夢と獪岳
夢を見た。
夢の中の私は元の世界の自宅に居て、お酒を飲みながらのんびりと漫画を読み返していた。鬼滅の刃の凄いところは、伏線がほとんどなくて純粋に登場人物の心情のみで読者の心に訴えかけてくるところだと思う。何度も読み返してはその度に悲しみ、憤り、勇気づけられた。
ただ、そういったタイプの漫画に出会いと別れはつきもので。登場人物の凄惨な過去や、戦いの中で起きる別れに、幾度となく胸が痛んだ。
何故彼らはこんな辛い思いをしなければならないのだろう。何故平穏な幸せを享受する事が出来ないのだろう。誰かがやらなければいけない事だけれど。自ら進んで戦いに身を投じる彼らの歩む道の先には破滅しかない。
私は皆に幸せになってほしいのにな。本当は、鬼にだって幸せになってほしい。そんな都合のいい話、ある訳ないんだけれど。あったら何百年も戦っていないだろう。
だからせめて、私の周りの大切な人たちだけでも。
…私の周りの?
彼らはただのキャラクター、架空の人物だ。いや、でも彼らは私の友達で。
私の頭の中の炭治郎が、善逸が、伊之助が、禰豆子が、大切な皆が、空想上の人物と現実の人物の狭間でぐるぐると回る。
何処までが現実なんだっけか。
◇◇◇
…なんだかいい匂いがする。甘い洋菓子の匂い、なんだろう?いいなあ~お腹空いたなあ。PCとかスマホを触りながら食べるお菓子って背徳的で、たまんないよねぇ。
そんな事を考えながら、ぼんやりと意識が浮上してくるのを感じた。どうやら私は眠っていたらしい。そのまま目を開くと、視界いっぱいに広がったのは真っ白の天井。
…ん~?私何していたんだっけか??
「**!!起きたのか!!よかった、ホントによかったよぉ!!」
「**さん!?目が覚めたんですか!」
寝起きには少々厳しい高音ボイス。眠っていたからかガチガチに凝り固まった首を頑張って右に向けると、ベッドから身を乗り出している善逸が視界に入った。
その両脇には炭治郎と伊之助も眠っている。彼らに繋がれている点滴が痛々しい。栄養剤でも投与していたのだろうか、伊之助のベッドの傍で作業をしていたアオイちゃんも善逸の叫び声につられて私の方を向き、驚きで目を見開いた。
起き抜けに名指しで叫ばれハテナマークを飛ばしていると、善逸は腕の力だけで傍の車いすに器用に乗り込み、炭治郎のベッドを避けながらギュン、と効果音でも付きそうなくらいの速度で私のベッドの傍らまで近づいてきた。ああ、そういえばこの子両足骨折してたもんな…なんてぼんやり考えていると、そのままがっちり覆い被さられるようにして抱きしめられた。
え?え?これなんて幸せ?ていうか少し苦しい。私も一応怪我人。
少し遅れて走って来たアオイちゃんが止めてくれるかと思いきや、彼女も同様に私に抱きついて泣きだした。重さも倍どんされて流石に息ができない。ワンワンと泣き続ける2人に、騒ぎを聴きつけてやって来たカナヲやなほちゃんたちも同様に大泣きしながらダイブしてきた。泣き声の大合唱。私1人完全に状況が掴めずにテンションは置いてけぼりだ。
「まぁまぁ、皆少し落ち着きなさい。**さん、無事で本当によかったわ」
最期に入って来たしのぶさんの声に、暫くすると皆少し落ち着きを取り戻して私から離れた。もう少し遅かったら真剣に窒息死していたかもしれない。善逸が離れた際にびろんと鼻水が伸び、すみちゃんが慌ててちり紙で拭った。鼻水の先は私の枕。数cm、ギリセーフだ。
「おはようございます…?あの、私何日くらい寝てました?」
軽く挨拶をした後、ものすごく声が出しにくい事に気付き、意識を失っていたのは1、2日程度じゃないなと察した。そしておはようとは言ったものの、外は夕焼け色に染まっておりあまり適した挨拶ではないようだ。一体あれからどれだけの時間が経っているのだろうか。
