ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい 作:こふし無双
調査の結果、聖導師組は藤ヶ崎戒と遭遇することはなく、また情報を得ることもできなかった。
しかし、アストリッド達三人は大きな成果を得た。藤ヶ崎戒がギルドに足を運び、北の街フリギダムへの馬車に乗ったことが分かったからだ。
馬車の発車履歴から、藤ヶ崎戒はここリミタリウス遺跡街に着いた日のうちにフリギダムの街行きの馬車を確保しているということに対して、五人はそれぞれの反応を見せた。ユリアは行動計画の素早さと的確さに驚き、ルティナは自分たちの上を易々と行く藤ヶ崎戒の自慢げな表情を想像し怒り、アストリッドは迷いのない行動から強い意志を感じ取り今後を不安視し、マリエッタは何だかよく分からないことになっていると頭を捻らせた。そしてリュドミラはそんな四人を余裕のある笑みで眺めていた。
ともあれ、五人はリミタリウス遺跡街で消耗品の補充等を行うと、素早く準備を済ませ北の街フリギダムへと向かった。
四騎が草原を駆け林道を抜け北の街へと進む。五人のうちマリエッタの乗馬技術は他の四人に比べて拙く、彼女は現在リュドミラの馬に乗っていた。最初はアストリッドの馬に乗せてもらっていたが、速度が落ちてしまったため、途中からリュドミラの馬に乗り換えたのだ。四騎の中でリュドミラの馬が最も速く、そして最も強かった。いや、正確に述べるならば、最も速くされ最も強くされた馬だった。
リュドミラは『癒し』の力を使い、馬の体力を強化しながら駆けていたからだ。リュドミラの馬は走ることによって疲労するペースよりも回復するペースの方が遥かに速かった。故に休むことなく走り続けることができる。少なくとも体力面に関しては。全速力では一日に数キロ走ることが限界であるはずの馬が何十キロも休みなしで走らされる。リュドミラは最も馬を酷使していた。
一方で他の三頭の馬は幸運にも休みが与えられた。全速力の移動のため、数キロ走る度に休憩が挟まれた。休憩の際、三頭の馬にユリアが『癒し』の術をかけていくことで、再び走れるようになった。なお、この際、三頭の馬の騎手――ユリア・ルティナ・アストリッドとマリエッタの合計四人は馬と一緒に休憩を取っているが、リュドミラだけは休憩を取らなかった。聖女であるリュドミラの強化された肉体は殆ど休みを必要とせず、また『癒し』の力は馬だけではなく彼女自身にも及ぶ。故に彼女に休みは必要なかった。
リュドミラはフェムトホープの四人が休憩している間、馬とともに一人で道を先行し道の状況や周辺の環境の確認をし、休憩時間が終わるころにはユリアたちの下に戻るということを繰り返していた。フェムトホープの四人は聖女であるリュドミラに斥候のような仕事をさせることに最初は気まずさを感じていたが、今ではリュドミラの乗る馬に対して気まずさを感じていた。リュドミラが休まないので彼女の馬も休めないのだ。ユリアはリュドミラの馬がどこか悲しそうに遠くを見ているように感じられた。
なお、もしこの場に馬を扱う者がいればこう言っただろう「いや、ユリアも十分に容赦がないと」。ユリアも休みを与えているとはいえ、当然のように三頭の馬に『聖なる術』を用いて、本来の馬の限界以上に走らせているからだ。勿論、ユリアもリュドミラも優れた『癒し』の使い手だ。故に馬に潰すようなことは一切していない。むしろ体力面では一般の騎手が乗るよりも余裕があるくらいだ。ただ、それでも本来ならば一日一回が限界な行動を短時間で何度も繰り返させるリュドミラとユリアの行いは、どこか悍ましいように感じられる者もいるだろう。
しかし、この聖なる術を使った酷使戦術により五人は非常識な速さで移動することができていた。馬車を使って移動する藤ヶ崎戒の数倍以上の移動速度であった。
