全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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雷の呼吸

 **は不思議な子だと、思う。

 俺は、昔から耳が良かったんだよな。寝てる間に人が話したことを知ってる時があって、気味悪がられてたっけ。

 

 生き物からは、とにかく音がしている。沢山の音がこぼれだしている。呼吸音、心音、血の巡る音。それを注意深く聴くと、相手が何を考えているか分かった。

 炭治郎からは泣きたくなるような優しい音がする。今まで聴いたことの無いくらい、優しい音だ。あいつの底抜けの優しさが伝わってくる。だから、鬼を連れているのはわかっていたけど、そこには俺が納得できるだけの理由があると信じた。実際、そうだった。

 **は、まっすぐな音がする。今まで信じてきた女の人たちとは全然違う、まっすぐな音だ。口にする言葉と音に、矛盾が全くないんだ。

 そして、出会った瞬間からずっと、俺たちに対して好意の音がしている。どうしてかはわからない。既に面識のある伊之助や炭治郎ならともかく、初めて言葉を交わした俺にまで好意の音が大きく鳴り響いているんだ。家族や想い人に対しての比じゃないくらいの好意の音。俺たちの為なら命だって懸けられるっていうくらいの。

 

 そんな音を向けられたことがなくて、理解ができなくて、何度目になるかもわからない求婚をするのも忘れてしまっていた。

 とんでもないお人好しなのかとも思った。嫌悪の感情を知らない人なのかと。でも、俺たち以外に対しては人並みにも嫌悪の音を鳴らしているところを、藤の花の家紋の家にたどり着くまでの道中で何度か聴いた。

 例えば、道中で通った村の中で酔っ払いが騒いでいるのを見た時。例えば、夜遅いのに恋人たちが大声で痴話喧嘩をしているのを見た時。鬼にすら情けをかける炭治郎とは違って、**は人並みには他人に対して負の感情を持つらしい。だから、彼女は本当に俺たちに好意を向けてくれているんだと思う。

 でも、そんな**から嘘の音がするときがある。本当の言葉に混じった少しだけの嘘。何かを隠しているような音。鼓屋敷に向かう時にそれが少ししていた。なんでだろう?鬼の居ることを察知したのは勘じゃないってことなのかな?でも、勘が働くのは嘘じゃないみたいだし。それに何より。

 

―その箱にはね、可愛くて強い女の子が入っているんだ―

 

 なんで、わかったんだ?俺だって、鬼が居るのはわかってもそこまではわからなかった。勘にしたって具体的すぎる。まるで、そこに禰豆子ちゃんが入っているのを知っていたみたいだ。不思議だと、思う。

 でも、その後にあの、まっすぐな音を響かせながらこちらに向かって走り寄ってきた**を見たら、疑念はあっさりと消え去った。炭治郎同様、それには訳があるんだと思う。きっと、俺たちの事を思いやっているが故の。

 ねえ、**はなんでそんなに俺たちを好いてくれるの?なんでそんなにいい匂いなの?なんでそんなにあったかいの?

 …あったかい??

 そこまで思考が進んだあたりで目が覚めた。目の前には、すよすよと眠る**。そして少し捲れた布団からは谷間が。

「きゃああぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 善逸の悲鳴で目が覚めた。

 うーん…頭がぼーっとする。というか、何その女の子みたいな叫び声。

 

「うるさいなぁ善逸…って、ええ!?」

 

 同じく善逸の声で起きたらしい炭治郎も同様に叫ぶ。なんなんだよ、うるさいなあ。

 伊之助と禰豆子は今も夢の中だ。寝る子は育つ。

 

「どうしたのさ、2人とも」

「**!前!前!はだけてる!」

「え?…あー、…ごめん」

 

 炭治郎の悲鳴交じりの指摘で、私は自分の胸元に目を向けた。帯が仕事を全くしていない。もはや下着の上から浴衣を羽織っただけの状態になっている。寝相が悪い私は、寝ている間浴衣を着崩しまくっていたらしい。

 明暗邸では甚兵衛のような衣服を寝間着にしていたから、浴衣を着て寝るとこうなるとまでは思っていなかった。炭治郎は慌てて目を逸らしているし、善逸は顔を隠しながらも、ちゃっかり指の隙間からガン見している。

 私は寝起きが悪い。本来なら恥ずかしさで死ねるところなんだろうが、寝ぼけてるのも相まって恥ずかしさよりめんどくささが勝った。そして、つまらんものを見せた申し訳なさ。私のラッキースケベなんかがどこの世界に需要があるというのだろう。

 炭治郎や善逸だって、すごくはだけてるじゃん。私よりあんたらの方がエッチだからね?今のあんたらの写真を言い値で買う人間がどれほどいるか、おわかりか?

