全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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最期

 満月の光に照らされて、赤と黄の髪が煌めいた。声の主がゆっくりと振り返り私を見つめる。暗闇の中なのにも拘らず、宝石の様に輝く瞳。秋の冷たい夜風がこの時ばかりは妙に熱く感じた。

 腕を刈り取られた妓夫太郎は、突然の乱入者の存在といとも容易く自身の腕を斬り落とされた事にあっけにとられ、呆然と自分の腕を見つめている。先程までの瞬きすら許されなかった戦いが嘘だったかのように、辺りには静寂が訪れた。

 

「煉獄さん…?」

「む、どうした明暗!そんな珍妙な顔をして!!」

 

 思わず漏れた私の呟き声に、煉獄さんはいつもの如く快活に叫んだ。命懸けの戦いの最中に言われる言葉としては、いや、通常言われる言葉としてもかなり失礼な部類だ。

 でも、間違いなく今の私は可笑しな表情をしているんだと思う。まさか煉獄さんが駆けつけてくれるとは思わなかった。だって、原作では絶対に居るはずのない人間だったから。

 

「師匠!!来てくれたんですね!!」

 

 声のした方に目を向けると、炭治郎が屋根から飛び降りて駆け寄ってくるところだった。雛鶴さんは傍には居ない。おそらく安全な所へと身を隠したのだろう。

 

「うむ!竈門、お前の文を持った鎹烏が慌てて飛んできてな、俺もこうして急行してきたわけだ!まあ、少し遅れてしまったようだが…」

「よかった…本当に良かった…!」

 

 煉獄さんの言葉に炭治郎が少し泣きそうな声音で呟いた。話を聞いている感じだと、炭治郎が煉獄さんに救援要請を送ったから急いで助けに来た、というところだろうか。炭治郎の頭を撫でるその姿には、原作にはなかった確かな師弟愛を感じる。…まさか、無限列車編での彼の救済がこんな所で未来を変えるだなんて。

 

「俺に頼るという君の判断は正しかった!宇髄はぎりぎりまで自分だけでやり遂げようとしていただろうからな…」

「うるせ…」

 

 そう言って煉獄さんがちらりと宇髄さんを見やる。煉獄さんにしては珍しく、自分の継子や後輩を危険に晒した事を咎めている感じの刺々しい視線だ。

 まあ、宇髄さんは間違いなく今回の件では上官としてあるまじきミスをいくつも犯しているからね…。そもそも他人の継子を無断で任務に同行させるのもあまりよろしくはないのだ。今回は炭治郎が押し切っていたから許されていたけど。

 図星を突かれた宇髄さんは、拗ねたようにぼそりと言い返した。だが、明らかにその表情は限界を迎えている事を示している。膝から崩れ落ち、日輪刀を取り落として地面に手を突いた宇髄さんはもう戦う事も不可能だろう。

 

「こいつも柱かあ…。さっさと終わらせたいんだけどなあ。ちまちまと湧いてきてキリがないんだよなあ」

「鬼の都合など知った事か!隊士が仲間の為に急行するのは当然の事!竈門と明暗は宇髄を連れて安全な場所へ避難しろ、上官命令だ!!」

 

 腕を再生させた妓夫太郎が鬱陶しそうに鎌を担いで攻撃の構えを取った。それに対して煉獄さんも刀を構えつつ私たちに叫ぶ。その声は有無を言わせない、紛れもない柱としての言葉だ。私たちが食い下がる隙はそこにはない。

 

「行こう炭治郎!宇髄さんも!!」

「おい待て…」

 

 ともかく、煉獄さんが絶好の機会を作ってくれた。今なら妓夫太郎や堕姫の目に留まる事無く宇髄さんの治療ができる。

 ぽっきり折れた日輪刀を残った部分だけでも、と鞘に納め、そのまま宇髄さんの巨体を背負いながら炭治郎に声をかけた。背中で宇髄さんが抗議の声をあげ、抵抗の意志を見せる。

 しかし私程度の下っ端がそれを押さえこめる時点で、もう妓夫太郎と戦えるだけの力は残っていないだろう。それでも戦おうとするのは柱としての矜持なのだろうか。守るべき存在を背にして命を散らそうとも戦うという、原作の煉獄さんのような。

 

 は?そんなプライド知った事か。どんな事情があれど命を捨てていい理由があるはずがない。原作の宇髄さんの男気エピソードが脳裏をよぎる。何が「俺の命は最後」だ。捨ててるじゃねぇかよ命。だから、不敬も何もかなぐり捨てて、私は彼を怒鳴りつけた。

 

「黙っててください宇髄さん!!自分の命を優先できない死にたがりの意見は聞き入れません!」

 

 言いながら自身の羽織っている借り物の羽織が視界に入り、(これ、善逸に「お前が言うな」とか言われるんだろうなぁ)と何となく思った。なるほどこういう気持ちなのか。生きて帰れたら甘んじて説教は受け入れよう。

 

「なっ…」

 

