全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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堕姫

 蕨姫花魁と名乗る目の前の女がじとりと下から睨めつけてくる。誰でもわかるくらいには私に対して敵対心丸出しだ。初対面でここまで敵意剥き出しにされることもそうそうないと思う。

 やばい、めっちゃ怖い。女独特の怖さがある。でも、それ以上に直感で理解してしまった事実に、どうしようもなく恐怖した。

 原作で出てきた名前は確か、堕姫と言ったか。上弦の陸の鬼。明らかに今まで見てきた鬼とは格が違う。猗窩座と同じタイプの鬼だ。対して私は丸腰。今戦闘になったら確実に殺される。勘なんかなくてもわかるくらいには勝敗は明らかだ。

 

 どうしようどうしよう。…いや、落ち着け。この感じだと向こうは私が鬼殺隊士だとは気づいていない。ならば、私も彼女が鬼である事には気づいていないようにしつつ振る舞うのが得策だ。とりあえず、自分の気持ちを素直に、正直に、かつ怪しまれないような事を…。ていうか超美人だな!!怖いけど美人だな!

 

「めっちゃ綺麗…」

「は?」

 

 あ、やらかした。ただの花魁だと思って挨拶をしなきゃとか、素直に明るく振る舞わなきゃとか、怪しまれないようにしなきゃとか、色んな事を考えていたらポロリと言葉がこぼれてしまった。いや、綺麗だと思ったのは本当だけど!顔面偏差値の高い鬼滅の刃の人間の中でも1、2を争う超絶美女じゃんとか思ったけど!

 あ~不敬ですわこれは。挨拶もせずに一言目にこれだもん。どうしよ、逃げたほうが良いのだろうか。いや、今逃げたら京極屋の他の人たちにも被害が及ぶ。諦めるしかないのか。

 

「…何言ってんのよ。そんな事知ってるわよ」

 

 私が現実逃避で辞世の句を考えていると、堕姫…蕨姫花魁は予想外の反応を示した。言葉そのものは宇髄さんを褒めた時と同じだが、リアクションが全く違う。そっぽを向いて少し顔を赤らめながら満更でもなさそうに言われると、鬼なのに思わずキュンとしてしまった。

 

「す、すみません!あんまりにも綺麗だと思ったもので…。挨拶が遅れて申し訳ございません。今後花魁の元で働かせて頂く事になりました、**と申します。よろしくお願いいたします」

 

 そう言って深々と頭を下げると、「せいぜい頑張りなさいな」とそっぽを向いたまま言われた。どうやら、今すぐこの世とおさらばという危機は免れる事が出来たらしい。文字通り首の皮一枚繋がったというやつだ。

 ああ!生きているって素晴らしい!この恐怖に比べれば私は遊郭でどんな仕事だってできる!

 

 …と思ってた時もありましたよ。私、遊郭舐めてた。

 日も落ちて吉原が最も賑やかになる時間、私は蕨姫花魁の元を訪れた客のお酌をして話し相手になっている。これも振袖新造の仕事らしい。それはいいのだが、この客がまぁマナーの悪い事悪い事。さっきから尻を触ったりセクハラまがいの発言をしたりと嫌なタイプの客がやりそうな行動をフルコースでやってのけているのだ。ある程度はやんわりと牽制しているのだけれど、酔いが回るにつれて押しがどんどん強くなってきている。

 

 私だって元社会人だ。ある程度の事は我慢できるのだが…流石に限界かも。改めてかつて働いていた会社がホワイトだったと実感する。少なくともおかしなボディタッチしてくる上司は居なかったわ。カツラがバレた上司は居たけど。

 つーか吉原って粋に遊ぶところって聞いたことあるんだけど、これって粋なの?どう考えても違うだろ、教えて偉い人。客の引きが悪かったのか私が新米だから舐められているのか。経験値が足りなさ過ぎてそれすらも判断がつかない。まだ1日目だというのに、既に潜入捜査が嫌になってきている。

 

「**ちゃん、俺の話聞いてるぅ?」

 

 いい具合にへべれけになった男が酒臭い口をこちらに近づけて話しかけてきた。

 なかなかいい暮らしをしているんだろう。この時代の人は貧しい暮らしをしていたと習った気がするが、このオッサンの腹はでっぷりと肥えている。飽食の時代と言われていた元の世界でもそうだし、ありがたい事に師範の家や蝶屋敷でもかなり恵まれた食事にありつく事が出来ていた私には貧しい暮らしというものがどの程度かは測り知れないが、こいつが金にモノを言わせて贅沢な暮らしをしているという事だけはわかる。

 

「ええ、もちろん聞いていますよ。早く続きを聞かせてくださいな」

 

社畜の呼吸 壱ノ型 にっこり相槌!!