リミタリウス遺跡街の北――フリギダムの街にたどり着き、リュドミラとマリエッタが馬から降りた時、強化を施されていた彼女の馬は勢いよく駆けだそうとした。しかし、すぐにリュドミラに手綱を掴まれ阻まれた。リュドミラは馬と目を合わせ微笑みながら、片手で手綱をしっかりと握り、もう片方の手で馬の体を撫でた。そうすると、しぶしぶと馬は暴れるのを諦めた。残る三頭の馬は休憩があったためか、特に暴れることなく騎手に従った
馬に関しては御しきることができた五人であったが、肝心の藤ヶ崎戒の捜索は全く進まなかった。リミタリウス遺跡街と同じように二手に分かれて情報を集めるも、成果は全く出ずに夜を迎えてしまった。馬を酷使してまで短縮した移動時間の全てを情報収集に注ぎ込んだが結果が出なかったのだ。もしリュドミラの馬に人と同じような感情や思考があったならば、強い怒りや悲しみ、徒労感を感じたかもしれない。
さらに翌日も一日中フリギダムの街で情報収集を行ったが、五人は何も得ることができなかった。まるで、この街で藤ヶ崎戒が消えてしまったかのように、彼の情報は何一つなかったのだ。ユリアは何かがおかしいと感じていた。何か大きな間違いを思い違いをしているのではないかとう感覚がユリアの中で大きくなっていく。そんな感覚をユリアは持ちながらも定期的な進歩報告として他の四人と話し合う。
しかし話し合っても情報が全くないため報告することも少なく、アイディアも出ない。詰まるような息苦しさを感じたユリアは前々から考えていたことを口に出した。
「あの……実は、前々から思ってたことがあって……その、もしかしたらなんですけど、フジ……例の悪魔憑きが偽名を使ってたりしないでしょうか……? リュドミラ様には前少しお話したかもしれないですけど、偽名を使って、こっちを攪乱しようとしているかもしれないです」
ゆっくりと自信無さげに喋るユリアであったが、内心では確信のようなものがあった。もし自分だったら偽名を使って逃げるのではないかと思った。そして彼であれば、きっと自分と同じような行動を取るのではないかと感じたのだ。
「偽名? でもリミタリウス遺跡街のギルドでカイさんは自分の名前で馬車を取ってたよ!」
マリエッタがすぐに反論を口にした。リミタリウス遺跡街のギルドで、藤ヶ崎戒と同じ見た目の人物が『藤ヶ崎戒』の名前でフリギダムの街へ向かう馬車を予約していた事――それを突き止めたのはマリエッタ・ルティナ・アストリッドの三人だ。
「えっと……それは二通り考え方があって、あ、三通りあるかも……その、マリエッタさん。私は、悪魔憑きの行動が三通りあると思うんです。えっと、一つは今マリエッタさんが言った通り、リミタリウス遺跡街のギルドで馬車を確保して、このフリギダムの街に来ている説です。それで、この街から偽名を使い始めてどこかに移動したという考え方です。その場合は、流石にもうこの街にはいないと思います。昨日から街中探していないので、この街に来ていたとしても別の街に移ってると思います。これが一つ目です。それで二つ目ですけど――」
「でも! 今日探すときはカイさんの見た目とか特徴も――」
「――口を挟まないの。まだユリアちゃんが喋ってるでしょ!」
ユリアが二つ目を話すよりも前にマリエッタが口を挟もうとするが、途中でルティナに口を抑えられる。マリエッタはジタバタと暴れてみせるが、力勝負でルティナに敵うはずもなく、途中で諦めて、ルティナの肩をタップし降参を告げる。ルティナは仕方がないとばかりに口を抑える手を放した。そんな二人の様子にユリアは曖昧な表情を見せた後、再び説明を続ける。
「それで、二つ目ですけど、リミタリウス遺跡街で既に偽名を使っていたという説です。これは結構厄介な可能性で……えっと、具体的な例になりますけど、たとえばリミタリウス遺跡街では『フジガサキカイ』という名前で悪魔憑きが行動します。それで、フリギダム行きの馬車を確保した後、それには乗らずに、偽名を使って別の馬車に乗ったっていう考え方です。なので、これをされてると、私たちが調べるのはここフリギダムじゃなくて、リミタリウス遺跡街になるんだと思います。正直、リデッサス遺跡街で普通に『フジガサキカイ』の名前を使ってリミタリウス遺跡街まで来て、それで、リミタリウス遺跡街でもその名前で行動して、急に偽名で馬車を取る、しかも『フジガサキカイ』の名前で別の街に誘引するっていう手段は、手が込んでて、こっちを本気で攪乱させようって考えてると思います」
