全集中で駆け抜けたい   作:夜桜百花

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無限列車編
こんにちは煉獄さん


 カナヲたちとの女子会から数日が過ぎた。私たちは今、煉獄邸に居る。

 

 事の発端は炭治郎がしのぶさんに日の呼吸についての情報を求めた事だった。

 しのぶさんは、日の呼吸は知らないが炎の呼吸を使い代々柱を輩出している歴史ある名家の主、煉獄さんなら何かの情報を持っているかもしれないと答えたらしい。そしてその2日後、タイミングを見計らったかのように煉獄さんとの任務同行命令が私たちに下された。わざわざ下っ端隊士の私たちを柱の任務補助につけるとは思えないから、おそらくは炭治郎たちの監視と新米隊士への見取り稽古を兼ねているのだと思う。

 

 こんな展開は原作にはなかった。炭治郎たちは本来ならまだ全集中の呼吸・常中を会得することもできていないくらいなのだろう。そもそも、無限列車編の始まりは任務同行などではなく、炭治郎が日の呼吸についての情報を得るために煉獄さんを訪ねるところが始まりだったし。少しずつ、物語が変わり始めている。

 任務先は煉獄邸の近くにあるという。まずは煉獄さんと合流しなければならない、と数日かけて歩き煉獄邸の門を叩けば、煉獄さんと千寿郎くんが大歓迎してくれた。

 そんなわけで私たちは今、煉獄さんの生家である屋敷で、千寿郎くんの手料理を頂いている。

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

 私たちの正面には煉獄さん。うまいと繰り返しながら千寿郎くんの作った料理を頬張っている。どの器にも大盛りなのに、見る見るうちに消えていく。全て平らげると、箱膳を持って台所に消えていった。おかわりに行ったのだろう。お櫃も持って行った辺り、お櫃単位でおかわりも用意されていると見た。それにしても、こんなに大声で叫びながら食べているのに米粒を飛ばしたりしないのだから、器用というか、育ちが良いというか。

 でも煉獄さんが叫ぶのもわかる。本当に美味しい。箱膳には白ご飯とわかめの味噌汁、筑前煮にほうれん草のおひたし、そしてホッケの塩焼きがほかほかと湯気を立てている。家庭的で温かみのある味だ。是非千寿郎くんには嫁に来てほしい。

 

「ねえ、あの人が炎柱?…俺にはただの食いしん坊に見えるんだけど」

「うん…たぶん」

 

 善逸と炭治郎のひそひそ声が聴こえる。私は元々知っていたから何も思わないけど、確かに初対面なら面食らう。煉獄さんをフル無視で料理にがっついている伊之助はある意味大物かもしれない。最近では私の教育の甲斐もあり、へたっぴながらも箸を使えるようになってきた伊之助である。

 

「あの、煉獄さんに尋ねたい事があるのですが…」

「うまい!」

 

 こんもりとおかわりのご飯をよそって再び食べ始めた煉獄さんに、炭治郎が尋ねた。しかし、この返答である。どうやら、食事中の煉獄さんには会話は通じないらしい。

 

「うむ!そういう事か!だが知らん!「ヒノカミ神楽」という言葉も初耳だ!」

 

 奥から食事を終え、炭治郎の説明を全て聞いた煉獄さんの声が聴こえてくる。この距離でも聴こえるんだから良く通る声だな。そしてデカい声だ。あの人に内緒話をするのはやめておこうっと。

 今、私は千寿郎くんを手伝って食事の片づけをしている。全てやって貰いっぱなしでは申し訳ないからね。ちゃちゃっと洗い物を終えていく千寿郎くんは、私なんかよりも手際が良い。よっぽど家事に慣れているのだろう。家事に勉学に鍛錬に…。こんな幼いのに、凄いな。

 でも、こんな豪邸に住んでいるのに、お手伝いさんは居ないのだろうか?さっき煉獄さんがお替りに行った時も思ったけど、名家の長男が自分でお替りをよそいに行くなんて、普通では考えられない。もしかしたら、槇寿郎さんが追い返しちゃうとか?…うん、ありそう。原作では酒浸りだったし。というか、たぶん今もそうだし。

