ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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二章幕間 開けろ! カテナ教聖導師だ!

 

「ルティナさん。フジガサキさんは私が聖堂に行ってる間、ずっと動いてなかったんですよね」

 

「うん、そうだけど」

 

 回答を聞くと、ユリアがじっとルティナを見た。ルティナは僅かにたじろいだ。

 

「そうすると、ずっと起きてないってことになりますよね」

 

「確かに、そうだけど……」

 

 ユリアからの圧が少しずつ増えているようにルティナには感じられた。

 

「昨日も、確かフジガサキさんの部屋から気配が感じられなかったですよね」

 

「昨日の夜は寝静まってた。探索に疲れて早く寝たんだと思ったけど……もしかして」

 

「はい。嫌な予感がします。確認しましょう」

 

 そう言うとユリアは素早く鞭をホルダーに巻き付け、テーブルの上に置いてあった首輪と枷を懐に隠し、宿の通路へと出た。ルティナも剣を腰に身に着け、適当な布を左手に持ち、すぐにそれに続く。

 ユリアは通路に人がいないことを確認した後、無言で向かいの部屋の扉に耳を当てる。物音一つ彼女には感じられなかった。ルティナはその様子を見て、無言で自身を指差してドアを叩くモーションをした。ユリアが頷くと、ルティナが強くドアを叩いた。

 

「カイ、いつまで寝てるのっ! もうこんな時間だよっ! 起きなよ!」

 

 扉を叩く大きな音とともに、ルティナは藤ヶ崎戒と接するときの雰囲気を意識して大きな声を出した。

 しかし、返事はなかった。それどころか、室内で何かが動くような音が一切聞こえなかった。

 ユリアとルティナは顔を見合わせた。そして互いに頷いた。ユリアがドアノブを握った。

 次の瞬間、鍵のかかったドアは強引に破壊される。そして一瞬のうちのユリアが突入する。その後に続きルティナも部屋へと侵入する。

 

「いない……っ!」

 

「もぬけのから、逃げられたっ!」

 

 部屋の中には誰もいなかった。荷物一つない、とても宿泊中とは思えない部屋を前に二人は声を上げた。

 

「いえ、昨日どこかに泊まっていった可能性も……」

 

「どっかって?」

 

 ユリアは僅かに期待するような言葉を口にし、それをすぐにルティナが拾う。

 

「ミーフェちゃんの……あ、この足音――!」

 

 ユリアはルティナの問いに答えようとするが、途中で言葉を切ると部屋から顔を出し通路を見る。通路には赤髪の少女、ミーフェ・ホフナーが歩いていた。ミーフェはユリアと目が合うと、すぐに立ち止まった。そしてすぐさま身を翻し、来た道を戻ろうとした。

 

「ミーフェちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 ミーフェの後姿にユリアが問いかけた。慈愛の籠った声を聞き、ミーフェは一瞬体を震わせた後、背を向けたまま通路を走り出した。

 

 瞬間、通路に風が吹いた。逃げるミーフェとの距離をルティナが一瞬で詰め、すぐに片手を捻り上げ床へと抑え込んだ。ルティナはユリアが話しかけている間に部屋から出て、ミーフェが逃げ出したのと同時に駆け出していたのだ。

 

「ぐっ――!」

 

 赤色の髪の少女、ミーフェが苦しそうに声を上げようとするがそれは途中で掻き消された。茜色の髪の美少女、ルティナが持っていた布でミーフェの口を塞いだからだ。

 赤系の似た髪色を持つ二人の少女がもつれあう姿は端から見ると姉妹がじゃれ合っているようにも見えなくはない。勿論、近くで見れば片方は必死に抵抗し、もう片方は少し苛立ちながらも作業的に抑え込んでいるため、そのようには見えないのだが。

 ルティナはミーフェを無理やり立たせ、さらに腕を捻り上げながら押し運び、自身が泊っている部屋へとねじ込む。ミーフェは暴れるが、ルティナに抑え込まれ、碌に抵抗できずに部屋に入れられる。

 

