ヤクモとツバサが話をしていた時から少しだけ遡り。
「ソラちゃん、入るよ」
「……はい」
ましろが部屋に入ると、ゆりかごに収まって昼寝をしているエルを体育座りのままじっと見つめるソラの姿があった。少し落ち込んだ様子でエルを見ていたソラの隣にましろが座る。
「ソラちゃん……ごめんね、ソラちゃんが不安になってたことに気付かなくて」
「いえ……ましろさんは悪くありません……あの子……ツバサ君も。悪いのは……未熟な私自身です」
心細そうに膝を抱く両腕をぎゅっと抱き寄せる。そんなソラの手にましろは自分の手を置く。
「ましろさん……?」
「ソラちゃん。それを言ったら、気付けなかったのは私もだよ。ソラちゃんだけの責任じゃない」
「でも……」
「だからさ、これからは気を付けようよ。皆で一緒に。ヤクモ君もそうしたいって思ってるはずだよ」
「ヤクモさんも……」
ましろに諭されていくうちに、少しずつ不安が溶けていくのを感じる。顔を上げたソラがましろの顔を見ると、ましろもにこっと笑いかける。
「……える……?」
「うん、そうだよ。ソラちゃんが1人だけで抱え込む必要はないんじゃないかな。頼ったり、思いっきり甘えたりしていいんだよ。エルちゃんを守りたいって気持ちは皆一緒なんだから」
「……そう、ですよね……」
エルに対する思いは皆同じ。改めて言われると確かにその通りだ。反省することは必要かもしれないが、この問題に対処するのは1人ではない、ましろやヤクモ、ヨヨやあげはなど、今のソラにはこの世界で頼れる人たちがいるのだ。
「……ありがとうございます、少し元気がでてきました」
「よかった……そういえばヤクモ君はどこに行ったんだろ」
「え?下にいるんじゃ……」
ここで、ましろはヤクモがこの場にいないことに気付く。リビングを出て階段を上るときは一緒に居たと思うのだが。雰囲気に耐えかねて部屋に入れていないのだろうかと扉の方を向こうと頭を振ったその時。流れる視界の隅に中身が空になっているエルのゆりかごが映る。
「……ん!?」
「ましろさん?」
慌ててゆりかごを二度見する。そこには、確かにエルの姿が消えていた。
「……あ、あ……」
「え?ど、どうしたんで……!?」
震えながらソラに向くましろ。その蒼白となった表情に先ほどまでましろが見ていたであろう方向にソラが視線を移すと、ソラにもエルのゆりかごの姿が見える。いつの間にか起きていたのか、そしていつの間にゆりかごを抜け出してしまったのか。自分たちがちょっと目を離した瞬間にいなくなってしまったエルという事態を前に、2人は顔を見合わせると、
「「あああああ!?」」
緊急事態を告げるかのように大きな声を出していたのだった。
★
「……あれって」
「……」
2人の声を聞いて慌てて2階に上がったヤクモとツバサが目にしたのは、廊下の壁に手を当て、掴まり立ちをしようとしているエルの姿だった。エルが先程まで寝ていたと思われる部屋の中からは物音が聞こえてくるが、当人のエルには聞こえていないほどにどうやらエルは集中しているようであり、どうにか掴まり立ちに成功する。
「「……」」
エルは何かをしようとしている。それに気付き、無言でその光景を固唾を呑んで見守るヤクモとツバサ。と、ここで奥の部屋の扉が開き、エルを探しに来たソラ達が姿を見せる。慌てた様子で廊下に視線を向け、エルの姿を見つけて声を上げようとしたまさにその瞬間。
「しーっ……!」
一歩早く部屋から出ようとしていた2人に気付き、エルに悟られないように静かに廊下の反対側を通って部屋の前に移動し、静かにするようにとジェスチャーを取る。何でこの2人が一緒にいるのか、その疑問が真っ先に浮かぶソラたちだったが、2人が無言でエルの方を見るように顔を動かしたのを見て、それに倣ってエルが掴まり立ちしているところを見る。すると、エルは足を震えさせながらも壁から手を離していき、よろめいてはまた壁に手を付けてを繰り返していた。
(これって……)
それを見てましろはエルが歩こうとしているのだと気付く。しかし、一度も歩いたことのない赤ん坊からすればまだまだ不慣れなのか、中々掴まり立ちから先には進めないようだ。しかし、それでも徐々に、両手が壁から離れている時間が増えている。もう少し、もう少しだと心の中で応援するましろ達。そしてついに、
「えるぅ~!」
