全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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親子

「きよちゃんすみちゃんなほちゃーん!!アオイちゃーん!!炭治郎意識戻ったぜええええ!!!!」

 

 何となく予感がして鍛錬の手を止めて病棟までの道のりを歩いていた時、後藤さんの腹式呼吸ばりのデカい声が聴こえてきた。

 本人的には病棟内で仕事をしている女の子たちを呼ぶ程度の声量のつもりだったのだろうが、大声を出したくなるような何かがあったのだろうか。間違いなく蝶屋敷中に響き渡っている。現に近くで打ち合いをしていた隊士たちが手元を狂わせてちょっとした事故になっているし。使っていたのが竹刀で良かったな…と思いつつもその場を通り過ぎて病棟へ向かう足を速めた。

 

 私でもキーンとするくらいに聴こえていたんだから、善逸が居たらえらい事になっていただろうな…。炭治郎が目覚めたのに傍に居られないというのは残念だろうが、ある意味難を逃れたとも言える。2日前に文句を言いつつも任務に向かって行った友人を思い出しながら、病棟に入り靴を下駄箱に収納する。

 数日前に獪岳と一戦を交えて以降、…いや、勿論それもきっかけにはなったんだろうけど、正確には獪岳と善逸が互いと向き合って以降、彼らの関係性は目に見えて変化したようだった。2日前に任務に向かう時も、別任務だけど途中まで道が一緒だからって言って喧嘩しながら2人で屋敷を出ていったし。嫌いなら時間ずらして屋敷を出ればいいのにぃ~ツンデレさんめぇ~。

 尊すぎじゃない!?って感じで見守っていたんだけど、私の視線に気づいた時の2人の「気持ち悪っ」みたいな表情が全く一緒で、兄弟だなぁって感じた。しかし勿論、それによって私の受けた精神ダメージはデカい。

 

 余談だが、この数日で私たちはお互いの呼吸の型をある程度マスターしたため、秘密の特訓会は取り敢えず解散という形になった。丁度獪岳の任務も入って来たし。

 善逸と仲直りも出来たし、獪岳の心も少しは開けた。雷兄弟の関係も少し修復出来て炭治郎と伊之助も目覚めた。最近良い事ばっかり起こるじゃない?ホクホクしつつも早く目覚めた炭治郎に会いたくて、叱られない程度の小走りで炭治郎の病室の前まで来たが…部屋に入る前に、私は思わずその足を止めてしまった。

 

「そうか…じゃあ、天井に張り付いている伊之助は俺の幻覚なんだな…」

 

 殆ど薄れてしまった記憶を呼び起こさせる様な既視感。

 

「俺はお前よりも七日前に目覚めた男!!」

 

 見た事ないのに見た事あるような光景。

 

 仰向けに横たわっている炭治郎は、天井に居た伊之助の存在には気づけても部屋の入口で立ち尽くしていた私には気づかなかったらしい。嬉しそうな伊之助や彼の体質の話など、暫く皆のやり取りをニコニコと聞いていたが、そのまま再び寝入ってしまったみたいだった。

 

「炭治郎寝たから静かにして!」

 

 そんな炭治郎に気付かずやいのやいのと騒いでいるアオイちゃんと伊之助に対して、カナヲが珍しく声を荒げて叫んだ。驚きの余り思わず2人が抱き合っている。

 

 知っている。正確には、思い出した。原作にあった展開、何なら台詞まで一言一句違わないのかもしれない。煉獄さんや宇髄さんが生還した事で物語は変化しているはずだと思っていた。なのに目の前では見た事のある光景が広がっている。今更の事だけど、この世界が物語に沿って進行している事を痛感した。それから、私がどれだけこの世界を改変しようと足掻いても運命は変わらないんじゃないか?っていう漠然とした不安。

 何より、私抜きで完成されている物語の一幕。それが得体のしれない恐ろしさになって私の動きを止めさせていた。

 炭治郎、善逸、伊之助、それに禰豆子やカナヲ…この世界に来てから彼らと一緒に修行して、ご飯を食べて、戦って、沢山の時間を共に過ごしてきた。そしてその中で、皆当たり前のように私の事を受け入れてくれるから、うっかり忘れてしまっていた。

 

 この世界では、私は異分子だ。

 

 本来居てはいけない存在、それが私。

 

「…**?どうしたの?」

「あ、**さん!炭治郎さん起きたんですよ!…って言っても、後藤さんの声屋敷中に響いてたからもう知ってますよね?」

 

 病室の前でそのまま動けずに居ると、カナヲときよちゃんが部屋を出てきた。立ち尽くしている私の様子を見て不思議に思ったらしいカナヲが声をかけてくれる。きよちゃんは私が純粋に炭治郎の見舞いに来たと思ったらしく、無邪気に報告をしてくれた。

 

「…ううん、何でもない。後藤さんの声が聴こえたからこっちに来てみたんだ。…2人はこれから何かするの?」

「炭治郎さんの重湯を作りに行くんですよ!良かったら**さんも一緒に作りましょうよ!炭治郎さんまた寝ちゃいましたし!」

「そうなんだ!じゃあ、そうしよっかな!」

 

