俺は、俺が1番自分の事、好きじゃない。ちゃんとやらなきゃっていつも思うのに。怯えるし、逃げるし、泣きますし。
親の居ない俺は、誰からも期待されない。誰も俺が、何かを掴んだり、何かを成し遂げる未来を夢見てはくれない。誰かの役に立ったり、一生に1人でいいから誰かを守り抜いて幸せにする、ささやかな未来ですら、誰も望んではくれない。1度失敗して泣いたり逃げたりすると「ああ、もうこいつはだめだ」って離れていく。
爺ちゃんだけだった。俺が何度逃げようとしても、引きずって連れ戻してくれた。爺ちゃんは、初めて俺に期待を掛けてくれた。
…夢を見るんだ、幸せな夢なんだ。俺は強くて、誰よりも強くて、弱い人や困っている人を助けてあげられる。爺ちゃんのおかげで強くなった俺が、沢山人の役に立つ夢。
でも…駄目だ…。
月が明るい。身体が重力に従って落ちていく。もう力が入らない。
―諦めるな!―
爺ちゃんの声が聴こえた気がした。
◇◇◇
雷がいくつも落ちるような轟音が辺りに響き渡った。稲妻のような閃光が何連にも連なり、最後に一際大きな一閃が空高く伸びる。家屋を貫通したような音と共に、満月に影が重なった。間違いない、善逸だ。
鬼の頸を落とした善逸は、受け身を取る様子もなく、脱力したまま落下していく。このままでは、小屋に激突する。鍛え抜いている鬼殺隊士が落下ダメージで死ぬ事があるのかどうかはわからないが、あれだけ脱力しているのを考えると、既に負傷しているのだろう。もしかしたら万が一の可能性もある。
…どうして受け身を取らない?まるで、生きる事を諦めているみたいだ。どうしよう。受け止めるにしても、この距離では間に合わない。
一瞬のうちに考えを巡らせる。
あの時のように、雷の呼吸を使うか?いや、駄目だ。この間と同様に、満足にコントロールをできる自信がない。下手をすれば2人揃って大ダメージだ。どうすればいい?闇の呼吸では間に合わない。雷の呼吸なら間に合う。でも、コントロールができない。
―呼吸を混ぜるんだ―
原作の記憶が頭を掠めた。そうだ、炭治郎が原作でやっていたように、呼吸を混ぜればいい。雷の呼吸のスピードを殺さずに、闇の呼吸を混ぜ込んでコントロールする。2つの高度な呼吸を混ぜるなんて。どう考えても、その場しのぎで行うものではない。けれど、今やらなくていつやるんだ。大丈夫、炭治郎もできた。あいつは絶対主人公補正入ってるけど。でも、できる。やる。やって見せる!!
慣れ親しんだ闇の呼吸をベースに、会得したばかりの雷の呼吸を混ぜ込む。足の筋肉1つ1つに血液を送り込めば、私の纏っていた青黒い瘴気のような幻影が、そのまま電気のようにバチバチと爆ぜた。青黒く染まった電気を身体に纏い地面を強く蹴り付ければ、大きく身体が宙に上がる。
大丈夫。雷の呼吸程の速さではないけど、これなら間に合う。闇の呼吸を混ぜているから、ちゃんとコントロールもできてる!
きらりと見えた蜘蛛の糸に足を乗せ、ばねのように反動を利用して更に飛び上がる。宙にぶら下がった家屋の屋根に降り立ち、更に飛び上がって善逸をキャッチした。何とか間に合った。
「…?」
「諦めるな!!!」
この時の善逸は毒に侵されていたはずだ。時間をかけて善逸が描かれていたシーンだからよく覚えている。
恐らく今は意識も朦朧としているのだろう。ぼんやりとした目でこちらを見やる善逸に、私は駆け抜けた勢いそのままに怒鳴りつけた。だって、どうしようもなく腹が立ったんだ。そんな、生きることを諦めたような顔をするな!
「善逸!諦めるな!!大丈夫だから!!生きることを諦めるな!!」
「**…?どうして…」
空中で善逸をキャッチしてそのまま糸で吊るされた家の屋根に降り立てば、彼のぼんやりとした瞳に少し焦点が戻ってきた。腕の中の蜂蜜色の瞳と目が合う。言葉を紡ぐために動かない体に鞭を打ってはくはくと口を開く。
「御館様の命で応援に来たんだよ!柱も居る!助けがすぐに来る!!」
「俺…毒が回ってるから…もう…」
やっぱり諦めていたんだ。それを聞いてカッとなった私は、思わず感情のままに叫んだ。
「うるさい!!呼吸を使え!少しでも毒の巡りを遅らせろ!爺ちゃんが怒るぞ!私も、炭治郎や伊之助や禰豆子だって怒る!善逸にはできるんだ、だから、こんなところで諦めるな!」
「俺に、できる…?」
そうだよ、できるんだよ。だから、自分の事を疑わないで。
「できる!!善逸は強い!鬼を倒したんだ!皆を守れるんだ!もしもダメな時があったって、私たちがついてる!」
「…なんで、そんなに欲しい言葉をくれるんだよ…」
「善逸が好きだからに決まってんじゃん!(推しの救済は絶対に決まってるだろうが!)」
私の言葉に善逸が目を大きく見開いた。追いついたしのぶさんも「あらあら」と口元に手を当てる。う、2人ともそんな目で見ないで!確かにちょっとドラマチックな熱い台詞吐いちゃったけどさぁ!ここ大事な場面だよ!友情パワー的な!!
