「よっ、炭治郎、**、元気そうだな」
次の日、指定されていた場所に向かうと、後藤さんともう1人、初めて見る女性の隠が待っていた。目がクリクリの美人さんだ。
鬼滅の世界って原作で名が出ていないモブでも皆美男美女だから恐ろしい。そういう意味では、1番不憫なのは簡単三姉妹と揶揄されるきよちゃん、なほちゃん、すみちゃんじゃないかと思ったりする。もしかしたら吾峠先生はきよちゃんたちを考えた当時、新キャラ作成に疲れていたのかもしれない。インパクトの塊な柱衆が初登場した直後だもんね。
「後藤さんお久しぶりです。里への案内担当って、後藤さんだったんですね」
「久しぶりだな。いや、俺が連れて行くのはほんの一部の距離だけだ。一定の間隔で次の隠と交代する」
後藤さんに声をかけると、気だるげな返事が返って来た。隠的に見てもこの業務って面倒くさいんだろうなぁ…。申し訳なさを感じる。でもこうしないと里まで行けないから、許してほしい。
「後藤さん!お久しぶりです!そしてそちらの方も初めまして、竈門炭治郎ですよろしくお願いします!!」
「明暗**と申します。お忙しいところ恐れ入りますが、よろしくお願いいたします」
隣の炭治郎が物凄い勢いでペコーっと頭を下げたので、私もそれに倣って女性の隠さんに丁寧に挨拶をした。私の挨拶を見た後藤さんが「俺ももっと敬えよ…」とぼやく。
いやぁ…先輩だし、仕事仲間だし、礼儀を尽くすべきなのは承知しているんだけど、なぜか後藤さんに対しては気が緩んじゃうんだよなぁ…。勿論そう言われた後、笑いながらも改めて頭を下げたよ。冗談の通じる素敵な先輩です。
「では行きましょうか…これを」
「これって…?」
挨拶もそこそこに、目的地へと向かう事になった。女性の隠さんから差し出されたのは目隠しと耳栓。炭治郎が頭にはてなマークを飛ばしながらもそれを受け取る。そういえば、炭治郎にその辺の説明するのを忘れてたな。昨日は師範たちに鬼殺隊の仲間の話や鬼の話をずっとしていたから。
「里は隠されているからな。場所が分からないように、お前たちには五感を塞いで貰うんだよ。ほれ、炭治郎は鼻栓もつけろ」
「ええっ!息しづらいですよ…」
鼻に詰め物をされ、更に目隠しと耳栓もつけさせられながら、後藤さんに説明された炭治郎がぶーたれる。まぁ、しょうがないよね…。嗅覚が鋭いとこういう所で弊害が起こるのか。
「ドンマイ炭治郎…」
「何を言っておられるのですか、あなたもですよ?」
私が同情から炭治郎の肩を軽く叩くと、同時に私の肩もポンと叩かれた。肩叩きの3連鎖。私たちの目は自然に彼女へと向けられる。
というか、私も?
「私は鼻、良くないですよ?」
「存じております。あなたは勘が非常に鋭いですよね?近くまで行けば場所が分かってしまう可能性もあるかと」
た…確かにそう言われればそうだけどさ。どないせぇっちゅーねんて。…嫌な予感がする。
「え~っと…つまり…?」
「しばらくの間気絶していてもらう事になります」
「嘘やん」
「悪く思うなよ」と言われて後藤さんに腹パンされる。
剣技の才能が無かったとはいえ、彼らの多くは、かつては剣士を目指していた身だ。おまけに隠の仕事は肉体労働が多いため、力が強い。つまり何が言いたいかというと、一発一発がメチャメチャ重い。
それでも、上弦に対抗するため日々鍛錬している私は簡単に気絶できない。無駄に強靭になった己の身を、この時ばかりは恨んだ。
そんな訳で後藤さんの腹パン数発程度ではノックダウンさせて貰えず、女性の隠さんも加わって暫く集団リンチに遭った後に私は意識を飛ばした。
…酷過ぎる。最後に「どんだけ堅ェんだよお前…」って後藤さんの呆れ声だけが聴こえた。
◇◇◇
「わ~!!凄いな**!!鍛冶屋がいっぱいある!それにこの匂い…近くに温泉もあるようだぞ!!」
「…凄いね」
ごめん、炭治郎。私、君みたいに素直に喜べない。君は耳栓目隠し鼻栓していたから知らないかもしれないけど、私、意識を取り戻す度に再度気絶させられるのを何回も繰り返してたんだ。横暴過ぎない?もしかしてこれ、今後も刀鍛冶の里に行く場合はその度に毎回やらされる訳?嫌過ぎじゃない??