 

「千寿郎くんは、鬼殺隊に入るつもりをしているの?」

 

 煉獄さんはもちろんだが、せっかく会えたのだから千寿郎くんとも交流を深めておきたい。とりあえず共通の話題から振ってみる事にしたが、もしかしたらこの話題、地雷だったかな?と聞いた後に気が付いた。やっちまったと心の中で後悔する。

 うわ、嫌な思いさせちゃったかも…。でも、原作では剣才がないって言っていたけど、本当にそうなのだろうか?彼のタコだらけの手を見ていると、とてもそんな風には見えない。

 

「いえ、実は…最終選別には1年前に合格しているのです。でも、父上に「お前は才能がないからやめろ」と言われちゃいました」

「なんと。私たちより年下なのに1年前に?凄い、じゃあ私たちの先輩じゃん」

「合格しただけで、任務には参加していないのでとてもそんな事言えないんですけどね…」

 

 そう言って下がり眉を更に下げる千寿郎くん。それでも鍛錬を積んでいるという事は、本人が諦めきれていないのだろう。それに、最終選別を通過したのなら鬼と対峙するだけの力はあるはずなのに…。ん?なにか引っかかるな。

 

「でもさ、最終選別に通過したってことは、呼吸は使えるんでしょ?」

 

 独学で呼吸を学んだ伊之助や呼吸そのものに適性の無かった玄弥のような例外を除けば、最終選別に来る人間は育手の下で呼吸を学んでいるのが基本的に絶対条件だ。特に、煉獄家のような名家なら、呼吸を学んでいない息子を選別に送るなんてことはしないだろう。

 

「ええ。炎の呼吸を学びました。…でも、日輪刀を持っても、兄上や父上のように赤く色づくことは無かった。…父上の言う通り、僕には才能がなかったんですよ」

 

 本当に、そうなのだろうか?呼吸を使えるのに日輪刀が染まらない…。うーん、絶対に千寿郎くんに才能が無いなんてことはないと思うんだけど…。

 

「**!!今から鬼狩りに行くらしいぞ!早く準備しないと」

「あ…うん」

 

 なんて答えたら彼の為になるのか、そもそも本当に彼には適性が無いのか、そんなことを考えながら無言でいると、炭治郎が呼びに来た。

 嫌だな、こんな感じでこの場を去るの、と思って返答に困れば、私の考えていた事を察したらしい千寿郎くんが笑顔で「後のことは大丈夫なんで、行ってください。手伝ってくれて、ありがとうございました」と言ってくれた。ここはお言葉に甘えるしかない。炭治郎に続いて廊下を歩きながら、師範に次の文を送る際には呼吸についても聞いてみよう、と心に決めた。

 

「どうだった?ヒノカミ神楽について分かった?」

「いや、分からなかった。煉獄さんの御父上なら何か知っているのかもしれない、と思って煉獄さんと尋ねに行ったが、顔も向けてくれなかったよ」

「そっか…」

 

 本当は、原作知識のある私は日の呼吸について知っている。でも、これを今伝えていいのかが分からない。原作に介入する決心はとっくについているのに、原作の情報を登場人物に知らせるのが怖いのだ。

 …いや、もっと言うのならば、炭治郎たちに私が異世界から来たと知られるのが怖い。自分とは違う人間として一線を引かれるのが怖い。自分たちの生涯を娯楽として捉えていた人間だと思われるのが怖い。

 あの頃の、元の世界に居た時の私には明らかになかった考えだ。当時だって、本当に炭治郎たちに会えたらどんなに幸せだろうと妄想した。だからそれが実現できている今は夢のようだ。

 でも、実際に彼らに出会って、触れて、話して、当たり前の事なのにようやくわかった。少なくともこの世界の彼らは生きている。私は、彼らが命を燃やした生涯を、温かい部屋でお菓子を食べながら娯楽として眺めていたのだ。それを知った彼らに軽蔑されたくない、と思う。