 

「そんな自分の身体を粗末に扱うもんじゃありません!!!」

 

 胡坐をかいてぼーっとしながら謝罪を口にした瞬間、起き抜けなのにも関わらず炭治郎オカンの説教が炸裂した。そして私は、今後寝る時には浴衣の下から見えても問題ない肌着の着用を義務付けられた。解せない。炭治郎のパンチラの方が、よっぽどセクスィなのに。

 説教の間、ぼーっとしながらもずっと眺めていた炭治郎のパンツ。ガン見していたら恥ずかしそうに隠されたけど、それもまた萌える。朝から変態をぶちかましている私である。

 大正時代は褌やらズロースっていう女性用パンツみたいなのが主流で、寝るときは男女ともにノーパンだったと歴史で習った気がする。

 炭治郎がボクサーパンツを履いているのは、私の元居た世界とは微妙に歴史が違うからということだろうか。なんにせよ、眼福である。ビバぱんてぃ。ノーパンだったら、たぶん私失血死してる。鼻血で。

 

 寝るのが遅かったからだろう。私たちが目を覚ましたのはお昼過ぎだった。そして起きて間もないうちに、おばあさんが例のあの速度で昼食を用意してくれた。

 白ごはんに焼き鮭、ほうれん草のおひたし、そして卵焼きにお味噌汁。それを私達が起きた10分後には出してくれたんだから、本当に何者なんだろうか。

 善逸がボソリと「やっぱ妖怪だろ」って呟いてるのが聴こえたけど、流石に同意したくなったので見逃しておいた。

 

「そういえば、伊之助はあの風体を見るに、俺と同じ山育ちか?」

 

 白米をもりもりと頬張りながら炭治郎が尋ねた。そんだけ食べるんならやっぱり昨日のご飯じゃ足りなかっただろ。痩せ我慢しやがって。

 でも、確かにあの服装を見て都会っ子とは思わないよな。猪だもん。猪。ていうかアレ、目の部分どうなってんだよ。

 

「はぁ?お前と一緒にすんなよ。俺には親も兄弟も居ねえぜ?俺の親は猪だったからな」

 

 伊之助がムッとして返す。気持ちとしては「俺はプロの山育ちだ。ニワカと一緒にするんじゃねえ」といったところだろうか。

 まあ、猪に育てられてる時点で文明とはかけ離れた暮らしだっただろうからな…彼に比べるなら炭治郎は確かにニワカかもしれない。

 

「猪から人間が生まれる訳ないだろ。大体、それなら名前はどうやって付けたんだよ」

 

 話を聞いていた善逸が口を挟む。山育ちというところよりも親が猪というところに興味を惹かれたらしい。

 

「おくるみに嘴平伊之助って書いてあった」

「じゃあ、人間の親が居るはずじゃねえか」

「物心ついた時には人間の親は居なかったぜ。捨てられたんだろ」

 

 伊之助が事も無げにそう言った。話を聞いた炭治郎は伊之助の隣でほろほろと涙を流している。どこをどう聞いても壮絶な幼少期だもんなあ。

 確か、私の記憶が正しければ、伊之助の母親は上弦の弐の鬼から伊之助を連れて逃げる際に命を落としている。それまで伊之助は母親からの愛情を一身に受けていたはずだ。伊之助を助けるために崖から落としたシーンではいや流石に死ぬでしょって、ちょっと引いたけど。

 でも、鬼をこの目で見た今ならわかる。憎い鬼に息子を殺されるくらいなら、億が一の確率でも助かるほうにと懸けたのだろう。あまり賢明な判断とは言えないにしても。

 

「やむにやまれぬ事情があったんだろ。本物の捨て子ならおくるみに名前も入れねえよ。俺みたいにな」

 

 そう言って、善逸がぷいとそっぽを向く。どこか伊之助に嫉妬している様だ。

 そういえば、善逸って子供時代はどうやって過ごしていたんだろう。確か、捨て子である事は匂わせられていたけど、炭治郎や伊之助と異なり1人だけ明確な過去がわかっていない。聞いてみたいけれど、善逸のトラウマを刺激しそうだから今はまだやめておくべきだろう。

 大正時代って孤児院とかはあったんだろうか、なんにせよ、相当苦労したんだろうな。寂しかったんだろうな。1人の友達として、その心情を思うと胸が苦しい。とりあえずギュッてしておこう。

 

「!?!?**!!ちょっとどうしたの!!??」

「そのまま動くな」

「まさかの脅迫!?」

 

 私の気持ちを理解したらしい炭治郎が、微笑ましいと言うように笑っている。

 

「**は善逸の事が大好きなんだよ。親が居なくても俺たちが居るって言いたいんじゃないか?」

 

 そう!yes!まさに!まさに炭治郎!私の気持ちを綺麗に代弁してくれるぅ!

