スカイは言葉を失っていた。自分の目の前にいるはずのクラウド。しかしその姿は今までのクラウドとは全く違う。それだけではない、クラウドが口にしたのは、アンダーグ帝国の戦士という信じられない発言。スカイは、目の前で起こっていることが信じられなかった。
「……嘘ですよね……?ヤクモさん……?」
「嘘じゃないよ」
多少声音は低くなっている気がするが、やはり声はクラウドのものだ。そして、普段通りといった様子でクラウドはソラの言葉に答える。
「俺はアンダーグ帝国のために戦うことになったんだ。それが、今の俺のやるべきことだから」
「ち、違います!!ヤクモさんはプリキュアで……私達と一緒に……!」
声を震わせながらクラウドに向かって声を上げるスカイ。クラウドが敵に回るなんて信じたくない、戦いたくないという思いが込められていたが、無情にもそれが伝わることがなかった。
「それは今までの話だよ?」
ここまで黙っていた少女がここで口を開くと、クラウドの近くに行き、彼に抱き着く。
「!!」
「だって彼は初めての友達、私の一番大切な人になったから」
何も言うことができず、血の気が引いた顔でパクパクと口を開け閉めしながら目の前の2人を見るスカイ。クラウドの方は特に不思議がる様子を見せておらず、少女を受け入れているようであり、少女の方もヤクモに嬉しそうにじゃれるように抱き着いている。
「は……離れて!ヤクモさんもそんなの受け入れないで!!」
「むー、いいじゃん」
頬を不満そうに膨らませながら悪態を吐く少女。クラウドは少女を宥めながら、
「スカイ、俺は平静だよ。これが俺のやるべきこと、最初から受け入れてる。だから……ソラさんも一緒に行こう」
「え?」
「や、ヤクモさん……!?な、何を……?」
まさかの発言をソラにする。クラウドが少女の手によっておかしくされてしまい、裏切ってしまったことはひとまず置いておくとして、どうしてクラウドは自分を引き入れようとするのか。そのあまりの支離滅裂な行動に驚愕してしまうスカイ。しかも、この行動に驚いていたのは少女も同様なようで、
「え……でもプリキュアは相手だよ?プリキュアには勝たないと意味がないのに誘っちゃったら意味ないよ?それにあなたと違ってアンダーグエナジーもないし……」
「……俺はスカイと、ソラさんと戦いたくない」
「え?」
「!!」
続くクラウドの言葉に2人とも驚いてしまう。なんで味方になってくれたはずのクラウドが、相手であるプリキュアと戦いたくないなどと言うのか。しかも挙句の果てにスカイに一緒に来いとまでいう始末。
「むむ……アンダーグエナジーの入りが甘かったのかな……」
そんなクラウドを見て、少女もむむむと唸り始める。彼の頭の中にアンダーグエナジーを注ぎ込んだのはいいが、やはり元々アンダーグエナジーを宿しているのと、アンダーグエナジーを吸収し、取り込めるキュアクラウドの特性も相まってしまい、かつての仲間であるキュアスカイと戦いたくない、仲間になってくれと思ってしまっているようだ。
「ほら、ちゃんと私を見て!」
「ぐっ!?」
「!?やめて!」
少女がクラウドの頭に手を当てる。そこからアンダーグエナジーの糸が再びクラウドの耳の中へと入りこむ。途端に呻き声を上げるクラウドを見て、目を見開いたまま慌てた様子でクラウドに手を伸ばそうとするスカイ。だが、
「ちょっと静かにしてて」
空いている左手を伸ばすと、そこから伸びた糸がスカイの四肢を縛り付けてしまう。糸と壁を繋いでしまい、スカイが糸を千切ろうとするも伸縮性があるせいでうまく千切れない。クラウドの頭の中にアンダーグエナジーが注ぎ込まれていく光景を見ていることしかできないでいるスカイの表情はとにかく一秒でも早くこの糸を千切ってクラウドを助け出そうと必死だった。
「やめて!やめて……!」
絞り出すように声を出す。その瞬間、スカイの四肢を拘束していた糸が光弾によって破壊され、自由を取り戻す。
「スカイ!!」
「!」
プリズムの声が聞こえ、スカイはすぐに気付く。自分と同じようにクラウドの声を悲鳴を聞いて駆けつけてきてくれたプリズムが自分の姿を見て糸を千切ってくれたのだと。
「ヤクモさんを離せ!!」
気付いた瞬間にスカイは動いていた。クラウドに糸を伸ばす少女を引き離すべく、少女の頭を激情のままに掴もうとする。スカイの手が少女を捉えようとしたその時。