 

 …なーんちゃって、ふざけないとやっていられない。何が悲しくてこんなオッサンに尻を撫で繰り回されながら武勇伝()を聞かされないといけないのか。あ~善逸に会いたい~炭治郎伊之助に会いたい~推し~推しが足りねぇ~~~。

 

「だからぁ、俺に夜伽をしてくれないかって話だぁ。その反応だと、良い返事を貰えたって事でいいんだな?」

「…へ?」

 

 ごめん、聞いていたって言ったな。あれは嘘なんだ。にっこりして頷いていただけでめっちゃ別の事考えてた。

 え?夜伽…よとぎ…エロいアレの事?脈絡的に看病とかの方ではないよね?何言ってんだこのハゲ。いやマジで何言ってんのキメェ。

 そう思っている間にもどんどんとオッサンの顔が近づいてきた。顔を引きつらせて思わずのけ反り後ずさると、悪代官気分で興が乗って来たのかニヤニヤと下卑た笑いをしながら更に近づいてくる。無理無理無理、ほんとキモい。

 助けて炭治郎~主人公~!!ヒロイン()のピンチだよ~嘘ごめん~私如きはヒロインを()付きで名乗るのもおこがましいわ~。

 

「うちの娘になにしてんだい?」

 

 どうしよう、殴りたいけどコイツ花魁の客だし金払い良いみたいなんだよな。それに初仕事で汚点をつけると潜伏にも悪影響だ…と悩んでいると、女性の声が聴こえ、その瞬間オッサンの巨体が2mは吹っ飛んだ。無意識に私がやってしまったのかと思ったが、流石にそんなわけはない。

 

「ここでの遊び方をわかってないみたいだねぇ。アンタみたいな不細工、お呼びじゃないよ」

 

 声の聴こえた方を見ると、蕨姫花魁の姿があった。汚らしいものを見るような目でその巨体を見ている。彼女がパンパンと手を叩くと、どこからか現れた用心棒の男の人たちがオッサンを連れて行ってしまった。

 

「**、アンタ少しは抵抗しなさいな。アンタのその綺麗な顔はあんな不細工に捧げるためのモンじゃないよ」

 

 そう言って私の頬を優しくするりと撫でると、「後の事はいいから、私について来て雑用をしな」と言葉を残して行ってしまった。ついてこいと言われたのだからすぐにでも立ち上がらないといけないのだが、怒涛の展開過ぎて身体が動かない。

 な、な、なにあれ。超かっこいい…。

 蕨姫花魁は私を助けてくれたようだ。しかもめっちゃかっこいい。姉貴分といった感じだ。堕姫って原作では炭治郎たちに対して凄く嫌な女って感じのイメージだった気がするんだけど。

 

 私に比較的好意を持ってくれているらしい彼女は、今接している様子を見ているだけだとツンデレの姉貴分といった印象を受けてしまう。宇髄さんといい堕姫といい、勘と原作知識で彼らの本性はわかっているはずなのに、こんな想定外の対応をされてしまうと少し動揺する。

 

 …マズい、情を持っちゃ駄目だ。相手は鬼、それも上弦だぞ。

 両手で頬をぺちりと叩いて気を取り直すと、私は堕姫…蕨姫花魁の元へ向かうべく立ちあがった。

 

 あの後蕨姫花魁の雑用をする事数時間。「今日はもういいよ、休みな」と言って貰えた私は、善逸を探して建物の中を歩いていた。

 時折通り過ぎる部屋の中から喘ぎ声が聴こえる。精神年齢はいい歳の私にとっては一々赤面するほどのものでもないが、それなりに気まずいと思わなくもない。何て言うの?お隣の部屋からハッスルしてる物音が聴こえた時みたいな?別にどうでもいいけど「あ~ヤッてますねぇ…」くらいの。

