全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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感情

 里の人がほぼ全員居なくなっても、対上弦に向けて引き続き里の警護を命じられている私たちがやるべき事は変わらない。鍛錬を終えて、炭治郎と禰豆子と強引に引き摺って来た玄弥とで夕食を取っていると、炭治郎が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「**、今日変だぞ?稽古中も様子がおかしかったし…どうかしたのか?」

 

 禰豆子も隣で眉尻を下げながら見上げてくる。正直大丈夫ではないが、必要以上に心配をかけたくなくて私は微笑んで答えた。

 

「え、私そんなに今日変だった?」

「ああ、凄く。何かを振り切ろうとしてるみたいな、ガムシャラな太刀筋だった。それにずっと悲しい匂いがしてる」

「ん…まぁ、嫌な夢を見ただけだよ。気にしなくて大丈夫。ありがとね」

 

 私がそう言うと、炭治郎は泣き出しそうな顔できゅっと唇を噛みしめた。本当は大丈夫じゃないだろ、俺には相談してくれないのか?…そんな心の声が聴こえてくる気すらする。禰豆子まで同じような表情で私の腰にしがみついてきた。透き通った赫と桃の瞳がこちらを見つめてくる。

 最早今更だが、私はこの子たちのこういった表情にとても弱い。ワカメのお味噌汁を啜りため息をひとつついた後、正直に白状する事にした。

 

「師範と千代子さんが死ぬ夢を見たんだよ。ちょっと生々し過ぎて真夜中に飛び起きちゃってさ。本当にそれだけ」

「…っ」

 

 私の言葉に息を呑む炭治郎。うーん、こんな顔をさせたくなかったから黙っていたんだけど…。自身も家族を失っている炭治郎に対して、夢でも家族が死んだ話はあまりしたくなかった。あくまでも想像、たかが夢だし。

 しーんと静まり返った空気を何とかしたくて、玄弥に話を振ってみる事にする。なんだかんだ、私たちと食事してくれる程度には仲良くなれた玄弥である。

 

「でもさ、夢占いでは死ぬ夢ってむしろ良い事がある暗示なんだってさ。玄弥知ってた?」

「ハァ?夢に暗示もくそもねーだろ」

 

 白米をかっこみながら面倒くさそうに返事をされた。しかしその対応が今の私には何よりありがたい。ちなみにだが里の人がほぼ全員居なくなってしまったので、食事は隊士たちで協力して作っている。勿論家事番長は炭治郎。白米だってホカホカで所謂『米が立っている』と表現される仕上がりだ。

 

「いや、それが意外と当たるんだよ夢占い。私、疲れてる時とか大体何かに怒る夢を見るもん」

「それは占いなのかよ」

「さあ?炭治郎は昨日、何か夢見た?」

 

 炭治郎に話題を振ると、考え込んでいたらしい炭治郎は少し驚いた顔でこちらに顔を向けた。思い出すように暫く唸った後、ぱっと目を開き答える。

 

「おっ俺か?う~ん…あ、師匠が大食い大会に出てた」

「…**、これは何を暗示してんだよ」

「これはただの記憶整理でしょ」

 

 玄弥の言葉に即答する私。夢は元々脳内の記憶を整理する過程で見るものだという説が有力だ。占い的なスピリチュアルなものもあるのかもしれないが、炭治郎の夢に関しては間違いなく煉獄さんへのイメージが出てきたものだろう。

 

 何やかんやで話題も変わり、他愛のない話で盛り上がっていると、今朝からずっと姿を見かけなかった時透さんが障子を開けてひょっこりと顔を出した。

 

「ねぇ、鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」

「あ、お疲れ様です。鉄穴森さん…炭治郎知ってる?」

「鋼鐵塚さんと一緒に居るんじゃない?」

 

 私の言葉に炭治郎が答える。確かに、今この里に残っている住人は彼ら2人くらいのものだし、一緒に居る可能性の方が高い。1口ずつ残っていた料理を全て口の中に放り込み、にっこりと人の良い笑顔で彼は言った。

 