ユリアは二つ目の説を口にした後、すぐに藤ヶ崎戒の所業についての感想を付け加えた。これはリミタリウス遺跡街で藤ヶ崎戒の情報を拾った三人を責めないことを示すためだった。
もしこの説が正解であったならば、現状の成果が出ない原因は三人がまんまと偽情報に引っかかったからということになる。厳しく見れば、商会やギルドを探った時、藤ヶ崎戒らしき見た目の持ち主が偽名を使ったことに気付くことだってできたかもしれないのだから。
しかし、それを指摘するのは酷だとユリアは思っていた。実際ユリアはこの説通りであれば、藤ヶ崎戒の巧妙な計画に引っかかってしまうのはしょうがないと思っている。むしろ、短期間でこの計画を考えたかもしれない相手の方が一枚上手だったのだろう。
勿論、二つ目の説が絶対的に正しいとは限らず、一つ目の説か、もしくはこれから説明する三つ目の説か、はたまた自身には思いつかないような説が正解という可能性もあるとユリアは考えていた。
そして、ユリアは四人の反応を伺いながらも、最後の説を口にする。
「それで、最後に三つ目で……これはさっき思いついたんですけど、途中で馬車を降りたっていう説です。これは偽名とは直接関係ない……あ、でも関係なくもないか。あ、いや、でも、……すみません、えっと三つ目の説ですけど、これはリミタリウス遺跡街からフリギダムの街に来るまでの途中の街で馬車を降りたっていう説です。最初の降りるって決めた街より遠くまで乗せて貰えるかは状況次第ですけど、それよりも前の街で降ろしてもらうのは簡単にできると思います。だから敢えて本当に降りる予定の街よりも遠くに行くように予約する、それで、実際に乗る時は本当に降りる予定の街で降りる。馬車代が余計にかかっちゃいますけど、ミーフェちゃんからお金を貰ってるみたいですし、それに元々、例の悪魔憑きはクリスクにいた時から大金を得ています。なので、この説も十分あり得ます。あとこの説は偽名を使ってても使ってなくても使える方法なので、今後は『途中で馬車を降りて別の街にいる』可能性も追う必要があると思います」
そこまで言うとユリアは他の四人をそれとなく見回した。察したルティナがすぐに口を開いた。
「ユリアちゃんはどの説が一番ありそうだと思ってるの?」
「全部ありそうだと思いますけど……すみません、根拠はないんですけど、二番目の説――フリギダム行きの馬車にはそもそも乗って無かったんじゃないかと思ってます」
「それなら、商会に確認して馬車代を払ったけど、乗らなかった客がいたかどうか試してみるのはどうかな?」
「実はもうやったんですけど……商会はお金が入ればいいみたいで、そこまでは確認してないみたいです。御者なら分かるかもしれないとは言っていたんですが、その時の御者はすぐに馬車で別の街に行ってしまったみたいで……」
「そっか、それだと確認はできないね……」
「はい! 質問!」
マリエッタが勢いよく手を挙げた。本当はそんな事をせずにすぐに疑問を口にしたかったが、それをやるとまたルティナに邪魔されると思い、逸る気持ちを抑えたのだ。
「なんでしょう、マリエッタさん」
「ユリアの説は分かったけど! それで、どうする感じなの? 結局、今、カイさんはどこにいるの?」
マリエッタの質問を受け、ユリアは内心、少しペースが乱れたかもしれないと感じた。しかし、すぐに自分の考えた『ある解決策』を口にする流れを作ることにした。
「えっと、どこにいるかは分からないです……ただ、こんな風に攪乱されてる状況だと、足取りを掴むのは難しくて……一応、案としては三組に分かれて、この街と、リミタリウス遺跡街と、道中にある街を、並行して調べるって方法はあります。上手くいけば悪魔憑きが逃げた場所が分かるかもしれないです……ただ、この方法は連絡を取り合うのが難しいです。一応その対策も考えたんですけど、欠点も多くて……」