 気持ちを切り替えたくてわざと元気な声を出すと、きよちゃんはニコニコしながら私の手を引っ張ってくれた。カナヲの心配する様な瞳が少し心苦しかったが、気づかないフリをした。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 炭治郎は異常な程順調に回復し、1週間後には機能回復訓練で元気にドタバタと走り回っていた。怪我はともかく、2ヵ月寝たきりだったのになんでそんなに元気なの?本人は「体力がなかなか戻らないな~」なんて言っているけど、オリンピック選手もびっくりな動きをしながら言われても説得力に欠けると思う。伊之助も完全復帰して任務に走って行ってしまったし、人間辞めてるよなぁと思う今日この頃。あ、ブーメラン?そうですか…。

 私はというと、身体は絶好調だけど刀がないために未だ蝶屋敷に滞在中だ。でも丁度今日、『もうすぐ刀が出来上がる』といった旨の手紙が送られてきた。字が死にかけだったのだけが不安だけど。

 

「あ、そうだ!俺が眠ってる間に刀届いてない?刃こぼれしてしまったやつなんだけど」

「うっ!刀ですか?刀…」

 

 炭治郎の機能回復訓練に付き合って共に柔軟をしていると(ちなみに私の身体は病み上がりの炭治郎よりも固い。どちらが付き合っているのかわからない)、炭治郎は思い出した様に背中を押してくれるなほちゃんに問いかけた。なほちゃんは勿論、私も私の手伝いをしてくれるすみちゃんもギクッとして思わず目を逸らす。

 

「鋼鐵塚さんからお手紙は来てます。ご…御覧になります?」

 

 きよちゃんがそう言った為、私たちは鋼鐵塚さんから送られてきた手紙を見る運びとなった。炭治郎に宛てられた手紙だったが、万が一急用だった場合の為に本人が寝ている間に、既に私たちは1度目を通しており、あのおどろおどろしい手紙を見るのはこれで2回目になる。

 

 許さない許さないゆるさないゆるさない憎い呪ってやるゆるさないゆるせない憎い憎い憎い憎い

 

 書きなぐられた呪詛の様な言葉たち。最期に「お前にやる刀は無い」と血のような赤い文字で締めくくられており、それを見た炭治郎は思わず顔をひきつらせた。

 

「こ、これは…まずいぞ…」

「あ~…よもやって感じだよねぇ…。ドンマイ」

 

 流石にあんまりだよなぁ…。煉獄さん語を使いつつ同情の意味を込めて炭治郎の肩をポム、と軽く叩いてやると、泣きそうな目で見つめられた。私にそんな顔をされても…。

 

「2カ月あったんですけど刀は届いてなくて…」

「う、う~ん…刃こぼれだけだったんだけどなぁ…どうしよう…」

 

 頭を抱える炭治郎。「刀が破損する事はよくある事なんですけどね…」ときよちゃんも困り顔で首を傾げる。やっぱり彼女たちから見ても気難しい人という印象らしい。

「もう、鋼鐵塚さんに会いに直接刀鍛冶の里に行くのが早いと思うよ」

 休憩スペースに腰を下ろし、なほちゃんが持って来てくれた歌舞伎揚げに手を伸ばしつつ私は口を挟んだ。私の言葉にきよちゃんたちも歌舞伎揚げをバリバリと齧りつつ「そうですね!」と同調してくれる。

 

「刀鍛冶の里って…?」

「日輪刀を作ってくれる鍛冶師の人たちが暮らす里だよ。場所は秘匿されていて、行く為には御館様の許可が必要だけど」

 

 炭治郎の疑問に答えながら、“こういう基本情報が伝達されてないって組織として問題じゃね?”とふと思う。私だって原作知識が無ければ里については知らなかったもん。やっぱり新人教育って重要だな…。

 

「つまり、そこに行けば鋼鐵塚さんに会えるって事か?」

「そう言う事になるかな。私も刀がそろそろできるらしいし、一緒に行こ。ていうか、こうなる事は予測できてたし。御館様には既に許可を貰ってるから、何なら明日でも行けるよ」

 

 私がそう言うと、炭治郎は面食らった表情で「話が早いな…」と呟いた。まあ、原作の流れに関わらず、炭治郎がパワーアップする為に刀鍛冶の里には連行するつもりだったからね…というのは今言うとややこしくなるから黙っておく事にする。

 

「ただ、その前に一緒に来て欲しい所があるんだ。これも既に許可は貰ってる」

「え?まだ行く場所があるのか?」

 

 これは完全に私の独断だけど。歌舞伎揚げを一口齧り、炭治郎の驚く表情を想像して少し笑いながら私は答えた。

 

「産屋敷邸。御館様の所だよ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ここから先の話はあまり人に聞かせるべきではないと判断し、私は炭治郎を連れて訓練場の外に出ていた。昼食の時間帯のためか、幸い周囲に人はほぼ居ない。辺りを見回したところで、急に大きな話を持ち出された炭治郎は不思議そうに疑問を投げて来た。

 

「**、教えてくれ。どうして急に御館様が出てきたんだ?」

「うん…炭治郎たちが眠っている間考えてたんだけどさ、宇髄さんの毒を治癒したみたいにして禰豆子の血鬼術で御館様の呪いも解く事が出来ないかなって思って」

 

 これは原作では全く存在しなかった行動だ。どう作用するかはわからないけど、鬼絡みの問題なら試してみる価値はあると思う。もしかしたら呪いの進行を遅らせる事はできるかもしれない。

 