 まさかペーペーに叱られると思わなかったのか、宇髄さんが口ごもる。その隙に鳩尾目掛けて一発かまし、大人しくなったところで煉獄さんたちに背を向けて走り始めた。あ~、私帰った後降格処分とかにならないかな…。

「炭治郎!」と呼びかけると、驚きの余り硬直していた炭治郎も宇髄さんの日輪刀を拾い、私と共に走り出した。

 

「**、どうするつもりなんだ!?師範の言う通りに身を潜めるというのか!?」

「いや、取り敢えずは攻撃の及ばない所へ退避!その後の事は私に考えがある!!」

 

 炭治郎の顔には「逃げるわけにはいかない」と顔に書いてあるようだ。勿論私だって逃げる気など一切ない。刀が折れていたって、まだ刀身は残っている。まだ頸を斬る事はできる。でも、まずは仲間の命が優先だ。作戦は「がんがんいきつついのちだいじに」。攻めねば勝利は得られないが、何より私たちの命は1つだけなのだから。

 彼らの攻撃の影響を受けないくらいに離れた路地裏に退避し、そこで宇髄さんを背中から降ろした。

 

「炭治郎、禰豆子を起こせる?」

「ね、禰豆子?どうして…」

 

 予想外の言葉に戸惑う炭治郎に手短に私の考えを説明した。彼らの物語では禰豆子の爆血によって解毒が出来ていた事、上弦の陸が私の知る物語と同様の能力を持っている以上、試してみる価値があるという事を。

 私が一気に話し終えると、恐らく今の話声で目を覚ましたのであろう禰豆子が箱の中からカリカリと物音を立てて返してくれる。それだけで禰豆子が協力の意志を持ってくれている事を理解できた。

 

「禰豆子、もういいのか…?」

「む!」

 

 箱の戸を恐る恐る開きながら、ひょこりと顔を出した禰豆子に対して炭治郎が尋ねた。そりゃそうだろう、さっきまで派手に鬼化して大暴れしていたのだから。回復だってまだ途中の段階で、恐らくは飢餓に苛まれているだろう。

 しかし炭治郎の心配とは裏腹に、禰豆子は「もう大丈夫、任せて」とでもいう様に力強く頷いた。その瞳には強い意志が感じられる。出会ってからずっと、他の鬼に比べて情緒の発達が遅い傾向にあった禰豆子がそんな表情をしている事に、彼女がこの戦いの中で確かに成長している事を感じた。

 

「炭治郎、禰豆子、きっと大丈夫だよ。…お願い」

 

 私がそう呟くと、禰豆子は宇髄さんにぺとりと手を当て、血鬼術を放った。目の前で炎が燃えているにも関わらず、熱さを感じる事はなく周りの家屋に燃え移る事もない。不思議な炎は確かに宇髄さんの身体を巡る毒素だけを燃やしている様だった。炎が巻き起こす風で私たちの髪が軽く揺らめく。そして、みるみるうちに毒で爛れていた皮膚が元の色を取り戻していく。

 

「…おい、こりゃ一体どういう事だ?毒が消えた…?」

 

 私と炭治郎の歓喜の声で目を覚ましたらしい宇髄さんが自分の頬に手を当て、信じられないとでもいう様に呟いた。喜びと困惑がない交ぜになったような表情を浮かべている。

 

「禰豆子の血鬼術が毒を燃やして飛ばしたみたいです。ご無事でよかった…」

「肩口に受けた傷とかは治っているわけじゃないので、無理はしないでください」

 

 ほっとした表情を浮かべながら炭治郎と私が簡単に説明をすると、不可解ながらも納得した様子の宇髄さんは、ゆっくりと左手で禰豆子の頭を撫でた。

 

「…なるほどな。あれだけ鬼化が進んでいながら飢餓状態の中俺を助けたってのか。お前らには借りができたって事だ。…炭治郎、禰豆子、あの時は悪かった。お前らの事、派手に祭りの神が後ろ盾してやらあ」

 

 感謝の意を示されて、禰豆子は得意げだ。そして彼のこの言葉。つまりは炭治郎たちの事を認めるという事なのだろう。

 

 柱合裁判以来、禰豆子の処遇については依然として意見が割れたままだった。煉獄さんが炭治郎たちの味方になってくれたとはいえ、宇髄さんも含めて反対派が意見を曲げなかったのだ。そして煉獄さんの継子であるが故に炭治郎もこの事は把握していたし、認めてもらうまでに時間を要する事も仕方ないと割り切っていた。だからこそ、宇髄さんの言葉は炭治郎にとって胸に響いただろう。

 

「…っ、ありがとうございます!」

 

 薄っすらと涙を浮かべながら、炭治郎が宇髄さんに頭を下げた。堕姫と対峙した際に流していた血が少し混じって、赤っぽい涙になっている。

 完全な部外者ではないが、ここに割り込むのは野暮だろう、と少し場を離れ、戦線に再び戻ろうとした時、煉獄さんの叫び声が周囲にこだました。

 

「お前たち今すぐ逃げるんだ!!!!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「逃がすわけないんだよなあ…」

