「……えっと、ソラさん?」
戦いが終わり、眠ってしまったミクモを虹ヶ丘家のベッドで寝かせ、ヤクモ達はリビングにいた。ミクモを助けるために自分のアンダーグエナジーを生命力として注いだことで少しふらふらしていたヤクモだったが、ある程度時間が経ったことでまともに動けるようにはなったのか、すっかり様子も安定していた。のだが、
「もう大丈夫なんだけど……」
「いえ、まだ何か不調なことがあるかもしれませんから!」
ヤクモの容態を心配していたのかじっとソラがヤクモの様子を見ていた。体調を気遣ってもいるのだろうが、ソラの様子を見ているとそれだけではないのかもしれないようにヤクモは見えた。じーっとヤクモの様子を見ながら、ちょっと体を寄せたり寄せなかったりしたり、ヤクモが飲んでるコップの中身が少なくなったらソラの方から入れてきたりと。ヤクモ自身言葉にしろと言われると中々出てこないのだが、なんか無性にドキドキしてくる。
「そ、そっか……」
ヤクモ自身、ソラへ抱いていた気持ちを自覚したから特にそう思うのだろう。ソラも同じことを思っていたらいいな、などと考えてしまう浮かれている自分が出てきていた。ちらとソラの方を見ると、ソラと目が合う。そのままじっと2人は見つめ合っていたが、やがて気まずそうにお互い顔を逸らしてしまう。
「「……」」
そんな様子を見て、ましろはただただ微笑んでいるだけで、エルはヤクモが戻ってきてくれたことが嬉しいのかニコニコと笑っている。そんなエルのお世話をしながら、ツバサはこの2人は何をしているんだと言わんばかりに呆れた視線を向けていた。と、そこにあげはがリビングに入ってくる。
「あ、あげはちゃん。どうだった?」
「うん、多分大丈夫。ヨヨさんも看てくれてるし、こっちは心配しないでって言ってたからこっちに来ちゃった。ヤクモ君はどう?少しは回復した?」
「体の方はもう大丈夫。でも……ごめん、皆に迷惑をかけちゃって」
「気にしないでよ。ヤクモ君が悪いわけじゃないし……それに、あの子の事も事情があったんだろうなってわかってるし」
改めて、申し訳なさそうに謝罪するヤクモ。しかし、今回のヤクモの裏切りはある意味不可抗力に近い。それに、こうして終わってみればヤクモもミクモも街や他の人を傷つけたりといったわけではない。それならばとこれからの少女の対応次第にはなってしまうだろうが、ひとまずは許してもいいのではないかという結論を出していた。
「それにしても……やっぱり親戚なんだね」
「え?」
「だってミクモ……ちゃんって名前、ヤクモ君と似てるし……」
「……あ……いやそれは……」
と、ここでましろがミクモの名前について思った自分の感想を口にする。アンダーグ帝国で生まれ育っているのにヤクモと似た名前なのは確かに驚くことなのだろう。しかし実際は元々彼女の名前ではないのだが、それについて話すのは、特にソラの前ではどうしても気が引けてしまう。だが、彼女の名前は彼女自身についても特に大事なことなのだ。彼女を救うためにもこのことは皆と共有するべきだと思い、どうして彼女がミクモという名前なのかを皆に話す。
「「「「……」」」」
「えるぅ……」
そして一通り話し終えると。4人は完全に言葉を失い神妙な面持ちになってしまっていた。あまりに話の内容がぶっ飛びすぎて、現実味が湧かない、別世界の話のようだというのが正直な感想だった。だが、思い返してみればミクモという名前は今日の朝から初めて聞いた名前であり、それまでは自分の名前を一切名乗ろうとはしなかった。そんな彼女が名前を欲しがって、初めて友達になったヤクモの名前を欲しいと言われて、ミクモという名前を与えたと聞いてもどう言えばいいのか全く分からなかった。
「……酷い、いくら見た目が嫌いな人に似てたからって名前すら与えないって、それ本当に親なの!?」
だが、遂に我慢ができなくなり、あげはが静かに怒りを口にする。ヤクモも、ここに一旦戻って休んでいる間に父に連絡をした後、昨日の夜にムラクモが訪れた時の話を聞かされていたため、ミクモの母がミクモの姿を嫌っていたことは聞いていた。
「でも……ミクモちゃんの人形を作ってあげるぐらいには最初は愛していたんでしょ?なんでそんなことに……」
