どうも、私です。3日前、とある集落の山で鬼と交戦した際に負傷した為、只今藤の花の家紋の家にて療養中です。
炭治郎たちと過ごしたあの家が最も近場の拠点にできる家屋だったようで、つまり、行きたくないと散々ごねてから1週間も待たずに戻ってきたことになります。
向かう時は2日かけて歩きましたが、隠の人達が籠やら人力車やらでめっちゃ頑張って運んでくれたので、帰りは半日経たずに到着しました。
行きも送ってくれよ…と思わないでもないけれど、そこは万年人手不足の鬼殺隊。負傷者の救護が最優先だから、基本的には自分の足が移動手段という訳です。隠の人たちと関わるのは今回が初めてでしたが、派手に木に激突して負傷した私の事を、皆さん可哀そうな子を見るような目で見つめてきました。体中痛いけれど、心が1番負傷しています。
骨こそ折れてはいないけれど、(あんな勢いで激突して頭蓋骨骨折しなかった私は案外石頭なのかもしれない)頭部裂傷で6針、左腕の裂傷で5針、他には全身の打ち身、切り傷とおまけに肩に刺さった矢の傷。全治2週間です。弓もかなり重症だけれど、幸い小さめの物だったこともあり、最も重症なのは頭部だそうです。え?頭の中も重症?うるせえよ。
隠の人たちに連れられて藤の花の家紋の家に帰って来た時、簡易処置のみが施された傷だらけ血塗れの私を見て、炭治郎たちは酷く驚き、心配してくれた。伊之助でさえ驚いた顔をして傍に居てくれていた。見た目には全身が血まみれの真っ赤っかで、相当酷い状態だったそうだ。鏡を見なくて正解だった…。そして私ごときを心配してくれるなんて皆しゅきが過ぎる。感動で涙を流したら更に驚かれた。当然である。
初めはあんなに心配してくれたのに…なのに…。
「ちょっと…私、一応患者。療養中の負傷者」
「うるせえ俺と戦え」
「すぐ治るだろー。木に激突するくらい馬鹿なんだし」
この扱いである。順調に快方に向かいつつある伊之助は頭突きをしてくるし、同様に日常生活でもほぼ痛みがなくなってきたという善逸は私の足を無遠慮に枕にして雑誌を読んでいる。
一方で私は動くと傷が痛むから、この数日間は基本的に布団の上だ。男女で部屋を分けたはずなのに、わざわざこっちの部屋に来てちょっかいをかけてくる。
いや嬉しいんだけどさ、でもさ、なあ、この包帯だらけの姿を見て何か思うところはないのか?麗しい乙女の顔に傷ができているのを見て心は痛まないのか?貴様らそれでも男か?
唯一私の隣で禰豆子だけが優しく添い寝してくれている。まあ、眠いだけかもしれないけど。
「皆、**を心配しているんだよ。動くとまだ傷が痛むだろ?何かあった時の為に傍に居るんだ」
障子をがらりと開けて炭治郎も入ってきた。手には雑炊の入ったお鍋を持っている。「おばあさんが作ってくれたよ」と私の枕元に置いてくれた。御礼を言うためにむくりと起き上がる。傷口の裂け目部分が痛い。
「痛…炭治郎、わざわざ運んでくれてありがとう。おばあさんにも御礼言わなきゃ」
「いいんだ。おばあさんには俺が伝えておくから。早く食べてゆっくり休むと良い」
そう言ってにこりと笑う炭治郎。後光がさしている。
くっ!これが長男力ってやつか!つーかオカン力!眩しいよ炭治郎!ママって呼ばせて!!
