ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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三章幕間 尊敬すべき師

 

 時間は藤ヶ崎戒がテチュカ近郊で吹雪に遭遇するよりも前に遡る。

 教会の支援を受けた探索者パーティーであるフェムトホープ――ユリア、ルティナ、アストリッド、マリエッタの四人と、リデッサス大聖堂の聖女たるリュドミラ。この五人は現在、藤ヶ崎戒を追ってミトラ王国の東、ヒストガ王国のリミタリウス遺跡街に訪れていた。

 彼女たちは、リデッサス遺跡街のギルドで乗合馬車の予約履歴を調べ藤ヶ崎戒の向かう先を見事に特定したのだ。五人は教会から借りた馬に乗り、リデッサスからリミタリウスまでの道を全速力で駆けた。聖導師のみが使える特殊な方法を使い、馬車よりも遥かに速く移動した彼女たち五人は、非常識な速さでリミタリウス遺跡街に入ると、馬を降りて二手に分かれた。

 ルティナ・アストリッド・マリエッタの三人はギルドや商館といった移動手段に関わる施設へ向かい、ユリア・リュドミラの二名は宿と市場いった生活に関わる施設を調べるためだ。

 ユリアは前を行くリュドミラの斜め後ろを歩きながら、自然と手は腰に納められた鞭に触れていた。

 

「そんなに鞭に触れていると恐ろしい聖導師だと思われてしまいますよ、導師ユリア」

 

 リュドミラは前を向いたまま、ユリアを見ることもなく、そんな言葉を口にした。僅かな動きの気配を読まれたのだとユリアは思った。

 

「すみません……リュドミラ様。少し緊張しているのかもしれません。ここに来るまでの間、リュドミラ様に悪魔憑きの危険性について教えて貰ったので……それで、つい手が」

 

「ふふっ、緊張ですか。それはそれは……ですがご安心下さい。先程、説明したように、この組み分けは戦闘も考慮したものです。二人がかりであれば、十分勝機は掴めます。ですから、もう少し気を緩めても構いませんよ」

 

 今回、二手に分かれる際の編成はリュドミラが考えたものだった。フェムトホープの四人に対してリュドミラは次のように説明をしていた。

 もし悪魔憑きと戦闘になった場合は聖導師二人がかりでなければ対応できない。中途半端に戦力を分散すれば、各個撃破される恐れがある。それほどまでに悪魔憑きは強い。また他の三人では聖導師の戦闘についてくるのが難しい。そのため三人は情報を集めることに専念し、聖導師二人は、『この街に藤ヶ崎戒が残っていた場合』遭遇しやすい市場や宿泊施設を調査する。仮に戦闘になっても二人がかりで制圧する。情報担当の三人が遭遇してしまった場合は一目散に撤退する。

 これがリュドミラが考えた編制とこの街での動き方だった。

 この提案は概ね受け入れられた。例の如くルティナはリュドミラの提案に懐疑的であり、ユリアもまたそこはことない不安を感じていた。

 

「ありがとうございます、リュドミラ様」

 

 感謝の言葉を述べつつもユリアは内心、何か不自然なような感じがした。それは詳しく言語化できるものではなかった。ただ、何となく、リュドミラの考えた組み分けの理由に違和感を覚えたのだ。何か、本当の事を隠しているような、そんな風にユリアは感じた。

 ふと、リュドミラが急に足を止め、斜め後ろ――ユリアの方を見た。緊張がユリアの中に走った。リュドミラを疑っている時にリュドミラが振り返ったのだ。心を読まれたのかもしれないと瞬時に思う。本来、人は心を読めない事をユリアは知っている。ただ、一方でユリアはリュドミラが人の感情を操作することができる聖なる術を持っているのではないかと考えている。今のリュドミラの動作でユリアの中での疑念がまた一段上がった。

 

「そういえば、導師ユリア。伝え忘れていたことがありました」

 

「はい……?」

 

「そう警戒せずに……これは導師ユリアにも良い話ですから。実は、今回持ち込んだ聖具ですが……強力なモノがいくつかあります。対悪魔憑き戦において重要な道具となるでしょう。しかし、一方で、扱いが少し難しいのです。ですから、あとで使い方を教えましょう」

 

 そう言って、リュドミラは花が咲くように微笑んだ。ユリアは少しがっくりとした気持ちになった。

 

「それは……えっと、ありがとうございます……あ、あの、今回、フジガサキさんの馬車の予約履歴を見て、ここまで追ってきましたけど……そのことでリュドミラ様に聞きたいことがありまして……」

 

 何となく気まずくなったユリアは話題を変えるために気になっていた事を口にした。

 

「何でしょうか。私の分かることでしたら、お答えしますよ」

 

「えっと……これは、私の考えすぎかもしれないんですけど、フジガサキさんが偽名を使ったって可能性はないですかね……?」

 

「偽名、ですか?」

 

