「いだだだだだだ!!!痛い痛い痛い!!もげる!もげるから!!」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!でも**さん、いくら何でも身体硬すぎです!!」
どうも、私です。蝶屋敷に来てから2日、私だけ先に機能回復訓練が始まりました。大怪我をしたわけではないのに、私もやるの?と思っていたのですが、しのぶさん曰く「**さん、私の指示で鬼狩りに行った先で負傷してから2週間近く動いてないでしょう?」との事でした。心遣いが細やかなしのぶさん、素敵です。でも、素直に喜べません。だってしのぶさんの笑顔、完全にサディスティックにバイオレンスなそれでしたもの。
そんなわけで私は今、蝶屋敷の訓練場で身体をほぐされている。あまりの激痛に泣き叫ぶ私、そして口では謝りつつも全く手加減する気の無いなほちゃん、きよちゃん、すみちゃん。それが冒頭の叫び声である。
なぜこんなに叫んでいるかって、恥ずかしい話だが私はとても身体が硬いのだ。それはもう、驚くほど硬い。前屈なんてお辞儀しているように見える程度が精一杯だ。元々身体が硬いのに、療養で寝たきりになっていたことも相まって、今にもうつ伏せの状態で引っ張られている両腕がもげそう。肩からメキョっと。
溶解液によって爛れた足が完治していないので全身訓練はまだお預けだが、反射訓練の方も行っている。こちらの方はそう悪くない出来だった。
本日のお相手はカナヲ。先程1戦行ったが、小1時間勝負が決まらなかったので引き分けとなった。私が湯飲みを持ち上げようとしても、目の良いカナヲは即座にそれを押さえる。逆に、カナヲが湯飲みを持ち上げようとしても私が勘を働かせてカナヲの選ぶ湯飲みを押さえる。そんなこんなで勝負はつかなかったのだ。
原作では機能回復訓練って、凄く炭治郎たちが苦戦していたような気がするけど、全集中の呼吸・常中を既に会得している私とカナヲはおそらく同等程度の実力なのだと思う。ありがとう師範。
要するに、今私が機能回復訓練で最も苦しんでいるのは、柔軟体操なのだ。なんということでしょうか。柔軟だってきついけど、普通逆だろ。アオイちゃんたちは私とカナヲの攻防を見て褒め称えてくれたけど、褒められて素直に嬉しいのと同時にギャップが酷過ぎて恥ずかしい。
そんな私の訓練模様を観察していたしのぶさんが、例のサドみある笑顔で言った。
「**さんは、特に念入りに柔軟を行いましょうか」
死刑宣告である。
◇◇◇
「お帰り**!!機能回復訓練はどうだったんだ?」
「…何も聞かないで」
「…えっ」
未知の訓練に興味津々な炭治郎の問いに答える元気も、あの後3時間身体を色んな方向に押されて引っ張られて捻られ続けた今の私には残っていない。
血鬼術や鬼の毒を効果的に無効化できるように、と設計された日当たりの格別良い病室。その右端に位置する自分のベッドに戻り、ぼんやりと窓の外を眺めていると、なんだか魂が口から抜け出ていきそうな気がする。というか、実際に白いモヤモヤが口から抜け出ている。あれ、魂ですか?
