「……」
ソラシド市を包む、春の温かい陽気は鳴りを潜め、まだまだ寒さも残る夜。月の光と街頭の光だけが街を照らす中、窓を開けて一人の少年が空を見上げていた。雲一つ存在せず、月がよく見える綺麗な夜空を見ながら、どこか浮かれない様子で静かに佇んでいた。
「……今日で5回目、か」
ぽつりと呟やかれた言葉。それは、この春休みに入ってから突然感じるようになった胸騒ぎだった。その胸騒ぎの共通点は、昼間に発生し、ある程度の時間の差こそあれど一定の時間で消えていくこと。そして頻度については日にちの方は不定期だということ。単純に春だから体調を崩すようになった、というにはそれ以外は全くの健康体であった。
「これが続くようなら、父さん達に言って病院に行った方がいいんだろうか」
とはいえこれが続くようなら……と不穏な考えも過るのも確か。その時は仕方ない、これで体調を完全に崩す方が嫌だと結論付け、換気も兼ねて開けていた窓に手を伸ばす。
「ヤクモ、もう寝るぞ」
「ヤッくーん、おやすみなさーい」
「はーい、お休み父さん、母さん」
その時、丁度下から両親の声が聞こえてくる。ヤクモは扉を閉めながら返事を返すとベッドに潜り込んでいく。そして瞳を閉じて眠ろうとすると、様々な考えや記憶が浮かんでは消えていく。
―――やれ、いつだったか忘れたが父が話してくれた故郷にある海の話だの。
―――やれ、小さい頃のおぼろげな記憶で見たなんか大きな奴だの。
―――やれ、学校でやってた同級生らとの大したことのない交流の思い出だの。
―――そういえば文房具、明日買いに行かないといけなかったことを直前に思い出して。
ヤクモの意識は完全に闇に溶けていくのだった。
★
「お買い上げ、ありがとうございましたー」
翌日、雑貨店を出て文房具を適当に買い揃えて店を出てきたヤクモは、スマホを覗き込む。時間は昼時、お昼はついでに外で適当に食べていくとは親に言っていたため、家に今は帰らなくてもいいことを確認しつつ、適当に飲食店を調べ始める。そのままある程度探してはいたが、特にピンとくるところもなかったので、じゃああそこでいいか……と考え始めた矢先だった。
「ああ!」
人の悲鳴が聞こえ、慌てて視線を悲鳴が聞こえてきた方に向ける。そこには穴の空いた袋から大量の果物や小物、食品などが落ちて散らばってしまい、慌てふためく女性がいた。女性が慌てながら鞄の中から元々持っていたのだろう、別のビニール袋を取り出すと、散らばってしまった食品などをどうにか詰めようとしていく。
「これ、どうぞ」
「え?あ……ごめんなさい、助かるわ」
女性に差し伸べられた果物。女性は落としたものを拾い集めたヤクモから品物を受け取り、それを袋へとしまっていく。二人の手で小物をどんどん拾っていく中、女性の手に第三者の手で拾われた落とし物が差し伸べられる。
「あの、大丈夫ですか?」
「あら?ええ、ありがとう……」
見かねて別の人も手を貸してくれたのだろう。ヤクモが手を動かしながらもちらと視線を動かすと、そこには青髪の少女が一緒になって小物を拾い集めている姿があった。そして3人の手で無事、全ての品物が袋に詰められると、ほっとした様子で女性は2人を見る。
「ありがとう、2人とも。おかげで助かっちゃった」
「気にしないでください!困っている人を助けるのはヒーローの務めです!」
青髪の少女が突然口にしたヒーローという言葉。それに一瞬面食らった様子になるも、すぐに嬉しそうに笑うと、女性はヤクモの方へと向き直る。
「あなたもありがとう。私一人だと大変だったから、すぐに助けてくれて……」
「いえ、別に大したことはやってないので。ただできることをやっただけですよ」
「ふふ、2人ともありがとうね。そうだわ、何かお礼を……」
「俺は必要ありません。あなたが助かったのならそれで充分ですよ。それじゃあお昼があるのでこれで失礼します」
そう言って軽く一礼すると、ヤクモはその場を去る。その場に残された少女は去っていくヤクモの姿を見ていたが、女性の声に反応して女性に向き直る。
「凄くいい子ね……そうだわ、あなたにはお礼を……」
「いえ、私も大丈夫です!助かったのならそれで充分……まさにヒーローです!」