そこでユリアはチラリとリュドミラの方を見た。リュドミラはユリアの視線を受け止めると、意味深な笑みを浮かべ口を開いた。
「何か、私の力が必要ということでしょうか?」
ユリアはどう切り出すべきか僅かに悩み、少し遠回りな方法を選ぶことにした。
「……はい。えっと、その今考えてる案なんですが……リュドミラ様に色々とお願いすることになりそうです。具体的には、まずリュドミラ様にはルティナさんとマリエッタさん、アストリッドさんと馬三頭を連れてリミタリウス遺跡街の方に行ってもらいます。それで、途中の街でマリエッタさんとアストリッドさんと馬二頭を降ろしてもらいます。そこで二人には途中の街で悪魔憑きの情報を探してもらいます」
そこでユリアは一旦視線を名前の挙がった二人の方へと向けた。マリエッタは『ようやく分かる話が来た』とばかりに頷いた。一方でアストリッドは小さく頷きつつも、何となくユリアが考えている『本題』はまだ先なのではないかと予想し始めた。
「その後リュドミラ様はルティナさんと一緒にリミタリウス遺跡街まで行ってもらって、そこで二人で悪魔憑きの情報を探ってもらいます。それで私はこのままこの街で悪魔憑きの情報を調べます。この流れでリュドミラ様にお願いしたいのは馬の管理です」
そう言ってユリアはリュドミラの方をじっと見た。リュドミラはほんの少し、本当に少しだけだが、馬を酷使したことを責められているのかと思った。ユリアはそんなリュドミラの感情には気付かずに話を続ける。
「リュドミラ様がいる時は私たちは非常に速い速度で移動できます。これで、四人は迅速に目標となっている街に行く事ができます。あと、これは連絡手段にも使えると思っています。早馬よりも速いですから、リミタリウス遺跡街で悪魔憑きの新しい情報を手に入れたらリュドミラ様にはこの街に戻ってきてもらいます。戻り次第、今度は私とリュドミラ様でリミタリウス遺跡街に移動します。この時、道中でマリエッタさんとアストリッドさんと馬二頭を回収します。逆に私がこの街で新しい情報を見つけたら私がリミタリウス遺跡街まで行って、五人でこの街に戻ってきます。マリエッタさんとアストリッドさんが情報を拾った場合は……その時はアストリッドさんが馬二頭を交互に使ってできるだけ速く私かリュドミラ様の近くにいる方と合流してもらいます」
そこでユリアは一度言葉を区切った後、最後に必要そうな言葉を付け加える。
「あと、進展が全くない場合ですが、その時はある一定の期日を設けて……たとえば三日経過したら私が道中でアストリッドさんたちと合流しながらリュドミラ様の下へ……あ、いえ、それだとすれ違いになりそうですね。リュドミラ様の方が速いので、進展がない場合はリュドミラ様に動いてもらおうと思います。それで、期日を過ぎた場合はリュドミラ様以外は新しい情報を得ても動かずにリュドミラ様を待ちます。とりあえず、こういった形の案があります。ただ、やっぱり色々と欠点があるので、他にもっと良い案があれば別の案もいいと思います。ただ、この街でこれ以上探しても見つかるかどうか怪しいと思ってます……」
そう言ってリュドミラを見た。ユリアは内心では今口にした案はそこまで重要ではなかった。
勿論、最悪の場合はこの案が採用されても良かった。組み分けとしてもリュドミラにルティナを付けることができる、それが重要だった。欲を言えば、『より怪しい』とユリアが考えているリミタリウス遺跡街の方に自身と経験豊富なアストリッドで行きたかったが、そうすると馬が苦手なマリエッタを一人で道中の街に置くことになる。故にできなかった。
また自分とリュドミラ・ルティナの持ち場を逆にすることも考えたが、比較的移動が多い所にリュドミラを置いた方が全体の効率が上がるし、何より提案が自然になると思ったので、この組み合わせにした。比較的、自分にとって都合が良く、それでいて情報を集められる組み合わせだった。