「やめてよ**!!俺たちもそのうち参加するんだからさぁ!!嫌だぁぁ!!!」
「ドウセ俺ニハ何モデキナイ」
三者三様の反応である。でも、善逸を宥めることも伊之助を励ますことも今の私にはできない。柔軟が全集中の呼吸より難しいってなんだよ…。
「おうおう、お前ら騒いでるなぁ」
「村田さん!」
炭治郎の声に振り返ってみれば、声の主は村田さんだった。「よっ」と軽く手を挙げる彼の指には先日の戦いで負傷したのであろう包帯が巻かれている。でも、それ以外は目立つ傷もなく健康そのもののようだ。そして、嫌味なくらいに髪の毛がサラサラである。別にいいけど。
なんだかんだ言って階級も勤続年数も上の先輩である。そんな人がわざわざ私たちの病室に来てくださっているのだから、無下にはできない。空に浮かんでいた魂を口の中に押し戻し、村田さんに向き直った。
「村田さんじゃないですか。どうしてまた」
「君がここに居ると聞いて、御礼をしたいと思って。あの山では命を救ってもらったからな。そしたら竈門達も居るっていうし、来るしかないだろ。」
そう言いながら村田さんは炭治郎と伊之助の傍にある椅子に腰かけた。ベッドが離れている私と善逸は、とりあえず村田さんの近くに行くために炭治郎と伊之助のベッドへとそれぞれ座る。炭治郎は村田さんを既に知っているようだが、善逸は不思議そうな顔をしているので恐らく初対面なのだろう。むしろ炭治郎は、私が村田さんの事を知っていたのに驚いた様子だ。伊之助は相変わらずふさぎ込んでいる。
「竈門、お前柱合会議に呼び出されたんだって?」
「えっ、どうしてそれを?」
「俺も呼び出されたんだよ。仔細報告のために…」
そう言うと一気に村田さんの周りの空気が重くなった。あ、めんどくさい予感がする。
「もう大変だったよ…。なんか、最近の隊士はめちゃくちゃ質が落ちてるってピリピリしてて皆…。那田蜘蛛山行った時も命令に従わない奴とか居たからさ…」
ぐちぐちと愚痴を言う村田さん。水の呼吸のエフェクトが薄いという設定だったが、彼の周りにはグチグチという効果音とエフェクトがばっちり見える。愚痴の呼吸だろうか。そして命令に従わなかった奴とはサイコロステーキ先輩の事だろうか。
柱合会議に呼び出されてここまで愚痴るという事は、大方とばっちりもくらったのだろう。不憫な人だ…。
「ま…まあ!お互い五体満足で帰ってこれたんだから、良かったじゃないですか!!」
無理やりにでも話を逸らそうと、口を開けた瞬間に魂が抜け出ないよう気を使いながら笑顔で言葉をかければ、村田さんは思い出したように私の方を向いて話を切り替えた。
「そうだ!忘れるところだったよ、君に御礼の品を持って来たんだ!それこそ、俺がここに居られるのも君のおかげだからな」
そう言って懐から木製の箱を取り出し、私に差し出してきた。助けたとは言っても、命のやり取りが本業の私たちにとって当たり前の事をしただけなのに。それこそいちいち御礼を渡していたらキリがないぞ。というか、私にだけ?炭治郎たちも村田さんと合流していたということは、何かしら助けてるんじゃなかろうか?
「いや、御礼なんてそんな大したことしていないので大丈夫ですよ」
「いや、貰ってくれ。じゃないと俺の気持ちが収まらないんだ」
やんわりと断ったが、そう言われてしまえば受け取るしかない。ありがとうございます、と礼を言いながら箱を受け取る。開けてみれば、中には夜空のような深い藍色の花をモチーフにした簪が入っていた。先端にはチリチリと揺れる小さな飾りもついており、どう見ても上等な品である。御礼にしてはいくら何でも高価過ぎやしないだろうか。
…ん?そう言えば、昔千代子さんが言っていた気がする。
―いいわね~あの男女、恋仲なのね―
―確かに親しい間柄でしょうけど、どうしてわかるんですか?―
―殿方の方が簪を贈っているでしょう?あれは、求婚を意味するのよ―
…つまり、この簪は、そう言う事ですか?私、求婚されてますか?村田さんに?え、マジ?
「それで、もしよければ御礼も兼ねて君を食事に誘いたいんだが…どうかな?ほら、この間は時間も無くて、いい返事を貰えなかったからさ」
…鈍い私でもわかる。フラグ、立ってますね。しかも、よく見たら簪の飾り部分に小さく家紋が彫られている。重い、愛が重すぎる。命を助けたのは事実だが、愛が重すぎる。そしてごめん!私は鬼滅の刃のキャラは箱推しだけど、恋仲になりたいほど村田さんに思い入れない!!ぶっちゃけ水の呼吸薄い人としか認識してなかった!!ほんとごめん!
