「……クモさん!ヤクモさん!」
「……あ」
何度か呼ばれ、やっとその声に気が付く。聞きなれた声にヤクモが振り向くと、そこには心配そうな表情のソラがいた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……うん、大丈夫大丈夫」
他の帰宅する生徒達の声が校庭から聞こえてくる放課後。帰りのホームルームが終わったというのにずっと席に座ったままのヤクモだが、これは今に始まったことではない。
「ですが……ここ最近、ずっとぼーっとしたままですよ?」
ソラの言う通りであった。休み明けから今日に至るまで、こうしてヤクモは話しかけても上の空ということが多いのだ。それが気になり、この前もこうして質問したのだが、
「……かもしれない……ちょっと色々あって」
「その色々を聞きたいのですが……」
「……ごめん、言えないんだ」
「……そうですか」
このように、話してくれないのだ。誰にも話したくない話ということであればそれ以上はソラにも聞くことができず、こうして核心に迫ることもできないまま、話し合うこともせずこうして共に佇んでいる。その光景を遠目に見ながら、ましろは溜息を漏らす。
「どうしちゃったんだろうヤクモ君……」
「喧嘩した……ってわけじゃないよね?」
「うん、そんなことはないんだけど……」
「ヤクモ君のあんな姿見るの初めてかも」
ヤクモに起こった変化はましろにとっても気になるところであった。ましろの溜息に反応したのか、つむぎとるいがましろに話しかけてくる。
「そうだよね……悩むなんて人じゃないとは思ってたから……」
「案外ヒーローガールと一緒だから悩んじゃったりして」
「「こら!」」
「じょ、冗談だっと」
その会話に入ってきたあさひの不用意な発言に2人が突っ込む。別に茶化すつもりはないんだと慌てて弁明するあさひに、
「多分それとは関係ないと思うけど……どうしたらいいかな……」
ソラはおそらくこの件と関係はないはずだと返すましろ。ましろも、ヤクモが何に悩んでいるかはわからないが、それに関係しているであろう出来事は知っている。それは、以前ツバサと2人だけで遊びに行ったことだ。思えばあの日、帰ってきたツバサもどこか浮かない顔をしていた記憶がある。もしそれもヤクモと関係しているなら、あの日に何があったのかが分かればヤクモの悩みについても解決できるかもしれない。問題があるとすれば、今ソラが挑戦して失敗しているようにヤクモが口を割らないということだ。
「……一緒にお出かけとかしたら悩みも吹き飛んだりして、自然と触れ合ったりとかさ」
「それは楽観的すぎるけど……でも、気分転換はいいアイデアかも?」
「確かに……悪くないかも。考えてみるよ!」
無理やり聞こうとしているのだから問題かもしれない。環境を整えて、ヤクモ自身を落ち着かせて逆に話してくれるようになってもらう方がいいのかもしれない。北風と太陽みたいだと思いながら、ましろはクラスメイトとの会話の中で出てきた案を実行するため、後であげはに連絡を取ることを決めるのだった。
★
早朝。まだ時計の短針も左下を指している時間帯に、虹ヶ丘家のリビングをこっそりと歩く一人の女性がいた。そろり、そろりと彼女が目指していたのはリビングに置かれた巣箱。その中で眠っていたツバサに起床時間が訪れたのか、眠たそうに目を擦りながらうっすらと目を開き始める。
「わぁ……可愛い……!」
「……んぁ?」
突然聞こえてきた女性の声に何事かと意識を覚醒させるツバサ。しかしそれよりも早く、その両手がツバサの小さな体を包み込む。
「うわっ!?」
「もちもちできゃわわー!」
ツバサを両手で包み込んだその感触がとても良かったのか。そして見た目が彼女の感性にクリーンヒットしたのか。ツバサに愛おしそうに頬ずりしていた女性が何者なのか、突然の出来事に心臓がバクバクなるのを感じ取り、顔面が蒼白になりながら見たツバサは、彼女の正体に気付く。
(た、確かこの人あげはさんって人だ!?)
