ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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三章幕間 未来での戦い

 

「ほへ?」

 

 スイが認識できる反応速度を僅かに超えた速さで黒いぐずぐずがスイへと纏わりついた。

 

「うげぇ! む?」

 

 醜く黒い流体が自身へと纏わりついたことへの嫌悪感からスイは声を漏らし、そして次の瞬間には気にし過ぎだとスイは感じた。

 なぜなら、これは未来の事だからだ。過去にいるスイが未来に干渉できないのと同じように、未来にいる黒い怪物もスイへは干渉できない。そのため、いくら醜い流体が自分にまとわりついても意味がないと悟ったのだ。黒い流体は見た目が気持ち悪いだけで、スイに実害を与えることができないのだか。

 ただ、スイは不思議に感じた。まるで、黒い怪物が自分を認識しているかのように襲い掛かってきたからだ。そこまで考えたところで――

 

「……うがぁ!? あつっ!?」

 

――さらなる驚きがスイを襲った。

 

 黒いぐずぐずの怪物がスイへと抱き着いたからだ。スイははっきりとその感覚を認識した。明らかな干渉行為。しかも、ただ抱き着いているのではない。触手が幾重にもスイを押し潰さんと前後上下左右から重圧を加えたのだ。

 圧力を感じたスイは驚きの声を上げ、そしてすぐに痛みの声を上げた。純粋に圧力が強いだけではないのだ。黒いぐずぐずは熱かったのだ。尋常でない熱と圧力がスイに襲い掛かった。

 スイは『力』で全身を防御した。圧倒的な聖なる術がスイの体内に循環する。これにより触手による圧力を押し返し、熱から体を守った。

 また同時に『癒し』を発動させた。スイのダメージは一瞬で完治した。

 

「なんだこれは!? なんだこれは!? 悪魔のパワーか!?」

 

 肉体を回復させ防御を固めつつも、スイは驚愕の声を上げた。今のスイは過去から未来を見ているのだ。そのスイに干渉できるなど、あり得ぬことだった。

 混乱するスイに対して、黒いぐずぐずは攻め手を変えた。幾重にも伸びる触手が素早い動きでスイに迫った。スイは『力』で強化した拳で迫りくる触手を防いだ。

 しかし、全てを防ぎきることはできなかった。スピードとパワーが互角であっても、数が触手の方が上であった。スイが防げなかった触手がスイの体全体へと巻き付いた。そして、素早く締め上げた。

 

「ぐ、ぐえー」

 

 締め付けられたスイは、まるで潰されたカエルのような声を上げた。黒いぐずぐずは容赦なく締める力を強めた。

 スイは藻掻いた。暴れた。『力』の限りを尽くした。

 しかし、黒い触手の力は大きく、徐々に徐々にスイは追い詰められていった。

 このままでは中身が飛び出るとスイは思った。スイは最後の手段を使った。

 

「う、う、う……ぐぉぉーーーーーーーーーー! 必殺!!! スイちゃんビーム!!!!」

 

 聖導師の『光』の応用――『熱線』であった。

 スイもまた戦闘技術に長ける師匠から教えを受けた『熱線』使いだった。いや、正確に言うならば、極めて強力な『熱線』使いだった。ユリアとは比べ物にならない『熱線』――鉄や岩をも一瞬で溶かす恐ろしい破壊の技術が■■■■へと迫った。

 それと同時に触手の力が緩んだ。思念体のスイは僅かな『昇華』により冴えた頭で素早く判断した。

 

「脱出……! うげぇ!? 防がれた!?」

 

 スイは『力』を全力で使い自分を締め上げる触手から抜け出した。そしてその直後に■■■■がスイの熱線を防いだ。

 ■■■■は、数本の触手を重ねて『熱線』から自分を守る盾にした。『熱線』は触手を貫通した。けれど、それにより貫通力が低下した『熱線』は、黒いぐずぐずの表面を走る流体に包まれて消え失せた。

 一瞬の沈黙の後、再度、黒い触手がスイに迫った。

 

「うぉぉ!  お兄さんさらばだ! 偽ユリア! ぐずぐず! 次にお兄さんとイチャイチャするのは、この私だ!! 離脱!」

 

 スイは迫る触手を『熱線』で迎撃するが、数に勝てず、ついには捨て台詞を残し『導き』を解除した。

 

 

 

 

「ふ~。ここまで来れば一安心……!」

 

 無事、現在へと戻ったスイは手の甲で額をさすりつつ、そんな言葉を漏らした。

 しかし、すぐに、これは黒いぐずぐずに襲われるフラグかと思い周囲を警戒した。

 黒いぐずぐずはいなかった。再度スイは安心して息を吐いた。

 

「ふむー。それにしても、どうするかな~。『ぐずぐず』もいるし、お兄さんは謎のイチャラブ屋敷にいるし……うーむ? とりあえず、お兄さんの居場所は突き止めるとして……問題はあの『ぐずぐず』だな~」

 

 スイは言葉を漏らしながらもクリスク聖堂の図書館へと向かった。紋章について調べるためだ。スイが『導き』によって知った情報はいくつもあった。印象としては最後の黒いぐずぐずが最大級であったが、情報の重要度としては他の物の方が高かった。

 たとえば、戒が歩き回っていた都市の風景と造り、都市の天候、寒さ、内壁を守る衛兵の身なり、そして最も重要な目印として、戒たちがいた屋敷に掲げられていた特徴的な紋章があった。スイは、それ紋章が貴族の扱う紋章だと考えたのだ。

 故に、クリスク聖堂に保管されている紋章学の本を調べれば、どこの国の貴族の紋章か分かり、それにより藤ヶ崎戒の滞在地を予想しようと考えたのだ。

 