 時刻は0時過ぎ。遅くまで飲んでいる客も居ればお気に入りの遊女と睦み合いを始める客も居る。その為、先程よりは静かにはなったがまだまだ客相手にバタついている遊女も少なくない。一方で早めに仕事を終えた遊女は疲れ果てて眠りについていることもあり、様々な人がそれぞれ異なる時を過ごす時間だ。

 

 普通なら眠くて仕方のない時間だろうが、鬼を狩るのが生業の私たちはこの時間に起きている事に特に苦はない。夜に活動する鬼が多いからどうしても夜型生活にはなっちゃうんだよね。昼夜逆転って程ではないけど、基本的には昼前に起きて深夜3~4時に寝る生活が定着している。

 完全に昼夜逆転システムになっていないのは、まったく日の光を浴びないと隊士の健康に影響が出るという御館様の計らいだ。日中に活動できないと色々不都合もあるしね。それでもこの間のように夜明けまで鬼と戦う事もあるため、早寝早起き生活とは無縁なのが実情だ。

 雑用だってそんな大した用事でもなかったし、そもそも日頃からものごっつしんどい鍛錬をしている私にとってはこの程度は大した疲労にならない。だけど、精神的な疲労となると話は別だ。これから傍で働く花魁は上弦の鬼だしキモいオッサンにはセクハラされるし、とにかく癒しが欲しい。精神を満たしてくれる癒し。そう、それは推しとの何気ない会話だ。

 推しを求めて三千里。それで推し(二次元)に会えるってんなら三千里でも六千里でも歩いてやるよ。元の世界に居た頃、常にそう思って生きていたが、今私の半径100m以内には推しが確実に居るのだ。そして私は今猛烈に癒しを欲している。ね?探さない理由はない。

 

 …とまぁ、半分本気半分本気で言ってるけど、もしも仕事が終わっているのなら善逸とお喋りしたいし、終わっていないなら手伝おうかなと思って歩いているわけだ。

 善逸の働いている部屋はもうわかっている。雑用の為にパタパタと建物内を走り回っていたらやたらと上手い三味線が聴こえてくる部屋があったから。通りすがる遊女たちが「あの子耳が良くて一回聴いたら覚えるらしいわよ」とか「でも不細工よねぇ」とか言っていたから、十中八九善逸だと思う。

 

 いくら耳が良いとはいえ、聴くのと弾くのは別物だと思うんだけどなあ。宇髄さんへの憎しみを芸に昇華させているのを感じた。素直に尊敬する。

 そう思って三味線の聴こえていた部屋に向かっているが、さっきのような三味線の音は何も聴こえない。これはもう、善逸は仕事を終えているのかもしれない。そう思ったが人の気配がするため、一応小さく障子を開いてみる。何となくわかってはいたが中には後片付けをする遊女しか残っていなかった。

 

「すみません、善ぃ…善子、黄色い髪のお、女の子を見かけませんでしたか?」

 

 近くに居た同い年くらいの女の子に尋ねてみる。善子とか女の子とか言うのが面白恥ずかしくて少し言葉に詰まる。

 

「善子なら…物凄い勢いで三味線を弾いていたんだけど、急に具合が悪くなったみたいなのよ。だから初日だし、今日はもう仕事をあがらせたわよ」

「え…体調悪いんですか?」

「そうみたい。真っ赤な顔をしていたしね。熱でもあるんじゃないかしら?…貴女、善子と同じ部屋だったわよね?様子を見てやって頂戴な」

 

「売られて来たばっかりじゃそうなるわよねぇ」と、女の子は私たちに金平糖を少し分けてくれた。優しい。

 つまり、善逸は寝室に居るということか。出会ってから熱出してるところなんて見たことないけど、大丈夫かな。そう考えながら、寝室へと足を向けた。

 

「善逸、体調悪い?大丈夫?」

「っ!**…」

 

 部屋に入ると、そこには少し息を荒くして蹲っている善逸の姿があった。こちらに背を向けているため表情はわからないが、何やら具合が悪そうにしている。

 私が声をかけながら後ろ手で襖を閉めると、びくりと肩を震わせた善逸はわずかに振り返ってこちらを見た。ばつが悪そうな瞳と目が合う。そして私が心配して傍にしゃがみ込むと、目を逸らしながら少し距離を取られてしまう。他意はないのだろうが少しハートブレイクな私である。

 

「…俺は大丈夫だから、今は1人にしておいて…」

「なんでさ?」

 