テンションの低い私を心配してくれる炭治郎。推しのその気遣いだけで私は生きていける。嘘、やっぱちょっときついかも。
ともかく軽く手を挙げる事で特に問題はない事をアピールしておく。心配そうにこちらを見やる2人の隠さんにも丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。後、里長は何処にいらっしゃるか教えて頂けると嬉しいです」
「あっ…あちらを左へ曲がった先です。その…お大事に…」
その心遣いが今の私には苦しい。
教えられた通りに左へ曲がると、少し歩いた先に恐らくこの里で1番大きな屋敷であろう建物が見えてきた。玄関口で名乗り、挨拶したい旨を伝えると、お面を付けた若い女性が快く出迎えてくれる。どうやら御館様が事前に連絡しておいてくれたらしい。
案内されるままに屋敷の中を進むと、一番奥の部屋に来た。中から3人分の気配がするので、恐らくは長とお付きの人ってところだろう。障子を開けて一礼し、そのまま促されて炭治郎共々正座をする。
「どうもコンニチハ。わし、この里の長の鉄地河原鉄珍。よろぴく」
唇がえらく長いひょっとこのお面を付けた小柄な老人が、やたらと緩い口調で挨拶してくれた。あの細長い唇、日常生活で邪魔じゃないのかな?とかお節介な考えが頭をよぎる。そもそもお面自体が邪魔じゃないのかって話だけど。
「里で1番小さくって1番偉いのワシ。まあ、畳におでこつくくらいに頭下げたってや」
「竈門炭治郎です!よろしくお願いします!!」
「…明暗**です。お忙しい中お出迎え頂き、ありがとうございます」
長の言葉を真に受けた炭治郎が、文字通り畳におでこがつくまで頭を下げる。勢い余ってゴン、と物凄い音がした。…この子、ボケとツッコミのスイッチ切り替えが激しいのよね…。
絶妙な表情を隠せずに炭治郎を見つめつつ、しかし礼儀正しいのは良い事なので私もそれに倣って深々と頭を下げて挨拶した。それを見た長が少し笑いながら私たちにとかりんとうをくれる。基本的には優しいお爺ちゃんらしい。ありがたく頂き、ぼりぼりと齧りながら世間話に花を咲かせる。
…それにしても、美味いなかりんとう。疲れた肉体に優しい甘さが染み渡るぜ…。
「ほんで、要件は蛍の行方と兜の打った刀じゃったかの?まず蛍なんやけどな、今行方不明になっててな~。わしらも探しとるから、堪忍な」
「蛍に兜?」
「そうや、鋼鐵塚蛍と珠守兜。2人ともわしが名付け親」
どうやら鋼鐵塚さんだけではなく、私の担当刀鍛冶の珠守さんも長の養子だったらしい。可愛らしい名前なのに頑固で気性の荒い鋼鐵塚さんと、いかつい名前なのに凝り性で虚弱体質の珠守さん。ある意味、長の名づけセンスは壊滅的ともいえるかもしれない。
炭治郎が「可愛い名前ですね!」と感想を言葉にした。本人が聞いたら怒るだろうから、今はいいけど言葉を発するタイミングは自重してほしいと思う今日この頃である。伊之助の時然り、平気で地雷踏んでいくからねこの子。
というか、さらりと流されたけど、行方不明って結構な重要問題じゃないだろうか?どう考えても名前より先に反応するべきだと思う。
「あの子は小さい時からあんな風や。す~ぐ癇癪起こしてどっか行きよる。すまんの…」
ああ、小さい時から行方不明常習犯だったか。それならば慣れたものなんだろうな、大して焦ってないのも頷ける。心の中で前言撤回をしておく。本当、この里の人間は変わり者が多い。まぁ、長からして変人オーラ凄いし、必然か。
「いえいえそんな…!俺が刀を刃こぼれさせたり折ったりするからで…」
「いや、違う」
むしろ謝るのは自分の方だと、炭治郎が申し訳なさそうに言葉にする。その言葉を否定した長は、一瞬のうちに場の空気をがらりと変えた。
「折れるような鈍を作ったあの子が悪いのや」
それは、刀を打つ事に生涯を捧げてきた者の気迫。鬼を滅する刀に心血を注いできた人間の気迫だ。私も炭治郎も、思わずその気迫に気圧されて言葉を失った。…当然だが、ただの変わり者なお爺ちゃんというわけではなさそうだ。この人は、正に刀鍛冶の長になるにふさわしい人なんだ。
私たちの心境を知ってか知らずか、長はケロリと口調を戻し、今度は私に向き直って話を続けた。
「それと、**ちゃんの刀はの、もうあと数日でできると思うがの。あの子もなぁ~~~剣士のための刀を丁寧に作るのは良いが、その度に体調崩すからの~…。今回は自慢の刀が折られた事が特に悔しかったらしくての。えらく張り切っとった。何回か三途の川が見えたとか言っとったわ」
「…お願いですから、ご自愛ください」
これまた慣れた口調で長がえげつない言葉を発した。三途の川って、そんな日常的に見えるものだっけ?というか、刀鍛冶って本っ当にまともな人居ないの??
ツッコミ始めるとキリがないので、辛うじて労わりの言葉だけを口にする。長は特に気にするでもなく「いい子だの~」と軽く返した。
「2人とも上弦の鬼と戦ったっちゅー事で大変だったと聞いておる。うちの里の温泉は弱った身体にも効くから、まぁゆっくり過ごしてや。あと、あんたらは知ってるかもしれんが、上弦の鬼に備えてこれから暫くの間に里の全員がここから撤退するように言われておる。兜の刀はそれまでには完成するじゃろが、蛍がそれまでに見つからなければ、炭治郎くんの刀鍛冶は別の者にする」
「えっ…撤退?え??」
長の言葉に炭治郎が目を白黒させる。やべ、炭治郎にもうすぐ上弦の鬼が来るって話するの、忘れてた。なんか今回の私、色んな事がヌけてるな。少し気を引き締めなければいけない。
「炭治郎、後で説明するから。長、暫くの間お世話になります」
そう言って頭を下げ、炭治郎と共に立ち上がると、長はひらひらと手を振ってくれた。
◇◇◇
「**、どういう事なんだ?撤退命令が出ているって…」
里の人に温泉の場所を簡単に説明してもらって2人になると、炭治郎がくわっと食い入るように私に迫りつつ尋ねて来た。あー!!お客様!距離が近いです!!…じゃなくて。
数cmで拝む綺麗な顔面に少し心拍数が上がるが、鍛錬の中で鍛えた平常心を駆使して返事をする。
「ここも物語の重要な場所なんだよ。特に炭治郎にとっては。…まぁ、取り敢えずは温泉に浸かろう。その後ご飯を食べながら説明するからさ」
「う~ん…わかった」
私がそう言うと、渋々ではあるが納得してくれた。忘れていたとはいえ、今すぐに焦って説明する事もない。ひとまず名物の湯に浸かろう。もう私のHPは限界近いんだ。
案内された温泉への道には、数mおきに“湯”の看板があり、えらく主張が激しい。どんだけ温泉を推しているんだろうか、と思わないでもないが、何だかんだ言っても期待は高まる。
温泉!久しぶりだなぁ~元の世界で旅行に行った時に入ったのが最後かもしれない。多分5年近く前の話だ。
ウキウキ気分で温泉への階段を上がって行くと、上から物凄い勢いでデカいおっp…と桃色の髪を揺らした女の子が駆け降りてきた。
「あー!!炭治郎くんと**ちゃんだぁー!!!」
「蜜璃さん!?」
前方から走り寄って来たのは恋柱、甘露寺蜜璃さんだった。煉獄さん繋がりでそれなりの面識はあるため、私たちを見つけるやいなや物凄い大声で名前を呼び、更にその足を速める。流石柱と言うべきか、浴衣姿でよくあんなに走れるな…そして揺れる胸が目に眩しい。
なんとなく嫌な予感はしていたが、案の定、隣の炭治郎が早速地雷を踏みやがった。
「あー!気をつけて下さい!乳房が零れ出そうです!!」
「アホ!!」
知ってるの!知ってるのよ炭治郎!あんたが悪気なくそういうのを言う子だってのは!でもね、言って良い事と悪い事があるの!!あとそのやや広げた手は何をする気なの?零れそうな乳房を拾う気なの?