「俺も丁度鋼鐵塚さんの所に行こうと思ってたし、一緒に行こうよ」

 

 まぁ、予想できた展開だ。元々鋼鐵塚さんに夕食を差し入れに行く予定だったし、炭治郎ならそう言うと思っていた。私もお茶を飲み干して彼に続く。

 

「私も行こっかな。時透さん、行きましょう」

「…なんでそんなに人に構うの?」

 

 時透さんは私たちの言った事が理解できないらしい。まぁ、私も炭治郎もそこまで深く考えてないんだけれど。

 

「人のためにする事は結局、巡り巡って自分のためになるものだし」

「情けは人のためならずってやつね。これはそんな深い話でもないけど。ほら、玄弥も行こ」

「ハァ!?なんで俺が!」

「…えっ、今なんて?」

 

 不服そうな玄弥の言葉を遮って時任さんが目を丸くした。心なしか濁りっぱなしだった瞳が透き通って見える。天然な炭治郎はその質問に対して目をぱちくりとさせる。

 

「**が、玄弥も行こって言っただけですよ…?」

「それじゃな…っ!?」

 

 それじゃないと思うよ、そう言おうとした時、背筋をぞわぞわとした寒気が走った。生命の危険とか、そういう類の予感だ。今まで相対してきた上弦の鬼に対してと同様の悪寒。即座に飛び退り傍らに置いていた日輪刀を握りしめて構えを取る。

 

「**どうしたんだ?」

「敵が来る!!すぐに臨戦態勢に入って!!」

 

 私がそう言うと同時に障子が音もなくスイッと開いた。視線の先に炭治郎、玄弥、時透さんも目をやり、初めて鬼の存在に気付く。

 気配に敏いはずの彼らが鬼の存在を目視するまで気づけなかったのは、言わずもがなこの鬼が自身の存在を辺りに紛れさせる事に秀でていたから。私の第六感でさえこの近さでようやく発揮されたのだから。そしてむやみやたらに強さをひけらかす鬼よりも隠す鬼の方が何倍もたちが悪い事を、私たちは経験から知っている。

 ずるずると這いつくばった老人の様にも見える鬼。目に上弦の印は確認できないが間違いなくこの気配は上弦のそれだ。炭治郎たちがそれを察知して臨戦態勢に入るまでコンマ1秒。真っ先に動いたのは時透さんだった。

 

霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り(いりゅうぎり)

 

「やめてくれぇぇいぢめないでくれえぇぇ…」

 

 とぼけた気配からは想像もつかない速さで天井へ逃げる鬼。日輪刀が掠ったようで、顔面からぼたぼたと血を流している。

 

ヒノカミ神楽 陽火突(ようかとつ)

 

 すかさず炭治郎が飛び上がり首を狙う。その攻撃は外れるも、鬼は畳に落ちひぃひぃと泣き声をあげている。

 

「うー!!!」

「こいつ、ここに出るって予想されてた例の鬼の1匹だよね?」

「そうです!!だから早く頸を斬らない、と!!」

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼(あんせんしょうき)

 

 禰豆子が遊郭でも見せた鬼の姿になり、蹴りを入れる。その陰から隙を狙い頸を一刀両断した。変貌を遂げた禰豆子を見て炭治郎が焦燥に声をあげる。斬った鬼が分裂して2体に増えたのは炭治郎の悲鳴とほぼ同時だった。

 

「禰豆子!その姿になるな!」

「炭治郎鬼から目を逸らさないで!!ここからが本番なんだから…!!」

「おい、お前らこの鬼を知っているのか!?」

 

 炭治郎たちが例外なだけで、本来なら鬼の情報は私と御館様の他、柱にしか知らされていない。この中で唯一事情を知らない玄弥が余裕のない声音で叫ぶ。そして第六感が告げる。

 もう1体鬼が居ると。

 

「皆!!もう1体鬼が居る!!気をつけて!!」

「そんな事わかってるよ」

 

霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞(すいてんとおかすみ)

 

 一呼吸置いた後に、時透さんが無表情に足元の壺を貫いた。壺はいとも容易く割れる。しかしそれはただの壺だ。さっきまでは確かにそこから鬼の気配がしていたのに。

 