 もしも会えたら、と妄想していた人物たちは、目の前に現れ、友人となり、背中を預け合う仲間になった。私は、大好きなキャラにではなく、大切な友達に嫌われたくないと思うようになっていた。

 

「…**?どうかしたのか?」

「…え、なんで?」

「なにか、悲しんでいるような、怖がってるような匂いがしたから」

「…なんにもないよ」

 

 嗅覚が鋭いってチートだな。嘘なんかつけない。炭治郎は何か言いたげにしながらも、あえて黙っておく方を選んでくれた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「この山だ!この山はここら一帯でも有名な神社の建つ山でな!参拝に来た人間が帰ってこないのだという!階級が丙の隊士を数人送ったが、全員帰って来なかったので俺が出向くことになった!」

「はぁ!?階級丙でもやられたのに俺たちが生き残れる訳ないじゃないですか!!嫌だ死にたくないぃぃ!!!」

 叫ぶ煉獄さん、叫ぶ善逸。山の中に2人の声が響き渡る。通りすがりの人がぎょっとしてこちらを向く。…今後、この2人を会話させるのはよそう。

 現在時刻は午後3時。鬼が出るには早い時間だが、この神社一帯が木々によって日を遮っているためか、行方不明者は昼夜関係なく出てくるらしい。むしろ、参拝客が多い分昼の方が被害は多いようだ。

 休む必要のない鬼という存在は、夜が日の光を浴びずに済むから活発になるだけであって、条件が揃えば日中でも活動できる。たちが悪い事この上ない。

 善逸が泣き叫んでいるのはいつも通りだが、今回ばかりは炭治郎でさえも不安げだ。煉獄さんという頼れる存在が居るからか、虚勢を張ることもなくそわそわとしている。でも、当然だろう。柱が出動する任務ともなれば、必然的に難易度は跳ね上がる。複数人とはいえ、私たちが来ても本当にいいのだろうか。

 

「善逸の言う通りですよ、煉獄さん。俺たちの階級は癸ですよ。上級隊士でも敵わないのに、俺たちでは足手まといになるのでは…?」

「何言ってるんだ?俺たちの階級、もう上がってるぞ?」

「そうだよ炭治郎。足手まといになるかもっていうのは同意だけど、今私たちの階級は辛だよ?下から3番目の」

 

 炭治郎の言葉を否定する伊之助に同調すれば、伊之助は目をむいてこちらに向き直った。しかし、私も全く同じ理由でびっくりだ。

 

「は?!お前、壬じゃないのかよ?!」

「え?伊之助こそ、辛じゃないの?」

「??…えーと、伊之助、**、順番に説明してくれ」

 

 状況の飲み込めない炭治郎が私たちに説明を求める。善逸は「ギャース!!」と未だに1人で目をむいて騒いでいる。煉獄さんが宥めているようだが、あの感じだとむしろ逆効果なのだろう。

「死ぬかもしれないが全力で立ち向かうんだ!」とか言いそうだしね煉獄さんって。善逸を宥めるのが不得意であろう事は簡単に予想がつく。

 

「えーとね、最終選別の後、手に彫り物をされなかった?藤花彫りっていうんだけど、こう、こちょこちょって」

「…された覚えはあるけど、何されてたのか知らなかった…。あの時疲れてたし…」

 

 まあ、気持ちはわかる。私の言葉に続いて、伊之助が説明をする。珍しいな、伊之助が教える側に立つなんて。1番に最終選別会場を後にしたのに藤花彫りの説明をしっかり聞いて覚えていた辺り、彼の真面目さがわかる。口は悪いし育ちが野生的過ぎて世間知らずな所はあるけど、基本的には人の話をきちんと聞く良い子なんだよ伊之助って。

 

「それが階級を示すのに必要なんだよ。手に力を入れる。こう言ってから」

 

