「「「「「ソラ・ハレワタールさん!!」」」」」
お昼の時間を迎えた2年2組。ソラ達の通うクラスにはいろんな体育会系の部活に入部している女子生徒たちが押しかけてきていた。同学年の人も多いが、中には1年生もいる。3年生は秋に入ったということもあり既に引退している人も多く、人数は少なめだ。そして、彼女たちの熱烈なアプローチを受けていたソラは、困った様子で冷や汗を流していた。というのも、何も今回が初めてというわけではないのだ。それこそ、ソラが転入してきた春など、ソラが帰宅部のままということもあってその身体能力をアテにした人々が休み時間に押しかけてくることはよくあったのだから。
「今日こそ、うちのサッカー部に入ってくれ!」
「いいえ、バスケ部よ!」
「バレー部にぜひ入ってください」
「テニス!」
「空手でしょ!」
「いやいや、ここはセパタクローだよ!」
「ソラさんが困ってるから一旦落ち着こう?頼りにしてくれるのは嬉しいけどさ」
視線を逸らすのも失礼だが、困っている様子がひしひしと伝わってきたソラを見かねてヤクモが助け船を出す。内心セパタクローなんてあったのか……と初めて知った事実に少しだけ驚愕しながら、女子とソラの間にヤクモが割って入る。
「ヤクモさん……」
「そうそう!ソラさんは今からお昼ご飯だぞ?」
ヤクモを援護するようにあさひが声を上げる。休み時間を使っての勧誘はいいのだが、まだお昼ご飯すら食べていない時に来るのは如何なものか。そう言われ、女子たちも怯む。
「ご飯を食べないとソラちゃんは全然元気が出ません!」
「お誘いはご飯の後にしてください!」
るいとつむぎもソラへの過剰な勧誘はやめてくれと声を上げる。親友たちに言いくるめられ、とぼとぼと教室を出て行く女子たち。その背中には哀愁が漂っていた。
「み、皆元気だね……もう秋なのに」
「ふぅ……嬉しいのは嬉しいのですが……私は部活動に入るつもりは……」
「わかってるよ」
勧誘に来ていた生徒達が教室からいなくなり、苦笑しながら呆れるましろ。それに対しほっと溜息を零すソラ。
「でもま、ソラさんめっちゃ運動神経凄いし勧誘したくなる気持ちはわからなくもないけど」
「それとこれとは話が別でしょ……時間は考えてほしいわ」
茶化しながら彼女たちの気持ちや行動に同意を示すあさひだったが、すぐにるいに窘められる。
「でも、皆さん、本当にまっすぐな目で見てきて、心の底から一緒にスポーツをしてほしいと言う思いが伝わってきて、それを裏切ってしまうのが……凄く罪悪感を感じてしまいます」
「そっか……本当に大人気だねソラちゃん」
「あはは……ヤクモさんはどう思います?やっぱり部活動とかやった方がいいんでしょうか?」
人気があると言われて悪い気はしないものの、こうも勧誘が続くとどこかに正式に所属した方がいいのではないかとついつい考えてしまう。しかし部活動に入ったことで皆と、特にヤクモと一緒に行動できなくなるのは嫌なのだろう、じっと自分を見つめるソラの視線に気付いたヤクモは少し考え込む。
「うーん……俺はソラさんがやりたいって思ってるならそれを尊重するけど……どうしたい?」
「じゃあ部活動入るのはやめておきます。それに、スポーツも好きですが私が目指しているのはヒーローなので!」
「そう?」
ヤクモの答えを聞いたソラはあっさりと部活に入るのを止める決心をする。これからも根気強く勧誘に対応していくつもりのようだが、それを見ていたるいとつむぎがましろの腕を突っつく。
「ねぇねぇ、ましろん……これってやっぱり……」
「うん、そうだよ」
敢えて具体的には聞かれなかったものの、ましろのグーサインを見て2人ともソラとヤクモの関係に気付いたようだった。というより夏休み明けの2人の距離感で明言こそされてはいないがクラスメイトの女子たちは何となく察していたようなものだった。中々聞けずにいたがましろからお墨付きを頂いたことで2人は晴れてヤクモとソラが結ばれたとという情報を得ることになった。
「おめでたいわね、まぁいつかはそうなりそうだと思ってたけど」
「うんうん」
小声で2人を祝福するるい、つむぎ、ましろの3人。そして和やかに談笑しながらお昼ご飯を食べ終え、話の続きをしていた時だった。
「失礼します!」
「?」
はきはきとした声が教室の入り口から聞こえてくる。また誰か勧誘に来たのだろうかとソラが視線を動かすと、そこにはそれぞれブロンドと茶色の髪の2人の女子生徒を中心としたグループがいた。