「それはこちらも同じ事!手負いの仲間を追いかけさせるわけがないというものだ!!」

 

 目の前の痩せた鬼は、宇髄たちを追う為に一歩踏み出そうとした。それを阻む様にして、俺も鬼目掛けて刀を振るう。鎌と日輪刀がぶつかり合い、耳障りな音を立てた。

 

「お前、良い男だなあ。仲間を窮地から救い出し、さぞもてはやされるんだろうなあ。育ちも良さそうだよなあ。使命を背負って戦う姿、綺麗だよなあ」

「何が言いたいのか皆目見当がつかん!!」

 

 明暗の情報によると、確かもう1体鬼が居るはずだ。早急に勝負をつけなければいけないが、宇髄でも手こずる相手だ。油断は禁物というもの。

 ギリギリと睨みつけてくる鬼が、鍔迫り合いながらも淡々と俺を褒めそやす。表情と会話の内容が全く持って噛み合っていない。それがあまりに不気味で、俺は思った事をそのままに叫んだ。

 

「見た所、あの鬼連れのガキはお前の本当の継子だよなあ。いいなあ、後輩には慕われ、同僚には頼られ、期待を一身に背負ってるんだなあああ。羨ましいよなああ!!」

 

血鬼術 飛び血鎌(とびちがま)

 

 妬みを込めた声音で鬼が叫ぶと同時に、血でできた薄い刃状の鎌が飛んで来た。遠距離攻撃もできるという訳か。なるほど、これはなかなかに厄介!

 

「強き者に生まれたが故に戦うのは当然の事!鬼にはわかるまい!」

「お前、見ていて虫唾が走るぜ。お前こそ、綺麗ごとを口にしながら本当の弱者の気持ちはわからないんだろうなあ」

 

 宇髄を庇いつつ走る竈門と明暗に被害が及ばぬ様に、攻撃は避けずに全て刀で受け流した。あの鬼が何を羨むのかが俺には理解できない。弱き者を守るという使命を背負い、戦うのは当然の事だ。母上の教えが頭をよぎる。

 しかしそれを叫ぶと鬼は憎々し気にこちらを睨みつけた。鬼が弱者を語るというのか。弱者を虐げているのは自分たちだというのに。

 

「紋逸!後ろだ!!」

 

 その言葉には返答する事なく幾度かの刀を交えた時、前方の屋根の上から嘴平の叫び声が聴こえた。そちらに目をやると珍しく猪頭を被っていない嘴平と我妻が帯を武器に戦う女の鬼と交戦しているのが見えた。

 嘴平の身体には、宇髄と同様の爛れが見受けられる。恐らくは彼も毒を受けているのだろう。そして我妻は片足を庇うようにして戦っており、2体1とはいえ明らかに苦戦を強いられている。

 そして今、我妻の後方から幾数本もの帯が攻撃を仕掛ける所だった。気づいていなかったのか、疲労故に身体が動かなかったのか、我妻は咄嗟に反応が出来ずにいる。嘴平も叫びはしたものの、このままでは間に合わないだろう。

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 頭で理解するよりも先に本能で身体が動いていた。一直線に彼らの元へと走り抜け、全ての帯を斬り伏せる。帯は全て再生したものの、この攻撃で我妻に危害が加えられるのは防ぐ事ができた。

 

「煉獄さん…!炭治郎が言っていた「やる事がある」って、こういう事だったのか…」

「無論!大事な弟子と後輩のためならなんだってする!」

 

 我妻の叫び声に俺が返した時、再び嘴平が叫んだ。

 

「おいギョロ目!来てやがるぞ!!」

 

 その言葉に反応して、宙返りの要領で高く飛び上がり背後に迫った鎌の攻撃をかわす。回転の最中、憎らしいと言いたげなその瞳と目が合った。俺に避けられた事で更に怒りを増した鬼は、妹であろうもう1体の鬼に指示を出した。

 

「ああもう、しゃらくせえよなあ!堕姫、戻れ!」

「うん!でもすぐに出るんだからね!」

 

 女はそう言うと同時に男の中へと吸収される様にして姿を消した。女の姿が完全に消えると、男の鬼はにやりと笑って血鬼術の構えを取る。

 俺には明暗の様な第六感は持ち得ないが、嫌な予感がした。これは長年鬼殺隊として戦ってきたからこそ培われた経験から来る、確かなものだと感じる。

 

「お前たち今すぐ逃げるんだ!!!!」

 

 この攻撃から後輩を守りつつ自らも無傷で居るのは不可能。そう判断した俺は、2人に向かって、そして後方へ退避した仲間たちにも聴こえるように可能な限り大声で叫んだ。刹那、今までの攻撃とはけた違いの威力であろう多量の血鎌が、旋回しながら周囲の家屋を巻き込み、爆ぜた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 何事かと路地裏から顔を出す間もなく、竜巻でも起こったのかと思わせるような抗いようのない突風とそれによって吹き飛ばされた家屋で視界は一気に阻まれた。思わず目を瞑り、次に目を開いた時には目の前の景色は一変して瓦礫の山になっていた。