…でも、炭治郎の言葉を聞くに、善逸と伊之助も私の事を心配してここに居てくれていたのか。悟られたくないが故の照れ隠しってやつですか?推しが尊いわ、ガチな方で。
伊之助は、なんか違う気もするけど。とりあえず頭突きをやめてもらえませんか?痛いです。傷が開いてしまいます。
ほら、そうこうしているうちに伊之助がまた来たぞ。後ずさりしてから助走をつけてこっちに走ってくるぞ。勘もそうだけど、横になってるときに何回もくらってるから、お前の行動パターンはもう見切っているんだ。そっちがその気なら、こっちだって考えがある。
内心ニヤリとしながら、私は右から頭突きをかましに来た伊之助を軽く上体を反らせて躱し、そのまま無事な右腕でがっちりとヘッドロックをかましてやった。
まさか返り討ちに合うとは思わなかったらしく、腕の中の伊之助は猪頭越しでもわかるくらいに動揺している。や~いや~い。
「おい!何しやがる!放せ!」
そう言って伊之助がジタバタと暴れるが、その程度では私のホールドは外せまい。ざまあみやがれ。
「嫌で~す。今のは私の勝ちで~す」
煽るようにそう言って猪頭を外し、そのまま左手でよしよしと頭を撫でてやる。
動揺した伊之助が一瞬ピシリと固まった後、腕の中で脱力するのを感じた。心なしかほわほわとした綿毛のようなものも見える。可愛いかよ。
「…っだぁぁぁあああ!!!やめろ!俺をほわほわさせんじゃねえ!!!」
もういいか、とヘッドロックを解除してやれば、叫びながら伊之助が頭にのせられた私の左手を振り払って飛び起きた。なんだよ、ほわほわって。語彙力幼女じゃん。可愛いかよ(2回目)。
善逸が私の足元から、しらっとした目で見てくる。なんだろう、善逸も頭を撫でてほしいのか?この照れ屋さんめ。お年頃だと苦労するんだな。
ニヤニヤしながら善逸の頭も撫でようとすれば、避けられた。なぜに。善逸なら嬉しそうに応じるかと思ったのに。え、もしかして私嫌われてる?
「善逸に嫌われたなんて…私生きていけないわ…」
よよよ、と泣くふりをしてみれば心底呆れたような顔でチョップされた。嫌悪されてはいないようだが、解せない。
なあおい、頭にぐるぐる巻かれたこの包帯が見えないのか。2人して傷口ばっかり攻めてきて、こいつらは私の傷をふさぐ気がないのだろうか。
炭治郎がその後雑炊を食べさせてくれた。1人で食べられるのに、頑として私に匙を持たせてくれない。
長男パねえ。無自覚にこんな事をやってのけるなんて。鼻からも血が溢れてきそうだよ。バブみが凄いおぎゃりたい。「あーん」じゃねえよ畜生。こちとら中身は2X歳だぞ。こっちの世界にきてから精神が肉体に引っ張られてしまっている節があるけどさ。いや雑炊うめえな!!!(ここまでノンブレス)
◇◇◇
数日もすれば、痛みも大分マシになった。もう台所にも立てるだろう。私はこの日を待っていた。さあ、約束のお料理タイムだ。以前にカフェに行ったときに約束していた洋食料理を振る舞うため、炭治郎たちを連れて材料を買いに商店街へと足を運んだ。荷物持ちをお願いする魂胆である。
「で、皆食べたいものは決めた?」
「俺、ライスカレーが食べてみたい!」
「俺はオムレツライス!あとハットケーキ!」
「???」
炭治郎と善逸がリクエストをくれる。そもそも食文化についてよくわかっていない伊之助は首をかしげっぱなしだ。
それにしても、ライスカレーにオムレツライス…カレーとオムライスのことかな?ハットケーキはこの間食べたホットケーキであるとして、うーん…こういうふとした時に時代背景を感じさせられるよな。ジェネレーションギャップってやつ?なんだよ100年越しのギャップって。
「了解、カレーとオムライスにホットケーキか…。少し私流の作り方にしてもいい?お店で売ってるのとは見た目とか味が変わるかもしれないけど」
「もちろんだよ。**の作りたいように作ってくれ」
「女の子の手料理を食べられる日が来るなんて…」
「俺は食えればなんでもいい」
少し自分好みにアレンジをしたくて聞いてみれば、三者三様の返事をくれる。
よしきた。腕によりをかけてやろう。これでもお姉さん、一人暮らしをしていたからある程度の家事はできちゃうんです。
商店街で野菜やお肉などの材料を購入する。少し賑やかなお店に行けば、カレールウのような、缶詰にカレー粉の入った商品も見つけることができた。小麦粉、卵、砂糖、牛乳にバター…。ポイポイと購入していくと、思ったよりも高額な買い物になった。でも何の心配もないのさ!だって私、鬼殺隊士だもの!
