ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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三章10話 『再分配』

 

「……いない、よ」

 

 正直に答える。不味いな、これは断りにくい流れだ……どうしようと考えている間にもリーシアは言葉を口にしていく。

 

「……!! そ、そう…………その、だったら、良い、わよね。さ、最初だけ、ちょっとだけなら――」

「――!! リーシア様っ!」

 

 しかし、リーシアの言葉は突然ルミに遮られた。ルミはリーシアの袖を掴んでいる。俺は突然の割り込みに驚き、ルミとリーシアを交互に見る。ルミは苦しみつつも必死な表情でリーシアの袖を掴み、リーシアはハッとしたような顔で目に涙を貯めていた。

 

「そ、そうよね……ごめんね、ロラン……ごめんね、ルミちゃん」

 

 それだけ言うとリーシアは、ふらふらと別の部屋の方へと消えていった。

 

「え?」

 

 俺は疑問の音を上げながら、リーシアの向かった先を見て、それから残ったルミを見た。

 

「あの、ごめんなさい、ロランさん。リーシア様は疲れちゃったみたいで……えっと、最近忙しかったりしましたから……」

 

「そうなんで――そうだったんだ。その、ごめん、忙しいときに来ちゃって……」

 

 疲れたのは本当かもしれないが、その理由はきっと告白だろう。たぶんリーシアは限界だったのだ。最後のルミとのやり取りが、よく分からないが……リーシアの限界をルミが察して、止めたのだろうか……? いや、もしかしたら、ルミは『俺がリーシアの望みを拒む』と分かっていたのかもしれない。だから止めたのか……? でも、それなら急に止める意味が分からない。最初から止めるべきだろう。

 あー、いや? 土壇場で俺の気持ちをルミが察したのだろうか。それでリーシアが傷付かない道を選んだのかもしれない。

 うーん、結構それっぽいけど、それはそれで複雑になりそうだ……

 

「いえ……! ロランさんが悪いわけじゃないです。あ、あの、すみません。リーシア様の様子を見ないといけないので……ごめんなさい、ロランさん。突然ですけど、今日はこれでお開きにしたいと思ってます」

 

「いや、こっちこそ、なんかごめん。全然気にしないで。というより、目的のお昼ご飯はいただいたし、全然問題ないというか……」

 

「ありがとうございます、ロランさん。あの、それともう一つお願いしてもいいですか?」

 

 じっとルミが俺を見た。表情も声音も可愛らしいのに、なぜだかその視線には圧が籠っているように俺には思えてしまった。

 

「俺にできることなら、何でも……」

 

「何でも……?」

 

 ルミが期待したように俺を見た。あ、これいけないやつだ。

 

「ごめん、できることに限るかも……」

 

「そ、そうですよね……えっと、その明日も来てもらえませんか? リーシア様もロランさんに会いたいと思いますし……あ! 勿論ご馳走します! もしロランさんが良ければ三食全部用意しますので……!」

 

 しょ、食事で釣ろうとしている……!

 

「明日来るのは全然大丈夫だけど……その、リーシアが大丈夫かな……?」

 

 リーシアにとって俺が明日会える方がいいのだろうか、それとも会えない方がいいのだろうか。悩ましいところだ。

 

「きっとロランさんに会えない方が苦しいと思います。あの、ロランさん、もう分かってますよね……?」

 

 ぎくり。

 

「ば、漠然と……そうなのかなと」

 

「…………ロランさんはリーシア様のこと嫌いじゃないですよね?」

 

 ルミの視線の圧が強まり、心なしか彼女の性質が粘着質を帯びているように感じてしまう。

 

「嫌いじゃないよ。さっき言った通り」

 

 その感覚に気づかないようにしながら、嘘の無い言葉を口にする。

 

「でも、恋人にはならない、感じ、ですか?」

 

 一瞬だけだが、ルミがとても冷たい目で俺を見た。

 

「いえ、その、理由があって。そのルミさんやリーシアさんに納得してもらえる理由ではないんですが……それでも、理由があって……その、自分は、失恋したばっかりなんですよ。ずっと……と言うには短い期間ですが、それでもずっと想っていた人がいて……結局上手くいかなくて、逃げるように旅をして、それでクリスクからヒストガに流れ着いて……そんな状態で、恋人を作るのは、新しく恋人になった人に対して誠実とは言いにくいような気がするんです。いや、まあこれは俺の気にし過ぎで、実際はそんなに気にしないことなのかもしれないですが、それでも自分は気にするんです」

 

 冷たい視線に怖気づいたわけではないが、思わず、言い訳のような言葉が口から漏れる。丁寧語なのは怖気づいていつもの調子に戻った訳ではなく、単に癖で戻ったのだと思いたい。