「女子野球部のたまかなコンビだ!」
「たまかな……?」
「あ?ソラさん知らない?」
「ヤクモ君知ってるよね?」
「ああ……」
あさひが得意げに説明しようとするのだが、つむぎに制されてヤクモに説明を促す。あさひとしてはソラにこの事を伝えてくれるなら誰でもいいようでヤクモに説明を丸投げするようだ。
「ピッチャーの方が四宮たまきさん……だったかな。キャッチャーの方は扇かなめ先輩で女子野球部を連戦連勝に導く最強バッテリーなんだって」
「そうなんですか!?凄いですね!……バッテリー?」
「よく知ってたなっと」
「前男子野球部に手伝い頼まれた時に小耳に挟んだんだよ」
ヤクモに説明されて感心するような声を漏らすソラ。直後にバッテリーとはなんぞや?と疑問を浮かべたので後で説明することをヤクモが決めていると、たまきとかなめがソラに声をかける。
「ソラ・ハレワタールさん!」
「は、はい!」
「女子野球部の特別コーチになってください!」
「お願いします!!」
「「「「「お願いします!!」」」」」
2人がソラに持ちかけたのは入部の誘いではなく、なんと特別コーチの申し出だった。頭を下げた2人に倣うように、おそらく一緒に頼みに来たであろう他の女子野球部員達も一斉に頭を下げる。
「……と、特別コーチ!?」
また勧誘されるなら縁がなかったということで断ろう。そうソラは考えていたのが、まさかの申し出に唖然となり驚きの声を上げるのだった。
★
「2人ともありがとう!練習見に来てくれて!」
「女子野球部の皆さんから並々ならぬものを感じたので!」
(ヤクモ君も大変だったなぁ……)
昼休みの間には特別コーチをするかどうかは結局のところ保留となってしまい放課後。ソラとましろは特別コーチを受けるかどうかはおいといて練習を見学しようということに決め、女子野球部の練習の見学に来ていた。ソラは当初ヤクモも一緒に連れてくるつもりだったようだが、運悪くヤクモを借りたいという男子生徒に放課後連れられてしまっている。体操着を着ていたのでどこかの部活でも手伝っているのだろう。
「……そういえば女子野球部って大会も優勝してるし今でも強いですよね?」
「そうなんですか?では何故私を特別コーチに?」
グラウンドでは女子野球部員達とコーチがソラとましろを出迎えてくれた。その面子を見渡しながら、ましろは昼からずっと抱いていた疑問を口にする。ソラの運動神経ならば攻防どちらでも大活躍間違いなし、二刀流なんて話ではないだろう。しかし、ソラを無理に勧誘しなくとも女子野球部は十分強いし、第一今回ソラに求められる役割は特別コーチだ。今の女子野球部が並々ならぬ面持ちでソラにそれを依頼する理由がいまいち見当がつかなかった。
「……それが……私、投げられないんだ……肘を痛めちゃって……」
少し、言うのを迷っていたがたまきがその理由を話し始める。悲しそうに右肘を抑えるたまき。投手にとって肘は生命線、それを痛めたとなれば重大な問題だ。しかも、痛めた時期もさらに悪かった。
「前から少し痛かったんだけど……最近酷くなってきて……次の大会までにしっかり休んで治すことにしたの」
「ソラさんにお願いしたいのは対戦相手の役なんだ。運動神経抜群のソラさん相手に練習すれば、私達はもっと強くなれる」
本当ならその役もたまきが担っていたのだろう。しかし、肘の不調で療養に専念せざるを得ない彼女を欠いては練習も捗らない。そこでかなめ達が白羽の矢を立てたのがソラというわけだった。
「大会までの間、特別コーチになってください!」
「お願いします!!」
2人だけでなく、女子部員達からもソラに特別コーチを頼みたいという声が上がる。ソラも、こうして彼女たちの熱意を改めて聞いたことで、ここに来るまで迷っていたこの依頼に対する答えが決まった。
「頑張る背中を支える……それがヒーロー!入部することはできませんが……私でよければ特別コーチ、やらせてください!」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
ソラは喜んで野球部員達の頼みを引き受けることにする。ソラが特別コーチになってくれるとわかり、安堵や歓喜の表情が野球部員達を包んでいく。
「……そういえばソラちゃん、野球のルール知ってる?」
「やったことはありませんが、ルールならヤクモさんに教えてもらいました!といっても簡単にですけど……」