「炭治郎だって、伊之助だって、禰豆子だって、皆善逸の事が大好きだよ!だから諦めんな!!」
「…あ、そういうやつね」
私の羞恥を乗り越えた愛の叫びに対して、善逸はあっさり「知ってた」と力なく呟いた。なんだ、私たちに愛されてるの知ってたんじゃん。なら本当にこんなところで諦めてんじゃねえよ。というか私恥を無意味にかいただけだったりする?…いや、善逸の心の救いになればこの程度どうってことない。
ふと、満月の光に影が映りこんだ。
「チュン太郎…」
善逸がそう呟くと、彼の鎹雀が傍へ降りたつ。涙を流して善逸の無事を喜んでいる。あ、私にもチュン太郎の言葉わかるかも。「ありがとう、善逸を助けてくれて」って言ってる気がする。どういうメカニズムかはわからないけど。
暫くすると、しのぶさんの連絡を受けたカナヲが蝶屋敷から隠の人たちを連れて山に来た。う、最終選別の時以来だけど、やっぱり可愛いな。顔が良い。シンプルにずっと見ていられる。
「**さんとカナヲは、隠が仕事をしやすいようにこの周辺で鬼を狩ってください。私は、冨岡さんの助太刀に行ってきます。あちらの方から強い鬼の気配がするので」
毒に詳しいしのぶさんの指示の下、善逸をはじめとする蜘蛛化させられた人たちは手早く治療された。
善逸が鬼を倒したという事は、時系列的に伊之助が冨岡さんに助けられ、炭治郎と禰豆子が下弦の鬼と交戦中、といったところだろうか。治療を終えたしのぶさんは冨岡さん達の応援に行くようだ。
正直私も炭治郎と禰豆子を助けに行きたい気持ちが強いが、柱が直々に出向くならば足手まといにならないように指示に従うのが無難だろうと判断した。
危惧するべきは、蜘蛛との交戦よりもその後のしのぶさんやカナヲから炭治郎と禰豆子を守ることだ。彼女たちも鬼を全滅させるまでは禰豆子に手を出さないだろう。それまでに近辺の鬼を狩って炭治郎たちと合流しないと。
「わかりました。お気をつけて」
「おそらく、その鬼は東の方角に。走ればすぐに到着する位置に居ると思われます。私の友達を、よろしくお願いします」
第六感から推測される下弦の鬼の位置を告げると、しのぶさんは後ろ手をひらひらと振って応えてくれた。さて、私も鬼を狩らないと。
「えっと、カナヲだよね。私、最終選別の時に一緒にいた明暗**。よろしくね」
「…」
とりあえず親交を深めてみようと挨拶してみたが、無言で微笑むだけだ。うーん、炭治郎と接触するまでは心を開いてくれないのかな。なんか、しょんぼりする。
「近辺の鬼は私たちで退治するので、大変だとは思いますがよろしくお願いします」と、隠の人たちに丁寧に頭を下げれば、なぜかめちゃくちゃ驚かれた。
初めは理由が分からなくて、「ん?変な事言ったかな?」って思ったけど、よく考えれば隠の人たちって剣才に恵まれなかった人が大半だって話だったよな。もしかしたら鬼殺隊士にマウント取られたりとか、あるのかもしれない。それどころか、ほとんどの隊士はこういう風に挨拶すらもしないのかも。
いや、良くないよそういうの。職場内の人間関係ってそのまま仕事の質にも影響するんだからね。これ、社会人の経験から。
カナヲと共に山を駆ける。鬼の数が多いなら二手に分かれる予定だったのだが、私の勘が近辺に一体しか鬼が居ないと告げているのだ。それならば、という事で2人で向かっているわけである。
走る中、不自然に木にぶら下がった繭玉を大量に見かけた。ざっと数えるだけで十数個はある。
「もしかして…あれ全部人間?」
「…」
私の言葉にカナヲは返事こそしないが、見解としては一致しているように感じた。共に足を止め、繭玉を引き裂けば、中からはどろどろの液体がこぼれ出てくる。どの繭玉を突いても同じ。しかし、時折指や骨が見られる辺り、人間が溶かされた繭玉であることは間違いない。ツンとくる酸の臭いに思わず顔を歪めた。
「…カナヲ、行こう」
あれが人間なら、それ以上の数の人間を喰らっていることが予想できるここの鬼は、本当に慈悲を持てる相手ではない。
「…あれ」
走る中、カナヲがぼそりと指さした先を見やれば、初めは何を指しているのかわからなかったが、少し近づくと狼狽した風に走る女の鬼が1人の鬼殺隊士を蜘蛛の糸でつくった繭玉にして捉えるところが見えた。
流石に目が良いな。ここまで近づかないと私には見えなかった。第六感が備わっているとはいえ、かまぼこ隊しかりカナヲしかり、5感を駆使できるのはシンプルに羨ましい。勿論ないものねだりなんだけれど。
「あたしの糸束はね、柔らかいけど硬いのよ。まず、溶解液が邪魔な服を溶かす。それからあんたの番よ。すぐどろどろになって、あたしの食事になる」
更に近づけば鬼の話し声も聴こえてきた。勝ち誇った笑みで餌宣言をする。うん、とても悪者顔ですね!こいつの性格とか、細かいところは記憶に残っていないけど、すっごく嫌な奴だって私の勘が言ってるもん。絶対こいつ、平気で嘘つくタイプ!!