黒曜が鬼の討伐を報告してくれたらしく、給与も振り込まれて怖いものなんか何もない。この間の鼓屋敷での任務分も合わせて、明らかにこの年代の娘が持つ金額ではない貯金が既に貯まっている。癸でもこれだけ稼げるんだから、階級が上がればもっと稼げるんだろうな。まあ、死んでしまえば元も子もないのだけれど。
屋敷に戻って、おばあさんに台所を使う許可を得た。米を炊く準備をした後、メインの調理に取り掛かる。
まずはカレーを作る。野菜と肉を切り、下ごしらえをしておく。オムライスの分の具材を一緒に切っておくことも忘れない。男の子だし、カレーの具材は大きめに切り分けておこうかな。私はどちらかというと小さめのほうが好きなんだけどね。ジャガイモが溶けるか溶けないかくらいが堪らないんですわ。
具材を鍋の中で炒めた後、水を入れて煮込むこと数十分。ここで隠し味に味噌やお砂糖を混ぜておくことにします。何それって思った?結構美味しくなるんだよ。2日目のカレーみたいなコクが簡単にできちゃう。まあ、昔ネットで見たんだけど。予め3人に辛いものは食べられるかと聞いてみると、少し甘めが良さそうな返答だったので、蜂蜜も少し多めに入れてみた。そう、バー●ンドのパクリです。リンゴは入れてないけどね。
そしてお待ちかねの即席カレー粉を投入します。うーん、良い匂い!この匂いも数年ぶりだな。匂いにつられて、待ちきれなくなった炭治郎たちがそわそわと台所に来た。特にリクエストをした炭治郎は、鍋いっぱいのカレーを見て目を輝かせている。
「うわぁ!これがライスカレーか!!」
「すっげ~…**、ホントに作れたんだ…」
(ほわほわ)
「む~~~~」
「まだライスが入ってないけどね。オムライスは今から作るから少し待ってて」
4人とも鍋を覗き込んで離れようとしない。子どもが居たら、こんな感じなんだろうか。母性本能に刺さる。いかんな、さっさとオムライス作ろう。
カレーを弱火で煮込みながら、フライパンに先ほど切った野菜を入れて炒める。炊けたばかりのご飯も入れて、更に炒める。塩コショウとケチャップで味付けをした後、少し味見をしてみた。うん、良い感じだ。
お店で買っておいたオムライスやカレーを入れるのに丁度良いサイズのお皿にケチャップライスを人数分取り分ける。作業の合間に、つまみ食いをしようとする伊之助をぺしりと軽くはたくのも忘れてはいけない。この後もっと美味しくなるのに、ここで食べるなんて勿体無いからね。
ケチャップライスを先に皿に盛りつけた時点で分かる人もいるかもしれないが、私が作ろうとしているのは所謂タンポポオムライスだ。100年経っても「映え」だと言われて大喜びされる一品、この時代じゃ食べる事はできないぞ?感謝したまえ。まあ、私が食べたかったっていうのもあるけど。昔どうしても食べたくて、ネットで調べながら練習したのだ。
卵を中だけ半熟になったオムレツにする。後ろではなおもつまみ食いをしようとする伊之助と、それを止める炭治郎、善逸の乱闘騒ぎになっている。台所で騒ぐな。埃がたつでしょうが。禰豆子だけが静かに隣でオムレツを作る様を眺めている。あとでデザートに作るホットケーキは一緒に作るのもいいかもしれない。
「皆、できたよ~」
私の一声で、乱闘をしていた3人はぴたりと動きを止めて、おとなしくなった。皿に盛りつけた後、自分たちの部屋まで運ぶ。皿が大きくて箱膳には乗らないから畳の上に皿を置くお行儀最悪スタイルだけど、こればかりは仕方ない。流石に人の家で机を買うわけにはいかないからね。おばあさんにも日ごろの御礼と共に渡してきた。
「「いただきます!!」」
「…イタダキマス」
3人はそう言って手を合わせると、手始めにカレーをスプーンにすくって口に運んだ。伊之助にはスプーンを使うよう教育済みである。やっぱり、箸よりもスプーンやフォークから始めるのが良いかもな。小さい子どもに食べ方を教えるのと同じ。
「~!…**!!**は凄いな!!ライスカレーってこんなに美味しいんだな!!」
「うわ!街で昔爺ちゃんと食べたことあるけど、あの時とは全然違う!あの時のカレーはもっと辛かったのに、これは食べやすいや。美味しい!」