真剣な表情で叫んだ炭治郎の頭を思わずグーで殴る。さして彼にはダメージはないようだ。そして当の蜜璃さんも、炭治郎の発言で気分を害した様子はない。むしろ別の事で気分を害していたようで、私たちの元に駆け寄るなりべそべそと泣きながら愚痴を言い始めた。
「聞いてよ聞いてよ!私そこで無視されたの~!挨拶したのに無視されたの~!名前も聞いたのに無視なの~!!酷いと思わない!?」
「そ、それは残念ですね…?」
ワンワンと身振り手振りで騒ぎ立てる蜜璃さんに、炭治郎がなぜか疑問形で慰めの言葉をかけた。成人手前の柱がその程度で泣く程悲しがる必要もないと思うけど、これが蜜璃さんクオリティ。多少は落ち着いて欲しいと思いつつ、こういう無垢な所が私は結構好きだったりする。
そしてこんな純粋でイイ子な蜜璃さんが無視されるだとかいう子どもっぽい意地悪をされる理由なんて、ある程度予想はつく。
「蜜璃さん、その子、男の子ですか?歳は?」
「え?あなたたちくらいの年の男の子よ?」
不思議そうに小首を傾げる蜜璃さん。予想的中。やっぱりか。
「あ~、だったら多分、蜜璃さんが可愛くてドキドキして返事が出来なかっただけじゃないですか?おまけにその恰好で話しかけたら、年頃の男の子は目のやり場に困りますよ」
「乳房が零れそう」なんて真顔で言う馬鹿とは違って、大抵の男はこんなエロ可愛い上官に話しかけられたら目を背けるだろう。まして思春期。視覚の暴力を受けたその子は、ある意味被害者と言えるかもしれない。私がそう言うと、蜜璃さんはポッと顔を赤らめた。キュンとしたらしい。
「え…?可愛いだなんて、**ちゃん、やだぁ~!!」
この人も炭治郎たちに負けず劣らずチョロいと思う。バシンと背中を叩かれた。かなり痛い。
「ゲホッ…事実ですよ~。だから浴衣くらい、胸元はもう少し閉じた方がいいですよ。それより今日の晩御飯はさつま芋ご飯らしいです。時間が合えばそちらで一緒に食べましょ?」
「えー!ほんとォ!?わかった!大部屋で食べながら待ってるわね!」
思わずむせ込みながらもご飯の話をすると、泣いていたのが嘘だろってくらいにケロリと笑顔になって手を振りつつ階段を降りて行った。
恐らくご飯の話しか頭に入っていないと思う。胸を隠す気は皆無みたいだったから。隊服のせいで服装のTPOがバグってしまっている蜜璃さんである。ゲス眼鏡許すまじ。
「…相変わらず食いしん坊な人だな」
ルンルン気分で嵐の様に去ってしまった蜜璃さんの後ろ姿を眺めつつも炭治郎が呆然と呟いた。そんな彼に、私はニヤリと笑って軽くとぼけた口調で言ってやる。
「煉獄さんそっくりだね。あの師匠にしてあの継子あり。炭治郎も気づかないうちにそうなってるかもねぇ~」
語彙力が成長しない所とか天然で色々やらかす所は3人ともそっくりだと思う。案外炭治郎も数年後にはあんな風になっているかもしれない。私の揶揄いに対して、炭治郎は少しムキになり、むんと声を張り上げる。
「流石に俺はそこまで食い意地は張ってないぞ!」
「は~い師匠や姉弟子を馬鹿にしてるぅ~不敬~」
「うっ!?そんなつもりはないぞ!」
「というか、姉弟子に「乳房が零れそうです」は駄目。姉弟子っていうか、女性に軽率にああいう事を言っちゃ駄目。炭治郎はカッコいいし心が綺麗だからまだ大丈夫だけど、そうでもない人が言うとセクハラになるよ」
「せっセクハラ!?前に教えてくれた『せくしゅあるはらすめんと』というやつか!?」
「そ。…まぁ、蜜璃さんはそこまで気にしてないだろうけど、気を付けな~。今はともかく、おっさんになってからも同じ発言してたら完全に事案だからね~」
そんな話をしながら階段を登ると、温泉が見えてきた。ほかほかと湯気が立っており、私にもわかるくらいに温泉の良い匂いが立ち昇っている。でも、文字通りの天然温泉のようで、男女を区切る柵なんかは全くなさそうだ。
広いし目隠しになりそうな岩もあるから、場所を決めておけばそう気にする事もないのかな…?自他共に認める変態オタクの私でも、流石に推しとの堂々とした混浴は自重する意思がある。
「あれ、誰か居る…?アイテッ」
私よりも早く匂いで人の気配に気づいた炭治郎がぽそっと言った時、前方から白い何かが飛んで来た。その小さな欠片はまっすぐ炭治郎のおでこに着地し、そのまま彼の手のひらに収まる。
「なんだこれ、歯…?歯の落とし物!?」
「歯ぁ??落とし物…って言っていいのか知らないけど…」
そう言いながら飛んで来た方角に目を向けると、先程炭治郎が言った人であろう人影が見えた。側面刈りの輩ヘアーに高身長のムキムキマッチョメン。後姿だけでもいかつい上に、嫌な事でもあったのか、子どもが泣いて逃げるくらいのオーラを放っている。
不死川玄弥だ。
「不死川玄弥!!」
「死ね!!!」
私が言うよりも早くその人物の名を叫んだ炭治郎。こちらを振り返った玄弥は一言、罵声を浴びせた。
…もしかしてその「死ね」って、私も含まれていたりする?しないよね?私、炭治郎と違って彼を殴ったり骨折ったりしてないし。
余談だが、最終選別後の炭治郎と玄弥の騒動に関しては止めに入る事もなく静観していた私である。選別の疲れと推しを至近距離で見るインパクトから動くに動けなかったので、静かに見ていた。いや、心は静まってなんかなかったけど。目の前で繰り広げられるアニメ瓜二つの光景によだれ垂らしてたけど。
もうね、近くで見る推しの姿に脳内綿菓子状態でしたよ。選別中少しだけ一緒に行動していた伊之助だって、急に斬りかかって来られた時と鬼が居た時は命懸かってたから普通に対応できたけどさ、その後急にオタク特有の語彙喪失状態になってまともに会話できてなかったもん。しょうがないじゃん、推しなんだから。私は悪くない。
今更だけど、鼓屋敷でかまぼこ隊と遭遇した時に比較的落ち着いて話せたのは、そんな感じで多少は生の推しを見るのに慣れていたというのもあるわけ。
当の炭治郎はといえば暴言を吐かれた事は気にもせず、目の前で早着替えよろしくものすごいスピードで服を脱ぎ始めた。流石の私もぎょっとして目を逸らす。なんなのこの子!いつもは男女の恥じらいがどーのとか言う癖に!大方、玄弥に話しかけたいあまり忘れてやがるな!