とりあえず、繭に捕らわれた隊士を救出しないと。そう思い、一際息を大きく吸って、地面を蹴り上げた。びゅ、と加速して、カナヲを追い越し、繭の元へと加速して型を放つ。
闇の呼吸 陸ノ型 黒点(こくてん)
陸ノ型は回転を伴う激しい突き技だ。刀は吸い込まれるかのように、一点を正確に狙い打つ。言うまでもないが、ぶっ刺した上に回転で抉るのでめちゃめちゃ痛い。他の呼吸と比較しても、特に受け手に苦痛が伴う技だろう。今回は繭を攻撃しているわけだからあんまり関係ないけど。ちなみに私が藤襲山で寝ぼけて連発した型でもある。
繭の最も強度が弱いと思われる一点を貫けば、意外と簡単に繭は緩みを見せた。そのまま一気に真下に振り下ろせば、中から隊士がむせながらまろび出る。ところどころエロ同人よろしく服が溶けてはいるが、捕らわれてから時間がそこまで経っていないため、何とか急所を年頃の女たちに晒すことは免れたようである。あ、というか、この人村田さんじゃん。
「げほっ…助かった…」
「大丈夫ですか?」
そう言って着ていた羽織をむき出しになった彼の肩にばさりと被せれば、ときめいたような表情をされた。…これ、普通男女逆じゃね?
そうこうしているうちにカナヲがこちらに追いついた。私たちの到着への焦りと獲物を逃がされた怒りから、鬼が大量の糸をこちらに放つ。
とっさに村田さんを安全な場所へと放り投げ、身をかわす。両の手から放たれる大量の糸には溶解液も含まれているらしく、掠めた右のふくらはぎがニーハイごと溶けた。
「熱っ…うわ、マジか!」
一方でカナヲは舞い散る花びらのようにひらひらと攻撃を避けていく。その動きは私と違って明らかに洗練されている。これが継子の実力か…。村田さんを放り投げてからの回避だったとはいえ、自身のふがいなさに思わず唇を噛みしめる。
カナヲが微笑みながら鬼に刀を向ければ、彼女の殺気を敏感に感じ取った鬼は後ずさった。
「待って!!待ってお願い!!私は無理やり従わされてるの!!助けて!!逆らったら身体に巻き付いてる糸でばらばらに刻まれる!!」
…嘘くせぇ~!
だけど、想定外の出来事だったからかカナヲは鬼からの命乞いに足を止めた。恐らく、しのぶさんならこの状況でどう判断するかを考えているのだろう。命令されていない事態に対応できない、と言った様子で、じっと鬼を見つめている。
嘘くさくて胡散臭いけど、彼女の言葉に嘘の気配は感じられない。恐らく、逆らえば殺されるのは本当なんだろう。でも、だからと言って人を喰った鬼を簡単に保護対象にはできない。今の攻撃から見るに、先ほどの繭玉を作ったのはこいつなのだから。
「嘘は言っていないようだけど、そう言うあなたは人間を何人殺したの?」
爛れた足の痛みに気付かないふりをしながらカナヲの隣に並び尋ねれば、鬼は一瞬の硬直の後に涙を流しながら答えた。
「…5人。でも、命令されて仕方なかったのよ」
はい、これは嘘ですね。完全に嘘ですね。5人喰っただけでこんなに強力な血鬼術が発現するわけがない。術の使い方も手慣れている。数十人、もしくは数百人は喰っているはずだ。
「嘘をつけ。5人程度でそんな血鬼術が使えるわけないでしょうが」
「殺したのは5人よ」
まだ言い逃れをするか。しゃあしゃあと嘘をつくその表情に腹が立ち、思わず声を荒げた。
「いい加減にしろ!万が一…いや、億が一助ける事になるとしたって、喰った人数だけの報いは受けてもらう事になるんだ。嘘だってわかったらもっと酷くなるんだから、とっとと本当の人数を吐きなさいよ!!」
「はぁ?!ふざけんなクソ女!!」
逆上した鬼が私とカナヲの元に攻撃を放った。2人でそれぞれ左右に避ける。交渉決裂、と言ったところだろうか。元の世界でもこの世界でも、こういうタイプの女は好きになれないな。
闇の呼吸 捌ノ型 羅刹ノ舞(らせつのまい)
花の呼吸 肆ノ型 紅花衣(べにはなごろも)
私の繰り出した無数の幻影に惑った鬼を、正面からカナヲが斬りつける。カナヲの攻撃によって、鬼の頸はあっけなく落ちて霧散していった。私たちの立っていた場所には2つの呼吸が合わさり、さながら暗闇を舞い散る花吹雪のような風景が現れる。
ちょっと待って、綺麗じゃん。私たち、もしかして相性良いんじゃない?ハイタッチでもしたいところだが、カナヲにそれを求めるのは酷だろうか。
「カナヲ。いぇーい…」
「?」
ダメもとで試してみるが、首を傾げられた。クソ、可愛いな。
「息が合った連携技をできた時とかにこうするんだよ」
そう言って刀を持っていない左手を軽く挙げさせ、自分の左手のひらと軽く打ち付ける。軽く、ぺちりという音が響いた。
「こういう風にお互いナイス!って時にやるの」
「ないす…?」
「ええっと、私たち最高!って感じ」
そう言って照れながら笑いかけると、カナヲは少し驚いた表情をして見せた。うん、可愛い(n回目)。
ヘラヘラ照れ笑いをしていると、脳の一部に電撃のような直感が走った。同時期に鬼の気配を感じ取ったのか、あるいはその常人離れした視力で見つけたのか、カナヲがはじかれたように走り出す。まずい、カナヲは見つけてしまった。気配で言うなら鬼だ。でも、私にはわかる。カナヲの走る先に居るのは、炭治郎と禰豆子だ!
