ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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3章25話 リーシアとうさぎ

 

 リーシアたちと市場を回った翌日。

 この日は朝から尋常じゃない程に寒かった。リーシア屋敷へ向かう途中、ぽらぱらと白い粉のようなものが体にかかった。雪だ。まあ、この寒さならば納得だ。

 

 屋敷ではいつものように二人に歓迎されて中へと入った。相変わらず、広間は暖炉に火が入っており、極寒の外とは違い、暖かく快適であった。

 リーシアはいつもと同じようにソファーの定位置に座っていたが、今日は横にはいつもとは違う存在がいた。

 兎だ。小柄な垂れ耳の兎が、リーシアの隣に、ぽふりと座っていた。

 リーシアが兎の背中を撫でると、一度気持ちよさそうに体を震わせた後、そのまま動かずに、大人しくリーシアに背中を撫でられるがままになっていた。しばらくそれを観測していると、背中を撫でられた兎が徐々にソファーに沈むように溶けていった。兎は撫でると溶けるという話は聞いたことがあったが、実際に見たのは初めてなので、新鮮な気分だ。

 そうやって兎を撫でるリーシアを眺めていると、俺の視線に気づいたのかリーシアから声がかかった。

 

「ロラン、うさぎはね、撫でると溶けるのよ……」

 

 リーシアはニヤリと得意げな表情を浮かべた。まるで自分しか知らない特別な知識を披露しているかのような雰囲気を出している。

 こういう態度のリーシアは珍しい。兎に関することには自信があるつもりなのかもしれない。

 

「そうなんだ。なんだか不思議だね」

 

「そうね……不思議だわ……でも、可愛いから、……うふふ」

 

 リーシアは、少しだけ妖艶さを含んだ笑みを浮かべ、さらに兎の背中を撫でた。兎は気持ちよさそうな雰囲気を出しながら、さらに溶けていった。

 

「確かに、この兎は凄く可愛いね。ところで、この兎で思い出したんだけど、あの時――昨日は凄かったね。輪投げ、あんな風に入れられるなんて。意外と得意な感じなの? 輪投げ」

 

 喋りながらも兎を撫で続けるリーシアに対して問いを発する。

 

「輪投げ……? 別に得意じゃないわ……」

 

 きょとんとした顔でリーシアはこちらを見た。

 はて……?

 とすると、純粋に手先に器用さやコントロールの良さだけで、あの難しいピンに入れたのか。凄いな。

 あれ、でも、高速三連射はどうやったんだろう。あれも手先の器用さだけで説明できるのかな。あの時は、勢いで流されちゃったけど、気になるな。というか、そもそも連続で投げる意味なくないか。もっと狙いを定めればよかったのに。いや、まあ、結果として入れることには成功しているのだから、速射でも問題はないのだけど。

 

「そうなの? とすると、凄くコントロールが良いんだね。俺は一番手前の一つが限界だったから、滅茶苦茶凄いと思うよ。何か投げる時にコツとかあったりするの?」

 

「コツ……? 別にないと思うわ…………えっとね、ロラン、あの時、できたのは……ちょうど同じような事をしたからだと思うわ」

 

 リーシアは少しだけ俯き気味に答えた。

 

「同じようなこと?」

 

「うん……最近似たようなことをやったから……」

 

 なるほど……? 輪投げみたいな経験があったらしい。ん? でも最近……? 俺は最近ずっとリーシアと一緒にいたけど、輪投げみたいなことをやってたっけ?

 

「最近輪投げなんてやってたっけ? あ、いや、俺と会う前のことかな?」

 

「ううん……ロランと会った後よ。あ、でも会う前もしてたかしら……何度かやる機会があったと思うわ……」

 

 俺と会ってから……? してったっけ? ん?

 

「そんな事してたっけ? というか、あれ、えっと、輪投げに似たようなことって、どんなこと?」

 

 もう直接聞くしかないと思い言葉を発した。

 リーシアは俺の質問に、きょとんとした後、何かを考えるような顔になり、そして、視線を下に向けて気まずそうな顔をした。

 一秒二秒と、リーシアが無言のまま時が過ぎる。ただただリーシアが兎の背中を撫でる音だけが聞こえる。

 

「…………ロラン。あのね……あれはね……その、昨日の朝に、ちょとね……あのね、似たような、ことを、……したり、……したのよ……」

 

 歯切れ悪く、リーシアが言葉を漏らしていく。

 昨日の朝ということは……確かリーシアがどこかに出かけていた時だ。確か何かの作業をしているという話だったが――今までの情報から、俺の予想としては、リーシアは準上流階級でもあり、工房持ちの魔道具を扱う職人だ。

 そんな彼女が推定工房で輪投げみたいなことをしている。しかも、それは一度や二度ではない。そして、その経験により優れたコントロール技術を持っている。また、もしかしたら、速射にも関わっているかもしれない。

 

 いったいどんなことをしてるんだ……? 気になるぞ。

 リーシアは自身の職業についてあまり詮索されたくなさそうにしているが、ここまで匂わせみたいなことを何度もされると少しぐらい聞きたくなる。

 

「昨日の午前中っていうと……ああ! 工房で作業してたんだっけ? どんな感じなの? 輪を投げる感じ……?」

 

 故に聞いてみた。

 

「……っ! う、うん! そ、そんな感じよ……そうなの、工房、みたいなところで、輪をね……投げるたりするのよ……」

 

 おお! 正解のようだ。

 でも何だろう、なんだかリーシアは少し慌てているみたいだ。

 どうしようか。もう少し気になるが……もう少しだけ聞いてみるか。

 

「工房の作業で輪を投げるんだね。なるほど、それであんなに上手かったんだ。ということは、結構作業の時は何度も投げる感じ? というか、何に向かって投げるの? 職人さんの作業で『投げる』って工程はあまり聞いたことがなくて……あ、ごめん、それとも俺が知らないだけで、職人さんの作業の工程に『投げる』は結構普通にあるの?」

 

「え……えっとね……あの、違くて……投げるのは天井に…………あのね、ロラン、違うの……」

 

 違うようだ。

 というか、これは結構困らせてしまったようだ。ちょっと踏み込みすぎたな。もしルミがいたらお説教だっただろう。ちなみにルミは今、お昼ご飯を準備して下さっている。今日も美味しい昼飯だ。

 

「あ、ごめん」

 

「ううん、いいのよ……でも、ロラン、工房とか、そういう話は、また今度にしましょう……その、ロランが聞いたら驚いちゃうかもしれないから……」

 

 リーシアは不安半分気遣い半分という顔で俺を見た。

 ふむ……? 驚くっていうと……やっぱり尋常じゃなく工房が大きかったりするのだろうか。これは本当に百人規模のリーシア工房の可能性が出てきたな。リーシア社長だ。

 

「そうだね。なんかいっぱい質問しちゃってごめんね」

 

 そうして、話は流れて、しばらくの間、リーシアは兎を無言で撫で続けていた。

 撫でるのに一通り満足すると、いつもの盤上遊戯で勝負となった。なお、リーシアは遊戯中、兎を膝の上に座らせていた。兎は行儀が良いのか、ちょこんと大人しく座っていた。そして時々、興味深そうに盤を見ていた。

 兎の観戦もあるので(?)、今日こそは勝ちたいと思っていたが、結果は惜敗。全敗記録更新だ。いつもギリギリな感じで負けてしまう。うーむ。

 

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