割と雑に置かれた箱の中から禰豆子が不満そうに顔を出した。まだ夕日が出ているが山の中にそこまで光は入ってこないため、出てきても問題ないと判断したのだろう。しかし今の私にそれを気にかける余裕はない。だって炭治郎の尻が目の前で輝いていたんだもの。常人には見えない位早い着替えだったけれど、私には見えたよそのお尻。そして少しぶらぶらしていたものも目に入った。何とは言わない。ナニだ。炭治郎の炭治郎は思いの外大きいらしい。
私の心中なんざいざ知らず、あっという間にすっぽんぽんになりそのままどぽんと頭から入水し、すぃ~っと玄弥の元まで泳ぐ炭治郎。おい湯船で頭を浸けるな!!ていうか玄弥も裸だし、完全に私目線で言うならラッキースケベですありがとうございます!
「久しぶり!元気でやってた!?風柱と苗字一緒だね!!!」
勢い良く湯から顔を出し、一息にそう叫ぶ炭治郎。1度ならず2度までも!どう考えても地雷なのに!踏み抜いていくねぇ!!むしろお前は地雷の上しか歩けないのか!?
「話しかけんじゃねぇ!!」
一喝、そして炭治郎の頭を湯船に思いっきり突っ込んだ。当然の結果と言えるだろう。そして憤慨した様子でずかずかと湯船から出て着替えを取るべくこちらへ向かってきた。
お気付きだろうか?そう、全裸でだ。
「…」
「…」
イライラして気にしていなかった風の玄弥も、私の目の前まで来た辺りでようやく事態に気付いたらしい。私と目が合い、怒った顔のまま硬直した。まるで時間が止まったようだ。
2人して無言のまま数秒経ち、そのまま2人して目線は玄弥の玄弥に向けられた。
「…」
「…」
玄弥が顔を真っ赤にして手ぬぐいで息子を隠す。私も非常にコメントに困る。ここに玄弥しか居ないという事は、十中八九、蜜璃さんを無視したのは玄弥だろう。恋柱の浴衣姿にも赤面するようなウブだ。当然、同期の女に裸を見られたら恥ずかしいに決まっている。
「…すまん」
「…いや、こちらこそ。私は何も見てないから」
そのまま何事も無かったかの様に、しかし確実にぎこちない動作で、彼は服を着て屋敷へ戻っていった。逞しい彼の身体にぴったりな逞しい息子さんでした。普段なら鼻血案件だけど、だけど…私はこのやるせなさをどこへやったらいいんだろうか。
何とも言えない気持ちで呆然としていると、湯船から顔を出した炭治郎が叫んだ。
「ぶはっ!!…って玄弥!あいつ**の前で裸体を晒しただろ!!」
「やかましい!!」
お前が言うなと言いたい。
◇◇◇
「あぁ~…いい湯だ…」
年寄り臭い?うるさいほっとけ。元の世界以来の温泉、それも山に湧いた天然温泉に浸かって極楽気分にならない訳がないというものよ。この時代特有のものなのか、天然温泉だからなのかはわからないが、間仕切りもない大きな湯船が1つしかないのが辛い所。
だからといって温泉を我慢できるわけもなかったので、辛うじて目隠し代わりになる大きな岩を挟んで、私と炭治郎は湯治を堪能していた。
「**は、元の世界では温泉はなかったのか?」
私と同じく極楽と言わんばかりの声を出しながら湯に浸かっていた炭治郎が、ふと聞きたくなったとでも言わんばかりに私に疑問を投げかけて来た。
温泉の魅力に負けて混浴を許したとはいえ、私の方には一切目を向けようとしない徹底ぶりだ。善逸ならチラ見するだろうし伊之助ならむしろ気にする意味も分からずに見せつけてくるだろう。「山の王の肉体だ!」とかなんとか言って。そうなったら温泉どころではない。何事にも超えてはいけない一線というものがあるのだ(玄弥の玄弥はノーカン)。今私が温泉を堪能できているのは長男の人徳故であるとも言える。
「ん~?一応はあったよ~。つっても天然温泉は一握りで殆どは人が造った温泉だったけどね」
「へぇ~…そう聞いていると、100年後の世界って不思議な感じだな。予想もできない事が多いけど、それ以上に今の俺たちと変わらない所も多いな」
確かにそうかもしれない。お湯を手ですくいながら炭治郎の言葉に耳を傾ける。ご機嫌な禰豆子がばちゃばちゃと湯船で泳ぎながら私の方にやって来た。禰豆子だけが男女の意識をする必要なく私と炭治郎の間をさっきから泳いで回っている。実年齢14歳だけど、現時点で精神年齢は幼女だからセーフだろう。身体も小さくしているし。
「炭治郎は私の居た世界の話を聞くの、好きだよね」
「**の事はもっと知りたいからな。…それに、**が居た世界を知らなければ**の悩みを共有できないだろう?」
禰豆子の顔を手ぬぐいで拭いてやりながら、その言葉を頭の中で反芻させる。悩みなんて、炭治郎に話したっけか?