 コクコクと頷くと、善逸は顔を真っ赤にして再びそっぽを向いた。「出会って1日で何がわかるんだよ」とぶつぶつ言いながらも、とりあえずの所抵抗する気はないらしい。少しスキンシップが激しすぎたか?照れはあるけれど、昨日の添い寝事件以降開き直っている節もある。

 せっかく推したちの居る世界に来れたんだ。生きている限り堪能しつくしてやる。でも、嫌われたら軽く死ねるから、セクハラで訴えられないギリギリを攻めていこう。何より、今はこの溢れんばかりの思いを伝えたかったんだ。許せ。

 

 …しかし、塩対応だな、善逸。原作の善逸ならこんな事されたら大興奮して求婚しそうなのにな?

 して欲しいとかじゃなくて、純粋に気になった。私は女性として見るに値しないということだろうか。女好きの善逸に女として見られないとか、よっぽどだな。なけなしのプライドが少し傷付く。

 まあ、男の前で下着姿で胡坐かくような女だから、何にも言えないけど。

 

「でも、善逸の言うとおりだよ。伊之助のお母さんは、きっと伊之助の事が大好きだったと思うよ」

「…けっ」

 

 炭治郎がそう言うと、伊之助はむすっとして食事に戻った。相変わらず素手で卵焼きを頬張る。少しずつ箸の使い方も教えないといけないな。

 箸の使い方を知らないということは…先ほど本人も言っていたし、元々原作で知ってはいたけど、本当に猪に育てられたということなのだろう。今言葉を話すことができているのが奇跡に近い。

 人の温もりを知らずに育ったのか。善逸のように町で育ったわけではないから周りと比べることは無かっただろうけど、それでも聞くに痛ましい話だ。

 そういえば、昨日雑談している時に「強い奴との力比べが俺の唯一の楽しみだ」なんて言っていたな。だから、初対面の頃からあんなに勝負を仕掛けようとしてくるのか。

 なんだかそんな伊之助を見ていると、伊之助の事も抱きしめたくなってきた。炭治郎に目配せすると、にっこりと笑って許可をくれた。ならばやるしかなかろうて。

 少し楽しくなってきた私は、闇の呼吸を使い、気配を消して伊之助の背後に回り込んだ。善逸と違って、がばっと行くと避けられる可能性があるからね。

 

「伊之助!ぎゅううう!!!」

「はああああ?!なんなんだよてめえは!!」

 

 届けこの想い。伝われ推しへ。

 暴れる伊之助を抱きしめるというか、最早羽交い絞めにしてしがみつく。炭治郎の隣でちょこんと座っていた禰豆子がそれを見て、楽しそうと思ったのか、加勢してきた。ちなみに禰豆子は食事をとる必要がないため、おばあさんからの食事の申し出には丁重に断ってある。

 

「むー♪」

「はぁなぁせってぇの!!!」

「くっはははは!離しませぇぇぇん!」

 

 3人でお団子になる。何この幸せぇ!神様私をかどわかした鬼様ありがと~!!私は今、幸せです!!

 炭治郎と善逸も混ざればいいのに。まぁ、流石に思春期の男の子には厳しいか。

 ニコニコと見守る炭治郎に、しらっとした表情の善逸。彼らは皆幼少期から苦労して育ってきたんだな。幼少期の私は、どれだけ幸せに生きてこられたんだろう。この世界に来てから気づかされる事が沢山ある。あ、伊之助、ご飯粒のついた手で触るのはやめろ。

 

 それから数日は、屋敷の中で各々好きなように過ごした。日向ぼっこしたり、傷に負荷がかからない程度に鍛錬をしたり。5人でできる遊びも色々と楽しんだ。

 善逸は双六が好きらしく、一式持っていたのでそれを使って皆で遊んだりもした。ゲームを全く知らない伊之助が、最下位になった時にブチ切れて双六セットをちゃぶ台返しよろしくひっくり返したから、ちょっとした乱闘になったけど、全員まとめて拳骨したらおとなしくなった。

 特に伊之助は、私の拳骨が苦手らしい。脳震盪起こしてたんこぶ作ったんだもんな。当然だ。なんか…ごめんね?