「呪い…?御館様に呪いが掛かってるのか?」

「うん。…つっても私も物語の知識で知ってるだけなんだけどさ。鬼舞辻無惨って御館様の一族の人間なんだよ。一族から鬼を輩出した事で呪いが掛けられていて、30までは生きられないんだ。特に御館様はかなり末期の症状で、多分今だと、私たちが最後に会った時よりも身体の爛れとかも進行してると思う」

「そうだったのか…」

 

 呪いの事も炭治郎からしたら初めて聞く情報なのだろう。まぁ、呪いっていきなり言われてもピンと来ないよね。正直私もイマイチピンと来ていない所はある。鬼舞辻無惨が引き起こした問題の中でこの呪いだけが毛色が違うっていうのかな?呪術要素が混じっていて少し異質だし。

 

「だから、鬼が関わる呪いなら禰豆子の血鬼術で解呪まではできなくとも、せめて楽にはならないかなって思って。…私の知ってる物語の中ではそんな試み、誰もやらなかったから、駄目元なんだけどね」

「…いや、やってみよう。少しでも可能性があるなら、やるべきだ」

 

 炭治郎は少し考えるような素振りをした後、まっすぐにこちらを見つめながらはっきりと宣言した。主人公の瞳だ。周囲の人間を惹き込むような固い信念を持つ瞳。見ていると吸い込まれそうになる。

 

「流石炭治郎」

「…それとな、**。**の居た世界で描かれてた俺たちの未来、やっぱり教えて欲しいんだ。上弦の鬼に遭遇した時に対処できるように。吉原で**が危険な目に遭ったのは、俺たちに責任がある。もう**をあんな目に遭わせたくない」

 

 何となく今思った気持ちを悟られたくなくてわざとおちゃらけた返事をしたが、それを意に介す訳でもなく、更に炭治郎は真剣な口調で言葉を続けた。

 …そんな事を気にしてくれていたのか。仲間が自分を心配してくれているのが嬉しい一方で、この先の物語を知っているのは、本来は私しかいない事もまた思い出してしまった。先日感じた異分子感が途端に胸にこみ上げる。それを振り払うようにして、軽く炭治郎に微笑みかけた。

 

「あれは私が勝手にやった事だよ。そんで、たぶんこれからも同じ状況に陥ったら同じ行動を取ると思う。…善逸にはどちゃくそに怒られたけど」

「ああ、だろうな…。だから、そうさせないために俺も強くなりたいんだ。善逸や伊之助も同じ事を言うと思うぞ」

 

 スパダリの条件:思いやりが半端ない

 

 スパダリの申し子かよ炭治郎。…じゃなくて、私の事をそこまで心配してくれていたなんて。

 

「…ありがと。善逸と伊之助も揃ったら、その時にちゃんと話をするよ」

 私がそう言うと、炭治郎は嬉しそうに頷いてくれた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 次の日、案内用の鎹烏に連れられて私と炭治郎は産屋敷邸に来ていた。既に任務から戻ってきていた善逸は少しぶーたれていたけど、刀鍛冶の里でお土産を買って帰るという事で何とか宥める事に成功した。伊之助も居たらもっと宥めるのに苦労しただろうなと思ったりする。

 勿論、2人にも来て欲しいとは思うのだけれど、流石に理由なく産屋敷邸や刀鍛冶の里へ行くのは許可が降りないだろう。

 

「よく来たね…**、炭治郎、禰豆子。先日はよくぞ上弦の鬼を討伐してくれた。目を見張る成長だ…」

「あ、ありがとうございます…」

 

 布団から奥方様に助け起こされながら途切れ途切れに言葉を発した御館様に、炭治郎がぎこちなく言葉を返した。それもそうだろう。明らかに御館様は以前よりも衰弱している。私でさえ少し面食らっているのに、私の話を信じはしていても内心半信半疑だったであろう炭治郎が驚くのも無理はない。彼の事だから、きっと御館様の苦しみを自分の事の様に受け止めているのだろう。

 

「こんな格好で済まないね…要件は、**からの手紙にあった内容でいいのかな?君たちがいいのなら、是非とも試してもらいたいところだ」

「っ…!!はい!!御館様が元気になれる可能性があるのなら!!是非!!」

 

 要件については炭治郎が目覚める前から御館様に手紙で相談していた。脂汗をにじませながらも薄っすらと微笑んだ御館様を見て、炭治郎が前のめりになって叫ぶ。

 箱から禰豆子を出すと、禰豆子も話の筋は理解していたらしく、てちてちと御館様の傍まで歩み寄り、御館様に血鬼術を放った。鬼の呪いには無関係な奥方様には燃え移る事なく、御館様の身体だけを熱のない、だけど少し暖かな炎が燃やす。誰も言葉を発する事なく、皆が暫くの間炎だけを見つめる。

 

 その炎が燃え尽きた時、御館様の顔の爛れは消えていた。しかし虚空を見つめる瞳に変化はなく、先程と比べると段違いではあるが身体の不調も消え切ってはいない様だ。

 

「御館様!治っ…た…?」

「…ううん、多分だけど、根本の治療にはなっていない。症状の軽減はできたみたいだけど、呪いの進行を遅らせたに過ぎないと思う…」

 

 爛れが消えたのを見て一瞬嬉しそうな表情を浮かべた炭治郎に、少し戸惑いながらも私は言葉をかけた。あくまで勘でしかないけど、この推察は正しいと思う。御館様もそう感じた様で、それでもやっぱり身体は段違いに楽になったらしく、奥方様に支えて貰っていた身体を自分の力だけで支えつつ、にっこりと私たちに笑いかけた。