「悩みって?」
「**、何か悩んでいるんじゃないのか?」
「…それって匂い?」
図星を突かれてドキリとする。頭をよぎったのは、蝶屋敷で見たあの光景。私無しで完成された物語の一幕。
「それもある。いつからかはわからないが、少なくとも俺が起きた頃には既に不安の匂いがしていた。」
「やっぱチートスキルだよねぇ…」
「俺だけじゃないぞ。善逸も**から歪な音がするって言ってたし、伊之助だって心配していた。俺が目覚めた時になぜか病室に入って来ずに泣きそうな目で俺たちを見ていたからって」
あ~…彼らのチート具合を知っていたとはいえ、少し予想外だ。特に伊之助は、件の病室の一件でも私に声をかけようとしなかったから、気づいていないと思っていた。匂いや音で霞みがちだけど、触覚が鋭いのも中々チートだと思う。現にあの時誰もこちらには気づかなかったし。…気配を消すのは得意なのになぁ。
とはいえ、ここまで分かっているのなら隠しようがない。再び泳ぎ出そうとする禰豆子を見送り、私は自分の感情を確かめるように言葉を紡いだ。
「う~ん…何て言うのかな。なんか、怖くて」
「怖い?」
「そ。現実であって現実でないような…って感じ?」
初めは非日常感を楽しんでいた。アニメの世界に入れるだなんて夢みたいじゃないか。でも、実際は違う。彼らは自分の意志で、生きている。その事に気付いてから、自分がこの世界の未来を知っている事が一気に怖くなった。
「**が心配しなくても、少なくともこの世界は現実だぞ?**が居て、俺が居て、禰豆子や善逸や伊之助が居て、…倒すべき鬼が居て」
「炭治郎たちは現実だよ。…でも私は?物語に、私は居てもいいの?」
本来は私抜きで完成されていた世界。私はそこに居て良いのだろうか?ある時存在丸ごと消えちゃうんじゃないかって、不安になる。彼らを仲間として慕えば慕う程に。
「…**は凄いな。たった1人で見知らぬ世界に来て、不安でいっぱいでも俺たちのために俺たちと戦ってくれる。俺ならきっと、耐えられない」
炭治郎は静かにそう言うと、ザバリと温泉から出た。少し逆上せそうになっていた私もそれに倣って、湯から這い出て手ぬぐいを取る。
まだ夕方にもならない時間だが、太陽は傾き始めている。冬に差し掛かっているという事は、時間が流れているという事だ。彼らと出会ってから、季節は1周りしようとしている。
「…そんな、こと…」
「でも、前も言っただろう?俺たちにとって**はかけがえのない人だ。**が居ない事で完成する世界があるのなら、俺はそんな世界は要らない。物語の内容は詳しく知らないが、**が居る分の俺は物語の俺よりも幸せだって胸を張って言える。善逸も、伊之助もきっとそう言うだろう。自分が必要のない存在だなんて、頼むから思わないでくれ」
軽く身体を拭き、予め用意して貰っていた浴衣を身に着けながら炭治郎が言葉を続ける。目を合わせなくても炭治郎の心が痛いほどに伝わって、鳩尾のあたりがあったかくなった。温泉でも温める事が出来なかった心のしこりが温もりを持ち、ジワリと溶けていく。
なんだ、もっと早くに相談しておけばよかったなあ。私が思い悩んでいた事を炭治郎はいとも容易く解決してしまった。
「…うん、ありがと」
「悩みがなくなったみたいでよかった!俺はまっすぐなその匂いをさせている**が1番好きだ!」
私が着替え終えたのを察した炭治郎は、ようやく振り返ってにっこりと笑った。赤混じりの黒髪が夕日に照らされて眩しく輝く。どうしてだか目を逸らせなかった。
「**、どうしたんだ?風邪ひくぞ?髪も傷んでしまう。せっかく伸びてきたのに」
一枚の絵の様なその美しさに思わず見惚れていると、不思議そうな顔をした炭治郎がわしわしと髪を拭いてくれた。ちなみに上弦の陸に髪を切られてから少しだけ切り揃えて短くなっていた髪だが、2カ月の間にほぼ元通りにはなっていた。流れる様に髪に触れられ、神経なんか通っていないはずなのにむず痒くなる。顔に熱が集まっているのはさっきとは全く関係ない理由だと思う。
「炭治郎、あんたが人たらしって言われる理由わかった…」
「ん?どういう事だ?」
私がじろりと睨むと、心当たりがないらしい炭治郎は首をこてんと傾げた。形勢逆転、今度は私が説教をする番らしい。なんせ竈門炭治郎という少年は、自分の事には全く持って無頓着な無自覚天然ボーイな訳で。
「こういうのはね、本当に特別な人にだけするものだよ。私は大丈夫だけど、こんな事されたら炭治郎が自分の事を好いてくれているって勘違いする人も出てくるよ」
こんなイケメンで人格者な男の子に触れられて赤面しない女の子が居るのなら目の前に連れて来て欲しい。というか、実際に勘違いしてしまった犠牲者はもう出ている。藤の家の女の子が炭治郎にかけられた言葉で顔を真っ赤にしたりしてるのを見た事は、1度や2度ではない。
「俺は**だからしているんだぞ?流石に年頃の女性誰でもに気安く触れる訳ではない」
「…それ、私の事好きって発言になっちゃうけどいいの?」
「?俺は**が好きだが?」
これには私も大きなため息をついた。さっきの話の流れもあるから、私も悪いんだけどね。にしても、だ。どうやら私は炭治郎の中では家族とか男女の境目が限りなく薄い仲間とか親友の枠に入っているらしい。…いや、それは嬉しいんだけど。そうじゃなくて、全体的に無自覚たらしな言動が多い事に説教しているわけで。いやでもまず今の発言から訂正するべきで。…ああもうわからなくなってきた。