「あらあら……それじゃあ、何もお礼できなくて残念だけど、私はそろそろ行くわね。ありがとう、ヒーローちゃん」
「はい、お気をつけて!」
その場を去り、駐車場へと歩いていく女性に手を振る少女。と、今度は小豆色の髪の少女が彼女に向かって歩いてくる。彼女は紫の髪の赤ん坊を抱っこしており、静かに寝息を立てていた。
「ソラちゃん、大丈夫だった?急に走り出してびっくりしちゃったよ」
「はい、大丈夫ですよましろさん。悲鳴が聞こえたので急ぎましたが、無事解決しました!」
「そ、ソラちゃん、大声は……」
「あ、ご、ごめんなさい……エルちゃんは……よかった、まだ寝てますね……」
赤ん坊、エルを抱いた少女、ましろに注意され、慌てて声量を調整するソラ。とにかく、この一件は解決したのだと告げると、今度は先ほどの少年は何だったのかという疑問が浮かんでくる。
「そういえば、先ほど一緒にあの人を助けた男の子は誰だったんでしょう?」
「男の子?誰かいたの?」
「えーと……銀色の髪で、眼鏡をかけていまして……」
「それで人助け……もしかしてヤクモ君じゃないかな?」
「ヤクモ君?」
少年の特徴を聞いたましろの頭の中で一人の少年の存在が浮上してくる。彼は、ましろが通っている学校でもある程度名の知られている人間だったと思い出しながら、その事をソラに話し始める。
「うん、同級生の子で、嵐堂ヤクモって言うんだけどね……あまり口数が多いっていう子じゃないんだけど……皆の手伝いをしたり、困ってる人を助けたり、みたいなことやってるのはよく見るんだよね。私はあんまり関わりなかったけど……」
「……やっぱり……!」
「そ、ソラちゃん?」
ましろからその説明を聞いたソラはぐっとましろに顔を近づける。その目がキラキラしているのを見て、ましろはソラの性分からその理由に至る。それと同時に、ソラの方も口を開く。
「会いましょう、そのヤクモさんに」
「え、えっと……どこにいるかわかるの?」
「……そ、それは……」
気まずそうに顔を逸らすソラを見て思わず苦笑してしまうましろ。ソラはどうにかヤクモへの手がかりがないか先程のヤクモの発言を一つ一つ思い出していくと、最後の方で気になることを言っていたのに気付く。
「そういえば、お昼があると言っていました、もしかしたらご飯を食べに行ったのかも……」
「えーと、このあたりでお昼ご飯だと……多分あそこかな?」
いくつか候補が浮かんではいたが、その中で男の子が気軽に食べにいきそうな場所に絞って考えてみる。そしてそれらしい場所に思い至ると、ソラを連れて移動を始めるのだった。
★
「あ、いました!あの人です!」
「んん!?」
ソラ達が辿り着いたのはショッピングモール内部にあるフードコート。そこではましろの予想通り、ヤクモの姿があった。テーブルの上には既に中身が空になっているラーメンの丼ぶりが置いてあり、既に昼食を終えた様子でスマホを弄っていた。ヤクモの方も、突然声をかけられて振り向くと、先ほど顔を合わせた少女と、同級生がいることに驚く。
「あ、やっぱりヤクモ君だったんだ」
「え、えーと……?に、虹ヶ丘さん?」
「こんなところで会うなんて奇遇だね?……って言ってもソラちゃんが会いたいって言ってたんだけどね」
「は、はい?」
ソラシド市がそれなりに広いといえど、出かければ同級生と再会する機会も決してないわけではないだろう。珍しいとは思うもののそれ自体は驚きつつもヤクモもすんなりと受け止めてはいた。しかしそれ以上に驚き、思わず理解を一瞬手放してしまったのは、ましろが言っていた言葉であった。ソラというのは隣の青髪の少女なのだろう。先ほど女性を一緒に助けただけで知り合いでも何でもないその少女が何故か自分に会いたいときたのだから。
「初めまして!私、ソラ・ハレワタールと言います!」
「あ、え、えーと……嵐堂ヤクモって言います……ど、どうしたの?」
興奮冷めやらぬといった様子でヤクモに詰め寄るように近づいてくるソラ。距離を詰めてくる女子にドギマギしながらぎこちなくもどうにか彼女の機嫌を損ねないようにと頑張って言葉を絞り出す。
