ほのぼの生存戦略、気ままに生きるのは難しい   作:こふし無双

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三章42話 お別れとアーティファクト

 

 それから二日間。俺は殆どの時間をリーシアと過ごした。本当は馬車のチケットと旅の準備が必要だったが、これらはルミが全て済ませてくれた。彼女の深い献身にも感謝しなければならないだろう。

 リーシアと二人、時にはルミと三人で、これまでと同じような日常を過ごした。最初は何か特別な事をするべきかと思ったが、リーシアがこれまでと同じような大切な日々を過ごしたいと言ったため、俺とルミは彼女の言葉に従ったのだ。

 ゆったりとほのぼのとしたリーシアとの時間は、ユリアが迫って来ることを俺に忘れさせてしまうほどに、幸福なものだった。

 

 ただ、それでも、二日という時間はすぐに過ぎてしまった。

 馬車の出発まで1時間を切っただろうか。

 俺は荷物を整え終わり、リーシア屋敷の広間にいる。ルミとリーシアもいる。三人でずっとほのぼのとした思い出の広間だ。

 

「ロラン、もう、いっちゃうのね……」

 

 リーシアは寂しそうに呟いた。

 

「うん、もう行くよ。リーシア……その、これまで、本当にありがとう。リーシアとこの街で出会えて本当に良かった。それと本当にごめん。君の想いに最後まで応えることができなかった」

 

「……ううん。いいのよロラン……私も、……ありがとう、ロラン。ずっと一緒にいてくれて。あなたはいつだって優しくて……嬉しかったわ……あとね…………だめね。一杯言いたい事があるはずなのに、上手く言葉にできないわ……」

 

「俺もだよ。リーシア。やっぱり、俺とリーシアは少し似ているのかもしれないね。ちょっとぼんやりしてるとことか……」

 

「……? そうなの? 私ってぼんやりしてるの……?」

 

 リーシアはまるで初めて指摘されたかのような顔をした。

 その顔を見て、なんとなく笑いが込み上げてきた。

 ……今まで誰も指摘していなかったのかもしれないな。

 

「うん。少しぼんやりしているよ。でも、そこも含めて、リーシアの魅力だと思うよ」

 

「……そ、そう……? うふふ、ロランに褒められちゃったわね……」

 

「俺からすると、君は褒めるところばかりだよ。優しいところは特にそうかな……いや、ごめん、何だか、話していると、泣きそうになっちゃうかも……」

 

「私もよ、ロラン……本当は涙が凄く出そうなの……でも、お別れのとき、泣き顔だと、ロランが私を思い出した時辛くなっちゃうと思って、我慢してるのよ……最後は笑ったままがいいものね……それに……うふふ……」

 

 そこで、リーシアは小さく笑った。その表情は喜びに満ちたもので、今生の別れになる状況では相応しくないように思えた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「ロラン……実は、頑張って作ったのよ。二日で……今までで一番頑張ったわ。ロランのためのアーティファクト。これを旅に持って行って欲しいの」

 

 そういってリーシアはテーブルに四つの物を置いた。首飾り、指輪、謎の立方体、それと果物だ。はて……?

 

「いつ作ったの……?」

 

 思わず、疑問が口に出た。この二日間、俺はずっとリーシアと一緒にいたのだが、作業をしているように見えなかった。というか、工房にも行ってなかった気がするのだが……

 

「夜、こっそり作ったのよ……」

 

 徹夜してたのか……完全に予想外だ。というか、この二日間普通にしてたし、全然眠そうでなかったが、夜なべしていたとは信じられない。やはり職人さんは徹夜耐性があるのだろうか……?

 というか、さっき流したが、アーティファクトって言ったか……? え、アーティファクト……? それって凄い魔道具で、確か製作にも時間がかかるんじゃ……? 二日で……? というか、もしかして、これ四つともアーティファクト……? いや、さすがにそんなことないか……?

 

「こっそり……? あと、そのアーティファクトって言ったけど、アーティファクトって、あのアーティファクト……?」

 

「そうよ……説明するわね。この指輪は身に着けてると、病気や怪我から守ってくれるのよ……この箱は、暗い所だと光るの……あと寒い所だと暖かくなるわ……あ、でも安心して……ロランが眠りたいときはちゃんと光らないようにできてるわ……それでね、こっちの果物は無限に増える果物よ。甘くて美味しいわ。食べたら中にある種を植えれば生えてきて、一日で果実ができるから、また食べられるようになるわ。一杯増やせるけど、市場には出回ってないから売ったりしないでね……それでね……」

 

 そこで、リーシアは一度言葉を区切り、最後の首飾りを手に取った。

 

「この首飾りがね、凄いの……これをずっと身に着けてほしいの……これはね二つで一つのアーティファクトなの……もう片方の持ち主のことを強く想えば、相手のところへ自然と行けるようになるの……私も片方をずっと身につけておくわ……そうすれば、ロランといつかまた会えるから……だから、ロランもずっと身に着けてほしいの……」

 

 そう言いながら、首飾りを持ったリーシアがぼんやりと俺に近づいてきた。今すぐ俺に首飾りを装着させたいようだ。よし……!