「ヒョッヒョッ…柱に痣の餓鬼に無惨様が探しておられる小娘…今夜は大漁だえ」

 

 いつの間にか現れた別の壺からひょっこりと顔を出した鬼。他の鬼と異なるのはその登場の仕方もそうだが、目と口の位置がおかしいところだ。人ならば目があるはずの位置に口が2つ、口があるはずの位置と額に目がついている。人の様な見た目をしていながらちぐはぐなそのパーツに、生理的な嫌悪感がこみ上げる。目には上弦の伍と刻まれており、この鬼が原作の玉壺なのは記憶にある姿からもその印からも明らかだ。それを見て私の心臓は早鐘を打った。

 玉壺!!本来ならば里の別々の箇所に現れるはずだった2体の鬼が同時に現れた。恐らくは里の人間が誰も居なかったからだろう。鋼鐵塚さんと鉄穴森さんを除いては鬼殺隊士しか居ないとはいえ、今最も人の集まっているこの屋敷に鬼が寄ってくるのは摂理だ。むしろ原作通りにこの2体が襲来しただけでも行幸だろう。

 

「初めまして私は玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?どういうわけか里の人間にまみえる事が出来ず寂しくてのぉ…今宵鬼狩りのお客様には是非とも私の作品を見て頂きたい!」

「さっさとしろ玉壺。お前と違って暇ではないんじゃ」

「まぁまぁ積怒。こいつの癖は今に始まったもんじゃないだろう。せっかくだ楽しもうじゃあないか」

 

 玉壺に対して分裂した片方の鬼が舌打ちを打った。ずっとイライラしている様子の鬼、おそらく原作の積怒だろう。へらへらと楽しそうに笑うのは可楽か。

 上弦の鬼が2体。いや、現時点で実質3体、半天狗の本体とこの後の分裂も考えると6体か。…マジ?洒落にならない。対してこちらは柱が1人と新米隊士3人、鬼が1匹。蜜璃さんは先程温泉に向かったから合流には暫くかかるだろう。しかし同様に派遣されていた他の10数人の隊士はどうなった?どうしてここに来ない?まさか…。

 

「もしかしてあんたたち、他の鬼殺隊士を殺した…?」

「無論。私の作品を見ようともせずいきなり斬りかかる野蛮な猿です。当然の事をしたまで。帰ってじっくり作品にしてみせましょう」

 

 楽しげに笑う鬼の姿に、思わず心の中で舌打ちをした。仲間がやられた、ますます劣勢だ。鬼殺隊の全勢力をあげればまだ希望はあったのかもしれないが…。結局のところ、物語は変わらないのか?

 しかし柱含めて数十人の隊士を1カ所に集中させるわけにはいかない。それも、物語でこうしていたから、というだけの変化している可能性の方が高い未来予測が根拠だ。御館様の判断は正しいと思う。問題は、このメンバーのみで上弦の鬼と対峙しなければいけない事だ。気持ちを押さえつけるように深く息を吸って吐きだし、敵を睨む。

 

「気持ち悪い見た目に加えて、性格まで歪んでるんだね」

「何とも礼儀の無い事…あなたが、無惨様が探しておられる小娘ですな。今宵の作品はあなたにこそふさわしいものです。ええ、そうですとも」

 

 そう言って玉壺はパチンと手を鳴らした。どんな攻撃が来ても対応できるように、刀を強く握りしめ相対する。煩く鳴り響く心臓、ドクドクと溢れ出る嫌な汗、それらはこの鬼たちのせいだとばかり思っていた。第六感が命の危機を知らせているのだと。勿論それも大きな理由ではあると思う。しかし、違った。

 玉壺の合図に応じて壺から飛び出してきたのは

 

 師範である明暗菊子と姉弟子、千代子の姿。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 何故?何故?どうしてなんでそんなばかなうそだそんなわけないぜったいにないあるはずがないうそだうそだうそだ。