 その間、ユリアは通路に人がいない事を確認し、藤ヶ崎戒の宿泊していた部屋の壊れた扉を閉めた。それが終わると、まるで何事もなかったかのような自然な動きで、ルティナに続き自身の宿泊している部屋に入り、ゆっくりと扉を閉め鍵をかけた。

 

 部屋の中では既にミーフェが床に組み敷かれていた。うつ伏せのミーフェの上にルティナが馬乗りになり、動きを抑えていた。もごもごと布を嚙まされた口から音が漏れる。それを見てユリアは部屋に置いてある魔道具の一つを起動した。密閉された狭い空間でのみ使える『消音』――その空間の音を外に伝達しにくくする効果を持つものだ。

 部屋に僅かな魔力が流れる。ルティナはその魔力を感じ取ると、ミーフェを組み敷いたまま、彼女の口を塞いでいた布を外した。一方で、馬乗りのまま動くことはなく、ミーフェは口以外の自由は取り上げられたままだ。

 

 ユリアはそれを確認すると、再び慈愛の籠った笑みを作りミーフェに向けた。立っているユリアが床に伏しているミーフェに向ける笑みは、高さの差があるためか、見下しているようにも見えた。少なくともミーフェはそう感じた。故にミーフェは一度ユリアを鋭く睨んだ。

 

「ミーフェちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 再びユリアの優し気な声がミーフェの耳を撫でた。そのことにミーフェは不快感と、何より恐怖を感じ、ユリアから目を逸らして黙ってしまう。数秒ほど沈黙が過ぎると、しびれを切らしたルティナが声を上げた。

 

「こらっ! ユリアちゃんの質問に答えるっ!」

 

 ルティナはミーフェの腕を強めに捻り上げた。ミーフェは抵抗するように体を暴れさせるが、ルティナにしっかりと固められており、抜けだすことができなかった。

 

「暴れないっ! 言う事聞かないと、もっと痛くするよっ!」

 

 一方で、ルティナはミーフェの無駄な抵抗が気に食わないのか、さらに締め上げを強くした。

 ミーフェは苦しそうな声を漏らした後、諦めたように体の力を抜いた。そうして、ようやくルティナも少しだけ力を緩めた。

 

「ミーフェちゃん聞いてもいいかな?」

 

 二人の動きを見守っていたユリアが再び口を開いた。

 

「……なに?」

 

 ミーフェは今の状況を打開することが難しいと悟り、仕方がないとばかりにぶっきらぼうにユリアに答えた。

 

「フジガサキさんはどこにいるか知ってる? ミーフェちゃんの部屋にいたりするのかな?」

 

「知らない」

 

 ミーフェはすぐに答えた。本当に知らなかったからだ。そもそもミーフェには今の状況が分からなかった。カイに会いにきたのに、気付けば二人に拘束され、こうして尋問を受けている。意味不明だった。

 しかし、ミーフェは偉大な探索者、今やることは分かっていた。

 第一に、隙を見て、この化物から逃げ出すことだ。この頭のおかしい化物はまたしてもミーフェを痛めつけようとしている。本当の賢者たるミーフェは化物を避ける必要があると知っている。逃げるわけではない。化物の相手をしてもリスクに見合わうリターンがないからだ。

 第二はカイについての情報を得ることだ。気付いたらいなくなっていた大切な副首領。ミーフェの知らない所で化物に襲われそうだったみたいだ。カイの部屋の扉が壊されたいたことにミーフェは気付いていた。カイがどこにいるのかは全然分からないが、化物がカイを襲おうとしているのならば、少しは情報を持っているはずだ。上手く情報を聞き出すのだ。この化物は知能が低いということは、本当の賢者たるミーフェには既に分かっていた。腕っぷしの強さだけでイキるのは三流だ。真の一流は知能で戦うのだ。

 あと、忘れていたが舐められないことも大事だ。交渉には強気で応じる。舐められたら終わりだ。

 ユリアがじっとミーフェの目を覗き込むように見た。ミーフェは恐怖から顔を逸らした。しかし、すぐにルティナがミーフェの顔を押えてユリアの方へと無理やり向けさせた。

 

「本当に知らない、むしろミーフェが聞きたいんだけど、赤いのたちはカイがどこに行ったか知ってるの?」

 