炭治郎と善逸が目をキラキラさせて褒め称えてくれる。ここまで喜ばれるとは…。冥利に尽きるな。伊之助も言葉を発さずに黙々と食べ続けている。このペースだとあっという間に平らげてしまうだろう。多めに作っておいてよかった。
「ねえ**。さっきから思ってたんだけど、これってオムレツライスだよな?変わった見た目をしているけど」
カレーを半分ほど食べ終えた善逸が、尋ねてきた。いや、流石だね。その質問を待っていたんですよ。私は少しドヤ顔で、皿やスプーンと一緒に購入しておいたナイフを取り出し、オムレツに横一筋の切れ目を入れた。柔らかい卵の膜が裂け、とろりと半熟卵があふれ出す。
「すっげえ!!!どうなってんのこれ!」
魔法を目にした子供のように善逸が声をあげた。私の隣でそれを眺めていた禰豆子も大興奮だ。
「そこらの洋食屋では絶対に食べられないよ。ご賞味あれ」
◇◇◇
「美味しかった~!」
炭治郎が満足そうに言う。結局、3人はオムライスもカレーもあっという間に平らげてしまい、多めに作っておいたカレーはおかわり争奪戦になってからっぽになった。あの炭治郎でさえもカレーを2人に譲る事無く取り合っていたくらいだ。凄いなカレーの魅力。
それにしても、炭水化物オンパレードなのにおかわりまでしてしまうなんて…。育ち盛りの男子の本気を見た気がする。
「まだ食べられそうなら、ホットケーキもデザートとして今から作るけど、どうする?おなかいっぱい?」
「食べる!食べたい!!**の作るご飯ならいくらでもいけるよ!!」
すかさず善逸が声を上げた。元々ホットケーキは彼の好物だし、甘党なのもあって、人一倍楽しみにしていたようだ。
「了解、すぐにできるから、待ってて。禰豆子も一緒に作らない?簡単だし」
カレーもオムライスも食べることができずに少し不貞腐れている禰豆子に声をかけると、禰豆子も嬉しそうに立ち上がった。初めてお料理を教えてもらう女の子のようだ。可愛い。
卵黄、牛乳、砂糖、ベーキングパウダーに小麦粉を大きな器に入れて、禰豆子に混ぜてもらう。その間に私は修行で培った全ての力を込めて卵白を泡立ててメレンゲにしていく。電動ミキサーのありがたみに気付かされながら。全集中の呼吸を、未だかつてないくらいに無駄な方向に使う。残像と化した私の腕を見て禰豆子がぽかんとしている。
メレンゲの角が立ったら、禰豆子が混ぜてくれた材料とさっくり合わせる。バターを敷いたフライパンにちょこんちょこんと生地を入れていき、暫くしたら水を入れて蓋をし、蒸し焼きにする。時間が経ったら、ひっくり返してしばらく待って、皿に移してバターと蜂蜜をかければハイ、出来上がり!!ふわふわのスフレパンケーキです!
「凄い!ふわふわのしゅわしゅわだ!!**は本当に凄いや!」
カレーとオムライスに続き、炭治郎からの嵐のような賞賛。よせやい、照れるぜ。
善逸は涙を流しながら「結婚しよ」とか呟いている。ホットケーキと婚姻を結びたくなるくらいに気に入ったらしい。伊之助はほわほわが出過ぎて最早止まらなくなっているようだ。時折ハッと気が付いて、何かに悶えるように叫んでからがっつく、を繰り返している。喜んで貰えてよかった。
禰豆子が人間に戻ったら、禰豆子にも振る舞ってあげよう。原宿で売ってそうな生クリーム増し増しのカロリーマウンテンにして、一緒に食べるんだ。禰豆子にそう言うと、ぱあっと顔を明るくさせて頷いてくれた。うん、一刻も早く無惨を倒さなければ。
「あのさ…**」
「ん?どうかした?炭治郎」
なにやら恥ずかしそうにゴニョゴニョと口ごもっている炭治郎に顔を向ける。
「あの…今日みたいなご飯、また、今後も作ってはくれないか?いや、**が良ければでいいんだが」
「あっ!!炭治郎お前!!勝手に抜け駆けしてんじゃないよ!」
何を言い出すかと思えば。それってそんなに照れながら言う事か?長男は人に頼みごとをするのが苦手らしい。抜け駆けの意味はよくわからないけど、怒らなくたって善逸にも伊之助にも、お望みならば他の人にだって作るのに。私は箱推しだったんだ。お金以外の手段で推しに貢げる日が来るなんて…。そんなのなんぼでもやってやるよぉ!