 訳がわからなくて更に近づくも、手で制されてしまい仕方なく動きを止める。平静を装ってはいるが、推しに拒絶されて内心発狂寸前だ。

 表情に出さないようにしつつも、恐らく相当悲し気な音を出していたのだろう。首を傾げる私に、善逸が仕方がないといった感じで真っ赤な顔をしてぼそぼそと話す。

 

「…その、さっきから建物内のあちこちで睦み合ってる声が聴こえて…」

 

 …あー、つまり男女のおセッセの声が聴こえてムラムラしてきちゃったって事?耳が良すぎるのも難儀なもんだな。でも確かになかなかきついものがありそうだ。善逸、女好きの割にはウブだし、年頃の男の子だし。

 こういった場合はどうフォローするのが正解なのでしょうか全国の10代男子諸君。私にはわからないよ。明らかに見当違いなんだろうなと思いつつも無言でいるのが耐えられなくて、私は無駄に明るく言葉を返した。

 

「ま…まぁ、年頃だしそういう事もあるよねぇ。大丈夫、健全な証拠だよ」

「…」

「ほ、ほら、この部屋他の遊女の人たち入ってこないしさ!私が居るから気を使うかもしれないけど、必要だったら今晩は姐さんたちに頼んで別の部屋で寝かせてもらうから!」

「…」

「な、なんなら!ちゃんと部屋の前も人払いしておくからさ。遠慮しないで、ね?」

 

 私が気にする必要などないだろうし、とっとと部屋を出てあげるべきなのかもしれないが…善逸がずっと無言でいるため何となく気恥ずかしくなって、ぺらぺらと口が動いてしまう。

 

 謎に饒舌な私に何を思ったのか、善逸は急に私の手首を掴んで自分の方へと引き寄せた。突然の事でバランスを崩した私はあっけなく地べたに倒れ込んでしまう。体幹鍛えた方が良いかもしれない。

 顔面から枕にぼふりと突っ込んでしまい、転んだ先が布団でよかったと痛感した。今まで気づかなかったが、顔を上げて見ると私たちの足元には2人分の布団が既に敷かれている。善逸が準備してくれていたのだろう。気が利くな…。

 

 上体を起こしながら「危ないじゃん」と苦言を呈そうとした時、視界いっぱいに黄色が広がった。いつの間にやら善逸が私に覆い被さっていたのだ。眼が据わっている。怒らせたのだろうか。やっぱり要らん事を言い過ぎたのかもしれない。

 

「…俺、1人にしてくれって頼んだよな?」

「ぇ…っと…ごめん…」

 

 出会ってから殆どずっと一緒だが、今まで聴いたどんな声よりも低い。何となく色気も孕んだその声に、私は上手く言葉を返せず口ごもった。なんだよやればできるんじゃん、経験値の差があるから宇髄さん顔負けとまでは言えないけど、いつもとは全く違う男らしさに、ドキドキして思わず目を逸らしてしまう。

 

「前から思ってたけど、警戒心足りなすぎなんじゃないか?俺だって男なんだけど」

「し、知ってるよそんな事…」

 

 流石に善逸を女とは思わない、と言い返せば、「わかってない」と一蹴された。ギャップが凄すぎて未だに顔を見る事が出来ない。自分の顔が熱くなっているのを感じる。

 

「**、こっちを向け。俺を見ろよ」

 

 依然目を逸らし続けていると、顎を掴まれ強制的に顔を向けさせられた。先程まで顔を逸らしていたのは善逸だというのに。少しずつ善逸の顔が迫ってくる。真っ赤な唇が、塗りたくられたチークが、塗りたくられた眉が。

 

「ブッフゥ!!」

「はぁ?この雰囲気で?笑うとこじゃないだろどう考えても!」

「ごめん、厚塗り化粧を間近で見たら面白くて…。いやぁ流石善逸だわ。真剣な表情との落差が凄すぎてめっちゃ面白いよ。めちゃめちゃ宴会芸で使えると思う」

「…あー…もうなんか、そういう事でいいや。アホらしくなってきたわ…」

 

 くはは、と笑いを堪えきれずにいる私を見て、なぜか呆れた顔をした善逸はあっさりと離れた。退くときに頭を軽くはたかれて解せない。モンスター顔で急に接近されたら面白いっていうネタじゃないの?ムラムラをネタに昇華したんだと思ったんだけど違うのかな?絶対ウケると思うよ?