 答えながらもミーフェは内心で笑みを浮かべた。自然な形でカイの情報を聞き出す質問をした。賢者たるミーフェならではの振る舞いだ。今の状況の打開を狙いつつ、しかもミーフェの名誉をいい感じに守っている。愚かな化物には到底できない振る舞いだろうと、ミーフェは自分に感心した。

 しかし悲しいことに、化物はミーフェの質問を理解できなかったのか、ずっと薄ら寒い表情でミーフェを見ているだけだ。

 

「こんなに締め上げ無くてもミーフェ話すから、とりあえず、赤いのは降りてよ」

 

 仕方がないので、ミーフェはさらに言葉を口にした。

 状況を打開するための大きな一手だ。まずは自分の上に乗っている虎を下ろす。これは逃げる――いや、安全を確保するための起きな一手だ。虎は思ったより強者だ。格闘術に関してはミーフェよりも上かもしれない。

 まあ、ナイフを使えば最終的には自分が勝つが、密着した状態では自分が不利だ。ミーフェは賢者ゆえ、相手の力量を正しく認めることができる。変に調子に乗ったりはしない。まあ、ナイフを使えば最終的には自分が勝つが。

 

「ダメ、信用できない」

 

 しかし虎――茜色の髪の女はミーフェの言葉を拒絶した。思った以上に虎が臆病なせいで上手く交渉できないとミーフェは感じた。

 

「ミーフェちゃん。昨日は二人で探索したの?」

 

 ミーフェの思惑通りに進まない中、ユリアは慈愛の表情を浮かべながら問いを発した。

 どうやら、この化物は知能が低すぎて虎と賢者の会話を全く理解していないようだ、とミーフェは思った。化物と話していても埒が明かないと気付いた。前回は化物が野蛮すぎたため、仕方なく相手をしてやったが、今回は虎もいる。少々臆病だが、交渉相手としてはマシだ。少なくとも化物よりは。ミーフェは化物の質問を無視して、さらに手を打つことにした。

 

「赤いのが強いっていうのは分かったから。ただまあ、同じA級としてアドバイスするけど、強さは見せつけるもんじゃないから。同じ強さの持ち主を信頼するのも大事だから。それができなきゃ本当の強――」

「――話を逸らさないっ! ユリアちゃんの質問に答えるっ!」

 

 再び腕を捻り上げられミーフェは苦痛の声を上げた。ルティナはさらに力を込め、腕が折れる寸前まで締め上げる。

 

「ううぅ! 答える! 分かったから……探索した、探索。昨日、カイと遺跡に潜った」

 

 ミーフェは苦しそうにしながらもルティナの言葉通りにした。それを聞いて、僅かにルティナは力を緩めた。痛みが少しだけ引き、ミーフェは息を吐いた。

 

「探索はいつぐらいまでしてたかな? フジガサキさんとはいつくらいに別れたのかな?」

 

 ユリアはミーフェが苦しむ様を見ても表情を崩すことなく、同じような慈愛の笑みで、さらに質問を口にした。

 

「夕方まで。その後、ギルドに行って、カイとは別れた」

 

「昨日の夕方より後はフジガサキさんと会ってないの?」

 

「会ってない」

 

 笑みを崩さないままユリアは質問を続け、ミーフェはそれを不気味に思いつつも答えていった。ユリアはミーフェの従順な態度に満足したのか、一度小さく両手を合わせた。小さな音が部屋に響く。

 

「ミーフェちゃん、他にも色々聞きたいことがあるんだけど、教えてくれるかな?」

 

「……ミーフェ、そろそろ帰りたい。まあ、ミーフェが帰らないと、ギルドの連中が困るから。てか、今日予定あったし……」

 

 ミーフェ・ホフナーの本日の予定は、副首領と勝手に認定していた藤ヶ崎戒との反省会だった。故に今は予定は空いていた。

 

「そっか……」

 