寝起きに心臓に悪すぎる出来事。それを仕掛けた犯人がましろの友達であることに気付くツバサだが、今はそんなことがどうでもいいほどに大量の情報量が襲い掛かってきていた。まずはこの状況を終わらせなければならないとパニック状態に陥りながらツバサが取った手段は、
「お?」
ツバサの体が煙に包まれる。それと共に大きくなっていき、あげはの手からツバサが落ちていく。そして床に座り込んだ状態で人間の姿になったツバサは、彼女の手から解放されたことに安堵する。
「わお!今のどうやったの?」
しかし鳥から人に変化したその様子は、あげはにとって興味深いものだったのだろう、どういう原理で行われているのかとツバサに質問する。しかし、そんなどうでもいいことに答えるよりも、ツバサは真っ先に確認しなきゃいけないことがあった。
「あなたは……あげはさんですよね!?なんでここにいるんですか!?」
「あ、おじゃましてまーす!そういえば君とはまだ自己紹介してなかったね?私、聖あげは!」
「ど、どうも……」
なんでおじゃましているのかを知りたいんだけど、と言いたくなる言葉を吞み込みながら、あげはの言葉に相槌を打っていく。そんなツバサにあげははどんどん距離を詰めてくる。
「あの時の活躍、見てたよ。ましろんからも色々聞いてる!ってか、鳥でも朝って弱かったりするの?ねぇ、後でもう一度鳥になるのやってみせて!」
「あ、あわわ……」
好奇心に溢れた顔が近づいてくる度にツバサの心が悲鳴を上げ始める。ヤクモに助けを求め始める自分の声が脳裏にちらつき始めるも、この場にいないヤクモに助けを求めたところで何の効果もないだろう。と、ツバサの目の前にあげはの手が差し伸べられ、満面の笑みを向けられる。
「よろしくね、少年!」
「あ……うん……」
おずおずとその手を握り、握手を交わすツバサ。そのままあげはに手を引かれるように立ち上がるのだが、ふとここでツバサはあげはが言っていた呼び方の中に気になるものがあったことに気づく。
「……少年?……って、僕のことですか!?」
「うん!」
そう、自分の事を何故かあげはは少年と呼んだのだ。何の脈絡もないし、それに、
「いやなんでですか!?ヤクモさんのことは普通に名前で呼んでたじゃないですか!」
そう、少年と呼ばれるのは百歩譲ったとして、どうしてヤクモの方は少年ではないのか。それだけはまったくもって納得できないポイントであった。ヤクモは名前で呼ばれているのだから当然自分のことも名前で呼ぶのが筋なのではないかとあげはに暗に訴えるも、自信満々といった様子のあげはは、それを訂正する気は一切ないようで、
「それはねぇ……」
「おはようございまーす!」
「おはよう……あれ、あげはちゃんもう来てたの?」
なんでそう呼ぶのか話そうとしたところで、ソラとましろが降りてくる。ましろはあげはがこんな時間から家に来ていたことに驚く。
「おはよう、2人とも!準備、できてる?」
「それは……できてるけど……」
「はい!昨日準備しました!」
「え?何のことです?」
テンションを上げながらあげはは2人に質問する。ましろから今日の予定の事を聞いていたソラは元気よく返答するが、その話を何も聞いていないツバサは目を丸くして戸惑う。
「あ、ごめんねまだツバサ君には言ってなかったっけ……あげはちゃんが折角だから自分から伝えたいって」
「どういうことです?」
尚の事困惑するツバサ。自分を置いて何が進行しているというのか。一抹の不安すら覚え始めるツバサの両肩を掴み、視線をツバサの高さまで下げたあげはは、再び笑いながら告げるのだった。
「皆で、山登りだよ!」
「……山!?」
★
それから数時間後。前もって連絡をして、家の場所がまだわからないということで近くの公園で待ち合わせしたヤクモを拾い、一行は山へと向かっていた。
「~~~♪」
テンションが乗っているあげはの歌声が車内に響く。るんるん気分で楽しそうに歌うあげはを尻目に、ツバサは不満げにむすっとしていた。
「……むぅ」
「……その、ごめん」
「いえ……気にしないでください」
助手席に座るヤクモが申し訳なさそうに膝に乗せた両手の間に収めているツバサに謝る。ツバサが不満げな理由の1つがこれだ。
「あはは……ごめんね少年、このハマー5人乗りで……」
一通り歌い終わり、間ができたあげはがこれには申し訳ないと思ったのか、ツバサに謝罪する。そう、この車には5人しか乗れないのだ。そのため、1人は定員オーバーとなってしまうのだが、それを解決するため、着目されたのがツバサの持つプニバード族の能力、鳥への変身する力だった。この力で人の手に収まるサイズへと変身したツバサは、こうしてヤクモに抱えられる形で車に乗り込むこととなったのだが、さすがにこれは不服だったのだろう。