状況が理解できてくるにつれて、混乱していた頭も徐々に整理がついてきた。そうだ、今の私は鬼滅の刃の世界の住人だ。元の世界の夢なんか見るから、頭の中が殊更ややこしい事になっていたんだよ、もう。
確か、妓夫太郎と堕姫の死を見送った後、私と炭治郎、禰豆子は伊之助と善逸の無事を改めて確認しに行った。2人とも全身傷だらけの血塗れ、その上善逸は両足バッキバキに骨折していたし、伊之助は毒のせいで呼吸による止血が遅れたらしく虫の息だったけど…、それでも奇跡的に全員が五体満足で無事だった。
それで、宇髄さんや煉獄さんに温かい目で見られながら互いの無事をオンオンと抱き合って泣いて喜んで、仲間が生きていた事と推しをまとめてハグできる幸福に包まれたあたりで…記憶が無くなっている。恐らくは限界を迎えて気絶したんだろう。
「1週間程ですね。命に別状はありませんでしたが、ずっと意識が戻らなかったので少しひやひやしました。…アオイの代わりに潜入してくれたのよね。ありがとう」
しのぶさんが私の質問に対して答えてくれた。予想の範疇だったとはいえ、1週間か…。まあよく寝たものである。流石の私も驚きだ。
「ひぐっ…本当に良かったです…!」
彼女の言葉に続き、アオイちゃんが涙をぼろぼろと流しながらそう言った。自分のせいで何かあったらどうしようと、気が気じゃなかったのだろう。確かに、今回の戦いで死ぬかと思ったのは1回や2回ではないけれど。でもこうして生きて帰って来れたし、アオイちゃんを守れたんだからそれだけでも頑張った甲斐があるというものだと思う。
「炭治郎と伊之助は?」
きよちゃんから一口お水を貰い、もう1つの疑問を口にした。すると、皆の表情が再び曇り、カナヲが重々しく口を開いた。
「…まだ、意識が戻ってないの。炭治郎は命に別状はないし、伊之助も昨日なんとか峠を越えたんだけど…」
「峠?」
峠を越えたという事は、裏を返せば昨日まで危なかったという事だろうか。カナヲの後を継いで、アオイちゃんが私の質問に答えた。喋りながら再び両目に涙が溜まっていく。
「はい…。伊之助さん、解毒までに時間がかかって既に毒が身体中を巡っていたのと、それによって呼吸を使った止血が遅れたみたいで…。たまたま彼が毒の効き辛い体質じゃなければ、どうなっていたか…」
「…ともかく峠を越えたって事は、今は安定しているって事だよね?本当に良かった…」
今更あてにはならないけど、吉原遊郭編から刀鍛冶の里編までは期間が開いていた気がするし、もしかしたら原作でも炭治郎たちはそれくらい眠っていたのかもしれないな。あまり信頼するのもよくないけど、もしもこの展開が原作通りに進行しているならば、多少は安心してもいいのかもしれない。ともかく後は目覚めるのを待つだけという事か。
善逸越しに炭治郎と伊之助を見ると、2人ともかなり痩せ細ってしまっているのがわかった。ずっと眠り続けてたらそれもそうか。というか、私もなんだろうな。あまり不健康的なダイエットはしたくないものだ。
そういえば、お腹が空いたな。なんかすごくいい匂いしてた気がするんだけど…。
長期間眠っていた直後だから重湯しか食べられないだろうけど、起きるきっかけになった謎の香りの元を探して軽く辺りを見渡す。すぐに覚えのない白い包みがサイドテーブルに置かれているのに気づいた。私だけでなく炭治郎たちのベッドの脇にも同じものが置かれている。善逸だけが置かれていないのは、もう食べた後だからかもしれない。
私の視線の先にあるものに気付いた善逸が、私が口を開くよりも先に疑問に答えてくれた。
「後藤さんが一昨日来てさ、カステラ置いてってくれたんだよ。洋菓子好きの**や、鼻の利く炭治郎、食い意地が張ってる伊之助が目覚めるには丁度良いだろって。俺はもう食べたけど超高級な味してた…」
なんと、後藤さんが?