「わからないけど……でも、アンダーグ帝国で何かがあったのは間違いないと思う。そして、ミクモがアンダーグ帝国に戻っても、もっと酷いことになるだけだと思う。だからこの世界で過ごした方がいいと思うんだけど……」
ちらとヤクモがましろを見る。虹ヶ丘家でミクモを預かれないかと言いたいのだろう。スカイランドで事情を話して見てもらうこともできるが、元々ソラシド市で生まれ育ち、プリキュアに目覚めたヤクモとは違いアンダーグ帝国の住人であり、刺客として襲い掛かってきたミクモを1人スカイランドに預けるのも気が引けてしまう。そう考えると、この世界で見る方がおそらくいいはずだと。
「……私は、そういうことならミクモちゃんが家にいてもいいと思うけど……」
「皆、あの子が目を覚ましたわ。ムラクモさんにも連絡したからすぐに来ると思うわ」
そんな時だった。リビングを開けてヨヨが入ってくると、ミクモが目を覚ましたということを告げる。そしてムラクモにも連絡したと言われ、ヤクモ達はミクモの様子を確かめるために彼女が寝ている部屋を訪れる。ミクモはベッドで眠ったままの状態だったが、ヤクモの顔を見ると笑顔を浮かべる。とはいえまだ全身が怠いのか寝たきりの状態になっていた。
「ヤクモ……私を助けてくれたの?」
「うん、君を死なせたくなかったから」
「……そっか、ありがとう……でも私、なんかおかしいの」
ミクモはそう言いながら、布団の中から両手を出す。そして不思議そうにその手を見ていたが、再び手を布団の中にしまってしまい、ヤクモを見る。
「アンダーグエナジーが……ほとんど使えなくなってる」
「それって……まだ回復してないってこと?」
「ううん……なんていうか……自分でほとんどアンダーグエナジーが出せなくなっちゃったの」
ミクモの言葉にヤクモも困惑してしまう。当然、意味が分からない他の面々のだが、アンダーグエナジーが残っていないから出せないならまだしも、あるのに出せない、なんてことがあるというのかと思わず首を傾げてしまう。
「それって、どういうことでしょうか……」
「……やっぱり疲れが残っているからとか?」
「それもありそうだけど……」
皆で考えてみるが、専門家でもないのに当然答えが出るわけもない。やはりここは、この街に住んでいる中で一番アンダーグエナジーに詳しい人物を頼るしかないだろう。幸い、既にヨヨが連絡を付けているのだから。そしてそんな彼らが望んでいることを察したかのように、インターホンが鳴る。
「来たかな?」
「ちょっと出てくるね」
ましろが部屋を出て玄関へと向かう。そして少しして、皆の予想通り、ムラクモを連れて上がってくる。
「……」
「……?誰?」
「父さん」
「ヤクモか。思ったより元気そうだな」
「一応は父さんの息子ってことかな?」
「なんだ、いつの間に言うようになりやがって、よく帰ってきたな」
ムラクモの顔を見てきょとんとするミクモ。しかし、ムラクモは一旦ヤクモの方を見ながら、息子が無事な様子を見て嬉しそうに笑う。ヤクモの方も軽口を叩く余裕を見せ、もう心配はないと父親にアピールすると、それを聞いたムラクモももう心配ないと判断し、ミクモの方へと視線を移す。ムラクモの目に映る彼女は、やはりムラクモの知っている人物の面影があるのか、複雑そうな表情を浮かべていた。
「お前さん、名前は」
「ミクモ。ヤクモがつけてくれたの」
「……そうか……」
苦々しい表情を浮かべながら、指を額に当てて考え込むムラクモ。名前すら持っていなかったのは初耳なのだろう、相当頭が痛いようだ。
「……?その人形は?」
と、ふとムラクモが驚いたようにミクモの傍に置かれた人形を見る。ミクモはムラクモが見ている自分にそっくり人形を手に取ると、それをムラクモへと見せる。
「お母さんが作ってくれたの。途中までの状態で置かれてたけど……」
「…………そうか」
大きな溜息を吐きながら、ムラクモは言葉を探すような素振りを見せながら会話を続けていた。聞きたいことや言いたいことはヤクモ達にもあるが、迂闊に触れてはいけない内容なのだろうということはムラクモの様子からわかる。できるだけムラクモも言葉を選び、ミクモが傷つかないようにと考慮してくれているのだろうから、今は皆が口を挟むことはできそうにはなかった。
「そうだわ、ムラクモさん。あなたの方から調べてほしいの」
「体調をか」
