「……」
ヤクモはリビングに視線を向ける。今日、この家には誰もいない。母はどうやら知り合いと遊びに行くらしく、一日空けるからと前もって聞いていた。
「……ふぅ、まさかこの瞬間が来るなんて……」
落ち着くように深呼吸をしながらヤクモは誰もいないリビングを見ていた。これから、決戦でも始まるのかという真剣な表情でリビングを見ていたヤクモだったが、唐突に洗面台に行き、鏡を見て髪型などを確認していた。服装も、普段着の中でも特に新しめのものを選んだ。なんでこんなことをしているのかというと。
「……ソラさんが家に来てくれるなんて……」
そう呟き、ヤクモは緊張からか深く溜息を漏らすのだった。
★
昨日の事。数日前に今日は母は家にいないと聞いていたヤクモは、今日は食事をどうすればいいのかと考えながら皆と過ごしていた。そして過ごす中、翌日は母も家を空けてるから明日はどうしようかな、とヤクモは漏らしていた。その呟きを聞いたソラは、
「あの、ヤクモさん!明日……ヤクモさんの家に、行ってみてもいいですか……?」
「え!?あ、ああうん、いいよ!?」
とヤクモに提案したのだ。突然の申し出にヤクモの方も驚き半分喜び半分といった様子で反射的に承諾する。それを聞いたソラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべながらましろ達の方を見て、
「ましろさん達は……」
「あ、いいよ!明日はちょっと絵本の方に集中しようかなって思ってたからさ!ソラちゃんだけで行ってきなよ!」
「私も、ちょっと買い物したいのがあって外に出ちゃうから、今回は遠慮しようかな?」
ましろ達はどうするのかと問いかけると、ましろとあげははソラと一緒にはいかないという。おそらくヤクモとソラに配慮しているのだろう。
「ヤクモさんの家って何人も行っていいんですか?以前行ったから広さは知ってますけど……でも、いいなら……」
「あ、少年にはちょっと荷物持ちを手伝ってもらいたいって思ってたんだけど」
「え!?」
となると残るのはツバサだけ。ツバサはヤクモと一緒に遊ぶ気満々だったようだが、それはあまりよろしくないと考えたあげはがツバサを自分に付き合わせようとする。突然荷物持ちに任命されてしまい、困惑してしまうツバサ。だが、
「ツバサ、エルもかいものいきたい!」
「そうですか?では一緒にあげはさんと行きましょうか」
エルの言葉にすぐに機嫌を直して一緒にあげはと買い物に行くことを承諾する。エルがどれくらい察してやったかはわからないが、思わぬ助け船にあげはも満足そうに頷くと、ヤクモに話しかける。
「というわけで悪いんだけど、明日はソラちゃんだけになっちゃうけど……いいかな?」
「俺は大丈夫だよ」
「ありがとうございます!明日が楽しみです!」
その時の嬉しそうにはしゃぐソラの様子を見ながら、ヤクモは家の掃除とかしないとまずいなと色々考えながら家に帰るのだった。
★
そして時間は戻って翌日。自分の部屋はソラを入れるかどうかわからないが昨日の内に一通り綺麗にはしておいた。とはいえ見られて困るようなものはないのでその心配は最初からなかった。見てもらいたいものがあるわけでもないのだが。そして翌日、母が家から出たタイミングでリビングの掃除なども一通りしてソラがいつ来てもいい様に準備していると。
「!」
ピンポーンとインターホンが鳴る。ヤクモが意を決して扉を開くと、そこには楽しみそうに、だがどこか頬を赤くしているソラの姿があった。
「や、ヤクモさん!来ました!」
「あ……ソラさん、来てくれてありがとう、いらっしゃい。上がって上がって」
どこか堅くなりながらソラを家へと上げるヤクモ。きょろきょろとヤクモの家の中を興味深そうに見ていたソラ。その様子に気恥しいものを感じながら、ヤクモはソラを家に上げようと思って少しだけ考え直す。友人をリビングに上げるのは別に構わないのだが、ソラはそれでいいのだろうか。それよりも自分の部屋に上げてもいいのではないか、と。しかしなんか変な感じだと勘ぐられたりしないのだろうかと考えてしまう。
「えっと、ヤクモさん、どこに行けばいいですか……?」
「じゃ、じゃあ……俺の部屋、来る……?」
「!?」
やっぱりリビングに案内しよう。そう思っていたヤクモだったが、口から飛び出してきたのはまさかの自分の部屋へ案内するという言葉。いくらなんでも自分本位にもほどがあると自己嫌悪に陥りかけてしまったが、その誘いを聞いたソラの顔を見てみると、
「……い、いいんですか?」
「……う、うん。俺は全然かまわないっていうか、むしろ来てほしいっていうか……あいやごめん今のはなし……え、えっと何もないだろうけどそれでもいいなら……」
「わ、私も……ヤクモさんの部屋、行きたいです……」
お互いに顔を赤くしながら、自分は何を言っているんだと頭の中で叫びながら会話を続けていく2人。そして完全に回避できなくなり、後に引けなくなったヤクモはソラを連れて2階へと上がっていく。
(本当にこれいいのか……?)