 

 一瞬にしてこんなに風景が変わるなんて…。大方、吹き飛ばされた時に意識も少し失っていたのだろう。そしてあちこちぶつけていたらしく、身体中から先ほどまでは感じなかった痛みをズキズキと感じる。下手したら肋骨も折れているかもしれない。

 そう思って呼吸に集中して負傷した部位を見つけ出し、筋肉で押さえつける事で何とか固定する事に成功した。そして気付いた。案の定というべきか、やっぱり折れている。痛い。

 しかし、私が強運なのか、戦いの中心部から距離を取っていたのが功を奏したのか、幸いにも倒壊した建物の隙間に入り込む形で倒れていた。おかげで家屋に潰されて身動きが取れないといった事はなさそうだ。

 

 軽く周囲を見渡せば、炭治郎と禰豆子、宇髄さんも同様に傍で倒れているのが確認できた。宇髄さんは身体の大きさ故に少し脱出には骨が折れそうだが、それでも3人とも今の攻撃で致命的な傷を負う事は避けられたようだ。

 

 私たちは問題ない。でも、煉獄さんは?

 恐らく今の攻撃は妓夫太郎のもの。攻撃の中心部に居た彼は無事なのだろうか?善逸と伊之助も近くで堕姫と交戦していた。2人とも重傷を負っている。このまま寝そべってなんて居られない。

 そう思いながら重い身体を引きずるようにして瓦礫の隙間から抜け出した。折れた骨や負傷した身体の節々が痛み、上手く息が出来なくて思わずむせ込んだ。吐く息と同時に血が数滴、地面に落ちる。今までの戦いの中で無茶をし過ぎた身体が悲鳴をあげているのが聴こえてきそうだ。

 

「みっともねえなあ、無様だなあ。」

 

 地面に手をついて必死に呼吸を整えていると、目の前に影が落ちた。同時に妓夫太郎の声も降ってくる。顔をしかめながら見上げると、妓夫太郎が虫けらを見るような目で私を見下ろしていた。

 上から見下ろされるというのは、戦闘は勿論の事、大抵の場合は圧倒的に不利な体勢だ。私が起き上がって攻撃に移るまでの間に、妓夫太郎は難なくその鎌を私の頭に突き立てる事が出来るだろう。それをしないのはどういう了見なんだろうか。舐めているのか?

 

「おっと、動くな。お前には聞きたい事がある」

「っぐぁ…!」

 

 どちらにせよ攻撃されないならば後退して距離を取るのが定石だ。そう思って立ち上がろうとした時、利き手である右手を思いっきり踏み付けられた。痛みの余り思わず乙女らしからぬ呻き声が漏れる。瓦礫に腰かけながら堕姫がくすくすと笑っているのも腹だたしい。それが何だか悔しくて痛みを堪えながらも力の限り妓夫太郎を睨みつけると、意外そうな表情を浮かべた。

 

「何?あんたらに話す事なんかないんだけど」

「はっ、こんな惨めに這いつくばっているのに口だけは一丁前じゃねぇかあ」

 

 口では強気に出ているが、圧倒的に劣勢だ。この場で私1人が立ち向かったところですぐに殺されてしまうのがオチだ。諦める気など毛頭ないが、それでも仲間が目を覚ますまで少しでも時間を稼げないか、と会話を続ける事を試みる。しかし妓夫太郎は今までのおちゃらけた口調から一転、一気に核心に迫って来た。

 

「お前だろ?俺たちの事を元から知っていた奴は」

「!?なん、で…」

 

 予想外の質問に思わず動揺してしまった。暗に肯定してしまったのと同義だ。そして、それを察してにやりと笑う妓夫太郎を見て、己の不甲斐なさに思わず唇を噛みしめた。

 

「妹が聞いた話やお前と柱の会話を聞いている限り、俺たちの事を知っていたのは柱とお前だけで、他の下っ端のガキどもは知らなかったみたいだからなあ。つまりは俺たちの情報は、柱のみが知っている機密事項だ。それなのに下っ端のお前が知っているとなると、違和感がある」

「…」

「つまりはお前が情報提供者である可能性が高い、とそういう訳だ。違ったか?」

 

 大当たりだ。私たちの会話というのは、恐らく私が彼らと斬り合っている際に発した微々たる発言の事を指すのだろう。あの程度のやり取りでそこまで見抜くなんて…。

 優れた状況判断能力と処理能力、頭の回転の速さ。それこそが妓夫太郎を上弦たらしめる才能…だとかなんとかだっけか。薄っすらと原作を読んだ時の記憶が思い起こされた。

 

「まぁ、否定したところで俺の中ではお前が情報提供者で間違いないんだけどなあ」

「…じゃあ聞く意味ないじゃん」

 

 そう言って下卑た笑いをする妓夫太郎に、思わず私はぼそりと呟いた。しかし十分聴きとれたようで、妓夫太郎はぼりぼりと脇腹を掻きながら、まるで宥めるように私の言葉に返答を投げかけてくる。