「駄目だ!!」
突然の大声にびくりと肩を揺らしてしまう。声の主は善逸だ。食事が駄目という事なのか、求婚が駄目という事なのか、善逸の怒鳴り具合を見るに両方だろうか?炭治郎と伊之助はキョトンとした顔で善逸を見ている。恐らく、この簪に秘められた意味を知らないのだろう。炭治郎も伊之助も、その手の話には疎そうだしな。
でも、善逸が人並みにお年頃でそういった知識も備えているのはわかるけど、なんでダメなんだ?
大声を出した善逸本人が一番驚いているようで、上官に口答えしてしまった事も相まって表情が面白い事になっている。
「善逸、何が駄目なんだ?村田さんが**に御礼をしただけじゃないか」
「ばっかお前!この田舎モン!!男が女に簪を贈るってのはなぁ!好いている事を意味するんだよ!」
あーっと!!公開処刑ですね村田さん!!気恥ずかしさから言葉にしない婉曲した手段に出ているのに、こんな大きな声で言われちゃったよ!!炭治郎!見てよ村田さんの顔!!赤と白が混じって凄いおめでたい事になってるよ!不謹慎だけど!!この子ってば相変わらず地雷の上でタップダンス踊るんだからもう…。
「どうですか?身体の方は」
「あ、しのぶさん」
やっべーどうしようこの空気…と考えていたら、しのぶさんが部屋に入って来た。ニコニコといつも通りの笑顔を浮かべているが、それがトラウマスイッチを刺激したらしく、村田さんはそそくさと帰っていった。あ、よかった…どうやってお断りしようか悩んでいたんだ。
「お陰様でかなり良くなってきています」
炭治郎がぺこりと丁寧に頭を下げて答える。回復速度速すぎなんだよなこいつら…。
「それはよかった!では2日後から、3人も機能回復訓練に入りましょうか!」
あ、サドの笑みだ。ご愁傷様です。
◇◇◇
「それでは一時休憩と致します!」
アオイちゃんの声が響く。やっとだ…やっと休憩できる…。炭治郎たちと連れ立って、ふらふらと壁際の手ぬぐいや水筒を置いているスペースに集う。
しのぶさんの死刑宣告から5日が過ぎた。恐ろしい生命力で回復していっている炭治郎たちも、3日前から機能回復訓練に参加し、私と共にひいひい言っている。
「っあー、疲れた…。水飲も水…」
「はぁ…女の子に合法で触れるのは良いんだけどなぁ…」
「善逸、そんな邪な気持ちで訓練するのはどうかと思うぞ。…でも、あれは辛い」
「自分より体小さい奴に負けると心折れるんダヨ…」
3人が言う「辛い」とは、もちろん訓練全般の事だが、特にカナヲに勝てないことを指す。
善逸が女好き過ぎるあまりに厳しい訓練でも勝ち星を挙げ続け、それに奮起させられた炭治郎と伊之助も療養中とは思えないだけの力を発揮したおかげで、アオイちゃんたちには割とすぐに勝てるようになった。しかしカナヲ相手となると3人とも手も足も出ないのだ。
「**は凄いな…なんでカナヲと互角にやり合えるんだ?」
「確かに…同じ時に隊員になったはずなのに…」
ずぶ濡れの炭治郎と善逸がげっそりとした表情でこちらを見やる。負け慣れていないらしい伊之助は壁際で三角座りだ。この程度でしょげるなんて…あれか、失敗知らずの優等生が社会に出て挫折を知った的な?そんな感じのやつだろうか。そして3人とも薬湯臭い。