 

「**が言う様に、呪いを解く事はできていない様だ。…でも、かなり身体が楽になったよ。一定の効果はあるようだね…。私のために、本当にありがとう」

「あ、あのっ!これからも定期的に禰豆子と共にここへ来てもいいですか!?時間を空けてもう一度治療すれば、更に進行を遅らせられるかも…!!」

「炭治郎がそう言ってくれるのなら、たまに来てくれると嬉しいよ。…でも、私の事よりもあくまで日頃の鍛錬や任務を優先する事。いいね?」

 

 確かに炭治郎の言う事も一理ある。今は血鬼術の炎が燃え尽きるまで治療してこれだけの成果だから、今すぐに再度術を使ってもあまり効果はないだろう。でも、数カ月後にもう1度治療を施せばあるいは効果があるかもしれない。

 御館様の言葉に、炭治郎は喜色満面の笑みで大きく頷き快活な返事をした。取り敢えずは要件はこれで済んだという事になる。

 

「それでは、俺たちはこれで…」

「待って炭治郎。…御館様、少しよろしいでしょうか?内密のご相談がありまして…」

 

 軽く腰を上げて下がろうとした炭治郎を軽く遮って、私は御館様に改めて言葉をかけた。炭治郎は不思議そうな表情をしていたが、御館様は私がこう言う事も見透かしていたかの様な表情で軽く頷くと、炭治郎と禰豆子のみを下がらせ、客間で待機しているよう命じた。奥方様も部屋の案内の為に席を立ち、後には私と御館様のみが残る。

 

「**、それで、話というのは何だい?」

 

 そう言いながらも御館様はスッと目を細める。これから私が何を言うかなんて、きっと彼はわかり切っているのだろう。

 

「御館様、不躾なお願いをしているのは百も承知ですが、どうかお願いします。…奥方様方諸共に自らを犠牲にするのだけは、お止めください!」

 

 まだまだ先の話ではあるが、御館様なら既に計画はしているはずだ。今更勿体ぶって遠回しに言うのなんて不必要だろう。そう思った私は、単刀直入に頭を下げながらそう言った。私の突拍子発言に驚くでもなく、彼は見えるはずのない外の景色に顔を向けながら薄い唇で呟いた。

 

「…本当に君は何でも知っているね。それは勘かい?それとも物語の知識?」

「…本来は知識として。でも、今回お会いして第六感でも伝わりました。あなたは、鬼の根絶が目的の全てで、そのためには何を犠牲にする事も厭わない、誰よりも殺意の高いお人です」

 

 穏やかな微笑みに隠された確固たる殺意。恐らく匂いや音にすら漏れださない位に厳重に隠されている。鬼舞辻無惨でさえも気づけるかわからない。私だって、前情報が無ければ気づかなかったと思う。もしも素の状態で気づく事ができるとしたら、師範くらいだろうか。

 

「鬼舞辻無惨を討伐するためには…いや、たとえ鬼舞辻無惨を討った後も、隊士には御館様の存在が必要だと思っております!彼らにも、…私にも」

「…」

 

 自分を鬼殺隊の一員であると、物語の一員であると主張するのが憚られて、言葉尻がかなり小さくなってしまった。御館様は黙ってそんな私の話を聞いてくれていたが、それでも表情に一切の変化は見られなかった。こちらに向き直り、聴く者を安心させるあの独特の声音で柔らかく残酷な言葉を投げかけてくる。

 

「**、私はね、自らを鬼殺隊の一部としか捉えていないよ。立場としては勿論統領を務めてはいるけれど、適材適所に過ぎない。君たち同様に必要ならば命も懸ける所存だ」

「っ…それでも!進んで命を投げ出すのと命を投げ出す覚悟を決めるのとは違います!!どうか…!!」

 

 優しい言葉遣いで残酷な事を言う人だ。言っている事は尤もかもしれないけれど。どうしても思いとどまって欲しくて、私は少し腰を浮かせて前のめりになりながら叫ぶようにして懇願した。やっぱり未来は、大筋は変わらないのだろうか?

 見えなくても私の必死さは伝わったようで、御館様は少し笑いながらそれを軽く手で制した。

 

「落ち着きなさい、**。何も私は自らの命を投げ出すとは、まだ断言していないよ?」

「…え??」

 

 頭の中がはてなマークでいっぱいになる。確かにまだ断言はされていないけど、でも、内容的には…いや、つまり…?

 

「勿論、本来はそのつもりだった。そう遠くないうちに私の寿命は尽き、鬼との総力戦が行われる…そんな未来がこの数年で薄っすらと見え始めていたからね。それならばこの命、惜しくないとも思っていたんだ。でも、1年程前だったかな。見える未来が変わり始めた。…**、君が私に会いに来た頃からね」

「未来が…」

「私の寿命が延び、剣士たちが死を免れる。そして未来が…君にとっての物語が変化し始めている。それならば、私も自分が取るべき行動を状況に合わせて変化させなければね。勿論、君たち同様に命を懸けて戦うつもりだけれど」

 

「だから君が心配しているような事は起こるかもしれないが、必ずしも起こりはしない。可能性の1つとして捉えて欲しい」、そう言われて私は脱力感で思わず足を崩してへたり込んだ。

「未来が変わり始めている」、「心配しているような事は必ずしも起こりはしない」。御館様の口からそう言われる事で、少しだけ安心した。そうなると、途端に自分の必死さが恥ずかしく思えてくる。私、もしかして早とちり過ぎたって事?羞恥で顔が熱いのは気のせいではない。