「「あ、はは……」」
これには同情するしかなかったのか、ソラとましろも苦笑いをすることしかできない。
「別にいいですよー……どうせ僕はプニバード……」
「まぁまぁ……ほら、外見ようよ!良い景色だよ!」
まるで周りの音をシャットアウトするかのように余計にヤクモの手の中に潜り込もうとするツバサ。彼の興味を引こうとあげはが外の景色を見てみたらと進言したことで、ソラが視線を外に向ける。
「おお……!?」
そこに広がっていたのは、高速で木や建物などが流れていく光景。これほどの速度で流れていくのを見るのは初めてなのか、驚いたような声を漏らす。
「凄いです!木や建物がビュンビュンです!」
「これが3桁のパワー、ってね、高速道路でのみ許された法定速度ってやつ?」
得意げに解説していくあげは。とはいえ、ソラには高速道路や時速という概念がいまいちピンと来ていないようではあるがとにかく車が速いということだけは伝わっているようだ。
「……そういえば、いつ山登りって決まったんだろうか……」
「本当ですよ……僕なんて聞かされたの今日の朝ですよ」
ヤクモは今日の出来事について、ましろからは予定を開けておいてほしいのと動きやすい服装で来てほしいということしか聞いてない。そのため、どこかに出かけようとしていることまでは予想していたがその行き先が山だとは思っていなかった。そして当然そのことを知らないでいたツバサはもちろんだが、何故自分たちに情報が共有されていないのかと男子たちは訝しんでいた。
「サプライズだよ。驚いてくれるかと思ってましろんにも協力してもらったんだ」
「ヤクモ君には最低限、ソラちゃんには昨日の夜伝えてたんだけど……」
「どう?びっくりした?」
「……そりゃあびっくりはしましたけど……」
「後は……せっかくだし皆で遠出したいじゃん?」
どうやら女性陣考案のサプライズ企画だったようである。その被害がモロに襲い掛かったのがツバサだったのは災難であったが、いつまでも過ぎたことを気にしても仕方ないだろうとツバサは仕方なさそうに溜息を吐く。
「それに……私としては少年のことももっと知りたいって思ってね」
「なんで僕なんですか……男の子ならヤクモさんだっているじゃないですか」
「ヤクモ君をもっと知りたい、って字面としてアウトじゃない?」
「どっちもアウトでは?」
大学生の女性が小6~中1の男の子を口説く、こっちの方が文面だけ見るとかなり怪しく見える。とはいえ短い付き合いではあるがあげはにそんなつもりは毛頭ないということは理解できているだけまだ安心できる部類ではあるだろう。
「それにヤクモ君を知る役目は私より適任がいるし?」
「なんですかそれ」
挙句の果てによくわからない理屈でヤクモへの言及を終えるあげは。要するにあげはの興味はヤクモではなく自分に向けられていてそれを変えるつもりはないということだけは理解した。まぁそこはいい。とにかくツバサがあげはに対して言いたいことがあるとすれば。
「……後、その少年というのやめてください」
「……あ、見えてきたよ!らそ山!」
自分の呼び方、この一点に尽きる。しかしそれについて言及される前に、目的地についてしまいツバサの文句は流れてしまう。
「……」
どうにもならない無常さを感じたのか、さらに縮こまるようにヤクモの手に体を押し付けてくるツバサを、ヤクモも遂に苦笑いしながら上から撫でて慰めることしかできないのだった。
★
山の麓の駐車場には他にも家族などで賑わっており、その中を歩き、山の入り口へと向かうヤクモ達。と、ソラが抱いているエルの視線があるところに向けられる。
「エル!」
「エルちゃん?どうしました?」
「えるぅー!」
興奮した様子のエルがゆりかごから飛び出しかねない勢いで暴れ出す。突然のエルの行動に5人が驚いている中、エルの視線の先をヤクモが確認する。そこには、
「らそ山クエスト?」
どうやららそ山で行われているイベントについての案内のようだ。そこにはソラ吾郎の出す謎を解きながら山登りに挑戦しよう、と書かれており、ソラ吾郎なる鳥のキャラクターが描かれていた。
「あ、全ての謎をクリアすると特別グッズプレゼントだって。エルちゃんが欲しいのはこれかな?」
「つまり、ソラ吾郎のグッズ?」
「えーるぅ!」
鼻息を荒くしながらましろに正解を出すエル。どうやら相当にこのキャラのことを気に入ったようである。