「なんだ、そんなこと?そんなの、いつでも作ってあげるよ。善逸にも、伊之助にも。人間に戻ったら禰豆子にも」
「本当か?!大好きだ**!!」
「お前さぁ!そういう事軽率に言うんじゃないの!!」
嬉しそうな炭治郎にキレ散らかす善逸。善逸には言われたくないと思うけどなあ。
◇◇◇
更に数日が経ち、私の抜糸も終わって、全員が完治した。いよいよ、那田蜘蛛山編に突入する。あの山では何人もの隊士が死ぬことになるはずだ。しかも、その後そのまま柱との遭遇イベントに入るんだったっけか。気が抜けないな。気持ちを落ち着かせるために、刀の鞘を握る。
「どんな時も誇り高く生きてくださいませ」
そう言っておばあさんが切り火をしてくれた。切り火を知らない伊之助が騒ぎ出したので拳骨をかましておく。
「よし、行こうか。那田蜘蛛山へ」
炭治郎に続いて、歩き出す。いざ。
「いや、お前は違うぞ」
「へ??」
産屋敷邸から連絡のために戻って来た黒曜の声に、ぴたりと全員の動きが止まった。え?私?私なの?また私だけ引き離そうってぇの?酷くない?
「**を御館様がお呼びだ。今すぐ産屋敷邸に向カァえ」
「は?御館様?」
「御館様!?御館様って鬼殺隊の長じゃん!ありえなすぎない??**何しでかしたんだよ!」
落ち着け善逸。私だって心当たりなんか何もない。それでも、御館様からの命である以上行かなければならない。そうやって1度ならず2度までも、私を推しから引き離そうっていうのね!!許すまじ!!
あろうことかボス相手に呪詛を送った後、心配そうな顔を向ける炭治郎たちと別れて渋々黒曜について行くことにした。
◇◇◇
「おかえり。久しぶりだね、**」
「…ご無沙汰しております。御館様」
御館様からの直々の命なだけあって、産屋敷邸へは隠の人たちが送ってくれた。歩く必要がない分楽だったけど、なぜか道中で黒曜に説教をされ続けたためMP(メンタルポイント)は0に近い。なんで烏に「お前はもう少し男に警戒心を持て」とか、「軽率にあのガキどもに対して肌を見せるな」とか説教されなければならないんだ。なんで烏なのに頬を染めてるんだ。なんだよ頬を染める烏って。どういう心境だよどういうメカニズムだよ。
そして極めつけは推したちとの別行動である。もう、これ、つらい。シンプルに辛い。私と推しの仲を引き裂くのは御館様であっても許されない。そんなわけで、私が鬼殺隊のトップに対してげんなりした顔を隠せないでいる不敬も、少しは許してほしい。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ふふ、急に呼びつけてすまない。実は、君に会わせたい人が居てね」
礼儀こそしっかりしているものの態度の悪い私に対しておかしそうに目を細めながら、御館様はそう言った。
「今回君を呼んだのは、あの子のたっての希望なんだよ。さあ、入っておいで、しのぶ」
え、しのぶって言いました?御館様。
シュッと襖が開き、蝶の羽模様の羽織を着た綺麗な女性が三つ指をついて挨拶の言葉を述べた。間違いなく胡蝶しのぶだ。生で見るとやっぱり可愛い。しかもなんか、ラベンダーみたいな良い匂いがする。
「しの…蟲柱様、ですか?」
「しのぶでいいですよ。**さん。あなたの事は前々から知っていますので」
しのぶちゃん、と原作を読んでいた時のように呼びそうになるのを堪えて私が言うと、こともなげに名前呼びを許可してくれた。
隊士が皆、柱の事を○○柱様と呼んでいる事は知っている。それなのに、わざわざ名前呼びを許可するなんて、妙に私に対して好感を持ってくれているみたいだな。それに、私の名前も知っているようだ。
炭治郎ですら確か原作の初対面では「坊や」呼びだったのに。3歳しか変わらないのに、「坊や」だよ?ちょっと面白いよね。
前々から、というのは、私が異世界から来た事を指しているのだろう。異世界から鬼に攫われて来た娘が元闇柱の元で修行をしているというのは柱たちにのみ伝わっている。それにしたって、呼びつけて直々に話をしたがる程の興味が湧くとは思えないんだけれど。
ところが、蟲柱様…しのぶさんは私の考えを読んだかのように私の考えていることに対する否定の言葉を続けた。
「あなたは、自分が異世界人であるから私があなたの事を知っていると思っているのかもしれませんが。**さん、実は私、最近あなたに会っているんです」
「え?」
いや、会った記憶ないよ?原作と現実の区別は今のところついているつもりだけど。こちらの世界に来てからは炭治郎たちと御館様たち産屋敷の人以外、原作キャラには会っていない。
「あなたは先日、小さな集落の山に潜む鬼を倒しましたよね。血鬼術を使う強力な鬼を」
「?…ええまあ、ハイ」
「実は、あの地区は私の担当区域なんです。柱の仕事には、担当区域に出没する鬼の元へ隊士を派遣することも含まれているので、あの山には私が隊士を派遣していました」
「…はあ」
つまり、私をあの山に派遣したのはこの人ということか。どうして1人で行かせるんですか。こんなに友好的なのに、実は殺す気だったんですか。
「あの山にはあなたより先に、何人かの隊士を派遣していたのですが、ご存知ですか?」
「はい、集落の住民へ聞き込みをする過程で、鬼殺隊士が鬼の住む山に向かっていた、というのは確認しました」
「私があの山へ派遣した隊士は、全員丁以上の階級でした」
丁…甲乙丙丁…はあ?!10段階の上から4番目ですけど?どう考えても中堅以上の実力者じゃん!そんな人たちでさえ殺されたのに、階級最下位の新米を1人で送り込んだわけ?!私、何かあなたに恨まれるような事しましたか??