「……え……?」
スカイの手がクラウドに払われた。目の前で行われたクラウドの妨害に、スカイは呆然としていた。それはスカイだけではない。その光景を見ていたプリズムもまた、目の前の出来事を信じられないといった様子で見ていた。
「なんで……あれ、クラウドなの……?」
「……彼女に酷いことをしないでくれ」
「!?……あ……」
「!スカイ!」
スカイが後ずさる。呼吸が荒くなっていき、震える足で、いやいやと首を横に振りながら後ずさっていく。自分の気持ちがぐちゃぐちゃになっていき、視界が歪んでいくのがわかる。そんなスカイの様子に気付いたプリズムが慌てて彼女に駆け寄り肩を支えてあげる。
「なんで、なんで……」
「ヤクモ君に何をしたの!!」
「何って、プリキュアでいるより私とアンダーグ帝国に戻った方がいいでしょ?」
「ふざけないでよ!」
怒りを込めた声を上げるプリズム。先ほど、少女がクラウドに糸を入れていたのも見ていたのだろう、そんな無理やり洗脳まがいの事をしようとしている姿を見て怒らないわけがない。しかも、クラウドの姿を見せられてぐちゃぐちゃになっているソラの姿を見ているとより怒りが燃え上がってしまう。
「クラウドを元に戻して!」
「元に戻ってるじゃん」
「は!?」
全く話が通じない。彼女はいったい何を言っているのかとプリズムの方が思わず困惑してしまう。そこにウィングも合流すると、ウィングはスカイとプリズムの様子と、別人のように姿を変えてしまっているクラウドの姿と、その隣に立つ見覚えのある少女を見て大体何があったのかを理解する。
「お前は……!お前がアンダーグ帝国の刺客だったのか!?」
「える!?」
ウィングと共にエルも一緒に現れていた。全員で散開するときにエルを1人残すわけにはいかないため、ウィングが彼女と共にアンダーグ帝国の刺客を探していたのだ。そして遂にその姿を発見したのはいいが、少女の姿を見たエルが驚きの表情を見せていた。
「そうだよ、そっか。あなたがスカイランドのプリンセスなんだ」
「える……」
戸惑った表情を浮かべるエル。彼女の視線の先には姿を変えたクラウドと敵だった少女がいた。しかし、エルは彼女と初めて会った時に妙に懐いていた。本能的にエルが彼女を気に入る要素があったのかどうかはわからないが、その相手がアンダーグ帝国の刺客だったという現実をエルは受け入れられずにいるようだ。
「クラウド!あなたも何をやっているんです!その姿は何なんですか!?説明してください!!」
「……」
クラウドは自分の体を見る。そしてウィングの方を向くと、
「なんかわかった気がするんだ。俺がどういう存在で、何のために戦わなきゃいけないのか」
「そうだよ。ヤクモは私とアンダーグ帝国の為に戦うんだ」
ヤクモの言葉を引き継いだのは少女だった。ニコニコと邪気の一切感じられない笑顔を浮かべながら語る彼女の様子を見せられてスカイの握る拳の力が強くなっていき。震えていくのをスカイを支えていたプリズムは感じ取っていた。
「ありえません!ヤクモさん!あなたがおかしくなっているのも、そいつのアンダーグエナジーのせいなんだ!負けちゃ駄目だ!!」
ウィングが声を上げる。元々見当こそつけていたのだろう、しかし今の少女の話でクラウドの身に何を引き起こされていたのかを完全に理解する。少女のアンダーグエナジーの力に負けないでほしいと声を張り上げる。その声を聞いたクラウドの指がぴくっと反応し、不可思議な様子を見せる。それを見て、アンダーグエナジーを注がれて姿が変わってもまだクラウドの中には自分達への記憶が残っていると確信する。
「今まで僕達と一緒に戦っていたことを忘れないで!」
「!そうだよ!負けないでヤクモ君!ソラちゃんだって、そんなあなたを見たくないって思ってる!」
「っ……」
皆の言葉に頭痛でも引き起こしたのか、手を頭に当てて抑えるクラウド。
「俺は……アンダーグ帝国の……じゃない、俺は……この街で生まれて……皆と出会って……」
「ヤクモさん!」
徐々に絞り出されたクラウドの言葉に、スカイも必死に呼びかける。特にスカイの言葉には強く反応を見せるようで徐々に雰囲気も暗めのものから元の雰囲気に戻ろうとしている。このまま呼びかければきっと目を覚ましてくれる。少女がクラウドをいくら洗脳しようとも、アンダーグエナジーを注ぎ込んで染めようとしても、クラウドが負けることはない。