「それにしても少年に似てない?」
「似てませんよ!」
二頭身にデフォルメされ、オレンジを中心とした配色の鳥。目元が鋭かったりと、当然違うところは多くあるのだが、カラーリングだけ抜けだせば大体ツバサである。それがエルにとっては高評価だったのかもしれない。その今まででも滅多にみないはしゃぎようを見たあげはは、
「よし!じゃあ皆でエルちゃんのために謎解きしちゃいますか!」
「「「「「おー!」」」」」
「お、おおー」
そう提案する。それに異論を持つものは誰もなく、ワンテンポ遅れたヤクモも合わせて全員で拳を突き上げてエルちゃんのためにも山登りを始めることにする。まずは入り口で地図を受け取り、このイベントの内容について確認する。
「……えーと……道は2つあるみたい。1つは歩きやすくてゆったりらくらくのんびりコース……」
地図を見ながら、ましろが2つある登山ルートの1つに視線を向ける。そこは平坦な道が奥まで続き、様々な花畑を見ることができるコースとなっていた。そしてもう1つ、
「それと……おぉ……」
思わずましろの口から声が漏れる。それも仕方のないことか。ましろが見ている第2の登山ルートは、平坦な道では決してなく、ある程度山登りに慣れている人向けといってもいいような勾配がきつめの道となっていたからだ。しかしそれを見たソラは、
「登り甲斐がありますね……!」
「えっ」
目をキラキラさせながら楽しそうに山を見ていた。ソラなら当然このルートを選ぶだろうなとましろも予想はしていたが、この道は自分にとっては相当厳しい気がする。
「らそ山の登山ルートってこんな感じになってるのか……」
「……あ!ソラちゃんヤクモ君と一緒に登ったら?ソラちゃんも、エルちゃんの事は私達に任せてさ!」
「え?いいんですか?」
山を見て、意外そうな声を漏らすヤクモ。その姿を見たましろは、ソラにヤクモと一緒に山を登ってみてはどうかと提案する。ソラもその申し出は嬉しいと思うが、自分たちだけ別の道を行くような形になるのではないかと思ってしまう。
「ヤクモ君も山登り好きでしょ!?」
「まぁ山もたまにキャンプのために登ったりするけど……」
「じゃあ決定だね!」
「そ、それでは……お願いします」
半ば強引に決められ、エルをソラから受け取ったましろはヤクモとソラの背中を押していく。
「2人で頑張ってね!」
「ヤクモさんと……はい!頑張ります!行きましょうヤクモさん!」
「あ、うん……じゃあツバサ、また後で」
「いってらっしゃーい」
険しい登山ルートへと向かっていくヤクモとソラ。その後ろ姿を見送り、ましろはよし、と小さくガッツポーズしながら安堵の表情を浮かべる。
「ふぅ……」
「ましろん……」
「ソラちゃんには悪いけど、あの道は過酷すぎるよ……」
決して嘘は言っていない。隣に優しい道があるのだからそっちを選びたいというのがましろの本音である。かといってソラ1人だけに行かせるのもよろしくないとヤクモを道連れにしてもらうことにしたのだった。まぁヤクモは案外体力もあるし山登りもそれなりに経験があるようなので問題はないようなのは嬉しい誤算である。
「それに……ね」
「うん、そうだね」
「?」
ましろとあげはが2人で何かに頷き合う。その姿にツバサは首を傾げていたが、
「じゃあ私たちも出発しようっか」
「うん!行こうっか、ツバサ君」
「あ、はいそうですね」
2人に言われ、登山を始めるのだった。
★
「……」
麓から見上げた時は結構過酷な道の連続のように見えたが、こうして登ってみると案外なんとかなるものだ。道もかなり長く作られているせいかそこまで勾配がきついという感覚もない。とはいえ歩き慣れていない人には確かに厳しいのかもしれない。
「山登りって楽しいですね!こうして友達と山登りをするのは初めてです!」
「ん?ああ、そうだね」
そんな状況なのもあり、話す余裕も出てきており、ソラのそんな言葉にヤクモも同意する。
「花畑も結構綺麗だし……来れてよかったな」
「はい!私もそう思います!」
視線を道の脇に向けると、綺麗に整えられた花畑が見えてくる。春の花で彩られたその花畑は山登りを飽きさせず、景色に夢中になれるように育てられたものなのだろう。こういうのを見るとヤクモもソラも心が安らいでくる。
「……けど、結構歩いてきたし、ここらで小休憩でも挟もうか」
「わかりました!じゃあ……あ、あそことかどうでしょう?」