どうやら放課後までの間にバッテリーの事を知らないソラにヤクモがルールも含めて教えていたようだ。早速、ソラはジャージに着替えると、まずどんな球が投げれるのかを確かめるためにマウンドに立つ。そしてかなめがキャッチャーズボックスでミットを構える。
「それじゃあ、投げてみて!」
「はい!」
かなめからの合図を受け、見様見真似の投球フォームを取るソラ。そして、
「ふっ!」
「っ!!」
ソラが振りかぶった次の瞬間にはかなめのミットの中にボールが収まっていた。だが、ミットの中でもボールは回転し続ける威力であり、かなめもそれを取りこぼさないように受け止めるのが精一杯といった様子で尻もちをついてしまう。
「「「「「……」」」」」
「な、ナイスピッチ……」
ソラが運動神経抜群だとは聞いていたが、ここまでの球を投げれるとは完全に予想外で部員達はあんぐりと口を開けたまま固まってしまっていた。ただ1人、その球を実際に受けたかなめが惜しむように苦笑しグーサインをするのだった。その後はバッティング、守備とソラの超人っぷりは遺憾なく発揮されていく。その光景を目の当たりにしてしまえば、特別コーチと言わず正規の部員になってもらえたらと考える生徒が出てくるのも仕方のないことだろう。
「このまま入部してもらえないかな……」
皆そうは思っても口にはしていなかったが、誰かがつい口にしてしまう。しかし、それを聞いたたまきがはっきりと言う。
「確かにソラさんは凄いよ。でも私達、連続優勝目指して皆でここまで頑張ってきたじゃん!ソラさんの手を借りて、もっともっと強くなって、このメンバーで優勝しようよ!」
肘の故障のせいで自分はまともに練習できない。だからこそ、自分にできることを精一杯しようと声を張り上げる。彼女の優勝への、そしてチームへの並々ならぬ思いは、しっかりと皆に伝わったようだ。
「だね!」
「ごめんたまき!」
「ちゃんと休んで、早く戻ってきてね!」
「うん!ありがとう!」
自分にできることをして皆を支えていく姿。それを見て、ソラも嬉しそうにぐっと両手を握るのだった。
「たまきさんも皆さんも恰好いいです!」
★
ソラが特別コーチを引き受けたことを聞いたヤクモやあげは達も喜んでソラを応援してくれた。そしてソラは野球部の皆と共に大会まで一緒に練習し、特別コーチとしての役割に勤めていた。最初はソラの運動神経や身体能力に驚いていた部員達も時間が経てばすっかり慣れてきたようで、ソラの投球やバッティングなどにも技術や経験で食らいついてきたり、実力を上げてきたりしていた。
「ねえねえ、ソラさんってさ」
「はい?どうしました?」
そしてある日の休憩時間。飲み物を飲みながら休んでいたソラにずっと気になっていたことがあったのか、ある女子部員が質問を投げかけてきた。ソラが首を傾げながらその質問を待っていると、
「ソラさんってヤクモ君と付き合ってるの?」
「ぶふっ!?な、なななんでそんなことを!?」
突然飛んできた質問に思わず飲み物を噴き出しかけるソラ。当然隠しているわけではないのでばれてもおかしくないとは頭では理解しているのだが、いざこうして聞かれると恥ずかしさが込み上げてしまい戸惑ってしまう。
「あー、やっぱり噂は本当だったんだ」
「つむぎちゃんがぽろっと言ってたんだよね、本人は聞かないことにしてって言ってたけど……でもやっぱり女の子として気になる!」
「い、いやその……確かにその、付き合っていますけど……」
その場にいた全部員からの視線にドキドキしながらも正直に答えるソラ。それを聞いた次の瞬間、野球部員達は黄色い声援で湧き上がっていた。
「キャー!やっぱり!」
「いやぁヤクモ君ってさ、隠れた人気はあるけどあんまり女の子の気がないって人だったでしょ?」
「あーわかるわかる。でも親切だし人助けもよくするしさ。まぁ本人はあんまり好感度気にしてない感じだったからさ」
「そこが逆に下心目当てってのが全然ないから人気の秘訣なんだろうねぇ」
「……ヤクモさんってそんな人気なんですか?」
「そりゃあもう!」
ヤクモが色々な人に慕われているのは知っていた。しかしその相手は基本的に男子ばかりだったし、まぁヤクモならおかしくはないだろうとソラも思っていたが、女子にここまで人気があったとは。
「……へー……へー……」
ヤクモが評価されてることが嬉しいような、しかし不機嫌そうに相槌を打つソラ。部員の中には既に彼氏持ちや惚れている相手がいる人もいるのか、ソラの対応にうんうんと同意するように頷いていた。
「よし、休憩終わりだよ!」