柱合裁判で出会って以来顔見知りになった彼とは、時折任務で出会った際に立ち話したりするようになり、すぐに打ち解けた。食べ歩きが趣味らしく、美味しいご飯屋さんを教えて貰ったり、炭治郎たちと共に洋菓子の試作品を味見して貰ったりしている。元の世界の食事が恋しくて洋食や洋菓子を作ってばかりいたから、彼の中ではそう言ったイメージが出来ているのだろう。
それにしても本当にいい人だな…。鬼殺隊に所属しているから金銭に困らないのはわかるけど、カステラって高級菓子だよ?ただの後輩である私たちにここまでしてくれるなんて…何故彼はモテないのだろうか。御礼しなきゃな~。
「私も食べたい…」
「駄目よ。貴女はさっき数日ぶりに目覚めたばかりなんだから。胃腸にも負担がかかるし、第一身体中の傷も治っていないでしょう?」
駄目元で呟いてみたけど、案の定主治医のしのぶさんに一刀両断されてしまった。悲しい。でもそうだよね~…。私も骨折してたし、頭からぱっくり血を流してたし、呼吸使いまくってかなり身体を酷使したからな~当分は寝たきりになりそう…あれ?
「…ん?あれ?」
「どうしたん?」
私のあげた声に、善逸が疑問を投げかける。
カステラを食べたいと言った私を見て空腹だと思ったのだろう。カナヲやアオイちゃんたちは、私の重湯を作る為に部屋を出て行った。善逸とは反対隣に腰を掛けたしのぶさんが身体の具合を確認するために脈を取ってくれている。それに身を任せながら、私も身体は動かさずに呼吸による血の巡りを通して、負傷した箇所を軽く点検して気づいた。なんか予想の数十倍くらい身体に異常がない。
「私、完治してるかも。呼吸使って大分無理してたし、骨折してたし、もっと身体中痛いのを予想してたんだけどな。全然痛くないわ。寝たきりで身体バキバキなだけ」
「…」
私の言葉に善逸は黙り込んだ。そして腕組みをして考え込むような仕草をした後、きっちり5秒後に目をむいて叫んだ。
「ハアアアアアアアアア!?!?!?」
あ、今ので鼓膜破れたかも。キーンと頭に響く。こうなる事も予想していたのか、しのぶさんはきっちりと耳を抑えて微笑んでいる。これ、蝶屋敷中に響いたんじゃないかな。むしろ、これでもなお眠り続けている炭治郎と伊之助が本当に心配になってくる。
「善逸くん、声を控えて下さいな。身体が完治しているのは、戦いの中で呼吸に熟達してきた成果かしらね」
「そうなんですか…呼吸って凄いですねぇ…」
とはいえ私が1番驚いているわけで。しのぶさんの説明に、謎に他人事のような口調で返事してしまった。やべえ奴を見る様な善逸の視線がなかなかに痛い。
「着実に柱に近づいているわね」
「ハハ…健康第一ですからねぇ」
自分で言っておいてアレだけど、的外れもいい所だろこの返答。半笑いしていると、ぐう、とお腹が鳴った。恥ずかしい。
◇◇◇
私が目を覚ましてから1カ月が過ぎた。完治していたとはいえ休暇を兼ねて念のため暫くの安静を言い渡されていた事もあり、最近になってようやっと機能回復訓練を行えるようになった。別にもっと早くても大丈夫だったんだけどね。しのぶさんなりの心遣いのようで、それならば、とありがたく休ませてもらった。その為、丁度先日完治したばかりの善逸と共に訓練を受けている。
善逸さぁ…あんだけ私の事化け物扱いしてた癖に、自分も治癒力が上がってるんだよね。両足骨折1カ月せずに完治ですよ?その分任務に行く日が早まるって騒いでいたけど、華麗にスルーしておいた。
炭治郎と伊之助はまだ目を覚まさない。多分2人とも、もう数日くらいしたら目を覚ますと思うんだけどね…勘だけど。
あまりにも長期間眠っているので、先日彼らは個室へと移された。私たちが今まで療養に使っていた部屋は短期的な治療を行う隊士専用の病室だったから。私と善逸も一般隊士の宿泊棟に移ることもあり、確かに病室を移すタイミングとしては丁度良かったのかもしれない。