 

「まあそう言うな。お前に利用価値があると思ったからわざわざこうして声かけてるんだ」

「は?」

「俺たちの事を知っていた、なんてのはどうでもいいんだよ。問題は何処で知ったか、どこまで知っているか、だ」

 

「“あの方”の事も知っているんだろう?」とその瞳が雄弁に語っている。嘘、ここまで見抜かれるとは流石に思わなかった。

 息を詰まらせる私に、更に妓夫太郎は続ける。まるで自らの思いついた素晴らしいアイデアを語る子供の様に。

 

「こう言っちゃなんだが、俺たちはそう簡単に尻尾を掴ませるような真似はしていねえ。俺の存在を知っている人間なんか皆殺してきたんだ。それなのに俺たちを知っている時点で、お前が何かしらの能力を持っていると見た」

 

 目を見たら全てバレてしまいそうな気がして、思わず目を逸らした。半分はずれで半分当たり、だ。能力なんてないが、彼らの先を知っているという意味では私は特別なものを持っていると言えなくもない。未来なんてとうに変わっているけれど。妓夫太郎は更に続ける。

 

「お前の能力、鬼殺隊についての情報はこちらにとっても有益な可能性が高い。“あの方”にもお前を連れて帰るよう指示を受けてるんだ。そういう訳だから、この後お前の事は帯に取り込ませて貰うからなあ。良かったじゃねぇか生き延びられて。お仲間も俺たちの腹の中で会えるさ」

 

「取り立ては得意なんだ。上手くいけば鬼にしてもらえるかもしれねえなあ」と楽し気に笑う妓夫太郎。対して私は予想外の展開に言葉が上手く紡げない。

 

 え、このままじゃ無限城に連れて行かれるの私?会わされるの?パワハラ上司と有名なアレに?嫌すぎるしマジでバッドエンドしか見えないじゃん無理。勿論仲間たちを殺させるわけにもいかない。

 言う事なんて聞くわけない。妓夫太郎に見えない様に俯いて踏み付けられていない左手の死角を作る。こっそりと懐に手を忍ばせ、探し物をしっかりと掴んだ。

 

「そう俯くなよ。人は嘆く時天を仰ぐんだぜ、涙が零れねえようにってな。おい堕姫、帯出せ。そろそろ行くぞ」

「ハイハイ…本当はそいつ連れて帰るの嫌なんだけど」

 

 演説に飽きたとでも言わんばかりの妓夫太郎が、堕姫に声をかけた。何も行動を起こさなければ、この後私は帯に取り込まれ、炭治郎たちは喰い殺されるのだろう。

 絶対させるもんか。こちとら死亡フラグ乱立の世界にトリップしてからずっと、意地でも皆と生き抜くって決めてるんだ。

 左手に持った麻袋の中に入っている藤の花の粉末を妓夫太郎に投げつけようとして…その手はあっさりと掴まれてしまった。少量漏れ出た粉に軽く咳込みながらも、魂胆なんてお見通しだと言いたげな薄い唇がにい、と吊り上がる。

 

「ちょっとお兄ちゃん!その毒袋なんとかしてよ!漏れてるってば!」

「悪いな堕姫。…なかなかにキツい毒だなあ。この程度じゃてんで効かねえが、少し鼻が痛ぇじゃねえかあ。まあ、鼬の最後っ屁もこの様だが、なあ?」

 

 “少し痛い”程度に五感が麻痺したのならそれで十分。私たちにまだ勝ち目はある。

 

「そうやって勝ちを確信してべらべら喋るのって、私の世界では“フラグ”って言うんだよ。いい勉強になったね」

 

ヒノカミ神楽 円舞(えんぶ)

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速(へきれきいっせん・しんそく)

獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み(らんぐいがみ)

 

 ニヤリと挑発的に私が下から嗤って見せたのと、炭治郎、善逸、伊之助の己を鼓舞するような叫び声が聴こえたのは全くの同時だった。

 

「なっ…!?」

 

 第六感の力で炭治郎たちの意識が戻っていた事は妓夫太郎たちよりも先に気付く事が出来た。後は会話を長引かせて彼らが気配を殺しながら近づく時間を稼ぎ、藤の毒を手にする事で意識をそちらに向けさせて攻撃の隙を作り出した。あわよくば毒を浴びて麻痺してくれればと思ったけど、そこまで上手くはいかなかったな。でも嗅覚を鈍らせる事で気づかれずに攻撃を確実に行えたんだから、十分だ。

 炭治郎の炎を纏った刃が妓夫太郎の、善逸の人間離れした速度の刃と伊之助の双剣が堕姫の頸に食い込んだ。右手を踏み付ける足を払いのけ、痛むのを堪えながら私も抜刀する。

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼(あんせんしょうき)

 

 痛みと疲労で右手では刀を持つ事が出来ず、左手で右手ごと抱え込むようにして刀を握る。そして炭治郎とは反対方向から妓夫太郎の頸に刃をぶつけた。思った以上に硬い。これが私たちに与えられた最後のチャンスだ。これを逃せば、恐らく勝機はない。そんな気がするんだ。

 

「っんのガキどもが!!!」

 

 頸を斬る事に全力を尽くす私たちは完全に防御を捨てている。そこ目掛けて妓夫太郎と堕姫が攻撃を放つのがわかった。わかっていても避けられない、避けたらもうこんなチャンスは巡って来ない!!