――ただ、この案はユリアにとってそこまで重要ではない。もっと良い『解決策』がユリアの目の前に転がっていたからだ。
「なかなか興味深い話ですね、導師ユリア。しかし、複雑な計画に思えます。それに効果のほども未知数です。対案を出す訳ではありませんが、もう少し具体的な効果が見込める計画の方が良いのではありませんか」
「具体的ですか……」
ユリアは少し困ったような顔をした。しかし内心では、良い流れが来てると思っていた。
「ええ、複雑な計画でも、効果がはっきりと表れるならば、良いでしょう。しかし、効果が少し見えにくいように私には感じられます。現状成果が出ていない以上、具体的な解決策が望まれています。勿論、簡単に出せるモノではないでしょう。私自身、どのような意見を口に出すべきか悩んでいます。それ故、意見を出せるだけでも導師ユリアの行動はとても素晴らしいモノだとは思います。けれども、複雑な計画は全体の効率を落とします。私としては賛同しにくいモノです。もう少し、この街で五人で捜索を続けた方が良いように私には感じられます」
穏やかな笑みを浮かべ、それでいて丁寧な態度でリュドミラはユリアに話しかけた。しかし、内心では少し醒めていた。リュドミラはユリアの優秀さに期待していたのだ。
ユリアは内心の歓喜を悟られないようにしつつ、言葉を選ぶ。
「えっと……そうですね。複雑じゃなくて、成果……あっ……!」
そして、タイミングを見計らい、何かに気付いたような雰囲気を出す。
「あの……それなら……その、もしできたら、リュドミラ様……『導き』の能力を使って頂くことはできませんか……?」
そして、最も提案したかった『解決策』を口にした。
「『導き』ですか。確かに成果は出るかもしれませんが、何の成果も出ないまま、時間だけが過ぎてしまうかもしれませんよ?」
『導き』の能力を使えば藤ヶ崎戒の居場所は分かるかもしれないし、分からないかもしれない。しかし精度の高い予知を試みれば『昇華』により、リュドミラは数日間行動不能になる。リュドミラはユリアにそういったニュアンスを込めて言葉を告げた。
「このまま何もしないよりは、ずっと良いと思いますし……きっと私の考えた案よりもリュドミラ様の予知の成功率の方が高いと思います……リュドミラ様が言う成果を一番出せる方法なんだと今は考えています……その、リュドミラ様に負担をすごくかけてしまうんですけど……ただ、この方法が今では一番良いと思っていて、お願いします……!」
ユリアは最初からリュドミラに予知をさせたかった。ここまでの話の流れはこれを言うためのものだった。勿論、リュドミラが断った場合は、先ほどの案でも良いと思っているし、別の誰かがもっと良い方法を提案できるならそれでよいと思っている。今、この街でこれ以上時間を浪費するのを避けたかったのだ。
「『昇華』のリスクの話は少し前にしたばかりだったと思いますが……ふふっ、馬を酷使するのは
リュドミラは内心、これはこれで構わないと考え始めていた。本当を言うと、もう少しユリアと共に過ごして彼女に聖なる術や聖具について色々と教えることができれば考えていたが、ユリアが悪魔憑きを捕まえるための手段として自分を利用しようという考えがあるなら、それでも良いと思っているのだ。リュドミラにとって藤ヶ崎戒の居場所を知ることなど簡単なことなのだから。
ただ一方で、馬の酷使術を見せてから、時折ユリアが向ける視線が気になったのも事実であった。
「え……いえ、その、それは、すみません。リュドミラ様を酷使しようとは思ってなくて……でも、そう見えますよね……あの、リュドミラ様が嫌なようでしたら、全然大丈夫です。他の方法を探します。ただ、もし、できれば、やって欲しくて……この方法が今取れる手段の中では、一番確実だと思うんです。あと、その、馬のことは仕方がないことだと思ってます。むしろ、リュドミラ様のおかげで移動がだいぶ楽になりましたし、馬も常に元気そうでしたから……その、こ、酷使はしてなかったと思います、よ……?」