泳ぐのに飽きたらしい禰豆子がぴょっこりと湯船から出てきた。その小さな身体を拭いてやりながら、ゆっくりと噛んで含めるように言い聞かせる。全ては自分がどんだけ罪深い事をしているのか、無自覚ボーイに自覚させるために。
「だぁかぁらぁ~…!LIKEじゃなくてLOVEの方!」
「…らいくが友達とか仲間とか親愛で、らぶが想い人への愛情だったか?」
「そう!さっきみたいな言い方したら、まるで炭治郎が私の事を懸想してるみたいに聞こえるよ?」
「…え?」
ようやく私の意図に気付いたらしい炭治郎は、暫くの間を置いた後にぼんっと音がしそうなくらい一気に顔を赤らめた。逆上せあがった顔からはぽたぽたと鼻血が噴出。そのまま私も禰豆子も置いて一目散に山を駆け降りて行ってしまった。置いて行かれた私たちは唖然としてお互いの顔を見合わせるしかなかった。
◇◇◇
あの騒動の後、私たちは大部屋で蜜璃さんと共に食事をとっていた。今炭治郎と顔を合わせるのは気まずいかと心配もしたが、何があったか彼はケロリとしていたので安心している。…まあ、もしかしたら温泉の熱にやられただけかもしれないし、考え過ぎはよくないな。思春期男子の考える事はよくわからん。
ギリギリ秋の空気が残っているくらいの冬といった今の時期には、温かいご飯が殊更心地良い。先程話していたさつま芋ご飯をはじめ、カボチャの煮物やタラの芽の天ぷら、焼き魚…。
そしてそれをダイソ〇もびっくりの吸引力で食べまくる蜜璃さん。
「相変わらず良く食べますね!俺もいっぱい食べて強くなります!」
そう言って負けじとご飯をかっ込む炭治郎。2人の間には、みるみるうちにどんぶりが積み上げられていく。炭治郎…この子、原作ではこんなに食べる子だったっけ?やっぱりあの師匠にしてこの弟子ありか…恐るべし煉獄式教育。彼らの食べっぷりを眺めながら、私はふと思い出して蜜璃さんに先程の温泉での私を持ちだした。
「そういえば、蜜璃さんが言ってた男の子、私たちの同期でした。ほら、最近悲鳴嶼さんの継子になったっていう…」
「え!?そうだったの?確か、悲鳴嶼さんの継子って、不死川さんの弟さんだったわよね?」
最近玄弥が岩柱の継子になったという話は、鬼殺隊士の間でもかなり有名になっている。
呼吸が使えない新米隊士が継子になったら当然だろう。
そもそも呼吸は鬼殺隊士になるうえでの必須技術とも言える。それが使えない時点で彼はかなり噂の的ではあった。炭治郎の鬼連れ隊士事件が起こってからはそちらに関心が向けられていたが。
…こうして私たちの代が悪目立ちしていくのである。仕方ないけど。蜜璃さんに頷きつつ、私は苦い顔でお茶を啜った。
「…でも、不死川さん、弟居ないって言ってたの。どうしてそんな事言うのかしらって思ったから、良く覚えてるのよね~」
「蜜璃さん、確か俺と一緒で弟妹が沢山居ましたもんね!」
「そうなのよぉ!皆可愛くって仕方ないの!」
弟妹談議に花を咲かせる炭治郎と蜜璃さん。適切な言葉が見つからず、私は彼らの話には口を挟まずにご飯を一口食べた。きっと、不死川さんの弟への愛を察するには、彼らは純粋過ぎるんだと思う。
「玄弥に話を直接聞けたら良いんですけどね…」
「あの子来ないみたいよ?私、最近ずっとここで食事してるけど時透くんや里の常駐隊士以外見た事ないもの」
食事を終えて手を合わせながら炭治郎がそう言うと、蜜璃さんがご飯を更におかわりしつつそう答えた。どうやらまだ食べるらしい。それでも煉獄邸で修行した後に一緒に食事する時はもっと食べるから、彼女なりに遠慮しているんだと思う。
そんなことよりも、蜜璃さんの何気ない言葉が少し引っかかって私は口を挟んだ。
「え?蜜璃さんずっとここに居るんですか?というか、時透さんも…?」
「そうよぉ!御館様からの極秘任務で、私たち暫く前からずっとここを警備してるの!」
元気良く極秘事項を漏らす蜜璃さん。聞いたのが事情を知っている私や主人公の炭治郎だったからよかったものの、こんな簡単に情報漏洩を起こしていいのだろうか?そう考えていると、聞き覚えのある声が後ろから聴こえてきた。
「え~と…あ、甘露寺さんだ。甘露寺さん、そんな簡単に言ったら極秘任務じゃないです」
「あっ時透くん!」
キュン!と音が聴こえそうなくらいに嬉しそうな声音で蜜璃さんが彼の名を呼んだ。それに釣られて私たちも声のした方へ目を向ける。そこには感情の抜け落ちた様な瞳をしてどこか儚げな雰囲気を纏った美少年が居た。時透無一郎だ。
「時透くんもご飯?一緒に食べましょ!」
「いや、結構です。興味ないんで」
蜜璃さんがそれを聞いてシュンとする。炭治郎が憤慨して文句を言おうと口を開いた時、ドタドタと足音がして、更に10歳くらいの子供が飛び込んできた。大きな瞳のひょっとこ面を付けた男の子は、時透さんを見つけるなりその胸倉に掴みかかった。
「お前!よくも絡繰人形を壊したな!!」
「うるさいなぁ、良い修業になったんだからいいじゃん」
胸倉を掴まれても全く動じることなく、むしろその腕を捻り上げてポイっと投げた。あの細腕のどこからそんな力が出てくるのだろう。襖に叩きつけられそうになった男の子は、すんでのところで蜜璃さんにキャッチされた。それを見て何を感じるでもない表情で、時透くんはつらつらと意見を述べる。
「壊れたから何?柱の鍛錬に使えたんだから絡繰も本望でしょ。それで僕ら剣士が強くなれば人の命が救われる。ぐだぐだぐだぐだそんな事言ってる間に新しく作るなり直すなりすりゃあいいじゃん。自分の立場を弁えなよ」
「う…」
「それはあんまりなんじゃないですかねぇ!?」
えらい口が回るな、時透さん。まあ鍛錬に絡繰が使えるのは有益だし、一理なくもないんだけどさ。しかし柱といえど流石に度を越えた発言だ。
