全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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混戦

 妓夫太郎の目が加わる事によって威力もスピードも桁違いに向上した十数本の帯が、私目掛けて一斉に放たれた。第六感の導きのままに肉体を操作し、時には刀で帯をはじき返しながらわずか数cmの隙間を掻い潜って走り抜ける。

 戦闘センスのない私には、宇髄さんの様に華麗に完璧に避ける事はできない。借り物の着物は避けきれなかった帯に掠って、切裂かれて、あっという間にボロボロになってしまった。そして、着物だけでなく私の皮膚も腕、足、頬と容赦なく裂ける。それでも致命傷を避けながら、動きを止めることなく堕姫に向かっていく。

 

 私にとって第六感とはある種の羅針盤だ。車の速度メーターの様に、気象予報のレーダーの様に、感知できたものは一部の狂いもない。それでも全てを知る事はできないし、ただの勘に身を任せていると言ってしまえばそれまでなのだけれど。

 傍から見れば勘を頼りに死線を潜り抜けるだなんて、正気の沙汰ではないかもしれない。でも、人並み程度の五感能力しか持たない私にとっては鍛錬を積んで精度を高めた第六感の方が遥かに信頼できるのだ。

 今だって襲ってくる帯の全ては見えていない。そんな私がギリギリ見える程度の帯の一部ですら、普通の人ならば視認する事も不可能だろう。訓練を積んできたからこそ辛うじて見えているのだ。だが、そして感知できている攻撃も避けきれずにこうして傷が増えていく。

 つまり何が言いたいかと言うと、妓夫太郎に操られて攻撃してくる堕姫、めっちゃ強い。手の動きを、足の動きをほんのわずかにでも間違えれば、五体満足で生還するのは叶わないだろう。そもそも数百年間誰も倒せなかった上弦の鬼を相手にして、命があるかどうかも怪しいのだが。

 

 でも、そんな事は言っていられない。原作では宇髄さんも手こずっていた相手だぞ。そもそも私が無傷で対峙できるわけないんだ。それでも、何を犠牲にしてもやらなければいけない時があるとすれば、私にとってそれは今だと思う。

 私は…本当は堕姫と仲良くなりたかった。原作では遊女をモノの様に扱う性格の悪い鬼として描かれていたけれど、自分の懐に入れた人間に対してはツンデレながらも守ろうとする彼女の事を、もっと知りたかった。

 クラスメイトだとか、同僚だとか、殺し合わずに済む立場だったらきっと仲良くなれたのだと思う。でも、結局私は鬼殺隊士だし、彼女は数百年にわたって人を喰らい続けて人間を軽んじている鬼だ。相容れる事はない。

 だからせめて、あんたのその頸は私自身が斬り落とす。これ以上その過ちを繰り返さないように。わかってる。勝手なエゴだ。だけど、それでも…。

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼(あんせんしょうき)

 

 目前に迫った堕姫の頸目掛けて、横一線の壱ノ型を放つ。しかし妓夫太郎の目を持つ堕姫には通用せず、寸前で避けたそのままに刀身を握られてしまった。

 

 桁違いの力が腕にこめられ、刀を折らんとしてくる。刀に加えられる力の方向に飛びながら握られた刀身をねじる事によって何とか抜け出す事に成功した。

 そのまま一回転して体を捻りながら屋根に着地し、再び堕姫と向かい合う。少し着地に失敗して、咄嗟についた左手に瓦が食い込んだ。痛い。そして咄嗟にできたとはいえ、新体操選手のような自分の動きに内心心臓はバクバクだ。

 

「アンタって死にぞこないのネズミみたいよね。見ていて哀れになるわ」

 

 再び帯が私に襲い掛かってくる。その言葉には返事をせずに、再び堕姫に向かって走り出した。仕方ない、仕切り直しだ。なんと言われようが構うもんか。何度だって、頸を狙いに行ってやる。

 

音の呼吸 壱ノ型 轟(とどろき)

 

 下から聴こえたそんな叫び声にちらりと宇髄さんたちの様子を見ると、丁度宇髄さんが妓夫太郎の攻撃を力任せにはじき返したところだった。爆発の衝撃で吹き飛んだ妓夫太郎が家屋の中へと突っ込む。炭治郎たちがどこにいるかまでは一瞬の間に確認する事はできなかった。

 

「また突っ込んでくる気!?ホント馬鹿の一つ覚えね!!」

 

 横を掠めていく幾数本の帯が足元の瓦に突き刺さり、いとも簡単に屋根は穴だらけになっていく。それと共に私の足場もどんどん小さくなっていく。堕姫に接近すればするほど帯の攻撃間隔は短くなっていき、足場の悪い状況では避けるのが困難になってきた。

 

 …やばいな。

 

 そう思ったとき、私の周囲を帯が一斉に取り囲むのを感じた。これは…避けられないな。

 走っていた足を止めて腰を落とし、肺に空気を送り込む。身体全体に血液を巡らせろ、全ての動きを見切れ。私の様な下っ端隊士だってやればできるんだって、眼にモノを言わせてやるんだ。

 

闇の呼吸 漆ノ型 如法闇黒龍(にょほうあんこくりゅう)

 

 覚悟を決めて呼吸を整え、フェイントを一切挟まずに無数の連撃で帯をはじき返した。硬度も上がっているようで、帯を1つ1つ斬るには骨が折れそうだ。炎の呼吸を使えば斬れるだろうか?でも、それもすぐに再生してしまう以上、頸を狙いたいならば帯を斬るのに注力するのは得策ではないだろう。

 それでも、柱でもない下っ端娘に自身の攻撃が全て捌かれるとは思っていなかったらしい。ほんの僅かな一瞬だが、堕姫が驚きに目を見開いて動きを止めた。その隙をついて急接近し、無防備になった頸を狙う。今度は雷の呼吸も混ぜて、さっきよりももっと速く。

 

「曲がれ飛び血鎌」

 

 家屋の中に居るはずの妓夫太郎の声が聴こえた気がした。私はそんな遠くからの呟き声を聴き取れる程、耳は良くないのに。私が優勢なのにも関わらず、寒気がするほどの悪寒で全身の肌が泡立つのを感じた。

 堕姫の頸に刀が触れた時、屋根を貫通して私の足元から飛び血鎌が飛び出してきた。掠っただけでも即死であろう鎌が、私の右腕を斬り裂かんとばかりに襲い掛かってくる。

 駄目だ、私では避けられない。瞬きする間もないくらいの斬撃なのに、妙にゆっくりと見える。走馬燈だろうか…。

 

「どけ!!!」

 

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き(きりさき)