 そんなこんなで、推したちとの楽しい日々はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「やぁだぁ!!行きたくない~!!皆と一緒に居たいぃ!!!」

「**…わがまま言うんじゃない。もう完治してるんだから仕方ないだろ…」

 

 禰豆子に縋りつきながら喚く私を炭治郎が困った顔で宥める。私、炭治郎に宥められてばっかりだな。精神年齢最年長()とかかまぼこ隊のお姉さんポジ()はどうなったんだ。善逸や伊之助の事を偉そうに言えない。でも、わめかないとやってられない。

 

 藤の花の家紋の家にお世話になり始めてから1週間経った。本日、定期健診の為に訪れたお医者さんから、私が完治した事を伝えられたのだ。打ち身や擦り傷切り傷も綺麗に治った。落ちてくる人間をキャッチしたり、自分も落ちたりと結構無茶したけど大きな怪我も無かったしね。炭治郎たちはあと2週間ほどかかるらしい。

 

 つまり、だ。私だけ次の任務に行かなければならないのである。嫌だ私もかまぼこ隊とのんべんだらりキャッキャウフフしたい。禰豆子と添い寝したい。

 あ、ちなみに2日目以降は同じ部屋で寝ることを炭治郎オカンが許してくれなかった。禰豆子と一緒に寝ることができるから私も渋々了承した。禰豆子との女子会も中々に良かったよ。ほぼ一方的な会話ではあるけど、ニコニコしている禰豆子を眺めているだけで癒されたし。

 話がそれたな。ともかく、私は明日にはこの家を発たなければならない。そして冒頭に至る。

 

「女。何がそんなに気に入らないんだよ。強い奴と戦いに行けるのに。俺は早く治してぇ」

 

 心底理解できないと言った顔で伊之助が言った。うるせぇお前と一緒にするなこのサイ●人め。私は鬼より君たちとの時間の方が重要なのだよ。

 

「皆はまだこの家で一緒に居るじゃん。私だけ仲間外れじゃん。寂しい」

「仲間外れなんかじゃないぞ!俺たちはこれからもいつだってずっと仲間じゃないか!」

 

 ええ子かよ炭治郎。でもね、そういう問題じゃないの。今私は君たちの半径10m以内で同じ空気を吸う生活を手放したくないの。

 

「どうしても行かないとダメ?」

「任務は絶対だ」

 

 間髪入れずに黒曜が死刑宣告を述べる。なんて残酷。

 

「なら、今日は皆でどこかへ出かけよう。それで**も我慢してくれ。善逸たちもいいだろ?」

「俺はいいよ。どうせなら、甘味が食いたい」

「強ぇ奴が居るなら行く」

 

 炭治郎の出した案に善逸と伊之助が賛同した。炭治郎たちも定期健診の際に、ある程度治ってきていると言われ、少しの外出なら許可されている。

 うー…任務は行きたくないけど、皆とお出かけもしたい…。どうせ任務は行かないといけないんだから、お出かけしよう。

 

 かくして、私達は屋敷からそう離れていない街へとやってきた。任務で来ているわけではないので、各々私服だ。

 私は濃紺の生地に椿模様の入った着物に朱色の袴、そしていつものブーツを履いた所謂ハイカラスタイルだし、炭治郎と善逸はいつもの羽織柄の着物に股引姿。伊之助はいつもの野生児スタイルで行こうとしていたが、おばあさんが洗濯をしていたため、屋敷から借りた着物を上裸で身に付けている。

 大正時代って、もっと洋服が普及していたイメージだったけど、こうしてみると意外と和装の人が多いんだよな。これはこの世界だけなのかな?それとも実際の歴史でもそうだったんだろうか。

 

 甘いものが好きだという善逸の希望で、カフェにホットケーキを食べに行くことになった。女給とイチャイチャするキャバっぽいところもあるみたいだけど、そうじゃなくて普通に美味しいものを食べられるところ。所謂純喫茶というやつ。

 …この時代、「カフェー」って語尾を伸ばして言うのが普通らしい。「カフェ」って言ってたら善逸に田舎者を見るような目で見られた。解せない。

 

「お待たせしました」

 