 そう言うと、伊之助は「階級を示せ」と呟いて右手の筋肉を膨張させた。伊之助の右手甲には「壬」の文字が浮かび上がる。あれ?ほんとだ。私と違う。

 炭治郎も伊之助に倣って階級を確認すれば、「壬」の文字が浮かび上がる。私も同様に言葉を呟いてから手に力を籠めると、「辛」の文字が浮かび上がった。

 

「本当に辛じゃねえかよ。いつの間に1人で先に行ってやがるんだ」

「たぶん、藤の花の家紋の家で私が1人だけで任務に行った時あるじゃん?あの時の鬼が結構強かったから、それでだと思う」

 

 厨二心を刺激するこの紋章、1人でニヤニヤしながらよく確認しているから、階級が上がった時にはすぐに気づいていた。キモいってか?やかましいわ。

 恐らく、丁でも倒せなかった鬼を倒したことによって一気に昇進したのだろう。討伐補佐は何度かしているけれど、私個人の討伐対象となった鬼は今のところ彼奴しかいないし。

 

「うむ!話も纏まったようだし、行くか!それに、これは見取り稽古も兼ねているから、心配は要らん!自分の身を守ることだけ考えていればいい!」

 

 そう言って煉獄さんが前方へ足を進めていく。その手には首根っこを掴まれた猫よろしく善逸の襟が握られている。虚無の表情で吊り下げられている善逸。どうやらあちらの話も纏まったようだ。

 暫く歩みを進めれば、かなり規模の大きい神社の鳥居が見えてきた。しかし、大きな神社の割には参拝客は居ない。噂が広まったことで人が寄り付かなくなったのだろう。

 

 神主さんたちに事情を話して参拝客と共に一時避難してもらい、辺りを捜索する事になった。納得してもらえるか疑問だったが、この神主さん、元は藤の花の家紋の家の出身らしく、同様に訪れた隊士が帰って来なかった事もあって、私たちの事を心配しながらも素直に避難指示に従ってくれた。

 炭治郎の嗅覚、善逸の聴覚、伊之助の触覚、そして私の第六感。全てを駆使して位置を特定する。全員の意見が一致する方角は予想以上に簡単に割り出せた。流石の煉獄さんもこれには驚いたらしい。

 

「よもやよもや!食事の後にも言ったが…いや、その時には明暗少女は不在だったか…改めて君たち4人に言おう。俺の継子になる気はないか?その感覚の鋭さは賞賛に値する!」

 

 どこまで本気で言っているかはわからないけど、褒められて悪い気はしない私たちだ。走りながら照れ照れとニヤける。…もしも、煉獄さんの死を回避できたなら、彼の継子になる事は更に強くなるきっかけになるかもしれない。

 

 山の奥深くまで入れば、より一層日の光が差さなくなってきた。夜と同様、とまではいかないが、辺りは薄暗く、目が慣れるまでは周りもよく見えないくらいだ。

 居る。ここに件の鬼が確実に居る。炭治郎たちもそれが分かったようで、各々刀の柄を握りしめたり、ガタガタと震えたり、刀を抜いて素振りをしたりと今までに増してピリピリしている。経験から感じる鬼の気配と私たちの様子から察したらしい煉獄さんが、私たちに尋ねる。

 

「…それで、大方の検討はつくが、君たちはここから先、どこに鬼が居ると思う?」

 

 たぶん、真下。今私たちの居る足元地中深くに鬼は潜んでいる。

 考える事は同じだ。煉獄さんのその問いに、私たちは一斉に同じ場所を指差した。その時、私たちが指さした先―地面がボコリと隆起して巨大な根が突き出した。一瞬のうちに呼吸を駆使し、それぞれが間一髪ながらも回避する。

 

「いやぁぁああぁぁ!!ほんとに出たよ!そのまま埋まっててくれよ!!」

「善逸落ち着け!!!」

 

 わかっていても、信じたくなかったのだろう。地面から飛び出してきた鬼を目の当たりにして善逸が叫ぶ。突如まき散らされた土埃でむせ返ったらしい炭治郎が咳込みながらも善逸を叱咤する。