いまだに不安を抱きながら何故か無言のまま扉をしめてるドアノブを手にする。そしてドアを開けると、
「……こ、ここが……」
「……ごめん、そんな大した部屋じゃないんだけど……と、とりあえず座って座って」
「は、はい!失礼します!」
部屋の中にソラを招き入れる。ソラは慎重に部屋の中に足を進めていくと、興味津々な様子で部屋中を見渡していながら座るソラ。完全に緊張でガチガチになってしまったソラの隣にヤクモも座る。だが、そんなヤクモの体もガチガチに固まってしまっており、お互いに緊張のまま無言のまま座っていた。
((ど、どうしよう……!))
何も話題が浮かばない。ここに来るまで色々なことを考えていたはずなのに、いざその時が来たら完全に頭の中から吹き飛んでしまっていた。このままではいけない、どうしようと考えるヤクモ。自分がこの家の住人なのだ、ソラに失礼なことなどできないだろうと必死に考えていると、ある光明を見出す。
「!そ、そうだソラさん!」
「は、はい!」
「ちょっと、飲み物持ってくるよ!」
「わ、わかりました!」
飲み物を持ってくると言うとヤクモは飛び出したように部屋から出て行く。一旦部屋から出て台所に入ったヤクモはふぅ、と深い溜息を漏らしながらも少し冷静になった頭でこれから何を話そうかと考えながら冷蔵庫の中からジュースを取り出す。
「……よし。少し落ち着いた……行こう。ソラさんの所に」
ふぅ、ともう一回深呼吸をしてもう一度部屋へと戻るヤクモ。それと同じころ、ヤクモが出て行った後に部屋に残ったソラは、完全に落ち込んだ様子で俯いてしまっていた。
「わ、私なんてことを……!うう、折角ヤクモさんの家まで来たのに、全然……全然!話ができてない……!」
あわあわと完全にテンパりながら頭を抱えてしまうソラ。ヤクモに対して失礼なことをしているのではないかと完全に自己嫌悪に陥ってしまう。
「うぅ……ましろさんも、あげはさんもきっと、私とヤクモさんのために手を差し伸べてくれたはずなのに……」
2人は気を利かせて自分とヤクモが2人きりになってくれるように手配してくれたのだろう。ヤクモも、自分が家に上がることを許してくれたし、もしかしたら、きっと……と希望的推測がちらちらとソラの脳裏に浮かぶのだが、今回の自分の対応で完全に見損なわれてたり冷めたりされてないかと考えるとその推測も全くアテにならなくなってきた。
「う、うぅ……もっと、仲良くなりたいのに……これ以上仲良くなるにはどうすればよいのでしょうか……」
そう呟き深い溜息を漏らしてしまうソラ。そのための機会として今回ヤクモの家に遊びに来たタイミングを狙っているのだが、いざ話そうとすると全くうまくいかない。結果としてヤクモはこうして部屋から出て行ってしまったわけで。無論ヤクモの方もヤクモの方で完全にテンパっているのだが今のソラにそこまで考える余裕はなかった。
「うぅ……」
「そ、ソラさん?」
「!?」
体育座りをして、顔を膝に埋めてしまうソラ。そんなソラに飲み物を持って扉から顔を出してきたヤクモが声をかけると、慌ててソラは顔を上げる。
「あ、や、ヤクモさん……私……」
「えっと……はい、飲み物」
「あ、ありがとうございます……」
ヤクモからジュースの缶を受け取りながら礼を言うソラ。その隣に座り込んだヤクモはじっとソラを見る。その視線にソラも気付き、恥ずかしそうに顔を赤く染める。その様子はとても可愛く、ソラには悪いがヤクモもついつい見入ってしまっていた。
「……ソラさん」
「は、はい!」
「……今日はありがとう」
「え……」
突然お礼を言われて戸惑ってしまうソラ。ここまであまりよろしくない対応ばかりだと思っていたため、ヤクモのお礼に対する心当たりが全く出てこない。ヤクモは照れた様子で苦笑しながら、
「ソラさんが家に来てくれるなんて、思ってなかったから……嬉しいんだ」
「……ほ、本当ですか……?」
ちらとヤクモの顔を見るソラ。今度はヤクモの方が恥ずかしそうになるも、ここは言わなきゃいけないことだと思ったのだろう、ソラの目から逸らさずにしっかりと見つめると、