くねくねとした道をショートカットするように、カナヲは木の枝に飛び移りながら進んでいく。いや、マジでどんな身体能力だよ。私にはできない、というより、可能なら挑戦したくない。さっきは切羽詰まっていたから蜘蛛の糸に飛び乗るなんて奇行に走れたけれど、たぶん私が木の枝を飛び移るとかしたら、途中で落ちるか枝が折れる。
カナヲと少しずつ距離が開いていく。一方で、カナヲと負傷している炭治郎の距離はぐんぐんと縮まっていく。やばい、このままでは、禰豆子が殺されてしまう。
闇の呼吸 一閃
先ほど成功させた闇の呼吸と雷の呼吸の複合をとっさに使う。ばちりと青黒い雷が爆ぜ、一気に加速した。目の前ではカナヲが木から飛び降りそのまま炭治郎に蹴りをかましたところだ。背後に注意をしていなかった炭治郎は、あっけなく倒れこむ。前へと転がり倒れた禰豆子の頸を刎ねるため、カナヲが刀を振りかぶった。間に合え!!
「カナヲ!!ストップ!!ストーップ!!!」
間一髪間に合った私は、カナヲの正面に回り込んで自身の刀でカナヲの刀を止めた。予想のしていなかった妨害に、カナヲは勿論炭治郎と禰豆子もあっけにとられたような表情を見せた。
「**…、来てくれていたのか…」
「…どうして、邪魔をするの?鬼殺の妨害は命令違反になる」
「少~し、待ってて。じきに鎹烏が伝令を持ってくると思うから。禰豆子と炭治郎を産屋敷邸に連れて来いって」
「?…どうして?」
「どうしてわかるのかって?…勘」
流石に嘘をついた。私の第六感は未来予知ではないから、烏が来るとか、どんな伝令を伝えるとかはわからない。今集中して気配を探ってみたら、何となく飛んできそうな気配はあったけどさ。だから、これは元々知っていた原作知識に過ぎない。なんにせよ禰豆子を殺させるわけにはいかないんだ。
嘘だとわかったのであろう炭治郎は、鼓屋敷で見せた時と同様の不思議そうな表情を見せた。だが、禰豆子を守るための時間稼ぎであると解釈したようで、黙ってくれている。
両者硬直状態になったその時、烏の叫び声が山に響き渡った。
「伝令!!伝令!!炭治郎、禰豆子、両名ヲ拘束、本部ヘ連レ帰ルベシ!!」
「…!!」
「まさか、ほんとに…」
「…ね、嘘じゃなかったでしょ?」
信じられないと言った様子で炭治郎が呟く。拘束対象が目の前の2人だと理解したカナヲは、少し考えた後に刀をしまってくれた。とりあえずは安心か、と私も納刀する。
そう待たないうちに隠の人たちが数名こちらへ来てくれた。禰豆子の安全が保障されたことに安堵して意識を失った炭治郎を担いでもらい、私は禰豆子が入った箱を炭治郎の代わりに背負う。所々箱に穴が開いているのが気になったので、隠の人たちから羽織るものを受け取った村田さんから羽織を返してもらい、上から被せておくことにした。「洗濯して返す。御礼に食事がしたい」という申し出は丁重にお断りしておくことにする。
禰豆子を背負って隠の人たちと共に産屋敷邸に到着した。カナヲはそのまま蝶屋敷へと帰還したが、しのぶさんや冨岡さんは共に産屋敷邸に来ている。さて、ここからが本番だ。柱合裁判。初登場時の柱ってみんな怖いんだよなあ…登場して数コマ目にして殺せコールだし。
意識を失っている炭治郎が哀れにも両手首を縛られて地面に転がされる。できるだけ柱の目に留まらなさそうな屋内の日陰部分…障子の裏側に、背負っていた禰豆子の入った箱を降ろした。一応私の役目はこれで終了ではあるが、できればこの場に居たい。目立たない場所に移動すると、丁度私に気付いた柱の面々がこちらへ向き直ってきた。まあ隠はともかく、一般隊士がこんな重役ばかりの場に居たらそりゃ浮きますよね。つまみ出されてしまうだろうか。何とかして御館様が来るまで時間を稼ぐことは出来ないだろうか。
「おお!!君が明暗少女か!!」
「え、私ですか?…炎柱様…お初にお目にかかります」
どうしよう、と硬直していると、煉獄杏寿郎がそこら中に響き渡る声で私の名を呼んだ。まさか名前で呼ばれるとは思わず、少し面食らう。それにしても…出たな!!200億の男!!私が元居た世界で数々の女を虜にしてきた罪深き男だ!!くそ!顔が良い!!!