 土埃が収まり、少し視界が開けたところで鬼の姿が露になった。

 苔色の髪を胸元まで垂らし、肌には蔦を這わせている。風体は若い女だが、その表情からは何も読み取れない。なんか、時透さんを思い出すな。全く関係ないけどそんな考えが頭をよぎった。ぼろぼろの着物は元は綺麗な檸檬色だったのだろう。今は薄汚れて茶色くなっているし、裾は破れていて膝まで丸見えだ。

 しかし、特にそんな事には気にしていない様子の鬼は、容赦なく私たちに先ほどの巨大な木の根を放ってきた。太さだけでも2mはありそうな根だ。直撃すれば即圧死だろう。

 

「紋逸はそこでへばってなァ!!」

「紋逸じゃねえよ!…って、伊之助!!」

 

 山育ちの伊之助にとってこの程度は大した障害ではないらしい。攻撃を回避した私の脇をすり抜けて鬼の頸めがけ走り行く。次々に飛びかかる根を軽やかに避けるとそのうち1本に飛び移り、このままではあっという間にたどり着いてしまいそうだ。ダメだ、伊之助!!

 

「伊之助だめ!!そいつの頸はそこじゃない!!」

 

 私が叫ぶのと伊之助が鬼の頸を飛ばしたのは同時だった。違う。その鬼は本体じゃない。鬼の気配はするのに、その鬼が本体じゃないと直感が告げている。伊之助によって刎ね飛ばされた頸は木塊に変化した。木塊はそのまま鋭いクナイのような形に姿を変え、伊之助に襲い掛かる。

 

「!?」

 

 木塊の先端が伊之助の顔面に突き刺さるかと思われたその時、瞬きもできないような一瞬のうちに木塊は炎に包まれた。ぽとりと真っ二つになって落ちてきたそれを見れば、焼け焦げたような跡ができている。少し離れたところににょきりと鬼が姿を現した。

 

「よもやだ、猪頭少年!君のその豪胆さは評価するが、今の君では少々分が悪い相手と言えよう!ここはおとなしく先輩に任せなさい!!」

 

 伊之助にそう言い放ったのは先ほど木塊を両断した煉獄さんだ。悪鬼滅殺と彫られた赤く燃える様な刀の切っ先を鬼に向ければ、鬼は忌々しいとでも言うかのように静かに煉獄さんを睨みつける。

 

「…なんで、邪魔するの」

「それが俺の責務だからだ!人を喰らっている以上、野放しにしておくわけにはいかぬ!」

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 力強い踏み込みと共に猛炎が鬼に迫る。一瞬で鬼の頸を刈り取るが、その頸もダミー。さして痛手でもないらしい鬼は、先ほどまでと変わらぬ威力で煉獄さんに襲い掛かった。それを読んでいたらしい煉獄さんは更にその攻撃も一刀両断にする。

 

「なんだよあれ…すっげぇ…」

「凄いや煉獄さん…」

 

 器用なことに、煉獄さんに攻撃を向ける一方で私たちにも同様の攻撃が飛んでくる。迫る根を斬り落としたり避けたりしながら伊之助と炭治郎が感嘆の声を上げた。私も2人と全くの同意見だ。今の私たちでは到底敵わない。練り上げられた剣戟の1つ1つから彼がどれだけ鍛錬を積んできたのかが伝わってくる。これが、柱。

 

「なんで来てるの俺たち!?柱と渡り合ってるじゃんあの鬼!俺たちが来ちゃいけないとこだよぉ!!」

「善逸!確かにそうだが、貴重な柱の太刀筋を見れる機会なんだ!俺たちも負けぬよう強くなろう!」

「…クソ!」

「伊之助!集中して!」

 