 

「目を見張る成長ぶりだ!!正直驚いている!!」

「勝てるぜ!!お前ら派手にやれやぁ!!」

 

 死力を尽くして抵抗する妓夫太郎と堕姫の無数の攻撃は、私たちに届く事なく砕け散った。煉獄さんが堕姫の帯を、宇髄さんが妓夫太郎を腕ごと斬り落としたためである。

 やはり攻撃の際に妓夫太郎に最も近かったであろう煉獄さんは身体中に無数の傷を負っており、毒が身体中に浸食している。彼の傷の深さや、善逸や伊之助がそれらしき怪我を負っていない所を考えると、もしかしたら2人を庇ってくれたのかもしれない。宇髄さんは毒が消えたために先ほどとは段違いに顔色が良いが、それでも傷が深いようで戦闘初期の様な元気は残っていない。正真正銘、ラストチャンスだ。

 

 堕姫の頸はもうすぐ完全に切断されそうだ。一方で、私たちはまだ頸を半分も斬れていない。今全力を尽くさねばいつ尽くすというんだ。今だけは、痛みも全部忘れて刀を振るう事だけに集中しろ!!

 

「ガ、アアアア!!!」

 

 私と同様の事を考えていたのだろう。炭治郎の手により力が篭った。そして額の傷が真っ赤に燃え上がる。ああ、痣の発現だ…なんて、一瞬考えてしまった。

 痣者は25まで生きられない。でも、痣が無ければ恐らくは戦いの中で死んでしまう。できるなら、炭治郎にそんな思いをして欲しくはなかった。私はどうしたら良かったんだろうか。

 負けじと刀を握りしめて呼吸を駆使し、八つ当たりでもするかの様に刀を振るった。

 

「「「「アアアアアアア!!!!!!」」」」

 

 そして私たちの叫び声がピークに達した時、2つの頸は地面に落ちた。驚きに満ちた表情で2つの頸が目を合わせる。

 

 それは今までの激しい戦闘とは対照的に、あっけない静かな終わりだった。真夜中の静寂が静かな風と共に私たちを包み込んだ。

 

「勝った…?」

 

 炭治郎のぽつりと漏らした声を拾った宇髄さんの奥さんたちが歓声をあげながら一斉に走り寄って来て、宇髄さんに縋り泣き始めた。それが移ったかのように善逸も泣き初め、伊之助が力を使い切ったと言わんばかりに倒れ込むのを煉獄さんが支える。炭治郎と私はあまりにもあっけない、だけど確かな勝利に呆然と立ち尽くしていた。

 

「!?お前ら逃げろーーーー!!!!」

 

 いち早く事態に気付いた宇髄さんの叫び声がこだました。鼬の最後っ屁という意味では妓夫太郎の方が何十倍も上手だったらしい。妓夫太郎が最後の力を振り絞って再生させた腕から、先程の家屋を倒壊させた時とは比べ物にならないくらいの威力の血鎌の渦が巻き起こった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「**!…**!!」

 

 名前を呼ばれて目が覚めた。目の前には炭治郎と禰豆子。寝起きで綺麗な顔を拝む事が出来て大変幸せです。…じゃなくて、

 

「炭治郎!!どうなってるのこれ!?」

 

 仰向けから飛び起きて辺りを確認する。伊之助と善逸、煉獄さん、宇髄さんと奥さんたち…皆吹き飛ばされたせいで離れた場所に飛ばされてはいるが、5体満足で無事のようだ。安心してホッと胸を撫で下ろした。

 

「妓夫太郎の攻撃で皆吹き飛ばされたんだ。その際に俺たちも毒を受けたらしいんだが、禰豆子が治療してくれた。伊之助たちも何とか間に合ったよ」

 

 炭治郎の言葉にえっへんと言わんばかりに胸を張る禰豆子。今も子どもの姿のままでいるのは、恐らく力の消耗を抑える為だろう。強い飢餓状態の中で、私たち全員を救ってくれたのか。禰豆子が居なかったら皆毒殺エンドだったわ。禰豆子パイセンマジMVP。

 御礼を言いながら禰豆子の頭を撫でていると、宇髄さんと煉獄さんがこちらに歩み寄って来た。宇髄さんは美女をしっかりと3人侍らせている。なんともまあ羨ましい。

 

「よもやよもや。君たち無くして勝つ事はできなかっただろう。助けに来たのに俺の方が助けられてしまった!!」

「いえ、煉獄さんが来てくれなかったら本当に私たちは死んでいましたよ。少なくとも宇髄さんの腕はチョンパでした」

 