 人は衝撃的なものを目にすると一瞬目の前が真っ白になるという。瞬間的な思考停止、そして現実を受け入れたくないという拒絶、理解の範疇を超えた物事に対しての疑問、それを起こした相手への憎しみ。激しい感情が濁流の如く渦巻くのだ。

 当然、その光景を目の当たりにする事で上記の全てが**を襲った。息をするのも忘れ、カヒュッ…と行き場をなくした空気が漏れる。

 

「“黒の終幕”でございます!!ご覧ください、先ずはこの手!女らしからぬ豆だらけの武骨な手、これは鬼狩りとして生き、引退後も刀を振り続けた証!鬼殺隊の柱として生き5体満足で引退まで生き延びた奇跡的な親子!!本来ならば女体らしからぬこの部位は隠すべきですが!私は敢えて!全面に!押し出しました!」

 

 この世界に来てから初めて出会った人。生きる術を身に着けさせてくれた人。本当の家族として愛してくれた人。数日前に笑顔で見送ってくれたその姿は面影の一遍もない。大きく見開かれたまま閉じない瞳、額から流れ落ちそのまま凝固してしまったらしい血液、生きている人間ではあり得ない方向にねじ曲がった身体のパーツ。それらの全てが既にその身に魂が宿っていない事を告げていた。

 

「そして娘の真っ黒な髪と母親の真っ白な髪を対比的に飾り付けております!親子故に瞳の色は同じ!相同と対比のバランスも計算済みです!更に更にこの親子は鬼狩りの中でも珍しい呼吸の使い手!最後まで共に戦い抜いたその愛刀を胸に刺す事で呼吸と女体の美しさを表現しました!!」

 

 強いショックを受ける事によって髪が一瞬で白くなるというのは科学的には証明されていない。それでも**の髪が白くなったのは、この世界では科学とはまた別の理が働いている事を示すのだろう。

 先程の戦闘で壁や天井と共に灯りも吹き飛び真っ暗になった夜空の下、腰にまで届きそうな長い黒髪が肩下まで白く染まったのを炭治郎は見た。もうすぐ初雪が降るのだろうか、自分が家族を失ったあの日の様な、全てを覆い隠しそうな真っ白な雪が。澄んだ空気、絶望と死の匂い。そんな事を思い浮かべてしまうくらいに、真っ白に。

 

「もう、お前、喋んなよ」

 

闇の呼吸 陸ノ型 黒点(こくてん)

 

 濃紺に月白を纏った刀が玉壺の壺をギリギリと貫いた。恨み、悲しみ、憎しみ、全てが乗せられた一突き。玉壺は狼狽しながらも憤慨して別の壺からまた顔を出した。

 

「ヒョッ…!?まだ作品の説明は終わっていない!」

「うるさい、黙れ、全てが耳障りだ。死ねよ、早く!」

 

闇の呼吸 弐ノ型 月華爛然(げっからんぜん)

 

 鬼の数と隊士の数を計算して焦っていた事などどうでもよくなっていた。激情に飲み込まれ、力任せに刀を振るう。一瞬のうちにその場の壺が全て壊れた。しかしまたしてもどこからか壺が現れる。

 

「ヒョオオオォォォ!私の作品を理解するだけの審美眼は備わっていないようで!それもまたよし!」

「お前の作品?嘘、殺したのはお前じゃないはずよ。私にはわかる。誰?ねぇ教えなさいよ。教えろよ。師範と千代子さんを殺したのは誰だよ!!!」

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼・四連(あんせんしょうき)

 

 瞬時に人の域を超えた速度で技を放つ。2体の鬼と1つの壺が一刀両断された。遊郭で戦闘した際に触れた無呼吸による生の限界。1度経験したからこそ、生命に危険のないぎりぎりまで身体に負荷をかける事が出来る。それが寿命を縮める行為だとしても、怒りのままに刀を振るった。

 しかし人間の限界を超えた技を出したとは言え、それであっけなく死ぬのでは上弦の鬼にはなれない。頭部と胴体が離れた積怒と可楽からは新たに4体の鬼が生まれ、新たな壺から玉壺がまたしても顔を出す。増える壺を更に斬り上げ、刀を振り下ろし、足で踏み砕く。