勿論1カ月の間に何もなかったわけじゃない。任務の合間に立ち寄った後藤さんや村田さんがお見舞いに来てくれたり(なぜか善逸は村田さんに敵意剥き出しだったけど)、カナヲとアオイちゃんが私の教えた手作りお菓子を作って持って来てくれたり。
少し驚いたが、宇髄さんや煉獄さんも来てくれた。柱として不適切な行いを重ねたと、宇髄さんがしのぶさんに叱られていたのはなかなかにレアな光景だったと思う。
そして、宇髄さんに勧誘されて、善逸が宇髄さんの正式な継子になる事になった。これまた予想外だ。私の知らない間に、一体何があったというのだろうか。ともかく強くなれるならそれに越した事ないもんね。雷と音は呼吸としても近しいし、確実に善逸の力になるだろう。
私も継子にならないかと誘われたけれど、丁重に断った。炭治郎と煉獄さんを見ていて思ったが、やはり柱1人に対して継子は1人でもかなりの負担になるみたいだから。宇髄さんの本来の目的は善逸だろうし、私が加わる事で彼らの負担になるのもお互いに良くないだろう。ただ、煉獄さん同様に稽古を時折見てくれるとの事だったので、それはありがたくお願いする事にした。
色んな人が会いに来てくれたし、そうじゃない時も善逸や私の数日後に目を覚ました禰豆子とお喋りしたりしていたのであまり退屈はしなかったが、基本的にはベッドに横たわってばかりの生活だったので、考え事をする時間は沢山あった。
今後私にできる事は何だろうか?
私の記憶が正しければ、そして物語が今後も順当に進むとするならば、次は刀鍛冶の里で上弦の肆と伍の鬼が相手になる事だろう。そしてその後は柱稽古を経て、あっという間に無限城での戦いが始まる。全てが終わるまでの期間はもう1年も残されていない。
そして、その戦いの中でしのぶさんを始め、多くの人が亡くなる。主人公である炭治郎だって、無事では済まない。どうすればこれを回避できるだろうか。
煉獄さんも生きているし、宇髄さんも五体満足で生還している。千寿郎くんだって殆どの型をマスターして、もう少しすれば鬼狩りを始めるらしい。こんなにも早く覚える事が出来たのはやっぱり炎の呼吸という下地があったからで、諦めずに剣を振り続けて良かったと手紙に書いてあった。
確実に現在は良い流れで進行している。しかし、油断してはいけない。私は転生特典も異能もない一般隊士なわけで、だからこそ戦いで勝算を高めるための策を考えなければいけないと思っている。
「でも、何から始めればいいのやらなぁ…」
考え込んではみたものの、1ヵ月経っても策なんて思いつかず、私は機能回復訓練の後に1人蝶屋敷の屋根の上で寝そべっていた。お行儀が悪いってアオイちゃんによく怒られるけど、私にとってはこれが考え事と心のリフレッシュに丁度良いのだ。どうか見逃して欲しいと思う。
数日前から始まった機能回復訓練も順調で、このままいけば半月で任務復帰は可能らしい。でも実際に任務に復帰するのはまだ先になりそうだ。だから考える時間も鍛錬の時間も、まだたっぷりある。
というのも、私の刀を作ってくれている珠守さん、1本当たりの刀を打つのにかなり時間がかかる凝り性な人で有名らしい。初めて私の刀を作ってくれた時は、久しぶりの闇の呼吸を使う隊士という事で張り切っており、文字通り不眠不休で仕上げたのだとか。その後過労で生死の境を彷徨ったと言われ、そうなるとこちらとしても頼むからいつものペースで作って下さいってなる訳。
だから妓夫太郎との戦いで折られた刀のまま戦いに行くわけにもいかず、手紙で送られてきた経過によると後2カ月はかかるという。だから、物語通りに刀鍛冶の里編が始まるのなら、恐らく私は炭治郎と共に里に行く事になるだろう。
勿論御館様には刀鍛冶の里が襲撃される可能性も報告してある。しかし、里が鬼殺隊にとって貴重な要素である一方で、里に戦力を集中させるとかえって手薄になる箇所への襲撃が懸念される事、既に物語が変化しており確定された未来ではない事から、総動員で撃退するのは難しいらしい。