 

「そ、そうでしたか…とんだ御無礼をお許し下さい…で、ではこれで…」

「…**、こっちに来てくれないか」

 

 恥ずかしさで頭を下げつつ、そのまま席を立とうとする私を呼び留め、御館様はそう促した。少し恐れ多いが、言葉に従って御館様の傍へと歩み寄る。

 眼が見えない期間が長いと他の五感が発達すると聞くが、彼も例に漏れないらしい。見えずとも正確に私の座った場所を把握し、私の頭に軽く手を置いて優しく撫でてくれた。

 

「君は、本当に優しい、まっすぐな子だね…。こうして私たちの未来のために心を砕いてくれる。だからこそ、思い悩み、苦しむのだろう」

「そ、そんな事…」

 

 まさしく最近の悩みをそのまま言い当てられて、思わずドキッとする。確かにこの世界に来てから、特に遊郭編後の悩みはもっぱら今後の方針だったけど…なんだかその言葉の中に、つい最近私が感じた疎外感だとかも含まれている気がして、思わず言葉に詰まった。私の心境を知ってか知らずか、彼は更に続ける。

 

「…でもね、君だって気づいているだろう?少なくとも、この世界の私たちは生きている。自分の意志で、考えて、誰かのために、或いは自分のために、生きているんだよ。君の知っている物語は、あくまでそんな私たちが行動した結果起きる可能性の1つに過ぎない。そして、君は私たちと共に生きている。君が存在する事で、未来はいくらでも変わっていくよ」

「そう、だと良いですけど…」

 

 御館様の言う事は尤もだ。きっと私は恐れ過ぎている。残酷な可能性の1つを知ってしまっているからこそ、余計に仲間が目の前から消えるのが怖い。それが変化し始めているであろう未来の1つに過ぎなくても。

 

「今はこの言葉を心の片隅に留めておく程度で良い。でも、辛い時は、君の大好きな仲間たちに相談しなさい。君がどう心配しようと、あの子たちにとっても君はかけがえのない仲間なんだよ。そして、それでもどうにもならない時は、私の所においで。私にとっても君は大切な存在なんだよ」

「…御館様、本当に、ありがとうございます」

 

 きっと彼は私の全てを見透かしているのだろう。思わず涙が零れそうになるのを堪え、私は自分ができる限り丁寧に頭を下げた。全てが終わった世界で、彼も笑っていられますようにと、感謝と共に居るかどうかわからない神様に祈りながら。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 御館様の屋敷を出た頃、辺りは日が落ちかけていた。冬に入り始めているだけあって、日が沈むのが早い。鬼狩りには不利な季節がやって来たと感じる今日この頃だ。

 

「さて、ここからどうしようか…里へは明日、所定の場所へ行けばそこから隠の人たちが送ってくれるって言うし…」

「烏に案内して貰って、今日は近くの藤の家に泊めてもらうとするか。どこかで落ち着かないと、記憶消去用の烏が来た時にややこしい事になるからな」

 

 それもそうだ。野宿していて御館様の屋敷に関係する記憶を消されたら、必然的に現在地に関して混乱が生じる訳で。そんな時に野宿なんてしていたら無駄に慌てる事になってしまう。

 …そういえば、御館様の屋敷に来て気づいたけど(多分過去2回来た時も同じ事を思ったんだろうけど記憶を消されたため覚えていない)、産屋敷邸って意外に明暗邸の近くなんだよね。勿論常人なら2~3日はかかる距離だけど、今の私たちなら十分夜までに間に合う。蝶屋敷に戻ってもいいけど、どうせなら師範の元に顔を出しておきたい。

 

「あ、それなら師範の所に顔を出してもいい?ここからそう離れていないんだ」

「師範って事は、初めて俺たちが任務をこなした夜に言っていた**の育手のお婆さんか?俺も行っていいなら是非!」

 

 スパダリの条件2:何気ない会話を覚えている

 流石っす炭治郎さん。

 

 足取りも軽く、つったかた~っと走る事数時間、私と炭治郎は明暗邸に到着した。懐かしい景色が私を迎えてくれる。そういえば、こっちの世界に来てから4年近く経つんだな…。初めて鬼に遭遇した山を見て、少しエモい気持ちになってみたりする私である。

 

「**!**なの!?すっかり立派になって…見違えたわ!」

「只今戻りました千代子さん!連絡もせずに突然帰って来ちゃってすみません。たまたま近くに来ていたもので…」

「いいのよそんな事!ここはあなたの家なんだから!」

 

 アポなしも憚られたので黒曜に先に向かって貰ってはいたが、急に来ても大丈夫だったかな?という心配は杞憂だったらしい。玄関で声をかけると、音もなく、だけど物凄い速さで千代子さんが出迎えてくれた。流石は元柱、この人今でも現役で十分通用するんだよなと思いつつ、私も挨拶を返した。

 人間離れしたスピードと呼吸への熟達具合を見て、炭治郎が尊敬の眼差しを千代子さんに向けている。そんな炭治郎に気付いた千代子が、軽く彼の方に顔を向けてニヤニヤしながら言った。

 

「…あら?後ろの男の子は、まさか…」

「ちっ違いますよ!少なくとも千代子さんが想像してるようなのじゃないです!同期の友達ですぅ!!」

「あらぁ?私はあなたの良い人だなんて一言も言ってないけれど…?」

「…もう!!」

 