 聖堂図書館でスイは素早く目標の本――世界各地の紋章学の本数十冊を本棚から取り出し、それをテーブルに積んだ。

 

「あの『ぐずぐず』の正体は悪魔憑きか悪魔……! たぶん人間みたいな見た目をしてる。予知を使うと変な風に見えるのは『ネタバレ防止』の応用かなんかのはず……着ぐるみか……? 黒いぐずぐずの着ぐるみを『現在』以外の時間で纏ってる……?」

 

 テーブルに積まれた紋章学の本を次々と速読し、記憶にある紋章と一致するものを探しながらも、スイは口では『ぐずぐず』について考察した。圧巻のマルチタスクであった。もし普段のスイを知る者がこの光景を見たら、『普段からもっと真面目にやれ』と憤ったであろう。

 

「うーむ? 『ぐずぐず』が着ぐるみとして、触手は何だ……? スイちゃんに干渉できたのは……? ん? 触手は10本……? はっ!?」

 

 スイの自身の両手を見て閃いた。そして、非常に器用なスイは、10本の指を器用に不規則に動かした。

 

「触手の正体は。指だっ! 指を投影して動かしたんだっ! なんて器用なヤツだっ! 触手の正体見たりっ! あとはスイちゃんに干渉したのは……まあ不思議な着ぐるみを纏ってたんだなっ! ん? 着ぐるみ……正体隠し……はっ!? きっと向こうはスイちゃんの事を知っているに違いないっ! きっとスイちゃんを恐れて『着ぐるみ』を着てたんだ……!? ということは、スイちゃんを知り、お兄さんとイチャイチャしようとする者……『着ぐるみ』の中身はユリアだっ! 間違いない……!」

 

 ふざけたことを口にしながらも、スイは速読を続け、そして、ヒストガ王国の紋章学についての本のあるページで、スイの指は止まった。

 

「これだっ! この紋章だっ!! お兄さん発見! お兄さんはヒストガ王国のテチュカにいるっ! テチュカっ! テチュカっ! ……!? なんでヒストガにいるんだっ! リデッサスに行ったらクリスクに戻って来るって約束しただろっ! お土産買ってくるって約束しただろっ! ヒストガをふらふらするなっ! 『リデッサスに行った罪』、『リデッサスから帰ってこなかった罪』、『お土産買ってない罪』、『加重お手紙無返信罪』、『ヒストガふわふわ罪』、『偽ユリアとイチャイチャ罪』、『勝手にほのぼの屋敷で楽しんでた罪』、『着ぐるみぐずぐず推定ユリアのせいで、スイちゃんをびっくりさせた罪』、その他余罪の数々……全部合わせて懲役10億年だなっ!」

 

 スイはそれだけ言うと、素早く図書館を出た。なお世界中の紋章学の本は本棚には戻さずテーブルに積みっぱなしであった。スイは大儀を優先したのだ。

 

 大儀。つまり、ヒストガ王国への旅の準備であった。

 スイは自室に一度戻り、バックパックを片手に持ち、次々と必要なものを詰め込んだ。藤ヶ崎戒から奪った、いや藤ヶ崎戒から貰ったお気に入りの枕、手作りのぬいぐるみ、美味しいお菓子、記念品である串を数本、その他最低限の旅道具を一通り詰め込み、服装を旅用のものにした後、バックパックを担いで自室を飛び出し、ヘルミーネ礼拝堂へと向かった。

 ヘルミーネ礼拝堂は、さきほどスイが行った大儀式のために、長椅子は正八角形に配置され、正八角形の中には空っぽの小さな植木鉢が鎮座していた。

 スイは「うむ……」と呟くと、植木鉢を慎重な手つきでバックパックに収めた。

 

「よしっ! では、さらばだ!」

 

 目当てのモノを無事回収したスイは、ぐちゃぐちゃになっている礼拝堂の長椅子たちを放置して出ようとした。しかし、そこで、至聖所から鋭い視線がスイへと投げかけらた。スイはびくりと体を震わせ、恐る恐る振り返った。銀髪の美しい少女が困ったような顔でスイをじっと見つめていた。

 

「分かってるって、じょうだん、じょうだん……」

 

 そう言うとスイは忙しなく動き回り、少しの時間でヘルミーネ礼拝堂の長椅子を元の位置へと戻した。

 

「うむ……! では、さらばだ!」

 

 今度こそはといった風にスイは笑顔でヘルミーネ礼拝堂を後にしようとした。銀髪の美少女が尋常でないほどの圧力でスイを見た。再びスイはびくりと体を震わせ、恐る恐る振り返った。銀髪の美しい少女が怒ったような顔でスイをじっと見つめていた。

 

「分かってるって、じょうだん、じょうだん……」

 

 スイは至聖所に鎮座していた鏡を手に取った。鏡の中にいる銀髪の美少女がじっとスイを見つめている。銀色と灰色、それぞれの色を持った美少女が向き合った。スイは、無言でバックパックから貴重な布を取り出した。かの『七色草(スイリラグメム)』を構成するものの一つであるリィスミヴードで編まれた布であった。スイは無言でその布を鏡に被せた。銀髪の美少女の姿が見えなくなった。

 

「呪われた装備だ……! 外せない……!」

 

 ふざけたようにそう言うと、スイはリィスミヴードの布で鏡を大事に包み、バックパックへと詰め込んだ。

 

「よしっ! では今度こそ本当に出発だ。呪われた装備とともに、『偽ユリア』や『着ぐるみユリア』に呪われているお兄さんの下に突撃だっ!」

 

 その言葉とともに、スイはクリスク聖堂から旅立った。

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