彼らにとっては同期なのに圧倒的強さを誇るカナヲも、彼女と対等に渡り合える私も、不思議でならないらしい。私はこの数日で何とか体力も戻り始め、膠着状態だったカナヲとの勝負では初めて勝ち星を挙げることができた。その理由が気になって仕方ないようだ。答えようと思ったが、その前にちょっとタンマ、と手で制して水を飲み一息つく。その間にも炭治郎と善逸の「なぜ同期の女組はこんなに強いのか」考察は続いている。
「いくら機能回復訓練とはいえ、2人とも反射速度が半端ないんだよなぁ…。あれ、俺たちが万全の時でも、負けるよな」
「ああ…それに、カナヲって匂いからしてまず違うんだよ。**もそうだけど、柱の人たちに近い匂いがしている。あとは…目か?**の場合は第六感が鋭いけど、カナヲは目が違う気がする」
鋭いな、2人とも。考察が的を射ている。原作ではもっと後に修行を開始していた気がするけれど、これは今後の無限列車編の事を考えると、早く強くなれるという事で良い傾向かもしれない。水筒を床において口元を手ぬぐいで拭いながら炭治郎たちの疑問に答える。
「カナヲはたぶん、目が凄く良いんだよ。炭治郎たちがそれぞれ五感が鋭いのと同じ」
原作知識はあったが、それでも実際に彼女を見ればそれははっきりと分かった。明らかに見ている景色が違うのが対峙していると見て取れる。
2人は私の言葉を聞いて、納得したような、でもじゃあ私はなんで互角に対峙できるんだといった表情だ。面白そうな話だと思ったのか、先ほどまで壁と見つめ合っていた伊之助ものそのそとこちらへ近づいてきた。
「それで、どうして差があるのかだけど、たぶん全集中の呼吸・常中をしているかしていないかの差だと思う」
「全集中の呼吸はわかるが…常中?ってなんだ?」
「簡単に言えば、鬼を斬るときに私たちが使っている全集中の呼吸、あれをずっとやるの。寝てる時も」
「はぁぁあ?!?!あれを!?寝てる時も!?」
「そ。あれをやることで体力や瞬発力はもちろんだけど、呼吸の質や肺活量みたいな基礎的な能力が飛躍的に上昇する。本当に、やってるかやってないかでは全く違う」
炭治郎の疑問に答えれば、善逸が悲鳴交じりに叫ぶ。証拠を見せてやろう、と、口を吹いた手ぬぐいでそのまま汗もぬぐいながら、なほちゃんたちに瓢箪を持ってきてもらえるか頼んだ。私のやろうとしていることが分かったらしい3人は、パアっと顔を明るくさせて人ひとり入れそうなほどの大きなものを持ってきてくれた。…予想以上にデカい。いけるかな…。
「それでは皆さんお立合い。この瓢箪を呼吸だけで破裂させて見せましょう」
「「「えっ」」」
私の言葉に3人が綺麗にハモッた。仲いいな。
覚悟を決めて瓢箪と向き合った。限界まで息を吸い、吸い、吸い…この世の恨み辛み色んな感情をまとめて瓢箪に吹き込む!!!(もちろん恨みを吹き込む必要はない)
瓢箪の中の空気が圧縮されるのを感じてもまだ吹き込む、吹き込む…吹き込んで限界がそろそろ訪れそうだと思った時、パァンと気持ちいいまでの音をさせて、風船が割れるかのごとく瓢箪が破裂した。よかった~偉そうなこと言っておいて、できなかったらどうしようかと思った。
3人は唖然とした表情で瓢箪の破片を避けようともせずに私を見つめている。やめて、そういう「友達が人外だった…」みたいな顔でこっち見るのやめて。あんたたち、自分が思ってる以上に顔に出やすいんだからね?さすがに傷つくよ?
「…とまあ、こんな感じの事ができるようになります」
「アッ…ハイ」
泣くよ?