 あからさまに、しかも炭治郎の目の前で揶揄われて、顔が熱くなるのを感じる。異性の友達を家に上げた時の中学生ってこんな気持ちなんだろうか?ちなみに当時の私はそんな男友達は皆無だった。

 

「初めまして、竈門炭治郎と申します。今は顔をお見せする事はできませんが、妹の禰豆子も一緒です」

 

 紳士なのか会話の内容を理解していないのか、炭治郎は別段表情に変化が起こるでもなく丁寧に頭を下げる。これには千代子さんも好印象のようだ。

 

 スパダリの条件3:誰にでも礼儀正しい

 って感じだよね。ほんと、15歳でこのスペックは半端ない。千代子さんはそんな炭治郎ににっこりと微笑んで返した。

 

「冗談よ、槇寿郎から聞いてるわ。杏寿郎くんの継子なんだって?今日はゆっくりしていきなさいな」

「千代子さん、意地悪が過ぎますよ…」

 

 知ってたんかーい!…でも、そういえば、千代子さんは槇寿郎さんの同期で柱仲間だったっけか。そう思うと知っていてもおかしくないよな。…完全に揶揄われた。

 思わずむくれる私を見てクスクス笑いつつ頭を撫でる千代子さん。もう!御館様といい千代子さんといい…私、外見も精神もそんな年齢じゃないのに!少し嬉しいけど!そして炭治郎、その微笑ましそうな表情をこちらに向けてくれるな…。

 

「**の部屋はそのままにしてあるわ。炭治郎くんと禰豆子ちゃんは客間で休んで頂戴な。それと、2人とも母上の部屋へ挨拶してらっしゃい。最近「**が帰ってくる気がする」って言って、そわそわしてたんだから」

 

 第六感も研ぎ澄ませればそこまでいくのか。最早御館様ばりの未来予知だな。私がその域まで達する事が出来るようになるのは何十年後なんだろう。

 

 千代子さんに促されて屋敷に入り、3年間を過ごした屋敷を歩く。師範の部屋の前で声をかけると、予想通り部屋の中に居た師範はあっさりと入室を許可してくれた。

 

「お帰り**。待っていたよ」

「師範、只今戻りました。私が帰って来るのを察しておられたそうですね。もう師範には隠し事はできなさそうです」

「こうして隠居生活をしていると、する事が無くてねぇ。勘ばかりが研ぎ澄まされていくんだよ。…それに、隠し事はずっとしていただろう?」

 

 そう言って千代子さんそっくりな表情でいたずらっ子の様にクスクスと笑われてしまえば、思い当たる節まみれの私は、もう炭治郎の事を気にせずに綺麗な土下座をするしか手段がない。

 

「…申し訳ありませんでした師範!文でも伝えた事ですが、私は師範に元の世界での事をずっと隠しておりました!当時はまだ確信を持っていなかったとはいえ、反省しております!」

 

 急に土下座して丁寧な謝罪を始めた私を見て、炭治郎がギョッとする。そりゃあそうだろう、炭治郎と共に来たのに、彼の紹介もロクにしないまま急に謝りだしてるんだから。斜め後ろであわあわしているのが見なくても容易にわかる。でも許して欲しい。これ、どう考えても今言うタイミングなんだもん。

 確信が持てなかったのは本当だ。修行していた当時、何度か柱の話を聞いて煉獄さんが存命しておりしのぶさんが名を連ねている事から、原作開始3、4年前から無限列車編までのどこかの時間軸であるとアタリはつけていた。でも、知っている名前が出ようが呼吸を習得しようが、実際に原作キャラと会ってみるまで漫画の世界に居るだなんて半信半疑だった自分も居る。まあどっちにしろ、炭治郎たちに出会って自分の居る世界に確信が持てても言えなかった時点で結局は罪深いんですけどねぇ…。

 私の土下座を見た師範は、もう耐えきれないとでも言わんばかりにぷっと吹き出してケラケラと笑いだした。

 

「もういいんだよそんな事。むしろずっと言えなくて辛かったろう」

「…はい、ここに居る炭治郎や友達のおかげなんです。彼らが居たから、私はこの世界にしっかりと向き合おうと思えるようになった」

 

 本人が居る前で言うのは少し恥ずかしいけれど、これはまごう事なき事実だ。私がそう言うと、師範は柔らかく目を細めて言った。

 

「…本当に良い仲間を持ったね。鬼殺隊士は、特に私たちの様な人間にはそういう仲間が必要だ。大切にしなさい」

「っはい!」

「そうだ、今晩は千代子が豪勢に料理を作ると張り切っていたよ。手伝ってやりなさい」

「はい!…あれ、でも千代子さん1人でお料理されてるんですか?」

 

 師範の言葉を聞いて少し疑問が生まれた。前は3人お手伝いさんが居たのに。そう尋ねると、「最近疲れているようだったから休暇を取らせている」と返事が返って来た。

 …う~ん?ちょっと違和感もあるけど、まあ特に怪しむ要素もないだろう。それに、千代子さんと料理だなんて久しぶりだ。さっきから良い匂いが漂ってくるから、今日はきっと腕によりをかけてくれているのだろう。

 少しモヤッとはしたが、それ以上に1年ぶりに師範たちに会えた事で気が緩んでいたのだろう。別段気にする事もなく私は千代子さんの元へ向かうために部屋を出た。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…炭治郎、と言ったね?今は日も落ちている。禰豆子とやらも箱から出しておあげなさい」