「…つまり、しのぶさんが新米の癸隊士を1人で、有力な隊士が何人もやられている鬼の元へと向かわせたと、そういう事ですか?」
「そういうことになります」
流石にちょっとピキッと来たぞ。それを察したのだろう、私の表情を見たしのぶさんはクスクス笑って、更に言葉を続けた。
「わざわざ階級の低いあなたを任務に選んだ理由は2つあります。1つは、階級の高い隊士が殺されている現状からして、これ以上の損失を防ぐために生存率の高い、回避力に優れた隊士を派遣したかったから。特に、闇の呼吸の使い手は第六感の力に長けていますからね」
なら、階級が高い闇の呼吸の使い手を選べば…という不満は、しのぶさんの「もう1つは」という言葉に遮られた。
「もう1つは、あなたの実力をこの目で見てみたかったからですよ、**さん。明暗さんは滅多に弟子をお取りになりませんから。呼吸の性質上、闇の呼吸の育手はなかなか剣士を育てる事がありません。異世界から来て闇の呼吸を教えられた隊士が居るとなれば、興味も湧くというものです」
「え、じゃあ…しのぶさんはあの山に…」
「こっそり尾行していました」
驚きを隠せない私に対して、しのぶさんがさらりと答える。結構ショックだ。まさか、気づかなかったなんて…。私も鬼に集中していたし、柱程の実力者とあれば気配なんか簡単に消せるだろうけど、第六感ががあるにも関わらず気づかなかったのだ。修行によって勘が研ぎ澄まされた自負を持っていたのだが、まだまだ修行不足らしい。
「本当は、あなたが鬼の攻撃に囲まれたときに助けに入ろうとしていたのですが。結果的に貴女は1人であの状況を打開して見せた」
「少し大地と仲が良すぎたみたいですけどね」と笑われ、MPがマイナスを突破した。見てたのかよ!派手に激突するあのシーンを!!やばい恥ずかしい死ねるわ。そういえば気絶して目が覚める頃には隠の人たちが既に大勢いた。黒曜が連絡したにしても早すぎる。あの迅速さは、しのぶさんが居たから、ということか。
悶絶している私の事は気にもせずにしのぶさんは続ける。
「正直、驚きました。明暗さんの弟子とはいえ、新人の隊士にも関わらず丁隊士が倒せなかった鬼を倒すなんて。それに、見上げた判断力、直感力でした。身のこなしは他の隊士に劣るようですが、呼吸の扱いにも才を感じます。そこで、提案があるのですが、**さんは、私の継子になる気はありませんか?」
「いや~ありがとうございます…って、へ??」
継子?継子…TSUGUKO?つぐこって言ったよな?しのぶさん。
「継子…ですか?」
「ええ、継子です。私は、既にあなたの同期でもあるカナヲを継子として育てているのですが、もう1人継子を抱える負担も厭わないくらいにあなたに対して可能性を感じました。もちろん、あなたが良ければ、ですが」
…まさかこんなことになるとは。自分に都合の良い展開過ぎて怖い。私もうすぐ死ぬのかな?
柱なんて普通、一般隊士が易々と話せるものではない。数百人規模の会社に入社して、常務とか専務とかが新入社員の名前を覚えたうえにわざわざ個人的に話しかけてくると思う?ああやって炭治郎たちが原作で気安く話せていたのは、彼らが主人公だったからだ。まして、継子に勧誘されるなんて。そんなに才能があるとか何とか言われたら、私、調子に乗りますよ?