私の恭しい挨拶に対して、「そんな改まらなくていい、皆君の事を知っているし、そもそも皆、本当は柱呼びを好まないんだ」とあっさり返してくれた。あ、柱様って呼ばなくていいの?こっちとしても面倒だからありがたいんだけど。
「おい、俺たちの事まで勝手に決めるな。こんな新米のガキに気安く名前なんか呼ばれたくはない」
そう言って伊黒小芭内がねちねちと言う。うーん、ねちっこい。友達少なそう~。でも、もう許可貰っちゃったもんね。いちいち呼び分けるのも面倒だし。不敬に当たるかもしれないが、もう皆これからは名前で呼ばせて頂こう。炭治郎たちと共にいる時点で私もその程度の主人公補正の恩恵はあやかれると踏んだ。
それにしても、異世界人と言うだけで、ここまで友好的に接して貰えるものなのだろうか?その答えは宇髄天元の言葉によってわかってしまった。
「お前か!!闇の呼吸を使う異世界人で、丁でも倒せなかった鬼を殺すために別の呼吸を咄嗟に使ったら派手に木に激突して、その上胡蝶からの継子の誘いも断ったっていう派手派手なガキは!!」
あーーーー!!!!!そっちですかーーーー!!!私、そっちで広まっていました?!
木にぶつかって重傷を負ったのって柱全員に知られているの?え、しかも継子の件まで知られてます?めっちゃ恥ずかしいじゃん!立場わきまえないどんくさアホガキっていう認識なんですね皆さん!
ほら、甘露寺蜜璃も(笑っちゃだめよ…)って自分に言い聞かせるような顔してるもん!ほっぺぷっくりで可愛い!
悲鳴嶼行冥も「可哀そうな子だ…頭が可哀そうな子だ…」ってじゃりじゃり数珠をすり合わせてる。ねぇ、めちゃめちゃ失礼なこと言われてますよね私?
私に大声で公開処刑をかました宇髄天元は面白い事が好きなようで、楽しそうに笑いながら「派手でいいねぇ」と肩を震わせている。
時透無一郎は興味なさげに雲を見るばかりだ。それはそれでメンタルに来る。
「まあまあ、皆さんその辺にしましょう。もうそろそろ、坊やが目覚める頃です」
私を羞恥心の地獄から救ってくれたのはしのぶさんの一声だった。ありがたい。…でもさ、このこと言いふらしたのもしのぶさんだよね?
丁度その声を合図にしたかのように、炭治郎がピクリと動いた。一斉にそちらに視線を送る。
「おい!いつまで寝てんだ!柱の前だぞ!」
炭治郎を連れてきてくれた隠の人たちが、空気を読んで炭治郎を起こした。自分が縛られている事、今自分の居る場所、見下ろしてくる人たち、何もかもが理解できない炭治郎は訳が分からず柱衆を見上げている。
「**!これっていったい…」
唯一の見知った顔である私を見つけた炭治郎は説明を求めるように私を呼んだ。しかし、説明しようと口を開きかけたところで、それは遮られた。
「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ。竈門炭治郎くん」
しのぶさんが緩く微笑みながら、無慈悲に宣言をした。よし、何とかこの場になあなあで留まる事ができそうだ。柱相手に私では無理かもしれないけれど、それでも炭治郎と禰豆子を守らないと。
「おい待て、柱合裁判の前に、そこのガキをつまみ出せ。部外者だろうが」
伊黒さーん!空気読んでくれよ!ねちねちとさぁ!要らん事言いやがって、もう!
「いいえ、実は彼女も部外者ではないのです。**さんは竈門炭治郎くんの同期であり、彼と長期に渡って行動を共にしています。そのため、鬼を連れていることも黙認していた可能性があります。鬼を連れていた本人ではないので直接的な罰則を受ける事は無いでしょうが、それでも彼女には居てもらった方がこちらとしても事情を把握しやすいかと思います。**さん、どちらにしろあなたの事を証言者として呼び出すつもりでしたが、丁度いいです。このままここで話をしてください」
そう言ってしのぶさんが助け舟を出してくれる。…助け舟と言うか、泥舟と言うか。周りの柱たちの「なんで鬼が居ると知っていて斬らなかったんだ」という視線が痛い。でも、なんだか悔しくて顔をそむけることなくまっすぐと見つめ返してやった。
「承知いたしました。ここでは竈門炭治郎の友人ではなく、あくまで第三者である私から見た彼らの状況を伝えさせていただきます。しかし、まずは当人の意見を聞いていただきたく」
◇◇◇
そして始まった柱合裁判。しかし、柱の言い分は、まあ怖い。
「裁判の必要などないだろう!鬼を庇うなど明らかな対立違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!」
死刑執行が可能な国だからと言って、軽々しく斬首とか言うんじゃありません。
「ならば俺が派手に首を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」
なんやねん派手派手て。
「ああ…なんというみずぼらしい子供だ。可哀そうに。生まれてきたこと自体が可哀そうだ」
最早シンプルに侮辱。
煉獄さん、宇髄さん、悲鳴嶼さんを筆頭に殺せコールが止まない。蜜璃さんとしのぶさんは静観しているし、時透さんに至っては興味0だ。協調性のかけらも無いなこの集団。
「**、これはいったいどういう状況なんだ」
炭治郎の傍に寄り添っている私に、未だに状況を理解できていない炭治郎がガサガサとした小声で尋ねてくる。水を飲ませないといけないな。そう思って手持ちの水筒から水を彼に飲ませた。あ、間接キスじゃん。とふと思ったが、正直そんなことを気にするほど私はウブでもないし、そもそもそんなことを考えている時ではない。水を飲ませながら、彼に小声で返答する。
「彼らは柱と呼ばれる鬼殺隊で最も位の高い人たち。今、あんたは鬼を庇っていた隊律違反の隊士として鬼殺隊最高幹部たちによる裁判にかけられている。禰豆子を人間に戻すためには、彼らの協力が絶対に必要。だから、なんとしても禰豆子を認めてもらって、信用を勝ち取らないといけない。私も一緒に証言するし、御館様は既に認めてくれているから、取り敢えず御館様が来るまで粘って」
そう言うと、炭治郎は顔をしかめてしばらく考えた後、小さく頷いた。
「そんなことより、冨岡はどうするのかね。拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだが。胡蝶めの話によると、隊律違反は冨岡も同じだろう。どう処分する、どう責任を取らせる、どんな目にあわせてやろうか」
伊黒さんねちっこい。しつこい。ごめんねファンの皆。でもねちっこい。
…あれ?というか、しのぶさんの妨害をした冨岡さんが罪に問われるなら、もしかして私もカナヲの邪魔したことがばれたら処罰されます?鎹烏が伝令を伝えに来るからという明確な理由もあるしセーフ?