 

「**落ち着け!そのままじゃこいつらの思う壺だ!それに、半天狗はわざと頸を斬らせている!」

 

 炭治郎の声は玉壺の攻撃によって起きた轟音にかき消され**の耳には届かない。遅かれ早かれ頸を斬らなければならないが、5体の鬼を相手にするにはこの場所は狭過ぎる。

 激しい攻防に家屋の方が耐え切れず、床の一部が脆く崩れた。禰豆子を庇い屋根まで避難する炭治郎。一足先に屋根の一部に登っていた玄弥が銃弾を分裂した鬼の一体に撃ち込むも、あっけなく再生する。

 

「人間と言うのは悲しいほどに脆いな」

「喜ばしい事じゃないか!そんな人間でも最後に儂らを楽しませる事ができるんじゃ!いやはや分かれるのは久方ぶりじゃのぉ!!」

 

 悲しみを湛えた鬼、哀絶と喜びを纏った鬼、空喜。新たに分裂した2体の鬼が、各々の感情を爆発させる。

 

「ガハッ…」

 

 炭治郎と禰豆子は空喜の超音波をギリギリで避けたものの、哀絶の槍が玄弥の鳩尾に突き刺さった。しかし負けじと玄弥は槍を引き抜き、足元に転がっていた肉片を拾って、食べる。

 

「玄弥!?」

 

 玄弥の特異性を知らない炭治郎が叫ぶのも無理はない。彼の能力は鬼喰いをする事でその鬼の強さを体内に取り込むというものだ。欠片とはいえ、上弦という強者を取り込んだ玄弥の顔つきは徐々に鬼のそれへと変化していく。玄弥の匂いが鬼へと変化している事に気づき、炭治郎の背筋を冷たい汗が伝った。

 

「ヒョオオオォォォ!!生意気な小娘が!!」

 

血鬼術 千本針魚殺(せんぼんばりぎょさつ)

 

「!!」

 

 玉壺がどこからか取り出した壺から、頬の膨れた金魚が飛び出す。その攻撃はまっすぐに**へと集中していた。

 頭に血が上り、捨て身の攻撃へと身を転じている**は元よりその攻撃を避ける気はなかった。しかし針攻撃を無視して突進しようとした矢先、眼前に人影が現れて反射的に足を止める。

 身代わりとなって攻撃を受けたのは時透無一郎だった。急所の攻撃は凌いだものの、顔から手足に至るまでに太い毒針が突き刺さる。

 

「時、とうさん…」

「頭に血が上って正常な判断が出来なくなってるんじゃない?そのままの君は足手まといでしかないよ」

 

 ぶっきらぼうに告げられ、瞬時に冷水をぶっかけられたかのように**の頭は冷えて行った。次に自分の行動のせいで仲間に傷を負わせてしまったという罪悪感。身体中に刺さった大きな針が痛々しい。

 愛する人を失って激情に呑まれていたとはいえ、判断を誤った自分に舌打ちを打つ。だが過去は変えられない。今は謝罪よりも共闘して柱の負担を減らす事が優先だ、と頬を軽く叩き刀を再び構えた。

 

 一方で無一郎にも変化が起きようとしていた。彼の言葉は字面のみを受け取るならば冷たいともとれるが、その行動は身を挺して仲間を守った献身以外の何物でもなかった。そしてそれは、周囲の人間どころか自分にすら興味がない者のする行動ではない。それは無一郎自身が1番よく分かっていたし、無意識に取った行動に戸惑ってもいた。

 

「フン、柱に当たったか。まあいい、毒で手足がじわじわと麻痺する。つまらない所でつまらない命を落とすとはどのようなお気持ちでしょう?」

 

―いてもいなくても変わらない様なつまらねぇ命なんだからよ―

 

 瞬間、無一郎の記憶領域を何かが刺激した。既視感、以前似たような事を誰かから言われたような。

 

―人のためにする事は結局、巡り巡って自分のためになるものだし―

 