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・8連(へきれきいっせん)

 

 私と堕姫の間に割り込む様にして飛び込んできた伊之助が、私を蹴り飛ばして距離をとらせた後に血の鎌目掛けて刀を振り下ろした。間一髪、私の腕を裂く前に血鎌が弾け飛ぶ。それと同時に再び襲い掛からんとする周囲の帯を、善逸が斬り裂いた。

 

「なんでこっちに…」

「**!!お前の親分は誰だ!!俺の許可なくこんなしょうもない所で死ぬんじゃねぇよ!!許さねぇぜ!?」

 

 後方に蹴り飛ばされ、尻餅をつきそうになるのを何とか両足と左手で踏ん張る。ザリザリと瓦を滑り、靴を履いていない両足が燃えるように熱い。

 2人は宇髄さんや炭治郎と共に、妓夫太郎の相手をしていたはずだ。いつの間にこちらへと来ていたのか。そう言いかけた時、周囲の帯に応対する伊之助に遮るようにして怒鳴りつけられた。8連撃の最後に私の傍に着地した善逸も、真剣な表情で私をキッと睨みつける。

 

「無限列車でも言ったけど、お前ホントにわかってないよな。俺を庇って捕まったり1人で上弦と戦おうとしたりさぁ…。見てるこっちの身にもなれよな」

「いや…マジで2人ともすいません…」

 

 …どう考えても私が悪い。自分が堕姫の頸を斬るという事に固執しすぎて、仲間の事を忘れていた。あまりにも、私が傲慢だった。今回、反省ばっかりだな私。

 でも善逸を庇って殴られたのは…もう謝るしかない。きっと私は同じ状況になったらこの先も同じ行動をするから。推しである以上に仲間である彼らは、最早私にとっては命を張って守るのが当たり前なくらい大切な存在になっている。

 

 私が小声で謝ると、それでも聴こえたらしい伊之助が「許す!!」と叫んでくれた。好き。

 伊之助に加勢するべく私も刀を構え直して呼吸に集中する。隣で居合の構えに入るために再び刀を鞘に納めた善逸が、こちらを見ずに呟いた。

 

「**は、俺が守る」

 

 その真剣な声音が、どうにも耳に残った。思わず顔を見るも、その表情はわからない。

 

「お仲間ごっこは済んだ?虫けらは何匹居ても虫けらよ」

 

 ビキビキと額に筋を浮かべて私たちを睨みつける堕姫。そう言うやいなや、屋根を砕くようにして更なる飛び血鎌が突き上げてきた。同時に堕姫も、更に増やした帯を家屋内の炭治郎たちを襲う為屋根を突き抜けようとしている。このままではそう遠くないうちに、建物ごと崩壊するだろう。

 

「善逸、伊之助!このままじゃ建物が潰れて炭治郎たちが下敷きになる!帯を止めながら頸を狙おう!!」

「はぁ!?そんな事できるのかよ!」

 

 私の言葉に、帯を避けながら善逸が叫び返した。相手は上弦だ、避けるのも精一杯なのにそこまでできるかと言いたいのだろう。でも、やらなければ炭治郎と宇髄さんが死んでしまうかもしれない。3人ならきっとできる。

 

「散々一緒に組手したでしょうが、私たちならできるよ!連携プレーだよ!!」

「ぷれーはよくわからんが、なるほど俺たちならできるな!派手に!!」

 

 勢いのままに伊之助が大きく頷く。完全に宇髄さんの口癖が移ってしまっている。もし生きて帰れたら、私たちの間で次の流行語になる事だろう。

 ともすれば怖気づいてしまいそうな自分を鼓舞するため、私も伊之助の様に叫んだ。

 

「よっしゃ行くぞぉ!派手にぃ!!!」

 

 …勢いで言ってみたけど、これ恥ずかしいな。

 

闇の呼吸 捌ノ型 羅刹ノ舞(らせつのまい)

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・8連(へきれきいっせん)

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き(くるいざき)

 

 私の叫び声を合図にして、それぞれが対複数の際に用いる型を放つ。フェイントを一切かけずにあちこちの帯を斬って回る私は、きっと遠目に見れば分身しているように見えるのだろう。

 伊之助が四方八方をの帯を滅多切りにし、私たちの間を善逸が稲妻のように駆け抜ける。

 そう離れていない距離でこれだけ動いても私たちが一切ぶつからないのは、共に鍛錬した成果というものだ。どの型がどのような動きや呼吸で放たれるのかは勿論、どこへ向かって攻撃をしようとしているのかも何となくわかる。

 

獣の呼吸 捌ノ型 爆裂猛進(ばくれつもうしん)

 

「いくぜぇ狙うは鬼の頸!!」

「その頸は柔らかくて斬りにくい!乱杭咬みを使って!!」

 

 隙ができた堕姫の頸を狙うべく、伊之助が走り出した。俊敏性に欠ける伊之助だが、二刀流である事を利用すれば、そして陸ノ型を使えば、鋸の様にしてあの柔らかい頸を斬る事が出来るはずだ。

 私と善逸で伊之助の進行を阻もうとする帯に対処する。私の助言に対して、伊之助はその呼吸を使う事で応えた。

 

獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み(らんぐいがみ)

 

「…!!」

 

 伊之助の刀が両側から堕姫の頸を斬り千切った。焦りを見せるその頸は、声にならない叫びをあげてポンポンと屋根を転がって落ちていく。それを見た私は、慌ててその頸を拾いに走った。

 

「おい早く同時に男の頸も斬らねぇと!!」

「大丈夫だ落ち着け!2人の鬼の頸が繋がってない状態にすればいいんだ、**が拾いに行ってくれているから俺たちは向こうの加勢だ!!」

 

 焦る伊之助の言葉に善逸がそう返した。いつになくキレのある善逸に驚いたような、感心した様子の伊之助が目をキラキラさせているのが横目に見える。

 

「**!それ持って遠くへ走れ!!」

「わかってる!!気をつけて!!」

 

 善逸に返事しながら屋根から落ちるギリギリのところで堕姫の頸をキャッチし、そのまま地上へ着地した。少しでも遠くへ離れるべく、その頸を左腕に抱えて更に走る。

 

「離しなさいよクソアマ!!」

 

 堕姫の髪が伸び、私に絡みつこうとしてきた。でも、明らかに弱体化している。難なくその髪を斬り落としながら、私は堕姫に話しかけた。

 

「堕姫、1つ聞いてもいい?」

「はぁ!?気安く名前を呼ぶんじゃないわよ!」

 

 私の言葉に怒鳴り返す堕姫。それを無視してずっと疑問に思っていた事を尋ねる。

 