それでも上弦の鬼2匹を滅する事のできる貴重な機会だからこそ、鬼が出現する可能性の高いタイミングを見計らって里の住民を目立たない様に少しずつ逃がし、加えて柱をはじめとする隊士を派遣してくれるとの事だった。
ちなみに、言うまでもないだろうけど、鋼鐵塚さんからは炭治郎宛てに呪いの如き手紙が送られてきた。目を覚ました後の彼を思ってなほちゃんたちと共にそっと手を合わせたのは記憶に新しい。
「炭治郎が刀鍛冶の里で修行に使う(予定の)からくりを使う訳にもいかないしなぁ~…」
炭治郎と共に里へ行く理由もある。柱たちも来てくれる。里の人たちを可能な限り目立たず安全に逃がす策も御館様が考えてくれている。となると、私が今できる事と言えば、自分の修練を積む事だけなのだ。だがしかし、今までの修行以上に能力を向上させる策となるとなかなか思いつかないもので。
炭治郎は原作通りに誘導すれば刀鍛冶の里で飛躍的な能力向上が見込める予定だけど、私はどうしようってなってる訳だ。自分の力量不足で出オチ死亡フラグ回収なんてしてたら目も当てられない。
それに、
「絶対目を付けられたよね…鬼舞辻無惨…」
1人ごちた後に嫌悪感で少し身震いした。鬼舞辻無惨が私の持つ情報を欲しがっている。鬼殺隊の情報なんて漏らす気はさらさらないけど、私1人で倒せるような相手じゃない。つまり、1人で攫われてしまえばジ・エンドだ。
鳴女の力もそこまで万能じゃなかった気がするし、そうそう見つかる事はないと思うけど…夜にぬっと出てきたらどうしようって正直最近はちょっとビビってた。
まあ、もしそうなったら第六感が働くだろうし、実際今のとこはそんな気配一切ないからあまり気にしない様にしてるんだけどさ。ともかく目はつけられているわけで、猗窩座にも目を付けられているし、物語が進むにつれて私の死亡率はどんどん上がっている。うっかり挑発しちゃっているし、自業自得なんだけど。
唯一入院中に思いついた案は、どれも炭治郎の協力がないと実行できない事ばかりだし、結局今の私にできる事は修行くらい。あとは対無惨戦に備えた対策。しかしこれがなかなか思いつかない。私にできる事かぁ~…第六感磨くのは修行で既にやってるし、呼吸の才能は幸いあるみたいだけど、新しい技を考えるとか…?それとも他の呼吸も習得するとか?う~ん…。
そんな事を考えていると、足元…屋根の下で言い争ってるような声が聴こえてきた。私の寝そべっている屋根がある建物の傍には訓練場があり、居合の稽古だとか走り込みが出来るようになっている。イメージするなら小さな運動場。だから隊士の話し声が聴こえるのは何ら不自然な事ではないのだけど。その割には語気が荒く、なかなかに穏やかではない気配だ。
人間というのは気になる事があれば近づいてみたくなるもので。むくりと身体を起こし、声がどこから聴こえるかを探ってみた。思ったよりも近く、数十m離れた軒下で2人の男が1人の男に対して喧嘩を吹っかけているようだ。当然ながら気配を消して近づいてみる事にする。こんな性格だから鬼に目を付けられるんだよなあと自嘲してみたりしつつ。
「お前、階級をどんどん上げてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
おうおう、テンプレなモブの喧嘩文句だな。まあ、実際こういう事はそう珍しくない。鬼殺隊は完全実力昇格制だから、新米でも鬼を倒し続ければ比較的すぐに階級が上がる。勿論数年生き残ればそれだけである程度は階級も上がるから、文句をつけている彼らも別段低い階級ではないと思うんだけど。基本的には階級が上がるか死亡するのが鬼殺隊なのだ。なんてブラック。文字通りの生か死である。
少し話が逸れたけど、やっぱり鬼を数多く殺していた方が階級は早く上がるわけで。だから先輩よりも階級の高い後輩もたまに存在する。そうなればやっかみも買う。
