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冒険、という言葉がある。それは、危ないことを押し切って行うこと。或いは、成功のおぼつかないことをあえて行うこと。
その冒険する者は、冒険者と呼ばれる。この世界においては、装備に身を固め、ギルドと呼ばれる組織から発行される依頼をこなす者達の事を指すだろう。
その冒険者の中に―――冒険という行為そのものに、強い憧れを持つ男が居た。
世界を冒険し、未知を知る。未知を解き証し、奥へと歩む。怪物と出くわし、戦闘をする。迷宮に挑み、財宝を手に入れる。
世間一般的な、冒険という概念そのものに対して、その男は憧れていた。冒険という行為自体が、男にとっては確かな夢であり、それを成し遂げたいと心から思える大切なモノだった。
故に、男は冒険者を目指した。いつか、世界を旅する冒険者になる為に。そう成る為に、自らを鍛えた。
男は決して、才能に溢れたとは言い難かった。才能が無かった訳ではないが、しかし天賦の才と表すには程遠く。
剣の腕も、魔術の腕も。何もかもが、凡人の域に在った。何一つとして、特筆していた部分はなかったのだ。
だが、男は才能の有無など気にしなかった。そんな事は、才能の有無という他者にしてみれば重視すべき事が、しかし男にしてみれば気に掛ける必要もない些事でしかなかった。
才能にかまける暇などない。言い訳をする僅かな時間すらも惜しい。ただ夢の為に、この世を冒険する為に、強くならなければならないと、男は断じた。
子供心からくる憧れ。未知への探究心。
朝から夜になるまで、剣を振るい続けた。時には夜が明けるまで剣を振るった事もあった。
朝から夜になるまで、本を解き明かした。時には夜かま明けるまで魔導書を読んだ事もあった。
人とも戦った。同年代の子供から年上の先輩まで、多くの人間と戦った。
モンスターとも戦った。いつか戦うべき怪物と、何度も何度も生死を分つ戦いを繰り返した。
敗北はあった。だが挫折はなかった。決して、その夢を。その夢への道を、諦める事はなかったのだ。
その果てに。男は遂に、冒険者になった。憧れへと近付いたのだ。
冒険者としての理屈は飲み込んだ。だが、決して冒険者としての高みを目指そうとはしなかった。
世界にしてみれば最強である彼は、しかし自らの実力も、それに連なる称号も、知った事ではなかったのだ。
何故ならば――――――彼は純粋に、冒険がしたかっただけなのだから。
そんな彼と、
「おぉ…これは凄いな」
「っ…」
『だ、誰だ…? というか、いつ現れたんだ? 全く気が付かなかった…』
首を斬り落とされた魔獣の死体。喰われたのだろう生物の体の一部と、血飛沫は泥と同化して有るか無いかも曖昧になっていた。
男は死体から、少女と剣へと目を移す。
猫耳を生やした黒髪の少女。ボロボロの布一枚を肌着に加工したかの様な酷い格好と、傷だらけの体。そして、その格好には似合わない一振りの
男はそれを見て、問い掛ける。
「これは、君がやったのか?」
「…だったら、なに…」
「いや、凄いなと思ってな」
男は、パチパチと小さな拍手を少女に送り、笑みを浮かべた。
「……え?」
『へ?』
男の言葉と表情に、少女と剣は腑抜けた声を漏らした。
「君、
「……褒められてる?」
『めっちゃ褒められてるなぁ…(まぁ、スキルを共有したのも大きいかもだが…というか、本当に誰なんだ、この人。鑑定して)』
「あぁ、やるだけ無駄だぞ?」
キンッ―――と。まるで、何かが斬り捨てられた様な鋭い音が剣の中に響く。
鑑定。眼の前の相手のステータスを覗き視る事が出来るスキル。
それが、呆気なく斬り捨てられたのだ。
『鑑定が無効化された!?』
「俺のスキルでな。鑑定とかデバフは無効化されるんだ。名前は………何だっけな?」
『えぇ…』
「自分のスキル…憶えてないの?」
「アハハ、まぁ気にする必要ないからな」
『いや、気にするだろ普通…』
「変なひと」
「変な人呼ばわりは、流石に嫌だな! あー、俺はレクスって言うんだ。君は?」
「わたしは…フラン」
『教えてよかったのか?』
「うん…変なひとだけど、悪い人っぽくないから…」
「うーん、信用してくれてる事を喜ぶべきか変な人呼ばわりを止めてと言うべきか…まぁ、良いや。取り敢えず、なんか着る物を…おっ、此奴死んでるじゃん。よし、有効活用だ。ほら」
「ん」
首が180度回転してくたばっている奴隷商人のマントを剥ぎ取り、それを黒猫の少女―――フランへと投げ渡す。
フランは渡されたそれを受け取り、羽織って剣を背中に納めた。
まぁ、納めると言っても納める様な鞘などありはしないのだが。どちらかと言えばマントに引っ掛けた、の表現が正しいかもしれない。
「なにも聞かないの?」
「聞かなくても分かるし、俺は何か言うつもりもないさ。冒険してれば、よくある事だしな」
男―――レクスにしてみれば、奴隷商人が死ぬ事など知った事ではない。彼からしても、奴隷なんて胸糞悪い事この上ないのだ。
もっと早く来ていれば他の奴隷も助けられたかもしれない。そんな考えが浮かばない訳ではないが、手遅れの事を悔やみ続けても意味はない。
何より、一人はこうして生きている。中々に実力がある子だ。きっと強くなるだろうと、レクスはフランに勝手な期待を抱いた。
その目が―――何か、大きな夢を成し遂げるという決意を宿していたから。
「冒険…あなたは、冒険者?」
「そう、冒険者」
「冒険者…!」
「お? 何だ何だ、もしかして冒険者になりたいのか?」
「ん! 冒険者、憧れ!」
「ははっ、そっかそっか! 俺と似てるな!」
「レクスも?」
「あぁ―――俺は、冒険がしたかったんだ」
ただひたすらに―――冒険という行為に、憧れたんだ。