「私の着ているこの着物さ…あんたの?」

 

 そう聞けば、堕姫は更に青筋を立てて更に騒ぎ立てた。暗に肯定の意を示しているのがわかる。

 

「それが何だってのよ!?」

「なんで、敵だってわかっている相手にわざわざ自分の着物を貸してくれたの?これ、かなり上等なやつだよね?」

 

 そう、私が今身に纏っている濃紺の梅柄の着物。肌触りといいデザインといい、どう考えても安物ではないのだ。戦いの中で袖は裂け、裾は破れ、もう元の価値はないのかもしれないけれど。

 

「…うっさいわよ!!死ね!!」

 

 なんでそこまでしてくれたのか、真意はわからない。でも、肯定の言葉を貰えただけでも十分だ。

 

「ありがとう」

「はぁ!?」

 

 本当は友達になりたかった、それは彼女に言ってもいい言葉なのだろうか。喉まで出かかった言葉を飲み込む。その時、炭治郎の悲痛な叫び声が響き渡った。数十m離れていても聴こえるくらいに。

 

「宇髄さん!!!」

 

 嫌な予感がして思わず足を止めて走って来た方向を振り返った。少し離れたその先には、炭治郎を庇って妓夫太郎の鎌を肩口に受けた宇髄さんの姿があった。その鎌は背中から突き出ており、貫通しているのが見て取れる。あの鎌には恐らく猛毒が塗られているのに。

 

「こんなん余裕よォ!!」

 

 鎌を引き抜かれ、宇髄さんは肩で息をしながらもそう叫んだ。勢いそのままに妓夫太郎に日輪刀を振り下ろす。鎌で受け止めた妓夫太郎と鍔迫り合いになるも、鎌で貫かれたダメージが想像以上大きかったのだろう。力で押し負けて、家屋を突き抜け吹き飛ばされてしまった。

 

 宇髄さんがやられた怒りに身を任せて炭治郎が妓夫太郎に刀を向けた。しかし、型を放つよりも先に炭治郎の身体は妓夫太郎の蹴りによって地面に難なく叩きつけられる。

 

「なんだあ、なんであの柱、毒を喰らってあんなに元気なんだあ…」

 

 妓夫太郎はそう言いながらも宇髄さんの吹き飛んだ方向を見てニヤニヤと笑う。しかし笑っていたかと思えば急に表情を変えて伊之助の方へ振り向くと、ぎょろりと睨みつけた。

 

「お前かあ、妹の頸刎ねたのはあ。ちゃんと返してやらないとなあ、取り立てないとなああ」

 

 一瞬のうちに目の前で起きた信じられない光景に、私が思考を停止させて瞬きをした次の瞬間、妓夫太郎の身体は既に伊之助の目の前にあった。怒りに染まったその両目が猪頭を覗き込み、頸に向けて鎌を振るう。

 

「伊之助!!」

 

 瞬間、伊之助の身体から溢れ出た鮮血に、私は思わず叫び声をあげた。とっさに後方へ飛び退った事で頭と身体は離れていないようだが、頸には頸動脈がある。避ける事も出来たようだし、恐らく今の攻撃で絶命してはいないと思うけど…どれだけ深く切られた?呼吸で止血は可能か?ここからじゃ見えない。どうしよう、伊之助が死んだらどうしよう!!

 

「お前もなあ、さっき妹を虐めてたんだったけなああ。あいつ泣いてたもんなあああ」

「がっ…」

 

 私の叫び声にも構わず、続いて再度炭治郎の方へ歩いて行った妓夫太郎は、立ち上がり構えをとろうとした炭治郎に更なる蹴りを放った。まるで地面に転がるボールの様に。

 あまりのスピードに避ける事が出来ず、炭治郎はその攻撃をモロに喰らってしまった。その一撃だけで肋骨が折れたであろう事がわかる。恐らくは臓器も痛めただろう。炭治郎が苦しみにもがきながら地に膝をつく。

 宇髄さん、伊之助、次に炭治郎。堕姫の頸を落としたり、危害を加えた順だ。痛めつけ方も、宇髄さんたちが堕姫の頸を斬ったりしたのとそのまま同じ事をしている。抵抗された分は返すという事か。自分たちは今まで散々無抵抗の人間を痛めつけて遊んでいたというのに。心底楽しそうに妓夫太郎がにやりと口角を上げたのが遠目でもわかった。

 

 …ああ、さっきの炭治郎はこんな気持ちだったんだな。

 

 その表情を見た瞬間、怒りで身体が熱くなるのを感じた。止血できていたはずの包帯を巻かれていた頭部から血が溢れだし、額を伝って目と鼻の間をタラリと流れる。自分から流れ出ているはずなのに、妙に血の流れる部分だけがひんやりとしている。

 

 憎い、殺したい。いや、駄目だ。それではあいつらと同じになってしまう。憎悪だけで殺してはいけない。相反する感情で頭の中が無茶苦茶だ。

 堕姫の頸を投げ捨て衝動に身を任せて地面を蹴れば、今までの比ではないくらいの速さで彼らとの距離が縮まった。私、こんなに速く走れたっけ?

 その疑問に対する答えは、一瞬のうちに頭の中に閃いた。そうか、炭治郎と一緒だ。私今、息止めてるんだ。呼吸をしていないのに怒りだけで身体中の血を無理やり巡らせている。傷口から血が溢れだすくらいに。そりゃ身体も熱くなるよね。

 ものすごく怒っている私が居る一方で、この状況をどこか冷静に見ている私も居る。このままじゃ死んでしまうとわかっているのに、それでもこの怒りを奴にぶつけなければ、気が済まない。

 

闇の呼吸 陸ノ型 黒点(こくてん)

 

 更に炭治郎に危害を加えようとする妓夫太郎との距離を一気に詰め、そのまま心臓目掛けて闇の呼吸最速の突きを放つ。一撃で頸なんか斬ってやるものか。苦しめ、宇髄さんと、伊之助と炭治郎と同じ苦しみを味わえ。

 さっきまでは堕姫の頸を斬るのも苦労していたのに、憎しみを込めて放ったその刀身はいとも簡単に妓夫太郎の背中を貫通した。

 

「!?」

 

 驚愕の表情を浮かべた妓夫太郎と目が合った。お構いなしに思いきりその目を睨みつけ、一気に刀を振り下ろした。心臓から下がぱっくりと2つに裂ける。その傷をすぐに再生させると、先程までの驚きは何処へやら、何を思ったのか妓夫太郎は私を見て余裕の表情でにやりと笑った。

 

「いいなあその表情」

 