文句を言うために私が口を開こうとするよりも先に、炭治郎が立ち上がって叫んだ。私を含め、その場に居た全員の視線が彼へと注がれる。なんだかモヤモヤ?むしゃくしゃ?するらしく、両手を気持ち悪そうにワキワキしながら言葉を続けた。
「こう…何かこう…何だろう、配慮かなぁ!?配慮が欠けていて残酷です!子ども相手に容赦なく手を出すのもそうだし、相手の大切にしている物への思いやりもない!甘露寺さんに対してもそうですけど、人に対する気遣いが感じられません!!」
よく言った!言いたい事を全部口に出してくれた!この場の全員子どもだからね?とか言うのは言ってはいけない。しかし、時透さんはそれをさして気にする風でもなく、視線を漂わせた後に禰豆子に目を向けた。
「その子、鬼?なんで鬼がこんな所に居るのさ」
そう言って刀に手をかけて一瞬のうちに禰豆子に近づく。その頸を斬るために。蜜璃さんは男の子を抱えていて反応が遅れ、炭治郎は時透さんを挟んで禰豆子と反対の場所に居るため間に合わない。炭治郎の禰豆子を呼ぶ悲痛な叫び声が響いた。
「…何?邪魔なんだけど斬れないじゃん」
「斬ったら駄目だから邪魔してるんですよ。春先の柱合会議の際に決定した話じゃないですか。御館様のご命令ですけど?」
運良く禰豆子の傍に居た私が、禰豆子と時透さんの間に入ることで何とかなった。流石に人間、それも隊士を斬る意志はないのだろう。刀身は私の頸筋で寸止めされた。わずかに皮膚が裂けてつうっと血が流れる。地味に痛い。
「そんな命令あったっけ?」
「あったわよ時透くん。禰豆子ちゃん…その子を殺しちゃ駄目。あと、仲間や子どもを傷つけるのも駄目よ。そんなのキュンとしないわ」
ぼんやりと呟く時透さんに、蜜璃さんが答える。この場の全員子どもだから、というのはやっぱり言ってはいけない。可愛い下がり眉をきゅっと吊り上げて、少し怒っているようだ。それすらも特に気にする様子はなく、持っていた刀とは別の、もう1本の刀を腰から外しポイと炭治郎に投げた。
「これ、折れちゃったから片付けといて」
そう言ってスタスタと部屋の端へと向かい、別の席に座った。話している時に悪いものを感じなかったので、彼の発言に悪意は一切ないのだろう。だからこそ性質が悪い。そして話の脈絡がそこらのJKよりもない。…なんだかどっと疲れた。
屋敷の女中さんがすかさずそんな彼に夕食を提供する。女中さんのあの素早さやテンションの高さから見るに、彼女は時透ファンクラブの一員なのだろう。その表情はお面をしていてわからないけれど。
「禰豆子!**!大丈夫だったか!?それに君も…」
炭治郎が血相を変えてこちらに駆け寄る。炭治郎に余計な心配をかけたくないので、私は頸の傷口を彼に見えないように身体の向きを変えた。そして先程飛び込んできた男の子に目を向ける。今更ながら、巨乳の美少女に抱きかかえられていた事に赤面し、鼻血を垂らしている。ブルータスお前もか。
「だっ大丈夫です…俺は…」
「君、名前は?なんであんなに怒ってたの?絡繰がどうとか言ってたけど」
心配そうにしながらも男の子を地面に下ろした蜜璃さんの質問に対して、ティッシュで鼻を拭いながら彼はぽつりぽつりと話し始めた。
「俺は小鉄です。あの人、俺の祖先が作った戦闘用絡繰人形を壊したんです。長が「柱の頼みは聞いてやりなさい」って言うから…本当は使わせるの嫌だったのに…」
薄々勘づいてはいたが、彼は原作にも出てきていた少年、小鉄くんらしい。原作では絡繰人形は腕が壊れてしまったものの、動かす事は出来ていたように思うけれど、本当に壊れてしまったんだろうか。
…というか、ちょっと待て。本当に壊れてたら、炭治郎がパワーアップできないじゃん!!
「こっ小鉄くん!その絡繰人形どこにあるの!?たぶん完全には壊れてないと思うから見に行こう!」
半分勘、半分願望で私は少し声を張り上げて言った。何故そんな事がわかると言いたげな小鉄くんに「私、勘が良いんだ」といつもの言い訳を使う。しかし、そんな私の言葉でも、それを聞いた小鉄くんはお面越しでもわかるくらいに涙をぽろぽろと溢した。確か、原作では小鉄くんの父親は最近亡くなったばかりだったと思う。きっと、絡繰人間の事を父親の忘れ形見の様に思っていたのだろう。蜜璃さんがそんな彼を優しく撫でる。こうして見ると、本当に弟を見守るお姉さんって感じだ。
「蜜璃さんも行きませんか?」
「ううん、私はもう警備に行かなくちゃいけないから」
私の誘いを残念そうに断った蜜璃さんは、少し恥ずかしそうにモジモジした後、私と炭治郎、禰豆子をがばりと抱きしめてくれた。
「あなた達は本当によく頑張ったわ。久しぶりに会ったけれど、最後に一緒に鍛錬した時から見違えたもの。上弦の鬼と戦って生き残る事が出来た。この経験は5年、10年分の修行に匹敵するわ。あなた達の事、応援してる!」
そう言ってパッと離れるなり、「じゃあね!」と言い残して去って行った。少し前に彼女がおかわりしていたご飯は、いつの間にか空っぽになっていた。
やっぱり私は蜜璃さんの事が好きだ。純粋で、まっすぐで。胸に温かいものを感じながら、私はぼんやりと呟いた。
「やっぱ良い人だね、蜜璃さん。」
「…そう、だな」
「…取り敢えず鼻血拭きなよ」
またか。思春期男子には刺激が強すぎたらしい。
◇◇◇
炭治郎の鼻血を止めてから、私たちは里から少し離れた山に向かった。時透さんが壊したという絡繰人形を見るためだ。幸運な事に、腕が1本折れて所々ヒビが入っているものの、問題なく動かす事が出来そうだった。