 

「わかったよ。これで、またリーシアと会えるなら、俺も嬉しいよ……!」

 

「うん……ありがとう、ロラン……」

 

 そういうとリーシアはゆったりとした動きで俺に首飾りをつけてくれた。こういうちゃらちゃらしたものは身に着ける機会が無かったが……思ったより良い物だ。何と言うか、気品というか上品さを、この首飾りからは感じる。流石は凄腕職人さんだ。俺が感心していると、リーシアは自分の懐から、俺に身に着けたのと同じ首飾りを出し、それを自身にも着けた。

 

「うふふ……一緒ね……」

 

 嬉しそうにリーシアが呟いた。

 

「そうだね」

 

「うん……そうだ、ロラン、せっかくだから、目を瞑ってみて……それで私の事を考えてほしいの。そしたらきっと私がどこにいるか分かるわ……」

 

 どこにって目の前にいるじゃん……指摘しようと思ったが、リーシアのぼんやり喜び顔を見ていると、なんだかそんな気は起きず、俺は目を瞑ってみた。そしてリーシアのことを考える。優しくて、善良で、ぼんやりしてて、でも意外と鋭くて、考えてないようで、実は一生懸命考えてて……うん? あれ、なんだろう。リーシアは後ろにいる?

 気になり、俺は後ろを振り返ってから目を開けた。リーシアがいた。え……?

 凄い。さっきまで俺の前にいたのに、足音も立てずに俺の背後に回ったのか……地味に凄い技術だ。あと、このリーシア首飾りは本物のようだ。確かにリーシアのことを考えたら彼女の居場所が分かった。

 

「おぉ、今リーシアのこと考えたら、後ろにいるって思ったけど、これってまさか?」

 

「まさかよ……頑張って作ったわ……」

 

「流石……いや、何と言うか、本当に凄いものを作ったね……どういう仕組みなんだろう……?」

 

「……仕組みは…………不思議な力を使ってるのよ……」

 

 不思議な力……?

 まあ、いいか。もしかしたら、凄く難しい技術で俺のような素人には理解が難しい技術なのかもしれないしな。

 それより、またリーシアと会えるのか。永遠のお別れではないのか……

 ……ちょっと、いや、結構、いや、かなり嬉しいな。

 いや、でも大丈夫か……? ユリアたちに追われている状態でリーシアを巻き込んで……あ、いや、でも、その時は首飾りを外せばいいか。どちらかが外せば効果はなくなるのだから。必要な時だけ身に着ける形にすればいいだろう。もしユリアたちに追い込まれてしまい、リーシアと合流するのが彼女を危険にさらすような状態ならば首飾りを外せばよい。うむうむ……よしよし!

 

「ありがとう。リーシア、これなら、きっとまた会えるよ。あと、その他のものもありがとう。光源に暖房に食料に怪我や病気対策まで……これだけあれば、旅ではまず困らないと思うよ。本当にありがとう」

 

 正直、凄いアーティファクトの数々だ。全部仕組みがまったく分からないが、とにかく凄い魔道具みたいなものだろう。ありがたく受け取ろう。

 

「いいのよ……私もロランとまた会いたいし……一緒に過ごしたいもの。それに、ロランが旅の最中で悲しい思いをしてほしくないもの……」

 

「やっぱり、リーシアは優しいね……」

 

「……ロランも優しいわよ。それと、あとこれも持って行って……確か、南に行くのよね……? きっと役に立つと思うわ……」

 

 そう言って、リーシアは懐から金属でできた紋章のようなものを取り出した。はて……?

 

「これは……?」

 

「カテナ教の聖印よ。南側はカテナ教の人が多いのよね……これを使えば、きっと教会とかが泊まらせてくれると思うわ……ロランはあんまりカテナ教を好きじゃないかもしれないけど……南側に行くなら持ってても良いと思うわ……」

 

 信仰の証みたいなものか……?

 確かに、俺は南に行く。本当はカテナ教が蔓延る南になど行きたくはなかった。だが、南行き以外の馬車が殆ど無かったのだ。俺は泣く泣く、カテナ教影響圏が高いヒストガ南部へ一時身を寄せることにしたのだ。

 正直凄く悩んだ。ユリアから逃げるのにカテナ教の勢力圏に入るのはちょっと変だとは思った。でもテチュカにいればユリアが来る。リーシアも巻き込んでしまうかもしれない。とにかくテチュカにはいられなかった。そして移動可能なのが南だけならば南に行くしかないのだ。

 まあ、南に移動して、南側の街道まで辿り着いたら今度は東に進む予定だ。南周りでも東にはつけるし、きっと何とかなるだろう。

 なに、大丈夫だ。相対的にカテナ教の影響力が強いというだけで、ミトラ王国ほどではないだろうし、聖導師のような存在は稀なはずだ。『南側に行った瞬間聖導師に遭遇して捕まる』のようなギャグみたいな展開にはならないだろう。

 それよりも俺は気になることがある。なぜ、リーシアがこんなものを持っているのだろうか?