 何がいいんだ。ふざけているのか。遊郭内で堕姫に殴られた際に切った口の中から血が溢れるのを感じる。鉄みたいな味が妓夫太郎の表情と相まって殊更不快に思えた。それを吐き出しながら、妓夫太郎を侮蔑の目で睨み返す。

 

「何が言いたいの?」

「憎しみと嫌悪感でいっぱいだなあ。せっかくの綺麗な顔を負の感情で歪めて、醜いなあ。いいなあ共感できるなあ」

 

 自分で自分の顔を見る事はできないけれど、それでも自分の額に青筋がびきりと立つのをはっきりと感じた。

 馬鹿にしているのか、お前と違って人間の傷は簡単には回復しない。宇髄さんは忍びであるとはいえ毒に侵されて苦しんでいるし、炭治郎は横目で見ただけでも痛みに呻いているのがわかる。伊之助に至っては早くケリをつけないと死んでしまうかもしれない。

 

「何が楽しいのよ。私は共感なんてできない。殺す、絶対殺す!」

 

 私が静かにそう言うと、たじろぐ様にして妓夫太郎が一歩後退った。先程までの余裕は何処へ行ったんだ。こんな小娘の言葉に気圧されるだなんて、上弦の名折れだな。死ね、死んでしまえ。

 

円斬旋回 飛び血鎌(えんざんせんかい・とびちがま)

 

 焦ったような妓夫太郎が、両腕を軸にして範囲攻撃を仕掛けてきた。こんな攻撃をされてしまえば、私だけでなく炭治郎や善逸、伊之助、宇髄さんにも危害が及ぶ。恐らくはそれが狙いなのだろうが。

 そして妓夫太郎の意図を知った私の怒りは頂点に達する事になった。

 

 ふざけるな、まだ私の大切な人たちを傷つけようとするのか。

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼・4連(あんせんしょうき)

 

 妓夫太郎の周囲を回るようにして、4連の太刀筋の中で全ての血鎌を捌き走る。いつもならこんな動き、到底できない。なんていうか、凄く身体が軽い。一瞬で全てを斬り裂く血鎌でさえ、今は止まっている様に見える。明らかに自分の体力の限界を超えている。でも知った事か。ここで躊躇すれば仲間が死ぬ。

 

闇の呼吸 伍ノ型 淵源開闢・斬(えんげんかいびゃく・ざん)

 

 壱ノ型を使って無音のままに忍び寄り、背後からその頸諸共力任せに粉砕しようとしたその時、頭上から振って来た帯が妓夫太郎を守った。シュルシュルと帯が解け、中から妓夫太郎と共に怒りの形相で顔を歪めた堕姫も姿を現す。私の怒りの一撃は何重にも施した自慢の帯でもダメージを吸収しきれなかったようで、端正なその顔が口から血を流しながらこちらを睨みつけてきた。

 

「うぐっ…アンタたち、よくもやってくれたわね…!!」

 

 そんなの、お互い様じゃないか。結局は相容れない存在なんだ。どちらかが死ぬまで殺し合うしかない。

 

「う゛う゛…!!!」

 

 私が構えを取ったその時、そんな声が聴こえたかと思うと桃色の影が妓夫太郎に向かって蹴りを放った。妓夫太郎が左手でそれを受け止めると、そのまま鎌で脚を斬り捨てる。影の主はバク転の要領で鬼たちから距離を取り、私の傍まで後退した。

 

「禰豆子!!!」

 

 その姿を見た炭治郎が悲痛の叫びをあげた。ぼたぼたと斬られた右足の腿から血を流しているのは禰豆子だった。片足ではバランスを取ることができず両手と左膝を地につく。しかし禰豆子の左目からは怒りを表すように血管が浮き出ており、自身の脚が斬られたのも構わずに、文字通り鬼のような形相で妓夫太郎を睨みつけた。

 妓夫太郎と堕姫は上弦の鬼だ。鬼舞辻無惨の血が特に色濃く混じっている。そして、鬼舞辻無惨は炭治郎と禰豆子の家族を殺した。きっと、その怒りは私と同じかそれ以上。身を焦がすほどのものだろう。

 

「…!!お兄ちゃん!あの鬼よ!無惨様から殺すように命を受けていた鬼…!!」

「なんだあ?痣のガキの血縁者かあ?大して人喰ってねえなあ、その程度で上弦に敵う訳ないよなあ」

 

 堕姫が叫び妓夫太郎が嘲笑う様にそう言ったその時、今まで見たどんな鬼よりも、…恐らく妓夫太郎よりも速いスピードで禰豆子の右脚が再生した。それを見て息をのんだのは妓夫太郎だろうか、堕姫だろうか。…それとも炭治郎だろうか。

 ざわりと空気が揺れ、禰豆子の纏う雰囲気が変わった。今までとは比べ物にならない威圧感。それだけではない。身長が伸び、額からは角が生え、乳房は膨らみ…大人の様に成長する。身体中に植物の蔦の様な模様が浮かび上がり、口枷の竹はバキリと音を立てて壊れた。

 

 そこには、紛れもなく1匹の鬼がいた。

 

「禰豆子…行くよ」

 

 禰豆子の唸り声を合図にして、私と禰豆子は示し合わせなんて全くしていないのに、同時に地面を蹴り鬼に向かい走りだした。

 禰豆子が堕姫目掛けて躊躇なく蹴りを放つ。その右脚は帯によって再び斬り裂かれたが、通常の血液の様に飛び散る事がなくまるで意志を持っているかのように空中に漂う。そのため私たちの周囲には夥しいまでの鮮血が広がった。

 

闇の呼吸 参ノ型 暗香防翳・影(あんこうしょうえい・かげ)

 

 その死角に隠れ、私は堕姫の頸を容赦なく刎ねた。なんだ、簡単に斬れるじゃん。今まで苦戦していたのが嘘みたいだ。

 

「また斬られた!殺す!殺す!!」

 

 うるさいなあ、その程度で済ませる訳ないでしょうが。更に背中に向けて一太刀浴びせると、すぐに再生させたものの痛みで堕姫が呻いた。

 

「禰豆子!**!やめろ!!」

 

 少し離れたところで炭治郎が叫ぶのが聴こえる。なんでやめないといけないの?こいつを殺さなければあんたがまた傷つくかもしれないのに。

 

血鬼術 爆血(ばっけつ)

 

 禰豆子が合図をするかのように右手を広げた瞬間、血を浴びた妓夫太郎と堕姫の身体が炎に包まれた。刎ねた頸を両腕に抱えながら堕姫が泣き叫ぶ。そんな堕姫を庇う余裕も無いくらいに妓夫太郎も苦しむ。

 私が妓夫太郎の頸を斬ろうとした時、私たちに割り込んできた禰豆子が悶え苦しむその身体を力任せに蹴り飛ばした。地面に倒れ伏すやせ細った身体を、繋げたばかりの右足で一切の躊躇いなく踏み付ける。

 

 何度も何度も、貫通して血が噴き出てもお構いなしに、狂気じみた笑みを浮かべて。その笑い方はまるで先ほどの妓夫太郎のようだ。傷つけられる人間の気持ちを理解できない鬼の顔。私の知ってる禰豆子は、こんな表情しない。この鬼は、誰なんだろう。

 

 禰豆子やめて、私はあんたにそんな顔して欲しくない。

 

 そう思った時、同時に何者かが後ろから私を羽交い絞めにした。顔の横でひらひらする羽織は黄色の生地に白の三角模様だ。…善逸?