 席について十数分。私達の前にふかふか熱々のホットケーキが置かれた。

 ちなみに、ホットケーキもこの時代では「ハットケーキ」って言うらしい。注文の時にこの絶妙な発音をするのが恥ずかしくてもごもごしていたら、店員さんにも田舎者を見るような目で見られた。解せない。

 

「美味しい!!来てよかったよぉ~」

 

 善逸がニコニコ顔でホットケーキを食べる。相当甘いものが好きみたい。

 

「これ、禰豆子にも食べさせてやりたいなぁ…」

「おい!なんだこのやわこいのは!食いもんじゃねえだろ!」

「伊之助、店員さんに聴こえる」

 

 こんな時も心優しい炭治郎に、未知の食べ物に驚愕する伊之助。

 伊之助は、素手は流石にマズいから私がフォークを使うように教えたため、渋々フォークでホットケーキを突き刺して食べている。食べ方といい、口の悪さとは裏腹なきらきらとした瞳といい、完全に3歳児だ。ほわほわしたオーラが漂っている。可愛い。

 伊之助を窘めながら私もホットケーキを口に運ぶ。バターと蜂蜜が生地に絡み合って美味しい。う~ん…久しぶりに食べたな、この味。もう数年近く洋食を口にしていなかったから、なんだか感動する。

 

「**、美味しいか?」

 

 隣に座っている炭治郎が、私の顔を覗き込んできた。どことなく心配そうに見える。

 

「え?そりゃ美味しいに決まってるよ?なんで?」

「なんか、**から悲しそうな匂いがしたから」

 

 炭治郎が言うと、正面に座っている善逸も同じような表情でうなずく。悲しい?美味しいホットケーキだなとしか思っていないけど…。

 

「?なんでだろ。久しぶりに食べたから感動してただけだけどな」

「え?!**、食べた事あったの?あんな田舎臭い発音してたのに?」

 

 善逸、失礼過ぎるだろ。お前100年後にもう1回同じこと言えよ?

 

「食べたことありますぅ~。何百回と食べてますぅ~」

「嘘だろさすがに。俺でもわかる」

 

 私が煽るように言うと、自分の分のホットケーキをとっくに食べ終えた伊之助が呆れた顔をしてそう言った。ちゃっかり炭治郎の分にも手を伸ばしている。ほんとなのにな~。

 

「あー!信じてないな?材料と調理場があれば流行りの洋食全部作ってあげるのになぁ~」

「本当か?すごいな**!」

「そうなん!?なら作ってよ!」

 

 炭治郎と善逸がハモる。普通の家で洋食が出る事ってそうそうないからね。興味津々だ。

 

「いいよ。任務が終わったら作ってあげる。食べたいもの考えておいて」

 

 特別サービスだ。材料もこっちで用意してやろう。バターや牛乳はめっちゃ高価だけど、鬼殺隊は給料がいいのだ。

 具体的に日本円で言うなら、討伐に向かうだけで10万円、鬼1体の討伐につき更に10万円、討伐補助1体で5万円。血鬼術を使うような高位の鬼なら更に金額が上乗せされる。

 しかも宿代やら食費は経費。基本的に生活費が一切かからない上に、1度の任務でちょっとした月収くらいの金額が入ってくるのだ。命を懸けるだけのリターンはちゃんとある。流石だな御館様。まあ、基本的に使い道無いから貯まっていく一方なんだけど。

 食事をした後、街中をぶらぶら歩いてから帰路についた。

 なんか私、本当にかまぼこ隊の一員じゃん?次に合流した時の約束までしちゃったよ。もう仲間でしょこれ友達でしょこれ。ああ、生きててよかった。

 そうして翌日、黒曜の案内の元に屋敷を出発した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 任務のために目的地へ向かう事2日。小さな集落へとたどり着いた。

 完全に未開の土地だったため、この2日間は野宿だ。藤の花の家紋の家が恋しい。ふかふかのおふとぅんが恋しい。何よりかまぼこ隊が恋しいようぅぅぅ。

 黒曜も鬼殺隊総本部への連絡をしたりするため、四六時中一緒というわけではないのだ。寂しすぎる。ひとりぼっちで焚火をしていると割とガチの涙が出た。

 

 ここでちょっとした補足をしておこうと思う。

 私は原作を見ていたころ、鬼滅の刃のキャラ達は荷物をどうしているのだろうと常々疑問に思っていた。だってそうでしょ?決められた拠点もなく、身一つで鬼狩りに回るなんて、流石に無理がある。着替えだって財布だって必要だし、かといってそんな荷物を持ち歩いていたら鬼なんか狩れやしない。

 