「は、はい!!」

 

「日が落ちている」と言う時点で、禰豆子が鬼である事も知っているのだろう。どこまで知っているのだろうか。面食らいながらも炭治郎は箱を背中から降ろし、戸を開いた。ひょっこりと禰豆子が顔を出す。その様子を見て菊子は先程**を見つめた時の様に、優しく目を細めた。

 

「可愛らしい子だね。…改めて、元闇柱で**の育手でもある、明暗菊子という。鱗滝や御館様から、あんたたちの事情は聞いているよ。2人とも、辛い境遇の中よく頑張って来たね。」

「竈門炭治郎と言います。こちらは妹の禰豆子です。あ、あの、鱗滝さんとお知り合いなのですか?」

「柱の頃の仲間さ。それと、あの子の…**の文でよく出てくる善逸って子の師範である桑島もね。」

 

 想像していなかったところで自身の師範の名前が出てきて、炭治郎は思わず目を見開いた。それどころか、善逸の師範とも知り合いだったなんて。案外世間というのは狭いのかもしれない。今度文を送る時にはその話をしようと心に留めておく事にする。

 

「そうだったんですね…」

「まぁ、昔馴染みの腐れ縁ってやつさ。それより、**は文の中であんたらの事をよく話しているよ。善逸や伊之助、カナヲとやらの事もね。…**の力になってくれて、本当にありがとう」

 

 菊子はそう言うと深々と頭を下げた。さっきの**といい、今日は人が頭を下げるのをよく見る日だ。慌てて頭を上げてもらうように促しつつ、むしろ自分こそ御礼を言わなければならないと思い、炭治郎は自身も軽く頭を下げつつ言った。

 

「い、いえ!そんな…俺たちの方こそ、**には何度も助けられてきました。柱の方々に粛清されそうになった時も身を挺して庇ってくれたし、鬼との戦いの中でも何度も…御礼を言うのは俺たちの方なんです」

「いや、あの子がそうしてまで守りたいと思える仲間になってくれた事が、何よりも重要なんだ。同じ鬼殺隊の人間であっても、女だてらに鬼殺隊士になるのは良く思わない連中も多い。そうでなくても、嫁に行かずに放浪しているとなれば世間の風当たりも強い」

 

 そう言われてしまうと、言い返す言葉が見つからずに口ごもるしかなかった。事実、任務に赴く土地によっては**だけ奇異の目で見られる事も少なくなかった。学ランを模した服装をして、男の真似事をしている様に見えたのかもしれないし、もしかしたら男衆に混じって女が1人居るという事で情婦の様に見られたかもしれない。1度、藤の家が無い田舎の村に立ち寄った際に厚意で村人に泊めてもらった事があったのだが、その際に**が下衆に襲われかけた事があった(ものの数秒で返り討ちに遭ったようだったが)。それ以来、信頼できる宿でなければ誰かが付き添って**を1人にしないよう、炭治郎、善逸、伊之助の間で取り決めが行われた。勿論**には内密であるが。

 それに、**やカナヲが女性である事を利用して柱に取り入っていると吹聴する隊士が居るのも知っている。新米の分際で継子などと、と自分が言われるだけなら気にしなかったが、仲間のありもしない悪評を広められる事は我慢できず、初めこそ善逸や伊之助と共にそんな先輩隊士に突っかかりもした。しかし全く収まる事がなく、それどころか階級が上がるにつれて悪化する一方だ。

 

 かなり憤慨していたが、一度**がその話を自分から持ち出し、「自分の事を本当にわかってくれる人が少しだけ居ればいい」と言っていたため、それ以降は黙殺する事にしている。

 **もカナヲも、善逸だって伊之助だって、階級に見合う実力を付けている事も、その為に真剣に努力している事も、見ればすぐにわかるのに。どうしてそんな風に言うのだろうか。炭治郎には未だ理解が出来ずにいる。

 

 炭治郎の表情を見て、思い当たる節があった事を察したらしい菊子は、一言「本当にありがとう」と呟いた。一見目つきの鋭い冷徹な人に見えるが、その実誰よりも思いやり深くて優しい人なのだと炭治郎は感じた。どこか鱗滝さんと似た様な、優しい匂いがする。

 

「大事な、仲間ですから。俺にとっても、善逸や伊之助にとっても…きっとカナヲにとっても。だから、そんなに御礼を言われる様な事じゃないですよ」

「いや、あんたが思っている以上にこれは凄い事なんだよ。…私たちの様に第六感が働くってのは、便利だが厄介なものでね。」

 

 その言葉は炭治郎にとっては予想外だった。第六感は自分が見ている限り、便利でこそあれ面倒事などあるようには見えない。オウム返しする事で疑問を言葉に表した。

 

「…厄介?」

「知りたくない事も知ってしまったりするんだよ。数瞬後の仲間の死だとかね。自分の身の危険を知る事が出来るのは便利だが、救える命には限りがある。親しい人間が目の前で死ぬのを目の当たりにして、未来がわかるにも関わらず自分には仲間を助けられないという無力感に苛まれ、第六感の持ち主は大抵仲間と距離を置くようになる」

「そんな…」

 

 独りぼっちで戦い続けるなんて、辛すぎる。そんな炭治郎の心境が表情に出ていたのだろうか、或いは察したのだろうか。菊子はふっと頬を緩め、おずおずと近づいてきた禰豆子を優しく抱き上げつつ言葉を続けた。