でも、原作キャラと関われるとかそういうの抜きにして、確かに今後の物語で死ぬ人を減らすためには、柱直々に稽古をつけてもらえる機会は逃したくない。こんな事、そうそうあることじゃない。でも、この先を考えると、私には気がかりな事があった。
「私があなたの継子になるのなら…1つ条件があります」
そう言うと、しのぶさんは不思議そうな表情をした。キョトンとしたところも絵になる人だ。
前代未聞だろう。入って間もないペーペーの新米隊士が継子に誘われることも、それに対して隊士が条件を出してくるなんてことも。
おこがましいのは承知の上だ。でも、これだけは、どうしても。
「しのぶさんが、仇の鬼との戦いで命を捨てようとするのを止めてくださるのならば、私は喜んであなたのお誘いをお受けします。継子になればあなたを止められなくなりますから。…勿論、そうでなくても上官と部下である以上命令違反はできないのですが」
「…どうして、わかったの?」
ずっと落ち着いて話していた、しのぶさんの空気が変わった。誰にも明かしていない事をいとも簡単に当てられた驚きと、継子の誘いに対してそのような条件を付けてきた困惑といったところだろうか。
「勘です」と嘘をついたが、元々第六感が冴えている事を知っているしのぶさんは、いとも簡単に信じた。そもそも匂いで嘘を見抜ける炭治郎たちがチート過ぎるんだもんね。唯一、黙って静観していた御館様だけが全てを見透かすようなあの表情をこちらに向けている。
そう、しのぶさんは上弦の弐の鬼との戦いで命を落とす。鬼を殺すために、その身を敢えて差し出すのだ。それだけは、駄目だ。可能な限り救おうと決意した私からすれば、自殺志願者は何があっても引き止めなければならない存在である。たとえ、上弦の鬼を倒すためであっても。
「…残念ですが、貴女のその要望に沿う事はできません。致し方ありませんね」
「…申し訳ありません。貴女のお誘いは、とても嬉しかった」
頭を下げ、心の限りを尽くして誠意のある謝罪をする。カナヲでさえ止められないのに、継子になればしのぶさんの無謀な真似を止める事ができなくなる。そうじゃなくても上官だから基本逆らえないんだけどさ。
継子は基本的に師範である柱の命令の元で任務に当たるから、最悪の場合計画を阻止されない様に仕組まれる可能性もあるんだよね。それよりはまだ、上官と一般隊士としての関係の方が自由が利く。
しのぶさんの計画を邪魔すると宣言したようなものなのに、しのぶさんは私の意図を汲んだ上で、先程までと変わらない微笑みを向けてくれた。原作では本心の読みづらい印象の人だと思っていたけれど、きっと自分が認めた人間に対しては凄く情に厚い人なんだと思う。
その時、御館様の膝元に慌てた様子の一羽の鎹烏が降り立った。相当焦っているようで、ゼエハアと呼吸が荒い。烏ってそんな呼吸するんだ…とぼんやり思っていると、鎹烏が叫んだ。
「那田蜘蛛山ニ派遣サレシ隊士、10名中5名ガ死亡!3名ガ血鬼術ニヨリ戦闘不能状態!至急応援ニ向カワレタシ!!現在癸隊士3名ガ急行中!!」
那田蜘蛛山!それに、癸隊士って炭治郎たちの事だ!もうすぐ戦闘が始まる!
立ち上がろうとする私を制するように御館様が右手を挙げた。そのまま鎹烏を労わる様に撫でる。
「落ち着きなさい、**。…私の子供たちはほとんどやられてしまったのか。そこには十二鬼月が居るかもしれない。君にも那田蜘蛛山へ向かってもらうが、柱を行かせなければならないようだ」
そう、十二鬼月。下弦の伍…だったっけかな。蜘蛛の糸を操る家族ごっこが好きな鬼。原作でも皆重傷を負っていた。物語が変わり始めた今、もしかしたら死んでしまう事だってあるかもしれない。
御館様が「義勇」と呼ぶと、後ろの襖が開いて、冨岡義勇が現れた。半々模様の違う羽織を着て、感情の読めない表情で静かに正座をしている。
「しのぶ、それに義勇。2人とも、行ってくれるね」
「「御意」」
2人の声が揃う。
「さっきも言ったが、2人の補佐として**も同行してほしい。炭治郎たちが心配でじっとしていられないだろう」
「…!ありがとうございます」
そうして御館様に頭を低く下げれば、しのぶさんがクスリと笑って呟いた。私と話していた時とは打って変わって、感情の読めない微笑みを浮かべている。本心で言っているのではないのだと直感した。