「はい……そのリデッサス遺跡街で予約するとき偽名で、たとえば西側のアルティトゥード王国に向かって。それでフジガサキさんの名前でヒストガ王国行きの馬車を予約する。そういったことをしてたり……なんてことはないでしょうか……? もしそうだとすると、フジガサキさんはこの街にはいないですし、それどころか、この街を通ってもいない。私たちは正反対の方向に誘引されてるかもしれないです。その、考えすぎ、でしょうか……?」

 

「……随分と用心深いのですね」

 

 リュドミラはユリアの質問には答えなかった。

 

「えっと、はい、その、そうかもしれないです」

 

「それは、悪魔憑きを狩る上で有用な特性でしょう。しかし……そうですね。これを話すべきか悩みましたが……導師ユリア、あなたにならお話しましょう」

 

 間を取るような話し方をするリュドミラに対してユリアは真剣な目を向けた。何か重要な事が聞けるかもしれないと思ったからだ。

 

「馬車の予約履歴をフェムトホープの方々が調べていましたが……実を言うと、私もまた独自に調べていたのです。聖なる術を使い、悪魔憑きがリデッサス大聖堂よりも東の地に逃げた事を知りました。念のため言っておきますが、フェムトホープの調査を疑っているわけではありません。私もあなたと同じで用心深い面があるのです」

 

 リュドミラの告白を聞き、ユリアが最初に感じたのは驚きだった。それはリュドミラがこっそり調査をし、それを共有しなかったことへの驚きではない。聖なる術の力の強さに驚いたのだ。

 

「そうだったんですか……『導き』の能力を使っていたんですね。あの状況でそこまで精度が高い『導き』を使えるんですね……」

 

 未来を知ることができる聖なる術――『導き』は条件次第ではかなり高い精度で予知を行える。しかし、どこにいるかも分からない人の居場所を知るとなると並大抵の出力では叶わない。確信を持って東と言えるだけでもかなりの精度の持ち主だ、とユリアは思った。

 

「常に使えるわけではありません。『導き』の能力は条件次第で使える時も使えない時もあります。たとえば今使って、悪魔憑きの精確な位置を知ることはできないでしょう。導師ユリアも既に知っているとは思いますか、『導き』は特に制御が難しく『昇華』のリスクもあります。何度も使うことはできないということは念頭に置いて下さい」

 

 『昇華』、それは聖なる術の唯一の危険性だ。

 聖なる術は一般にコストがない優れた術といわれている。しかし、それには一つ大きな秘密が隠されていた。聖導師しか知らない秘密。聖なる術は使用することで失うものはない。しかし得るものがある。それが『昇華』だ。

 聖なる術を使用すると聖導師は『昇華』と呼ばれる独特の感覚を得る。『昇華』は特殊な感覚であり聖導師によって感じ方が違うが、概ね頭が冴えているように感じられるらしい。偶に不快に感じる者もいるが、殆どがプラスか、またはプラスでもマイナスでもない感じ方をする。そして『昇華』は時間経過で自然と抜けていく。

 ただし、自然に抜けるスピードよりも短い間隔で聖なる術を使ったり、一度に大きな出力を使う力を使用すれば、短時間で多くの『昇華』を得る。大量の『昇華』を得た聖導師は、『昇華』を得る毎に頭の中が冴えていき、心身ともに能力が向上し、そして最後は突然意識を失う。意識を失ってからは自然に回復するまでは決して目を覚まさない。回復するまでにかかる時間はそれまでに溜まった『昇華』次第だが、長ければ十数日も意識を目を覚まさないこともある。それが『昇華』の危険性だ。

 どのくらい聖なる術を使用すると意識を失うか――つまり『昇華』の許容範囲は聖導師によって異なる。

 

「はい……それは、もちろんです。ただ状況次第で使える術ではあるんですよね……あっ! その、『昇華』のリスクを低くみてるわけじゃなくて……その、私は全然『導き』が上手く使えないので、『導き』を使った追跡はできないと思ってたんです。ただ、リュドミラ様がある程度できるということなら、それも踏まえ上で戦略を立てられるんじゃいかなって思いまして。無理をしてもらうとかは全然考えてないです……!」

 

 リュドミラが『導き』を全力で使えば藤ヶ崎戒の居場所の特定は可能かもしれないが、特定できてもできなくても『昇華』によりリュドミラが意識を失う可能性がある。意識が回復しない以外は体に悪影響を及ぼさないとはいえ、藤ヶ崎戒を追跡している中で聖女であるリュドミラが行動不能になるというのは大きな問題ということはユリアも当然理解していた。勿論、リュドミラ一人に負担を押し付けるような戦略は立てることは感情面でも納得できないという思いもあったが。

 

「導師ユリアは『導き』が苦手でしたか……ふふっ、そうでしたか。むしろ得意な方かと思っていました。少し意外です」

 