 涙ながらに避けて回る善逸の叫びに炭治郎が叫び返す。悪態をつきながら根を刻む伊之助を窘めつつ私も迫りくる攻撃を斬り裂く。皆、少なからず柱との力量差に打ちひしがれているのだ。それでも、前を向くしかない。もっと強くならないといけない。今私たちにできる事は、少しでも煉獄さんの戦いから学びを得る事だけだ。

 

 更に激戦は続く。あの鬼と遭遇してからどれだけの時間が経っただろうか。何時間も経った気がするし、まだ数分しか過ぎていない気もする。

 

「なるほど!頸を斬ってもまた別なところから生えてくる…さては、地中に埋まっている根の大元が頸に当たる部分なのだな!?」

「…めんどくさいなぁ」

 

 煉獄さんの言葉に対して、鬼はそう呟くと操っていた根の1つを地中に差し込み、引っ張り上げた。再び地上に出てきた根には老若男女様々な人が絡まっている。恐らく、彼らが行方不明者なのだろう。生きてはいるようだがピクリとも動かず、どうやら仮死状態になっているらしい。これも血鬼術の1つなのだろうか。

 

血鬼術 槁木死灰(こうぼくしかい)

 

 鬼がそう呟くと、捕らわれた人々の生気が一気に失せ始めた。マズい!あの血鬼術、所謂エナジードレインなんだ。とっさに人々の捕らわれている根の元へ駆ける。同じく状況を理解したらしい炭治郎が私に続く。

 

「炭治郎!私は右を斬る!」

「わかった!俺は左だ!」

 

 呼吸を整えて型の構えを取り足を踏み込んだ。

 

闇の呼吸 弐ノ型 月華爛然(げっからんぜん)

水の呼吸 参ノ型 流流舞い(りゅうりゅうまい)

 

 弐ノ型は暗闇の中に月光が差すかの如き3連の連撃技だ。これを教わった時、月の呼吸に似ていると感じた。闇の呼吸は日の呼吸の派生らしいけど、この呼吸を編み出した人は継国巌勝とも縁があったんじゃないかと個人的に思っている。根拠のない勘だけど。

 

「助かった!明暗少女!竈門少年!」

 

 煉獄さんがそう叫ぶや否や、渾身の力で地面に刀を叩きつけた。ズゥン!!と地震のような揺れと共に大きな穴が穿たれる。私が鼓屋敷で地面に叩きつけられるのを回避するために穿った穴よりも数倍大きい。炎の呼吸が力強い攻撃重視のものであるとはいえ、ここまで力量の差を感じると流石にショックだ。

 

「やめろ!!」

 

 今まで無気力だった鬼が急に大声で叫んだ。ああ、ここに頸があるのか、と即座に理解した。地上に姿を見せていた鬼は全て鬼の本体である木の根の一部で、首は地中深くに埋まっていたのか。無限列車と状況が似ているな。この時点では私以外の誰も知る由はないけど。ある意味今後の予習になったかもしれない。

 煉獄さんの元へ駆け寄ると、穴の中央に黒髪のおさげ姿の女の子が眠っていた。薄汚れてはいるものの綺麗な檸檬色の着物に袴とブーツを身に付けており、それなりに恵まれた暮らしをしていたことが伺える。

 ずっと無気力だったこの鬼は、人間の頃は快活に笑っていたのだろうか。何人も人を攫って何も感じないでいる鬼に同情の余地などないが、それでも人間の頃の姿であろう本体を見てしまうと、この鬼が鬼になる前の暮らしを、想像せずにはいられない。

 

炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天(のぼりえんてん)

 

 煉獄さんの炎刀が少女の頸を斬り上げると、一帯を占めていた木々もろとも鬼は消滅してしまった。煉獄さんがカチリと刀をしまう音だけが静かになった空間で妙に響き渡る。

 

「終わった…?」

「ああ、皆よく生き残った!もうこれで安心だ!」

 