 

「息をしろ!さっき炭治郎にそう言ったのはお前だろうが!死んじまうぞ!!」

 

 そう言えば私、今息止めてたんだっけか。善逸の悲鳴地味た叫び声が耳元で響く。それに気づいてこちらを向いた禰豆子が、血を流している私を見つめて生唾を飲んだ。次の瞬間、叫び声をあげて禰豆子が私たちの元へと襲い掛かる。

 その時、善逸と同じタイミングで駆け寄って来た炭治郎が、禰豆子の後ろに回って口枷代わりに日輪刀をあてがった。

 

「やめろ禰豆子!本当に戻れなくなる!!」

 

 後ろから拘束されて、禰豆子が暴れまわる。肘を骨折した箇所に打ち付けられ、地面に叩きつけられても炭治郎は禰豆子から決して手を離そうとしない。

 

「ガアアアア!!!!」

「頼む、やめてくれ禰豆子…!!」

 

 先程の禰豆子の笑みと鬼としての表情、善逸や炭治郎の叫び声によって急速に頭が冷えていくのを感じた。その瞬間無意識に呼吸が戻る。身体中に一気に酸素が巡り、肺がそれに耐え切れずに思わずむせ返った。

 何これ、目の前が真っ暗で何も見えないし聴こえない。ドクドクと自分の心臓が脈打つ音だけが、骨を通して妙に響く。頭がキーンとして、何もわからない。平衡感覚もおかしくなり、まるでふわふわと宙に浮いているみたいだ。私は今立ってる?座ってる?

 

「ゲホッゲホッ…うぁ…!!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 **が善逸に羽交い絞めにされたまま意識を失った。禰豆子は未だに炭治郎の腕の中で暴れ続けている。ようやく血鬼術の炎を消す事に成功した妓夫太郎と堕姫は、爛れた顔を治す事も厭わずに忌々し気に彼らを睨みつけた。

 

「よくもまあ、やってくれたなああ…」

「…そう、血鬼術も使えるのね。鬼だけ燃やす奇妙な術…」

 

 徐々に炎で爛れた部分が治っていくも、ダメージが大きかったのか明らかにその速度は先程よりも遅い。堕姫の頸も、元の位置に戻したものの少し安定せずにぐらぐらとしている。

 まさか人間を喰った事のない鬼と柱でもない隊士にここまで追いつめられるとは思わなかったのだろう。彼らの中で柱にもなれない下っ端風情という認識だった子どもたちは、確かな脅威として改められた。すなわち、柱と同等の相手として一切の手加減なしに殺すという事だ。

 

 宇髄さんと伊之助は無事か?禰豆子はどうすれば元に戻ってくれる?**は目を覚ました後すぐに戦えるか?俺と善逸だけで彼らと戦えるのか?

 暴れる禰豆子を押さえつけながら必死に諭す炭治郎の中で、嫌な考えが頭を巡る。傍で**を抱えていた善逸は彼女を地面に横たわらせ、上から自身の羽織をかけてやりながら呟いた。

 

「炭治郎、禰豆子ちゃんを何とかして落ち着かせるんだ。…俺が時間を稼ぐから」

 

 やめろ、上弦の鬼2匹相手に無謀だ。そう言いたくても今の炭治郎には禰豆子を抑えるのに精一杯で到底言葉をかける事が出来ない。そうこうしているうちに近づいてきた鬼と対峙するべく善逸は居合の構えを取った。

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・8連(へきれきいっせん)

 

 雷の様な轟音と共に善逸の攻撃が妓夫太郎と堕姫の元へ向かう。一閃、一閃、一閃…何本も続く居合の連撃。常人には到底見切る事は出来ないだろう。

 しかし上弦2匹に1人で渡り合うのは厳しく、文字通り時間稼ぎが限界だ。攻撃しているのは善逸のはずなのに、居合を一本入れる毎に善逸の身体に傷が増えていく。家屋が倒壊し、土煙が舞い散り、それでも堕姫の身体には一切の傷がつかない。

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・8連(へきれきいっせん)

 

「もう何度も見たわよその技は!」

 

 嘲笑う様に堕姫が叫んだ。そして何度かの攻防の末、とうとうその攻撃は堕姫の帯によって受け止められてしまった。完全に見切られたのだ。

 

「…やってやるんだ!!」

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速(へきれきいっせん・しんそく)

 

「!?!?」

 

 瞬間、堕姫の予想を遥かに超えるスピードと威力で善逸の日輪刀が振るわれた。受け止めていた右腕も斬り落とし、妓夫太郎も反応できない一瞬の間に刀が頸にめり込む。

 今までの動きも目に見えないような速さだったが、それとは比ではないくらいのスピードで善逸の身体は動いていた。神の如きその速さは、人間の限界を超越している。反動で左足に負荷がかかり、ビチリと肉が裂けて血が爆ぜた。

 何度も頸を斬られてなるものか、と堕姫の頸が帯状に柔らかくしなった。その為首を完全に斬り離す事が出来ない。妓夫太郎が刀を振る善逸の頭を鎌で叩き斬ろうとして右腕を振り上げる。

 その刹那、妓夫太郎と堕姫の元で大爆発が起きた。何が起こったか訳がわからずにいる善逸に、彼を抱えて鬼たちから距離を取った人物が声をかけた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 少し遡って、善逸が型を放った直後。

 

「頼む禰豆子…!寝るんだ!眠って体力を回復するんだ!!」

「ガ…アアア…!!」

 

 必死の炭治郎の言葉も禰豆子には届かない。どれだけ宥めても禰豆子の暴走は収まらず、暴れるたびに先程折られた肋骨が痛んで炭治郎は低く呻いた。そんな炭治郎の元に大きな影が落ちた。

 