「こう言ったら、迷惑かもしれないけど……でも俺、もっとソラさんと仲良くなりたいって思ってたから……今まで友達だったけど、もっとっていうか……」
「……!」
ヤクモの言葉を聞き、ソラも一瞬驚き、そしてすぐに凄く嬉しそうな表情を見せる。顔が真っ赤になり、熱くなるのを感じながらも、凄く心が満たされた感じがしていた。自分が思っていることと同じことをヤクモも思ってる、ヤクモに対して抱いていた恋心からか、積極的になってきたスキンシップなども、ヤクモの邪魔だったりヤクモに不満を抱かせたりといったことは何もなかったのだと知ることができて、心の中の不安がどんどんなくなっていった気がした。
「……ありがとうございます。私も……同じ気持ちです」
そう言いながら、ヤクモに寄りかかるソラ。その姿にドキっとするも、自分の気持ちを正直に口にしたからか、今までのような気恥しさは少ししか湧いてこなかった。それよりも、今はソラのことともっと受け入れたいと思うようになっていた。寄りかかるソラの腰に手を回してもっと自分へと寄りかからせるように促すと、ソラもそれに従うようにヤクモにもっと体重をかけてくる。
「……ふふ」
「……はは」
つい、2人の口から笑いが零れる。こんなことも、他に誰もいないヤクモの家で誰の目もないからこそできたのだろう。2人はそのままの体勢で笑う。そして再び無言のままの時間が何分か過ぎていくが、今はとりあえずこのままでいたい。そんな気持ちが2人の中にあったのだろう、先ほどのような不安などは一切なく、むしろ心地よさと安らぎだけがあった。
(ソラさんも……同じ気持ち、なんだよね)
(ヤクモさんも……一緒……だよね)
ちらと、ソラとヤクモの目がまた合う。何か言いたいことがありげな顔だ。そんな相手の顔を見て、また無言になってしまう。言いたいことがあるなら先に言わせてあげよう、そんなことを2人とも考え、また無言の時間が続く。次第に、ヤクモの方が観念したのか、口を開き始める、
「えっと、ソラさん……」
「どうしました……?」
ヤクモは何を言ってくれるのだろうか。ソラが期待してヤクモに視線を向け、ヤクモもそれを言おうとする。しかし、どうしてもその言葉が出てこない。それを口にしても、ソラなら受け入れてくれるんじゃないか。自分だってそれを言いたいと思ってるはずだとわかっているのだが、どうしてもそれを口にするには覚悟が足りなかった。
「……ごめん、言おうと思ってたんだけど……なんか、言えなくなっちゃった……ソラさんの方こそ、先に言っていいよ」
「え?えっと、じゃ、じゃあ……」
今度はソラの方からヤクモに言おうとする。しかし、こちらも言葉に詰まってしまい、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。
「……や、やっぱり何でもないです」
「そ、そっか……」
ヤクモに今の顔を見られるのが恥ずかしいのか、顔を見られないようにヤクモの体に埋めるような動きを見せてくるソラ。その様子にバクバクと心臓を鳴らしながらもヤクモは愛おしそうにソラを抱きしめる。人の目がないからか、完全にタガが外れているような気がするが、今はこれでいいんだとヤクモは思っていた。さっき、ヤクモは、ソラは何を言おうとしていたのか。それは実際に聞かなければわかりはしないだろう、だが、2人ともそれがどういう内容だったのかは何となくわかった気がしたのだった。
★
「ツバサ!これ!」
「わあ!お似合いですよ、プリンセス!」
その頃、ショッピングモールではあげは、ツバサのエルの姿があった。エルはアクセサリーを選んでいた。その中でも気に入ったものをツバサに見せると、ツバサも嬉しそうにエルを褒める。エルは次のアクセサリーを探そうと走り出す。
「わ、危ないですよプリンセス!走ったら!」
「むむ……」
再びアクセサリーの棚に向かうと、じっと集中して棚を見る。その様子を見て、転んだりしないようで安堵したツバサは、ジト目であげはを見る。
「……それで、結局荷物持ちなんて必要ないじゃないですか」