 ただ、言い訳であっても言葉の内容には偽りは無い。本当のことだ。まあ、逃げるように旅した理由は失恋ではないので、ちょっと勘違いさせる言い方かもしれないけど……でも、本筋は間違ってないのでいいか。

 

「そうだったんですか……それは、確かに、難しいですよね……責めるようなことを言って、ごめんなさい」

 

 ルミは視線の圧を大きく落とし――というか、もはや自身の態度を悔いるように落ち込んでいた。

 

「あ、いえ、ルミさんの――ルミの指摘は正しいと思うから、気にしないで」

 

 彼女が俺に敵意を持っているわけではないと思うので、あまり彼女にも気に病んでほしくない。まあ仮に俺に対して敵意を持っていたとしても、ルミは師匠の事をとても尊重しているので気持ちは分かる。

 

「……っ! ロランさんはやっぱり……」

 

 そこでルミは一度言葉を止めて俺をじっと見た。

 ん……?

 続く言葉を待ちながらルミを見る。

 

「えっと、そうですね。ロランさん、さっきの話ですが、やっぱり明日は無しにしましょう。その代わり三日後にリーシア様に会ってくれませんか。リーシア様もその時には落ち着いていると思いますし、それにロランさんにもじっくり考えて欲しいです。あっ! さっきの三食ご馳走の件がもし大事だったら、三日後までは毎日ロランさんの所に私が料理を持って行きますから……!」

 

 三日後か。確かにその辺りがいいかもしれない。リーシア的にも、そしてきっと俺の気持ちの整理としてもそのくらいあると良いだろう。

 

「分かったよ。三日後にまた来るよ。あ、ちなみにこの貴族街には俺一人では入れたりしないよね……? 三日後はどこに行けばいい?」

 

 料理の件が少しだけ頭に引っかかったが、それに言及するのはなんだか良くない気がしたので、料理に件は触れずに流す。

 

「私が案内します。えっとロランさんの宿の場所を教えてもらってもいいですか?」

 

「西側の広場から、西門の方へ向かって三つ目の路地を曲がった先にある『ウスタレゴ』っていう宿に泊ってるよ」

 

「分かりました。毎食分そこにお届けしますね……! あ、でも今日の夜と明日の朝は許してもらっていいですか? 明日のお昼からお届けしますので……!」

 

 ……あれ、流れたと思ったけど料理の件が継続している。あんな料理を明日の昼からまた食べられると考えると非常に嬉しいが……ルミも忙しいだろうし、ここは断るべきだろう。

 

「あ、いや、その料理の件は無理に届けてもらわなくても……全然気にしないから。それに、ルミも忙しいだろうし、職人さんとしても、リーシアの傍にいる人としても。だから、料理は、リーシアに作ってあげて欲しい。あんなに美味しい料理があればリーシアの落ち込んだ気持ちも少しは良くなるはずだから」

 

 俺の言葉を聞いたルミは、じっとこちらを見た。数秒ほど、それを維持したあと、ルミは口を開く。

 

「――そう、ですね。分かりました。それなら、三日後のお昼前に『ウスタレゴ』の宿に行きますね」

 

「うん、分かった。よろしく、三日後のことも、リーシアのことも。俺も、ちゃんと考えるよ」

 

「はい。ロランさん、リーシア様のこと、考えてください」

 

「勿論……あ、そうだ……ちょっと忘れてたことがあった」

 

 俺はふとあることを思い出し、鞄から瓶を取り出した。瓶の中にはクッキーが詰まっている。

 これはリデッサス遺跡街で大量購入しておいた物だ。以前、リュドミラに渡して気に入ってもらえたクッキーと同じものだ。俺も食べてみたら美味しかったので、いくつか買い込んでおいたのだ。ユリアとのお茶会でもウケたので、今回、お土産として持ち込んだのだ。まあ、ルミの料理が美味し過ぎて感動してしまい、存在を忘れていたが、今になり思い出し慌てて取り出したのだが……

 

「これは?」

 

「えっと、これはミトラ王国で買ったクッキーだよ。凄く美味しくて、ヒストガではこの美味しさは中々手に入らないと思って……まあ、ルミの料理の方が美味しいと思うけど……一応、お土産で持ってきてて。いや、まあルミの料理が美味し過ぎて存在忘れちゃってたんだけど、良かったら貰って欲しくて。ええっと、たぶん味はかなり美味しいから、そのリーシアと一緒に食べてもらえたら嬉しいかなって」

 

「わかりました。ロランさん、お気遣いありがとうございます……! リーシアさまもロランさんからの贈り物があれば元気でると思います……!」

 

「うん。えっと、よろしく。それじゃあ」

 

 そうして俺はルミとも別れ、貴族街を後にした。

 調べ物をする気になれず宿へと一直線に戻り、その日はずっとリーシアのことを考えて過ごした。

 

 

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