(そういえば……ヤクモ君が女の子と話してるところほとんど見たことなかったっけ……)
完全に異性に緊張している男の子のそれにましろは見守りつつも苦笑が漏れてしまう。
「私、ヒーローになるために日々、頑張っているんです!」
「は、はぁ……」
「さっき、女性を助けた時の言葉、凄く良いって思ったんです!」
「はぁ……?何か言ってたっけ……?」
そんなヤクモの苦労にも気付いてないのか、矢継ぎ早に話しかけていくソラ。いっぱいいっぱいになりながらもどうにか相槌を打ちつつ彼女の言葉を理解しようと努める中投げかけられた先程の出来事。
「お礼を受け取らず、困ってる人を助けるだけで充分……すっごく良い言葉です!感動しました!」
「えぇ……?」
言った覚えはある。しかし、ここまで彼女が盛り上がるほどに感銘を受ける台詞だろうかといわれると正直疑問しか出てこない。
「確かにそんなこと……言ったとは思う。思うけど……困ってる人がいるなら助けるのは当然だろうし……」
「はい!その通りです!!まさにヒーローですよ!」
「いや、そんなものじゃないって……特別でもなんでもないしただできることやってるだけだから……そんな、褒められるようなこと何もしてないし」
「そんなことありません!」
とにかく、彼女が妙に自分を評価していることだけは伝わった。なのでその誤解を解こうと口下手ながらも必死に説明していくのだが、何故か言葉を繋げれば繋げる程彼女の目のキラキラが強まっていってるようにも見えてくる。
「それに、困ってる人を放ってはいけないことを普段から心がけているんですよね!」
「いや、そんな大層なことは考えてないんだけど……」
「つまり、意識せずとも勝手に困ってる人を放っておけず助けようとする……まさにヒーローです!」
「いやヒーローじゃないから」
しまいには盛り上がりすぎて持ってる手帳に書き込み始める始末である。ついついツッコミを入れてしまうもヒートアップしたソラは止まらず、気分の赴くままに羽ペンみたいな形をした不思議なペンを滑らせている。これはもう収集がつかない、そろそろ頼むから助け船を出してくれとましろに目を向ける。しかし当のましろは何も言わずニコニコと笑顔を浮かべながら首を横に振りながら、いつの間にやら起きていたのか抱っこしている赤ん坊を揺らしながらあやしていた。
(ヤクモ君……自然体でやってるだけなんだろうけどすっごくソラちゃんに刺さってるよ……!)
こうなると、もう彼女の気が済むまで付き合うしかないだろう。どうせ他にやることもないのだからともう一度視線をソラに戻そうとした、その時だった。
「……!?」
「それでですね……あの、どうしました?」
また、あの胸騒ぎだった。突然動きを静止し、表情を険しくし始めるヤクモを見て、興奮していたソラも訝し気な表情を浮かべてヤクモに問いかける。
「え?ああ、いやなんでも……いや、なんだこれ?」
「「?」」
以前まではただの定期的な胸騒ぎだと思っていた。しかし今回に限ってはちょっと違う。胸騒ぎの方はいつも通りだったのだが、その胸騒ぎの原因が今回は近くにいるような気がするのだ。
「なんだこの気配……?」
「「気配?」」
無意識にその気配を探るかのように視線を動かす。2人もつられて視線を動かすと、そこにはモヒカンにスパイクという中々にパンクなファッションをした大男が遠くからこちらに向かって歩いてくる姿があった。
「あれか……!?」
「「カバトン!?」」
「える!?」
その大男を見てカバトンと驚いた声を上げるソラ達。知り合いかと思ったが、2人の表情からしてそういう優しい関係ではないらしい。そしてカバトンと言われた大男はこちらに気付くと、こちらも驚いたようにソラ達を指差す。
「お、お前たち!!こんなところで会ったが百年目!今度こそお前らをぶっ倒してプリンセスをいただくのねん!!」
「何を言ってるんだあいつ?」
ソラ達の間にも並々ならぬ事情があるのだろう。見ればバチバチと両者の間に火花が散っているかのようにも見える。
「カモン!アンダーグエナジー!!」