「え?あはは……いやぁ昨日見た時は必要かなって思ってたんだけど……」
誤魔化すように笑うあげは。しかしツバサははぁと溜息を漏らすと、
「本当はそんなこと最初からないくせに……なんでそこまでしてヤクモさんとソラさんと2人だけにするんですか」
「え?」
そうあげはに質問する。その質問を受けたあげはは思わず言葉を失っていた。ましろも自分もソラとヤクモが段々両片思いになっているんだろうなということはわかった。ツバサもそこまではわからなくとも、2人の仲も何となくは察しているのではないかとあげはも何となく考えてはいたのだ。
「え?本当に気付いてない?」
「どういうことです?まぁ確かに僕たちの中だとヤクモさんとソラさんは特に仲いいですけど、遊ぶなら皆で遊んだほうが楽しいじゃないですか」
「まぁそう……そうなんだけどね」
どうやらツバサは2人の仲が良いことは理解していても、それが100パーセント友情に伴うものだと受け取っていたようだ。だからこそ、理由が何かあるならともかくそうでもないのに2人だけにするよりも皆で遊んだほうが楽しいのではないかと思っているのだろう。
「男子同士、女子同士で遊んだり出かけたりならわかりますが……男女同士でなんて」
「いやいや、男女同士だからだよ?」
今までは少年にはまだ早いかなと思い、本人が気付くまで特に指摘することもなかったのだが、さすがにこれにはツッコミどころしかない。しかも、あくまであげはの見立てでしかないがツバサだって他人事ではないと思うのだ。無論、ツバサの場合は色々状況が違うのもあるが。
「え?男女同士って……え!?嘘!?」
遂にツバサの方も気付いたのか、呆気にとられたように口をあんぐりと開く。自分の知らないところでいつのまに2人が恋愛感情で結ばれ合ってるということも驚きでしかないが、そもそも自分達の中でそのような関係に結ばれてることを全く予想できておらず、不意打ちで後頭部をぶん殴られたようなショックを受けていた。しかも余計にショックを受けていたのは、
「そんなの初耳ですよ!?というか、それじゃあ知ってたんですか!?あげはさんは!?ましろさんも!?」
「そうだよ?ソラちゃんも私達がソラちゃんがヤクモ君を好きになってることがばれてるって知ってるし。まぁヤクモ君には言ってないけど、多分ヤクモ君も察してはいるんじゃないかな?」
あ、一応お互いに相手も好きってことは言ってないけどねと付け加えるあげは。同時に、このことは2人には言っちゃだめだよと念押しすると、ツバサも不満そうに首を縦に振る。
「……なんで僕だけ知らされてないんですか……ヤクモさんだって言ってくれればいいのに……同じ男じゃないですか……」
「あはは……」
ぶつぶつと不満そうに呟くツバサの姿を苦笑しながら見るあげは。自分たちの場合も気付いただけでソラから教えてもらったりはしていないのだが、今のツバサはそれどころではないようだ。と、ツバサの元にエルが近寄ってくる。
「ツバサ!」
「……あ、どうしました?プリンセス?」
エルに話しかけられて、慌てて不満の表情を抑えてにこっと笑いかける。エルがそんなツバサに、一個のキーホルダーを差しだす。それは、
「……プリンセス、これは?」
「キーホルダー!ツバサにプレゼント!」
「!!」
飛行機の形をしたキーホルダーだった。棚に向かって色々見ていたエルが探していたのは、どうやらツバサにプレゼントしたがっているこのキーホルダーだったようだ。それを見たツバサは感激のあまり、エルを抱きしめる。
「ありがとうございます!プリンセス!プリンセスからの贈り物……一生大切にします!!」
「える!ツバサだいすき!」
「僕もですよプリンセス!」
(まだ会計してないんだけどね)
喜び合うツバサとエル。そんなエルの大好きという発言にツバサも嬉しそうに答える。今はまだ赤ちゃんだろうし純粋な好意でしかないのだろうが、数年も経ったらどうなるんだろうな、とどこか面白そうに期待しながら、あげははまだ2人の持っているキーホルダーを会計していないことを内心突っ込むのだった。