…とりあえず、黙っとこっと。
冨岡さんは自分の事なのに何も言わない。ずっと黙っている。興味のない時透さんとは違って、あえて口を噤んでいると言った風だ。元々無口なだけかもしれないけど。
「まあいいじゃないですか、おとなしくついて来てくれましたし。処罰は後で考えましょう。それよりも私はいい加減に坊やの方から話を聞きたいですよ」
しのぶさんが言うと、緊張した面持ちで炭治郎が口を開いた。
「…俺の妹は鬼になりました。だけど、人を喰ったことは無いんです。今までも、これからも人を傷つける事は絶対にしません」
時間稼げって言ったのに一言で終わらせやがったこいつ!!そして、「信じられるか」と説明してもなお殺そうとする柱に対して、炭治郎が必死に叫ぶ。
「俺は禰豆子を治すため剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは2年以上前の事で、その間禰豆子は人を喰ったりしてない!」
「話が地味にぐるぐる回ってるぞアホが。こいつの話だけではあてになんねぇな」
う~ん…どうしたものか。無情だとは思うけど、柱からすれば身内の意見を信用できないのもわからなくはない。そういう意味では炭治郎に弁明させるのは本当に形だけだと思う。
「では、明暗少女。君の意見も聞いてみようか!胡蝶の報告によると、君は1カ月前、我妻少年、嘴平少年と共に竈門少年に出会い、それ以来彼らと行動を共にしているらしいな!それだけの期間ともに居るのならば、竈門少年が鬼を連れていたことも知っていたのではないだろうか!」
話がこちらに飛んで来た。あかん。煉獄さん、曇りなき眼ではあるけれど、「場合によってはお前も隊律違反とみなす」って顔に書いてある。あくまで客観的視点で、でも禰豆子に害がない事を伝えないと。
「その通りです。私たちは、彼が鬼になった妹を連れていることを知っていました。そして、彼が妹を人間に戻すために鬼殺隊士になったという経緯も。しかし、そのことを抜きにして、鬼になった竈門炭治郎の妹が藤の花の家紋の家で療養している際に、私を始めとして他の隊士や屋敷の人間に一切の危害を与えなかったことから、彼女は本当に鬼でありながら理性を保っているのだと判断しました。前例がない事ゆえに信じられないかもしれませんが、これは揺ぎ無き事実です」
さりげなく治療中でこの場に居ない善逸と伊之助も共犯にしちゃってるけど、許してね2人とも。
全員が私の話を静かに聞いている。唯一伊黒さんが口を挟みそうになったので、遮るように「しのぶさん」と言葉を続けた。
「しのぶさん、先日仰りましたよね?人を喰わない鬼が居るなら仲良くできるって。竈門禰豆子こそが、まさしくその鬼です」
「…」
「人間に友好的な鬼が存在するのならば、それは鬼殺隊にとっても大きな利益かと思います」
少ししのぶさんの表情に迷いが見られる。よし、説得効果がなくはないみたいだ。主観でなく事実を述べたことで、殺す一択だった柱たちにも少し迷いが見られる。
その時、第六感が働き、私の身体はほぼ無意識に呼吸を使って炭治郎の傍から屋敷の中へと飛び込んだ。土足で縁側を走り、禰豆子の入った箱の前に立ちふさがれば、目の前でビタ、と止まったその人はこめかみに青筋を浮かべながらこちらを睨みつける。
「…おいおい、なんだか面白い事になってると思って鬼をとり上げようとすれば、まさか邪魔してくるクソガキが居たとはなァ。お前だろォ?異世界から飛ばされてきたアホガキってのはァ」
不死川実弥だ。
私が彼の動きに追いつくとは思っていなかったのだろう。少々驚いた様子ではあるが、それ以前に新米隊士に自分のしようとしていることを邪魔されてご立腹のようだ。
というか、異世界って言いました?言いました?要らん事言いやがったな!炭治郎にバレちゃうじゃん!!