会話が一旦途切れたタイミングを見計らい、ヨヨがムラクモにミクモの体調がよろしくないことを伝える。ヨヨの言葉からその意味を汲み取ったムラクモはミクモに近づくと、じっと彼女の様子を確認する。そして、
「……成程。アンダーグエナジーを出せなくなったんだな」
「!わかるの?」
「何となくだが……」
「原因は?放置したらまずい?」
ミクモの不調を言い当てる。ヤクモにそれは大丈夫な状態なのかと問われると、ムラクモはその心配はないと首を横に振る。
「別に問題はない。多分だが精神的な問題だな……心当たりは?」
「心当たり……?皆に負けたこと……?」
首を傾げながら考えるミクモ。しかし、アンダーグエナジーを使えなくなるほどのショックを受けた出来事といえば先ほどの一戦だけだ。しかし、ムラクモはそれだと指摘する。
「おそらくは完全に負けてしまったと認めてしまったんだろう。アンダーグ帝国の理念は俺が知る最後のものから変わってなければ実力主義の極致だからな」
敗北者、つまり自分は弱いと認めてしまった。それが精神的な影響を及ぼしてしまっており、自分の力の象徴であったアンダーグエナジーを使用する能力を一時的に失ってしまったのではないかとムラクモは予想する。
「……私がもう、アンダーグ帝国に戻れないって思ってるから?」
「それもあるな。もうアンダーグエナジーを使う必要がないと考えてるからだろう。だが……そうなるとお前はここからら一度離れるべきだな」
「どういうこと?」
疑問そうにミクモがムラクモへと質問する。ムラクモは真剣そうな表情でミクモの顔を見る。
「これからもアンダーグ帝国の刺客はこのソラシド市に現れる。もしお前の姿を見れば、より快く思わないやつだっているだろうからな。アンダーグ帝国から切り捨てられてしまった以上、そいつらが襲ってきたり排除しようとしてもおかしくはない。そうなったとき、アンダーグエナジーを使えず抵抗のできないお前さんじゃ危険だ」
「……」
ムラクモの言葉にしょぼんと俯いてしまうミクモ。少々言葉はきついように聞こえるが、紛れもない事実なのだろう。しかし、それならミクモはどうすればいいというのか。アンダーグ帝国に戻ることはできず、この世界で生きようにもそのあてもない。万が一他のアンダーグ帝国の住人と遭遇してしまえば、ミクモの身が危うくなってしまう。そんな状況でどうすればいいのかと落ち込むミクモに、ムラクモはある提案をする。
「ヤクモ、こいつは俺が預かる。暫く家を空けるぞ」
「「え?」」
ヤクモとミクモの2人の目がムラクモに向けられる。
「どうするにしてもまずはこの世界のことを知ってからじゃないと生きていくこともままならんだろう。暫くこいつを連れて街の外に出て行く。ある程度落ち着いてきたら戻ってくるつもりだが……その時は……まあその時に考えるさ」
「もし、アテがないのならその時はこの家に住むといいわ。だからムラクモさんは安心してちょうだい」
どうやらミクモを連れて街の外を出てこの世界の事を教えつつミクモの不調をゆっくりと治していくつもりのようだ。そしてそれが終わった後は、ムラクモの言うアテが不発に終わってしまう場合はヨヨがこの家でミクモを預かることになったようだ。
「ミクモ……行っちゃう?」
「……うん、私も、今ここにいない方がいいってわかってるから。それに……この世界の事、いっぱい知りたいってことも思ってるし、この人は信じて良いと思うの」
「える……」
ミクモが出て行ってしまうことが少し寂しいエルがツバサの手からベッドの上に移動する。そしてミクモの前まで移動して語り掛けると、ミクモも優しくエルの頭を撫でてあげる。
「エルって言ってたね、ありがとう。私は敵だったのに……」
「どういたしまして」
ミクモから礼を言われ、エルが笑う。その笑顔を見て、ミクモは微笑む。その姿を見て、皆の表情にも笑みが零れるのだった。
★
数日後の早朝。ヤクモとムラクモは待ち合わせ場所に指定していた広場で皆を待っていた。この数日でミクモは依然としてアンダーグエナジーこそ使えないままではあるが体調の方は完全に回復しており、その数日の間にもある程度この世界の事を勉強していたようだった。そんな中、体調が問題ないと判断したムラクモは出発の日を告げたのだった。ちなみに、ミクモの事は姪としてあかりには紹介しており、彼女の事を聞いたあかりは、