「人も鬼も皆仲良くすればいいのに。冨岡さんもそう思いません?」
「無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」
冨岡義勇はその言葉に冷たく返す。くそっ声がいいな。櫻井●宏の本気ボイスだ。ああ、そういえば、おそ松さ●のアニメ、見れないままにこっちの世界に来てしまったな…。
そしてしのぶさん、こんな心優しい事を言っているけど、かなりの鬼絶対殺すマンなんだよね確か。過去が過去だから仕方ないけど。禰豆子をなんとかして守らなければならない。
「…悪鬼滅殺は勿論ですが、人を喰らわない鬼なら仲良くできませんか?」
言うつもりのなかった言葉が、思わず口をついて出た。上官に対して口出しなんて、今日の私は不敬を極め倒しているな。禰豆子を知っている冨岡義勇は少し驚いたようにこちらを見やる。
「ええ、もちろんです。そんな鬼、見たことありませんが」
しのぶさんが優しく微笑む。でも、その口調からもはっきりとした鬼への拒絶を感じる。
「…本日の任務、宜しくお願い致します。しのぶさん、水柱様」
「ええ、よろしくね。**さん」
「…冨岡義勇だ」
駄目だ。今禰豆子の事を話せばややこしい事になる。先に那田蜘蛛山へ行かなければ。
私がそう言うと、しのぶさんはにっこりと笑いかけてくれた。継子の誘いを断ったばかりなのに、かなり私に対して好感を持ってくれているらしい。それに、水柱様…この言い方慣れないな。水柱様もわざわざ名乗ってくれる。柱の名前なんて一般隊士なら皆知ってるのに。
「冨岡さん、柱呼びが嫌ならそう言わなければわかりませんよ。**さん、冨岡さんも貴女の事を知っているの」
しのぶさんが通訳をしてくれる。つまり、この人は『水柱様』ではなく、『冨岡義勇』と呼ばれたいということか?これまた、えらく好感度が高いな。しのぶさんは私の事を先日見ていたというし、継子にしたがるくらいだからまだわかるんだが。この人にとっては、私は伝令で聞いていた明暗菊子の弟子になった異世界人でしかないだろうに。
疑問もそのままに、私たちは那田蜘蛛山へ向かうことになった。
◇◇◇
那田蜘蛛山が比較的近場にある事と、全員が全集中の呼吸・常中を会得しており、走っていく程度なら体力の消耗も懸念されない事、緊急を要する事態であるという御館様の判断から、私たちは走って那田蜘蛛山へ向かうことになった。走るとはいっても軽く自動車くらいの速度ではあるけど。日はもうとっぷりと暮れてしまっている。
今頃、炭治郎たちが戦っているのだろうか。早く、早く。近づけば近づくほどに嫌な感覚が背筋を駆け巡っているんだ。絶対にこの山には十二鬼月が居る。
山の麓で私としのぶさん、冨岡さんは二手に分かれる事になった。私の勘を頼りに、しのぶさんと山を登っていく。静かな山だが、妙に蜘蛛が多く、それだけに気味が悪い。
「!?」
木々を避けて進んでいく途中、左半身にぞわりと悪寒が走り、反射的に刀を抜いて左手のすれすれを薙ぎ払った。地面を見れば、暗くてわかりづらいが刀で真っ二つにされた蜘蛛が転がっていた。なんだか嫌な気持ちになるような、奇妙な色をしている。
「これ、毒蜘蛛ですね。それも見たことのない種類です。血鬼術でしょうから、刺されていたら厄介なことになっていましたね」
毒に詳しいしのぶさんが感心した、というように呟いた。でも、私はそんなことよりも重要なことに気付いてしまった。毒蜘蛛…善逸の居る場所に近いんだ!
しのぶさんを促して先を急げば、山の中腹に差し掛かったあたりで、雷鳴が轟いた。1回の雷鳴。六連ではない。まだ交戦中なんだ。間に合う!
「しのぶさん!すみません、先を急ぎます!!」
しのぶさんを置いて、さっきの雷鳴と勘を頼りに山の中を全力で走りぬける。もうすぐだ、もうすぐ。木々をかき分けて走れば、広い土地に出た。人の頭ほどの大きさの人面蜘蛛が大量に転がっている。肌は酷く真っ白で目が血走り、髪は抜け落ちている。正直あまり見ていて気持ちのいいものではない。木造の小屋が空中に浮いている。あれは、蜘蛛の糸で吊るされているのだろうか。頭上には巨大な満月。かつて原作で見た風景そのままだ。
そう思った時、雷がいくつも落ちるような轟音が辺りに響き渡った。稲妻のような閃光が何連にも連なり、最後に一際大きな一閃が空高く伸びる。家屋を貫通したような音と共に、満月に人影が重なった。