「良かった、まだ動く。腕、折れちゃったけど…。炭治郎さん、**さん、これが戦闘用絡繰人形、縁壱零式です」
小鉄くんがあちこち確認しながら静かに報告してくれた。どうやら腕を折られた事と一瞬動かなくなった事で彼自身パニックになり細部まで確認していなかったらしい。それでも、一部とはいえ壊された事のショックも拭い切れないようだ。ちなみに道中で自己紹介していたため、時透さんとは違ってちゃんと私たちの名前を呼んでくれている。
「…手が、6本あるのはどうして?」
炭治郎が人形を眺め、少し考えながら疑問を口にした。質問そのものとは別の何かで考えているように見える。
「あの人形の原型となったのは実在した剣士だったらしいんですけど、腕を6本にしなければその剣士の動きを再現できなかったからだそうです」
「その剣士って誰?どこで何してた人?」
「俺も詳しくは…戦国時代の人なんで」
炭治郎と小鉄くんのやり取りを見ていてピンと来た。確か原作にもそんなシーンがあったように思う。うろ覚えな記憶の中、私は口を挟んだ。
「継國縁壱だよね。戦国時代の、日の呼吸を使う剣士」
「え?!**さん、御存じなんですか?」
私の言葉に驚いて顔を向ける小鉄くん。流石に彼には異世界から来た人間の話は流れてきていないと思い、「まあね」と軽く返しておく。日の呼吸を使う剣士という事にも驚いていたが、それ以上に絡繰人形が戦国時代から使われ続けている事に驚いたらしい。ぐるぐると人形の周りを歩き、感心したように呟いた。
「それにしても、凄いねぇ。戦国時代からずっと使われているんだ、この絡繰。壊れたりしなかったの?」
「壊れたら俺の先祖が代々修理してきたみたいです。…でも、俺には直す技術はない。俺しか居ないのに。…だから、俺の代で終わりなんだ」
そう言って小鉄くんは近くの木の根元に座り込み、うなだれる。どうにも彼は自身の技量の無さを気にしているようだ。原作でもかなり頭の良い子だったような気がするし、正確に力量を測れるからこそ絶望してしまうんだと思う。
先祖代々伝わっていた修理技術だから、親から直接継承できなかったのはかなり痛手だけど。だけど、こんなに頭が良い子なんだから、努力すれば時間がかかっても不可能ではないと思うんだけどなぁ。
「どうしてそんな事を言うんだ。君には未来があるのに。今できない事もいつかできるようになるよ」
「…ならないよ。自分で自分が駄目な奴ってわかるもん」
同じように思ったらしい炭治郎の励ましも効果なく、小鉄くんは座り込んだ膝に顔を深く埋めた。そしてどうやら小鉄くんの言葉は炭治郎の地雷を踏んだらしい。呼吸を使って音もなく小鉄くんの元へ忍び寄り、まぁまぁキツめのデコピンを喰らわせる。若干小鉄くんのお面にヒビが入った。炭治郎、やり過ぎだと思うよ。
「あいてっ!?」
「投げやりになってはいけない。自分の事をそんな風に言わないで欲しいですわぁ…」
炭治郎の接近に気付かなかったらしい小鉄くんは、おでこを抑えながら素っ頓狂な声を上げた。それを気にする風でもなく、炭治郎が淡々と説教する。その顔は真顔で、逆に怖い。
「もし自分にできなくたって、次に繋ぐための努力をしなきゃならない。俺は鬼舞辻無惨を倒したいけれど、鬼になった妹を助けたいと思っているけれど、志半ばで死ぬかもしれない。でも必ず誰かがやり遂げてくれると信じてる。**や、善逸や伊之助や、いつか生まれるかもしれない俺の子どもが。繋いだ命がいつかやり遂げてくれるから」
「…」
そう言った炭治郎の曇りなき眼を、小鉄くんがじっと見つめる。そんな彼の傍らにしゃがみ込み、私も思いの丈を口にした。
「炭治郎の言った事は少し極端だけどさ、努力する事にはきっと意味があるよ。自分のためになるかもしれない、誰かのためになるかもしれない。どちらにしたって、蹲っているよりずっと良い。立ち止まってるよりも、泥臭く足掻いて進む方が、かっこいいじゃん?」
炭治郎の言う事は綺麗事かもしれない。私の言う事は取って付けた負け惜しみかもしれない。小鉄くんの心を動かせるならそれでも構わないと思う。炭治郎が小鉄くんの肩をガシッと掴んで鼓舞するように叫んだ。
「**の言う通りだ!だから、だからさ…一緒に頑張ろう!」
私たちの言葉は彼の心に響いたらしい。お面を取り、鼻水と涙を袖で拭うと、月を見上げながら「炭治郎さん、**さん」と呟き、静かに立ち上がった。言葉には決意の色が伺える。
「…あの澄ました顔の糞ガキよりも絶対に強くなってくださいね。全力で協力、しますので…!!」
…毒舌が凄い。小鉄くんから、柱もびっくりの殺気が溢れ出ている。この子もしかして剣士になる才能あるんじゃないかしら?絡繰技師よりも剣士にならない?推薦するよ?
私の隣で、炭治郎もその気迫に明らかに気圧されている。『え、なんか雰囲気変わってない??』って顔に書いてある。
「あ、あの、小鉄くん…?」
「あ、私は大丈夫。炭治郎だけに稽古をつけてあげて。2人で絡繰を使うよりも1人で使った方が効率良いだろうし」
「**!?」
「ふむ…確かにそうかもしれませんが…**さんは強くなりたくないんですか?」
「もちろんなりたいよ?でも、別でちょっとやる事があってさ。あと、この鍛錬は炭治郎1人でやった方がいいと思うんだ。これ、闇の呼吸の使い手特有の第六感から」
「なるほど…なら残念ですが、炭治郎さんだけでいきましょう。びしばしいきますよ炭治郎さん!」
「嘘…いや強くなれるのは嬉しいけど俺でもわかる嫌な予感する!**さぁん!?」
悪いな炭治郎、お前のためだ。
…三途の川を渡りたくないからとかじゃないよ、決して。