 先刻言われたばかりの炭治郎の言葉も回る。表面上では平静を取り繕いながら、頭の中では誰よりも混乱していた。良い事、巡り巡って、きっとみんな上手く…。

 

「禰豆子、無一郎くんの毒を消してくれ!」

「うー!」

 

血鬼術 爆血(ばっけつ)

 

 禰豆子は無一郎のみではなく、5体の鬼たちをも炎の渦に包む様に、足元の畳に向けて渾身の力で火を放った。温度の無い火は勢い良く辺りに燃え移り、無一郎の他、鬼たちにも猛威を振るう。

 

「腹だたしい!実に不愉快じゃ!鬼の癖に人間を庇うか!」

「助けてやったんじゃ少し黙れ。この状況、喜ばしいじゃないか。こやつらなら儂らが多少暴れても簡単に壊れる事はあるまい」

 

 積怒を掴んで空高く舞う空喜。可楽は団扇の風圧で炎を吹き飛ばし、哀絶はその立ち位置を家屋から遠ざける事で難を逃れた。鬼としては異端と言える禰 豆子の行動に、彼らは次々に暴言を吐き攻撃へと転じる構えを見せる。

 

「**、大丈夫か!?」

「ごめん炭治郎。周りが見えてなかった!時透さん、申し訳ないです。謝罪は後で沢山させてください。今は、目の前の敵に集中します!」

 

 禰豆子が術を使う隙に**の下へ駆けつけた炭治郎。毒が完治した無一郎は何食わぬ顔で自らに刺さった針を引き抜き、足元に放り投げた。呼吸で止血もしてはいるが、それでも身体中の傷跡は痛々しい。

 

「おいお前ら!あの鬼どもの情報をよこせ!」

「喜び鬼は飛びながら足の爪で攻撃する!怪音波に気をつけて!怒り鬼は雷の錫杖、悲しみ鬼は槍術、楽しみ鬼は天狗団扇!」

 

 玄弥の叫び声に、冷静になった**が大声で返す。それを聞いた玄弥は哀絶を追って外へと身を乗り出した。

 

「おい!この鬼は俺が倒すんだからなァ!図に乗るんじゃねェぞ!!」

「そうかわかった!俺たちで全力で援護する!!」

「…っハァ!?!?」

 

 純粋無垢な炭治郎の返答。予想外の言葉に信用しきれない玄弥は目を白黒させた。お構いなしに炭治郎と**は叫ぶ。

 

「まずはこいつらだ!こいつらは4体まで分裂するんだ!その後は弱くなるからできるだけ沢山斬って分裂させろ!そのうえで5体目…一番初めに出てきた本体の鬼が居るから、そいつを探して斬るんだ!!」

「っ…ホントテメェら、なんでそんな事知ってやがる!」

「なぜ知っているかは言えないすまない!でも本当だ!玄弥は哀絶に対応しながら5体目を探してくれ!俺たちで他の鬼は食い止める!」

「舌が弱点だから狙って斬ると良いよ!!あと上弦の鬼喰いは危険が大きい!あまり使わないで!」

「くそっ…隠してたのになんでそんな事まで知ってんだよ!!」

 

 炭治郎と**の言葉に玄弥は驚きを隠せないでいた。それでも言葉の信憑性の方が高いと判断し、2階から飛び降りて鬼を探す。その間にも攻防はあちこちで繰り広げられていた。

 

「お前は四肢をもいで錫杖で雷を落とし続ければ動けまい」

「ガっ…!!」

「禰豆子!」

 

ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い(にちうんのりゅう・かぶりまい)

 

 積怒の雷が禰豆子を貫く。炭治郎の怒りが炎の龍と共に積怒を攻撃した。弱点でもある舌に亀裂を入れ、腕を斬り落とす。雷を通さない鬼の腕を使う事で錫杖を何とか引っこ抜く。一方で、未だ余裕を崩さない玉壺は玄弥の後姿を目視し、飄々と叫んだ。

 

血鬼術 蛸壷地獄(たこつぼじごく)

 