「竈門禰豆子…派手に鬼化が進んでやがるじゃねぇか」

「宇髄さん…!!大丈夫なんですか!?」

 

 その声の主が無事だった事に嬉しいながらも驚き、思わず炭治郎が振り返る。宇髄は「余裕だ、何なら踊ってやれるぜ?」と言って笑うが、明らかに頬に毒が侵食しているのが見て取れる。空元気に振る舞う宇髄を見て、しかし自分にはどうする事もできない炭治郎はぐっと唇を噛んだ。

 

「俺は忍の家系だ。毒の耐性つけてあるし、こんなモン屁でもねぇよ。…**も意識失いやがったか」

「は、はい…。俺たちを守るために無茶をした反動で…」

「まぁ、この場に要る全員を1人で守った事を考えると十分な働きだ。後は俺がやるから、お前はそいつら守りながら地味に子守唄でも唄っててやれや」

 

 そう呟くと、宇髄は毒に侵されている事を感じさせない動きで善逸と鬼の間に割って入り、堕姫の頸を斬りながら火薬を爆発させ、善逸と共に後方へ飛び退いた。

 

「よう善逸、お前派手に良い動きするじゃねぇか。気に入ったぜ。それにしても、**といい禰豆子といい、お前らのとこの女はじゃじゃ馬ばっかりだな。苦労するだろ?」

「宇髄さん…ハハ、う…」

 

 使い物にならなくなった片足を庇いながら善逸が呟いた。肯定しようか迷い、力ない笑いが零れる。そんな彼らを見た妓夫太郎は毒を喰らって尚動き続ける事の出来る宇髄を化け物を見るような目で見ながら、しかし確実に毒が効いている事を悟ってニヤリと笑った。

 

「…やっぱり生きてやがったなあ、でもじわじわと毒に侵されて、もう永くねぇなあ」

「やかましい、俺は絶好調だぜ?天丼だって100杯食えるわ!!」

「虚勢を張って惨めだよなあ。それに継子ってのは嘘だろ?お前らの動きはてんで統制が取れてないもんなあ」

 

 図星を突かれた宇髄はそれには答えずにニヒルに笑って刀を構えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 落ち着け、ゆっくりと呼吸をする事に集中しろ。冷たい空気で喉が凍り付きそうになるのを感じながら、それでも酸素を取り込む事のみに意識を向ける。

 どれほど経っただろうか、次第に周囲の音が聴こえるようになってきた。平衡感覚も徐々に戻ってくるのを感じる。どうやら私は今、地面に横向きに倒れているらしい。

 音が聴こえるようになって初めに耳に入って来たのは、音程の外れた子守唄の様な聴いた事のない歌だった。霞む目を開いてよくよく凝らしてみると、次第に炭治郎の輪郭がはっきりと見えるようになってくる。

 

「たん、じろ…?」

「**!!大丈夫か!?」

 

 私に気付いた炭治郎が心配して声をかけてくれた。ふと彼の足元をを見れば子供の様に小さい姿に戻った禰豆子も、涙を流しながらすうすうと眠っている。今しがた眠ったばかりらしく、それを確認した炭治郎がへにゃりと脱力した。

 私が倒れている間に何があったのかはわからないが、どうやら私に加えて禰豆子も暴走したらしい。自分に掛けられていた黄色の羽織を見て更に罪悪感に押し潰されそうになる。ああしなければ皆死んでいたかもしれないとはいえ、あまりにも無茶をした。生還できてもお説教は免れないだろう。

 禰豆子を抱えながら炭治郎が「立てるか?」と尋ね、それに肯定するとそのまま言葉を続けた。

 

「俺は禰豆子を箱に戻してくる。すぐに戻るからそれまで何とか頼む!」

「わかった!」

 

 ぐわんぐわんと未だに少し揺れる頭をしゃっきりさせようと軽く頭を振り、羽織に袖を通して刀を握る。もう戦いの中で羽織を返すタイミングはないだろうから、地面に置きっぱなしよりもこうしておいた方がいいだろう。私は避けるのが下手だから破いちゃうかもしれないけれど。

 炭治郎と軽く頷き合い、地を蹴った。視線の先では宇髄さんと善逸がそれぞれ妓夫太郎、堕姫と交戦している。

 宇髄さんの無事を喜びたいところだが、どうにも宇髄さんには余裕がなさそうだ。毒を喰らっているのだから当然だろう。力量を考えると避けるので手一杯という雰囲気の善逸の加勢に行った方が良いのだろうが、どちらに向かうべきだろうか。

 そう考えながら残り数瞬のところまで距離を縮めた時、妓夫太郎が手に持っている実物の鎌とは別で血鬼術による飛び血鎌を放った。血鎌が曲がり、宇髄さんの背中目掛けて襲い掛かる。多方面から襲い来る攻撃に、宇髄さんでも避けきる事は厳しそうだと直感した。

 

 …宇髄さんの加勢だ。

 呼吸を駆使して宇髄さんの背後へ回り込み、血鎌を受け止めた。堕姫の帯より何倍も重い威力のそれは、このまま力任せに受け止めたのでは刀が折れると勘が告げている。さっきの伊之助はよくこれを受け止める事ができたな!彼の戦闘センスには脱帽だ。

 私がこれを受け止めるには…いや、受け流すべきだ。それなら柔軟な防御力に長けた水の呼吸を混ぜ込め。あまり得意ではないけれどやるしかない。

 ひゅううう、と水の呼吸を混ぜ込み、何とか血鎌を上へと受け流した。それを見た宇髄さんが感心したように私に叫んで来た。

 

「おう起きたか**!!」

「宇髄さんこそ無事でしたか!そんなに動いたら毒回っちゃいます、私に任せてくれていいですよ!!」

「生意気な口利くじゃねぇか下っ端!!」

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々(めいげんそうそう)

 

 軽口を叩き合いながらも、加勢が入った事で気力が増したらしい宇髄さんが両手の日輪刀を回転させて更に型を放った。同時に火薬も投げているようで、音の呼吸らしい爆音がそこら中に響き渡る。

 今宇髄さんと妓夫太郎の間に割り込むのはむしろ足を引っ張る事になりかねない。ならば私が今できる事は宇髄さんへの攻撃を減らす事だ!