カバトンが手を地面につけると、そこからどす黒いエナジーが発生する。それはフードコート脇に併設されていたプラモデルや模型などのコーナーに展示用として置かれていた四足歩行の獣型ロボットのプラモデルに注ぎ込まれたかと思うと、そのプラモデルを連想させる巨大な怪物へと変化し、棚などを倒しながら何故か痩せこけているカバトンの目の前に移動してくる。
「ランボーグ!!」
「うわあああ!化け物だー!!」
「逃げろぉおおお!」
「ランボーグ……」
そして咆哮を上げる怪物。それを見た客たちが慌てて逃げだしていく中、ヤクモはその怪物に視線を奪われたまま動けなくなっていた。と、そんなヤクモの背中をソラが小突く。
「ヤクモさん、早く逃げて!」
「!あ、ああ!2人も一緒に!」
「そ、それは……!」
あんなのを相手に確かに1人でできることなどない。逃げようというソラは正しいと一緒に逃げることを促すも、何故か返ってきたのは歯切れの悪い返事。まさか動けないのかと考えるも、これ以上の思考時間を許さないかのようにカバトンが動く。
「ふん、変身しないならこのまま一気にぶっ倒してやるねん!やっちまえ、ランボーグ!」
「ランボーグ!!」
「ソラちゃん!!」
「!はい!」
ましろの言葉にソラは即座に先ほど手帳に書き込んでいたのに使った羽ペンを取り出す。ヤクモがましろの方を見ると、ましろも同じような羽ペンを持っており、その傍らには小さな小舟のようなものに乗って浮かんでいた赤ん坊がいた。
「え!?」
「「ヒーローの出番です!(だよ!)」」
ヤクモの驚く目の前で、2人の手に持つ羽ペンが姿を変えてペンライトのようにも見える形状になる。そこにアクセサリーのようなものをはめ込むと、2人の体が光に包まれ、その姿を変化させていく。
「無限にひろがる青い空!キュアスカイ!」
「ふわりひろがる優しい光!キュアプリズム!!」
水色のツインテールと青いマントが印象的な青を基調としたコスチュームに身を包んだソラことキュアスカイ。そして桃色に染まった髪に白いドレスが特徴的なましろことキュアプリズム。変身を終えた2人はそのままポーズを決める。
「レディー、ゴー!」
「「ひろがるスカイ!プリキュア!!」」
エルとヤクモを守るようにランボーグの前に立ちふさがる2人の戦士。その後ろ姿と、この短時間で起こった驚きの連続に呆然となりながらヤクモは見ているしかない。
「プリキュア……だって……?」
「出たなプリキュア……でも、今度こそ終わりなのねん!」
ランボーグがカバトンの言葉と共に勢いよく走りだす。ランボーグが地面を蹴った音で我に返ったヤクモは咄嗟に浮いている赤ん坊の小舟を手に取る。
「える!?」
そのままランボーグの直線上から外れるように弾かれたように横っ飛びで距離を取る。無意識のうちに繰り出した行動だったが、それを確認したスカイとプリズムは突進してくるランボーグをヤクモに倣って左右に分かれて回避すると、そのままスカイが飛び蹴りを叩き込む。
「っ!?」
だがその一撃は、ランボーグの全身を守る、時折パタパタと音を立てる硬い装甲に阻まれる。金属にぶつかるような音が響き、スカイの方が弾かれてしまう。アンダーグエナジーと呼ばれるエネルギーを注ぎ込まれたのがプラモデルだった影響だろうか、それによって生み出された怪物はそのプラモデルの元となったロボットの性質をある程度模倣してしまっているのだろう。
「スカイ!」
攻撃してきたスカイを捉えようと振り向くランボーグ。その背中に向かってプリズムが両手に光の球体を生み出すとそれを投げつける。光が着弾して爆発音が鳴り響いてランボーグが僅かによろめくも、大きなダメージにはならない。その間にスカイは距離を取り、プリズムもそこに合流してくる。
「あのランボーグ……凄く硬いです!」
「それなら……スカイ!」
「はい!」
2人がスティックに変化した羽ペンを取り出そうとした、その時だった。ランボーグの装甲が開かれ、そこから無数の銃口が顔を覗かせる。
「「え!?」」
「あれは……!?」
戦闘に巻き込まれないように赤ん坊を抱きしめながら移動していたヤクモは、そのランボーグの見た目や行動からプラモデルとの関係を推測し、押しつぶされていた商品のケースを見つけていた。そこに写っていた商品のイラストを見て、やっぱりと合点がいったようにランボーグをもう一度見る。