 その疑問は、鬼殺隊からの支給品によって解決した。

 支給品の中には、隊服や日輪刀と共に黒い革製のウェストポーチもあった。このポーチが優れモノで、見た目はただのポーチなのだが、中が不思議な構造になっており、ちょっとした物置と同じだけの収納が可能なのだ。

 なんだよその物理法則フル無視のアイテム…って思ったけど、よく考えてみれば喋る鴉や血鬼術のような異能がまかり通っている世界だし、そんなおかしい事でもないと納得した。何より便利。

 隊士たちは各々、隊服を5セット支給されており、替えはこのポーチに収納している。私は羽織の替えや非番の時に着る用の袴なんかもこの中に入れている。あとは財布とか食料、生活必需品とか。じゃないと野宿なんかやってられない。

 そんな訳で、身一つの旅にしては快適に過ごしている。用意さえしていればサバイバルする必要もないんだし、ますます最終選別の意味が分からなくなる今日この頃だ。

 ちなみに、善逸が双六を持っていたのもそういう訳。持ち物にはまだまだ余裕があるし、いつかTRPGとか一緒に作ってもいいかもしれない。閑話休題。

 

 集落で聞き込みをして回ると、いくつかの情報が手に入った。

 曰く、夜毎に子供や若い女が居なくなる。数日した後に近くの山の麓に遺骨が転がっている。鬼を恐れて夜は誰も外に出ていないにも関わらず、いつの間にか消えている。まとめるとこういうことらしい。

 私同様に鬼殺隊士が何度か訪れて聞き込みの後に山に向かったものの、誰も帰ってきていないのだと言う。

 なんだよ、強い鬼の予感しかしない。そんなところに階級癸の下っ端新米隊士を1人で送り込むなんてどうかしてるだろ。給料は良いが、やっぱり根本的にブラックな鬼殺隊である。

 恐らく、遺骨の捨てられているという山がその鬼の住処なのだろう。人が消える前に兆候がないのであれば、直接住処の山へと探しに行った方が早い。私の第六感なら可能だ。

 宿で仮眠をとらせてもらい、日が暮れた頃に山へと向かった。山の麓にはやはり人骨が散らばっていた。

 

 ぞっとしないな。これ以上被害者を出さないようにしなければ。

 勘を頼りに山を登り、中腹に差し掛かったころ、嫌な予感を感じた。来る。どこだ?あたりを見渡すも、物音ひとつしない。不気味なくらい静かだ。でもこの嫌な予感は…。

 

「!?」

 

 ぞわりと背筋が凍る感じがして、思わず後ろへと飛び退った。一瞬後、私の立っていた場所に大量の槍が突き刺さった。

 

「おやおや、そこらの人間とは違うみたいですね」

 

 鬼がそう言って愉快そうに話しかけてくる。

 若い男の鬼だ。文豪っぽい雰囲気を漂わせている。若草色の着流しに癖っ毛を顎まで垂らしたその鬼は、筆を片手にニヤニヤとしながらこちらへと歩いてきた。さっきの攻撃は、あの筆を使った血鬼術だろう。

 

「物体を移動させる能力…?」

「へえ、良く気付きましたね。ご名答ですよ、勘の良い鬼殺隊士の娘さん」

 

 鬼は感心したようにそう言うと、手に持っていた筆で空中に『槍』という文字を描いた。瞬間、何もない空間から大量の槍が現れてこちらへと飛んできた。呼吸を駆使して間一髪で左へと避ける。

 

「う~っわ…それを使って近くの集落から人間を攫ってたってわけね…」

 

 『女』とか、『子供』って書けば近くの集落から人間が呼び出されるってわけか。家に居ようが関係ない訳だ。

 

「いやはや、まったくその通り。素晴らしいです。この筆を使えば、どんなものでも手に入る。なんだってできるんですよ」

「うっそでしょ…」

 

 何この血鬼術。強すぎない?どう考えても原作に出てすら来ないモブ鬼が持ってる能力じゃないだろ。お前は斉木楠●か?どっから持ちだしたんだよ、その槍。あの集落に今行けば槍がごっそり減っているのだろうか。

 ただ、私の勘が告げる。あの鬼は厄介な能力を持ってはいるが、鬼自体の力量はそこまで高くない。技を見切って接近すれば、勝負は一瞬でつくはずだ。

 

 まあそれが難しいんだけどな!!!!