 善逸の言葉に煉獄さんはニカッと笑った。緊張の解けた私たちは無意識に深いため息を吐いた。いや~…避けていただけとは言え、死ぬかと思った…。見取り稽古にしては命懸け過ぎるだろ。もちろんそれだけの価値はあったけど。それ以上にメンタルやられたけど。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 助けた行方不明者たちを麓へ送り届けた後、神社の方々にももう安全である旨を伝えた。得体のしれない私たちの言葉に、参拝客は不審な目を向けていたけれど、神主さんにはこちらが恐縮してしまうくらいに感謝された。御礼の品を丁重に断り、何かあった時にはこれからも宿の提供をお願いしたいと言えば、これまで以上にもてなすと言ってくれた。

 

「はぁ…。敵わないな…」

 

 屋敷までの帰り道、無意識にそんな言葉が口から出た。数字持ちに匹敵する鬼と対峙して、更に柱との力量差まで目の当たりにして、流石にへこむ。私たちでは手も足も出なかった。あれで十二鬼月ではないというのが信じられない。もし普通に私たちだけで派遣されていたら、倒せたとしても大怪我は免れなかっただろう。

 3人も同じ気持ちらしく、少ししょげている。特にプライドの高い伊之助の落ち込み方はなかなかのものだ。那田蜘蛛山で冨岡さんの技も目の当たりにしていたらしいし、今一番落ち込んでいるのはこいつかもしれないな。

 

「打ちのめされたか?」

 

 前を歩いていた煉獄さんが、振り返って私たちにそう尋ねてきた。いつもの快活な大声ではなく、むしろ少し囁くような、落ち着いた大人の声音だ。この人こんな声出せたんだな、と少し思ったが、野暮な事は言わないでおくことにした。おとなしく、私たちが心のままに頷くと、煉獄さんは優しい笑顔で私たちの頭をくしゃりと撫でてくれた。

 

「胸を張って生きろ。君たちは弱くない」

「でも、私たちではあの鬼を倒せなかった…」

「なに、これからもっと強くなればいい。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やし、歯を食いしばって前を向くんだ。そして1歩1歩、歩いて行け。落ち込んでいたって、時間の流れは共に寄り添ってはくれない」

 

 そう言って優しい声音で励まされれば、少し涙が出た。もういい大人なのにな。本当に、肉体の年齢に精神が引っ張られているのかもしれない。悔しさとかみじめさとか、そんな事で泣くなんて。

 それにしても、「時間の流れは共に寄り添ってはくれない」か。この言葉には、煉獄さんの様々な経験と思いが込められているのだろう。母君の事、その死を乗り越えられず、更に自分の無能さにに打ちひしがれ続ける槇寿郎さんの事。彼は、どんな気持ちで乗り越えてきたのだろうか。

 涙を堪えて変な表情になっているであろう私に気付いた煉獄さんが、更に頭をポンポンしてくれる。やめろ、250億。こうやって数々の女を落としてきたんだろ。惚れてまうやろが。え?金額が上がってるって?なんか私がこの世界に来てからも更に売り上げが上がった気がしたんだよね。勘ですよ勘。

 そうして帰路を歩いていると、煉獄さんの鎹烏が飛んで来た。しばし鎹烏の伝言を聞いた後、煉獄さんはこちらに向き直り、先ほどとは打って変わっていつも通りの近所迷惑なトーンで更なる追い打ち任務を告げた。

 

「予定が変わった!急ではあるが、これからこのまま次の任務へ向かうぞ!!次は都心部の汽車だ!!」

 

 それを聞いて思わず立ち止まってしまった。ドクドクと鼓動が速まるのを感じる。とうとうこの時が来た。絶対に変えなければいけない未来。そう、無限列車編の始まりである。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 通常の任務はその管轄区域の柱が隊士の派遣を行う。隊士の派遣を複数回行っても鬼の討伐が達成できなかった場合、鬼が十二鬼月である可能性を加味してその任務の采配は御館様の判断に委ねられ、強力な柱が向かったりその任務に適した隊士が派遣されたりするのだという。

 先ほど倒した鬼は煉獄さんの担当区域もあり、隊士が帰って来なかった事もあって煉獄さんの判断で自身が出向いたらしい。私たちを同行させたのはしのぶさんのお願いと個人的な興味からだと煉獄さんが話してくれた。