「おいおいこれ……まさか、本当にそうだってのか……!?」
「ぐふふ、さぁやってやれランボーグ!」
「ランボォォグ!!」
次の瞬間、無数のどす黒いエネルギー弾の弾幕が放たれ、プリキュアを襲う。先ほどまでキメ技を撃とうとしていたのだろう、2人は咄嗟に反応しきれず、両腕を交差して受け止める。
「「きゃああああ!!」」
最初の方こそ受け止めていたものの、その弾幕量には勝てず、吹き飛ばされて壁に叩きつけられる2人。その姿を見て高らかにカバトンが笑う。
「ぎゃーはははは!俺様TUEEEEEE!!」
どうにか起き上がるスカイとプリズム。しかしその表情は険しい。一発一発はさほど強い威力はないものの、連続して喰らえばいくらプリキュアといえど大きなダメージとなる。そのうえ、自分たちのやろうとしていた行動をこうして封じられてしまっては有効打になる一手が打てなくなってしまう。どうやって打開すればいいのか必死に考えるも、今の自分たちでは手が浮かんではこなかった。
「え、えるぅ……」
(……いいのか?ただ見ているだけで)
その光景を、じっと見ていることしかできないヤクモは内心呟く。いや、呟いたところで分かっている。今の自分にはプリキュアのような力があるわけもないし、カバトンのようにランボーグを生み出すこともきっとできない。不思議な力だって多分扱えないはずだ。
「……」
それでも。
「える?」
抱いていたエルをゆっくりと手放す。人の手から離れたことで再び浮力を取り戻した小さな布の小舟の上からエルが不思議そうにヤクモを見る。ヤクモはエルの頭を一度撫でる。
「まだ赤ちゃんだけど……できるよね?ここから、逃げて」
「える……!?」
「困ってる二人を放ってはおけない。俺が前に出ればあのランボーグって奴の気を引くぐらいはできるかもしれない。俺にもできることがもしかしたらあるかもしれないなら……黙ってるわけにはいかない」
そう言うと、傍に落ちていた商品の棚に使われていたのだろう、ばらばらになったことで丁度いい形状になっていた鉄の棒を右手で握り、左手で首からかけられていた傘のようなマークが刻まれた金属のキーホルダーをぐっと握って深呼吸をすると、意を決してランボーグとプリキュアの間に割って入る。
「ん?」
「「ヤクモさん(君)!?」」
突然の乱入者に三者三様の反応を見せる。ランボーグも、突然割って入った存在を攻撃していいのかどうか、判断を仰ぐようにうめき声を漏らす。
「おい脇役。どうせ何もできないんだから怪我したくなかったらさっさとどけ」
「断る」
面倒くさそうに警告するカバトンを発言を一蹴するヤクモに慌ててプリキュア達も声を上げる。
「駄目です!逃げてください!!」
「そうだよ!そこにいたら……!」
「……何かできるかもしれないから来たんだ」
「……え」
静かに、ヤクモが呟く。先ほど、ソラと話してた時の口下手な雰囲気は鳴りを潜めているようにも見える。力強くランボーグを睨み、右手に力を込める。胸騒ぎは今も続いている。だがそれは、まるで何かが自分の内側から暖かい光のようなものが外に出ようとしているかのような、そんなどこか心地よさと力強さを感じる感覚へと変わりつつあった。
「える……!」
その姿を見て、何かを感じ取ったのだろう。エルもまた、何かを決意したようにヤクモを見る。そしてヤクモが、湧き上がる衝動のまま、声を上げる。
「困ってる誰かがいて、俺にできることがあるなら、俺はそれをやるだけだ!」
自分の決意を再確認するかのように、声を張り上げた瞬間。ヤクモの胸から光が放たれる。
「あの光は……!」
「な、なにぃ!?」
「これは……」
ヤクモの右手から鉄の棒が落とされ、その光に手を伸ばす。それは、ソラやましろが持っていたものと同じ羽ペン。ヤクモの手に羽ペンが握られると同時に光が収まっていく。それを確認したかのように、エルが叫ぶ。
「ぷいきゅあー!!」
エルの叫びを共に、エルの元からアクセサリーが射出される。それをヤクモは左手で手に取って確認すると、少しだけ黒ずんだ紫色のアクセサリーのように見える。羽ペンとアクセサリー。それらを手にすると、羽ペンがミラージュペン、そしてアクセサリーがスカイトーンという道具であること。それがどういう風に使うものなのかが一瞬で理解できた。