しかし、今はそれどころではない。私は不死川さんの傷だらけの顔を睨み返した。
「あなたは、この中の鬼を傷つけるつもりですよね?それには承服致しかねます」
「お前の許可なんざいらねえんだよォ。とっとと箱を渡しやがれェ」
輩じゃん。ヤンキーじゃん。チンピラじゃん。最高幹部とはいえ、なんちゅー態度だ。お前がおはぎ大好きな甘党のブラコン野郎だって、この場で暴露してやろうか畜生。
「身の程を弁えぬ言動をして申し訳ございません。ですが、そもそも皆様は勘違いしているのではありませんか?」
「はァ?」
「炭治郎と禰豆子に拘束命令を出してまで、2人をこの場に呼び出したのは他でもない御館様のはずです。御館様の許可なく2人の処遇を決めても良いのですか?御館様に無断で2人の斬首を決定するなど、それこそ隊律に背く行為なのではないでしょうか!」
私がそう叫べば、皆ぐうの音も出ないと言った表情で黙り込む。柱と言えど、若いな。血の気が多すぎる。率先して殺そうとしてたのは、最年長の悲鳴嶼さん(アラサー)だけどさ。
「それに、証言は第三者として一切の偏見なく行っておりますが、彼らは私の友人です。いくら上官と言えどもそのような理不尽な処遇は納得がいきません!」
「…いい度胸だなァ」
ぶち切れ寸前の不死川さんが刀に手をかける。柱相手に敵う訳がない。でも、やらなければ禰豆子が傷つけられる。目の前で黙って見ているだけなんて、できない。
覚悟を決めて刀の柄に手をかけた時、産屋敷家の女の子が声を上げた。
「御館様のお成りです!」
来た!御館様だ。間に合った。これで御館様が容認している事を示せば、柱の人たちも何も言えないだろう。
「よく来たね、私の可愛い
そう言いながら2人の娘に支えてもらいつつ御館様は私たちの前にお座りになった。やべ、今の私土足じゃん。と、慌てて禰豆子の箱を抱えたまま柱衆よりも後ろに下がり、目立たない位置に跪いて頭を垂れた。
そのいかつい人相のどこから出てくるんだよ、と言うくらい丁寧な言葉づかいで不死川さんが御館様への挨拶を述べた後、炭治郎についての説明を求めた。初めから説明求めるなら今までの騒ぎなんだったんだよ、と思わないでもないが言わないでおく。
「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子の事は私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」
御館様がそう言えば、賛否両論の嵐が巻き起こった。どんだけ殺したいんだよ。
御館様はそれを意に介さず、元柱である鱗滝さんから禰豆子についての手紙が届いている事、禰豆子が人を喰った場合は鱗滝さんと冨岡さんが切腹して詫びると言っていることを伝えた。元柱にそこまで言わせるとは、とその場にいた全員がざわつく。更に炭治郎が無惨と出会っている事を告げれば、柱たちは先ほどとは打って変わっての質問攻めになった。
「俺は納得いきません、御館様」
そう言ってビキビキと青筋を立てる不死川さんが、禰豆子の箱を奪い取るためにこちらに向かってきた。箱にのばされた手をすんでのところで回避する。刀に手をかけて思いっきり彼を睨みつければ、更に青筋が増した。
原作のように目の前で禰豆子が人を食べない証明をさせた方が良いのかもしれないが、万一の事もある。それに、どうせ証明したところで信用してくれないのに、禰豆子に辛い思いをさせたくない。
「実弥、**。争うのはやめなさい」
「御館様!しかし…」
「先ほども申し上げましたが、禰豆子は未だかつて人を喰った事などありません。それどころか、負傷して血塗れになっている私の傍でも添い寝ができるほどです。これだけの証言をしても信じていただけないというのであれば、今後禰豆子と共に鬼を殺していく事で証明します。彼らは、鬼殺隊のお役に立てます!」
最早中立でもなんでもない私の言葉に、御館様はにっこりと笑って「**の言うとおりだよ」と言ってくれた。
「**の言う通り、本当に証明したいなら行動で示す事だ。今のままでは君たちを信用せずに快く思わない者もいるだろう。炭治郎、**。十二鬼月を倒しておいで。そうすれば皆に認められて、君たちの言葉の重みが変わってくる」
「御意。必ずや、ご期待に沿えるだけの結果を出して見せます」
御館様の言葉に私がそう答えると、炭治郎が叫んだ。
「俺は!鬼舞辻無惨を倒します!必ず悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!」
「今の炭治郎にはできないから、まず十二鬼月を1人倒そうね」
大きく出過ぎだろ。柱全員笑ってるじゃん。ついでに目上の人に対する口の利き方も注意された。私もとばっちりを喰らった。「目上の者に刀を抜こうとしたり土足で屋敷に上がっちゃだめだよ」だってさ。…すんません。
でも、不死川さんも「下の子たちに意地悪するな」って怒られてる。ざまーみろ。流石に2回も喧嘩を売られてイラっとしたから、ちょっと舌を出したら睨まれた。当然ですね。
…う~ん、やらかしたかな私…。ありがたい事に初対面の割に柱の殆どは私に対して好意的に接してくれてる様子だけど、不死川さんとか伊黒さんとかめっちゃ敵意丸出しだもんな。私が彼ら一筋だったらショックで死んでるかもしれない。そうでなくても上官と不仲とか色々面倒だしさぁ~。炭治郎と禰豆子のためとはいえ、自分の短気な性格を少し改めようと思いました。まる。
「この話はこれで終わり。炭治郎、**、禰豆子を連れて下がっていいよ」
「**さん、竈門くん。あなた達はうちの屋敷で預かりましょう。竈門くんは言うまでもなく重症ですし、**さんも見たところ足を負傷しているようですしね」
「しのぶさん、ありがとうございます。御館様、それでは失礼します。炭治郎、おぶっていくから背中に乗って」
感謝を述べた後、炭治郎を背中に背負い禰豆子の入った箱をお腹側に背負って私は産屋敷邸を出た。
◇◇◇
蝶屋敷はそう遠くない距離にあるというので、近くに居た人に道を教えてもらい、呼吸による高速移動で向かう事にした。後で術式を持った専属の烏が来て屋敷の位置の記憶だけ消されるらしい。大正浪漫時々バトルファンタジー、それが鬼滅の刃なのである。もう気にしたら負けだ。
背中では炭治郎が痛みでうめいている。そう言えば、私が異世界から来たって話、炭治郎にバレちゃったかな?