 そして次の任務は御館様から直々に下されたらしい。連戦するには苦戦を強いられる事が予想される鬼であるという事で、今日は鬼の出る街まで向かい近場の宿で一泊する事になった。煉獄さんの奢りで行った先の料亭で温かいご飯を頂けば、私たちの気持ちも随分と安らいだ。

 

「どうしたら煉獄さんのように強くなれるんですか?」

 

 もりもりといかにも鮮度の良さそうでお高そうな刺身を頬張りながら正面の席に座っている炭治郎が尋ねた。絶対この料理、そんながっつくタイプのやつじゃない。繊細に調理された吸い物や煮物も牛丼を食べるが如く口の中にかきこんでいる。ああ、勿体ない。私のお金ではないけど。煉獄さんの奢りだけど。

 鬼との一戦の後だから私もお腹は空いているが、TPOを弁えて丁寧に白米を口に運ぶ。うん、美味しい。この世で最も美味しいのは奢りで食べる飯なのだ。

 

「1に鍛錬、2に鍛錬、とにかく鍛錬だ!…む!うまい!!」

 

 無限列車編の始まりを知って少し過保護気味な私は、さっきから煉獄さんの隣を離れずにいる。そんな事はつゆ知らずな煉獄さんは、私の右隣で炭治郎の質問に答えながら煮物を食べて目を輝かせている。あ、この煮物、さつま芋が入っているんだ。いつもよりも更に目が大きくなっている。目ヂカラが凄い。

 

「鍛錬って言っても…」

 

「今も頑張っているのにこれ以上どうすればいいのだろうか」と言いたげな炭治郎に、「呼吸を極めるんだ」とさつま芋を頬張りながら煉獄さんが返答する。

 

「呼吸を極めれば様々なことができるようになる。何でもできるわけではないが、昨日の自分より確実に強い自分になれる」

「それがわかんねえから聞いてんだろうが」

 

 反対隣から伊之助が反論を口にする。炭治郎に負けず劣らず、がつがつと料理をかきこんでいる。伊之助失礼だ、と軽く肘で小突いておいた。煉獄さんはあまり気にしていない様子だ。

 

「まず、全集中の呼吸・常中は必須だな!あれによって全ての能力が飛躍的に向上する。他には剣技と呼吸のタイミングを合わせる事、自分に合った呼吸の仕方を見つけ出す事、言い始めればキリがない。簡単に言葉に表せるものではないからな!」

 

 現に、俺の元継子は炎の呼吸を教えてもイマイチ習得できず、自分に合わせて炎の呼吸を別の呼吸に変えてしまった。と、続けた。あ、それ蜜璃さんの事だな。恋の呼吸だったっけ、確かに炎って感じの人ではないもんなぁ。燃え上がる恋!って感じ。それも恋に恋してる感じの。

 力強い炎の呼吸に対して、恋の呼吸はしなやかな女らしい技が多いと記憶している。しなやか…かあ。身体の固い私には想像のできない領域だ。彼女みたいに柔軟したら少しはどんくさいのもマシになるかな。

 

「煉獄さん!俺を弟子にしてください!!あなたのような強さが欲しいんです!」

 

 煉獄さんの言葉に、暫く考え込んでいたあと、決心したように炭治郎が煉獄さんに向き直った。え、うそ?こんな展開になるの?

 

「うむ!いいぞ!!」

「えっ!?うそ?」

 

 あっさりと継子になる事を許可した煉獄さんに、炭治郎の隣で話を聞いていた善逸がぎょっとする。柱の継子になる事は通常こんなトントン拍子で進むものではないから当然だ。「やった~!!」と箸を持ったまま小躍りする炭治郎を座らせるのには少し苦労した。

 

 いよいよ明日、無限列車編が始まる。煉獄さんを助ける事ができれば、物語は大きく変化するだろう。絶対に一緒に戦って、そして勝つんだ。

 

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