「ここまでは大きくなくていいだろうけど、これくらいの大きさを破裂させられるようになったら、カナヲにも勝てると思う」
そう言って、なほちゃんたちが追加で持ってきてくれた子供1人分くらいの大きさの瓢箪を示すと、善逸が更に喚く。
「無理無理無理!無理過ぎるってぇ!!もうやめよう!俺にしてはよくやったもん!アオイちゃんに勝てたから十分!!」
「善逸、初めから諦めるのはよくないぞ…うん、ガンバる…ね?」
炭治郎、ちゃんと私の目を見なさい。伊之助、目を見ないでもわかる。こいつ頭いかれてやがるって思ってるでしょ?お前にだけは言われたくないわ猪頭。
…まあいい。あんたらの操縦方法なんか簡単だもんね。
「はぁ~あ…。これ、結構基礎的な技術なんだよね~口で言うのは簡単でも習得はめちゃめちゃ難しいからできる隊士はほとんど居ないらしいんだけどさ。まあ、仕方ないよね。伊之助はできないんだもんね?無理する事ないもん。できないもんはしょうがないんだからさ」
「はぁぁああぁぁあ!?!?できるし!!超絶余裕だわボケ!!!」
ちょろい。
「善逸ならできるって、私信じてるんだよ?誰よりも応援してる。一緒に頑張ろ?」
「っ!!!頑張る!!3日でできるようになってやる!!」
ちょろすぎる。
「炭治郎。これ、さっきも言ったように、誰でもできる技術じゃないんだけどさ、カナヲや柱の人は皆やってる技術なんだ。これができれば一気に強くなれるよ」
「頑張る!!」
3人とも扱いが簡単で、お姉さんはとても助かります。
その後彼らは5日で全集中の呼吸・常中を会得した。私や後から加わってくれたしのぶさんの教え方が上手かったのもあるかもしれないけど、これ隊士の大半はやろうとしてもできない技術だよ?才能もあるんだろうけど、ちょろ過ぎて教えながら少し引いた。
◇◇◇
全集中の呼吸・常中の話をした機能回復訓練の後、少し散歩がしたくなって1人で日当たりの良い縁側を歩いていると、お茶をすすりながら花見をするしのぶさんに遭遇した。
「しのぶさん。花見ですか?」
「あら、**さん。そうですよ。今日はとても良いお天気だから。良ければご一緒しませんか?」
それに応じて隣に腰かけると、しのぶさんが軽く手を叩いた。すると間もなくして、どこから来たのか隠の人がお茶と桜餅を私の傍に置き、しのぶさんの湯飲みにお茶を入れ直してくれる。隠が居るとは思っていなかった私は、少し面食らう。戦いの場でしか見たことがなかったから、普段彼らがどこで生活しているのか考えた事もなかった。ここも彼らの職場なのだろうか?あるいは、柱にはお抱えの隠が居るのかもしれない。
もちもちとした桜餅を一口食べ、お茶をすする。庭に植えられている桜の香りと桜餅の香りが一体となった。口の中で広がる餡子の甘味を少し苦めのお茶が洗い流す。日本って素晴らしい。思わず幸福の溜息がこぼれた。
「順調に体力も戻っているようですね」
「ええ、ここまでしていただいて、ありがとうございます。」
「いいえ、当然の事ですから。…それにしても、あんなにあっさりカナヲに勝つとは。本当に、あなたを継子にできないことが惜しいわ」
そう言われると、やっぱり少し罪悪感が湧く。本当は、喜んでお誘いに乗りたいところだ。私は皆と戦う為に強くなりたい。柱直々の指導が受けられれば間違いなく技量は向上するだろう。でも、そうすればしのぶさんの無謀な真似を止められなくなる可能性が高い。