「**」
「…ハイ」
あ、問い詰められるかな。怒られるかな。一線引かれたりとかしたら死ねるんだけど。
「ありがとう」
「ごめん、隠してたわけじゃなくて…へ?」
思わず弁解を述べようとすれば、予想外の言葉が聞こえた。
「俺と禰豆子を庇ってくれて、禰豆子を柱から守ってくれて、本当にありがとう。**が仲間で、本当に良かった」
「…」
背負っているから顔は見えないけど、温かみのある声でそう言われた。すごく、救われた。
◇◇◇
蝶屋敷に到着し、誰かいないかと探して回っていると、きびきびと洗濯ものを干しているアオイちゃんが居た。可愛い上に仕事ができる女の子。現代ならキャリアウーマン間違いなしだな。
「どなたですか!」
「明暗**と申します。こちらは竈門炭治郎。胡蝶しのぶさんの紹介でこちらへ参りました」
「怪我人ですね、こちらへどうぞ」
そう言ってアオイちゃんはすたすたと歩いて行ってしまった。速い。競歩張りの速さだ。
慌てて追いかけて病室に入ると、そこにはいつも通りぎゃあぎゃあ騒ぐ善逸と珍しく全く喋らない伊之助が居た。
「善逸!」
「炭治郎に**!なぁ炭治郎聞いてくれよぉ!臭い蜘蛛に刺されるし毒で凄い痛かったんだよぉ!!あ!**、助けに来てくれたの凄い嬉しかった!一生俺を守って!!」
割と元気そうだな、うん。禰豆子の箱を下ろして善逸元へ向かうと、善逸は泣き喚きながら私と炭治郎にしがみついてきた。鼻水がだらりと私の羽織にくっつく。
「鼻水つけんなアホ!!!」
「辛辣!!ねえ俺病人なんだけど!!」
うるさい、私が助けなかったら数m上から受け身なしに落ちて死んでたかもしれないんだぞ。これくらい耐えろ。
善逸に続き伊之助の元へ行くと、別人のような声と口調で返事をされた。涙ながらに助けに行けなかったことを詫びる炭治郎に対して、「イイヨ。キニシナイデ」だってさ。誰だお前。
曰く、首を絞められた上に自身も大声を出したことによって喉をやられたらしい。加えて圧倒的な鬼との力量差にハートブレイクした模様。1カ月前に痛めつけられた時の事を根に持っている善逸が気持ち悪い笑い方をしながら教えてくれた。やめろ、また伊之助に殴られるぞ。
「善逸。伊之助が怒るぞ。あと、その笑い方気持ち悪いぞ」
さすが炭治郎。ずばりと言いましたね。そろそろ伊之助が殴りかかりに来るのでは、と思い伊之助を見やると、伊之助はガスガスの声で呟いた。
「ゴメンネ、ヨワクテ」
誰だよお前。
彼らはそれぞれ重傷だった。炭治郎は顔、腕、足に切り傷擦り傷まみれの上に、ヒノカミ神楽を使ったことによる筋肉痛と肉離れ、下顎は骨折こそしてはいなかったが重度の打撲の様でしばらくは喋るのもつらいだろう。伊之助は首を絞められたことによる声帯と喉頭の圧挫傷、善逸が最も重症で、蜘蛛化による痺れと縮みに左腕の痙攣が起きている。それでも、原作よりは早く救出できた分、完治までの期間は短く、10日ほどで手足は元通りの大きさにまで戻るらしい。え、禰豆子?寝不足。
私も一応溶解液による負傷はしているが、2、3日もあれば痛みも消える程度のものだ。痛みを堪える皆を見ていると、那田蜘蛛山で共に戦えなかった罪悪感に襲われる。鼓屋敷の時といい、気持ちだけが空回りしてちっとも彼らのために戦えていない自分が嫌になる。
でも、終わった事を言っていても仕方ない。皆死なずに帰ってこれて、禰豆子の事も認めてもらえた。万々歳だ。
…きっと、炭治郎は私のこんな気持ちもお見通しな上で、さっきの言葉を掛けてくれたのだと思う。私は私のまま、これまで通り頑張ろう。まだまだ先は長いんだから。
左から善逸、伊之助と並んでいるベッドに続いて炭治郎、私がそれぞれのベッドに腰を下ろす。ああ、1週間もすれば完治するだろうから、そうすればまた1人で任務に行かなけらばならないのだろうか。とりあえず、それまでゆっくり休もう。そう思って善逸の鼻水が付いた羽織を脱いでいると、私たちの衣服を持ってきてくれたアオイちゃんから死刑宣告をされた。
「そういえば**さん。明後日から機能回復訓練に参加するよう言伝を預かっています!」
嘘やん。私もしないとだめなの?