エルは2本の足でしっかりと立ち上がっていた。ついに立てたことに大きな達成感を感じているのか、嬉しそうに4人を見るエル。どうやら、いつの間にかエルには4人が見ていたことがばれていたようだった。
「える?」
「「あ!?」」
しかし立てたのもほんの少し。バランスを大きく崩してしまい、後ろに倒れそうになるエルに向かってソラとツバサが反射的に飛び出してエルが頭や体を床にぶつけないように後頭部や背中を支える。
「エルちゃん!?」
「怪我は大丈夫?」
「えるぅ!」
慌ててましろとヤクモがエルに近づきしゃがみ込む。もしどこかにぶつかったり頭を揺らしたりしていたら問題だったが、エルが嬉しそうに笑顔で手を振っている姿を見るに問題はなさそうだ。
「よかったぁ……」
「ふぅ……びっくりしたよ」
その様子を見てほっと胸を撫で下ろすヤクモとましろ。支えられた2人の手の中で喜ぶエルだったが、その体をソラが愛おしそうに抱きしめる。
「頑張ったね!諦めなかったね!偉いね!」
「える~」
気付けばソラは涙を流すほどにエルの成長に喜んでいた。ずっと見てきたエルのはっきりとした成長を目の当たりにし、ソラの涙にもらい泣きしかけたのか、ましろの瞳にも涙が少し滲んでいる。
「……」
そんなソラとエルの姿を見ていたツバサはヤクモを見て、それからましろを見ると、あることを決心したのか口を開く。
「……ヤクモさん、ソラさん、ましろさん」
「?」
「どうしたの?ツバサ君?」
「……一緒に来てもらえますか」
3人をどこかへ連れていきたいというツバサ。それはおそらく、彼が語りたくないこの世界の滞在理由に繋がっているのだろう。何となく、そう思った3人はツバサに連れられ移動を開始するのだった。
★
「あ……」
「この部屋……こんなことになってたんだ」
ツバサが案内したのは、先ほどヤクモがツバサが入っていったところを見た部屋だった。その中に入り、その内装を見たましろが驚きの声を漏らす。この部屋は鍵がずっとかけられており、中がどうなっているのか知らなかったようだが、どうやらここはツバサの部屋になっていたようだ。
「ぶら下がってるあれは……何でしょう?」
「飛行機の模型かな」
「でも、テレビで見たのとは……」
「プロペラがついてるし羽もあんな形だしちょっと前のだね」
部屋の内装でまず目につくのは天井からぶら下げられた飛行機の模型だ。机の上にも飛行機の模型が置かれており、壁際にある本棚には飛行機やそれに関連した様々な書物が置かれている。
「詳しいんですか?」
「テレビで見た程度だよ。そこまで飛行機に詳しいわけじゃない」
模型についてソラに説明するヤクモの姿により興味が湧いたのかそう質問してくるツバサ。ソラも興味深そうに部屋を見渡す。
「ずっと閉まっていたから空き部屋かと思っていましたが……どういう部屋なんですか?」
「この部屋は、私が用意したツバサさんの研究室よ」
「おばあちゃん?」
ソラの質問に答えたのは部屋に入ってきたヨヨだった。
「研究とは?」
「航空力学ですよ」
「航空力学!?」
そういいながら、航空力学に関する本の表紙を見せてくるツバサ。いきなり飛んできた航空力学のワードに驚くましろ。ヤクモも言葉にこそしなかったものの、ツバサの言った言葉に驚きを感じていた。
「こうくう……?ましろさん、知ってるんですか?」
「う、うん……大学とかでやる奴だよ……確か」
「凄い専門的なことをやってるんだね……」
「そ、そんなに凄いんですか?」
この世界の学問で、ましろやヤクモが驚くぐらいには難易度の高いものなのだろうということはソラにも伝わってきたが、やはりまだピンとは来ない。ヨヨはソラにもわかりやすいようにいくらかかみ砕いて説明する。
「ソラさん、飛行機は知ってる?」
「はい」
「その飛行機を飛ばすための学問が航空力学よ」
ツバサが本を広げて皆に見せてくる。専門的なことが書き記されており、ましろやヤクモでも文字や文章が読めても意味までは中々理解できない。
「風の向きや強さ、翼の角度……」
「は、はぁ……」
ソラも真剣に文字を読み取ろうとするも、全く理解が及ばず眉を潜めてしまう。とりあえずこの世界の人たちが飛行機を作るために物凄い学問を作り上げたということだけはわかった。そんな表情だ。
「こちらの世界の人たちが空を飛ぶために長い時間をかけて編み上げた学問です。それを僕は1年かけて勉強してきたんです。スカイランドに帰らなかったのはそのためです」
