん。どんな顔をしているのか、見るのが恐ろしすぎて隣を向く事が出来ない。宇髄さんの笑顔にポッとなった遣手のお姉さんが「そんじゃまあ、貰おうかねぇ」と顔を赤らめながら答えた。私と善子、無事(?)に京極屋への就職成功である。

 

 宇髄さんと別れ、廊下をお姉さんについてペタペタと歩いていく。あれが~~をする部屋、これが~~をする部屋、とか色々と説明しながら歩いていき、突き当たりまで来ると「ここがあんたたちの部屋だ」と言って4畳の空き部屋に案内された。小さいとはいえ、2人で部屋を使っていいのか。さっき紹介された部屋の中には遊女の寝室として沢山の布団が用意された大部屋もあったけど。

 気になって尋ねてみたところによると、寝室は現在遊女でいっぱいだったため、物置になっていた小部屋を片付けたと答えてくれた。なんにせよ潜入捜査である以上、自分たちだけの部屋が与えられているのはありがたい。この建物内に入ってからというものの、鬼の気配をずっと感じているのだ。恐らく宇髄さんの言う通り、この店が当たりである可能性が高い。こっそりと行動できる部屋があるだけで動きやすくなってくるというものである。

 …それにしても、やっぱり善逸と同じ部屋か。吉原で自分の部屋を持っているのは位の高い遊女だけだし、善逸が女として潜入している以上そんな気はしていたが、病室や大部屋で皆と寝るのとでは訳が違う。以前添い寝した時も炭治郎たちが一緒だったし。推しと2人きりで寝るとか、大丈夫かな私。メンタルもつかな。

 

「**はこの後蕨姫花魁の元へ挨拶に行くよ。今後は蕨姫の元で勉強しながらあの子の雑務や客の相手、空き時間で芸事の稽古をするから忙しくなってくるけど、覚悟しなさいね。…それにしてもこっちのあんたは不細工だねぇ…。善子と言ったかい、何かできることは無いのかい?」

「みっ耳が良いので!琴や三味線を教えてもらえればすぐにでも!」

「う~ん、ならとりあえず太鼓新造にでもしておくかね…これじゃ留袖新造も無理だろうよ」

 

 酷い言われようだ。善逸はただでさえ先程の宇髄さんの言葉にビキビキと来ているのに、女将さんの言葉が更に火に油を注いだらしい。復讐の炎に燃え上がっているのが顔を見なくてもわかる。ちなみに太鼓新造とは、遊女としての人気はないが芸事に秀でている、宴会で芸を担当する専門の遊女の事らしい。

 

「見返してやるあの男…アタイ絶対吉原一の花魁になる!!」

「あー、うん。頑張れ…」

 

「蕨姫花魁の元に行くよ」と言ってお姉さんが部屋を出た後、善子が叫んだ。言えない。復讐に燃えている彼(彼女?)に主旨変わってるよ、とかそもそも男だからなれないよ、とか。曖昧に応援しながら私は蕨姫花魁の元へ向かうべく部屋を出た、が。

 

 私は物事を甘く見過ぎていた。この店に鬼が居る可能性がある事、宇髄さんが花魁をやたらと気にしていた事、私が花魁の側近として働くことになった事。これらを繋げれば簡単に推測できたはずなのに。

 

「あんたが新米の振袖新造?特例だか何だか知らないけど、調子に乗らないでよね」

 

 この店の花魁である鬼の傍で働く事になるという事くらい。

 

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