『まあ、ムラクモさんの姪?それってヤッ君の従妹ってことよね、いつか会ってみたいわ~』
と、普段と変わらぬのほほんとした感想を漏らしていた。ムラクモが彼女を連れて少しの間街を離れると言った際には少しだけ寂しそうな様子を見せており、ムラクモもそれに関しては申し訳なさそうだった。
「……プリキュアの事もアンダーグ帝国の事も話してないのによく納得したなぁ……」
「馬鹿言え、裏に何かしら隠してることぐらいとっくにばれてる」
「え?」
聞いてこないのはありがたいが、それでもやはり気にはならないのだろうか、母親がおおらかな気質なのは知っているしそこが良いところだと思ってもいるのだが。そうヤクモは考えていたが、ムラクモは呆れたように指摘する。
「まあ全部が全部知ってるってわけじゃないだろうが……それでも何も言ってこないのは、あいつが凄い人だからだ。感謝しろよ」
若干の惚気のような気がしなくもないが、不思議と説得力があった。本当に彼女が自分たちの事を薄々と勘づいたうえで何も言わず、母親として見守ってくれているのなら感謝しかないだろう。
「……そういえば父さん。ずっと聞こうと思ってたんだけど」
「なんだ?」
「ミクモにそっくりだった人って誰なの?その人もアンダーグ帝国の人間でしょ?」
「ん……となぁ……」
痛いところを突かれたと言わんばかりに困り顔を見せるムラクモ。そんなに言いづらいことなのかとヤクモが逆に困惑していたが、これぐらいなら言ってもいいかと判断したのか、一旦周囲を見て誰もいないことを確認すると、
「いいか、1回しか言わないぞ。それと誰にも言うなよ、絶対に」
いつになく真剣に話してくるムラクモの言葉に、ヤクモも思わずコクコクと無言で頷いてしまう。そんな名前を言うことも憚られるようなやばい人間なのか。そんな予想すら出てきてしまったヤクモに、ムラクモはその人物の名を伝えるのだった。
「そいつの名前はな……エルレインだ」
「エルレ……うっぷ」
言うなと無言でヤクモの口に手を当てて黙らせてくるムラクモ。別にこれぐらいいいじゃないかとジト目で抗議しながら口を閉じるヤクモを見てほっとした様子でムラクモは手を離すと、誰かの気配を感じたのかそちらを振り向く。そこには、
「ヤクモさーん!おはようございまーす!」
ソラ達がムラクモとミクモを見送るために来ていた。ミクモもすっかり回復した様子で元気そうに2人に手を振る。それにヤクモも手を振り返すと、ソラ達も近寄ってくる。
「もう大丈夫か?」
「うん、もうばっちり!見て、いろんなものを入れてくれたんだ!」
ニコニコと笑いながらパンパンに膨れ上がったリュックサックを見せるミクモ。ムラクモの方も着替えなどが入っているカバンを持っていたが、ミクモ程の量ではない。どうやらこの世界で色々なことを知った影響がそのリュックサックに現れたのだろう。
「ま、これだけ元気そうなら心配はなさそうだな」
「うん!それに、この街の外を見るのも凄く楽しみなんだ」
「そうか。それじゃあ、そろそろ出発するか」
そう言うと、ミクモは楽しみそうな顔でムラクモの近くに近づいてくる。ヤクモの父ということなどもあってミクモもすっかり信頼しているようだ。そして2人は皆に今一度手を振ると、街を出て行くのだった。
「……行っちゃいましたね」
「うん……まあ、父さんの傍ならミクモも大丈夫だと思うよ」
2人が見えなくなるまで見送っていたがやがてソラとヤクモは互いに顔を見合わせる。色々あったが、これでようやく一件落着といったところか。
「……最初は敵だったけど、良い子だったね」
「うん……今度また会う時は、もう敵じゃなくて皆の友達だね」
「そうですね、その時が楽しみです」
「える!」
ミクモと過ごした数日は、彼女の印象を大きく変えるのに十分だったのだろう。ヤクモも、アンダーグ帝国の事情を抜きにしたミクモの人柄を見ていたこともあり、彼女が皆に受け入れてもらえてよかったと思い、顔を見合わせていた2人は嬉しそうに笑い合う。
「「「……」」」
しかし、変わったこともある。ヤクモとソラ、お互いへの本当の好意をようやく自覚したからなのか、相手へ向ける視線や雰囲気は以前より変わっているようにも見える。しかし、それに気が付いているのは2人ではなく、周りの女性陣だったようで、ましろ、あげは、エルは2人の様子を見て微笑み合うのだった。