前半の言い訳はユリアとしては本心に近かった。リュドミラを酷使したいわけでもないし、別の手段を使ってもいいと思っていた。ただ、今はリュドミラに頼るのが一番良い手段だと考えたのだ。
一方で後半、馬の件に関しては、まさに言い訳だった。第三者が見れば、酷使しているように思われるのではないかと考えていたからだ。ただ、これもリュドミラを責める気はなかったのだ。そのためユリアは馬の話を急に持ち出されて少し混乱したのだ。
「……そこまで言うのでしたら、構いませんよ。しかし、二つ条件があります。よろしいですか?」
リュドミラの了承のような言葉を聞き、ユリアは内心で上手くいきそうだと笑みを浮かべる。
「はい、それは勿論です」
「それでは、まずお話することは、予知の精度についてです。予知しようとする内容によっては間違った結果を引き出すことがあります。また、上手く予知できないこともあります。それを前提で考えて欲しいのです。予知したい内容に関しては後で皆さんと詰めて考えましょう。それと、予知をするときは必ず一人にして下さい。見苦しいところを見せたくはありません。意識を失っている間もです。ですから、私が部屋から出るまで誰も入らないように」
フリギダムの街において、藤ヶ崎戒を追う五人は聖堂ではなく一般の宿泊施設で部屋を借りていた。
この街はヒストガ王国北部に位置しているためカテナ教の影響力が少なく、また街そのものの規模も小さいため、都合よく寝床を提供してくれる聖堂が無かったからだ。そして、部屋は隣り合う二室を確保していた。割り当てはリュドミラとユリアの聖導師組と、アストリッド・ルティナ・マリエッタの三人組だ。現在の話合いは三人組の借りている部屋で行っていた。
「えっと、予知の内容の件は分かりました。ただ、その、意識を失ったリュドミラ様を一人にするのは、ちょっと……何かあったら良くないですし、私が近くにいちゃダメですか……?」
部屋を追い出されることを恐れた、ということではなく、純粋に心配する気持ちと、そして疑う気持ちからユリアはリュドミラに願い出た。
「導師ユリア相手であっても見苦しいところを見せたくないですし、事前に扉や窓、壁は補強しておきます。危険はないでしょう。それに隣の部屋ですから、もし何かあったら助けてもらえるのでしょう?」
「それは勿論です」
「ふふっ、それでしたら構いませんね? 安心してください。そう長くはありません。三日以内には意識を取り戻すはずです」
「三日ですね。分かりました。もし、三日を過ぎてリュドミラ様が目を覚まさなかったらどうしますか?」
念のためといった風にユリアが尋ねた。
「そういったことはないと思いますが……どちらにしろ、私が自然に意識を取り戻す他ありませんから……ただ、そうですね、四日目になっても目が覚めないようであれば置いて行ってしまっても構いませんよ。その時は導師ユリアを中心に纏まってください」
「その時は目が覚めるまで待ちます」
ユリアの誠実そうな顔つきを見て、リュドミラは愉快そうな笑みを浮かべた。
「そう言われると十日くらい部屋に籠ってしまいたくなりますね」
「えっと……」
ユリアは困ったような顔になった。
「冗談ですよ、導師ユリア……というわけで、私が一人になれるように、導師ユリアは部屋の移動をお願いします。それと先ほども申し上げましたが、皆さんには予知の内容の決定を」
それから五人で話合い予知の内容を決めた。それは藤ヶ崎戒が今、どこにいて、そして何という名前を使っているかだ。本当は数日先の未来の方が良いのではないかという提案もあったが、近い未来の方が予知の精度が上がるということから、直近の未来を『導く』こととなった。
そして、ユリアが自分の荷物を隣の部屋からルティナたちの部屋へと運び込んだ後、リュドミラは隣の部屋に籠った。
※
それから三日後、リュドミラが部屋から出て来た。そして、次のように告げた。
――悪魔憑きはヴィアダクタの街の宿でリヒャルトという偽名を使い宿泊した、と。