「そうだ……俺はアンダーグ帝国の人間じゃな……」
「違うわ。このアンダーグエナジーの繋がりをわからないの?」
自分はアンダーグ帝国の人間じゃない。自分の本当の姿にクラウドが目覚めかけたその時だった。少女の言葉がヤクモの頭の中に響いてきた。それは、胡散臭い言葉などではなく、真実の言葉のように聞こえてきた。
「繋がり……?」
「聞いちゃ駄目!!」
スカイの迫真の叫びも空しく、クラウドはアンダーグエナジーを感じていた。自分のアンダーグエナジーと少女のアンダーグエナジー。その2つは、確かに少女の言うように似ているような感覚があった。それ自体はただのエネルギーでしかないため、似ているといっても何となくのようなものだった。実際、クラウドが過去にカバトンやバッタモンダーのアンダーグエナジーを感知した際も似ているかどうかなど全くわからなかったのだから。
「そう、繋がってるの」
「ヤクモさん!!」
「ヤクモ君!!」
これ以上少女に喋らせないと言わんばかりに皆が名を呼ぶ。ウィングに至ってはもう我慢ならないのか飛び出す始末。しかし、飛び出したウィングはいつの間に張られていたのか蜘蛛の巣のような壁に阻まれてしまい、クラウドと少女に近づくことができない。それでも尚、必死に巣を破ろうと足掻くウィングだったが、
「だって私、あなたの家族だもの」
「「「……は……?」」」
少女の語ったまさかの言葉に、3人は動きを止めてしまっていた。いや、ただの出鱈目だ。少女が言っていることなど冗談でしかない。何故ならヤクモには両親がいる。ソラシド市で生まれ育っているのだ。アンダーグ帝国と関係があるわけがない。しかもアンダーグ帝国の刺客と従妹の関係などあるわけがないはずだ。だが、
「家族……君が……?でも、このアンダーグエナジーは……」
「その髪も目も同じ。私のお母さんと一緒だもの」
「「「……」」」
少女の、寂しく呟く声に、3人は言葉を失っていた。その心の底からの漏れた、彼女自身の心の声と確信できる言葉を聞いてしまい、3人は完全に彼女の言葉を否定することができなくなっていた。
「皆、何やってるの!?」
3人が動きを止めてしまっていると、どこからか飛んできた蝶の羽をしたシールドが高速回転して飛来し、糸に激突する。糸が徐々に切れていく甲高い切断音と共に糸が千切れていくが、シールドの方も耐久限界を迎えたようで同時に消滅してしまう。その場にいた全員が声の主の方に目を向ける。
「「「バタフライ!」」」
「どういう状況なのか全然わからなかったからちょっとだけ待ったけど……あなたいきなり何を言い出してるの!?」
そこにいたのは遅れて駆けつけてきたバタフライだった。しかし彼女もこの状況を掴みかねていたようで暫く静観していたのだが、少女のヤクモは家族という発言に遂に我慢の限界に達したのか割り込んできたようである。
「その髪だって、目だってあんたがアンダーグエナジーで染めただけでしょ!ヤクモ君もちゃんとする!あなたの家族を思い出して!あなたにはお父さんも、お母さんもいるでしょ!?他の家族なんていないでしょ!?アンダーグ帝国になんて!」
「……わからないんだ。でも、そう考えると納得できることもあるんだ」
バタフライの強い口調にクラウドはぽつりと呟く。何を納得してしまったというのか、そう問いかけようとする前にクラウドは皆を見る。
「俺はアンダーグエナジーを使うことができる……それは、俺がアンダーグ帝国と関係があるからだ。そして、俺とこの子のアンダーグエナジーは似ているんだ。俺と彼女には何か、関係がある……それは確かなんだ」
「……」
クラウドの言葉は、惑わされているという風にはとても見えなかった。その言葉を聞いてしまったバタフライは思案するように黙り込んでしまう。
「そういうことなの。でも今日はヤクモも疲れちゃったようだから一旦帰るね。また、戦いに来るからじゃあね」
「!ま、待ちなさい!!」
スカイの叫びも空しく、少女とクラウドは闇に紛れて消えてしまう。その転移にすらも、クラウドは素直に受け入れており、少女と共に姿を消してしまうのだった。
「……」
力が抜けたようにすとんとその場に座り込んでしまい、変身が解けるソラ。3人も変身を解き、ソラの身を案じるようにしゃがみ込む。