「しのぶさんが藤の花の毒を摂取するのをやめて下さるのならば」
「それは無理な相談ですね」
クスクスと笑いながらも断固たる決意を感じた。ざあっと風が吹いて桜の花びらが舞い散る。
「しのぶさん。私はいつ頃次の任務に就く事になりますか?」
「そうですねぇ…怪我も完治しているようですし、機能回復訓練も良好。…少し身体が硬いようですが。2~3日もあれば次の任務に就く事になるでしょう」
その言葉に私が唇を噛みしめて俯けば、しのぶさんは「普通ならば、ですが」と更に付け加えた。
「でも、おそらく善逸くんや伊之助くんとあなたの任務は、今後炭治郎くんとの同行が基本となるかと思われます」
「それは、どうして?」
「先日の柱合会議で隊士の死亡率の高さについて話し合った結果、一定の階級以下の隊士は複数人での任務に当たらせる事が決まりました。それに、禰豆子さんの監視要員として炭治郎くんの任務には他の隊士を同行させる事も。ですので、事情を知っている私たち柱か、貴方たちが同行することが多くなると思います」
しのぶさんはそう言うと、お茶を飲んで一息つく。ほう、とため息をつく姿すら絵になる人だ。私はそんな彼女を身ながら桜餅を一口かじった。
今のところ、全ては順調に進んでいる。禰豆子の存在も認めてもらえたし、いくらか原作と異なる展開もあったが、悪い変化も起きることなく今のところ私の周りの人たちは全員無事だ。だけど、絶対に回避しなければならない死がもうすぐそこに迫っている。
「しのぶさん。お願いがあります」
「ふふ、何となく想像はつきますよ」
「…あなたからの継子の誘いを断っておきながら、どの口が言うんだという自覚はあります。ですが、どうしても、強くなりたいんです。私に、蟲の呼吸を教えてください」
都合のいい話だと自覚はしている。でも、私はもっと強くなりたい。炭治郎たちが全集中の呼吸・常中を会得しようとする間に、何か私もステップアップしなければならないと思ったのだ。今私が強くなるためには、しのぶさんの力を借りる必要がある。
「無理です」
「え」
流石にこうもあっさり断られるとは思わず、変な声が出た。うわ、色んな意味で恥ずかしい。しゅん、と俯くと、しのぶさんはかぶりを振った。
「**さんにいじわるして教えないのではないの。蟲の呼吸は、鬼の頸を斬る力を持たない私が、苦し紛れに出した特殊な戦法だから。教えてもおそらくはあなたの為にならない。でも、鬼を殺す毒や効力の高い薬の調合法なら教える事ができますよ」
天使かよ。女神かよ。
「ありがとうございます!!!」
◇◇◇
炭治郎たちが全集中の呼吸・常中を会得して数日後、私はしのぶさんの許可を得て、台所に立っていた。そう!クッキングの時間です!!
今回蝶屋敷に居る間のノルマとして私が秘かに計画していた事。それは、カナヲに笑顔を見せて貰う事である。炭治郎との関わりによって、少しずつ他人に心を開くようになっていくっていうのはわかってるけど、他力本願でカナヲとの距離を縮めるのも違う気がする。私はカナヲと仲良くなりたいのだ。そして、ハイタッチを気軽にできるような関係性になって見せる!!