ついでに言うなら鬼殺隊は隊士の7割が10代、残りはほぼ20代の若い組織で、凄惨な過去を持つが故にやや人格が歪んでいたり反抗期、思春期を拗らせている隊士も少なくない。だから、たまにだがこういう場面は見受けられるのだ。
勿論私たちにもそれは無関係ではない。特に私たちの代は皆、1年弱の間に恐ろしいスピードで階級を上げている。十二鬼月と戦って上弦と遭遇して、その度に生還してたらまあ、当然ではあるんだけど。
おまけに炭治郎、カナヲ、玄弥は今の柱が唯一育てている継子だ。善逸も宇髄さんの継子になり、現在の継子は全員が同じ世代という贔屓を疑われそうなレベルのミラクル。
そうじゃない私たちも含めて1つの代だけが柱と仲良いわ、御館様と面識あるわとなるとまあ、妬みの対象になる。
もう1つ厄介なのは、私やカナヲが枕営業をしていると吹聴される事だったりする。9割が男で構成されている完全男社会な鬼殺隊だからこそ、妙に信憑性を伴って広まっちゃうわけだ。枕やって階級上げたところで生き残れるような甘っちょろい組織じゃない事はわかっているはずなのに、馬鹿なのかね?コテンパンにしたけど。詳細は小話にて、閑話休題。
つまりは、ああやってしょっぱい先輩隊士が後輩隊士にいちゃもんつけるのは珍しくないのだ。今までも経験があるのか、喧嘩を売られている男の子も黙って胸倉を掴まれている。真っ黒な髪に、無表情でも睨んでいると勘違いされそうな目つき。なるほど、喧嘩を売られやすそうなタイプではある…って…。
驚きの余り、思わず身を乗り出してしまった。胸倉を掴まれている男の子は、獪岳だった。
うっそでしょ!?生獪岳!この世界では初めて見た!善逸がたまに話してくれてたけど、実物拝めるとなると感慨深いわ~!!
というか、獪岳見て思い出したけど、あいつ確か鬼になるんじゃん!盲点だった!鬼に殺される人ばっかりに意識行ってた!!なんとしても阻止したい!というかその荒んだ心を少しでも癒す助けになりたい!!
「チェスト~~~~!!」
そうと決まれば迷いはない。取り敢えずは後輩隊士に難癖をつける器の小さい先輩隊士に、即刻退場をして頂かねば。狙いを定めて屋根から飛び降り、2人の名も知らぬ隊士の頭上目掛けて両膝を落とした。所謂ニードロップだ。決め台詞に深い意味はない。頭って真上からの衝撃には弱いらしいから、良い子は真似しないように!!この世界はギャグなら死なないからってやってるだけだからね!!
あんなに威張っていたのに、真上から攻撃されて先輩隊士2人はあっさりと伸びてしまった。まったく、私程度の不意打ちで気絶するなんて、そんなんじゃ生き残れないですよっと。
「…んだよ、てめぇ」
「あ、申し遅れました。階級戊、明暗**でっす」
パンパンと服についた埃を払っていると、怪訝そうな声で話しかけられた。当然ではあるが、屋根の上から突如目の前の男たちに飛び膝蹴りをかました女を、不審に思っているようである。少しでも怪しまれない様にと、背筋を伸ばし特に意味のない敬礼もつけて挨拶をした。
小ネタを挟むと、会社の役職とかと同じで、隊士同士で初対面の挨拶をする際には階級と本名を述べるのが暗黙の了解になっていたりする。まあ、私の階級どころか名前すら彼は興味がなさそうだけど。獪岳は暫く私の事を見つめた後、ふいっと視線を外して背を向けようとした。え、私もっと君と話したいんだけどぉ!
「獪岳、だよね?」
「なんで俺の名を知ってやがる」
まあ、当然の反応ですね。獪岳の警戒心メーターが更に上がったのが見えた気がする。炭治郎をはじめとして、この世界に来てから基本的に皆友好的だったから、元来コミュ障の私には好感度マイナスでも和やかに話す術が思いつかない。そして原作キャラだからといって思わずため口で話しかけてしまった。彼、一応、先輩。
えっと、どうしよう…。取り敢えずにこやかに笑って…そう、こんな時は共通の知り合い、これだ!!