 

闇の呼吸 参ノ型 月華爛然(げっからんぜん)

 

 参ノ型に炎の呼吸も混ぜて、宇髄さんを周囲から斬り刻もうとする帯をまとめて一刀両断した。うん、この速さにも強度にも少し慣れてきた。より強力な妓夫太郎の血鎌を受け止めたのもあって、さっきよりは対応できそうかもしれない。

 

「アハハ!死ね死ね不細工!!」

 

 向かってくる帯の元へ目をやると、楽し気な堕姫が更に帯を増やして善逸への攻撃をより激しくしたところだった。血の刃が飛んでくる事に加えて妓夫太郎の助力もあり先程よりも更に力を増した堕姫は、勢いのままに攻撃を放っている。

 作戦変更だ、善逸の加勢へ向かわなければ。善逸がこのままでは持たない。そう思った時、私の脇をすり抜けて青みがかった黒髪が堕姫の元へと突っ込んでいった。

 

獣の呼吸 肆ノ型 切細裂き(きりこまざき)

 

「伊之助!!」

 

 善逸に襲い掛かる帯を双剣で細斬りにしたのは伊之助だ。それに気づいた善逸が思わず声を上げた。猪頭をどこに置いてきたのかはわからないが、遠目に見る感じでは思ったよりも傷は浅いようで、おそらく猪頭が僅かながら盾の役割を果たしてくれたのだろうと推察する。

 

「毒なんが山の王であるおれにばぎがねぇぜぇ!!」

 

 そう言いながらも口から多量の血を吐く伊之助。まずい、このままでは毒に耐性のある宇髄さんよりも早くに限界が訪れそうだ。戦力は1人でも欠けては不利になる。すぐにケリをつけないといけない。

 

「何見当違いな事言ってんだあ?俺の鎌には猛毒が塗られている。今は生きていてもすぐに死ぬんだよなあ」

 

 爆音の中でも鬼特有の聴力で伊之助の言葉が聴こえたらしい妓夫太郎が、宇髄さんと伊之助へ向けてそう言った。紛れもない事実に何も言い返す事はできない。せめて、無効化できる手段があれば…。

 

 …あれ?確か原作でも宇髄さんたちが毒に侵されていた。どうやってそれを治したんだっけ…。

 その時、海馬の奥底に沈んでいた記憶が蘇って来た。そうだ、確か禰豆子の血鬼術が毒を無効化できるんだ!禰豆子が居れば2人とも毒で死ぬ事はない、炭治郎が戻ってきたらすぐにそれを伝えなければいけない。今それを知っているのは私だけだ。妓夫太郎と堕姫にそれが知られれば真っ先に禰豆子が狙われてしまう。

 

 堕姫は善逸と伊之助に任せ、私は自身に迫る帯と血鎌を避けながら一方で宇髄さんに迫る攻撃を少しでも減らすために、ひたすら型を放った。周囲は爆発と土煙にまみれ、眼が痛い。更に血鎌と帯がそこに紛れて容赦なく攻めてくる。

 この視界の中では目を開けているだけ不利になる、と私は目を閉じて勘を頼りにただただがむしゃらに攻撃を捌いた。少しでもこれが宇髄さんの助けになると信じて。

 肉体の限界が訪れようかという程に攻撃を捌き続けた時、頭上に人の気配を感じた。土埃に顔をしかめながらも少し戦渦から退き頭上を見上げると、屋根の上にくノ一のような衣服を身に纏った黒髪の女性が立っていた。私の記憶が正しければ、宇髄さんの奥さんの1人、雛鶴さんだ。彼女は意を決した表情で多量のクナイを妓夫太郎と宇髄さん目掛けて放った。

 

血鬼術 跋弧跳梁(ばっこちょうりょう)

 

 わざわざクナイを用いた攻撃をしてくる以上、何かがあるのではないかと警戒した妓夫太郎は、斬撃で天蓋を作りクナイを防いだ。しかし宇髄さんは自分にクナイが刺さっているのには意を介せず、クナイの雨の中を駆けて妓夫太郎の元へ突っ込んで行く。

 そうだ、元忍である宇髄さんは痛覚にも恐らく耐性があるんだ。それにしたって痛いはずなのだけれど…。雛鶴さんが妓夫太郎にだけクナイを放ったのは、恐らく善逸や伊之助がこの攻撃を避けられない事を危惧しての事だろう。

 

 え、じゃあ私は…?いや、実際避ける事が出来ているし信じて貰えたという事で…。

 そんな事は今はいい。宇髄さんの日輪刀が妓夫太郎の両足を切断した。それに動揺した妓夫太郎の頸に、クナイが突き刺さる。やはり毒が塗られていたらしく、妓夫太郎の動きが不自然に固まった。

 勝機だ。こうなる事を予測したうえで既に私は妓夫太郎の背後に回っていた。日輪刀を頸目掛けて横一線に振る。同時に宇髄さんも突きを放った。

 

円斬旋回 飛び血鎌(えんざんせんかい・とびちがま)

 

「いやあよく効いたぜこの毒はなああ。それに短期間で連携が取れてきている。面白れぇなあ。」

 

 いけると思った私たちの攻撃は、渾身の力で両足を瞬時に再生させた妓夫太郎の血鬼術によって遮られた。うっそだろ、もう毒を分解したっていうの?

 そう認識する間も殆どなく、それどころか腕の振りもないのに広範囲な血鎌の斬撃が私たちに襲い掛かってきた。この至近距離ではもう避ける事はできない。型を放って相殺するしかない!

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間(きょうざんむけん)

闇の呼吸 伍ノ型 淵源開闢(えんげんかいびゃく)

 

 斬るのではなく、それに伴う爆発力を使って相殺するんだ。闇の呼吸髄一の大技を使うと同時に、同様の事を考えたらしい宇髄さんが恐らく音の呼吸の中でも大技なのであろう型を放った。耳をつんざく轟音で、鼓膜が破れそうだ。前後から大技を喰らえば妓夫太郎とて多少のダメージはあると思うのだが…何か嫌な予感がする。

 

 さっきまで声が聴こえていたのに、土煙が晴れたその先には妓夫太郎の姿はなかった。目の前では私と同様に驚愕の表情を浮かべた宇髄さんがこちらを見ている。どこだ、何処へ行った!?

 

「雛鶴…!!」

「天元様!私に構わず鬼を探してくだ…」

 

 ハッとした様な宇髄さんの叫び声に雛鶴さんが叫び返そうとした時、その言葉は妓夫太郎に顔を掴まれる事で遮られた。瞬時に自分の身に何が起きたかを悟った雛鶴さんの表情が一気に青ざめる。

 

「よくもやってくれたなああ、俺はお前に構うからなああ…」

 

 怒りと恨みを込めた表情で妓夫太郎はその目玉をぎょろりと雛鶴さんに向けた。そのまま顔を掴んだ手に力が籠められる。彼女を助けようと走るも、帯が行く手を阻んでくる。

 そして最悪な事に、ここにきて無理をして呼吸を酷使し続けた反動が一気に身体に襲ってきた。崩れ落ちそうな両膝を気合で立たせてなんとか帯を捌く。それでも思う様に前へ進めない。駄目だ、私では間に合わない。目の前で仲間が死んでしまう!!