「ヤクモさんが、プリキュアに……!」
「スカイミラージュ、トーンコネクト!」
光が放たれ、それに包まれるヤクモ。その中でミラージュペンが2人が持つものと同じ形状へと変化し、スカイトーンがミラージュペンへと装着される。
「ひろがるチェンジ、クラウド!」
ヤクモの姿が、その言葉と共に変わっていく。時折紡がれる言葉と仕草と共に、ヤクモの髪色は銀色から薄い紫色に変わっていき、ボリュームが増える。眼鏡が消滅し、耳には刺々しさを感じさせるイヤリングが装着される。服装もまた、明るい紫と黒を基調としたロングコートとロンググローブ、ロングブーツという恰好に変わっていく。
「夜空に漂いひろがる雲!キュアクラウド!!」
変身を終え、キュアクラウドというプリキュアへと変身を遂げたヤクモがプリキュアとカバトンにその姿を見せる。新たな3人目のプリキュアの登場にカバトンは大きく狼狽し、今度はスカイとプリズムの方が驚いていた。
「ヤクモさんが……プリキュアに!?」
「ぐ……まさかこんなところで新たなプリキュアを増やしちまうなんて……くそったれ!やっちまえランボーグ!!」
「ランボーグ!!」
ランボーグの全身から銃口が出現し、そこから無数のエネルギー弾が斉射される。
「避けて!!」
そのターゲットとなったクラウドに対し、プリズムの悲痛な叫びが上がる。しかしクラウドは、微動だにせずにその場に立ったまま。そして無数の弾幕の餌食となり、無数の着弾音と小さな爆発音が響き渡り、クラウドを中心に爆煙が巻き上がりスカイとプリズムの視界からクラウドの姿が消えてしまう。
「「ああ!?」」
まともにもらってしまった。自分たちも防御していて尚大きなダメージを受けてしまった攻撃だ、それが直撃となってしまえば、どれほどのダメージを受けるか予想もつかない。ランボーグが銃撃を止め、音が静まってもなお、煙は消えず、その中心ではクラウドが目も当てられない惨状になっているであろうという結末を嫌でも認識させられてしまう。
「そんな、ヤクモさんが……クラウドが……」
「だーはっはっは!新しいプリキュアとか聞くから、どれくらいやるのかちょっとだけ警戒してたのに、YOEEEEEEEE!!お前らより弱い、最弱のプリキュアなのねん!!」
そしてカバトンは涙を流すほどに笑っていた。煙を指差し、お腹が痛くなるほどにゲラゲラと笑っていたのかお腹を押さえながらひぃ、ひぃと笑いがまだ収まらないといった様子でもう一度ランボーグに指示を出す。
「さーてランボーグ!後は2人だ!」
「ランボーグ!」
「「!」」
ランボーグが再びスカイとプリズムに銃口を向ける。カバトンの言葉に構えを見せるスカイとプリズムだったが、クラウドの身に起こった悲劇を前にその内心は動揺していた。プリキュアが実際にやられた相手に自分たちは勝てるのか。そんな不安が過った次の瞬間だった。
「……待てよ」
「「「「!?」」」」
煙の中から、声が聞こえてくる。煙の中に一人佇む人影が見え、煙が薄くなっていくと共にクラウドの姿が露わとなる。
「な、なにぃ!?」
「「クラウド!?」」
カバトンの口から出てきたのは驚愕の声。スカイとプリズムの口から出てきたのは安堵の声。だが、スカイはすぐにクラウドの様子を確認する。あれほどの攻撃を受けて、無事なわけがないはずだと。もしこれ以上の戦いが難しそうなら……そう考えて見ていたが、すぐにあることに気付く。
「……怪我をして、いない?」
「え……!?あの攻撃を受けたのに!?」
「そ、そんな馬鹿なことが……!?」
そう。僅かにコスチュームに汚れなどはついているが、まるで何事もなかったかのようにクラウドは立っていた。カバトンも、あの攻撃をまともに喰らっていたはずなのにと信じられないといった様子でクラウドの姿を見ていた。そんなカバトンを一旦無視して軽く腕を振り回したりして、自分の体調をチェックして異常がないことを確認して頷くと、カバトンに不敵な笑みを向け、挑発するように口を開くのだった。
「何も問題ないな。じゃあランボーグ、暫く俺とやろうぜ」