そんなわけで、張り切って作ってしまいました。数々のスウィ~ツたち。なほちゃんたちも手伝ってくれたおかげで、思ったよりも早くできた。チョコレートがとろりと溢れるフォンダンショコラにサクサクの焼き立てクッキー、生クリームをオシャレに添えたシフォンケーキにあっつあつジューシーなリンゴのタルトまでご用意しております。
大正時代ってなかなか気軽に買えない高級品ではあるけど、既にチョコレートが売ってたんだよ。デパートで買い占めてきました。高級品?知ったことか。私には鬼殺による給料がある。そして目の前には貢ぐべき推したちが居る。つまりそういう事だ。
西洋のお菓子にあまり関わりがなかったのだろう。なほちゃんたちはきゃいきゃいと嬉しそうに手伝ってくれた。アオイちゃんですら頬を紅潮させて口元が緩んでいる。可愛い。ギャップ萌えってやつですな。アオイちゃんの、この笑顔を、心のアルバムに残そうと思う。
さて、カナヲの反応はどうかな?と見てみれば、思った以上に好感触。いつもは微笑むだけの表情が、少し驚いたような、それでいてそわそわしているような挙動が見て取れた。やっぱり甘いものは女の子をときめかせるんだよ。ふわりと漂うチョコレートやりんごの甘い香りだけでもうれしくなるもんね。
炭治郎たちは今ここには居ない。炭治郎と伊之助の刀がもうすぐ届くらしく、先ほどから玄関で待機しているのだ。唯一3人の中で刀が無事だった善逸は、「ハーレムだー!!」と嬉しそうに叫んで私たちの中に同席しようとしていたが、汚物を見るような目をしたアオイちゃんによって閉め出されていた。ごめんね、後で炭治郎たちの分も含めてお裾分けに行くから…。
禰豆子は寝ているためにここには居ないが、つまりは女子会というわけだ。甘いスイーツを食べながら女の子たちと語らう。こんなことがこの世界でできるなんて…感激過ぎる。
「上手くできてると良いんだけど、どうぞ皆食べて」
「**さんありがとうございます!!」
すみちゃんの言葉と同時に皆が一斉に手を伸ばす。「美味し~!!」とにっこにこで皆が食べてくれる中、カナヲだけが、1人手を伸ばさずに並べられたケーキたちを眺めている。…なんで食べないんだろ?
「カナヲ、いらない?おなかいっぱい?」
そう尋ねてもカナヲはこちらを見たまま何も答えない。でも、キュルル、とカナヲのおなかから音がしたから、絶対に食べたいんだと思う。もしかして、「食べなさい」って命令されないと食事ができないのかもしれない。
「カナヲ、もしこのケーキを食べても食べなくてもいいよって言われたら、どうする?」
そう言って私はフォンダンショコラの入った小さなココット皿を1つ取り、フォークで軽く掬い取った。中身のチョコレートがあふれ出し、外側のチョコレートケーキに絡んでつやつや光っている。フォークをカナヲの口元へ運び、カナヲの返答を待てば、明らかにごくりと唾を飲み込んだ。絶対食べたいんだよ!自分の気持ちに鈍感なのか、無意識に抑圧する傾向にあるのかはわからないけど、絶対そんなのは良くないと思う。荒療治かもしれないけれど、今の私にはこれしか思いつかない。
「…べ…」
「ん?」
「…たべ、る」
その返答を待ってたんだ。やってはいけないことをやってしまったかのようにきゅ、と目をつむるカナヲの口に、「あーん」と言いながらフォークを運んだ。
瞬間、大きな瞳がこれでもかというくらい見開かれ、キラキラと輝いた。うむ!余は満足である!!なんだカナヲ、そんな素敵な顔できるんじゃん!
「カナヲ、自分に正直に生きていいんだよ」
「…?」
もぐもぐしながら首をかしげるカナヲ。控えめに言って可愛い。
「今、カナヲはこのお菓子を食べたいって思ったんでしょ?いいんだよ、それで。自分の気持ちに正直に生きていいんだよ。カナヲがやりたいって心のどこかで思ったように感じたのなら、それに従ったらいいんだよ。誰も怒らないから。少なくとも、今カナヲの周りに居る人は、カナヲの意志を尊重してくれる人たちだと思うよ」
「…」
そう言いながらもう一口、とフォークを差し出せば、ぽろりと私の手に雫が落ちた。カナヲは泣いていた。
静かに、泣きながらフォークにかじりつき、そのままココットとフォークを持ってしゃくりあげながら食べ進めていく。なぜ自分が泣いているのかも分からないようで、涙でびちゃびちゃの顔には嬉しいのと悲しいのと、よくわからないのと、そんないろんなものが入り混じった表情が浮かんでいる。
そっと頭をなでると、いつの間にかこちらを見ていたアオイちゃんたちと微笑み合った。
「よくも折ったな俺の刀を!!よくも、よくもぉおぉおぉ!!!」
遠くからは地獄から発せられたような叫び声が聴こえてくる。