そんな感じで話をしているとかなめの号令と共に再び練習に戻っていく。そして部活動の時間は瞬く間に過ぎ、部活が終わる時間になり、ましろとヤクモがソラを迎えに来る。
「ソラちゃん、どうだった?」
「はい!今日もすっごく楽しかったです!」
「そっか。特別コーチ、充実してそうだね」
「はい!皆さんと一緒に野球をやれてよかったです!」
2人の姿を見てぱあっと嬉しそうに笑顔を浮かべて駆け寄るソラ。その様子を笑いながら最後まで残っていたたまきとかなめが見ていたが、ここでたまきがソラに声をかける。
「ソラさんもありがとう、おかげでいい練習になったよ」
「!たまきさんが色々教えてくれたからです!」
「休んでるんだからそれくらいはね」
「実は、ソラさんに特別コーチを頼みたいって言いだしたのもたまきなんだ」
ここで、かなめがこの特別コーチの案を出したのはたまきなのだとネタばらしする。こんなところでばらされると思ってなかったのか、少し照れ気味に顔を逸らすたまき。
「そうだったんですね」
「うん……肘を痛めて、練習を休まないといけなくなって……」
「たまきが練習をできないんじゃ、優勝は難しいかもって皆落ち込んでいたんだ……でも、皆が強くなれるように私も考えるから、って」
この学校でも有名なたまかなコンビがバッテリーとしての真価を発揮できないとなれば、確かに野球部が勝てる確率は大きく下がってしまう。攻撃面はともかく、守備の抜けた穴は大きい。しかし、たまきは自分の身に悲劇が起こっても諦めなかった。
「自分だって辛いだろうに……チームの為に動いてくれたんだ」
「たまきさん……」
「連続優勝するって決めたからには絶対諦めたくなかったんだ。だって、勝つために努力するのがエースだから」
「……!」
たまきがここまで優勝にこだわる理由。チームのために走り回り、部外者であるはずのソラに頭を下げた理由でもあった。たまきがエースにかける思いに、ソラもはっとなる。
「といっても、今はソラさんに頼るしかないんだけど」
「……たまきさんの気持ち、わかります」
自嘲するように笑うたまきだったが、ヤクモの所からたまきの方へと歩いていき、優しく話しかけながら手を差し出す。
「優勝目指して、一緒に頑張りましょうね!」
「うん!」
ソラの頼もしい言葉に頷き、その手を握るたまき。
「絶対に治して、大会に出るぞ!」
皆が、ソラが頑張ってくれているのだ。自分だって頑張ってこの故障を治さなければ。そして大会で投げるのだと改めて決意を露わとするたまき。その姿にその場にいた全員がほほ笑むのだった。
★
「……たまきさんを見ていて思ったんです」
その後、ソラも着替えて一緒に帰宅することにした3人。その下校途中でソラがヤクモとましろに話しかける。
「野球のエースはチームを守るヒーローなのかもしれないって」
「ピッチャーとかを守護神って呼ぶこともあるみたいだし、それも間違ってないかもね」
「確かにそうかも。だからなのかな?ソラちゃんとたまきさんって少し似てるよね」
「あはは、そうでしょうか?」
たまきと似ていると言われ、少し嬉しそうな様子のソラ。ちらとヤクモに視線を向ける。
「俺は四宮さんのことは詳しく知らないけど……でも、ましろさんがそう言うってことはきっと似てるんじゃないかな?きっと野球部の中心で皆と一緒に頑張っているんだろうね」
「はい!いつか……たまきさんの故障が治ったら一緒に野球してみたいです!」
「え?もしかしてソラちゃん。このまま野球部入るの?」
「あ、いやそういうわけではないんですけど……」
確かにソラとしても野球は面白いと感じていた。たまきやかなめ、そして特別コーチとして一緒に練習をしてきた部員達と一緒に野球をやり続けるのもきっと楽しいだろう。とても魅力的な道ではある。しかし、自分が目指しているのはヒーローであって、部活のエースではない。部活動のエースは、たまきのような相応しい人物がいるはずだ。自分はそういった人たちを助けることができるだけで十分。そう考えるようになっていた。
「でも……こういうのも良いと思いました」
「ヤクモ君とやってることは似てるよね。部活に所属していないけど、頼まれたら手助けするって」
「あ……確かに!」
ましろの指摘にそういえばそうだと喜びの声を上げるソラ。ヤクモとやっていることが同じと言われたことの方が嬉しいようだ。大会まで数日、順調にいけばたまきも肘が治り、もう一度投げられるようになるだろう。その調整に付き合うのを楽しみにしながら、ソラは上機嫌で2人と一緒に家へと帰るのだった。