 

「ありがとう。助かるけど……でも、リーシアがなんでこれを……? 実はカテナ教徒だったの……? あ、もちろん、それでも全然良いんだけど、でももしそうだとすると、これをリーシアが俺に渡すと困ったりしない? カテナ教の人に怒られない……?」

 

「……大丈夫よ。この聖印はね……なんていうのかしら、…………昔、カテナ教の偉い人から貰ったの……私のアーティファクト、カテナ教の偉い人にも、昔あげた事があって……それで、なんか、貰ったの……」

 

 なるほど……? そうか、商売の繋がりか……納得だが……でも、良いのだろうか。聖印は明らかにリーシアのためにあるような気がするが……? まず、リーシアは譲渡して良いのかという問題点があるし、その上で、それを俺が使ってよいのかという問題点もある……?

 

「そうなんだ……なんか、やっぱりすごいね。でも、これ大丈夫? リーシアが人に渡しても怒られない? あと、俺が使っても大丈夫かな? カテナ教の人じゃないんだけど……?」

 

「大丈夫よ。あの人はロランと一緒で優しい人よ。前、『私は優しい人』って言ってたもの……怒ったりしないと思うわ……たぶん」

 

 そうなんだ……? じゃあ、まあいいのかな? リーシアが優しい人って言うんだから、優しい人なんだろう。

 

「そっか……分かった。ありがとう、大事に使うよ」

 

「うん…………あと、その、…………」

 

 リーシアは妙に言い淀むと俺の方をじっと見た。あんまりぼんやりしていない。むしろ真剣な顔つきだ。真剣リーシアだ。

 

「どうしたの?」

 

「……うん……あのね、ロラン、……おまじないをかけてもいいかしら……?」

 

「おまじない?」

 

「うん……ロランがずっと無事でいられるように……」

 

「それは、勿論、大丈夫だけど……」

 

 俺が答えるとリーシアはゆっくりと俺に近づき、そして俺の事を抱きしめた。ほへ?

 

「ん? えっと……? リーシア……?」

 

「あのね……違うの……これはおまじないに必要なことなの……」

 

 そう呟くと、リーシアは俺の体をぺたぺたと触り始めた。なんとなく止めるタイミングを逸し、数十秒ほどリーシアに触られ続けた。なお、その間、たまにリーシアと視線が合うのだが、その度にリーシアは顔を赤くしながら「違うの……これは、おまじないに必要なの……」と言い訳のような語句を口にしていた。

 まあ、最後だしいいか。

 

 そんな風に思っていると、リーシアはぎゅっと俺の事を抱きしめた。そしてそのまま、ずっと抱きしめたまま無言で時間が経過していった。

 

 一分以上そうしていると、何か空気が通るような音が聞こえてきた。音は一定で、大きく吸い、そして吐く音だ。俺の想像が正しければリーシアが呼吸している音だ。近くにいるからか、それとも音が大きいのか、俺の耳にははっきりとリーシアの呼吸音が残った。

 なんとなくリーシアを見た。リーシアもこちらを見た。リーシアは頬をさらに赤くした。

 

「ロラン、違うの……匂いを嗅いでるわけじゃないの……おまじないをかけてるの……」

 

 今日のリーシアはあまりにもゴリ押しが強すぎるが……まあ、いいか、もうすぐお別れなのだから……

 

 

 そうして、抱き合ったまま、ゆっくりと時間は過ぎていき、出発の時間が来てしまった。

 俺は最後に再びリーシアとルミに感謝を告げ、それから、屋敷でお別れを告げた。リーシアは最後まで涙を見せないように頑張っていたが、それでも最後の瞬間は薄っすらと涙が溢れてしまっていた。

 

 屋敷を出た後、俺は、時間が押していることもあり、駆け足気味に馬車へと乗り込んだ。

 ギリギリ馬車に間に合った事に安堵とほんの少しの落胆を覚えつつも、馬車の後方――貴族街の方を見た。大きな内壁が見える。あの中できっとリーシアは泣いているのだろう。

 

――瞬間、彼女との日々が頭の中で駆け抜けた。

 

 俺も涙が溢れそうになった。

 それを必死で堪えながらも、小さく口を動かした。

 

――さようなら、リーシア。

 

 俺のことを好きだと言ってくれた彼女のことは、きっと生涯忘れないだろう。もし願わくば、平和になった後、また彼女に会いたい。難しい願いだが、彼女がくれた首飾りの力があれば可能かもしれない……平和になれば、いつか……

 そう胸に刻みながらも、俺はテチュカの街を去るのであった。

 

 

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