「珍しい人間が1匹消えたか!あとで私の作品にさせて貰おう!あの女たちの様に!」

「だから、あんたじゃないでしょうが!」

 

闇の呼吸 伍ノ型 淵源開闢・斬(えんげんかいびゃく・ざん)

霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海(かうんのうみ)

 

 **の大技と無一郎の連撃が合わさり、玉壺の壺諸共家屋を砕いた。その場に居た全員の身体が地面へと落下する。壺から大きな蛸の足を出し攻撃する玉壺に、**は怒鳴り返す。

 優れた感覚が、大切な家族を殺めた犯人は目の前の壺鬼ではない事を認識させていた。ならば誰だ?恐らく、目の前に居る鬼よりも優位の。

 

「誰が殺した!」

「まぁ、作品の歴史を振り返るのも一興でしょう。無惨様と黒死牟殿よ。なかなかに美しい戦いだったと聞いている」

 

 上弦の壱と鬼舞辻無惨。私の家族の仇。叫び出したくなる程の感情の渦に巻き込まれ、それでも“仲間と共に生き延びる”ためだけに何とか心の平静を保つ。もう2度と過ちは犯さないと決意したから。

 白くなった髪先が風に靡くのを視界の端で捉えた。辛いだけじゃ乗り越えていけない、もう後悔はしたくない。本来ならもっと悲しみたい、別れを惜しみたい。でも、今の**たちにはそれだけの時間と余裕を与えられてはいない。

 

「おい玉壺。お前1人で2人も相手するとは、狡いじゃないか。儂にも1匹よこせ」

 

 その言葉と共に突風が吹き、**のみが近場の大木に大きく叩きつけられた。背中をしたたかに打ち付け咳込みながら前を睨むと、天狗団扇片手に楽しそうに嗤う可楽の姿。

 

血鬼術 水獄鉢(すいごくばち)

 

 そしてその向こうには水でできた壺の中に閉じ込められた無一郎が居た。

 

「窒息死は乙なものだ、美しい。そして頸に刃を当てられヒヤリとする感じ、これはとてもいい…」

「時透さん!」

 

闇の呼吸 壱ノ型 暗箭傷鬼・一閃(あんせんしょうき・いっせん)

 

 可楽に攻撃をしつつ無一郎の手助けをするために放った一直線の型。可楽はそれを軽く躱し鳩尾に拳を叩きこもうと構えた。それを第六感で察知した**は、即座に地面を強く蹴り空へ逃げる事で回避。そのまま宙返りの要領で着地する。更に追撃を加えんと拳を打ち込む可楽に、勘を頼りに避け続ける**。一進一退の攻防が続く。

 

 鱗滝の催眠術は劇的な効果を及ぼし、**の動きは段違いに良くなっていた。当初は催眠術効果の効果に懐疑的だったが、人間離れした動きをする事に躊躇いが全くなくなったのは自分自身が最もわかるというもの。催眠状態は永続的なものではないが効き目が切れる頃にはそれまでに積み重ねた実体験が糧となって動けるようになるとの事だった。

 元々の勘の良さに加えて相性の良い呼吸、修行で培われた身体能力と剣技。それらに脳の足枷が外れた**は今や柱にも匹敵する程の技量を備えていた。それでも可楽とは互角。今の**に足りないのは経験値に他ならない。そしてそれは一朝一夕で身に付くものではなかった。

 

「がぼっ…」

 

 無一郎が水中で型を放つも、水獄鉢は壊れない。助けに行こうとするも、行く手を可楽に阻まれる。炭治郎と禰豆子は積怒・空喜の怪音波と電撃を浴びせられ防戦の一方。玄弥は哀絶と交戦中。

 

 即ち、この場に時透無一郎を救出できる人間は居ない。

 

「鬼狩りの最大の武器である呼吸を止めた!もがき苦しんで歪む顔を想像すると堪らない!ヒョヒョ!」

 

 玉壺の高笑いと共に可楽と攻防を繰り返す**の下へ大きな蛸足が送り込まれる。2対1。圧倒的に不利な状況下、**は逃げるでもなく刀を構えてただ叫んだ。

 

 

 

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