 …まさか本当にそういう雰囲気のやつだった?…禰豆子一筋の善逸だし、まさかねぇ…。うん、ないない。

 

 よくわからないままにボケっとしていると、「はよ出ていけ」と再び頭をはたかれた。ここ私の部屋でもあるんだけど…と言いたくなったが、流石に申し訳ないと思ったので言われた通り出る事にした。

 いつまで出ていればいいのかがわからないのでとりあえず1時間後に部屋に戻ったが、その時には善逸は既に鼻提灯を膨らませていびきをかいていたので、イラっとした私は就寝する前に善逸の頭を軽く蹴とばしておいた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「なんか俺自分を見失ってた…三味線と琴の腕を上げたってどうしようもないだろうよ…」

「やっと気づいたね…私は聴いていて好きだったけどさ…」

 

「あと“俺”は駄目だよ」と小声で窘めると、「アタイ自分を見失っていたわ」と訂正された。善子の一人称は“アタイ”で定着しているらしい。

 

 翌日、私と善逸は建物内の廊下をてくてくと歩いているところだ。昨日の芸事への意欲は何処へやら、善逸はすっかり白けた表情だ。賢者モードというやつだろうか。私が居ない間に一発抜いたのかもしれない、と思いつつも繊細な年ごろの青少年の矜持を守るために敢えて聞かないでいる事にする。

 

 辺りを見渡すと、見世の時間がまもない遊女たちがバタバタと忙しなく準備している。とはいえ善逸も仕事が与えられているし、私も遊女としての嗜みのあれそれを教わるためにこの後花魁の部屋へ向かわないといけないから暇ではないんだけどね。何とか時間を作ってこうして調査のために部屋を見て回っているわけだ。

 

 昨日の一件で蕨姫花魁が上弦の鬼である事がはっきりした。だけど、私はまだここの花魁が上弦の鬼である事を善逸に伝える事が出来ずにいる。内部に鬼が居る事がわかった以上、今ここで情報共有する事は最も危険だと考えたからだ。

 それに、微かな記憶ではあるが原作では厄介な帯が近辺を監視していたような気がする。せめて明日、定期連絡の際に宇髄さんたちも居るところで情報共有をした方が良いだろう。だから、今は本来の目的通りに雛鶴さんを探す事を優先している。

 

「善い…善子、何か情報はあった?」

「ずっと聞き耳立ててんだけど、全くない。皆暗いし口が重いんだよな…**は?」

「ん~、会った事がない人だから気配がわからないし何とも言えないけど…なんか、ここには居ない気がするんだよねぇ」

 

 皆暗い、というのは2日前に楼主の奥さんが死んだからだろうか。

 この店は他の店に比べても特に自殺や足抜けと呼ばれる遊女の脱走が多いらしく、来た時から思っていたが、なんだかピリピリした空気を感じる。

 雛鶴さんも、もしかしたら身の危険を感じて足抜けしたのだろうか?宇髄さんは彼女たちを優秀なくのいちだと言っていたし、花魁の正体に気付いていた可能性は十分にある。でも、それなら連絡がないのは…。

 いや、原作で宇髄さんの奥さんが死んでいたといった記憶はない。嫌な想像をかき消すように私は軽く首を振った。そんな事よりも今は任務だ。

 

 私の芳しくない返答を聞いた善逸は更に情報を探るため、より集中するように目を閉じて両手を耳に添えた。雑音を入れないように、私も口を噤んでできるだけ息をひそめる。暫くすると善逸がカッと目を見開いて真剣な表情で呟いた。

 

「一大事だ」

「え?何かわかったの?」

「女の子が泣いてる」

「…へ??」

 

 そう言うやいなや、善逸は私を置いてあっという間に行ってしまった。「善ぃ…善子!」と叫んだ私も慌てて後を追う。

 ぶれねぇなあいつ…泣いてる女の子の元へ走っていこうっていうのは良い事なんだけどね?男なら善逸はあんなに真剣に行くんだろうか。女とあらば見境のない彼に少し苛立つ。

 

 嫌な、予感がする。気配を頼りに善逸の走っていった場所へ近づくにつれて、それはどんどん肥大化していった。それは直感によるものなのか、花魁の部屋がある部屋に私が近づいているからなのか。恐らく、両方だ。

 

「アンタ人の部屋で何してんの?」

 