「ソラちゃん、大丈夫?」
「……」
ましろが声をかけるも、まるで魂が抜け落ちたように無反応なソラ。それだけ、目の前でヤクモが消えてしまったショックが大きかったようだ。
「……私、ヤクモさんを取り戻すことができなかった……元に戻すことができなかった……!」
「大丈夫、私たちの声は届いてたじゃん。だったら話しかけ続ければ絶対に応えてくれる」
悔しそうに声を絞り出すソラを優しく抱きしめながら話しかけるあげは。ソラの辛さを少しでも取り除けるように、あげはは冷静に話を続けていく。
「多分ヤクモ君にも何かの心当たりがあったんだと思う。ヤクモ君自身もアンダーグエナジーが使えることに思うところがあったのかもしれない……だけど、私達と戦おうとはしてなかったでしょ?」
「それは……」
確かに、ヤクモは少女のアンダーグエナジーに侵食され、姿を変えていきながらも皆を攻撃するという意思を見せなかった。少女への攻撃を防ぐといった防御反応こそみせたものの、これはヤクモ自身には敵対する意思がまだ見えなかったということ。そればかりか、ヤクモはソラにも裏切るように誘ってきたのだ。どちらが味方かかどうかなどの認識こそず変えられていたようだが、それでも話す余地はまだ残ってる。
「皆にヤクモさんを探してもらいましょう」
ツバサはヤクモと少女のことを鳥たちに話す。鳥たちも事態の深刻さを悟り、慌ただしく飛んでいく。それを見届けたツバサはソラの方に振り向くと、
「ソラさん。今は帰って休みましょう……ヤクモさんが見つかったら、絶対に取り戻しましょう!」
「……はい……!」
ツバサの言葉に静かに、だが力強く頷くソラ。絶対にヤクモを手放さない。そう言わんばかりの気迫を見せるソラの様子を見て、ましろとあげはも頼もしそうに頷き返す。
「ヤクモさん……次は取り戻してみせます!あの女の子が何をしようと絶対に!」
ぐっと拳を握り、先ほどまでの少女に変えられていくヤクモの姿を思い出す。あの時は、そして先ほどまでもそのショックを受けていたが、今はもう違う。ヤクモを一緒に取り戻そうとしてくれる仲間たちも傍にいる。ヤクモだって完全に敵に染められているわけではないのだ。少女への怒りと共に、ソラは雲が浮かぶ夕暮れの空を見上げるのだった。
★
夜。上機嫌そうな少女は以前とは別の建物で一夜を過ごしていた。その近くには暗い赤色に金色の瞳のままのヤクモが立っていた。服装は元の私服のものに戻っており、どこか寂しそうにヤクモは夜空を見上げていた。
「私、すっごく楽しい」
「?楽しい?」
「うん、だって初めて友達ができたんだよ?一緒に居てくれる友達が……それがすっごく楽しいんだ。アンダーグ帝国には他に見てくれる人いなかったもん」
ヤクモに楽し気に話し始める少女。その話を聞いたヤクモは思わずん?と疑問そうに首を傾げる。
「どういうこと?アンダーグ帝国なんだから他に大勢いるんじゃ……」
「他にも人はいるよ。でも誰も私のことなんて見てくれない。お母さんが一番強くて、私の事を見てくれないから……」
「……」
少女の悲しそうな言葉に、ヤクモも言葉を失っていた。アンダーグ帝国の事情はヤクモにはわからない。しかし、少女が決
して悪人だとは思えなかったし、彼女の語る話を聞くうちに、アンダーグ帝国における彼女の背景も大分複雑だったと感じていた。
「アンダーグ帝国で1人だけ私に力の使い方を教えてくれたけど、私は名前もないの。心苦しいって言っていたけど、それがあの御方の意思ならば従うしかないって。でも、プリキュアを倒して、スカイランドのプリンセスをアンダーグ帝国に連れていけば皆が私の事を認めてくれるって。だから私が来たんだ……でも私、帰って皆に認められるよりも今がすっごく満足してる」
少女の話を聞いて、ヤクモも複雑そうな表情を浮かべることしかできなかった。だが少女の方はヤクモがそんな顔をしている理由などわからないのかとにかく楽しそうな顔を浮かべながら、ヤクモにある提案を持ちかけるのだった。
「ヤクモがさ、皆から名前で呼ばれてるの、すっごく羨ましかったんだ……だからさ」
「え……」
「ヤクモの名前、欲しいなって」
「……はい?」
少女からのまさかの提案に、ヤクモはただ困惑することしかできないのだった。