 ユリアは小さく呟くと、ゆっくりとミーフェに近寄った。ミーフェは体を動かそうとするが、当然ルティナがその動きを抑える。

 そしてミーフェは逃げられないまま、ユリアがミーフェの目前まで近づいた。うつ伏せの状態のため、ユリアの足元がミーフェの目の前にあった。

 ミーフェが恐怖から緊張し始めると共に、ユリアはその場でしゃがんだ。そして両手でミーフェの両頬を包み込んで顔を少し上に向けさせた。ユリアとミーフェの視線が近距離で交わった。ユリアの慈愛を込めた笑みが、じっとミーフェを捕える。

 

「ミーフェちゃん。質問に答えてくれると、私、凄く嬉しいな」

 

 左手はミーフェの頬に添えたまま、けれど右手はユリア自身の腰元――そこに納まっている鞭へと触れた。ユリアの自然な振る舞いは、ミーフェの視線を誘導した。つまりミーフェもユリアの右手の先を見てしまった。

 

「分かった。答えるから……」

 

「ありがとう。ミーフェちゃん」

 

 お互いの立場が明確になった後、ユリアは次々とミーフェに質問をした。昨日の別れた時の藤ヶ崎戒の様子、渡した取り分の額、探索した遺跡、階層、探索中に起こった事、どうして今藤ヶ崎戒の部屋に来たのか、一通りの情報を得た後、ユリアは溜まっていた何かを吐き出すように小さく息を漏らした。複雑な感情が混ざり合ったそれを聞き、ルティナは気まずそうな顔でユリアを見た。

 

「……ミーフェちゃん。色々と教えてくれてありがとう。ルティナさんは何か聞きたいこととかありますか?」

 

「聞きたい事は聞けたと思うから、大丈夫だよ」

 

 ユリアと目が合い、ルティナは一瞬戸惑ったものの、できるだけ平常心を持ち彼女の問いに答えた。

 

「それなら一回アストリッドさんたちと合流しましょう。リュドミラ様とも話す必要がありますし……」

 

「そうだね」

 

 ルティナはそう答えると、自然な動きで布を手に取り、ミーフェの口を抑えた。突然のことにミーフェは驚き声を出そうとするが、くぐもった音だけが漏れた。

 

「ミーフェはどうする? 連れてっちゃう?」

 

 そして冷たい声でユリアに尋ねた。

 ユリアは困った顔をした。そして数秒ほどして、首を横に振った。それから、慈愛の籠ったかのような表情を作り、ミーフェに声をかけた。

 

「えっと……ミーフェちゃん。ミーフェちゃんのことはこれから解放してあげようと思ってるんだけど……いくつか約束して欲しいことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」

 

 ミーフェはすぐに首を縦に振った。ルティナの冷たい声からミーフェは察した。ここで、化物の言葉に逆らうのは自分の身を危険にさらすと。

 

「えっと、まず、ここであったことは他の人には内緒だよ。それと、これから先、私たちの邪魔はしたりしないでね。あと……ミーフェちゃんは、フジガサキさんを探したり関わったりしちゃダメだよ。分かってくれるかな……」

 

 三つの問いかけと一つの念押し、そのすべてにミーフェは頷いた。

 ユリアはじっとミーフェの目を見た。嘘がないかを見抜くように念入りに、じっと見つめる。ミーフェは目を逸らさなかった。ユリアは一瞬だけ暴力的な発想が頭に浮かんだ。しかし、すぐに、おかしなことを考えたと思い、その発想を遠くへ追いやった。

 

「ありがとう。ミーフェちゃん」

 

 そう言って、ユリアはルティナの方を見た。ルティナはミーフェの口を塞いでいた布を外した後、彼女の上から体を退けた。ミーフェは強制的なうつ伏せの状態から解放されたのだ。

 

 ミーフェは少し驚きながらも立ち上がった。そしてユリアを見た。

 

 『消音』の魔道具を停止させたユリアは、部屋の扉を開け、にっこりと微笑みミーフェに退室を促した。ミーフェは最初はゆっくりと動き出し部屋を出た。部屋を出た後、外から一度中を見る。ユリアと目が合うと、彼女は小さくミーフェに手を振った。

 ミーフェは駆けだした。今度はルティナもユリアも止めることなく、それを見送った。

 

 

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