 面目なさそうに頬を掻く煉獄さん。煉獄さんが居なければ本当に勝てなかったと思うんだけどな。でも、それを素直に伝えても煉獄さんは受け取ってくれないだろうと思い、宇髄さんをネタに使ってフォローしておいた。宇髄さんはそれを汲み取った様で、軽く頭を叩いた後にわしわしと撫でてくる。頭の傷にちょっと響きます。

 

「うるせーよ。後は隠に任せようぜ。…派手に壊れちまったが、知ーらね。お前らあんまり動くんじゃねぇぞ。重症なんだから」

 

 そう言って遠くから走ってくる隠の皆さんを指差す宇髄さん。しかし、炭治郎はそれに軽く頸を振ってから答えた。

 

「俺は鬼の頸を探します。確認するまではまだ安心できない」

「待って炭治郎。私も行く」

 

 鬼の頸はまだ残っているはずだ。何となくだけど、当たっていると思う。

 

 炭治郎と共に禰豆子に背負ってもらい、匂いと勘を頼りに頸を探す。歩けなくもないのだが、気を使って片腕で私たちをそれぞれ抱えてくれる禰豆子。感謝感謝だ。

 

「禰豆子向こうだ!鬼の血の匂いがする!」

 

 炭治郎の言葉に禰豆子がくるりと方向を変えた。その先には大きな血だまりが見える。

 

「血だまり…か?」

「禰豆子、降ろしてもらっていい?私は先に行ってるよ。炭治郎、あの血を採取したいんでしょ?珠世さんのために」

「なんで知って!?…そうか、それも知られていたのか。…すまない」

 

 珠世さんの話をした事がなかった炭治郎が一瞬ぎょっとしたが、すぐに知っていた理由を理解すると申し訳なさそうにしながら地だまりの方へと向かって行った。それをひらひらと手を振って見送った後、私も目的地を探して歩みを進める事にする。

 さて、頸を探さないと。視界は心なしかぼやけているし足元もおぼつかないが、それでも懸命に勘を働かせて鬼の気配を探る。頼んでいた通り、まきをさんたちが吉原の住民を全員逃がしてくれたらしい。一帯に人の気配は全くなく、存外頸は簡単に見つかった。

 

「なんで助けてくれなかったの!?」

「俺は柱を相手にしていたんだぞ!」

「だから何よ!なんでトドメを差しとかなかったのよ!!」

「うるせぇんだよ!お前だって仮にも上弦だって名乗るならなぁ、柱でもねぇ下っ端程度に頸斬られてんじゃねぇよ1人で倒せ馬鹿!!」

 

 瓦礫の小さな山を乗り越えると、そこに2つの頸は転がっていた。いや、まだ2匹とも意識はあるようで、転がっているという表現はおかしいかもしれない。互いを罵り合っている2匹は私が来た事には気づいていないらしく、私が傍にしゃがみ込んでも目を向ける事もない。

 元来負けず嫌いなのだろう。妓夫太郎の言葉に悔しさに顔を歪めた堕姫は涙を両目に溜めながら歯を食いしばっている。身体があれば身を震わせていたのかもしれないが、頸はとうに切り離されておりそれも叶う事はない。

 これが勘なのか、原作知識なのかはわからない。でも私には、カッとなった彼女が次に叫ぼうとする言葉がわかってしまった。

 駄目だよ、それだけは言っちゃ。堕姫…いや、

 

「なによ!!アンタみたいに醜い奴がアタシの兄妹なわけな「お願いだから、思ってもいない事を言わないで、梅」

 

 考えるよりも先に言葉が口をついて出た。ぼろぼろと崩れ行く2つの顔がぎろりとこちらを睨みつける。しかし一方はハッとしたような、思い出したような驚いたような、そんな表情を浮かべている。

 

「!!…てめぇ、なんでその名を、…」

「何よあんた!アタシの事を裏切っておいて!!偉そうに指図するんじゃないわよ!!」

 

 そうだ。お互い様ではあるが、私たちはお互いを裏切り合った。もしかしたら私だって彼女と同罪なのかもしれない。本当はその話もしたいけれど、でも、崩れ行く彼らには時間はない。今はそれよりも伝えたい言葉がある。だから私はその言葉には敢えて返事をせずに続けた。

 

「本当は、大好きなお兄ちゃんなんじゃないの?」

「はぁ!?」

「妓夫太郎だって、梅だって、そこらの鬼なんか比べ物にならないくらいに強い。2人別々に生きていく事だって十分できたはず。それなのに、人間だった頃の記憶を失っても一緒に居続けた」

 

 私の言葉を聞いた兄妹は、上手く言葉が見つからないようで黙っている。それをいい事に、私は静かに言葉を紡ぐ。

 

「どんな理由があったって、あんたたちのした事は許されない事だから、誰も味方になってくれない。きっと死んだ後は地獄に行く事になる。寂しく罪を償い続けることになる。でも、あんたたちは望めばずっと一緒に居られるから、だから…せめてお互いだけは仲の良い兄妹で居てよ」

 