「善逸が時々話してたからね。めっちゃ強い兄弟子が居るって」
あ、地雷踏んじゃった。善逸の名前を出した瞬間、鬼でも居ましたか?というレベルの殺気がこちらに向けられた事で悟る。精一杯微笑みかけた私の表情もピシリと固まる。ていうか、よく考えたら普通にわかる事だったわ。原作で獪岳と善逸、死ぬ程仲悪かったわ。文字通り殺しあってたわ。
「てめぇ、あのカスの仲間か」
「まぁね、友達だよ」
とはいえこの程度で怯むほど私もヤワではない。どうせ和やかにお話しできないならもういいかと開き直り、真正面から睨みつけてくる顔を見返してシレッとそう告げると、暫く膠着した後にくるりと背を向け歩き出した。今度はもう立ち止まってくれなさそうだ。
「ちょ、ちょい待ち!頼みがあるんだけど!」
少し走って先回りし、獪岳の行く先に立ちはだかって通せんぼする。小学生の嫌がらせの様な私の行動に短気な獪岳の額には軽く青筋が浮かんでいる。
「カスとつるんでる様なクソ女に頼まれる筋合いはねぇ」
「そう言わずに!その、え~っと…あ~…あ、雷の呼吸、教えてくんない?」
「はぁ?」
足止めしたは良いものの、全然会話が思いつかず、その場しのぎでそんな言葉が口をついて出た。飛び膝蹴りで登場した後に言う言葉でない事だけはわかる。もう地雷の上でタップダンス踊っているけど、今更感も凄く後戻りができない。
対して獪岳の反応はまあ、予想通りだ。『アホかお前は』と顔に書いてある。そりゃそうだろう。普通に雷の呼吸に興味があるだけなら、初対面の先輩よりも見知った友人に聞けって話だし。でも、流石にそんなにあからさまな表情をされると傷つくぞ。坊泣いちゃうぞ!
…ってのは冗談にしても、意外といいかも。仲良くなるきっかけもできるし、優れた剣士である獪岳に稽古をつけて貰えれば私の技術も上がるかもしれない。
「獪岳の噂は善逸以外からもよく聞くからさ。私、強くなりたいんだ」
いよいよ彼の中で私は理解不能な女として認識されたらしい。暫く珍獣を見るような目で凝視された後に一言「めんどくせぇ」と言われてしまった。
「も、勿論タダでとは言わないから!!え~っと…教えて貰った後に毎回桃パフェ奢るよ?」
「黙れ死ね」
獪岳くんの生罵倒頂きました!…じゃなくて!!
彼はベシッと私を押しのけ、そのまま背を向けてスタスタと歩き出した。押しのけたとはいえそこまで痛くないのは、揉め事を無意味に起こしたくない彼なりの最低限の配慮だろうか。
「あー!ちょっと待って!待って!じゃあ私も呼吸教える!闇の呼吸!」
咄嗟に言ってしまったが、思いの外この言葉は獪岳に効果があったらしい。こちらに背を向けたままぴたりと足を止め、初めて自分からこちらに向き直った。
「…てめぇ、闇の呼吸を使えるのか」
「まぁね。知っての通り、この呼吸は適性一致が何より重要だから大抵の隊士は使えないんだけど…獪岳ならできるんじゃないかと思うんだ」
うん、その場しのぎで言った言葉にしてはなかなか名案じゃない?今日の私冴えてる!限られた人間にしか使えない特殊な呼吸を使えるようになったら獪岳の承認欲求も満たされるかもしれないし、原作読んだ時の獪岳って真っ黒な雷のエフェクト飛ばしてたし。まあ、あれは鬼化したからかもしれないけど、闇の呼吸は意外と獪岳のイメージに合っているんじゃないかと思う。
…もし使えなかったら機嫌を損ねるし、仮にマスターした状態で鬼化したら善逸の無限城戦がハードモードになっちゃうけど…。鬼化させなければ良いのだ!そうなのだ!!
「…俺が、だと?」
「そ。勘だけど。私の勘は結構当たるよ?」
闇の呼吸を使う人間は第六感が優れているというのも知っていたのだろう。暫く考え込んだ後、腕組みをしながら呟いた。
「…悪くねぇな」
「んじゃ、契約成立って事で。よろしくね、センパイ」
友好の握手は無視されたけど、仲良くなる第一歩は踏み出せたんじゃないだろうか?