ソラが指差した先は芝生が広がっている場所だった。どうやらこちらのルートを辿った人が途中で休憩するためにと設けられたスペースのようであり、芝生に置かれているベンチなどに座っている人もちらほらいる。
「そうだね。そこにしようか」
ヤクモもそれに賛成して芝生まで移動すると、2人は芝生の上に腰を下ろす。そして飲み物に口を付けたヤクモは、溜息を漏らす。
(どうしたものかな……)
こうして落ち着いて考え始めると、途端に脳裏に過るのはあのランボーグとの一戦。自分の中で答えを見つけないといけないと思ってはいるものの、中々答えが出ず、一応の結論が出ても本当にそれでいいのかと自問して結局最初に戻ってしまう。そのせいでソラやましろにも心配をかけてしまっているのだ。この山登りに誘ってくれたのだって自分のそんな異変を感づかれているからなのはヤクモも理解していた。
「……ヤクモさん」
「……え?ど、どうしたの?ソラさん」
やはりヤクモの様子が気になったのだろう、じっとこちらを見つめてくるソラ。山で2人きりで見つめられているという日常から外れた状況に思わずドキっとなってしまうヤクモの手を、ソラは握りしめてくる。
「……ソラさん?」
「……ヤクモさん、私じゃ……困ってるヤクモさんの力になれませんか?」
どこか悲しそうに言うソラ。その言葉を聞いて、ヤクモは申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。まさかここまでソラが気にしていたとは。山登りを一緒に楽しもうとしていたのも、ソラ自身友達と山登りを純粋に楽しみたい気持ちもあるのだろうが、やはりヤクモに元気になってほしいという思いがあったのだろう。しかし、今のヤクモの反応を見て、そこまでのことはできていなかったことを不甲斐なく思っているのかもしれない。
「……ちょっと、考えてて」
ここまで思い詰めているソラをこれ以上自分のせいで困らせたくはなかった。そこで内容を多少ぼかしながらヤクモはソラに話し始める。
「俺にできることってなんなんだろうなって」
「できること、ですか?」
「……プリキュアになってからできることが色々増えてさ……自分の力についてどう受け入れたらいいかわからないこともでてきてさ」
「……そうですね」
確かに、プリキュアになり、ランボーグと戦えるようになってから、できることは増えたといえるだろう。言葉を選ぶように言っているヤクモの様子から、本当の悩みは別にあるのだろうとソラも感づいてはいたが、それでもと自分なりにヤクモの言葉に応えたいと思い、自分の意見を言うことにする。
「私は……やっぱり、ヤクモさんのままでいいと思います」
「俺のままで?」
「はい、できることが増えても、ヤクモさんはヤクモさんのままだと思うんです。そう思うから、私はヤクモさんと一緒にいたいと思うんです」
「俺のまま、か……」
ソラの言葉を聞き、少し考え込むヤクモ。と、脱力したように芝生に倒れ込む。ソラがヤクモの顔を覗き込むと、その顔には笑みが浮かんでいた。
(……そうだよな、別に俺が変わるわけじゃないもんな……便利なものは便利なままだし、わからないものは何やってもわからない、たまたまその力がカバトンと一緒だっただけで、プリキュアであることや今やってることに何の影響もないもんな……はぁ)
なんでこんなことを悩んでいたのか。ヤクモは思わず自分のことながらそんな感想を抱いてしまう。だが、ソラの言葉のおかげで自分の中で答えを出すことができた。
「ありがとう、ソラさん。多分吹っ切れたよ」
「えへへ……よかった」
照れながらソラも嬉しそうに答える。ヤクモはそんなソラの顔を嬉しそうに見ながら体を起こしていく。
「そろそろ出発しようか」
「そうですね……あ!ヤクモさん背中!後頭も!」
立ち上がろうとするヤクモ。それを制してソラがヤクモを座らせる。一体どうしたのかと訝しみ、言われるがままに背中に手を回すと、植物に触れる感触があった。
「え?ああ、枯れた芝生……まぁ軽く払っておけば」
「あんまり雑に取ると髪が痛むかもしれませんよ?ちょっと座っててください」
丁度着ているのがジャケットだったのもあり、それを脱いで草を払おうとするヤクモ。しかし髪に関してはそうはいかないとソラがヤクモの後ろに回り、ヤクモの頭についた草を取り始める。
(……恥ずかしいな)
(……ど、どうしよう……私、すっごく恥ずかしいことしてる……!)
女の子に髪を触られてるという状況と、男の子の髪を触っているという状況。その状況に、お互い恥ずかしそうに顔を赤くし、その場の勢いで始まった奇妙な行動が終わるまで、2人は無言のままであった。