 親も弟妹も二度と会う事はできない私と違って、という言葉は飲み込んだ。あの世は異世界も繋がっているのだろうか。いや、きっとそんな事ないだろう。

 いつの間にか炭治郎と禰豆子も傍に来ていた。静かにしゃがみ込んで2匹の鬼を見つめる彼らも、恐らくは私と同じ気持ちなのだと思う。

 

「うっ…うわぁぁぁん!!うるさいんだよォ!!アタシたちに説教すんじゃないわよ!悔しいようお兄ちゃん!何とかしてよォ!!!」

 

 死にたくないと叫びながら梅が一足先に灰と化した。妹の死を目の当たりにして絶望の表情を浮かべていた妓夫太郎もそのままぼろぼろと消えて行ってしまった。後には真っ白な灰の山だけが残る…。

 炭治郎が灰の山をそっと手に取った。禰豆子がそれに手を添える。兄と妹、立場は違えど境遇は近いこの2人は、彼らをどう思ったのだろう。何かが間違っていたら同じ運命を辿っていたかもしれない兄の姿を、炭治郎はどんな気持ちで見送ったのだろう。

 

 見た事あるような場所で、見た事あるような言葉で互いを罵る妓夫太郎と梅を見て、私は少し彼らの境遇を思い出していた。吉原の最下層の小屋で生まれ、理不尽な扱いを受けた2人。

 禍福は糾える縄の如し、なんて嘘だ。彼らに対する現実は何処までも容赦がなくて、横暴だった。そんな環境で、苦しい目に遭いつつも互いを想いあっていた兄妹。鬼になっても、記憶を失っても共に居る事を選んだ兄妹。

 

「炭治郎」

「ん?」

 

 ハラハラと風に散っていった鬼だったものを眺める炭治郎に私は呟いた。どうしようもないこの思いを聞いてほしかった。

 

「私たちも、同じじゃないのかな」

「?…どういう事だ?」

 

 不思議そうに言葉の意味を問う炭治郎。でもきっと、彼なら気づいているはずだ。

 

「人を好き放題に食い荒らして誇らしげにしている鬼は、殺さなきゃいけない。仲間を、人々を守るために」

「そうだな」

「でも、好きで鬼になった奴なんてほとんど居ない。きっと彼らにはそれぞれに事情があったと思うんだ。禰豆子の様にある時急に鬼にされた人や、もしかしたら人間だった頃の方が辛かった人も居るかもしれない」

「…うん」

 

 今まで出会った鬼を思い出したのだろう。炭治郎の表情が僅かに曇る。人として生きていた頃と鬼になってから、彼らはどちらが苦しかっただろうか。そんな事を薄っすらと考えた。

 

「それに鬼だって、生きるためには人間を食べないといけない。私たちが家畜を殺すのと同じように。そんな彼らを、…ましてや元は人間だった彼らを、自分たちの都合のために騙して殺す私たちは、鬼と同じなんじゃないのかな。もしもそうだとしたら、きっと私たちも天国なんかには行けない」

 

 梅だって、初めは私に対して友好的に接してくれていた。彼女が鬼じゃなかったら、私が鬼殺隊士じゃなかったら、友達になれたかもしれない。でも私は鬼を殺すという名目の元に彼女を騙し、そして殺した。

 鬼という生き物は簡単に嘘をつき人を殺す。私と鬼は何が違うのか。そこに正義はあれど、やっている事は鬼と一緒だ。相手が鬼だからといってその罪が消えるわけがない。正義なんて、見方を変えればただのエゴでしかない。

 私が彼らに対して言った事は、そのまま自分にも返ってくるのではないだろうか?もしもあの世が存在するのなら、きっと私たちは地獄に落ちて寂しく罪を償い続ける事になる。私たちのしている事は、正義の名を語った罪なのだから。

 炭治郎は黙って私の話を聞いていたが、少し考えるような間をあけ、こちらをまっすぐに見据えると静かに言った。

 

「確かに同じかもしれない。俺たちも鬼とそう変わらないのかもしれない。…でも、もしも俺たちがやっている事が許されない事だとしても、それで悲しむ人が居なくなるなら、禰豆子が人間に戻れるなら、俺は自分が許されなくてもいいと思うよ」

 

 炭治郎の言葉を噛み締めるように脳内で反芻させた。人は誰だって許されたいものだと思う。それを要らないと言う彼の目には、決意の色が見て取れる。

 

「それに、**や善逸や伊之助が居るなら、地獄に行くのも悪くない。母さんたちには申し訳ないけれど」

「…炭治郎らしいね。確かにそれもいいかもしれない」

 

 悪巧みをする子どもの様に2人で少し笑う。身体が痛むのを堪えて立ち上がり、高く昇った月を見上げた。

 

「仲直りできたかな?」

 

 私の言葉を聞いた炭治郎と禰豆子は、互いに顔を見合わせると真剣に頷いてくれた。その動作と表情が全く同じで、ああ兄妹だな、と思わず笑みが零れた。

 

「梅。お互いに罪を償って、生まれ変わったら…。その先では、友達になってよ」

 

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