 

「先ほどの動きといい、勘の良さといい、あなたはなかなかの力量をお持ちのご様子。貴女を喰らう事ができれば私の力も増すでしょう。名残惜しいですが、ここでさよならとしましょうか」

「さよならには賛成だわ。消えるのはあんただけど」

 

 余裕の表情を見せる鬼に対して、私は動揺を隠しつつも挑発する様に日輪刀を抜いて、その切っ先を向けた。濃紺と月白の刀身が月明かりを反射してギラと光る。

 

 その輝きが戦いの合図だとでもいうように、激しい攻防が始まった。鬼は目にも止まらぬ速さで空中に文字を描いていく。『槍』『刀』『薙刀』『弓矢』『鉄砲』…。

 前触れもなく突如現れる連続攻撃を、勘を頼りに呼吸を駆使して避けていく。正面から来る大量の槍を右に避け、頭上から高速で降ってきた刀を日輪刀で薙ぎ払い、背後から迫りくる薙刀を伏せて避ける。

 後ろから頭上を通り過ぎた薙刀に注意が逸れた瞬間、ぞわりと悪寒が走った。やばい、避けないと死ぬと第六感が告げている。

 再び正面から迫りくる数十本の矢を低姿勢のまま右に避けたが少し間に合わず、左頬と左腕を掠めた。羽織と隊服が裂け、頬と腕から血が滲む。左腕は思ったよりも抉られたらしい。

 

 痛い。とても痛い。これ多分縫わないといけないやつだ。マ、ママ~腕のお肉裂けちゃってるよ~。スネ●チックに脳内で茶化しつつも呼吸に集中して痛みを堪える。

 大丈夫。耐えられる。次女だったら耐えられなかった。集中しろ、私。まだ攻撃が残っているはずだ。

 すかさず矢の影から飛んで来た銃弾を、のけ反ることで何とか躱した。前髪の焦げる匂いがする。そのままバク転の要領で後方へ飛び退った。あ、この動き死ぬ気になれば意外とできるもんだな、と関係ない感情が頭をよぎる。

 

 …めんどくさいな、こいつの血鬼術。

 私だから勘で避けることができるが、どこから攻撃が飛んでくるかわからない。回避力に優れた隊士でなければ一発でお陀仏だろう。道理で隊士がやられるわけだ。

 でも、避けるだけでは勝つことは出来ない。そろそろ反撃に移ってやる!深く息を吸って、一気に吐く。

 

闇の呼吸 参ノ型 安香防翳・影(あんこうしょうえい・かげ)

 

 参ノ型は相手の正面からフェイントを放ち、幻影を残して死角から攻撃する技だ。ちなみに、捌ノ型・羅刹ノ舞はこの型の応用技である。幻影に惑わされて私の位置を見失った鬼はキョロキョロと辺りを見渡している。やっぱり、鬼自体の能力はそこまで高くないのか。

 参ノ型からそのまま攻撃に移るために鬼の元へと走り行く。あと10メートル、5メートル…1メートル。いける!!

 鬼の首目掛けて日輪刀を振りかぶった刹那、第六感が警笛を鳴らした。

 

「!!??」

 

 私の位置を把握できないために防御に回ったのだろう。鬼が『弓矢』と空中に高速で描いた次の瞬間、鬼を中心に360°全方向へと矢が飛んで来たのだ。

 放射線状に襲い来る矢を避ける空間を少しでも多く確保するために急ブレーキをかけて後ろへと飛び退る。なんとか急所に当たる事は避けたが、それでも肩口に矢を1本貰ってしまった。何この弾幕無理ゲー!!

 

「!!…はぁっ!…そんなところに居たんですね。見失って一瞬焦りましたよ」

 

 本当に焦ったのだろう。苛立った様子の鬼がこちらを睨みつける。私に矢が当たった事に気付き、鼻でせせら笑いやがった。むかつく。

 

 でも…痛…肩!痛!

 

 修行の比ではない痛みが身体を襲う。

 ほんっとに痛いなんてもんじゃないな!弓矢って危なすぎるでしょ!絶対これ生き物に刺したらいけない形状じゃん!すぐに矢を抜き呼吸で止血に回る。血管がぴちりと止まった感覚を感じた。

 

 くそ、スピードで負けている!

 呼吸を使って接近し斬撃を放つよりも先に、鬼が筆を使って攻撃を繰り出してしまう。

 そもそも、闇の呼吸は確実に相手を仕留める為に命中率と威力を注視している分、瞬発力に欠ける。フェイントや幻影、相手に気付かれない歩法を使うことで欠点を補っているのだ。

 それでも、今回のような攻撃の嵐を掻い潜りながら近づくにはどうしても速さが必要になる。第六感の能力面ではあの鬼と相性はいいが、呼吸の相性が最悪だ。どうする?どうする?思い出せ師範の言葉を!見つけるんだヒントを!