 

「だから、あの子には頼り頼られる様な強い仲間が必要だったんだよ。女でも対等に接してくれて、死んでたまるかって気概を持っているような、信頼できる仲間が。私にとっては鱗滝や桑島だった」

「俺は、強くなんかないです。呼吸の熟達度は**に遠く及ばないし、先日の上弦の鬼との戦いだって、宇髄さんや師範…煉獄さんが居たから何とかなった。いつも周りに助けられて生き延びています」

「えらく謙虚な子だねぇ。…でも、生き延びるのも実力のうちさ。そして、あんたが生き延びる事が出来たのは、何度も窮地に陥る度に**たちと助け合えたから。違うかい?」

 

 確かにそうだ。吉原の戦いだって、無限列車での戦いだってそうだった。自分だけではどうにもならない様な状況に幾度となく陥り、その度に仲間に助けられ、時には助けながら勝利の糸口を掴んだ。

 静かに頷く炭治郎を見て、菊子は柔らかい笑みを湛えながら更に言葉を続けた。

 

「特にあの子は元々この世界の人間じゃない。3年以上黙っていたこの世界の未来を私たちに話すきっかけになったのは、あんたらなんだろう?それだけあの子の心を動かしたという事だ。本当にありがとう。これからもあの子を、よろしく頼む」

 

 そう言って頭を下げられ、恐縮しながらも炭治郎はずっと疑問に思っていた事を思い切って口にした。

 

「あの、ずっと思っていたんですけど…どうしてさっき、**に本当の事を言わなかったんですか?お手伝いさんたちに休暇を出したって…嘘が混じっていますよね?」

 

 それを聞いた菊子は、驚きに一瞬その目を僅かながらに見開いた。

 

「気づいていたのかい?…そうか、鱗滝同様に鼻が利くんだったね…」

「はい。…何か**に隠しておられるのですか?」

 

 そう尋ねると、「あの子には言うんじゃないよ」と前置きをしたうえで菊子は静かに話し始めた。

 

「休暇を出したのは本当だ。…正確には、暇をやった、だけどね。長年世話になったから申し訳なかったが…私も千代子も死んでしまうのでは、この先彼女たちは行き場を無くしてしまう。それよりは新しい働き口を見つけてやった方がいいと思ってね」

「!?ど、どういう事ですか!」

「そのままの意味さ。第六感っていうのは極限まで極めればちょっとした未来予知もできるもんでね。…まぁ、御館様には敵わないが。それによると、私と千代子は数日後に死ぬのさ。鬼舞辻無惨がこの屋敷に攻めてきてね」

「鬼舞辻…!?」

 

 驚きの余り言葉が紡げない。菊子はなおも淡々と話し続ける。

 

「**から文で聞いていたが、あの子が特別な情報を持っている人間であるという事がバレたらしくてねぇ。あの子の所在を調べる中でこの屋敷に行きつく…と言った所だろう」

 

 確かに、闇の呼吸を使う隊士は少ないし、移動が多い鬼殺隊士と違って多くの育手は何十年も所在地が変化しない。特定するのはそう難しい事ではないかもしれないが…。

 

「そんな…じゃあ、御館様に知らせて総動員で迎え撃つとか、それが無理でも逃げるとか…」

「はっきり言わせてもらうと、現時点では鬼舞辻無惨に対抗できるだけの力量は今の鬼殺隊にはないんだよ。迎え撃ったところで全滅は免れないだろうね。」

「…。」

 

 未来予知に匹敵する第六感の能力。たかが勘とは侮れない。**でその信憑性を知っているだけに、それ以上の能力を持った人間に断言されてしまえば、炭治郎はそれ以上口を挟む事などできなかった。己の無力さと**が近い未来に受ける絶望を想像して、唇を噛みしめ俯く。少年の優しさに菊子は敢えて何も言わずに続きの言葉を紡いだ。

 

「かといって逃げるのも私の性に合わない。どうせ鬼殺隊の人間としては十分すぎるくらいに長生きしたんだ。迎え撃つ事で少しでも鬼殺隊に奴らの情報を残そうかと思ってね。当日は鎹烏を配備してもらうようにしているし、**の情報そのものは、あんたたちが明日去った後に全てこの屋敷からは消すつもりだ」

「…**はこの事は?」

「言える訳ないじゃないか。言ったらあの子はどんな手を使ってでも止めようとするだろう?何なら戦いの場に乱入しかねない。それじゃあ本末転倒だろう?」

 

 菊子の予想は恐らく正しい。それは己の能力や第六感に頼らずとも、**と短くない月日を共に過ごした炭治郎には分かった。きっと、**はそれを知ったら動かずにいる事ができない。そして、そんな行動を目の前のこの人が求めていないのは明白だ。だから、ただ肯定するしかなかった。

 

「…確かに」

「だからあんたも黙っていておくれ。…私たちの覚悟を無駄にしないで欲しいんだ」

「…わかりました」

 

 その後、食事ができたと呼びに来た**と共に皆で食事をした。一見**を歓迎するかの如く豪勢な食事は、炭治郎にとっては菊子さんたちの最後の晩餐の様にも思えたし、仲間の話や日常の話を楽しそうにする**に向ける菊子さんや千代子さんの眼差しは、今生の別れを惜しむ肉親の様にしか見えなかった。

 

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