 

「やめろーーーーーー!!!!」

 

 宇髄さんが悲痛な叫び声を上げた時、炎と水の幻影が妓夫太郎と雛鶴さんを覆った。それと共に妓夫太郎の腕は斬り落とされ、少し離れた先には瓦に横たわる雛鶴さんと、片膝をついて咳込みながらも彼女を庇うように前に立つ炭治郎の姿があった。

 

「ゲホッゲホッ…ヒュー…でき、た…!!水の呼吸とヒノカミ神楽の合わせ技…!!」

 

 炭治郎が息も絶え絶えながらに呟いたのがはっきりと聴こえた。

 

 そう、炭治郎は今までヒノカミ神楽と水の呼吸を混ぜる事が出来なかった。鍛錬の際にヒノカミ神楽を連発する事ができず、雷の呼吸や炎の呼吸を混ぜる私から着想を得て練習をしていたのだが、どうにもヒノカミ神楽は特徴的な呼吸らしく、上手く2つの呼吸を操る事が出来ないままに今日まできたのだった。

 窮地に陥った時に本来の力が出せるようになるのはそう珍しい事じゃない。私の第六感だってそうなんだから。炭治郎がこのタイミングでヒノカミ神楽と水の呼吸を同時に操る事が出来るようになったのは必然とも奇跡ともいえる。

 

「竈門炭治郎お前に感謝する!!」

 

 妓夫太郎の鎌を炭治郎が受け止めた時、宇髄さんがそう叫び妓夫太郎の頸目掛けて振りかぶった。宇髄さんの動きに合わせて炭治郎も日輪刀を振る。

 

「お前らが俺の頸斬るなんて無理な話なんだよなああ…」

 

 両側から刀を向けられたにもかかわらず、頸に届くギリギリのところで2本の刀は妓夫太郎の鎌によって阻まれた。更に背後からもう1本の刀を使って宇髄さんが頸を斬ろうとするも、頸を180度回転させた妓夫太郎が強靭な歯で受け止める。

 うっわ何アレ本当に人間じゃないじゃん。ていうか流石にホラーだ。でも、流石に口まで使ってしまえばもう刀を防ぐ手段はないはずだ。むしろ今こそが勝機!!

 

「2人とも避けて!!」

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼(あんせんしょうき)

 

 少し遅れてなんとか彼らの元へ到達することができた私は、闇の呼吸を使って息を潜め、彼らの間に割り込んだ。最も日輪刀を滑り込ませる事の出来る隙間を見つけ、そこから頸を斬り落とすために渾身の力を籠める。ここにきてようやく妓夫太郎の頸に刀をあてる事に成功した。流石の妓夫太郎も焦ったように目を見開く。

 その時、妓夫太郎の両腕から血鎌の様な渦が巻き起こった。

 

「炭治郎踏ん張れ!!**は俺に合わせて左へ一緒に飛べぇ!!!」

 

 宇髄さんが何をしようとしているのか分かったらしい雛鶴さんが、ガシっと炭治郎の支えになった。流石は奥さんと言うべきか。一方で炭治郎は状況が理解できずにポカンとしているし、私は宇髄さんが何をしようとしているのか見当がつかないまま、漠然と宇髄さんの指示通りに左へと飛んだ。瞬間、左右両方向に血鎌が旋回して範囲攻撃が起こる。

 

「宇髄さん!**!」

 

 炭治郎の叫び声が聴こえた。それと同時に悪寒が走る。炭治郎の刀を捌く必要がない分、妓夫太郎の片手は現在ガラ空き状態だ。口には宇髄さんの刀、もう片方の手は宇髄さんのもう片方の刀を抑えている。そして頸には私の刀。妓夫太郎が空中を落下しながら誰を狙うかなんて火を見るよりも明らかだった。

 

「**伏せろぉ!!」

 

 宇髄さんの叫びと勘の働くままに反射的に身体を屈めると、すぐ頭上を鎌が横振りに通り過ぎて行った。間一髪、上官の前で脳味噌を晒す事は回避できたらしい。鎌に切裂かれてパラパラと髪が宙を舞う。女の命になんて事をするんだ。そろそろ髪を切り揃えに行こうと思っていたから丁度いいけど!

 避けられたのを見て、私を殺すよりも先に頸に食い込んだ日輪刀をどうにかするべきだと判断したらしい。嫌な予感を察して頸から刀を引き抜こうとするも、ミチリと肉にで押さえつけられて動かす事が出来ない。妓夫太郎は鎌を握り直すと大きく振りかぶり、私の日輪刀を砂糖菓子を崩すように叩き壊した。先端から3分の1がポッキリと折れてしまっている。

 

「うっそでしょ…」

「嘘じゃねえんだよなあ」

 

 刀が折れた事で妓夫太郎と距離が離れ、少し後方に着地する。先端を見つめながら絶望の余り口から零れ出た私の呟きに、同様に着地した妓夫太郎はおかしそうにくつくつと笑った。そして同様に刀を動かせない様に固定して、宇髄さんの腹に蹴りを見舞う。避けきれずに宇髄さんはその場で膝をついた。

 

「ガフッ…」

「宇髄さん!!」

「もう毒が身体中を巡っている頃だろうなあ。柱と言えどこれじゃあ使いもんにならないよなあ」

 

 悔しいが妓夫太郎の言う通りなのだろう。宇髄さんは先程までとは比べ物にならないくらいに顔を青ざめさせ、口からゴポリと血を吐いた。毒は顔中を侵食しており、恐らくは目も殆ど見えていないはずだ。

 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!このまま負けるわけにはいかない、このまま宇髄さんを死なせるわけにはいかない!!

 下卑た笑いで妓夫太郎が鎌を振る。宇髄さんがそれに応戦しようとするも、毒が回っているせいか明らかに動きが鈍っている。雷の呼吸と闇の呼吸を混ぜて走るも、このままでは間に合わない。どうしよう、どうしよう!!思いつかない。この窮地を切り抜ける策がない…!!

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 不意に炎の様な熱さが私たちの周囲を焦がした。それと同時に宇髄さんに向けられていた鎌は腕ごと斬られてボトリと地面に転がる。誰もが予想外の展開にその乱入者を見つめた。

 

「よもやだな宇髄!お前程の者がここまで追いつめられるとは!!」

 

 炎の様な燃える髪が月夜に照らされて煌めいた。

 

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