 

―勘だけでは相手に勝つことは出来ないよ―

 

 師範の言葉が頭をよぎった。そうだ、勘だけでは勝てない。剣術稽古の休憩中にそう言われたんだ。なんて言ってたっけ。

 

『勘はあくまで死を避けるための補助だ。避けて避けて、相手の軌道を読みぬいた時、確実な攻撃に移ることができるんだよ。つまり最も重要なのは、戦いの中で相手を見抜き、考える力。戦闘考察力だ』

 

 ああ、そうだ。戦闘考察力。

 

 これ聞いた時はどこのロリータファッションの変化系ゴリラババアだよって思った。でも、確かにそうだ。考えろ。避ける事に集中して考えるんだ。槍の雨を縫うように避けながら思考を巡らせる。

 あの放射線状の矢を避けて攻撃するか?いや、無理だ。至近距離で避けるには矢が密集しすぎている。伊之助のように関節を外したりできるならまだ不可能ではないかもしれないが、人ひとりが中心点近くで避けることができるだけの隙間はない。

 さっきのように飛び退って避けてから再び攻撃するとしても、鬼も再びあの技を出してくるだろう。その前に頸を刈り取らなければならない。やはり、スピードが足りない。今の私には、敵に勝るだけの瞬発力が圧倒的に足りない。

 考えろ。どうすればいい?どうすればあの鬼よりも速く攻撃ができる?速い攻撃…瞬発力…稲妻…。

 

―雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃―

 

 鼓屋敷で見た善逸の技が脳裏をかすめる。そうだ、雷の呼吸。もっとも瞬発力に優れていると言われる呼吸だ。鼓屋敷で見たあのスピードを出すことができれば、鬼よりも速く頸に日輪刀を当てる事は出来る。

 ただ、雷の呼吸は、そのスピードと比例して大きくなる威力を操る必要がある分、技を繰り出すには並外れた集中力が必要とされると聞く。マリオカ●トで言うならスピードもパワーも強いけれど、細かい操作にはテクニックが必要なク●パ様ってところだろうか。そのため、基本の呼吸だけれど、闇の呼吸程ではないにしても適性が無いと扱うことのできないテクニカルな呼吸だ。私にできるのか?

 鬼はそろそろ私の事を本気で殺しにかかるようだ。『弓矢』『槍』『刀』と空中に描かれた刹那、私の周囲全方向に武器が現れた。このままでは避けるのが間に合わずに私は死ぬだろう。

 

 …否、できるか、じゃない。やってみせる。ダメだったらその時だ。大丈夫、自分を信じろ。私は闇の呼吸の使い手だ。急所を見極める判断力と的確に攻撃する集中力、命中率ならどの呼吸の追随も許さない。

 漫画で見た善逸と炭治郎のやり取りを思い返す。雷の呼吸の方法。足の筋肉1つ1つの全てに意識を集中させる。血を巡らせろ、酸素を筋肉に送り込め。

 

 瞬間、未だかつて経験がない力が足に漲った。勢いそのままに地面を蹴れば、刀の隙間を潜り抜け、今までの比ではないくらいの速度で鬼に接近する。視界の端で黄色い稲妻がバチバチと輝く。

 

「…!!?」

 

 居合の技術は、闇の呼吸にも型があるから問題ない。呼吸が使えるなら、あとは覚えている通りにそのまま刀を振るだけだ。

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 私の通り過ぎた後ろで、鬼の頸が刎ね飛ぶのを感じる。

 勝てた。生き延びた。死ぬほど痛いけど。しかも雷の呼吸も使えた。でもちょっと待って、これ、身体の負担がすごい。筋肉の繊維がブチブチと切れるのを感じる。1度使うだけでこれだけの反動が起きるなんて、適性が一致しない呼吸を無理に使うとこうなるのか。

 …というか、あれ?やば、速すぎて止まれn

 

 その日、落雷のような音と共に隕石の落ちるような轟音も響き渡ったという。

 

「…で、雷の呼吸を使って勝てたはいいけど、そのまま止まれずに木に激突して隠の人たちにここまで運んで貰ったと。…大丈夫か?」

「鬼から受けた傷よりも木にぶつかった傷の方が酷いらしいぞ」

「馬鹿だろお前」

「ひどい!!!!!」

 

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