「えっと、リュドミラ様ほど正確な予想はできないですし、たまに視えることはありますけど……その、昔、まだ師匠の下で修行していた時、『導き』の訓練のとき、よく意識が飛んでしまって……」

 

 聖なる術の中でも『導き』は出力が上がりやすく、本人の許容量を超える『昇華』を得やすい。そのため制御に失敗すると一発で意識を飛ばすことが多い。特に若い聖導師が未来を予知しようとして起こることが多い。ユリアもその一人だった。

 

「熱心な師弟だったのですね」

 

「そう、かもしれないです。少なくとも、師匠は私よりずっと優れた聖導師だったと思います。まあ、その、聖女になられたリュドミラ様ほど飛び抜けた方ではないとは思いますけど……でも、私よりずっと聖なる術にも秀でてて、優しい方でした」

 

 リュドミラの問いに対して、ユリアは少しだけ答えに詰まったが、すぐに別の言葉を繋げた。『熱心』という言葉を何となく避けたいとユリアは感じたのだ。自身の師匠は優しかったが『熱心』と形容するのは少し違うとユリアは思ったからだ。

 

「それはそれは……素晴らしい師に巡り合えたのですね。導師ユリアの優秀さも師からの譲りモノということでしょうか?」

 

「それは、どう、でしょう……? そうだといいとは思いますが……あっ! その、リュドミラ様のお師匠様は、どんな方だったんですか……?」

 

「私の師ですか。ふふっ、聞いてしまいますか?」

 

「あ、その、すみません。聞いてはいけないことでしたか……?」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。ただ、どう話すべきか少し悩ましい所ではあったので。そうですね。私には師が二人いるのです。どちらの師について話しましょうか?」

 

「え? 二人? その、そういうことってあるんですか? あまり聞いたことがないですけど……」

 

「公的な師は一人だけです。ですが、その師がある時、悪魔憑きとの戦いで――」

 

 そこで言葉を切るとリュドミラはユリアをじっと見つめた。数秒ほど無言でいるリュドミラに耐えられなくなりユリアが口を開く

 

「えっと、その、それで、お師匠様はどうなったんですか?」

 

「残念ながら……とても強力な悪魔憑きでしたので」

 

「それは――、そのすみません。辛い事を聞いてしまって」

 

「いえいえ。もう済んだことですから。それよりもこの話には続きがありまして――」

 

 まるで全然気にしていないようなリュドミラの反応を見て、ユリアは不自然なものを感じたがそれは口にしなかった。

 

「――当時たまたま、近くにいた聖女が、その悪魔憑きを狩ったのです。私は、その聖女に教えを乞いました。短い間でしたが、彼女から与えられた物は忘れられません。そういう意味で、彼女のことを私は二人目の師のように思っています」

 

 公的な師の話をしていた時のリュドミラの態度は淡々としたものだった。しかし今は違った。どこか恍惚の表情で二番目の師について語るリュドミラを見て、ユリアは得体の知れない寒気のようなものを感じた。

 

「そうだったんですか……それで二人のお師匠様が。しかも二人目の方は聖女様だったんですね。リュドミラ様が聖女様になられたのも、そういったことが影響しているのでしょうか……?」

 

「ええ。あの方に近づきたいという想いで修行に励み、聖女になりました。あの方に出会わなければ聖女にはなれなかったかもしれません」

 

「リュドミラ様は強い方なんですね。お師匠様が亡くなられても、修行を続けて、そしてこうして聖女にまでなっていて……」

 

 ユリアの言葉を聞き、リュドミラは意味深に微笑んだ。ユリアの背筋に悪寒が走った。すぐにユリアは言葉を間違えたかもしれないと感じた。何か取り繕う言葉を口にしなくてはとまでユリアが考えたところで、先にリュドミラが口を開いた。

 

「ところで、導師ユリア。この際ですから、一つ大切な事をお話しましょう」

 

――それは急な言葉だった。

 

「はい……?」

 

 ユリアは何となく、予想できない方向からリュドミラが言葉を放つのではないかと思った。

 

「悪魔憑き、です」

 

 リュドミラの艶めかしい声がユリアの耳に触れた。

 

「え……?」

 

「フジガサキさん、ではなく悪魔憑きです。間違いないように」

 

 聖女としての注意の言葉だろうか。それとも最初の師匠のことを思い出したからだろうか。どちらなのかユリアには分からなかった。

 ただ、どちらだったとしても不自然なようにユリアには思えてしまった。なぜかというと、今のリュドミラは義務を宿しているわけでも復讐の囚われているわけでもなく、ただただ娯楽を愉しんでいるようにユリアには思えてしまったからだ。

 しかし、ユリアはその考えを捨て、すぐに表情を取り繕って慌てたように口を開いた。

 

「あっ……! はい、その、すみません……」

 

 驚いたようなユリアの態度にリュドミラは微笑み、そして二人は調査を進めるのであった。

 

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