「どうしてそんな勉強を?」
空を飛ぶ乗り物についての勉強。やっていることは理解できたが、それをどうしてスカイランドの住人であるツバサが勉強しているのかがわからず首を傾げてしまう。勉強したことはどこかで役に立つのだろうが、スカイランドなら飛行機を作らなくても人が空を移動することに不都合はないし問題ないのではないか、と。ソラの素朴な疑問に、ツバサは一瞬答えることを躊躇っていたが、やがて口を開く。
「……約束してください。本当の事を言っても、笑わないって」
「……」
ツバサの静かな物言いに、ヤクモ達も頷き返事を返す。それを見て、ツバサも意を決して言う。
「空を飛びたいんです」
窓の外を見ながら、ツバサは静かに言う。
「ソラさんは知っていますよね。僕たちプニバード族が世にも珍しい、鳥だってことは」
「……はい。大昔、人間に変身する力と引き換えに、飛ぶ力を失ったって」
ツバサは語る。スカイランドに居た頃、幼いツバサは王都へ向かうため鳥に乗せてもらっていた。そんな中、強風によってツバサは巻き上げられてしまい、空を舞ってしまったのだ。そこを助けたのは、父親だった。なんとツバサの父は、空を飛んでツバサを助け出してみせたのだ。その時の出来事がきっかけでツバサの中に空を飛ぶという夢ができたのである。しかし、空を飛ぶための練習を続けても中々成果は出ない中、嵐の日の夜にツバサはある考えに至ってしまう。
あの時のように強い風があれば空を飛べるのではないか、と。中々成果がでない焦りもあってかその思い付きに突き動かされたツバサは嵐の夜という危険なフライトを実行。結果、スカイランドからソラシド市に落下してしまい、ヨヨに助けられて九死に一生を得たのだった。
「……でも、無駄ではないと思ってます。落っこちたおかげで、僕はこの世界で空を飛ぶ学問に出会った。それを学んで、風の流れを正しく読めば、僕も空が飛べるかもって……」
「そうだったんだ……」
そしてそれから、ツバサはましろに悟られないように1人、ずっと勉強を続けてきていたのだ。ただの鳥として振る舞いながら、航空力学を学ぶ。人知れず行われてきた苦労を知ったましろは、ツバサの夢を聞いて笑顔を浮かべる。
「いい夢だと思うよ」
「ほ、本当ですか?」
「俺も、ツバサの夢、応援するよ。目指してる夢があるなら、大事にするべきだと思うんだ」
「……ありがとうございます。でも……」
2人の言葉を聞き、嬉しそうに笑うツバサ。と、その視線が恐る恐るといった様子でソラに向けられる。2人はこの世界の住人であり、スカイランドから来た人と感性が多少異なる場合もある。これが同じスカイランドの住人からの場合は。そんな一抹の不安を抱きながらソラを見たツバサだったが、その心配は杞憂に終わる。
「凄くかっこいいです!」
「……え」
「一度やると心に決めたことは絶対に諦めない!それがヒーロー!」
ツバサの言葉と努力に感銘を受けたソラは、ヒーロー手帳にそう記していく。先ほどまで不安を持っていたツバサはその対応に驚く。
「笑わないんですか?スカイランドの人からすればプニバード族が飛ぼうだなんて……」
「笑いません!だって私はヒーローになりたい!ツバサ君は空を飛びたい!道は違うけど、私たち同じじゃないですか!誤解しちゃってごめんなさい!」
深々と頭を下げ、カバトンの仲間だと誤解したことを謝るソラ。そして顔を上げると、気恥しそうに手を差し出す。
「その……お友達になってください!」
「あ……」
その手を見て、ツバサも手を差し出し握り返す。そしてお互いに握手をする。
「よかったね、ソラちゃん、ツバサ君」
「うん、誤解も解けたようだし」
「える!」
その光景を見つめるヤクモ達。ツバサが皆に受け入れてもらえたことが嬉しいのか、エルもよりはしゃいでいる。
「エルちゃんはツバサ君のことが気に入ったんだね」
「助けてもらった相手だからかな」
「助けてもらった……つまり、エルちゃんにとってはナイトですね!」
「……え!?」
「えるぅ!」
いきなり、エルのナイトだと言われ動揺するツバサ。しかしツバサが自分の騎士と表されたことがとても嬉しいのか、歓声を上げている。
「そ、そんな大げさですよ……」
「騎士のこと、エルちゃん知ってるんだ」
「プリンセスだからナイトもいるんじゃないかな」
「なるほど」