 驚きと恐怖で胃が冷えるような感覚がした。私が向かう一番奥の部屋に、泣いている禿の女の子とそれを慰めている善逸、そしてその2人を背後から睨みつけている蕨姫花魁の姿が見えたのだ。どう見ても蕨姫花魁は苛立っている。女の子が泣いていたのも恐らくは彼女が原因なのだろう。

 蕨姫花魁に声をかけられた善逸が小さく震えた。いくら善逸とはいえ、若い女に睨まれたくらいであれだけ怯えることはない。気づいたんだ、蕨姫花魁が上弦の鬼である事に。

 蕨姫花魁がドスのきいた声で善逸を責め立てる。他の禿の女の子たちが庇うも、ひと睨みされると恐怖でその場にへたり込んでしまった。ようやく到着した私が女の子たちの背後に回り「後の事はいいから、隠れていて」と小声で囁くと、女の子たちは泣きそうな顔をしてその場を後にした。

 

「勝手に入ってすみません!部屋がめちゃくちゃだったし、あの子が泣いていたので…」

「不細工だねお前、気色悪い…死んだ方がいいんじゃない?」

 

 間に入ろうとした時善逸が叫び、思わず私は動きを止めた。善逸の顔をじろじろと眺めた蕨姫花魁は、あろうことか全国ウン千万人のファンを敵に回すようなことをさらりと言ってのける。額にはビキビキと青筋が立っており控えめに言ってめっちゃ怖い。

 そして彼女の言葉にショックで思考停止状態の善逸。おい!人気投票2位の善逸を不細工呼ばわりとか、お前は目玉ついてるのか!確かに今やってる化粧は目も当てられないけど!!朝私が化粧してやろうとしても「自分でやる」と言って聞かなかったんだから仕方ないだろうが!!

 

 蕨姫花魁は善逸などどうでもいいとでも言うように部屋に目を向けると、「部屋は確かにめちゃくちゃのままだね、片付けておくように言ってたんだけど」と呟き女の子の耳を思いきり引っ張った。女の子が泣き叫んでもその手は緩むことなく、ミチリと音を立てて耳の付け根から血が垂れる。見ていられなくて、思わず私は蕨姫花魁の着物の裾を掴んだ。

 

「花魁!!お願いですやめてください!」

「はぁ?**、アンタもこいつらの味方をするのかい?」

「お願いですから…このままではこの子の耳がちぎれてしまいます!」

「私に口ごたえする気かい?…目をかけてやっていたが、見当違いだったようだね。まさかこんな不細工のために、私にたてつくなんて」

 

 そう言うと女の子を投げ捨てた彼女は私に向き直った。私目掛けて一気に殺気が放たれる。それは到底1人の女が放つものではない、その気になれば人間など一瞬で肉塊に変えることができる鬼の殺気。対して私は刀も、隊服すらない。やば、死んだかもこれ。

 

「…っ!!**に手を出すな!!」

 

 同様に私に向けられる殺気を感じたのだろう。女の子を庇うように抱き留めた善逸が蕨姫花魁に向かって叫んだ。女の子を外へ逃がすと立ち上がり、私を庇うように前に立とうとする。いつもは気弱に下げられた特徴的な太い眉は自らを奮い立たせるように吊り上げられ、冷や汗を流しながらも蕨姫花魁を睨みつけた。

 

「何…?」

 

 私を見つめていた端正な彼女のその顔は善逸に向けられ、

 

「っ!!」

 

 悪寒がしたと同時に、私は呼吸を駆使して無意識に善逸の前に飛び出していた。刹那、頬に未だかつてないほどの大きな衝撃が走る。なんとか受け身を取るものの勢いを殺しきれず、善逸もろとも私の身体は障子を突き抜けて隣の部屋まで吹っ飛んだ。巻き添えにするならせめて…と、善逸を抱え込んで彼への衝撃を少しでも緩和させる。

 

「**!**!!!」

 

 私今、仰向けに倒れてるのかな?頭がぼーっとする。あとズキズキする。ああ、打ち所が悪かったかもしれないなぁ。殴られた衝撃で口の中を切ってしまったらしく、口の中いっぱいに鉄の味がしている。

 遠くから善逸の泣きそうな叫び声が聴こえた気がした。善逸…巻き添えにして吹っ飛んじゃってごめんよ…怪我ない?あんたの顔は不細工なんかじゃないんだから…。

 そう思ったところで意識が途切れた。

 

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