納得したようにましろと会話して頷くヤクモ。と、ふと眩しさを感じて窓を見ると、既に空はオレンジ色に染まっていた。
「……もうこんな時間か」
「夕方だね……そうだ、せっかくツバサ君と仲良くなったしヤクモ君も晩御飯一緒に食べない?」
「あ、それいいですね!ヤクモさんも一緒にご飯を食べましょう!」
「え?いや、さすがにそこまで世話には……母さんもなんか作ってるかもしれないし」
「あー……」
残念そうな声を上げるソラ。一応聞いてみようとヤクモがスマホを取り出したその時だった。
「……!」
胸騒ぎを感じ取り目を見開く。直後、その場にいた全員がキーンと耳鳴りを感じ取る。
「な、なんですか今の……」
「耳がキーンって……」
「今の耳鳴り……私だけじゃなかった?」
「この気配……ランボーグだ」
「「!!」」
急いで外に出るヤクモ達。遅れてツバサとヨヨも外に出ると、街の上空に巨大なUFOのような物体が浮いていた。ふわふわと縦横無尽に動き回るその挙動から見ても普通の物体ではなく、先ほどのヤクモの言葉も合わせると間違いなくランボーグと見ていいだろう。
「なんか浮いてる!?あれがランボーグ!?」
「物理法則もあったもんじゃないな……」
「全くですよ!?あんなの出鱈目です……航空力学的にありえない!」
目の前で起こった異常な出来事を前にツバサの悲鳴が上がる。と、そのランボーグからビームが街へ向けて投下され、遠く離れたヤクモ達の耳にも爆発の音が届いてくる。
「あ!?」
「街を!?」
「俺達を炙り出すつもりか!?」
プリキュアが出てこないなら。カバトンとしてはその程度の認識でしかないのだろう。しかし、そのために街を攻撃するという行為は決して許されるものではない。ソラは、家から出るときにエルを抱いているツバサに話しかける。
「ツバサ君」
「はい?」
「エルちゃんをお願いします」
「える!?」
「危ないからここにいてね」
「えぅぅ……」
ここに居てほしい。そういうソラに続きましろもエルに語り掛ける。それに異を唱えるエルだが、ここで出て行ったところで危険なだけだ。そう諭すようにヤクモも口を開く。
「エルちゃん、カバトンは多分無差別に攻撃してる……だから、エルちゃんも一緒にいたら巻き込まれるかもしれない。だからツバサ、ここは頼むよ」
「はい。気を付けて」
エルを傷つけないように、しかし抱っこしている腕に少し力が入る。そして3人はミラージュペンを取り出し、プリキュアへと変身すると街へと繰り出す。その後ろ姿を見送りながらヨヨはじたばたと暴れるエルを抑えるツバサに指示を出す。
「中に」
「はい、行こう」
「えるぅ!!」
家の中へと足を向けた2人。と、その時だった。エルの言葉に反応するようにゆりかごが家の中から飛んできてツバサへと突っ込んでくる。
「うわぁ!?」
それを避けようとしてバランスを崩してしまい、思わず手を離してしまうツバサ。宙に投げ出されたエルはゆりかごに収まってしまう。
「いけない!」
ヨヨもエルを止めようとするが時すでに遅し。エルは街の方へと飛び出してしまう。直後、ヨヨの持つスマホにあげはからの着信が入ってくる。
「あげはさん、ええ、ランボーグが出てきているのはこっちも見ているわ。ええ、エルちゃんが街に……位置はミラーパッドで連絡するから……」
どうやら街にはあげはがいるらしく、彼女に1人飛び出してしまったエルを保護してもらおうと考えたようだ。そして一旦あげはとの会話を中断すると座り込んだまま街の方角を見るツバサに声をかける。
「ツバサさん、あなたは中に……」
そう告げ、またあげはとの通話に戻るヨヨ。ツバサは呆然と街を見ていたが、やがてあることを決心したように表情を引き締める。
(……エルちゃんが危ない……!皆から、任されていたのに、僕のせいでエルちゃんが街に……!)
今も3人のプリキュア達はランボーグと戦っているのだろう。その間、エルを任されていたというのに大失態を犯し、彼女をより危険な目に遭わせようとしている。だからこそ、自分の手でどうにかしなければならない。目を閉じて、風を感じ取るツバサ。
(風を読むんだ……!風の力を使って……!)
風を感じ取ると、人の姿からプニバード族の鳥の姿へと戻るツバサ。体重を軽くすれば、風にだって乗れるはず。全力で走り出す。
「やあああああああ!!」
声を張り上げながら、柵を飛び越えて、ツバサも街へと飛び出していくのだった。